シューティングラーヴェ(はてな)

シューティングラーヴェの移行先

オリジナルstage 【EP-10~25】 サイドN

 リソナは興味津々といった様子。
 一方テルさんは若干の警戒を滲ませつつ、それぞれ機械竜に注視した。

 機械っぽいドラゴン。
 かつて人間に捨てられた物達の代表者だった<スクラップ・ドラゴン>
 その精霊が目の前にいる、通称スドだ。
 普段はその姿を小さくしていて、並の模型よりも数段細かいディテールが、相変わらず滑稽に見える。
 少し感慨深く思っていると、リソナはスドが気に入ったのか――そのボディをバシバシ平手で叩きまくり、激しいスキンシップを行っていた。

「何これカワイイですー」
「……小僧、なんだこの小娘は」
「ああ、紹介しよう。この子はリソナ……正式名称はリソナ・ディーバンク。趣味は輝きを吹き飛ばす程のドロップキックだ」
「いや、そういう事ではなく」
 スドはバシバシ叩かれるのを目を瞑り体を震わせながら堪えている。
 俺の説明を聞いていたテルさんは「リソナのフルネームそんなだったか……?」と首を傾げていた。
 ともかく、簡単な自己紹介くらいは済ませておくべきだろう。
 お互いの事に関しても、色々と情報を交換する必要がある。
 
「歩きながら話そう。俺達の事、スドの事――話す事は山積みだ」 
「そうだな、まずは動こう。情報交換と情報収集、同時にやるに越した事はねぇからな」

 テルさんもそれに同意してくれたので、俺達はその場から歩き出した。











「――つまりスド以外に、一緒にいた三人も飛ばされた可能性があるわけか」
「そうなるのぉ。ワシが目を覚ました周りにはいないようじゃったが……」
「三人、か」

 その単語を聞くだけで、自分の中のスイッチが入れ替わった。
 香辛料少女と、後輩のような存在の純也。
 そして、かづな。
 飛ばされた状況を聞く限り、相変わらず危険な事を繰り返しているらしい。
 それを聞き、スドに怒りをぶつけたくなったが、それはすぐに躊躇われた。

 ――俺が、頼んだからじゃないか。

 愛城は言った。
 サイコ決闘者、力有る者達に対しての迫害が減少していけば、組織はしばらく様子を見ると。
 だがこの先何も行動を起こさないとは、一言も言っていない。
 その為の努力を、俺は自分の世界でやらなければならなかった。
 でも、あの世界にいられない理由が、俺にはあった。
 どんなにあの場に居たくても留まれない理由が、俺にはあった。
 だから、俺は託した。
 決して軽くはない荷物を、かづなに託さなければならなかった。

 ペインから人を守る。
 ペインの被害が増えれば増えるだけ、人々は力の持つ者をより差別するようになる。
 一般人から見たサイコ決闘者は、ペインの種のようなものだ。
 いつか花開き人を襲う、邪悪な種子。
 その認識を少しでも抑えようと、被害を抑える為に、守り人になる。

 それ以外にも傲慢に力をふりかざしているサイコ決闘者を抑え、説得したり
 ペインの恐れが抜けなくなってしまった人の相談を聞いたり
 そんな大仕事を、俺はかづなに任せた。押し付けたと言ってもいい。

 ――その危険性を、今になって再認識させられた。
 現にこうやってかづなが違う世界に飛ばされたのも、俺があんな大事を頼んだせいだ。
 悔やんでいるわけではない。だがその怒りを誰かにぶつける事は、絶対にしてはいけない事。
 何の力も持たないかづなに重い荷物を託したのは、他でもない俺自身なのだから。
 尤も、精霊であるスドと連携できれば、並の攻撃が通る事は少ないが……

「今はここにスドがいる。かづながペインに襲われたら、ひとたまりもない」
「ペインはサイコ決闘者が進化し、理性を失ってしまった姿……だったか。ゾっとしない話だな」

 テルさんが神妙な表情を浮かべ、手を顎に当てる。
 こちらの状況を話した時、二人は随分と驚いていた。
 何でも二人は『ペイン』という単語すら聞いた事が無いらしい。
 だがこちらの世界では早期から全国的にニュースで広まり、有り触れた存在だ。
 それを知らないという事は、どこか違う世界の人間といった方が説明がつく。
 昔はこういったファンタジックな話は信じていなかったが、ここまで超常的な事態に関わり過ぎていると、当たり前の事のように感じるようになってしまった。

 それはテルさんも同じようで、こちらが説明した『異世界』や『ペイン』の事も簡単に受け入れていた。
 一方リソナは――

「わかりました! もしペインが来たら私がやっつけてやるです!」
「あ、あぁそうだな……」

 やけに張り切っていた。
 手を不自然に回しているリソナから、目を不自然に反らす。
 二人の事は信用している。悪い人じゃないって事は、わかっている。
 だけど、自分がその『ペイン』である事を打ち明ける気にはなれなかった。

(こんなザマで――)
 力ある者に対する差別を減らす、なんて事が……本当にできるのだろうか?
 二人に打ち明かす事ができない。
 それは
 
 ――ペインが人間とは違うと、心の底では思ってるからじゃないか、と。

「……小僧、何を考えてるかは知らんが」
「わかってる、急いで三人を探さないとな」

 気持ちを切り替える。
 純也は決闘の腕前こそ目を見張るものがあるが、サイコ決闘者としての力は弱い。
 七水はその逆で、かづなにはサイコ的な力が何も無い。
 それでもアイツなら何とかしてくれるような、不思議な感覚もあるが……それでも。

 俺は二人に振り返り、少し言葉を濁しながら、言った。
「……こっちの世界から飛ばされた奴を探したい。急いでもいいか?」
 二人の視線が集中する。
 特にテルさんは俺が振り返る以前からこちらに視線を向けているような……。
 視線が合った事に気付いたのか、神楽屋はすぐ飄々とした風を装う。

「構わないぜ、それはこっちも同じだしな」
「そうです。リソナ、もことティトも探さないといけないです!」
「……モコトティト?ともかく恩に着るよ」
「気にするな、こういう時は助け合わないとな」

 二人に礼を言う。モコトティト、というのは二人の知人の事だろうか?
 そうこうしている内に、テルさんが前方に走り出す。
 それに付いて行こうと、スドと俺……続けてリソナも軽快に走り、後に続く。
 だが、その行軍は長くは続かなかった。

「瓦礫か、これじゃ通れねぇな……」
 前方からテルさんの舌打ちが聞こえる。
 そこには通路を塞ぐように、巨大な瓦礫が存在していた。
 これでは進む事はできない。

「よし、なら少し離れててくれ」
「……?」

 邪魔なら、吹き飛ばせばいい。簡単な事だ。
 俺は決闘盤を展開させ、一枚のカードをセットする。

「来い、タイラント――」
「って馬鹿かおまえは!」

 <タイラント・ドラゴン>を召喚し、瓦礫を吹っ飛ばそうとした俺の頭を、割と強めにテルさんにはたかれた。
 地味に痛い。

「……俺、なんか間違った?」
「間違いだらけだよ……よく周りを見てみろ」
「周り?」

 テルさんに言われ、俺は周りの様子を再び見渡す。

「……あ」
「わかったか? <タイラント・ドラゴン>なんかで瓦礫を吹っ飛ばしてみろ、あれは間違いなくぶっ壊れる」

 『あれ』とは、上方にある橋の事だ。
 瓦礫の真上に位置するその橋は所々に罅のようなものが入っており、枯れ木のように酷く頼りない物に思える。
 
「あれが落ちてきたら俺達も危ない。そして何より……あの上に『人』が居たらどうする? おまえが探している友人が、俺達の探してる奴等が呑気に歩いていたらどうする?」
「……」
「急ぐのはわかる。俺だってアイツ等の無事を早く確認したい――だけどな」

 そう言うテルさんの表情は、言葉とは裏腹に怒りを滲ませてるようには見えない。
 その雰囲気に、言葉を失う。

「――間違えちゃ、いけねぇんだ」

 何を思って、その言葉を発したのか。
 掴み所の無い表情を浮かべ、テルさんはそう言った。
 確かに全面的に俺が悪い。探すのを焦るばかり、探し人を傷付けてしまったのでは本末転倒だ。

「ごめん。軽率だった……」
「わかりゃいいさ。リソナ、あれは使えるか?」
「やってみるです!」

 テルさんの言葉に元気よく答えると、リソナはいきなり後ろから飛び付く様に抱きついてきた。

 「!?」と驚く俺を気にせず、そのままの姿勢で俺の決闘盤に1枚のカードをセットする。
 すると置かれたカードが、眩い光を放ち始めた。
 リソナは自らが持っていた手札を治輝の場にひとまず置くと、元気な声で言った。

「出番です!<ライトロード・ドラゴン・グラゴニス>!!」
 
リソナが召喚したのは、棚引く金色のたてがみを持つ白き龍だった。
 純白の両翼はシルクのように美しく、その容姿は龍というよりも天馬に近い。

「さぁさ、みんな乗るです!」

 しばらくその端麗さに見惚れていると、いつの間に背中から降りたのか、リソナは天馬の如き白き龍<ライトロード・ドラゴン グラゴニス>の上に乗っていた。
 なるほど、これで空を飛べば瓦礫の一つや二つ飛び越せる。

「でも、大丈夫なのか? あの子にこんな大きなモンスターを具現させても」
「――ハッ、サイコ決闘者としての力で言うならリソナは俺よりよっぽど強いさ。余り認めたくはないが」
「その通りです! しかも決闘でも私の方が強いです!」
「……言うじゃねぇか、なんならここで白黒」
「そんな場合じゃないよな今!?」

 わかってるわかってる、と帽子に手を置きテルさんが答える。 冗談だったのだろうが、目が納得していない。
 とにかく、リソナの力に関しては心配しないで良さそうだ。
 しかし……体は小柄でも、内に秘める力は強いサイコ決闘者か。
「七水もそうだったし、背の大きさと反比例するようにできてるのかもしれない」
 グラゴニスの上に慎重に乗りながら、割と根拠の無い持論を展開してみる。
 いや、それだとチビなのに力が弱い純也のフォローができなくなる。持論は三秒で論破された。

 そうこうしている間に、グラゴニスはその翼を大きく広げ――しかし音は殆ど立てずに羽ばたき、少しくすんだ空へと舞い上がる。
 罅の入った橋を器用に避け、高みを目指す。
 フワリと内臓が浮くような錯覚が浮かび、恐怖を覚え――。
 すぐにその感情を抱いている余裕は、なくなった。
 
 空中に飛翔した事で見えるようになった……先程見た『橋』の奥。
 そこに、見覚えのある姿があった。
 青っぽい髪に、チェックのスカート。
 そこに、12歳前後であろう背格好の少女が拘束されている。
 表情は見えなかったが、あれは間違いなく探していた人物の一人。

「――七水だ!」
「しみち? ナオキのカノジョさんです?」
「いやそれは犯罪……じゃなくて、俺の探してる奴の一人だ!」

 リソナの言葉に緊張感を削がれるが、今はそんな場合じゃない。
 拘束されているという事は、七水は今何者かに捕まっているという事。
 そして何より、この場からでは

 ――彼女が生きているという事すら、判断できない。
 想像した最悪のヴィジョンを思い浮かべ、寒気がする。
 そんな中、テルさんが口を開いた。

「ここからだと詳しい状況が分からねえな……リソナ、まずは周辺の様子を把握できる高さまで降下してくれ。罠が張られてる可能性があるからな」
「……わかったです」
「くれぐれも迂闊な行動は避けろよ……時枝?」

 テルさんの言葉が耳に入って来る度、焦る思いは膨らんで行く。
 そんな悠長な事をしている時間はない。
 取り返しのつかない事になってからじゃ――遅いんだ。

「ごめん、先に行く」
「先に――って、おまえ」

 グラゴニスの背中に立ち、下を見下ろす。
 かなりの高度に、眩暈のような恐怖を覚える。
 だがその高所での恐怖は、先程の寒気によって打ち消される。
 いや違う、それは感情の上塗りだ。
 悲しみながら、心から喜ぶ事ができないように
 二つの心の動きは、色濃く浮かんだ一つの感情によって統一される。

「……悪い、後頼む」
「バッ――よせ!」

 テルさんの制止も耳に入らず、俺はグラゴニスから階段を一段飛ばすような気軽さで『降り』た。
 遥か高空にいる、この状態で。
 だが、悠長な事をしている時間はない。
 先程上空から見えたのは、七水だけではなかった。
 上空では黒い斑点のようにしか見えなかった、影のような物体。
 あれは、おそらく――








「くそっ! 後先考えずに突っ込みやがって。馬鹿野郎が……」
 グラゴニスから地上を見下ろし、神楽屋は軽く苛立ちを覚えつつ言い放った。
 焦る気持ちを抑えられない。
 それはまるで、かつての誰かを見ているようで――
「ナオキはこんな高い所からジャンプできるです? 凄いです!」
 リソナの能天気な声に、神楽屋は過去の幻想から引き戻される。
「馬鹿。サイコ決闘者といえどもこの高度を一気に落ちてタダで済むわけが……」
 神楽屋が言うと、スドは溜め息を吐く。
「いや、小僧ならば心配はいらんじゃろう――着地に関してはな」
「……?」
 治輝の今までやった事を考えれば、造作もない事だろう。
 まだ出会って間もない二人とスドとの温度差が大きいのは、恐らくその差だ。
 だが、とスドは小さく呟く。
 治輝はこの距離から、七水の事を視認した。

「あやつは、目が悪かったはずではなかったか――?」
 
 治輝は地上に接近するにしたがって、七水に接近する影をはっきりと視認する。
「やっぱりモンスターか――!」
 指の先から機械的な管のようなモノが伸びていて、グロテスクな形状をしている。
 あれはカードから実体化したモンスターというより、もっと違う何かだろう。
 周りにいる影は数匹、その内一匹は既に七水の真正面まで接近している。

 ――いつも通り<ドラグニティアームズ・ミスティル>を呼び出して、着地するわけにはいかなそうだ。
 ならば、と治輝はカードを2枚取り出した。そのうち1枚を決闘盤にセットする。

「――ミスティル!」

 カード名を叫び手に取ると、そのカードが形状を変えた。
 それは、一本の剣。
 <ドラグニティアームズ・ミスティル>が有する漆黒の剣が、治輝の手元に具現する。
 落下速度は弱めない。
 七水に近付いた化け物の指から発する管が、衣服へと入り込む。
 それとほぼ同時に治輝は伏せカードを発動し、剣を化け物の頭部に突き刺す。
 化け物は悲鳴も上げず霧のように消滅し、剣が地面に深々と突き刺さった。
「ぐっ……!」
 バキリ、という嫌な音が聞こえた。
 たまらなく剣から手を離し、そのまま足を地面に叩き付けられる。
 また音が聞こえた。
 痛みよりも溶岩のような熱さが体の芯を埋め尽くし、立っていられなくなる――が。

《超再生能力(ちょうさいせいのうりょく)/Super Rejuvenation》 †

速攻魔法
このカードを発動したターンのエンドフェイズ時、
このターン自分が手札から捨てたドラゴン族モンスター、
及びこのターン自分が手札・フィールド上からリリースした
ドラゴン族モンスターの枚数分だけ、
自分のデッキからカードをドローする。


 サイコ決闘者は、カードの力をある程度実体化する事ができる。
 治輝はその効果により無理やりボロボロになった体を一時的に再生し、剣を再び引き抜く。
 そして向かってくる化け物を、次々と切り伏せる。
「ラスト――!」
 最後の化け物――影に向かって、治輝は突進した。
 剣を思い切り袈裟に斬り降ろし、そして

 ガキィン!と、金属同士がぶつかった時のような甲高い音が聞こえた。

「な……」
「チカラ――酷く淀んだチカラ――」

 声が聞こえたかと思うと、見えない力で大きく吹き飛ばされた。
 集中が途切れた事で具現した剣は姿を消し、床に叩き付けらる。
 余りの衝撃に失神しそうになったが、なんとか堪える。

「おまえ――」
 目の前の化け物は、他の奴らとは何かが違った。
 紫色の光を発する影。
 ――そもそも、光る影という時点で既に異質だ。
 それに加え声を発し、力も強い。
 そして何よりも――

「ソイツはニエだ。邪魔をスルナ――!」
 ソイツ、とは七水の事だろうか。
 頭部に若干の痛みを感じたが、体を起こし目の前の影と対峙する。
 すると



「――ハッ。隙だらけだぜ、化け物」



 声と共に、真紅の豪槍が化け物を襲った。
 死角からの一撃にはさすがに対応できなかったのか、くぐもった声を上げる。
 その攻撃を行ったのは<ジェムナイト・ルビーズ>

「テルさん……!?」
「先走りやがって――追いつく身にもなってみろ」
 影の向こう側から神楽屋はそう言い放つ。
 槍を振り下ろされた事で、その影は霧のようだった輪郭を少しハッキリと明滅させた。
 毒毒しい黄色い爪と、怪しげな骨格が僅かに浮かび上がる。

「……コノ程度ォ!」
 影は眼光のようなものを輝かせ、衝撃波を発生させた。
 <ジェムナイト・ルビーズ>と神楽屋はたまらず治輝の方へと弾き飛ばされる。
 神楽屋は巧みに受身を取り、帽子に手をかけながらも上手く着地した。
 衝撃で数枚のカードが散らばったが、神楽屋は素早い動作でそのカード達をデッキに戻す。
 
「コイツはなんだ? 見た事のないタイプだが――」
「『ペイン』に近い感じはする。 ……でもそれ以上はなんとも」
「ペイン――コイツがか。如何にも化け物らしい容貌だ」
「……あぁ」

 治輝は一瞬顔を伏せ、神楽屋はそれを見ると帽子を深く被り直す。
 七水がいる方向とは逆に吹き飛ばされてしまった為、七水との距離は化け物の方が近い。
 七水を確実に救い出す為には――
 治輝は伏せた顔を上げ、相手をハッキリと睨み付ける。

「決闘だ化け物。勝ったら七水を返してもらう!」
「歪んだチカラと純然たるチカラ――いいだろう、二人マトメテ相手をしてやる」
「ハッ、俺達を同時に相手しようってか。いい度胸じゃねぇか」

 神楽屋と治輝は、同時に決闘盤を展開させた。
 治輝は場に展開していた全てのカードを、ディスクに収納する。
 影の化け物の腕には、煙が色濃くなった瞬間にディスクが装着される。
 治輝は改めて拘束されている七水に視線を向け、掠り切れそうな程低い声で、言った。

「助けてみせる――絶対に!」

 ――決闘!!
 三者三様の声が響き渡る。
 だが、互いが互いに視線をやるべきこの状況で、神楽屋は別の方向を向いていた。

 それは敵である影に向かっての物ではなく
 味方であるはずの、時枝治輝に。
 
 
変則タッグデュエルルール(オリジナル)

□フィールド・墓地はシングルと同じく個別だが、以下の事項は行うことができる。
・パートナーのモンスターをリリース、シンクロ素材にすること。
・「自分フィールド上の~」の記述がある効果を使用する際、パートナーのカードを対象に選ぶこと。
・パートナーの伏せカードは通常魔法、通常罠に限り発動する事が可能。
・パートナーへの直接攻撃を、自分のモンスターでかばうこと。
□最初のターン、全てのプレイヤーは攻撃ができない。
□ターンは 味方A→相手→味方B→相手の順番で処理する。
□初期ライフは4000 1人側は8000。
□バーンダメージ等は1人を対象にして通常通り処理する。
□召喚条件さえ揃えば、パートナーのEXデッキも使用できる。

「俺のターン!」

 治輝はカードをドローし、手札から一枚のカードを素早く抜き取る。
 七水に意識は無いようだが、呼吸はあるようだ。
 だが、また先程のモンスター達が沸いて出てくる可能性もある。一気に決着を付けるべきだ。

「カードを二枚伏せ、ターンエンド!」
「時枝――!?」

 神楽屋は考え事を止め、守備モンスターも出さずにターンを終えた治輝に驚愕する。
 タッグ決闘では1ターン目で攻撃ができない。
 それを考慮すれば、確かに何も召喚せず、相手に手の内を見せないプレイングは有りだろう。
 だが、これは変則タッグ決闘――先に攻撃を仕掛ける事ができるのは、こちら側ではなく相手側だ。
 もし神楽屋がモンスター出せなかった場合……治輝はダイレクトアタックを受ける事になる。
 

「モンスターを引けなかったヨウダナ――我ノターン! <サイコ・ウォールド>を召喚!」

《サイコ・ウォールド/Psychic Snail》 †

効果モンスター
星4/地属性/サイキック族/攻1900/守1200
800ライフポイントを払って発動する。
自分フィールド上に表側表示で存在するサイキック族モンスター1体は、
1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。
この効果を発動するターンこのカードは攻撃する事ができない。

 超能力者というよりは、カタツムリの様なモンスターが場に現れた。
 神楽屋はその種族を確認すると1人の決闘者を思い返し、気を引き締める。

「我はターンエンド、貴様のターンだ」
「――行くぜ、俺は<ジェムレシス>を召喚!」

《ジェムレシス/Gem-Armadillo》 †

効果モンスター
星4/地属性/岩石族/攻1700/守 500
このカードが召喚に成功した時、
自分のデッキから「ジェムナイト」と名のついた
モンスター1体を手札に加える事ができる。

 ドローするや否や、神楽屋はアリクイの様な姿をしたモンスターを召喚する。
 可愛げのある容姿をしているが、効果は強力だ。

「レシスの効果発動だ。手札に<ジェムナイト・オブシディア>を加えるぜ」
「サーチ効果持ちのモンスターで攻撃力1700――ナルホド、強力なモンスターの様だ」
「ハッ。この程度驚く事じゃねぇだろ。俺はカードを二枚伏せ、ターンエン……」



「ダガ、甘い」

 ゾクリ、と
 神楽屋はターンエンドを宣言した直後、目の前の化け物から圧力を感じ、寒気を覚えた。
 確かに<ジェムレシス>では<サイコ・ウォールド>の攻撃力には適わないが、神楽屋もそれは承知している。

《収縮(しゅうしゅく)/Shrink》 †

速攻魔法
フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターの元々の攻撃力はエンドフェイズ時まで半分になる。

 <収縮>
 戦闘補助として非常に強力なこのカードを使用すれば、攻撃力3400以下のモンスターを<ジェムレシス>で返り討ちにする事ができる。
 決闘はまだ序盤。それを超えるモンスターが召喚されるとは考え辛い。
 
「我のターン……<サイココマンダー>を召喚」

《サイコ・コマンダー/Psychic Commander》 †

チューナー(効果モンスター)
星3/地属性/サイキック族/攻1400/守 800
自分フィールド上に存在するサイキック族モンスターが戦闘を行う場合、
そのダメージステップ時に100の倍数のライフポイントを払って
発動する事ができる(最大500まで)。
このターンのエンドフェイズ時まで、戦闘を行う相手モンスター1体の
攻撃力・守備力は払った数値分ダウンする。

「サラニ<シンクロヒーロー>を発動」

《シンクロ・ヒーロー/Synchro Boost》 †

装備魔法
装備モンスターのレベルを1つ上げ、攻撃力は500ポイントアップする。

「<サイコ・コマンダー>のレベルを4変更、サイコウォールドとチューニング」
「ハッ、いきなり全開ってわけかよ……!」

 化け物の目の前に光の輪が出現し、その中央に紫色の空間が生成された。
 そこから出現する何かを神楽屋は冷や汗を流しながら警戒し
 治輝は黙ってそれを睨み付け
 影の化け物は妖しく二人を嘲るように笑う

シンクロ召喚――メンタル・スフィアデーモン!」

 そう高らかに宣言し、空間が弾けると
 二人の前に――異形の悪魔が降臨した。

【治輝LP4000】 手札4枚   
場:伏せカード2枚

【神楽屋LP4000】 手札4枚
場:ジェムレシス
伏せカード2枚


【影LP8000】 手札4枚
場:メンタルスフィア・デーモン
 
 
異形の悪魔は神楽屋と治輝を睨み付けた後、場に存在する<ジェムレシス>へと視線を移す。
 まるで本当の生物のような挙動だった。それを見た治輝は苦い顔を作る。

「我は更に最古式念動をハツドウ。キサマの伏せカードを破壊サセテもらおう」
 
《最古式念導(さいこしきねんどう)/Psychokinesis》 †

通常魔法
自分フィールド上にサイキック族モンスターが
表側表示で存在する場合のみ発動する事ができる。
フィールド上のカード1枚を破壊し、
自分は1000ポイントダメージを受ける。

【影LP】8000→7000

 そう言うと<メンタルスフィア・デーモン>の口から黒い球体が発射された。
 狙いは、神楽屋の伏せカード。
 だが中折れ帽子で表情を隠しながら、神楽屋は僅かに笑う。

「ハッ、悪いがハズレだな――速攻魔法、収縮!」

《収縮(しゅうしゅく)/Shrink》 †

速攻魔法
フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターの元々の攻撃力はエンドフェイズ時まで半分になる。

「これで<メンタルスフィア・デーモン>の攻撃力は半減。返り討ちだ!」
「ソノヨウナ小細工は<メンタルスフィア・デーモン>には通用シナイ。効果発動――レジグ・ソウル! ライフを1000払う事で、対象マホウを無効にしハカイする!」
「な……!?」

《メンタルスフィア・デーモン/Thought Ruler Archfiend》 †

シンクロ・効果モンスター
星8/闇属性/サイキック族/攻2700/守2300
チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
このカードが戦闘によってモンスターを破壊し墓地へ送った時、
破壊したモンスターの元々の攻撃力分だけ自分のライフポイントを回復する。
サイキック族モンスター1体を対象にする魔法または罠カードが発動された時、
1000ライフポイントを払う事でその発動を無効にし破壊する。

【影LP】7000→6000

 相手の力を奪う事のできる強力な魔法が、異形の悪魔によって弾き返された。
 それを見た神楽屋は焦りを覚える。これではレシスを守る手段がない。
 反射的に治輝を見るが……先程の決闘で治輝は攻撃を防ぐ類のカードを使っていない。
 全く入っていないわけではないと思うが、それでも極少数だろう。

「<メンタルスフィア・デーモン>で<ジェムレシス>を攻撃――レジグ・ヴォルケイノ!」

 異形の悪魔は両手で漆黒の火球を作り出し、それを<ジェムレシス>に向かい……放った。
 直撃し、レシスは跡形もなく消滅する。
 そして
 レシスを破壊した炎の余波――1000ポイントの超過ダメージを、神楽屋はその身に受ける。

【神楽屋LP】4000→3000

「ぐ……がああああああああああ!?」

 絶叫。
 まるで炎で炙った鉄筋を押し付けられたかような熱さと衝撃を、神楽屋はその身に受けた。
 声を堪えきる事などできるはずもない。周囲の温度が一気に上昇し、喉が焼き切れる様な錯覚を覚える。
 その痛みに神楽屋は、たまらず膝を付いた。
 更に<メンタルスフィア・デーモン>の効果が発動し、レシスの攻撃力分のライフを回復させてしまう。

【影LP6000→7700】

「――ッ、罠カード発動。命の綱!」

 ここで、治輝が動いた。
 味方のダメージを守る類のカードでなかったのが悔しかったのか、その表情には焦りと歯痒さを浮かばせている。

《命(いのち)の綱(つな)/Rope of Life》 †

通常罠
自分モンスターが戦闘によって墓地に送られた時に、手札を全て捨てて発動する。
そのモンスターの攻撃力を800ポイントアップさせて、フィールド上に特殊召喚する。

「手札を全て捨て、テルさんの場に破壊された<ジェムレシス>を強化復活させる!」
「この序盤で手札を全て捨てる!?おまえ、また早まった事――」
「いいから任せてくれ! 俺の手札を全て使い――蘇れ、ジェムレシス!」

《ジェムレシス/Gem-Armadillo》 †

効果モンスター
星4/地属性/岩石族/攻1700/守 500
このカードが召喚に成功した時、
自分のデッキから「ジェムナイト」と名のついた
モンスター1体を手札に加える事ができる。

【ジェムレシス】攻1700→攻2500

 何とか体を奮い立たせた神楽屋は、体の悲鳴を抑え込みながら治輝の方に視線を向ける。
 確かに場をガラ空きにする事は避けたいが、強化された<ジェムレシス>であっても<メンタルスフィア・デーモン>は倒せない。
 その場しのぎの為だけに<ジェムレシス>を復活させるのは、利口な手とは到底思えなかった。
 ……だが

「――速攻魔法、超再生能力!」

《超再生能力(ちょうさいせいのうりょく)/Super Rejuvenation》 †

速攻魔法
このカードを発動したターンのエンドフェイズ時、
このターン自分が手札から捨てたドラゴン族モンスター、
及びこのターン自分が手札・フィールド上からリリースした
ドラゴン族モンスターの枚数分だけ、
自分のデッキからカードをドローする。

 それでも治輝は、その不効率なプレイングをプラスへと変換させる。
 負けに誘う一手を、勝利への道に変える為に。

「手札からステタカードは全てドラゴン族――ナルホド、合計4枚のドローか」
「……おまえって本当、アドと無縁な奴だよな」
「人より少し多くドローできるだけさ。それに――急がないと」

 治輝はそう言い、化け物がカードを一枚伏せ、ターンをエンドすると同時に<超再生能力>の効果で4枚のカードをドローする。
 そして自分のターン、更にカードを1枚引き――治輝はその場で固まった。

「ちょ……」
「ん、どうした」
「そうか、あの時に……って事はあの2人大丈夫か……?」

 ぶつぶつと意味不明な独り言を始めた治輝を見て、神楽屋は訝しげに視線を送る。
 治輝は何か、心配事が増えたような表情を浮かべていた。

「こうなったらヤケだ――! 俺は墓地の<ミンゲイ・ドラゴン>の効果発動!」

《ミンゲイドラゴン/Totem Dragon》 †

効果モンスター
星2/地属性/ドラゴン族/攻 400/守 200
ドラゴン族モンスターをアドバンス召喚する場合、
このモンスター1体で2体分のリリースとする事ができる。
自分のスタンバイフェイズ時にこのカードが墓地に存在し、
自分フィールド上にモンスターが存在しない場合、
このカードを自分フィールド上に表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
この効果は自分の墓地にドラゴン族以外のモンスターが存在する場合には発動できない。
この効果で特殊召喚されたこのカードは、フィールド上から離れた場合ゲームから除外される。

「ドラゴン族以外のモンスターが墓地に存在しない時、スタンバイフェイズに特殊召喚できる!」
「ホゥ、サキホドのカード効果で1枚墓地に送ってイタカ!」
「そういう事だ。そしてミンゲイ・ドラゴンをリリース!」

 神楽屋はそれを見て安心した。
 一度しか手合わせをしていないとはいえ、この先は大抵予想が付く。
 あのコンボを決めた後は、強力な上級ドラゴン族を召喚してくれるはずだ。

 予想通り、治輝の場を光が覆い、その中に白く美しいドラゴンのシルエットが浮かび上がる。
 先程の対決で使用した<青眼の白夜龍>か、それとも
 そんな風に、神楽屋は出てくるモンスターを注視し見守っていると

「――現れろ、ライトロードドラゴン・グラゴニス!!」
「おいぃ!?」

 出てきたのは最上級ドラゴンではなく
 先程まで2人が乗っていたはずの、棚引く金色のたてがみを持つ――誰かさんの白き龍だった。

【治輝LP4000】 手札4枚   
場:ライトロードドラゴン・グラゴニス

【神楽屋LP3000】 手札4枚
場:ジェムレシス(攻2500)
伏せカード1枚


【影LP7700】 手札3枚
場:メンタルスフィア・デーモン
伏せカード1枚
 
《ライトロード・ドラゴン グラゴニス/Gragonith, Lightsworn Dragon》 †

効果モンスター
星6/光属性/ドラゴン族/攻2000/守1600
このカードの攻撃力と守備力は、自分の墓地に存在する「ライトロード」
と名のついたモンスターカードの種類×300ポイントアップする。
このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
その守備力を攻撃力が超えていれば、
その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する場合、
自分のエンドフェイズ毎に、デッキの上からカードを3枚墓地に送る。

 神楽屋に盛大な突込みを受けながら、治輝は思い返していた。
 飛ぶ為にこのグラゴニスをリソナが召喚した時、誰のディスクを使用していたのかを。
 恐らくあの時から決闘盤にセットされ続け、決闘開始前にデッキに収納されてしまったのだろう。
 神楽屋もその時の事を思い出したのか、深いため息を吐いた。

「リソナの奴……だから自分の決闘盤使えって……」
「……考え様によってはコイツ以外に上級ドラゴンは手札に居なかったし、相性も悪くない。意外と強力な助っ人かもしれない」
「そうか……?」

 疑惑の眼差しを向けてくる神楽屋。だが治輝は本気でそう思っていた。
 墓地肥やしが重要な治輝のデッキにとって、デッキから3枚のカードを墓地に送ってくれるグラゴニスの効果はプラスに働くはずだ。
 問題は、攻撃力で<メンタルスフィア・デーモン>に勝てない事だが……

「<団結の力>を装備。これなら問題無いだろ!」

《団結(だんけつ)の力(ちから)/United We Stand》 †

装備魔法
装備モンスターの攻撃力・守備力は、自分フィールド上に表側表示で存在する
モンスター1体につき800ポイントアップする。

 これでグラゴニスの攻撃力は2800
 <メンタルスフィア・デーモン>の攻撃力を、100ポイント上回る事ができた。


「ホゥ――」
「<ライトロード・ドラゴン・グラゴニス>で<メンタルスフィア・デーモン>に攻撃。ホーリィ・スピア!」

 影の化け物が感心した様な声を上げるのを無視し、治輝は攻撃を宣言した。
 大きく開いた白金の龍の口に、黄金色の光が収束する。
 次の瞬間。
 収束した光は視認できない程の速さで打ち出され、異形の悪魔の胸部を貫通した。
 悪魔が消滅し、影の化け物のライフが削られる。

【影LP】7700→7600


「フン……この程度」

 だが、化け物は少しも怯まない。
 強力な僕である異形の悪魔を倒されても、全く動じていない様だった。

「……俺はカードを一枚伏せターンエンド。グラゴニスの効果でデッキから三枚のカードを墓地に送る」

【治輝LP4000】 手札3枚   
場:ライトロードドラゴン・グラゴニス
伏せカード1枚
【神楽屋LP3000】 手札4枚
場:ジェムレシス(攻2500)
伏せカード1枚


【影LP7600】 手札3枚
場:なし
伏せカード1枚

「我のターン。手札から永続魔法<フューチャー・グロウ>を発動」

《フューチャー・グロウ/Future Glow》 †

永続魔法
自分の墓地に存在するサイキック族モンスター1体をゲームから除外して発動する。
このカードがフィールド上に存在する限り、
自分フィールド上に表側表示で存在する全てのサイキック族モンスターの攻撃力は、
このカードを発動するために除外した
サイキック族モンスターのレベル×200ポイントアップする。

「レベル8である墓地の<メンタルスフィア・デーモン>をジョガイ、我の場に存在するサイキックモンスターは全てコウゲキリョクが1600ポイントアップする」 
「ハッ……冗談が過ぎるカードだな……」

 神楽屋はカード効果の説明を聞き、寒気がした。
 つまり、これから奴が再び低級モンスターである<サイコ・ウォールド>を召喚しようものなら、その攻撃力は3500――先程の<メンタルスフィア・デーモン>を軽々と超える攻撃力になるという事。
 治輝も同じ事を思っていたのだろう。冷や汗を一つ流す。

「低級モンスターでも強化されたグラゴニスを超える可能性があるって事か。確かにそれは――」
「テイキュウモンスター? 何を勘違いシテイル?」

 治輝の愚痴に近い呟きを聞き、影の化け物は怪しく笑う。
 そして一枚の罠カードを、2人の心を穿つような鋭さで発動した。

《ブレインハザード/Brain Hazard》 †

永続罠
ゲームから除外されている自分のサイキック族モンスター1体を選択し、
自分フィールド上に特殊召喚する。
このカードがフィールド上から離れた時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。

「除外カードを帰還させるカード……!?」
「もう一度コイツのアイテをしてもらうぞ――マイモドレ、メンタルスフィア・デーモン!」

《メンタルスフィア・デーモン/Thought Ruler Archfiend》 †

シンクロ・効果モンスター
星8/闇属性/サイキック族/攻2700/守2300
チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
このカードが戦闘によってモンスターを破壊し墓地へ送った時、
破壊したモンスターの元々の攻撃力分だけ自分のライフポイントを回復する。
サイキック族モンスター1体を対象にする魔法または罠カードが発動された時、
1000ライフポイントを払う事でその発動を無効にし破壊する。

 場に紫色の空間が出現し、再び異形の悪魔が姿を現す。
 だがその大きさは、その威圧感は――先程の比ではない。
 攻撃力は、4300。
 神や幻魔と呼ばれるカードのボーダーラインである4000を、軽々と超える数値。

「バトル。サキホドのリベンジだ――レジグ・ヴォルケイノ!」

 異形の悪魔は両手で漆黒の火球を作り出し、地面と水平に放つ。
 標的は<ライトロード・ドラゴン・グラゴニス>
 先程とは比べ物にならない大きさ、速度を誇る火球だ。
 避ける事など――耐える事などできるはずもなく、触れるだけで天馬のようなドラゴンは跡形もなく消滅する。
 そのまま地面を抉りながら直進していき、遥か遠くのビルを粉々に吹き飛ばした。
 治輝は苦痛に顔を歪ませ、後退する。

「くっ……!」
「大したダメージにはナラナカッタか……? だが<メンタルスフィア・デーモン>の効果発動。ライフをグラゴニスの元々の攻撃力分回復し、ターンエンドだ」

 治輝は認める。
 この相手は、急いで勝てるレベルの相手ではない。
 余計な事を考え油断した瞬間、殺される――と。
 
【治輝LP3600】 手札3枚   
場:
伏せカード1枚
【神楽屋LP3000】 手札4枚
場:ジェムレシス(攻2500)
伏せカード1枚


【影LP9600】 手札3枚
場:メンタルスフィア・デーモン(攻4300)
ブレイン・ハザード(メンタルスフィア対象) フューチャー・グロウ(攻1600UP)

「俺のターン。さてどうするか……」

 神楽屋はカードをドローし、場と手札の可能性を照らし合わせる。
 そして思案顔をした神楽屋の表情が、不敵な笑みへと変わっていく。

「ハッ。行くぜ化け物――俺は手札から <ジェムナイト・フュージョン>発動!」

《ジェムナイト・フュージョン/Gem-Knight Fusion》 †

通常魔法
手札・自分フィールド上から、融合モンスターカードによって
決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、
「ジェムナイト」と名のついた融合モンスター1体を
融合召喚扱いとしてエクストラデッキから特殊召喚する。
また、このカードが墓地に存在する場合、
自分の墓地に存在する「ジェムナイト」と名のついた
モンスター1体をゲームから除外する事で、このカードを手札に加える。

 それを見た治輝は『よし』と心の中で呟く。
 <魂の綱>を発動したのは、自らの手札を交換する為だけではない。
 仮に強力なモンスターを召喚されても、それを穿つ槍が――彼には存在するからだ。
 それは先程の決闘で治輝自身も苦しめられた。真紅の騎士。

「手札の<ジェムナイト・オブシディア>と<ジェムナイト・ガネットを融合!」
 炎の戦士<ジェムナイト・ガネット>と黒曜の戦士<ジェムナイト・オブシディア>の姿が重なる
「真炎の輝きを焼きつけろ! 融合召喚――ジェムナイト・ルビーズ!!」


《ジェムナイト・ルビーズ/Gem-Knight Ruby》 †

融合・効果モンスター
星6/地属性/炎族/攻2500/守1300
「ジェムナイト・ガネット」+「ジェムナイト」と名のついたモンスター
このカードは上記のカードを融合素材にした融合召喚でのみ
エクストラデッキから特殊召喚する事ができる。
1ターンに1度、自分フィールド上に表側表示で存在する
「ジェム」と名のついたモンスター1体をリリースして発動する事ができる。
このカードの攻撃力はエンドフェイズ時まで
リリースしたモンスターの攻撃力分アップする。
また、このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
その守備力を攻撃力が超えていれば、
その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。

 真紅の炎が、鎧の形を成す。
 深い青色のマントを翻し、紅蓮の槍を異形の悪魔に突きつける。
 荘厳な空気を纏った真紅の騎士が、フィールドに降臨した。
 だが、まだ終わらない。 

「素材となった<ジェムナイト・オブシディア>の効果発動! 墓地からレベル4以下の通常モンスターを特殊召喚できる!」

《ジェムナイト・オブシディア》 †

効果モンスター
星3/地属性/岩石族/攻1500/守1200
このカードが手札から墓地へ送られた場合、
自分の墓地に存在するレベル4以下の通常モンスター1体を
選択して特殊召喚する事ができる。

「舞い戻れ――ジェムナイト・ガネットォ!」

《ジェムナイト・ガネット/Gem-Knight Garnet》 †

通常モンスター
星4/地属性/炎族/攻1900/守   0
ガーネットの力を宿すジェムナイトの戦士。
炎の鉄拳はあらゆる敵を粉砕するぞ。

 三体のモンスターを従えた神楽屋を見て、影の化け物は人間のように僅かに笑う。
 まるで出来の悪い生徒を見下ろすかのような、余裕の笑みだ。

「幾らモンスターを並べヨウト、コエルコトがデキナケレバ意味は無いぞ」
「ハッ、とんだ鈍さだな。俺が無駄にモンスター並べて悦に浸るような男に見えてんなら、目玉の交換を勧めるぜ――ルビーズの効果発動!」

 フィールドにはルビーズの他には
 <ジェムレシス><ジェムナイト・ガネット>の2体。
 本来なら攻撃力の高いガネットをリリースしその攻撃力を4400に上昇させるのが、強敵を打ち倒す時の神楽屋の常套手段だ。
 しかし、今は――

「使わせてもらうぜ、時枝!」
 治輝は頷き、その様子を見守る。
 その視線の先には、強化された<ジェムレシス>

「ルビーズの効果――ブレイズカット! レシスを墓地に送る事で攻撃力を2500ポイントアップさせる!」

1ターンに1度、自分フィールド上に表側表示で存在する
「ジェム」と名のついたモンスター1体をリリースして発動する事ができる。
このカードの攻撃力はエンドフェイズ時まで
リリースしたモンスターの攻撃力分アップする。

 <ジェムレシス>に集った力が、真紅の騎士が持つ槍へと収束していく。
 そして強すぎる力を抑えきれなくなったのか。
 ゴウ! と槍を包む炎が激しく燃え上がった。
 その紅蓮の炎は、相手を焼く為にその勢いを増して行く。

「最大火力、とまでは行かねえが……そいつを葬るには十分だ。派手にいかせてもらうぜ。バトルだ――攻撃力5000の<ジェムナイト・ルビーズ>で、メンタルスフィアデーモンに攻撃」

 そう言うと、ルビーズの槍に宿った螺旋状の炎が異形の悪魔を包み込んだ。
 雄叫びを上げる悪魔に向かって、自身が起こした螺旋の炎の渦中に向かって、真紅の騎士は跳ぶ。
 そして

「クリムゾン――トライデントォ!」

 神楽屋の声とほぼ同時。
 槍が、強靭な皮膚を貫通する音が聞こえた。
 槍の先端から三本に枝分かれした炎が生まれ、槍を引き抜く。

【影LP】9600→8900

 ――爆音。
 
 真紅の騎士が飛び退くと同時に、凄まじい爆発が起こり――
 強大な悪魔は、今度こそ死滅した。


【治輝LP3600】 手札3枚   
場:
伏せカード1枚
【神楽屋LP3000】 手札2枚
場:ジェムナイトルビーズ(攻撃済) ジェムナイト・ガネット
伏せカード1枚


【影LP8900】 手札3枚
場:なし
フューチャー・グロウ(攻1600UP)
「ジェムナイトガネットでダイレクトアタック――!」

【影LP】8900→7000

 <ジェムナイト・ガネット>が炎の拳を化け物に叩き込み、僅かに影が身じろぐ。
 場には神楽屋が操る2体のモンスターのみ。
 ライフこそ劣っていても、状況は圧倒的に優位だった。 


【治輝LP3600】 手札3枚   
場:
伏せカード1枚
【神楽屋LP3000】 手札2枚
場:ジェムナイトルビーズ(攻撃済) ジェムナイト・ガネット
伏せカード1枚


【影LP7000】 手札3枚
場:なし
フューチャー・グロウ(攻1600UP)

「俺はこれでターンエンドだ」
 神楽屋は中折れ帽子を深く被り直し、ターンをエンドする。
 それを見た化け物は、神楽屋の召喚した融合モンスター<ジェムナイト・ルビーズ>を見つめる。

「それがキサマのチカラか。確かに凄まじいモノだな、純然たるモノよ」
「ハッ、もう敗者の弁か? ならさっさとその子を解放して――」

 それを聞いた化け物は、影の中から表情のような物を光で浮かび上がらせる。
 そして怪しく、ケタケタと笑い 




「ダカラコソ慢心し驕った結果、何かをキズツケル」




 その一言で、場の空気を凍らせた。
 治輝はその感覚だけは感じる事ができても、その言葉の意味がわからない。
 化け物の妄言なのか、それとも。

「守り切れなかったキサマに、間違えをオカシたキサマに、ナニカを守る資格などナイ。チカラを奮う資格などナイ」

 影の化け物が妙な言葉を喋り始めてから、神楽屋の様子が明らかにおかしくなる。
 飄々としていたいつもの彼とはまるで違う。何処か無表情で、何か遠いものを見てるような――

「テルさん――!? どうしたんだ、テルさん!」
「……」

 返事がない。
 治輝は敵である化け物に向き直り、血管が千切れる程の怒気を込め、叫ぶ。

「おまえ、テルさんに何をしたんだ……!」
「煩わしいな歪みし者よ。キサマに用はナイ」
「な……」
「ワタシは1枚カードを伏せ、ターンを終了する。キサマは好きに攻撃スルガイイ」

 そう言うと、化け物は本当に特にアクションを起こさず、ターンをエンドした。
 ナメやがって――
 治輝の中に黒い感情が渦巻くが、ここは堪える。
 
「……俺のターン、ドラグニティ・ブランディストックを召喚し墓地に送る事で――」

 その言葉と同時に旋風が巻き起こり、その中心部に小さな木が出現した。
 黄色みを帯びた緑色の葉は1組ずつ対をなし、鮮やかに輝いてその存在を主張している。
 だが次の瞬間、その鮮やかな葉は四散し、木は鋭利な刃物へと姿を変えていき……。
 1本の、剣となった。

「手札から<ドラグニティアームズ・ミスティル>を特殊召喚!」

《ドラグニティアームズ-ミスティル/Dragunity Arma Mistletainn》 †

効果モンスター
星6/風属性/ドラゴン族/攻2100/守1500
このカードは自分フィールド上に表側表示で存在する
「ドラグニティ」と名のついたモンスター1体を墓地へ送り、
手札から特殊召喚する事ができる。
このカードが手札から召喚・特殊召喚に成功した時、
自分の墓地に存在する「ドラグニティ」と名のついた
ドラゴン族モンスター1体を選択し、
装備カード扱いとしてこのカードに装備する事ができる。

 四散した葉は一つに集まっていき、巨大なモンスターへと変貌していく。
 強固な鱗は黄色みを帯び、剣を手にしたそのモンスターは、その剣と同じように鋭い咆哮を上げた。

「効果で墓地のブランディストックを装備し、そのままミスティルを除外。現れろ――」

 次の瞬間、ミスティルが場から消えた。
 コンクリートから無数の枝が出現し、辺り一面を覆い尽くす。
 枝が侵食していく勢いで、辺りにある建物が小刻みに震え出す。
 次第に細かい枝は一つになる事で大きくなり、その中心から閃光が零れ出る。
 その輝きは剣の形を象り、輝きの中から出現した巨大な竜がそれを握った。

《ドラグニティアームズ-レヴァテイン/Dragunity Arma Leyvaten》 †

効果モンスター
星8/風属性/ドラゴン族/攻2600/守1200
このカードは自分フィールド上に表側表示で存在する
「ドラグニティ」と名のついたカードを装備したモンスター1体をゲームから除外し、
手札または墓地から特殊召喚する事ができる。
このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、
「ドラグニティアームズ-レヴァテイン」以外の
自分の墓地に存在するドラゴン族モンスター1体を選択し、
装備カード扱いとしてこのカードに装備する事ができる。
このカードが相手のカードの効果によって墓地へ送られた時、
装備カード扱いとしてこのカードに装備されたモンスター1体を特殊召喚する事ができる。

「効果でブランディストックを装備し、バトルフェイズ! レヴァテインでダイレクトアタック――ブランディ・ウィンザー!」

 激情に任せる事はしない。それで勝てる相手ではない。
 治輝はそう思いつつも、握る拳の力を抑える事はできない。
 主人の感情を汲み取ったのか、斧のように力強い剣撃が影の化け物を襲う。

【影LP】7000→4400

 たまらず苦悶の表情を浮かべたたらを踏む化け物だが、すぐに元の姿勢に戻る。
 この機を逃す手はない。
 
「もう一撃――!」
 ザクリ、と。
 レヴァテインが放つ渾身の突きが影の身を貫き、それを引き抜く。
 細身の剣に影が纏わりつくが、一振りするとそれは四散した。

【影LP】4400→1800

 ダメージは十分に与える事ができたので、治輝はターンを終了する。
 だが、次に化け物が発したのは苦悶の声ではない。

「――ドウヤラ、本当にキサマにはキコエナイようだな」
「聞こえない……?」

 影の声は、先程からハッキリと聞こえている。
 だが、そういった単純な事というわけでもなさそうだ。

「マァイイ、我のターン――!」
 怪しい影は治輝から興味を失ったのか、カードを1枚ドローした。


【治輝LP3600】 手札3枚   
場:ドラグニティアームズ・レヴァテイン
伏せカード1枚 ドラグニティ・ブランディストック(装備)
【神楽屋LP3000】 手札2枚
場:ジェムナイト・ルビーズ ジェムナイト・ガネット
伏せカード1枚


【影LP1800】 手札3枚
場:伏せカード1枚 フューチャー・グロウ(攻1600UP)
 
「迷ってるんだよね」
 
 声が聞こえる。
 これはそう、ミカドの声だ。
 俺が正義の味方をやっていたせいで、その報復でミカドは歩けなくなった。

「ボク聞いてたよ? 『間違えちゃいけねぇんだ』だっけ――やっぱりテル兄ちゃんはカッコいいね!」

 いや、違う。
 ミカドがこんな所にいるはずがない。
 
「でも、それって少しおかしいよ。だって――」

 ミカドは満面の笑顔を浮かべて






「テル兄ちゃん。もう……間違えちゃってるもん!」

 こんな事を、言うわけがない。
 




 ――本当に?







【治輝LP3600】 手札3枚   
場:ドラグニティアームズ・レヴァテイン
伏せカード1枚 ドラグニティ・ブランディストック(装備)
【神楽屋LP3000】 手札2枚
場:ジェムナイト・ルビーズ ジェムナイト・ガネット
伏せカード1枚


【影LP1800】 手札3枚
場:伏せカード1枚 フューチャー・グロウ(攻1600UP)

 化け物はドローカードを確認するや否や、不適に笑い出した。
 
「ソロソロ本気で行かせてモラオウか。ミラクル・シンクロフュージョンをハツドウ!」
「な……」

 墓地融合カード。
 治輝は掲げられたそのカードを見て、戦慄する。
 あの手のカードから出てくるモンスターは、大抵強力なモンスターと相場が決まっている。

 ――強力?
 あの、異形の悪魔よりも?

「墓地にソンザイする<メンタルスフィア・デーモン>と<サイコウォールド>のタマシイを融合
――」

 素材が『あの』悪魔だとすれば、それよりも強いモンスターなのは確定だ。
 そして永続魔法<フューチャー・グロウ>が存在する以上、攻撃力も恐らく――
 
 そんな治輝の逡巡を断ち切るように、場に紫色の空間が広がっていく。
 その巨大な空間の中で、二つの妖しい目が光輝く。
 
「現れろ――アルティメット・サイキッカー!」

 獣のような獰猛さと
 悪魔のような狡猾さ
 その二つを掛け合わせたかのような、この世の物とは思えない程残忍な表情を浮かべ
 究極の名を冠する化け物が、今降臨した。

《アルティメットサイキッカー/Ultimate Axon Kicker》 †

融合・効果モンスター
星10/光属性/サイキック族/攻2900/守1700
サイキック族シンクロモンスター+サイキック族モンスター 
このカードは融合召喚でのみエクストラデッキから特殊召喚する事ができる。
このカードはカードの効果では破壊されない。
このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
その守備力を攻撃力が超えていれば、
その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
また、このカードが戦闘によってモンスターを破壊し墓地へ送った時、
破壊したモンスターの攻撃力分だけ自分のライフポイントを回復する。

 治輝はその威圧感を目の当たりにし、僅かに後退する。
 骸骨のような顔はおぞましく、まるで狂気の塊のような化け物だ。

「フューチャーグロウの効果で攻撃力は4500――究極の名にフワサシイ数値だ」
「何を……」
「ダガまだ終わりデハナイ。カードを1枚フセ、ブレインハザードをハツドウ!」

《ブレインハザード/Brain Hazard》 †

永続罠
ゲームから除外されている自分のサイキック族モンスター1体を選択し、
自分フィールド上に特殊召喚する。
このカードがフィールド上から離れた時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。


「再び<メンタルスフィア・デーモン>を特殊ショウカン!」
「ッ……」

 異形の悪魔が刺すような咆哮と共に再び墓地から姿を現し、更に状況は悪化した。
 攻撃力4000以上のモンスターが2体。それに強力な耐性もある。
 もはや治輝の切り札である<エレメンタル・バースト>等のカードを用いても、何も解決できない。
 治輝の絶望を感じ取ったのか、影の化け物は不適に笑う。

「バトル。メンタルスフィアはレヴァテイン。アルティメットサイキッカーはルビーズを攻撃」

 指示を聞き、龍剣士と真紅の槍騎士にユラリと視線を向ける二体の化け物。
 酷く緩慢な動きだったが、それ故に言い知れぬ恐怖が染み渡る。
 そして

「レジグ・ヴォルケイノ。レジグ――」

 <メンタルスフィア・デーモン>が放った紅の球体と
 <アルティメット・サイキッカー>が放った蒼の球体が
 妖しげな影を纏いつつ進んでいき、場の中央でぶつかり合った。
 2つの『色』は混ざり合い――

 マジェンタ、と。
 そう薄く影が呟くと同時に、目を焼くほどの菫色の極光が、辺りを包んだ。

 <ドラグニティ・レヴァテイン>と<ジェムナイト・ルビーズ>は
 その光を受けると突然苦しみ出し、まるで内部に爆弾を仕掛けられたかのように、内側から爆発を起こした。
 その衝撃は、当然プレイヤーをも襲う。

「な――!?」
「……」

【治輝LP】3600→1900
【神楽屋LP】3000→1000

 
 突然の出来事で反応が遅れ、治輝と神楽屋は爆発の衝撃で吹き飛ばされる。
 治輝は何とか受身を取れたが、地面に付いた手の甲が大きく擦り切れ、痛みに顔を歪ませる。
 神楽屋は未だ茫然自失したままで、そのまま無抵抗にコンクリートの壁に叩き付けられた。

「――ッ、テルさん!?」

 叩き付けられた衝撃で白煙が上がり、治輝は神楽屋に向かって叫ぶ。
 だが、返事は無い。
 ほぼ無抵抗な状態であの一撃を食らったのだ。恐らくタダでは済まない。

「フン、クタバッタか……あの程度の感応でこのザマとはな」
「感応……? そんなんで勝って、おまえは嬉しいのか!?」

 治輝はかつての戎斗との決闘を思い返し、顔を歪める。
 『あれ』と似たような事を対戦相手に引き起こせるなら、相手に勝つ事などたやすいだろう。
 だが

「何か勘違いをシテイルようだな。我にとって、勝利ナド何の価値も無い」
「なんだと……?」

 これほどの強さを持っておきながら、勝つ事に価値は無い?
 相手の言葉の意味がわからず、治輝が二の句を告げられずにいると

「我とあのお方の目的はタダ一つ『奪う事』だけダ――!」

 影から浮き出る赤い目が、より色濃く輝き出した。




【治輝LP1900】 手札3枚   
場:
伏せカード1枚 
【神楽屋LP1000】 手札2枚
場:ジェムナイト・ガネット
伏せカード1枚


【影LP1800】 手札2枚
場:アルティメットサイキッカー(攻4500) メンタルスフィアデーモン(攻4300)
ブレインハザード(メンタルスフィア対象) フューチャー・グロウ(攻1600UP)
伏せカード1枚
 
 
 意識が、少しずつ浮かび上がっていく。
 手首に若干の痛みを感じるが、多分気のせいだろう。

 ――凄い音が聞こえた

 これは多分気のせいではない。それ程大きい音。
 意識はまだまだ靄がかかったような状態だけど、ゆっくりと瞼を開く。

(あぁ、やっぱりか)

 こうなって欲しくない、と思っていた
 こうなってしまうかもしれないとも、思っていた

 でも、目の前の現実を見てからだと、それは全部言い訳だ。
(もう、放っておいて欲しい)

 そう思っても、そんな人ではない事を、私は知っていた。
 私の尊敬する人が敬っているあの人は、絶対にそんな選択を選ばない。
 なら、今の私の選択は――




    遊戯王オリジナルstage 【EP-19 サイドN】


 勝つ事ではなく、奪う事が目的。
 目の前にいる『影』は確かに、そう言った。
 
「我の目的は『特別な能力を持つ決闘者』のチカラを奪う事。勝利ナド一片の価値もナイ」
「力を奪う? そんな事できるわけが――」
「我にはデキル。先程そこの帽子男にオコナッタ感応も、そのツウカギレイに過ぎない」
「まさか、七水にも……」
「シチミ――この贄の事か。当然同じ事をサセテもらった」
「……」

 治輝は柱に括り付けられている七水に、視線を向ける。
 活力の無い、光の灯らない目。
 酷く見覚えのある……陰に覆われた瞳。
 治輝は視線に怒りを込め、影を睨み付ける。

「小さい少女を無理やり――か。どうしようもなく外道だな、化け物」
「化け物――ハタシテ、それはドチラかな?」
「何?」
「帽子男と贄は、間違いをオカシタ。チカラを行使し、取替えしの不可能なマチガイを」
「……」
「チカラを行使して間違いをオカシタ貴様等コソ『化け物』の烙印を押されるベキ。我はそれを奪い、管理し、献上するだけの管理者なのだよ」

 力で、間違いを犯す。
 それを聞いた治輝は一瞬目を伏せ、今までの神楽屋の事を思い返す。
 あの言葉や、あの視線の理由は――もしかして

「それにムリヤリと言うのは語弊がある。贄は自ら奪われるコトを望み、我はそれを肯定したダケだ」
「……おい、嘘を突くのならもっと真実味のある嘘にしろよ。七水がそんな馬鹿な事」






「本当だよ。治輝さん」




 

 か細い声が聞こえた。
 治輝は驚き、声のする方に視線を向ける。
 柱に括り付けられていた七水の瞳に、ハッキリと光が灯っている。

「気が付いたのか七水!? よかった。一時はどうなる事かと――」
「治輝さん、いいよ」
「待ってろ。今コイツを助けて、そしたら――」
「治輝さん!」

 七水が芯の通った声で叫び、治輝の中の明るい感情が吹き消される。
 そして、冷静になった。
 光が灯り、意思の篭った瞳。
 これは洗脳の類等ではなく――

「勘違いをシテイルようだが、我は精神を操る事はデキナイ。我の感応は対象が心の底で思っているコトを膨らませるダケだ」
「……なるほどな」

 つまり七水自身が、選んだ事だと。
 確かに今までも、七水は自分の力を忌み嫌っていた。
 自分の力を失くす事ができると言われれば、あるいは。

 ……チカラを奪われるだけでは済まないかもしれない。

 賢い七水の事だ、そんな事は百も承知だろう。
 それでも、彼女は選んだ。
 死と同義かもしれない道を選んだ。
 それはかつての自分の姿と、何も変わらない。

「――なんなら今降参をすれば見逃してヤルゾ、帽子男も、今手当てをシテヤレバ助かるかもしれない」

 声が響く。
 知り合った友人を犠牲にしてまで、七水を本気の望みを奪ってまで。
 ……本当に、これ以上戦うべきなのか?
 そう、治輝が逡巡していると








「勝手に話進めんなよ――クソ野郎」






 ゴゥ!と炎の塊が影の化け物に迫り、頭部のすぐ横を通り過ぎた。
 治輝は声のした方を振り返る。
 立ち上る白煙から姿を現したのは――

「――テルさん!?」
「礼を言うぜ化け物。お陰で目が覚めた」

 神楽屋輝彦
 中折れ帽子についた汚れを払いながら、神楽屋は佇んでいた。
 その傍らには先程の炎を作り出したであろう<ジェムナイト・ガネット>
 視線は化け物から、治輝に移り変わる。
 駆け寄ろうとした治輝はその鋭い眼差しを見ると、その足を止めた。

「時枝。俺はお前に黙ってた事がある」
「……黙ってた事?」

 よく見ると、神楽屋はあちこちに怪我を負っていた。
 頭から血が一筋流れ落ち、足も注意深く見ると細かく震えている。

「そいつの言うとおり、俺は取り返しのつかない事をした。俺は自分を慕う奴を助ける事ができず、ソイツは歩けなくなっちまった。俺を恨んだ連中に誘拐されて、両脚の骨を砕かれてな」
「な……」
「そうさ。俺は俺に『間違えるな』なんて事はもう言えない。人助けをする資格なんて、もう無いのかもしれない」

 立っている事すら辛い状態のはずだ。
 呼吸を荒げず息をする事すら、難しい状態のはずだ。
 なのに、神楽屋の視線は揺るがない。
 治輝の事を射抜くように見つめ、そして


 

「だから――おまえは間違えるな。時枝」




 そう、表情を少し和らげながら神楽屋は言った。
 微笑むわけでもなく、ただ少し力を抜いただけの表情で

「俺は助けられなかった。 ――おまえは勝って、あの子を助けろ」
「死に損ないが何を言い出すのかと思えば――コノ状況でキサマに勝ち目がアルトデモ?」

 影の化け物が神楽屋を見下ろし、嘲笑う。
 対して神楽屋は飄々とした様子で、不敵に笑った。

「ハッ。確かに、俺に勝ち目は無いだろうな……だが」

 中折れ帽子を被り、その奥から神楽屋は影の化け物を眼光で威圧する。
 その足の震えは収まり、頭部の出血で染まった紅い目をしっかりと見開き

「突破口は、俺が作ってやる――!」

 その瞳には
 確固たる信念や覚悟が、篭っているように見えた。



【治輝LP1900】 手札3枚   
場:
伏せカード1枚 
【神楽屋LP1000】 手札2枚
場:ジェムナイト・ガネット
伏せカード1枚


【影LP】1800→6900 手札2枚
場:アルティメットサイキッカー(効果発動) メンタルスフィアデーモン(効果発動)
ブレインハザード(メンタルスフィア対象) フューチャー・グロウ(攻1600UP)
伏せカード1枚
 
「突破口――面白い。この状況を打破デキルと言うのなら、ヤッテみせろ!」
「ハッ。いくぜ……俺のターン!」

 チャキリと決闘盤の構えると、神楽屋はカードをドローした。
 その動作は力強く、その視線は揺るがない。
 治輝はそんな神楽屋の様子を見て、ある種の覚悟の様な物を感じ取っていた。

「墓地の<ジェムナイト・オブシディア>を除外する事で<ジェムナイト・フュージョン>を手札に戻し――そのまま発動!」

 神楽屋が叫ぶと、場に存在する赤の力――<ジェムナイト・ガネット>
 手札に存在する青の力――<ジェムナイト・サフィア>が混ざり合い、輝く藍玉が出現する。
 それを中心にして場に出現するのは<ルビーズ>とは対極を成す、蒼の騎士。

「頼むぜ――融合召喚! <ジェムナイト・アクアマリナ>!!」

 
《ジェムナイト・アクアマリナ/Gem-Knight Aquamarine》 †

融合・効果モンスター
星6/地属性/水族/攻1400/守2600
「ジェムナイト・サフィア」+「ジェムナイト」と名のついたモンスター
このカードは上記のカードを融合素材にした融合召喚でのみ
エクストラデッキから特殊召喚する事ができる。
このカードは攻撃した場合、バトルフェイズ終了時に守備表示になる。
このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、
相手フィールド上に存在するカード1枚を選択して持ち主の手札に戻す。

 守備表示で召喚された<ジェムナイト・アクアマリナ>は右腕に装備した円形の盾で、守りの姿勢を取る。
 それを見た影は落胆とも嘲笑とも取れぬ表情を浮かべる。

「この状況で守備表示とは興醒めもイイトコロ。打破すると言ったのはタダの虚勢だったヨウダナ」
「ハッ、勝手に言ってろ。俺はカードを伏せ、ターンエンド!」

【治輝LP1900】 手札3枚   
場:
伏せカード1枚 
【神楽屋LP1000】 手札1枚
場:ジェムナイト・アクアマリナ(守備表示)
伏せカード2枚


【影LP】1800→6900 手札3枚
場:アルティメットサイキッカー(攻4500) メンタルスフィアデーモン(攻撃
ブレインハザード(メンタルスフィア対象) フューチャー・グロウ(攻1600UP)

「我のターン――バトルフェイズ!」

 ――来る!
 治輝は、躊躇いもなく攻撃に移行した影を見て、戦慄した。
 アイツは今の布陣に絶対の信頼を置いている。
 この速攻は、その証明だと。

「<アルティメット・サイキッカー>は貫通能力を有してイル。これでオワリだ」
「来てみろよ究極。てめぇに風穴を空けてやるよ」
「――<アルティメット・サイキッカー>で<ジェムナイト・アクアマリナ>に攻撃――レジグ・マジェンタァ!」
 
 言動と行動が一致しないプレイングをする神楽屋に業を煮やしたのか。
 影の化け物は怒気を込めた声を上げ、藍玉の騎士に攻撃を仕掛ける。
 神楽屋のライフは1000
 これが通れば貫通ダメージで、確実に負ける。
 だが、神楽屋は不適に笑い、1枚のカードを発動した。

「罠カード発動!」

 次の瞬間。
 構えた盾に攻撃が炸裂する寸前――<ジェムナイト・アクアマリナ>が、爆発した。
 突然攻撃対象が自壊した事により、アルティメットサイキッカーは対象を見失う。 

「ナ……!?」
「<デストラクポーション>を発動させてもらった。俺は<アクアマリナ>を破壊する事で、1400ポイントのライフを回復させてもらう!」

《デストラクト・ポーション/Destruct Potion》 †

通常罠
自分フィールド上に存在するモンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターを破壊し、破壊したモンスターの
攻撃力分だけ自分のライフポイントを回復する。

【神楽屋LP】1000→2400

 先程まで構えていた盾は粉々に散らばり、雪の様に周囲に降り注ぐ。
 影はそれを見て、高笑いを上げた。

「何をスルカと思えば――この期にオヨンデ自身のライフの為にモンスターを犠牲にするトハ!  2体のダレイクトアタックで貴様らはオワリだ!」
「ソイツはどうかな――ご自慢の究極をよく見てみろよ」

 刹那。
 周囲に雪の様に降り注いでた藍の破片が、意思を持ったかのように動き始めた。
 高速で移動する小さな破片を避ける術など無い。
 <アルティメット・サイキッカー>は無数に散らばった破片に囲まれ、咆哮を上げる。

「<ジェムナイト・アクアマリナ>は墓地に行ってこそ真価を発揮する。そしてその効果はバウンス! 貴様の究極はデッキに戻ってもらうぜ――!」
「グォォォォ!?」

このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、
相手フィールド上に存在するカード1枚を選択して持ち主の手札に戻す。

 治輝は神楽屋のプレイングを見て、感嘆よりも驚きを隠せなかった。
 確かに、これで<アルティメット・サイキッカー>は倒せるかもしれない。
 だが、残った<メンタルスフィア・デーモン>はどうする?
 恐らく究極を失った<アルティメット・サイキッカー>は、怒りに任せ神楽屋を襲うだろう。
 それを守る手段を彼は持っているのだろうか、と。
 心配気な視線を向けていると、神楽屋はそれに気付き――だが視線は前を向いたまま、口を開く。
 
「……守る手段はないぜ。これで終わりだ」
「な――」

 絶句した。
 そして治輝は思い知った。
 神楽屋から感じられていたある種の覚悟は、気のせいではなかったと。
 
「俺の手札はもう殆ど残っちゃいない。だがオマエにはある。そしてオマエには、助けなきゃならない奴もいる」
 そう言って、神楽屋は柱に括り付けられている七水に視線を向ける。
 七水は今、何を思って見ているのだろうか。
 それは当然神楽屋にも、治輝にすらわからない。
 治輝が顔を伏せていると、神楽屋は「ハッ」と不適に笑い、中折れ帽子を外し、手に取った。

「全部聞こえてたぜ。 あの子は自分から望んだ結果、あそこにいるんだってな」
「……」
「俺はあの子の事は何も知らない、ただの部外者だ。だけどな」

 神楽屋は少し間を置いて、小さい声で言った。



「本当に、そうなのか?」

 治輝は一瞬、何を言われたのかわからなかった。
 呆然としてしまった治輝に、神楽屋は溜め息を出し、少し笑う。

「――え?」
「聞いてるのはこっちだ。本当にあの子は、そう思ってるのか?」

 神楽屋の言葉が何を指しているのかわからず、治輝は困惑する。
 さっきの七水が嘘を付いてるようには、とても見えなかったからだ。
 
「あの子が自ら望んで捕まった。だがあの子の目的は『捕まる』事じゃない――他に理由があるはずだ。違うか?」

 神楽屋に言われ治輝はその意味を考え、ハッとした。
 七水は力を奪われる事を望み、その為なら生を捨てても構わない――そんな悲壮な覚悟を治輝は感じた。
 そしてそれは多分、事実なのだろう。
 だがそれは着地点に過ぎない。
 七水は力を失いたいと心から思っている。願っている。
 それは、何の為に?

「……周りの人を、傷付けてしまうから」

 言った答えに対し神楽屋は小さく笑うと、被っていた中折れ帽子を治輝に被せた。
 そして藍の欠片に包まれた<アルティメット・サイキッカー>を見やる。
 しばらくすれば、あのモンスターは場から消える。 
 そして、次に狙われるのは――

「……テルさん」
「そんな顔すんなって。自分が助けられなかったから、おまえは助けろ――そういうちっぽけな、俺の我侭さ」

 神楽屋は、自分の身を守る事を考えていなかった。
 治輝のデッキに、攻撃力4000を超えるモンスターを戦闘破壊するモンスターは入っていない。
 先程の決闘の様子からそう考えた神楽屋は、『全ての破壊効果が通用しない』という、最強の耐性を持ったモンスターを退かせ……治輝に賭ける事だけを、狙っていた。
 必要以上の挑発も、最後に自分を倒させる――ただそれだけの為に。
  
「さぁ終いにしようぜ究極――! アクアマリナの、効果発動!」

 <アルティメット・サイキッカー>に纏わりついた欠片が一斉に、太陽の様に眩い光を放つ。
 全ての希望を、治輝へと繋げる為に。


 
《ジェムナイト・アクアマリナ/Gem-Knight Aquamarine》 †

融合・効果モンスター
星6/地属性/水族/攻1400/守2600
「ジェムナイト・サフィア」+「ジェムナイト」と名のついたモンスター
このカードは上記のカードを融合素材にした融合召喚でのみ
エクストラデッキから特殊召喚する事ができる。
このカードは攻撃した場合、バトルフェイズ終了時に守備表示になる。
このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、
相手フィールド上に存在するカード1枚を選択して持ち主の手札に戻す。
 
 <アルティメット・サイキッカー>は、確かに消えた。
 <ジェムナイト・アクアマリナ>が墓地放った――藍の破片に包まれて。
 フィールド上に佇むのは<メンタルスフィア・デーモン>のみ。
 ……だが

「な……?!」
 治輝は、何が起こったのか把握できずにいた。
 神楽屋の表情は青褪めていた。冷や汗を流し、心の動揺を隠せない。
「<アルティメット・サイキッカー>は、確かにデッキ戻したはずだ……なのに」
 決闘盤に表示されている情報は、それとは違うもの。
「なのに、何故<アルティメット・サイキッカー>が 『除外』 されてるんだ……!?」

 有り得ない事だった。
 相手に伏せカードは存在していなかったはずなのに、こんな現象が起こるわけがない。
 そんな2人を見下ろし、影は不敵に笑った。

「<亜空間物質転送装置>」

 影は墓地にある1枚のカードを手に取り、見せ付ける。
 そのカードが、全ての元凶だとでも言うように。

《亜空間物質転送装置(あくうかんぶっしつてんそうそうち)/Interdimensional Matter Transporter》 †

通常罠
自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択し、
発動ターンのエンドフェイズ時までゲームから除外する。

「このカードをハツドウすれば、スキなタイミングで場のモンスターを除外する事ができる――」
「……」
「大方火力の足りない相方をフォローする意味での、賭けの戦術ダッタのだろうが……残念だったな?帽子男」
「て……めぇ……!」

 神楽屋は怒りを込め、悔しさを滲ませた声を出す。 
 当然だ。あれは――本当の意味で最後の賭けだった。
 治輝が希望を託す為の、捨て身の戦法だった。
 それをいとも簡単に、破られた。

「望み通りキサマを始末してヤロウ。目障りなチョウハツの思惑通りにな――!」
「ちく……しょう……!」

 フィールドに残った異形の悪魔。
 <メンタルスフィア・デーモン>が、神楽屋へと狙いを付ける。
 
「終わりだ――レジグ・ヴォルケイノォ!」

 神楽屋は異形の悪魔を睨み付け、悔しさに手を奮わせる。
 悪魔は力を収束させて、それを火球という形に作り上げる。
 そしてその一撃を、神楽屋にぶつけようと――












「罠カード発動――威嚇する、咆哮ォ!」

《威嚇(いかく)する咆哮(ほうこう)/Threatening Roar》 †

通常罠
このターン相手は攻撃宣言をする事ができない。

 その瞬間、治輝が動いた。
 倒されたはずの<ドラグニティアームズ・レヴァテイン>の幻影が場に出現し、刃物の様に鋭い咆哮を上げる。
 その凄まじい咆哮に異形の悪魔は怯み、作り上げた火球を霧散させた。
 それを見た神楽屋は、驚きの余り治輝の方を振り返る。

「な……馬鹿野郎、なんで俺を助けた!?」

 神楽屋の手札は1枚。場には伏せカードが1枚のみ。
 これから先<アルティメット・サイキッカー>と<メンタルスフィア・デーモン>と戦える状態ではない。
 ならばそれは、神楽屋を助ける為ではなく――治輝を守る為に使われるべきだ。
 だが、時枝は神楽屋の叫びを流し、少し笑う。
 それは神楽屋が治輝に会ってから、初めて見せるような表情だった。 

「――テルさん、実は俺も黙ってた事があるんだ」
「……?」
「テルさんは『間違えるな』って言ってくれたけど――」


「俺、とっくに間違ってる」


 咆哮が鳴り止み、辺りは静かだ。
 ただ、治輝の言葉だけが周囲に木霊する。
 先程の様に小さな声でなく、少し遠くにまで、聞こえるように。

「俺は色んな事を間違えてた。色んな人を傷付けてた。 ……そうだな、俺も力なんて欲しくなかったよ。普通の人間でいたかった」
「え……」

 七水の声が、僅かに響く。
 七水は治輝のこういった話を聞くのは、初めてだったのかもしれない。

「テルさんの言葉を借りるなら、俺も俺に『間違えるな』なんて事は言えない」
「時枝――」
「でも」

 言葉を選ぶように呟いた神楽屋を遮り、治輝は笑う。

「俺が俺に言えなくても――誰かに言う事はできる」

 それは、神楽屋自身が示した言葉でもあった。
 そして、自分勝手な理屈でもあった。
 整合性の無い、説得力なんて欠片も無い。独りよがりの考え方かもしれない。
 それでも

「テルさんは俺に『間違えるな』と言ってくれた。それが誰かを助ける資格になるって言うなら――」

 間違えてしまったこんな自分でも
 こんな自分だからこそできる事があるのだと、闇雲に信じながら

「――間違えないでくれテルさん。俺達は一緒にアイツを倒して――七水を助けるんだ!」

 治輝は視線に力を込め、再び敵である影と――再び場に戻ってきた<アルティメット・サイキッカー>と<メンタルスフィア・デーモン>の2体を睨み付ける。
 だが、もう恐怖感はない。
 視線の端には、柱に括り付けられた七水が鮮明に映る。
 その表情には、迷いが見られた。
 先程のまでの達観した、全てを諦めたような表情はしていない。

 それだけで、治輝にとっては十分だった。

【治輝LP1900】 手札3枚   
場:
伏せカード1枚 
【神楽屋LP2400】 手札1枚
場:伏せカード1枚


【影LP6900】 手札2枚
場:アルティメットサイキッカー(攻4500) メンタルスフィアデーモン(攻4300)
ブレインハザード(メンタルスフィア対象) フューチャー・グロウ(攻1600UP)
 
 
「――イマの会話を聞いて確信したぞ」

 それまで傍観に徹していた影が、妖しく喋りだした。
 それには明らかな嘲りが含まれている。

「貴様等は人間にチカラは相応しくナイ。管理され、主に献上されるべきモノ」
「……主?」
「貴様等がチカラを持っている事は危険スギル。赤子に刃物を持たセルようなモノだ」

 そう断言する影には、先程までとは違った何かが含まれていた。
 それが何であるか、2人にはわからない。
 治輝は影を睨みながら、一歩前に進む。

「なら、お偉い貴方様は――主とか言う奴は力を正しく使えるのか?」
「無論。貴様等よりズットな」
「そうか……だけどな」

 影は断言する。それ程までに主に心酔しているのか。絶対の自信があるのか。
 治輝はそれを聞き、中折れ帽子を深く被り――
 その奥で目を細くし、睨みつけ



「それを決めるのは俺達だ。おまえなんかじゃない――!」

 渾身の力を込めて、ドローした。






    遊戯王オリジナルstage 【サイドN】


 


 状況は劣勢だ。
 場には攻撃力4000を超えたサイキックモンスターが2体。
 そして治輝と神楽屋の場にはモンスターが存在していない。
 その意味をよく理解しているのだろう。影は妖しく笑った。

「威勢がイイのは結構、ダガこの状況をドウ覆す?」
「……」
「キサマのデータは幾らか持ってイルぞ時枝治輝。キサマのデッキは致命的に攻撃力がカケている――攻撃力4000を越える事すらデキナイ欠陥品だ!」
「……そうか」

 だが、治輝は影の言葉を聞いていないようだった。
 その視線はドローしたカードを注視している。

「ドローカードが悪カッタか? やはり貴様等にそのチカラは相応しく――」
「存在する時――このカードは特殊召喚する事ができる、か」
「……?」

 治輝は心底おかしそうな顔をしながら、視線をカードから目の前に影へと移す。
 そして1枚のカードを、手に掲げた。
 すると

「なら、コイツにお前が正しいか――判断してもらおうぜ!」

 光が。
 広大な空間を余すことなく照らし出す光が、天上から降り注ぐ。
 その光は、治輝の墓地をも白に染め――

 バサリ、と両翼が広がる。
 赤い爪が、大地を噛む。
 戦場に漂うあらゆる罪を裁くべく。
 汚れ無き白を纏った龍が、降臨した。

<裁きの龍>
効果モンスター(準制限カード)
星8/光属性/ドラゴン族/攻3000/守2600
このカードは通常召喚できない。
自分の墓地に「ライトロード」と名のついた
モンスターが4種類以上存在する場合のみ特殊召喚する事ができる。
1000ライフポイントを払う事で、
このカード以外のフィールド上に存在するカードを全て破壊する。
このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
自分のエンドフェイズ毎に、自分のデッキの上からカードを4枚墓地へ送る。

 

「な……!?」

 影は余りの事態に、驚きを隠せない。
 情報では、時枝治輝の使用デッキは純粋なドラゴンデッキのはず――!

「貴様は、ドラゴンデッキの使い手ではナカッタのか――!?」
「いやコイツもドラゴンだし」
「ソウイウ事を言ってイルノでは――!」
「墓地には該当のカードが4種類存在してる。 ……なんなら確認してみるか?」

 影は言われるがまま、治輝の墓地を確認した。
 確かに<ライトロード・グラゴニス>以外にも、ライトロード系モンスターが3種類墓地に落ちている。
 治輝が影に対して更に前に踏み出す。

「俺のデータを取る事にご執心だったのは、感応が効かないからか? 何にせよ、お前はミスを犯した」
「グゥ……!」
「これは俺達とお前の戦いだ。俺1人の戦いじゃない――!」

 治輝が声を上げると
 フィールドに降り立った白銀の龍が、重々しい咆哮を上げた。
 そして、限界まで開かれた翼に、破壊をもたらす光が集っていく。

【治輝LP】1900→900

 治輝は七水に視線を向け、続けて神楽屋に目配せをした。
 神楽屋もまた、驚いていたのだろう。
 その視線を受け、覚悟を決める。



「裁きの龍の効果発動――リヒト、レクイエム!」



 ――極光。
 圧倒的な量の光弾が、龍の翼から一斉に放たれる。
 その一つ一つの輝きはまるで太陽のように激しく、その場を真っ白に染め上げていく。

「きゃっ……」
「……ッ」

 神楽屋と七水もまた、眩い光に目を細め、瞑る。
 その破壊の光が染め上げるのは、相手の場だけではない。
 全ての場に等しく――究極の破壊をもたらす、最強の力。

「グ……!?ガアアアアアアアアアア!?」

 光弾の1つが<メンタルスフィア・デーモン>着弾すると、天に向かって光の柱が立ち昇る。
 途端、廃墟を光で埋め尽くすように、光の柱が無数に出現する。
 異形の悪魔はそれに耐えられず、灰となって四散した。

 だが

 その最強の破壊を受け止める。1つの影
 そのモンスターの名前は――<アルティメット・サイキッカー

《アルティメットサイキッカー/Ultimate Axon Kicker》 †

融合・効果モンスター
星10/光属性/サイキック族/攻2900/守1700
サイキック族シンクロモンスター+サイキック族モンスター 
このカードは融合召喚でのみエクストラデッキから特殊召喚する事ができる。
このカードはカードの効果では破壊されない。
このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
その守備力を攻撃力が超えていれば、
その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。
また、このカードが戦闘によってモンスターを破壊し墓地へ送った時、
破壊したモンスターの攻撃力分だけ自分のライフポイントを回復する。

「ふ……フハハハ!」
 その雄姿を称えるように、影の化け物は声を荒げる。
 
「これが最強のハカイのチカラ! だが、ソレスラも我の『究極』には通じぬ」
「……」
「そして墓地の<サイコ・コマンダー>を除外し、ワレは速攻魔法をハツドウ――!」

《イージーチューニング/Battle Tuned》 †

速攻魔法
自分の墓地に存在するチューナー1体をゲームから除外して発動する。
自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体の攻撃力は、
発動時にゲームから除外したチューナーの攻撃力分アップする。

 ここに来ての、攻撃力増強カード。
 この破壊の奔流を終えれば最強の攻撃力増強カードだった<フューチャー・グロウ>は無くなり、アルティメットサイキッカーの攻撃力は2900に戻る。
 対する<裁きの龍>の攻撃力は3000――効果が効かずとも、戦闘ならば倒せるはずだ。
 だが、イージーチューニングの効果を受けた<アルティメット・サイキッカー>の攻撃力は4300
 <裁きの龍>では、もう敵わない。

 奔流が、場の全てのカードを洗い流す。
 神楽屋が表にした罠カードも、異形の悪魔も。
 残ったのは

 最強の破壊を司る 『裁きの龍』
 究極異能の力を冠した 『アルティメットサイキッカー

 だが、その攻撃力の違いは明らかだった。
 影は高らかに笑う。勝利を確なものにした、歓喜の笑い。

「裁きは終わったヨウダナ! 罪人はヤハリお前達――罪人の攻撃は、我には届かない!」


【治輝LP900】 手札3枚   
場:裁きの龍
 
【神楽屋LP2400】 手札1枚
場:


【影LP6900】 手札2枚
場:アルティメットサイキッカー(攻4300)

 だが、それを聞いて――
 不適に笑う男が、1人いた。
 その男の名は、神楽屋輝彦。

「……何がオカシイ?」
「それは俺の台詞だっての。てめぇのご自慢のモンスター、よく見てみろ」
「……?」

 影は言われるがまま、自身の従えた究極のモンスターに視線をやる。
 その皮膚に付着している物があった。
 それは見覚えのある。蒼の欠片。
 雪のように小さな欠片が、アルティメットサイキッカーを取り囲んでいる。

「な……コレハ!?」
「俺は<裁きの龍>の効果にカードを1枚発動してたんだよ――破壊に耐える自身のモンスターに見惚れて見逃してたか?」

 そう言って、神楽屋が指し示した墓地のカードは――

《リビングデッドの呼(よ)び声(ごえ)/Call of the Haunted》 †

永続罠
自分の墓地からモンスター1体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。
このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。

 <リビングデッド>の呼び声。
 自身のモンスターの蘇生を、可能とするカード。

「対象は当然アクアマリナ。一瞬場に出現したアクアマリナは再び破壊され――その効果を発動する」
「バ……バカナ……」

 美しい蒼色の粒が、眩い光を放ち始める。
 もはや、究極が逃げる道は存在しない。

「――在るべき所に帰りな、究極」

 次の瞬間。
 一度は一笑に伏した、蒼の宝石の力を浴び……
 『究極』は今度こそ場から――灰となって消えていった。
 
【治輝LP900】 手札3枚   
場:裁きの龍
 
【神楽屋LP2400】 手札1枚
場:なし


【影LP6900】 手札2枚
場:なし


 影は究極の消滅する様を、ただ見つめている。
 これで裁きの龍の攻撃を妨げる者は、いない。

「……俺は更に<ブリザード・ドラゴン>を召喚!」

《ブリザード・ドラゴン/Blizzard Dragon》 †

効果モンスター
星4/水属性/ドラゴン族/攻1800/守1000
相手フィールド上に存在するモンスター1体を選択する。
選択したモンスターは次の相手ターンのエンドフェイズ時まで、
表示形式の変更と攻撃宣言ができなくなる。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。


 <裁きの龍>に寄り添う様に、氷龍が姿を表す。
 白銀の龍から放たれる光を反射するその透明な皮膚は、より美麗に見える。

「バトルだ。 <ブリザード・ドラゴン>でダイレクトアタック――ブリザード・ストーム!」
 治輝の指示に呼応し、ブリザードドラゴンは名前の通り嵐のような氷風を巻き起こし、影の化け物に向かっていく。

「……!?」
「続けて<裁きの龍>でダイレクトアタック――ジャッジメント・レイ!」

 裁きの光が、究極を従えていた影の化け物を照らし出す。
 時折姿を現していた角のような物がかき消え――
 凄まじい光の奔流が、影の地面から巻き起こった。
 それと同時に、氷の嵐が影を飲み込んでいく。

【影LP】6900→2100

「ガアアアアアアアアアアアアアアア!?」

 この攻撃を受け、尋常ではない痛みを感じ、影は悟った。
 このままでは、負ける。
 力を奪う事もできず、主に貢献する事もできず。
 この時この瞬間。勝利に価値はない名言した化け物は――
 確かに、敗北を恐れた。
 そして、1つの結論を導き出す。

「――奪う。ソウカ、奪えばいいのダ!」

 影は名案を思いついたのか。くるりと振り返る。
 その視線の先にいるのは、青瀬七水。
 拘束は殆ど先程の極光で解かれていたが、まだ自由に体を動かせる状態ではない。

「えっ……」
「キサマのチカラを奪えば、決闘に勝てずとも主に貢献デキル――!」
「な……お前!」
「さぁ頂くゾ、キサマの――」

 影が七水に手を伸ばし、七水の顔が恐怖に染まる。
 だが、治輝は反応が遅れた。
 そのまま影は、七水に触れようとし――








 光が、奔った。

 灰色の光線が影に直撃し、白煙が立ち昇る。
 治輝が呆気に取られていると、小柄の金髪の少女が――七水を後ろに乗せ、機械仕掛けの龍と共に、白煙を切り裂きながら現れる。
 神楽屋はその少女の姿を確認するや否や、呆れと安堵が混じったような顔をした。

「ハッ。予定より少し遅いぞ。リソナ」
「こっちも色々大変だったんです! いきなりお空にダイブは予想外です!」

 元気そうな金髪の少女、リソナは頬を膨らませ、少しむくれたような表情をする。
 お空にダイブとやらの原因はそもそもリソナにあるのだが、本人は欠片もそうは思ってないようだ。
 リソナは助けた少女、七水に振り返り、笑う。

「大丈夫ですか、七水ちゃん? リソナが来たからにはもう安心です! 百人力です!」
「え……あ、うん……」

 七水は安堵自己嫌悪の混じったような声を出し、眩しそうに金髪の少女――リソナを見つめる。
 あの化け物に奪われる直前になって、結局自分は恐怖してしまった。
 自分から望んだ事のはずなのに。力を失いたいから、選んだ事だったのに。
 結局私は助けられる事を望んで、助けてもらって――誰かに迷惑をかけてしまった。
 だから、聞かなくてはいられなくなる。
 この巨大な機械龍を巧みに操り、心からの笑顔を振りまいているこの子に。

「リソナちゃんは、力なんて無い方がいいって――思った事はないの?」
「力って、サイコパワーのことです?」
「うん……」
「むむむ……サイコパワーのないリソナ……それはすごく想像し辛いです。まるで、リソナが違うリソナになっちゃうみたいです」
「えっ」

 リソナが予想外の返答をしてきたので、七水は戸惑う。
 でも言われてみれば、そうなのかもしれない。
 
「ご、ごめんね。初対面なのに変な事言って」

 目を線にして「うーんです」と考え込むリソナに対し、七水はパタパタと手を振って謝る。
 リソナは途中で考える事を諦め、すぐに朗らかな笑顔を七水に向けた。

「……でも、リソナは今のリソナのことが大好きです!」
「今の自分が、好き?」
「はいです! もこやティト、皆本兄や皆本弟。ナオキやみんなと会えて、リソナは今のリソナが大好きです!」

 その顔には、一欠けらの翳りも無い――太陽のような笑顔が浮かんでいた。
 眩しいと思った。目を開けているのが、辛いと思った。
 でも

「だからリソナは今のリソナがいいです! リソナじゃないリソナなんて嫌です!」

 心からこう言えるのが物凄く、羨ましいと思った。
 こうなりたいな――と、心から思った。
 そう思ったら、目尻が少し潤んで来る。

「って、泣いてるです!? リソナ何か悪い事言いましたか!?」
「あーあ、助けに来たのに何泣かせてんだリソナ。こりゃティトに報告だな」
「バカテルは黙ってるです! ティトに言い付けるなんて卑怯です! あとで覚えてろですー!!」

 上空にいるリソナに神楽屋がため息混じりにそう言うと、リソナはプンスカ怒る。
 それを見守っていた機械仕掛けの精霊――スドは、溜め息を吐いた。

「力も強いし前向きないい子じゃ、小僧よりもこの子を主人にしようかの」
「おいスド」
「冗談じゃよ」

 スドはそ知らぬ顔で治輝のジトっとした目を受け流す。
 治輝もため息を吐き視線を逸らすと――何かに気付いた。
 決闘盤を構え直し、帽子をやり過ぎなくらいに深く被り直す。

「――さて、俺は<裁きの龍>の効果発動。デッキから5枚のカードを墓地送ってターンエンドだ。降参は許さないぜ」

 そう治輝が言うと、白煙が上がっていた空間が僅かに歪み――再び影が具現化する。
 怒りと焦りが混ざった様な表情を浮かべると、こちらを睨み付けた。

「降参だと? 奪うコトすらデキズ、このまま負けるワケにはイカヌ――!」

 そう言って、影はカードをドローした。
 そしてドローしたカードを一瞥すると、そのまま場をセットし、口を開く。

「――我はこのまま、ターンをエンドする」


【治輝LP900】 手札2枚   
場:裁きの龍 ブリザード・ドラゴン
【神楽屋LP2400】 手札1枚
場:なし


【影LP2100】 手札2枚
場:伏せカード


 モンスターを出せずにターンをエンドした影に、もはや成す術はない様に見える。
 だが、影はまだ諦めてはいない。
 何故なら、今伏せたカードは

《フューチャー・グロウ/Future Glow》 †

永続魔法
自分の墓地に存在するサイキック族モンスター1体をゲームから除外して発動する。
このカードがフィールド上に存在する限り、
自分フィールド上に表側表示で存在する全てのサイキック族モンスターの攻撃力は、
このカードを発動するために除外した
サイキック族モンスターのレベル×200ポイントアップする。

 サイキックの超強化カード<フューチャー・グロウ>
 次の帽子男の攻撃さえ凌ぎ、モンスターをドローする事ができれば――勝機は十分にある。
 そして、奴の手札は1枚。こちらのライフは2100。
 耐え切れる確率は、高い。
 
 
 
【治輝LP900】 手札2枚   
場:裁きの龍 ブリザード・ドラゴン
 
【神楽屋LP2400】 手札1枚
場:なし


【影LP2100】 手札2枚
場:伏せカード

「さぁ終わりにするぜ――俺のターン!」

 神楽屋はデッキに手をかけ、墓地と相手の場を見渡す。
 モンスターは存在せず、伏せカードが1枚のみ。状況は圧倒的にこちらが優位だ。
 だがあのカードが強力な罠カードだった場合――これを覆される恐れはある。
 しかしだからと言って攻撃を躊躇っていたら、再び先程のように強力なモンスターを呼ばれてしまうかもしれない。

(――倒すなら、今だ)

 何であれ攻撃できる状況なら、仕掛けるべきだ。
 そう思い、神楽屋はカードを――弧を描く様にドローする。
 すると


「……ッ!?」

 言葉にならないような声を上げ、神楽屋の表情が変わる。
 七水はそれに反応し、瞳を潤ませたまま、空から神楽屋の手札を覗き――絶望した。

《悪魂邪苦止(おたまじゃくし)/T.A.D.P.O.L.E.》 †

効果モンスター
星1/水属性/水族/攻   0/守   0
自分フィールド上に存在するこのカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
自分のデッキから「悪魂邪苦止」を手札に加える事ができる。
その後デッキをシャッフルする。

 神楽屋のデッキに入っているはずのないカード。
 それは間違いなく、七水のデッキに入っていたカードだった。
 恐らく地面に散らばっていたデッキの一部が、何かの間違いで彼のデッキに混入してしまったのだろう。

「私のせいで――」

 七水の目尻に涙が貯まって行く。
 こんな危険に巻き込んだあげく、重要な場面で足を引っ張ってしまうなんて。
 相手を倒しきれるかもしれない場面で、これは致命的だ。
 相手は次のターン、何を仕掛けてくるかわからない。
 神楽屋は不機嫌そうな顔をして、斜め上にいる七水に振り返る。

「――これ、お前のカードか?」
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
「そうか……」

 謝って許される事だとは思わなかった。でも、そうしなくてはいられなかった。
 そんな七水に対して、神楽屋は「ハッ」と呟き



「七水とか言ったか。礼を言うぜ――!」
「……え?」 

 そのまま、不適に笑った。
 神楽屋は治輝に視線を向け、治輝は何かを察したのかそれに頷く。
 治輝は被っていた帽子を脱ぎ、神楽屋に投げた。
 片手でキャッチし、手馴れた手つきで帽子を被り、そのまま笑いながらカードを手に取る。
 
「俺は<悪魂邪苦止>を召喚!」


《悪魂邪苦止(おたまじゃくし)/T.A.D.P.O.L.E.》 †

効果モンスター
星1/水属性/水族/攻   0/守   0
自分フィールド上に存在するこのカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
自分のデッキから「悪魂邪苦止」を手札に加える事ができる。
その後デッキをシャッフルする。

「更に<黙する死者>を発動!」

《黙(もく)する死者(ししゃ)/Silent Doom》 †

通常魔法
自分の墓地に存在する通常モンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターを表側守備表示で特殊召喚する。
この効果で特殊召喚したモンスターは
フィールド上に表側表示で存在する限り攻撃する事ができない。

「墓地から<ジェムナイト・サフィア>を特殊召喚!」
「攻撃力0のモンスターを2体――どうやら運に見放されたヨウダナ!」
「ソイツはどうかな――七水!」

 影の嘲笑を受け流し、神楽屋は七水に叫ぶ。
 視線は敵を見つめたまま、空に届くような声を張り上げる。

「力がいらないとか言ってたな。だったら――俺の『力』を貸してやる」
「え……?」
「悪いが返品も拒否も不可だ。 大人しく受け取りな――!」

 神楽屋の叫びに呼応するように、墓地の中から1枚のカードが飛び出してきた。
 それは光となり、神楽屋の手札に収まる。

《ジェムナイト・フュージョン/Gem-Knight Fusion》 †

通常魔法
手札・自分フィールド上から、融合モンスターカードによって
決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、
「ジェムナイト」と名のついた融合モンスター1体を
融合召喚扱いとしてエクストラデッキから特殊召喚する。
また、このカードが墓地に存在する場合、
自分の墓地に存在する「ジェムナイト」と名のついた
モンスター1体をゲームから除外する事で、このカードを手札に加える。

 
「――俺は墓地のジェムナイトを除外し<ジェムナイト・フュージョン>を再び回収。そして発動!」

 墓地の鉱石が除外という形で消滅していく。
 だが、それは勝つ為の犠牲ではない。
 新たな輝きを作る為の、未来への架け橋。

「バカな、キサマの手札は0。融合できる<ジェムナイト>は1体しかいないハズ!」
「ハッ<ジェムナイト>が<ジェムナイト>としか融合できないとでも思ってたのか――? <ジェムナイト>の真価は、あらゆる種族と『力』を合わす事ができる事!」

 悪魂邪苦止が空色の光へと変化し、宙に浮かんだ。
 その光が蒼の鉱石を包み込み、新たな輝きへと変化させる。
 
 次の瞬間
 輝きは四散し、欠片が地面に降り注ぐ。――やがて積もった欠片が、1人の騎士を具現させた。

 吸い込まれるような藍色の鎧。
 透き通るような美しい盾と、細身の剣。
 そして、海のように深い青のマント。

「これがその力、融合だ! 行くぞ――ジェムナイト、アメジスッ!」

《ジェムナイト・アメジス》 †

融合・効果モンスター
星7/地属性/水族/攻1950/守2450
「ジェムナイト」と名のついたモンスター+水族モンスター
このカードは融合召喚でのみエクストラデッキから特殊召喚する事ができる。
このカードがフィールド上から墓地へ送られた時、
フィールド上にセットされた魔法・罠カードを全て持ち主の手札に戻す。

 水晶の騎士が、フィールドへ降臨した。
 影の化け物は驚愕したが、その攻撃力を見て表情を歪める。

「我のライフは2100。どうやらその『力』では我を倒すにはイタラナイようだな!」
「……」
「異なる者同士が交わったチカラナド所詮はソレが限界。キサマラは――」
「しっかり見てな。七水」

 影の化け物を遮るように、神楽屋は言う。
 七水は、改めて周りを見渡した。
 裁きを司る白銀の龍が見下ろす場に、治輝が従える氷の竜。
 そして、二つの水が重なり合った事で生まれた――水晶の騎士。

「――うん!」
「いい返事だ。行くぞ、ジェムナイト・アメジスで攻撃――!」

 七水の頷きと、神楽屋の攻撃宣言が重なる。
 武器を構え、水のように滑らかな動きで敵に接近していく<ジェムナイト・アメジス>
 水晶の騎士の美しい鎧はそれぞれの表情をその身に映し、映った者の想いを背負う。
 影は警戒し、水晶の騎士の攻撃を待ち構え――
 
レディアンス――レイピア!」

 ――ガキィィィン!
 甲高い音が、辺りに響き渡った。

「グ……グゴォォォォォォ!」

 影の化け物に、確かに攻撃は当たった。
 細身の剣は確かにその身を貫いていて、影は苦悶の表情を浮かべる。
 だが、その真なる部分には届かない。
 神楽屋と七水がどれだけ願おうと、その剣は後僅かな距離を進まない。

「――ッ!」

 その時
 <裁きの龍>が、言葉にならないような、重々しい咆哮を上げた。
 その咆哮は大地を震わせ、まるで突風が起きたかのようにその場に居た者全てを震撼させる。
 そして、次の瞬間――

 アメジスの持っていた細身の剣の、形状が変わっていく。
 その剣を覆っていた氷が大きくなり、粉々に砕けた。
 中から現れたのは

 漆黒の大剣――レヴァテイン。

「ナ――!?」
「……何が起こってるか、知りたいか?」

 驚愕した影に対し、口元を歪ませて笑ったのは、時枝治輝だった。
 視線を向けられた治輝は<裁きの龍>を自慢気に見上げる。

「コイツの効果のお陰さ。墓地に送ったカードの中に、罠カードがあった」
「罠カードだと――」
「和訳だと『受け継ぐ』って意味らしいぜ?」

 そう言って治輝は、墓地の一番上のカードを指し示す。

《スキル・サクセサー/Skill Successor》

通常罠
自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動する。
このターンのエンドフェイズ時まで、
選択したモンスターの攻撃力は400ポイントアップする。
また、墓地に存在するこのカードをゲームから除外する事で、
自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体の
攻撃力はこのターンのエンドフェイズ時まで800ポイントアップする。
この効果はこのカードが墓地へ送られたターンには発動する事ができず、
自分のターンのみ発動する事ができる。

 
「バ、バカな――」

 影の化け物がうめくと、アメジスの持った剣が少しずつ前へと進んでいく。
 今のアメジスの攻撃力は2750
 そして影のライフは2100
 影は嗚咽のような声を交えながら、霞んでいく視界を焼き付ける。

「このような間違ったチカラ、我は――!」
「随分力を危険視してるみたいだが……誰かを信じたり、誰かを頼ったり――そういう『繋がり』も、きっと力なんだ。だから……」

 そう言って治輝は少し間を置き、薄れていく影を睨み付ける。




「その繋がりが間違いかはどうかは、俺達自身が決める――!」




 次の瞬間。
 アメジスが突き立てた剣が影を――完全に貫いた。
 言葉にならない断末魔の声が響き。
 影の化け物は、粉々に四散した。




【影LP】2100→0
 
 
 
「……」

 ――戦いは、終わった。
 そして、四散していった影の化け物の後を追うように

 漆黒の剣を持った<ジェムナイト・アメジス>
 鏡のように透き通る肌を煌かせる<ブリザード・ドラゴン>
 白銀の鱗を持ち、重々しく唸る<裁きの龍>
 
 それぞれのモンスターもまた――光に包まれて消えていく。
 治輝が感慨深くそれを眺めていると、神楽屋が体重を預けるように、肩に手を乗せた。

「俺達の勝ち、だな。最後まで足掻いてみるもんだ」

 その声を聞き、治輝は小さく頷く。
 浮かない顔をしている治輝を見て、神楽屋は言葉を続ける。

「……素直に喜べる状況じゃねえか。それでも勝ちは勝ちだ。お前のおかげで俺達は間違えずに済んだんだ。もうちょい胸張れって」

 神楽屋の疲労と優しさが混じったような声に、治輝が何かしらの返事をしようと思った所で、音が聞こえてきた。
 注意深く聞かないと気付かない様な、僅かな駆動音。
 顔を上に向けると、スドが低空まで降りてきていた。
 ゆっくりと接地すると、その影響で砂埃が舞い上がる。
 その中から飛び込んでくる、一つの影。

「バカテルー!!」
「おおリソナ――ってどぅわあああああ!?」

 次の瞬間、金髪の少女――リソナが神楽屋にドロップキックをお見舞いした。
 砂埃によって視界が不自由な状態での、死角からの一撃。
 立っているのも辛い状態だったのか、その衝撃をまともに食らった神楽屋は地面に叩き付けられる。
 リソナはひれ伏す神楽屋に指を刺し、勝利宣言のようなポーズを取った。

「覚えてろって言った傍から油断するとはざまぁみろです! ざまぁテルですー!」
「てめぇ……色々台無しにしやがって――」

 神楽屋は足を震わせながらも再び立ち上がり、リソナと向き合う。
 リソナはそんな神楽屋をエセ拳法のような構えを取って、牽制していた。
 治輝はそれを見て「なんだこれ」と思いつつ、目を線にしていると――


「あの――治輝さん」


 後ろから、声が聞こえてきた。
 振り返るとそこには七水がいた。スドからゆっくりと降りて来たのだろう。
 治輝は深呼吸して、それから――言った。

「――久し振り」
「え……あ、うん」

 少しの沈黙。
 それに耐えられなくなったのか、七水が先に声を開く。
 俯きながら、か細い声を絞り出すように。

「……ごめんなさい。怒ってる……よね」
「……」

 だが治輝は黙ったまま、何も喋らない。
 喧騒(主に2人の)が、やけに大きく聞こえてくる。
 気まずい空気の中、時間だけが流れて行く。
 七水は余計に俯き、何を言おうか迷っていると――
 ようやく、治輝の口が開いた。

「――なんて言って怒られると思った?」
「……え? そ、それは色々――……」
「いや、別に言わなくていい」
「えっ……」

 治輝の意味のよくわからない予想外の返答に、七水は困惑した。
 そんな七水を見て、治輝はいらずらっ子のような表情をして、笑う。

「それが思い浮かぶんならそれでいいって。想像上の俺にたっぷり折檻されてくれ」
「えぇ……で、でもっ!」
「俺もあんま偉そうな事言えないしな。いやマジで」

 七水は気が済まないようだったが、治輝はこれでいい――と思う。
 彼女は今日、もう十分に苦しんだはずだ。
 そして――何かを見つける事が、きっとできたはずだ。

 そんな風に思考を進めていると、喧騒(主に2人の)がより大きく聞こえて来る。
 治輝は閃いた。 

「――じゃ、そうだな。あの喧嘩止めて来てくれ。10秒以内」
「えっ」
「ほらダッシュ! 夕日は待ってくれないぞ!」
「ええっ!?」

 治輝は七水の背中を叩き、無理やり2人の喧騒の中に突き飛ばした。
 「七水も参戦です? 相手になるですー!」 ……等とぶっ飛んだ勘違いをしたリソナの声が聞こえた気がするが、治輝は聞こえなかった事にした。
 




 ――改めて、治輝は影がいなくなった場所を見つめる。

 あの影は、一体なんだったんだろうか。
 『ペイン』ともサイコ能力者とも違う。同時にそれらと酷似した何か。
 心の闇を感じ、それを相手の心に具現させ、能力を奪う事の可能な化け物。
 ……それは逆に言えば、心の闇だけに触れ続けたという事でもある。
 一体それに耐えられる人間が、どれ程存在するというのか。

 ふと、テルさんの言葉をを思い出す。


 俺達の勝ち――だな


 そう、確かに勝つ事はできた。
 だけどまだ、戦いは終わっていない。
 
 俺達は俺達の言った事と――戦い続ける必要がある

 それが、絵空事にならないように
 ただの理想で終わらないように、生きていく必要がある。

 もし、それを成す事ができたなら

「そん時はまた否定しに行ってやるよ。化け物」
 
 返事は無い。
 当然だ、もう影は――ここにはいないのだから。








    遊戯王オリジナルstage 【EP-25 サイドN】-FIN-













 一方その頃――
 

「大体なぁ……お前あの時なんて言った!?」
「何がです?」
「もこやティト、皆本兄や皆本弟。ナオキやみんなと会えて、リソナは今のリソナが大好きdeath! ――とか言ってたろ!」
「この馬鹿テル! リソナそんな言い方しないですー!!」
「時枝の名前あんのに何で露骨に俺の名前だけねぇんだよ! 喧嘩売ってんのか!?」
「馬鹿テルが無駄に非売品買いまくってるだけです! 自意識過剰の言いがかりですー!」

 七水は、大分苦戦していた。
 生気の無いはずの廃墟に、無駄に声の通る2つの叫びが木霊する。

「どうやって止めればいいのこれー!?」

 3つ目の叫びがそれに重なっても、返事は無い。  
 代わりに機械竜の小さなため息が、ほんの少し辺りに響いた。