シューティングラーヴェ(はてな)

シューティングラーヴェの移行先

オリジナルstage 【EP-01~07 サイドM】

「<ドラグニティアームズ―ミスティル>でダイレクトアタック」
 鮮やかな黄色の鱗を持つ竜が、手にした長剣で相手を切り裂く。それで、デュエルの勝敗は決した。
 輝王の勝利が確定すると、相手の決闘者――紙袋を被っていた奇妙な格好の男は、砂のように崩れ去っていく。輝王がこの光景を目にするのは、これでちょうど10度目だ。
 輝王がいるのは、デパートの地下にある駐車場によく似た空間だ。等間隔に柱が立っており、柱と柱の間には駐車スペースを区切る白線が引かれている。天井は高く、照明の数が少ないせいで、辺りは薄暗い。
 謎の青年とのデュエルで発動した<次元誘爆>という速攻魔法。その発動を目にした瞬間、視界が眩い光に包まれ、気がつけばここに飛ばされていた。
 ここが一体どこなのか。そして、あの男は何者だったのだろうか。
 それらを探るべく、輝王は地下駐車場によく似た空間を調べ始めたのだが、どこまで歩いても同じような景色が続いているだけで、昇降のためのエレベーターはおろか、突き当たりの壁にさえ辿りつかない。明らかに異質な空間だった。
 そんな輝王の前に、紙袋を被った男が現れ、デュエルを強要してきたのだが――
(結局、ヤツらから得られる情報はほとんどなかったな)
 輝王がデュエルに勝利すると、その男は砂と化して消えてしまった。無論、こちらの問いには一切耳を貸そうとしなかった。
 男が消えてからしばらくすると、今度は同じような格好をした別の男が現れ、やはり問答無用でデュエルを仕掛けてきた。そして、敗北すると消える。その繰り返しだった。
 唯一分かったのは、今までデュエルを仕掛けてきた男たちが全員サイコデュエリストだったことだ。モンスターの攻撃が実体化し、明確な殺意を持って輝王に襲いかかってきた。以前のままの輝王だったら、すでに命を落としていたかもしれない。
(……修練の甲斐はあったか)
 今の輝王は、<術式>と呼ばれる特別な力がある。サイコデュエリストのようにモンスターを実体化させたり魔法・罠カードの効果を具現化させたりすることはできないが、相手の攻撃を防ぐくらいはできる。
(しかし、ヤツらは普通のサイコデュエリストとは何かが違っていた。こちらにダメージを与える攻撃が、通常時の攻撃よりも威力が増加していたような――)

「よォ」

 輝王が思案にふけっていると、背後から声がかかる。
「…………」
 無防備な背後を取られるほど考え込んでいたのか――自分の間抜けさを呪いながら、輝王は無言のまま声がした方へ振り向く。
 そこには、デュエリストが立っていた。
 今までの連中に比べれば、格好はマトモだ。紙袋を被って顔を隠すようなことはしていない。風貌から見て、まだ成人には達していないだろう。
 だが。
 そのギラついた瞳は、無意識のうちに警戒心を高めさせた。
「ようやく話の通じそうなヤツに会えたと思ッたんだが、ダンマリか? それならあの雑魚共と同じよォに、叩き潰してやるしかねェか」
「……叩き潰してやる、か。余程自分の腕に自信があると見えるな」
 相手に気取られぬよう慎重に間合いを離しつつ、輝王は言葉を返す。
「へッ、当然だろ。自分の腕が信じられねェような決闘者は、絶対に勝てねェよ」
「…………」
 その言葉に、輝王の心がわずかに揺れ動く。
 自分の腕が信じられない決闘者は、絶対に勝てない――
 高良から譲り受けた<ドラグニティ>デッキ。ここまでかなりの実戦を重ねてきたが、未だに「借り物」である感がぬぐえない。
「……一応自己紹介をしておくか。俺は輝王正義。セキュリティ本部所属の捜査官だ」
「チッ、組織の犬かよ。俺は永洞戒斗。戒斗でいい」
 永洞戒斗と名乗った青年は、露骨に顔をしかめる。どうやら、セキュリティという組織にあまりいい感情を抱いていないようだ。
「で? ここはどこなンだよ。俺のいた異世界とは違う場所ってのは間違いねェみたいだが」
異世界?」
「説明するのが面倒だからそこはツッコむな。とにかく、俺が知りたいのはここがどこかってことだけだ」
「……生憎だが、その答えを俺は持ち合わせていない。むしろ、俺もそれを知りたかったところだ」
「……チッ」
 戒斗は何かを言いたげだったが、結局口には出さずに舌打ちをした。
「――とにかく、ここがどこなのかを把握するのが先決のようだな。お前もあの妙な連中にデュエルを挑まれたのか?」
「妙な連中……あァ、ペインのなり損ないか。9人ほど蹴散らしてやッたが、どいつもこいつもロボットみてェにデュエルを繰り返すだけで、有益な情報は得られなかったな」
「やはりか。こっちも10人ほど倒したが、結果は同じだ。連中からの情報が期待できないとなると、自分の足で探索するしかなさそうだな」
「……10人?」
 「ペイン」という単語は気になったが、戒斗からの説明が期待できそうになかったので、輝王はそのまま話を進める。
 探索する、とは言っても何の当てもなくただ歩き回り、体力と時間を浪費するのは避けたい。しかし、当てになるような手掛かりがないのも事実だ。
「ここからは行動を共にした方がいいだろう。悪いが、付き合ってもらうぞ。差し迫ったリミットがあるわけではないが、手早く行動するに越したことはない。歩きながら情報の整理を――」

「待てよ」

 この空間の探索のために歩き始める輝王だったが、戒斗はそれに続かない。
 彼は一歩を踏み出す代わりに、左腕に装着していたデュエルディスクを展開させた。
「……何の真似だ?」
 周囲に輝王と戒斗以外の人影はない。にも関わらずディスクを展開し戦意を顕わにしたということは――
「一緒に行動すんなら、先にどっちが上なのかをはっきりさせておこうと思ってよォ。自分より弱ェヤツの言いなりになるなんて、死んでもゴメンだからな」
「……状況を考えろ。いつあの奇妙な連中に襲われてもおかしくない。そんなことを言ってる場合では――」

「気に食わねェ」

 輝王の言葉を遮るように、戒斗が声を発した。
 怒鳴ったわけではないが、強く響いた芯の通った声は、輝王の足を止めさせる。
「気に食わねェんだよ。テメェのスカした態度が、テメェの上から目線が、俺がテメェに協力する前提で話を進めてることが気に食わねェ。そして何より――」
 戒斗の視線が、輝王を貫く。凡人だったら睨まれただけで委縮してしまいそうな眼力だ。

「テメェの使ってるカードが気に食わねェ」

 そう言って、戒斗は口元を釣り上げ、歪な笑みを浮かべる。
「決闘だ。どっちが強いか分からせてやるよ」
 戒斗の瞳には――初対面の人間にもはっきり分かるほどの――自信がみなぎっている。
 ここに来てから初めてマトモな人間に出会えたと思っていたが、どうやらそれは間違いだったようだ。
「……随分子供じみた挑発だな」
 輝王は嘲りの色を含んだ言葉を吐くが、戒斗がそれに動じることはない。子供が小さなプライドにこだわって、勝負をふっかけてきたわけではなさそうだ。
 決闘は不可避。
「いいだろう。受けてやる。だが、後悔するなよ?」
「ハッ! こっちのセリフだ。テメェの鼻っ柱へし折ッてやるよ」
 輝王がデュエルディスクを展開させたと同時、戦いの幕が上がる。

「「デュエル!!」」
 
 青年――永洞戒斗は言った。自分の腕が信じられないような決闘者は、絶対に勝つことができないと。
 確かに、戒斗からは己が力への絶対的な自信が溢れ出ている。どこまでも力を追い求める貪欲さが、彼の瞳に輝きを宿しているのだろう。
「俺が先攻をもらうぜ」
 高まる緊張感を楽しむような笑みを浮かべた戒斗が、最初のカードをドローする。
「……モンスターをセット。カードを2枚伏せてターンエンドだ」
 裏守備モンスターで守りを固め、伏せカードで相手を揺さぶる。模範的なプレイングだ。
 しかし――
「どォした? お前のターンだぜ」
 何故だろうか。戒斗のフィールドからは、守りの気配が一切感じられない。
 セットモンスターも、伏せカードも、全て次なる攻撃への布石――そんな気配が漂っている。
(……考えすぎか。悪い癖だな)
 この<ドラグニティ>デッキを使うようになってから、輝王は今まで以上に慎重になった。必要以上に相手の動きを探り、必要以上に先を見据えたプレイングをしてしまう。
「……失敗のビジョンばかり浮かべていては、成功するものもしないか」
「あン?」
「独り言だ。気にするな」
 自嘲めいた笑みを作った輝王は、ゆっくりとカードをドローした。

【戒斗LP4000】 手札3枚
場:裏守備モンスター、伏せ2枚
【輝王LP4000】 手札5枚
場:なし

 ドローフェイズを終えた輝王は、6枚になった手札を順繰りに見やる。
 悪くない初手だが、かといって何の策もないまま強攻に出るのは躊躇われる。
 戒斗は輝王が使っているカードを知っているようなことを言っていたが、こちらは相手のデッキに関して何の情報も持ち合わせていない。
「1ターン目から随分と長考じゃねェか。見えねえ敵とでも戦ってンのか?」
 戒斗が挑発めいた言葉を吐くが、輝王は応じない。
 攻め時を誤るな。慎重になりすぎるのは問題だが、かといって無我夢中で攻め込めばいいというものではない。ここは、相手の出方を窺わせてもらうとしよう。
「モンスターをセットする。カードを1枚伏せて、俺もターンを終了する」
「……なァるほど」
 攻撃しなかったことを揶揄されるかと思ったが、戒斗は意味深に頷いただけで、それ以上言葉を続けようとはしなかった。

【戒斗LP4000】 手札3枚
場:裏守備モンスター、伏せ2枚
【輝王LP4000】 手札4枚
場:裏守備モンスター、伏せ1枚

「――俺のターンだな。ドロー」
 ドローしたカードを見た戒斗は、軽く舌打ちをする。
「そォだな……今使っておくか。魔法カード<おろかな埋葬>を発動するぜ。デッキからモンスターカード1枚を墓地に送る」

おろかな埋葬>
通常魔法(制限カード)
自分のデッキからモンスター1体を選択して墓地へ送る。

 <おろかな埋葬>で送るモンスターとなれば、墓地で効果を発揮する、または墓地からの特殊召喚が容易なモンスターだろう。そう考えていた輝王だったが、

「俺は、<幻魔皇ラビエル>を墓地に送る」

「な……!?」
 戒斗の一言で、その推測は早くも崩れ去った。
 <幻魔皇ラビエル>。
 そのカードについて、輝王は詳しい知識を持ち合わせていない。昔、セキュリティのデータベースで浅い情報を閲覧しただけだ。「三幻魔」と呼ばれる3枚のカードの内の1枚で、かつてデュエルアカデミアで起きた事件で恐るべき力を振るったと書かれていた。
 詳しい効果は分からなくとも、戒斗の墓地でその存在を誇示し続ける<幻魔皇ラビエル>のプレッシャーが、幻魔の危険性を強引に分からせてくる。
 ――いや。あのモンスターは、「危険」なんてレベルではない。
 それだけ強力なモンスターならば、墓地からの蘇生は容易ではないはずだ。すでに蘇生させる手段は用意している、ということだろうか。
「『ドローに賭ける』なんて真似は、フィクションの世界の主人公がやるもンだ。現実で通用するもンじゃねえ。そう思わねェか?」
 そう言って、戒斗は遠くを見るように視線を上げる。
「……一理ある、とだけ言っておこうか」
 <幻魔皇ラビエル>の存在に冷や汗を流しながら、それでも輝王は態度を崩さずに言葉を返す。
 確かに、漫画やアニメの主人公は、絶体絶命の場面で起死回生のカードをドローし、華麗な逆転劇を演じて見せる。
 現実はそう甘くない。いくらデッキを信じてカードをドローしたところで、望んだカードが引けるとは限らない。
 だが。
 ドロー1つで劣勢を引っ繰り返す決闘者を、輝王は知っていた。
 どんなに緻密な戦略を組み立てても、1回のドローで全てを引っ繰り返される。そんな相手と、輝王は毎日デュエルしていたのだ。
 だから、戒斗の言葉には頷けない。
「……まだこっちから動くことはしねえ。ターンエンドだ」
 それに、輝王自身にも覚えがある。
 デッキを信じ、勝利を願い、そうしてドローしたカードが、逆転への鍵になったことを。

【戒斗LP4000】 手札3枚
場:裏守備モンスター、伏せ2枚
【輝王LP4000】 手札4枚
場:裏守備モンスター、伏せ1枚
 
「俺のターン、ドロー」
 準備は万端……というわけではないが、これ以上相手を野放しにするのもまずい。そろそろ揺さぶりをかけるべきだろう。
「<ドラグニティ―ミリトゥム>を召喚」
 現れたのは、剣と短刀という2本の刃を構える、鳥人の兵士だ。

<ドラグニティ―ミリトゥム>
効果モンスター
星4/風属性/鳥獣族/攻1700/守1200
自分の魔法&罠カードゾーンに存在する
「ドラグニティ」と名のついたカード1枚を選択して発動する。
選択したカードを自分フィールド上に特殊召喚する。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。

「そして、<ドラグニティ―ジャベリン>を反転召喚。2体をチューニングする」

<ドラグニティ―ジャベリン>
チューナー(効果モンスター)
星2/風属性/ドラゴン族/攻1200/守 800
このカードがモンスターカードゾーン上で破壊された場合、
墓地へ送らずに装備魔法カード扱いとして
自分フィールド上に表側表示で存在する
「ドラグニティ」と名のついた鳥獣族モンスター1体に装備する事ができる。

 槍の矛のように尖った鱗を持つ小さなドラゴンが元気よく鳴き声を上げると、2体のモンスターが光に包まれる。
「大空を翔ける戦士よ! 気高き友の魂を糧に、我らの道を切り開け!」
「ほォ……そう来るとはなァ!」
シンクロ召喚! 調和をもたらせ――<ドラグニティナイト―ガジャルグ>!」
 光を突き破り、深紅の翼が空を舞うために広がる。
 刃のように鋭く尖らせた銀色の頭部を天に向け、藍色の筋肉と深紅の鱗を身に纏ったドラゴンが飛翔する。その背には、ドラゴンと同じ色合いの鎧を纏った鳥人の姿がある。

<ドラグニティナイト―ガジャルグ>
シンクロ・効果モンスター
星6/風属性/ドラゴン族/攻2400/守 800
ドラゴン族チューナー+チューナー以外の鳥獣族モンスター1体以上
1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に発動する事ができる。
自分のデッキからレベル4以下のドラゴン族または鳥獣族モンスター1体を手札に加え、
その後手札からドラゴン族または鳥獣族モンスター1体を捨てる。

「<ドラグニティナイト―ガジャルグ>の効果を使う。デッキからレベル4以下のドラゴン族、または鳥獣族のモンスターを手札に加え、その後手札からドラゴン族か鳥獣族のモンスターを捨てる。俺は<ドラグニティ―ファランクス>を手札に加え、そのまま墓地に送らせてもらう」
「<おろかな埋葬>みてェな使い方もできるわけか。便利なモンスターだなァ」
「……バトルフェイズに入る。<ドラグニティナイト―ガジャルグ>で伏せモンスターを攻撃!」
 輝王の宣言を受け、深紅の竜騎士は、地を這うような低い位置を滑空する。
 そして、目標である伏せモンスターの目前で急速に方向転換。ほぼ直角に曲がって天へと飛翔する。
 その瞬間、背に跨っていた鳥人の騎士が手にした槍を振り上げ、伏せモンスターを切り裂く。
 カードが表になり、両断されたモンスターの正体が明らかになる。
「破壊されたのは<キラー・トマト>――効果発動だァ! こいつが戦闘によって破壊され墓地に送られた時、デッキから攻撃力1500以下の闇属性モンスターを特殊召喚できる!」

<キラー・トマト>
効果モンスター
星4/闇属性/植物族/攻1400/守1100
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
自分のデッキから攻撃力1500以下の闇属性モンスター1体を
自分フィールド上に表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。

「リクルーターだったか……」
 攻撃は失敗だった――とは思わない。いずれ倒さなければならないのなら、早めに処理した方が賢明だ。戒斗は確実に<幻魔皇ラビエル>召喚のための布石となるモンスターを呼んでくるだろうが、こちらにもそれなりの備えはある。
「俺は<幻銃士>を特殊召喚する」
 戒斗のフィールドに現れたのは、両腕が長い小柄の悪魔だった。背中には2つの砲筒が見える。

<幻銃士>
効果モンスター
星4/闇属性/悪魔族/攻1100/守 800
このカードが召喚・反転召喚に成功した時、
自分フィールド上に存在するモンスターの数まで
自分フィールド上に「銃士トークン」(悪魔族・闇・星4・攻/守500)
を特殊召喚する事ができる。
自分のスタンバイフェイズ毎に自分フィールド上に表側表示で存在する
「銃士」と名のついたモンスター1体につき相手ライフに300ポイント
ダメージを与える事ができる。
この効果を発動するターン、自分フィールド上に存在する
「銃士」と名のついたモンスターは攻撃宣言をする事ができない。

「<幻銃士>を特殊召喚……? そいつは召喚か反転召喚でしか効果を発動出来なかったはずだが?」
「俺には俺の考えがあるッってことだよ。気になるンなら何とかして<幻銃士>をどかしてみるんだなァ」
 輝王の指摘に対し、戒斗は不敵な笑みを返してきた。
「…………」
 戒斗の狙いを看破するには、まだピースが不足している。
「カードを1枚セットする。ターンエンドだ」
 得体のしれない不気味さを感じつつも、輝王はターンを終えざるを得なかった。

【戒斗LP4000】 手札3枚
場:幻銃士(攻撃)、伏せ2枚
【輝王LP4000】 手札3枚
場:ドラグニティナイト―ガジャルグ、伏せ2枚

「俺のターン。ドロー……そォだな。ここは何もせずにターンエンドだ」
「……そうか」
 何かを企んでいるような笑みを崩さない戒斗に、輝王は淡泊な反応を返す。
 戒斗の場には、攻撃力の低い<幻銃士>が攻撃表示のままだ。<キラートマト>のように戦闘破壊されることで効果を発揮することも無い。
 その<幻銃士>をわざわざ攻撃表示で残したということは――当然2枚の伏せカードを使ってくるのだろう。
「……へェ。俺の考えてることはお見通しッてことか?」
「どうかな。ただのブラフという可能性もあるが……いずれにしよ、仕掛けなければ分からないことだ」
「いい答えじゃねェか。罠が張り巡らされていることを承知で敵地に踏み込むかよ。ビビリには言えねェセリフだ」
 ――つまり、罠が伏せられているのは確実ということか。
 輝王の初ターン……後攻1ターン目で攻撃を仕掛けなかったのは正解だったのかもしれない。1ターンの余裕が出来たことで、リカバリーの準備を整えやすい。

【戒斗LP4000】 手札4枚
場:幻銃士(攻撃)、伏せ2枚
【輝王LP4000】 手札3枚
場:ドラグニティナイト―ガジャルグ、伏せ2枚
 
「……俺のターン、ドロー。<ガジャルグ>の効果を発動し、デッキから<ドラグニティ―レギオン>を手札に加え、<ドラグニティ―ブラックスピア>を手札から捨てる」
 罠があることが分かっている以上、通常召喚権は残しておいたほうがいいだろう。
「このままバトルフェイズに入る。<ガジャルグ>で<幻銃士>を攻撃――ヴィントシュトース!」
 「ギギッ!?」と慌てふためく<幻銃士>目がけて、<ドラグニティナイト―ガジャルグ>が滑空を始める。
 それを見た戒斗は、口元を釣り上げながら伏せカードの起動ボタンを押す。
 瞬間、巨大な黒のシルクハットが3つ出現し、<幻銃士>を覆い隠してしまった。
「――罠カード<マジカルシルクハット>を発動ォ! デッキからモンスターカード以外の2枚のカードをモンスター扱いでセットし、<幻銃士>も裏守備にさせてもらったぜ。さァ、<幻銃士>が隠れているシルクハットはどれか当ててみなァ!」

<マジカルシルクハット>
通常罠
相手のバトルフェイズ時に発動する事ができる。
自分のデッキからモンスター以外のカード2枚を選択する。
その2枚をモンスター扱い(攻/守0)として、
自分フィールド上に存在するモンスター1体と合わせてシャッフルし裏側守備表示でセットする。
デッキから選択して特殊召喚した2枚のカードはバトルフェイズ終了時に破壊される。

 滑空を止めた竜騎士の前に並ぶ、3つのシルクハット。その内の1つに<幻銃士>は姿を隠した。
 確率は3分の1。

「……今、確率は3分の1、って思ったかァ?」

 正解を引き当てるために神経を研ぎ澄ませていた輝王に、戒斗の余裕に満ちた声が飛ぶ。
 輝王が訝しんだ直後、戒斗の余裕の正体が明らかになる。
「残念だが、確率はゼロなんだよォ! 罠カード<撤収命令>を使うぜェ!」
「な……!」
 戒斗がその罠カードを発動すると、戒斗の場にあったシルクハット――そして、その中にセットされていたカード全てが、手札へと戻っていく。

<撤収命令>
通常罠
自分フィールド上に存在するモンスターを全て持ち主の手札に戻す。

「<撤収命令>は、自分フィールド上のモンスターを全て持ち主の手札に戻す。<幻銃士>は回収させてもらッた」
「なるほどな……」
 やられた。
 完全に予想の上を行かれた。輝王は心中で悔しさを滲ませる。
 <撤収命令>で回収したのは、<幻銃士>だけではない。<マジカルシルクハット>の効果でデッキからセットした魔法・罠カードも手札に加えたのだ。最初からこれを狙っていたのであれば、おそらく加えたのは有用な魔法・罠カードだろう。
 <マジカルシルクハット>を<撤収命令>と組み合わせることによって、擬似的なサーチカードとして使う――敵ながら舌を巻かざるを得ない、見事な戦術だった。
 となれば。
「……当然、これを防ぐ手段も用意しているのだろう? <ガジャルグ>でダイレクトアタック!」
 標的を失った竜騎士が、戒斗に向けて猛進する。
 戒斗のフィールドは<撤収命令>の効果によりがら空き。だが、輝王はこの攻撃が通るとは思っていなかった。
 こんなコンボを披露する決闘者が、ダイレクトアタックを想定していないはずがない。
「ご名答だァ! 手札から<バトルフェーダー>を特殊召喚し、バトルフェイズを強制終了させる!」

<バトルフェーダー>
効果モンスター
星1/闇属性/悪魔族/攻   0/守   0
相手モンスターの直接攻撃宣言時に発動する事ができる。
このカードを手札から特殊召喚し、バトルフェイズを終了する。
この効果で特殊召喚したこのカードは、
フィールド上から離れた場合ゲームから除外される。

 突如現れた振り子時計のような姿をした悪魔族のモンスターが、戦闘終了を告げる鐘を打ち鳴らす。それにより<ドラグニティナイト―ガジャルグ>の攻撃は中断してしまった。
「……このままターンを終了する」
「壁モンスターを増やさなくていいのか? 次のテメェのターンは回ってこねェかもしれないぜ」
「俺には俺の考えがある。気になるなら次のターンで俺の息の根を止めてみるんだな」
「……上等ォじゃねェか」
 空気が張り詰める。
 このターンは戒斗にしてやられたが、何も精神的なアドバンテージまでくれてやることはない。
 輝王は視線に力を込めながら、ターンを終了した。

【戒斗LP4000】 手札6枚
場:バトルフェーダー(守備)
【輝王LP4000】 手札4枚
場:ドラグニティナイト―ガジャルグ(攻撃)、伏せ2枚

「さァ! 俺のターンだ!!」
 勢いよくカードをドローした戒斗は、手早く1枚のカードを選び取り、発動させる。
「<死者転生>を発動ォ! 手札を1枚捨てて、墓地の<幻魔皇ラビエル>を手札に加える!」

<死者転生>
通常魔法
手札を1枚捨てて発動する。
自分の墓地に存在するモンスター1体を手札に加える。

 運を天に任せず、戒斗は自力で切り札――<幻魔皇ラビエル>を手札に加える。
「そして、<幻銃士>を召喚! 銃士トークンを2体生成するぜェ!」

<幻銃士>
効果モンスター
星4/闇属性/悪魔族/攻1100/守 800
このカードが召喚・反転召喚に成功した時、
自分フィールド上に存在するモンスターの数まで
自分フィールド上に「銃士トークン」(悪魔族・闇・星4・攻/守500)
を特殊召喚する事ができる。
自分のスタンバイフェイズ毎に自分フィールド上に表側表示で存在する
「銃士」と名のついたモンスター1体につき相手ライフに300ポイント
ダメージを与える事ができる。
この効果を発動するターン、自分フィールド上に存在する
「銃士」と名のついたモンスターは攻撃宣言をする事ができない。

 2体の銃士トークンを引き連れた<幻銃士>が、再度戦場に降り立つ。
 これで、戒斗の場のモンスターは4体。最上級モンスターを呼び出すには、十分すぎるほど贄は揃っている。
「<バトルフェーダー>と銃士トークン2体をリリースし――」
 3体の悪魔族モンスターが青白い炎に包まれる。
 その直後、フィールドを覆い尽くすような巨大な影が落ちた。
 照明の光が遮られ、輝王の視界が闇に染まる。
 黒一色の世界の中で。
 満月のような妖しさと静謐さを漂わせながら、2つの瞳が輝いていた。
 大気が震える。
 空間が震える。
 支配されていく。
 戦場が、戦慄をもたらす魔の力に支配されていく――

「テメェに見せてやるよ。俺の力の一端を! 来い! <幻魔皇ラビエル>ッ!!」

 影の隙間から差し込むわずかな照明の光が、そのモンスターの全貌を浮かび上がらせる。
 柱と見間違えるほどの巨大な腕。
 鉄の鎧が陳腐に見えるほどの、頑強な肉体。
 そして、妖しく輝く両の瞳。
 まさに、魔を統べる皇にふさわしい姿を持った<幻魔皇ラビエル>は、この空間を押し潰すほどの巨大な姿を現した。

<幻魔皇ラビエル>
効果モンスター
星10/闇属性/悪魔族/攻4000/守4000
このカードは通常召喚できない。
自分フィールド上に存在する悪魔族モンスター3体を
生け贄に捧げた場合のみ特殊召喚する事ができる。
相手がモンスターを召喚する度に自分フィールド上に「幻魔トークン」
(悪魔族・闇・星1・攻/守1000)を1体特殊召喚する。
このトークンは攻撃宣言を行う事ができない。
1ターンに1度だけ、自分フィールド上のモンスター1体を生け贄に捧げる事で、
このターンのエンドフェイズ時までこのカードの攻撃力は
生け贄に捧げたモンスターの元々の攻撃力分アップする。
 
「……まァこんなもンだろ。本来ならこの空間に収まりきらないほど巨大なんだが、俺もちッとは力をセーブする術を磨いておかねェとなァ。どッかの優等生がうるさくて敵わねェからな」
 つまり、戒斗は力をセーブすることで、本来のサイズよりも小さな<幻魔皇ラビエル>を実体化させたということだ。
「これで力を抑えている、か。恐ろしいな」
 幻魔の皇が発する強大な圧迫感に身を晒しながら、輝王はため息を吐く。
 どの程度力をセーブしているのかは分からないが、<幻魔皇ラビエル>の本当の姿は、これよりもさらに巨大なものなのだろう。当然、発するプレッシャーも、今とは比較にならないほど強力になっているはずだ。並の人間だとしたら、<幻魔皇ラビエル>の姿を見ただけで卒倒してもおかしくはない。
 ただ、戒斗の<幻魔皇ラビエル>からは、不思議と邪気を感じなかった。
 そこに在るのは、純粋な「力」を具現化させた象徴。
 自分の力を持って、他者を叩き潰す。そこに遺恨や邪念は一切存在しない。
(……いい決闘者だな)
 かつて復讐のために力を振るっていた輝王にとっては、今の戒斗の姿は、ある種の理想なのかもしれない。
「<幻魔皇ラビエル>の効果を使うぜェ。場のモンスター1体……<幻銃士>をリリースすることで、その攻撃力分<ラビエル>の攻撃力を上昇させる!」
 <幻銃士>の体が紫の光を放つ炎へと変わり、魂を代価として生まれたその炎を、<幻魔皇ラビエル>は軽々と握りつぶす。
 直後、炎の色と同じ紫色のオーラが<幻魔皇ラビエル>の全身に宿り、その肉体をさらに強固なものへと変える。
「攻撃力、5100……!」
「そんなチンケなドラゴンじゃ、<ラビエル>の足元にも及ばねェぞ! <ラビエル>!<ガジャルグ>をぶッ潰せェ!!」
 主人の許可を得て、ついに幻魔の力が解き放たれる。
 <幻魔皇ラビエル>が右腕を振り上げると、その屈強な腕とぶつかった天井の照明が割れ、ガシャガシャとガラス片が降り注ぐ。
 照明が消えたことで、より闇が深くなる。
 深紅の竜にまたがった騎士は、攻撃の気配を鋭敏に感じ取り、回避のために動き始める。
 だが。
 その拳の前に、逃げ場など存在しない。
 圧倒的な質量。

「天界蹂躙拳、ッてなァ!」

 ゴシャアアアアアアア! という隕石が落下してきたかのような轟音と共に、<幻魔皇ラビエル>の拳が、<ドラグニティナイト―ガジャルグ>を巻き込んで地面を穿つ。
 コンクリートの地面がいとも簡単に砕かれ、巻き起こった衝撃波が、破片や粉塵を舞い上げる。地面が崩落してもおかしくない程の衝撃だった。
 攻撃を終えた<幻魔皇ラビエル>が拳をどけると、そこには巨大なクレーターが出来上がっていた。無論、そこに<ドラグニティナイト―ガジャルグ>の姿は無い。
 実体化した幻魔の攻撃は、当然竜騎士の主にもダメージを与える――
 そのはずだった。
「……加減したとはいえ、<ラビエル>の攻撃を受けてそんなに涼しい顔されるとなァ。ムカつくぜ、オイ」
 言葉とは対照的に、挑戦的な笑みを広げながら、戒斗が吐き捨てる。

【輝王LP4000→1300】

 戒斗の指摘通り、輝王はすさまじいほどの衝撃波が荒れ狂っている中でも、無傷のまま微動だにしていなかった。
「……己の弱さを痛感したときから、自分の身を守る術を徹底的に鍛えたからな。これくらいは防いでみせるさ」
「へッ、言うねェ」
 輝王が身に着けた力――<術式>は、サイコデュエリストとは違い、デュエルに関しては何の役にも立たない力だ。
 しかし、実体化した攻撃から自分の身を守るくらいのことはできる。
 かつて、自分よりも年下の男に気遣われ、意図せず彼の足を引っ張ってしまったことが、輝王の心に大きなしこりを残していた。だからこそ、輝王は<術式>の力を得たのだ。
「けど、守ってばかりじゃ勝てないぜェ。俺はカードを2枚伏せて、ターンを終了する。さァ、<ラビエル>を倒してみせろォ!」
 幻魔という強大な力に酔いしれることなく、戒斗は輝王に向けて叫ぶ。
 大きく局面が動いたこのターン。格好の攻め時と言える。

【戒斗LP4000】 手札2枚
場:幻魔皇ラビエル(攻撃)、伏せ2枚
【輝王LP1300】 手札4枚
場:伏せ2枚

「俺のターン!」
 <幻魔皇ラビエル>が発する重圧の中、輝王はカードをドローする。
 輝王の有する<ドラグニティ>モンスターたちでは、攻撃力4000の壁を越えることはかなり厳しい。
 だとすれば、戦闘破壊以外の方法で突破するしかないが――
 幸い<幻魔皇ラビエル>には、効果に対する耐性は無い。容易に破壊できる。
(……しかし)
 戒斗は、それを承知の上で<幻魔皇ラビエル>を召喚したはずだ。
 先程の<マジカルシルクハット>からのコンボで、戒斗はモンスターカード以外のカードを、2枚手札に加えている。手札に加えるカードは、<幻魔皇ラビエル>を呼ぶことを前提にして選んでいる可能性が高い。
 戒斗の場に伏せられている2枚のカードは、確実に幻魔の皇を援護するためのものだろう。
 モンスターを除去する手段として、一番簡単なのは「モンスターの効果破壊」だ。破壊効果を持つカードは豊富で、たった1枚でフィールド上のモンスターを全て破壊できる魔法カードも存在する。その反面、破壊に対するカウンターカードも多い。戒斗が伏せたカードの1枚は、確実に破壊を防ぐカードであろう。
 気になるのは、もう1枚のカードだ。魔法・罠カードの発動を無効にするカウンター罠か、それとも「対象に取る効果」を無効にするカードか……
(――推測はここまでだな。後は、仕掛けるのみ!)
 
「いいぜェ……来いよ、輝王ォ!」
 輝王の雰囲気が変わったことを察したのだろう。戒斗は犬歯を剥き出しにして吠える。
「永続罠<エレメントチェンジ>を発動。相手フィールド上のモンスターの属性を、光に変更する」

<エレメントチェンジ>
永続罠(オリジナルカード)
発動時に1種類の属性を宣言する。
このカードがフィールド上に存在する限り、
相手フィールド上の全ての表側表示モンスターは自分が宣言した属性になる。

「あァン? どォいうつもりだ?」
「まあ見ていろ――<ドラグニティ―レギオン>を召喚!」
 輝王が召喚したのは、屈強な肉体を持つ鳥人の戦士だった。肩や腕に分厚い鎧を装備しており、背中からは深緑の羽を生やしていた。

<ドラグニティ―レギオン>
効果モンスター
星3/風属性/鳥獣族/攻1200/守 800
このカードが召喚に成功した時、
自分の墓地に存在するレベル3以下の
「ドラグニティ」と名のついたドラゴン族モンスター1体を選択し、
装備カード扱いとしてこのカードに装備する事ができる。
自分の魔法&罠カードゾーンに存在する
「ドラグニティ」と名のついたカード1枚を墓地へ送る事で、
相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を破壊する。

「<レギオン>は召喚に成功したとき、墓地の<ドラグニティ>と名のついたレベル3以下のドラゴン族モンスター1体を装備することができる。<ドラグニティ―ファランクス>を装備し……<ファランクス>の効果発動! 自身を特殊召喚する!」
 体は小さいが、その闘志は隣の戦士に引けを取らない――両腕についた円形の盾をガチガチとこすり合わせながら、<ドラグニティ―ファランクス>が姿を現す。

<ドラグニティ―ファランクス>
チューナー(効果モンスター)
星2/風属性/ドラゴン族/攻 500/守1100
このカードがカードの効果によって
装備カード扱いとして装備されている場合に発動する事ができる。
装備されているこのカードを自分フィールド上に特殊召喚する。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。

「<レギオン>の効果を使わなくてよかったのか? そいつの効果なら、<ラビエル>を破壊できたはずだぜェ」
「……そのセリフは、対策があると言っているようなものだぞ」
「よォく分かってるじゃねェか。その通りだ」
 ――やはり、効果破壊を回避したことは正解だったようだ。
「だが、その雑魚2匹で<ラビエル>をどォにかできるとも……いや、お手並み拝見といかせてもらうか」
 途中で言葉を引っ込めた戒斗は、苦虫を噛み潰したような顔で視線を逸らす。どうやら嫌な記憶を思い出してしまったようだ。
 <ドラグニティ―レギオン>のレベルは3。<ドラグニティ―ファランクス>はレベル2のチューナーモンスター。
 一瞬、かつて最も頼りにしていたシンクロモンスターが頭をよぎるが、すぐに選択肢から外す。破壊効果は無効にされてしまうし、都合のいいときだけ過去のカードに頼るのは虫が良すぎる。
 それに、すでに<幻魔皇ラビエル>攻略のためのカードは手中にある。そのために<エレメントチェンジ>を発動したのだ。
 <ドラグニティ・レギオン>を召喚したことによって、相手フィールドには幻魔トークンが守備表示で特殊召喚されているが、あれは大した脅威にはならないだろう。
「なら、遠慮なく行かせて貰うぞ。魔法カード<シャイニング・アブソーブ>を発動!」
 輝王がそのカードを発動すると、<幻魔皇ラビエル>の体が眩いほどの光に包まれる。
 いや、正確に言えば違う。
 光に包まれているのではなく、<幻魔皇ラビエル>の内側から光が溢れているのだ。
「こいつは……!?」
 戒斗の目の色が変わる。
 溢れた光は2つの塊へと形を変え、輝王のモンスターたちに吸い込まれていく。
 2体の<ドラグニティ>が強烈な光のオーラを纏い、それぞれの拳を構える。
「……どんな手品を使いやがッた?」
「<シャイニング・アブソーブ>は、相手フィールド上の光属性モンスター1体の攻撃力を、自分フィールド上の全てのモンスターに加算することが出来る」

<シャイニング・アブソーブ>
通常魔法
相手フィールド上に表側表示で存在する
光属性モンスター1体を選択して発動する。
自分フィールド上に表側攻撃表示で存在する
全てのモンスターの攻撃力はエンドフェイズ時まで、
選択したモンスターの攻撃力分アップする。

「チッ、だから<エレメントチェンジ>を……」
 輝王が<AOJ>のデッキを使っていたころ、相手の場の光属性モンスター全てに攻撃できる<AOJサウザンド・アームズ>と共に愛用していたコンボだ。
 親友から受けついだデッキ――そのまま使うだけでは、親友の動きを再現するだけで自らの成長には繋がらない。そう思った輝王は、自分の色を出すために<エレメントチェンジ>や<シャイニング・アブソーブ>といったカードを投入したのだ。
「幻魔の力……光に変えて頂いたぞ」
 <幻魔皇ラビエル>の攻撃力4000――その数値が、<ドラグニティ―レギオン>と<ドラグニティ―ファランクス>の攻撃力に加算される。<ドラグニティ―レギオン>は5200、<ドラグニティ―ファランクス>は4500まで攻撃力が上昇した。
「――面白ェ」
 戒斗は、言葉少なに輝王の攻撃を待つ。
 その瞳には、デュエルが始まったころと変わらない揺るぎない自信が浮かんでいた。
 輝王が勝つためには、戒斗が抱く絶対の自信を突き崩さなければならない。
 途方もなく高い壁だが、やるしかない。
「――バトルだ。まずは<ドラグニティ―ファランクス>で<ラビエル>を攻撃!」
 小さな竜が、背中の羽を懸命に羽ばたかせ、幻魔の皇へと向かっていく。
 その背中は、巨大な敵に対する恐れなど微塵も感じさせない。
 勇気に満ちた光を宿した<ドラグニティ―ファランクス>が、闇の根源を討つべく空を翔ける。
 そこで、戒斗は動いた。
「残念だが、こっから先は通行禁止だァ! 罠カード<セキュリティー・ボール>発動ォ! 攻撃モンスターの表示形式を変更するぜェ!」

<セキュリティー・ボール>
通常罠
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
その攻撃モンスター1体の表示形式を変更する。
相手の魔法・罠カードの効果によって、
セットされたこのカードが破壊され墓地へ送られた時、
フィールド上に存在するモンスター1体を選択し破壊する。

 けたたましい警告音を響かせながら、宙を飛ぶ球体型のガードロボットが現れる。
 その音に驚いた<ドラグニティ―ファランクス>は、空中でバランスを崩して落下してしまった。
(無効系のカウンター罠ではなく、攻撃を防ぐカードだったか)
 しかし、もう1枚の伏せカードが破壊を無効にするものである、という予測は正しいはずだ。ならば、二撃目を防ぐ術はない。
「続けて攻撃を行なう! 頼むぞ、<レギオン>!」
 主人の命に対し、力強く頷いた鳥人の戦士は、うずくまる小竜を飛び越して、魔皇へと直進する。
「――迎え撃てェ! <ラビエル>!」
 戒斗がそう叫ぶと、幻魔の皇は巨大な右腕を振り上げた。
 同時、<ドラグニティ―レギオン>も右拳を強く握り、中段の位置に構える。
 構えた拳に<シャイニング・アブソーブ>によって得た光が収束し、<幻魔皇ラビエル>のそれに引けを取らないほどの巨大な拳を作り上げる。
 対し、<幻魔皇ラビエル>の拳も、あらゆるものを呑み込み押し潰すブラックホールのような、黒色のオーラを纏う。

「勝負だ――永洞戒斗!」
「潰してやるよ――輝王ォ!!」

 光と闇。
 2つの拳がぶつかり合う――
 その瞬間だった。

 風が、氷の粒を運んできた。

 ガキィン! と甲高い音が響き渡ったかと思うと、今まさに衝突しようとしていた2体のモンスターが、一瞬にして氷漬けになる。
 足元を冷気が駆け抜け、戦いの熱に浮かされていた空間が一気に凍りつく。
「チッ、どォいうことだ」
 突然の現象に戒斗は警戒心を強めているようだったが、輝王はこの現象に見覚えがあった。

「お楽しみ中のところ悪いけど、被害者同士で争っている場合ではないの。だから、強制的にデュエルを中断させてもらったわ」

 しかし、聞こえてきたのは予想とは違う女性の声だった。
 
 はっきりとした足音を響かせながら姿を現したのは、黒髪の女性だ。肌の色は白く、清楚な顔立ちと身に着けている黒のドレスが品格を感じさせるが、漂わせる雰囲気は単なるお嬢様などではない。戦いの渦中に身を置き、それゆえに生まれた確固たる「自信」だ。戒斗から感じるものとは別種だが、その強さは同格だろう。
 黒髪の女性は輝王と戒斗……そして中断したデュエルフィールドを一瞥した後、愉快なものを見たといわんばかりに小悪魔のような笑みを浮かべる。
「あら、まだ<幻魔皇ラビエル>にこだわっていたのかしら? 悪いとは言わないけど、いい加減新しい切り札を用意したらどう? 永洞君」
「……うるせェよ。知ったような口聞いてんじゃねェ」
 輝王は初めて目にする女性だったが、どうやら戒斗は面識があるようだ。
 すると、黒髪の女性の後ろから、銀髪の少女が姿を現した。輝王の記憶が正しいなら、彼女がモンスターたちを氷漬けにした張本人のはずだ。
「ご苦労様、ティト。私の想像以上の力を持っているのね、あなたは」
「…………」
 かつて「氷の魔女」と呼ばれた少女、ティト・ハウンツは小さく頷いた。







「それにしても、あなたも随分丸くなったものね。一緒に異世界に行った優等生君に感化されたのかしら?」
「あァン? どォいう意味だそりゃ」
 戒斗は、やけに自分に絡んでくる黒髪の女性――愛城を睨みつける。どうもこの女は好かない。
「以前のあなたなら、手加減なんてしなかったと思うけど?」
「……チッ。色々あンだよ」
「あらそう。まあ、手加減をした上に<ラビエル>を戦闘破壊されるなんて、格好悪すぎだものね。デュエルを中断させた私たちに感謝して欲しいものだわ」
「いい加減黙らねェと、二度と口が利けねェようにすンぞ」
「あなたにそれができるのかしら? ……と言いたいところだけど、そう言ってデュエルを始めちゃ本末転倒ね。ここは引き下がっておいてあげるわ」
 相変わらずの上から目線に、戒斗は殴りたい衝動をこらえるのがやっとだった。
 それに、あのままデュエルを続けていたとしても、<幻魔皇ラビエル>を守る術はあった。
 <死者転生>を発動したときに、コストとして手札から捨てたのは<ネクロ・ガードナー>。自身を墓地から除外することで、1回だけ相手モンスターの攻撃を無効に出来るカードだ。戒斗はそれを残していた。
 <シャイニング・アブソーブ>の攻撃力上昇効果はエンドフェイズまで。次の戒斗のターンで攻撃表示の<ドラグニティ―レギオン>を攻撃すれば、勝つことが出来たはずだが――
(……アイツがそれで終わるとも思えねェ。まだ何かを隠し持っていたはずだ)
 今は銀髪の少女と話をしている輝王に視線を送る。あの男は、常に余力を残してデュエルを進行している感じがした。
(まァ、決着はいずれ付けるとするかァ)
 自分の中の闘争心が掻き立てられる。こんな気持ちになったのは久しぶりだった。
「それより、どォしてテメェがここにいやがる」
 その気持ちを愛城に気取られぬよう、戒斗は自然な流れで話題を変える。
「ああ、それはね――」






「……そうか。お前も<次元誘爆>の発動を目にした途端、ここに飛ばされていたか」
「そうしやリソナに会わなかった?」
「残念だが。だが、彼らもどこかに飛ばされている可能性が高いだろうな」
 ティトの話によれば、彼女は<次元誘爆>の発動時に、皆本創志、神楽屋輝彦、リソナ・ウカワ、そして喫茶店の店長と共にいたようだ。この空間に飛ばされた際に、彼らとははぐれてしまったらしい。
 そして、出会ったのが黒髪の女性――愛城だった。
「あいしろはすごく強いよ。頼りになると思う」
 ティトとの付き合いはそれほど長くはないが、純粋な彼女がここまで信頼を寄せているということは、とりあえず信用できる人物のようだ。無論、純粋さに付け込まれて騙されている可能性も否定できないが。
「さて、状況の把握は終わったかしら?」
 こちらの話が終わるのを待っていたようなタイミングで、愛城が話しかけてくる。
「とりあえず、詳しい話はここを出てからにしましょう。ここは陰気臭くて気が滅入りそうだわ」
「この空間から脱出する手段があるのか?」
 輝王の問いに、愛城は「ええ」と軽く頷く。
「この空間は人為的に作られたものよ。出口は存在しない。天井や地面を破壊したとしても、その先に出口は無い。ただ延々とコンクリートの塊が続いているだけよ」
 そう言って、愛城は先程<幻魔皇ラビエル>の攻撃が激突した地面を指差す。
 そこには確かに隕石が落下したようなクレーターが出来ていたはずだが、少し目を離した隙に元通りになっていた。天井の照明も同様だ。
「壊しても、すぐに再生するッってことか」
「そう。だから、『破壊』ではダメ。ここから出るには、他の手段を取る必要があるわ。――ティト」
「わかった」
 愛城とアイコンタクトを交わしたティトは、左腕のデュエルディスクを展開させる。
 そして、デッキから1枚のカード――わずかに見えた枠の色から察するに、シンクロモンスター――を、ディスクにセットする。
 瞬間、ティトの背後から吹雪が吹き荒れ、柱や地面が瞬く間に氷漬けになっていく。
「……一応確認しておくわ。準備はいい?」
「問題ない」
「わざわざ確認するまでもねェだろうが」
「そうね……ティト、お願い」
 愛城の言葉を受け、ティトが静かに両目を閉じる。

「来て――<氷結界の龍トリシューラ>」

 ティトの声と共に、三つ首の氷龍が、その姿を具現化させた。