オリジナルstage 【EP-26 サイドN→S→M】
「――もしかづなに会っても、俺に会った事は黙っておいて欲しい」
かづなおねえちゃんの事を話した時、治輝さんから帰ってきたのは、そんな言葉だった。
治輝さんの事だ。何か考えがあるのかもしれない。 でも、私は知っている。 どんなに強がっていても、かづなおねえちゃんが寂しがっている事を。 治輝さんと心から――会いたがっている事を。 でも、私は治輝さんの顔を見て、何も言えなくなってしまった。
困ったような、何かを我慢しているかのような、難しい顔。 子供の私にはわからない、今にも消えてしまいそうな表情。 「……うん、わかった」
だから、私は相槌を打った。
本当は、何もわかってなんかいない。 治輝さんやかづなおねえちゃんの事、何もわかってあげられない。 だから、何も言う事ができなかった。 何を言っても、それは的外れにしかならない気がして だから私は、この時心から――大人になりたいと思った。
せめて同じ目線で何かを見つめられるようになりたいと、そう思った。 遊戯王オリジナルstage 【EP-26 サイドN】 治輝に神楽屋、リソナと七水、そしてスドは、影を倒した場所から、更に奥へと歩みを進めていた。
神楽屋とリソナの喧嘩は、七水の体を張っての活躍(仲裁しようとして飛び込んだら豪快にすっ転んだらしい)で見事止まり、今は落ち着いている。 同じような景色が続いているので、治輝は前方を進む神楽屋に声をかける。 「なぁ――テルさんの世界では、シンクロモンスターは余り使わないのか?」
「……どうしてそう思う?」 「テルさんのジェムナイトは融合モンスター主体のようだし、リソナは効果モンスター主体。で、俺は2人がシンクロモンスター使ってる所をまだ見てない」 「なるほど、ご尤もな話だな」 神楽屋は足を止め、ゆっくりと治輝の方へ振り向く。
ゆっくりため息を吐き、頭に手を当てながら口を開く。 治輝の頭の上にいるスドは、治輝の言葉に不満そうに眉を潜める。
スドは<スクラップドラゴン>の精霊で、彼自身も扱うデッキは<スクラップ>だ。だからこそ機械族の決闘者に興味を持ったのかもしれないが……。 「それに前見た時気付いたけど、スクラップデッキって実は殆ど種族バラバラじゃねーか」
「小僧……ワシのデッキに難癖を付ける気なら相手になるぞ?」 「いやそういう意味じゃなく」 「リソナのデッキも種族バラバラです! スドさんとお揃いですー!」 スドは治輝の言葉にご立腹のようで、プカプカと浮かびながら目の前に浮遊移動してきた。
その様子を眺めていたリソナは、元気よくスドに抱きつこうとする。 だが―― スカッ、と
リソナの殆ど飛びつきと称した方が相応しいであろう抱擁は、空を切った。 「残像じゃ」
声のしてくる方角は、リソナの背後。
スドは金髪の少女の動きを察知すると、鷹の様に高速で背後に回り込んだのだ。 リソナはその結果に不満だったのか、頬を膨らませる。 「避けるなんてズルイです! 反則です!」
「あんな勢いで飛びつかれたら誰だって避けるわい! 小娘、少しは慎みというものを」 「わかったです。慎んで倒しに行くです!」 「……と言いながら蹴ろうとするな小娘ぇぇぇ!!」 リソナが更にスピードを上げ、スドにドロップキックを仕掛けて行く。
対するスドも巧みにリソナの動きを先読みし、寸での所でその攻撃を回避して行く。 見る人が見れば、かなりハイレベルな攻防に見えるだろう。 が、治輝にとっては心底どうでもいい攻防だ。目を線にし視線を逸らすと神楽屋に問いかける。 「……で、その2人の名前は? 強いのか?」
「輝王って奴と創志って奴だ。 ――特に後者の方とは割と戦ってるが、俺には及ばないぜ」 「その言い方だとある程度は拮抗してるって事か……相当やり手なんだろうな」 「……」 神楽屋はそう呟く治輝を見て、珍しい物を見るような顔付きになる。
その視線に気付き、治輝は神楽屋の方に向き直る。 「ん、俺なんか変な事言ったか?」 「いや、おかしな奴だなと思ってな。 『それなら大した事ないな』 と反応してくるもんかと」 「戦った事すらないのに 『大した事ない』 なんて口が裂けても言えないって」 それにそんな事言ったら怒ってきそうだし、と治輝は内心で呟く。
そんな思いを知ってか知らずか、神楽屋は笑う。 「ハッ、やっぱおまえ――変な奴だな」
「おい」 「褒めてるんだよ、素直に受け取っとけ」 神楽屋はそう言うと帽子を被り直し、再び先へと歩き出す。
治輝が釈然としない様子で神楽屋の後についていこうとすると、隣に七水が小動物のような仕草で並んできた。 「治輝さん、帽子の人と何をお話してたの?」 「……最初は、強い機械族使いの人がいるって話」 「最初は?」 「そう、最初は」 ハテナマークを無数に浮かべ、七水は首を傾げる。
そんな七水をよそに治輝は視線を空に向け、先程の言葉を思い返す。 ――強い決闘者がいる。
「また、できる機会があればいいんだけどな」
「お話しそんなにしたいんだ。帽子の人と」 「でもそれを望むのは不謹慎か、こんな場所だし」 「……大丈夫、きっと治輝さんなら仲良くなれるよ!」 「ん? ああ、その時が来たらな」 治輝は上の空で返事をし、思う。 この騒動が終わって、異世界から無事戻る事ができて―― それは随分気の遠くなるような先の事に、感じられた。
「……これからどうします?」
両足を畳の上に投げ出した格好の純也が、気の抜けた声で言った。 「どう、する、かのう。むぐむぐ」 答えた切は、未だにパンをほおばっている。 結局謎のパン屋に戻ってきてしまった創志一行は、店の奥にあった4畳半ほどのスペースを間借りして、各々買ってきたパンを食していた。どのパンも味は絶品で、是非ともティトや信二、リソナにも食べさせてやろうと、お持ち帰り用に何個か袋に包むほどだ。特にクリームパンの味は格別で、濃厚なのに後味がすっきりしているという至極の一品だった。 ……と、パンの話はともかく、色々話し合ったものの、明確な行動指針は決まっていなかった。 比良牙が言った「主様」。その人物に会うのが一番手っ取り早いのだろうが、居場所の見当はつかない。加えて、一緒に飛ばされたであろう神楽屋、ティト、リソナ、七水、そして一般人である藤原萌子の行方も掴めてない。 この世界に飛ばされてからすでに2人の敵を倒したものの、まだほとんど何も分かっていない、というのが現状だ。 (分かっているのは、その「主様」って野郎はサイコパワーに用があるらしいな) 創志は自らの左手を見つめながら、握って、開く。 これは切の見解だが――最初のペインの捨て台詞「それでこそ、我ガ主の生贄ニふさわシイ」、そして比良牙の「デュエルして力を吸い上げるなんて無駄」という言葉を鑑みるに、「主」は創志たちのサイコパワーを奪うためにこの世界に連れてきたと考えるのが妥当だ。かづなは、純也や七水と行動を共にしていたことで、巻き添えを食らってしまったのだろう。 つまり、この世界でデュエルに敗れた場合、サイコパワーを根こそぎ吸収されてしまう恐れがある。 (……まだこの力は必要だ。いや、これから先、もっと強い力が必要になるかもしれねえ) ここで負けるわけにはいかない。元の世界に戻れば、創志には守らなければならないものがたくさんあるのだ。 しかし、当然元の世界に戻る手段の手がかりもない。 「ここでまったりしてても仕方ねえ。アテもないが、とりあえず外に出てみるか」 創志は腰を上げ、壁に立てかけてあったデュエルディスクを装着する。 体は痛むが、無理には慣れている。まだまだ元気いっぱいな切とかづなは問題ないが、比良牙とのデュエルのせいで疲労している純也を歩き回らせるのは少し心苦しい。しかし、このままパン屋にいても状況は好転しそうにない。 外に出れば再び敵に襲われる危険もあるが、むしろ好都合だ。今度は知っている情報を洗いざらい吐いてもらえばいい。 「ほふじゃな。ほろほろゆふか」 「まずは口の中のものを飲みこめ、切」 ハムスターのように頬を膨らませた切に呆れ顔を向けていると、むむむと唸っていたかづなが、ちらちらとこちらに視線を向けてくる。何か言いたいことがあるようだ。 「どうした?」 「特に目的地はないんですよね? だったら、さっきの場所に戻ってみません?」 「さっきの場所っていうと……比良牙とデュエルしたところですか?」 創志の代わりに尋ねたのは、純也だ。 「危なくないですか? 爆発のせいで火事になってるかもしれないし、どんな有害物質が蔓延してるか分かったもんじゃないですよ」 「それに、あの野郎のことじゃ。何か情報を残しているとは思えん」 純也の意見に、切が同意する。 創志が店のガラス越しに外の様子を窺ってみると、爆発の直後はもうもうと上がっていた黒煙が、今は収まっていた。火災の類は起きていないようだ。 「ううーん。あの人なら、私たちがそう考えることを見越した上で、手掛かりを残してそうな気がするんです。『こんな近くに重要な情報があったのに気付かないお前らバーカ!』みたいな」 わざわざペロリと舌を出し、身振り手振りを交えて比良牙のウザさを再現するかづな。 「確かに……あいつならそんなこと言いそうですね! 腹立ってきた!」 勝利の余韻に浸っていたせいで忘れていた怒りが戻ってきたのか、腕組みをした純也が唸りだす。あれだけ罵倒されたら、グーの一発でも入れないと気が済まないだろう。その気持ちは創志にも十分すぎるほど分かった。 「んじゃ、行ってみるか? 犯人は必ず犯行現場に戻るって言うし、かづなの意見にも一理あると思うぜ」 「創志君。それはちょっとニュアンス間違ってると思います」 「……お前にだけはツッコまれたくなかった」 ◆◆◆
「そういや、かづなが話してた時枝治輝ってヤツもこっちに飛ばされてたりしねーのかな」
カラクリ人形が爆発した地点に向かう途中、ふと気になって創志は口を開いた。 4人でパンを食べている間、それぞれの成り行きなんかをかいつまんで話していたのだが……かづなの話の中で頻繁に名前が登場した「時枝治輝」という男。曰く、搦め手を好み面倒くさい言い回しをするドラゴン使いの決闘者らしいが、話しているかづなの表情を見れば、彼がとてもいいヤツだったのは分かる。 海外に留学してしまったようだが、一度でいいからデュエルしてみたかった。 話を聞いてるだけでわくわくして来るようなデュエリストなんて、久しぶりだ。最近の相手はもっぱら神楽屋がほとんどで(ティトもたまに付き合ってくれたが、アカデミアの宿題があるときはそっちが優先だった)、手の内が分かっていること前提でのデュエルが続いていた。だからこそ、時枝治輝のように見ている者を驚かせるようなプレイングをする人物と、手合わせしてみたかった。 元々、創志は弟の信二を喜ばせるために、デュエルを始めたのだ。デュエルは楽しむものであって、本来なら命のやり取りを含むようなものじゃない。 そう考えているからこそ、時枝治輝と純粋なデュエルをしてみたいと思ったのだが―― 「そいつもサイコデュエリストなんだろ? だったら――」 「不謹慎じゃぞ、創志。この世界に飛ばされることの危険性は身をもって体験しておるはずじゃ。帰れるかどうかも分からぬ世界にかづなの友人を勝手に放り込むでない」 「あ……悪い」 そんなつもりではなかったのだが、切の言うとおり配慮の足りない失言だった。 頭を下げて詫びると、かづなは「大丈夫です」と微笑んでくれたのだが、 「……なお君は、来てないと思いますよ」 一瞬だけ表情に影が差したかと思うと、ポツリとそう呟いた。 「……そっか」 その表情を見てしまった創志は、会話を打ち切る。きっと、これ以上は自分が踏み込んではいけない領域だ。 「創志さんが治輝さんに挑むなんて、10年早いと思いますけど」 と、自分にしては気を利かせたと思っていたら、純也が割り込んできて話題を続けてしまう。 「何だと?」 空気読めよこのガキ、という意味合いも込めて睨んでみるが、純也は意に介していないようで話を続ける。 「創志さんは、相手の場に<ライオウ>がいて、伏せに<次元幽閉>と<神の宣告>がある状態で、1ターンで相手のライフをゼロにできます?」 「<ライオウ>? なんだそりゃ」 「……詰めデュエルをする以前の問題でしたね。治輝さんに挑むのは20年早いかもしれません」 「なんで倍に増えてんだよ!」 ちなみに、<ライオウ>の効果はこれだ。 <ライオウ> 効果モンスター 星4/光属性/雷族/攻1900/守 800 このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、 お互いにドロー以外の方法でデッキからカードを手札に加える事はできない。 また、自分フィールド上に表側表示で存在するこのカードを墓地に送る事で、 相手モンスター1体の特殊召喚を無効にし破壊する。 相手の特殊召喚を封じる上に、下級モンスターとしては高打点の1900の攻撃力を持つ、強力なモンスターだ。
「……そうだなぁ。もし治輝さんとデュエルすることになったときのために、このカードを貸してあげます」 やや唐突な感じで、純也は1枚のカードを差しだしてきた。 白い枠のモンスターカード。それは、比良牙とのデュエルで勝負の決め手となったカードだった。 「<アームズ・エイド>……いいのか?」 「僕は3枚持ってますから。3体も召喚することなんて滅多にないですし」 「……分かった。機会があるかは分からんが、借りとくよ。サンキューな」 創志が礼を言いながら受け取ると、純也は気恥かしそうに顔を逸らした。 変なヤツだな、と思いつつ、<アームズ・エイド>をエクストラデッキに収める。 その強力な効果は折り紙つきだ。きっとこれからのデュエルで役立ってくれるだろう。 かづなには、創志たちに話さなかったことがある。
時枝治輝はサイコデュエリストではなく、ペインであること。 その力のせいで、今はこことは異なる異世界にいること。 それでも、治輝のことを話すたびに、顔を輝かせながら続きを促してくれる創志の顔は、見ていてうれしかった。 いつまで一緒にいられるか分からないけれど、いつの日か全部話せるといいな――そう思っていた。 ◆◆◆
「まさか本当に手掛かりを残しているなんて……」
「比良牙のヤツ、トコトン腹立つヤツじゃのう」 デュエルが行われた場所まで戻ってきた一行の前に現れたのは、巨大な円筒型の装置らしき物体だった。例えるなら、怪しげな地下施設で怪しげな実験生物が培養されていそうなアレだ。 カラクリ人形が爆発したせいで地面が焦げ付いていたが、火災が起きたり有毒なガスが発生したりしているということはなさそうだ。 「何でしょうかこの装置……巨大ミキサーかな?」 「いや、それはないと思うぞ」 装置の周囲をぐるぐる回りながら首をかしげるかづなに、創志は短くツッコミを入れる。 人1人が入っても余裕な大きさのミキサーで、一体何を砕いてすり潰すというのか……それ以上は考えないようにした。 「ん? 中にパネルがあるな」 創志は円筒部分の内部に足を踏み入れる。円筒を支える柱の一部に、数字やアルファベットのキーが並んだパネルが埋め込まれていた。おそらく、このキーを押して装置を動かすのだろう。 「下手にいじらないでくださいよ。敵が残した罠かもしれませんし」 「罠だとしたら、創志君が中に入った時点で作動してそうな感じですけどね」 「怖い事言うなよ……」 などと装置の外にいるかづなや純也と言葉を交わしていると、 「――敵じゃ!」
刀を抜き放った切が、鋭い叫び声を上げた。
「敵――!?」 装置の周囲は遮蔽物が何もない更地だ。一体どこに潜んでいたというのか。 その答えは、すぐに明らかになった。 焦げ付いた地面の下――土の中から、緩慢な動作で起き上がるカラクリ人形。 1体ではない。装置の周囲を取り囲むようにしていくつも土が盛り上がり、木製のカラクリ人形が姿を現す。その腕には、それぞれデュエルディスクが装着されていた。 「くそっ、罠だったのか!?」 焦った創志は、バン! と柱に手を突いて苛立ちを顕わにする。 と。 突然ガシャン! と音を立てて円筒の扉が閉まり、天井のランプが赤や緑の光を明滅させる。装置全体が細かく振動し、腹の底に響くような重低音が鳴り始める。 どこからどう見ても、装置が作動していた。 「え、ちょ、何やってるんですか創志さん! これ動いてますよね!?」 「あー……ワリィ。下手にいじっちまったみたいだ」 うろたえる純也に、創志はバツの悪い笑みを浮かべた。 乱暴に柱に手を突いたとき、操作盤と思わしきパネルを触ってしまったようだ。 「どうしたのじゃ!? 敵が間近に迫っておるぞ!」 「創志君を外に出さなきゃまずいです! こうなったら、私の雪平鍋でこのミキサーを壊すしかありません!」 「やめてくださいかづなおねえさん! あとミキサーじゃないです!」 ぎゃあぎゃあ騒ぐ3人の背後には、カラクリ人形の大群が迫っている。 「早く脱出しねえと……!」 ドアノブのようなものは見当たらないし、かといって自動ドアのように人を感知するセンサーの類も付いていないようだ。かづなの言うとおり、いっそのこと扉を割ってしまったほうがいいかもしれない。円柱を形成している透明な壁はガラスではなくプラスチックのようだが、何回も体当たりすればそのうち壊れるだろう。 そう思った創志が、助走をつけようと数歩下がったときだった。 「――ッ!?」 体が上から引っ張られるような感覚が襲ってくる。エレベーターに乗って上の階に上がるときと似たような感覚だ。 装置から響く重低音が大きさを増すと同時、創志の視界が白くぼやけていく。 「創志君!」 「創志!」 かづなと切が自分の名前を叫んでいるのが聞こえる。 「何だよこりゃ……! かづな! 切!」 困惑しながらも、2人の名前を叫び返すが、こちらの声が届いていないようで、2人は変わらず創志の名前を叫び続ける。 迂闊だった。一体何が起こっているのかは分からないが、これが比良牙の仕掛けた罠であったことは確実だ。 (比良牙の野郎……!) 心中で罵るが、白く染まる視界をどうにかすることはできなかった。 コツ、と革靴が石畳を踏みしめた。
トカゲ頭に誘導された先にあった装置――それは確かに転送装置だったようだ。 外に出た輝王の視界に広がる景色は、先程までいた「井戸」の中とは似ても似つかない。 ただ、広かった。 石畳の地面と、低い灰色の天井がどこまでも続いており、四方を見回しても壁はおろか何一つ見当たらない。太平洋のど真ん中にいきなり放り込まれたような感じだった。 (やはり、罠だったか……?) トカゲ頭の話では、転送された先に「主」が待っており、その「主」を倒せば元の世界に帰れるとのことだったが……。 主らしき人物の姿は見えず、人の気配は皆無。 加えて、どちらに向かって歩けばいいのかも定かではない。 「…………」 輝王はジャケットのポケットから方位磁石を取り出す。方位が分かったとしても気休めにしかならないが、ただ歩き回るよりもマシだ。 そう考えたのだが、肝心の方位磁石は狂ったようにぐるぐると回転しているだけで、明確な方位を指し示してはくれなかった。 転送装置に戻ってパネルを叩いてみるが、反応は無し。一度きりという言葉に偽りはなかったようだ。 (さて、どうしたものか……) 戒斗や愛城、ティトを助けに向かう代わりにここに来ているのだ。呆けている暇はない。 とりあえず、周囲の様子を探ってみることにした。 転送装置が見える範囲を歩き回り、変わったものはないかどうか目を凝らす。 (何も無い……か。まるで今の俺のようだな) 探索を続けながら、輝王は物思いにふける。 かつて、輝王の原動力となっていたのは復讐心だった。 親友である高良火乃……彼を殺した犯人を見つけ出し、必ず裁きを与えると息巻いていた。 その次は、少女を手助けしたいというお節介だ。 偽りの記憶を持ちながらも、仲間を助けたいと願った少女に、力を貸したいと思った。そのために、輝王は再び剣を取った。 では、今は? では、それ以前は? 輝王は「市民の安全を守るため」なんてお題目のためにセキュリティに入ったのではない。 人を救いたいという思いは確かにあった。 けど、それ以上に―― 憧れていたのだ。高良火乃に。
彼のようになりたかった。彼のように生きてみたかった。
だから、彼の後を追って、セキュリティに入った。 そして、今。 輝王は彼が使っていたデッキ<ドラグニティ>を手にし、迷いを抱いている。 自分は、本当にこのデッキを使いこなせているだろうか。 火乃とは別の形で、<ドラグニティ>のカードを生かすことができているのだろうか。 答えなど無い。カードの生かし方などデュエリストによって千差万別だし、どれが正解というわけでもない。 それでも考えてしまうのは、「芯の通った強さ」を目にしたからだ。 愛城、戒斗、ティト……彼らは強い。その強さは、輝王が持ち合わせていないものだ。 自分の力を信じ、己が道を突き進む。 輝王は、その道が見えていないのだ。 この空間のように、方角も分からないままただ漠然と広がっている。 ……こんな俺が、主に勝てるのか?
気がつくと、無意識のうちに小石を蹴飛ばしていた。
跳んだ小石が、何かに当たって跳ね返る。 (――跳ね返る?) 輝王がうつむき気味だった姿勢を真っ直ぐ戻すと同時、 「――相変わらず小難しいこと考えてやがるな? 正義」
ひどく懐かしい声が、響いた。
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