シューティングラーヴェ(はてな)

シューティングラーヴェの移行先

オリジナルstage 【EP-01~EP-17】

 飢えている。
 渇いている。
 どれほどの力を得ようとも、満たされることがない。
 だが。

 

「もうすぐで――」

 

 飢餓に溢れた日常は、終わりを迎える。
 目指す先に在るもの。
 それは。

 

「もうすぐで、僕は――」

 

 狂える。




◆◆◆




「……あの高さから落ちたにしては、不思議なくらいに無事だ」
 体の具合を確かめながら慎重に体を起こした治輝は、五体満足どころか痛みもほとんど無い状態に疑問を覚えていた。
 蛍のような淡い光を放つ奇妙な壁。それを力づくで突破しようと攻撃を仕掛けたが、壁には傷一つ付かなかった。そして、その壁は破壊に失敗すると一番近くにいる人物を「落とす」罠が仕掛けられていた。
 以前――こことは違う「異世界」で、治輝は同じような物を発見しており、その時もこうして落とし穴にはまったのだ。腰を盛大に打ち付けしばらく動けなくなり、戒斗に笑われたことをしっかり覚えている。
 だから、今回はそんな醜態を晒さぬよう、落下中に体勢を整えて受け身を取ろうとしていたのだが……どうやらそれは不要だったようだ。
 立ち上がった治輝は、服に付いた砂を払う。水分をほとんど含んでおらず、軽くて軟らかな砂だ。これがクッションになったのだろう。
(けど……それだけじゃ説明できない)
 落下していた時間から考えると、かなりの高さから落ちてきたはずだ。柔らかな砂の上に落ちたから無事だった、だけでは納得できない。
 地面に接触する直前、治輝の全身を奇妙な浮遊感が包んだ。落下の衝撃を殺すかのように突然起こった現象……あれは一体何だったのか。
(……ここは俺の知っている世界じゃない。考えるだけ無駄か)
 「異世界」では、現実では考えられないような現象が度々起こった。いちいち原因を探求するのが馬鹿馬鹿しく思えるほどに、だ。なので、治輝は深く考えることをやめた。
 治輝が落下した場所は、広大な砂漠だった。
 天上に広がるのは、夜空だ。月はなく、ポツポツと光る僅かな星の光だけが、辺りを照らしている。あの空の上に神楽屋たちがいることは――まずないだろう。おそらく、どこかで別の空間に転送されたのだ。
 見た限りでは、目立った建造物は見えない。どこまでも砂の大地が続いている。
「……夜の砂漠って、結構寒いんだな」
 汗さえも蒸発してしまう灼熱のイメージが強い砂漠という土地だが、日中の気温差は激しく、夜は氷点下まで落ち込むところも存在する。治輝がいるこの場所はそこまで寒くはないものの、軽装では肌寒さを感じるくらいには冷えていた。
 とりあえず、はぐれてしまった神楽屋たちと合流しなければならない。治輝は目の前にあった砂の丘に登り、もっと遠くまで見渡そうと目を凝らす。
 ちょうどそのタイミングで、
「比良牙―! いるんだろ!? 出てきやがれ!」
 誰かの怒声が響き渡った。
 見れば、丘を下った先に、大きな試験管のような物体が横倒しになっていた。よく見れば、ゲームに出てくるようなワープ装置に見えなくもない。
 そのワープ装置らしきものの上に乗って、大声で喚いている少年がいた。
「…………」
 声をかけようかどうしようか迷っているうちに、少年の方が治輝を見つけたようだ。
 素早く装置の上から飛び降りると、だだだっ! とこちらに向かって丘を上ってくる。
(敵……ってわけじゃなさそうだな)
 そうは思いつつも警戒は怠らない。
 すぐにデュエルディスクを展開できるよう身構えていると、駆けあがってきた少年は息を切らせながら治輝の両肩を掴み、
「なあ、この辺で比良牙ってヤツを見かけなかったか!?」
 挨拶も無しに、いきなり問いを投げつけてきた。
「……ヒラガ? 聞いたことのない名前だな。どんな奴だ?」
「陰険でムカつく野郎だ! 俺をこんなところに飛ばしやがって……」
「えーと、それじゃわからん。具体的な容姿とかを教えてくれないか?」
「……信じてもらえないかもしれねえけど、人の大きさくらいのからくり人形なんだ――ってあれは遠くから操ってただけか。ってなると……あれ? 比良牙ってどんなヤツなんだ?」
 言いながらうんうん考え始める少年。
 ヒラガという人物に心当たりはないが、それよりも気になることがあった。
「ちょっと話を戻していいか? こんなところに飛ばされた、って言ってたが、一体どこから――」
「そうだよ! 早いとこ戻らねえと、かづな達が危ねえんだ!」
 
 
「――――」

 かづな。

 何度も聞いたはずのその名前は、遥か彼方で響いているような感じがした。
 珍しい名前だし、おそらく治輝の記憶にある少女と同一人物だろう。
 ――色んなものを押し付けてしまった、女の子。
(……落ち着け)
 まずは、少年から詳しい事情を聞き出さなければならない。
 浮足立つ心を抑えながら、まずは少年に対して冷静になるよう促そうとするが、

「――お喋りはそこまでですよ」

 新たに響いた声が、それを遮った。
 治輝が、やや遅れて少年が、声のした方に振り返ってみると、そこには見覚えのある青年が立っていた。
「お前は……」
 一見すると、気の弱そうな風貌。
 しかし、その裏には得体の知れない「怖さ」を隠している。
 治輝は、「怖さ」の片鱗を体感していた。
 そう。
 この世界に飛ばされる直前に。
「余興はここまでです。いい加減僕も焦れてきました」
 最早隠す気もないのか、青年からは濃い殺気が全方位に向けて放たれている。
 その左腕には、髑髏の装飾があしらわれた漆黒のデュエルディスクが装着されており、死神が持つ命を狩り取る鎌を連想させた。
「……何だよ、テメエは」
 かづなの知り合いらしき少年は、彼のことを知らないようだ。
 だが、治輝にとってはずっと探していた人物である。
「焦れてきた、か。その言葉、そっくりそのまま返す」
 殺気に気圧されないよう緊張感を高めながら、治輝は言葉を放つ。
「お前には聞きたいことが山ほどあるんだ。どうして俺たちをこの世界に飛ばした? 俺や戒斗の他に、どれほどの人を巻き込んだ?」
 青年が発動した<次元誘爆>。それが引き起こした現象により、治輝はこの世界に飛ばされた。
 神楽屋や少年の話からすると、他にも同じように飛ばされた人間がいるらしい。
 理由は知らない。
 いや。
 理由は大した問題ではない。
「答えろ……!」
 どんな理由であれ、七水たちを危険な目に合わせた。それを許すことはできない。
 すると、青年はうつむき、くっくっくっと含み笑いを漏らしてから、

「――答える必要はない」

 一刀両断に切り捨てた。
 そして、前髪をかき上げながら、芝居のように大げさに上半身を起こす。
 それだけの動作で、青年の雰囲気が一変する。
 今までは裏に隠れていた「怖さ」が、前面に押し出ている。
 何かに飢えた瞳がギラリと光り、握った右拳がバキバキと音を立てる。眉毛は無く、不気味なほど白い肌が、微かな明かりの元に浮かび上がる。
「貴様らは俺様の『贄』だ。黙って俺様に搾取されていればいい」
 言葉遣いも変わっている。まるで、人格が入れ替わってしまったかのようだ。
「テメエは……! あの時の!」
 少年が何かに気付いたようだが、青年はそれを無視し、
「さあ、始めようか――最後の晩餐を」
 両手を広げ、高らかに宣言する。
「まずは前菜だ。精々俺様を楽しませるんだな。時枝治輝、皆本創志、そして――」
 言葉を切った青年は、視線を後方に投げ、ニヤリと口元を歪める。

「輝王正義」

 その名前が告げられた瞬間、黒のコートを纏った長髪の男が姿を現した。
 
「お前が『主』か?」
「見て分かるようなことをわざわざ問うなグズが。俺様以外ありえんだろう? 異世界ひとつを作り上げるほどの強大な力を持ったデュエリストは」
 創志と治輝の横を通り過ぎ、前に進み出た輝王を、青年は一蹴する。
「それとも、俺様の見込み違いだったか? 貴様は俺様の殺気すら感じ取れない豚以下の存在だったのか? それでは前菜にすらならんぞ」
 あからさまに見下すような視線を向けた青年は、薄く笑う。
「……自分の力に酔ってるな。それじゃ足元をすくわれるぞ」
「酔いもするだろう、時枝治輝。世界を作り上げるということは、神に等しい力を持たなければ達することのできない偉業だ。それほどの力を持ちながら自分に酔いしれることのできない者など、己の存在を自覚できないただの阿呆だ」
「……口だけは達者だな。比良牙の野郎の上司、ってのも納得がいくぜ」
「本当にそう思っているなら、貴様の言葉をそっくり返させてもらうぞ。皆本創志」
 言い返され、創志はぐうと押し黙る。
 彼も気づいているのだ。青年が発する異常なまでの殺気に。
「くだらない問答は終わりだ。俺様は獲物を目の前にして我慢できるほど、利口な人間ではないのでな」
 そう言って、この世界の「主」である青年は、輝王たちに背を向ける。無防備な背中を晒すことに、微塵も恐怖を感じていないようだった。
 青年が離れたタイミングを見計らって、
「……お前もこっちに飛ばされてたんだな、輝王」
 創志が口を開いた。しかしその視線は、青年の背中を見つめたままだ。間近にある脅威から視線を逸らさないくらいには、成長したということだろう。
「ティト・ハウンツとはすでに合流した。彼女は無事だ」
「……久々に会って最初に言うことがそれかよ」
「違ったか? お前が一番気になっているのは、彼女の安否だと思ってな」
「ティトは俺より強いんだから心配なんてしてねえよ」
 そう言いつつも、創志の表情には安堵の色が広がっている。やはり心のどこかでは不安だったのだろう。確かにティト・ハウンツは強いが、人間性の部分で見れば、まだまだ未熟だ。
「……どうやらそっちの2人は知り合いみたいだな。ってことは、俺の自己紹介が必要か」
 ふう、と息を吐いて必要以上の緊張を解いた少年――いや、青年と表すべきだろうか。その境目を複雑に体現しているような男が、創志と輝王の顔を順繰りに見てから、
「俺の名前は時枝治輝。えっと……とりあえずデュエリストだ」
 自らの名を告げた。自分のことをどうやって表せばいいか、適当な言葉が見つからなかったようだが。
「時枝治輝!? じゃあ、アンタがかづなの言ってた――」
 治輝の自己紹介に、創志が興味津々といった感じですぐさま反応するが、輝王は右手を振るってそれを制する。
「詳しい話は後だ。『主様』とやらが待ちわびているようだぞ」
 輝王たちから適当な距離を取ってこちらに振り返った青年は、すでに漆黒のデュエルディスクを展開させていた。それは、彼が臨戦態勢に入っていることを示している。
「奴の狙いは、俺たちからサイコパワーを吸収することだろう。根こそぎな」
「だと思ったぜ。輝王がそう言うなら、俺の推測も間違ってなかったってことだ」
「サイコパワー……それがあいつの言う『力』ってことか。だから七水は……」
 それぞれの感想を口にしながらも、3人はデュエルディスクを展開する。
「……ん? でも待てよ。輝王ってサイコデュエリストじゃねえよな。サイコパワーを奪うのがアイツの目的なら、どうしてお前がここにいるんだよ?」
「……確かに俺はサイコデュエリストではないが、今はそれに類似する力を持っている。さらに言えば――」
 輝王はそこで言葉を切り、治輝へと視線を向ける。もし、彼が戒斗や愛城の知り合いならば、彼も同じように強力な力を持っているのだろうか。
(……いや。詮索すべきではないな)
 それに、今はそんな状況ではない。他ならぬ自分が口にした言葉だ。
「――主が言っただろう。俺たちは『前菜』だと。俺と行動を共にしていた3人……ティト・ハウンツ、永洞戒斗、それに愛城は、全員が強大な力を持ったデュエリストだ。おそらく、彼らが『メインディッシュ』なのだろう」
「……戒斗のやつはともかく、愛城までこっちに飛ばされてたのか」
 愛城の名前を聞いた途端、治輝が渋い表情を見せる。知り合いだという推測は間違っていなかったようだが、あまりいい関係ではないらしい。
「ムカツクぜ。確かに俺のサイコパワーは弱いけど、はなっから前座扱いされるのは納得いかねえ」
「なら、それをデュエルで証明するしかないってことだ」
「時枝の言うとおりだな。奴には何を言ったところで届きはしない」
 届くのは、己の力のみ。
 望むところだ、と輝王は瞳に闘志をたぎらせる。それは、他の2人も同じだった。
「――この世への別れは済ませたか? 狩りを始めるぞ!」
 輝王正義、皆本創志、時枝治輝――それぞれが見せる戦いへの意思を感じ取った青年が、高らかに宣言する。
 その残響が夜の砂漠を支配する中で、
「――最後に1つだけ訊いていいか!」
 声を張り上げたのは、治輝だった。
 治輝は青年の返事を待たずに、続ける。

「お前の名前を訊きたい!」

 問うたのは、この異世界を作り出した主であり、七水を危険な目にあわせた黒幕であり、これから戦う相手である青年の名前。
 唐突な発言に、輝王は呆気に取られる。それは創志も同じようだった。
 さすがの青年もこの問いには意表を突かれたようで、一瞬だけ動きを止めた後、盛大に高笑いしてから口を開く。

「……砂神緑雨(すなかみりょくう)だ。最も、名前などすぐに意味を失くすがな」

 これまで輝王たちの問いを一蹴してきた青年――砂神緑雨は、治輝の問いに真っ向から答えた。
「幸運に思え。貴様らが、この名を記憶する最後の人間だ」
 そう言って、砂神は口の端を釣り上げる。
「……なあ、時枝。何であいつの名前なんて訊いたんだ?」
 治輝の隣に並んだ創志が、落ち着いた声で告げる。治輝の意図がまるっきり理解できないというよりも、何かに気づきつつもあえて問いかけているような感じだった。
「……色々あってさ。デュエルをする相手のことは、なるべく知りたいと思ったんだ。こうして言葉を交わせるなら、せめて――名前くらいは」
 治輝の視線は、砂神を通り越して、どこか遠くを見ているように感じられる。
 すると、治輝は一歩前に進み出て、くるりとこちらに振り返る。
 そして、気恥ずかしそうな笑みを浮かべながら、
「ついでに、2人の名前も教えてくれないか? いや、テルさんから話は聞いてるから、何となくは分かるんだけど……」
 バツが悪そうに言った。
 思わず、輝王は創志と顔を見合わせる。
 そういえば、自分たちの自己紹介を忘れてしまっていた。
 今までは緊張感に満ちていた心の底から、不思議と可笑しさがこみ上げてきて、輝王は微かに笑ってしまった。
「……はははっ、悪い悪い。俺たちの自己紹介がまだだったよな」
 笑いながら頭を掻いた創志は、背筋をピンと伸ばしてから、告げる。

「俺の名前は皆本創志。デュエリストだぜ」
「――輝王正義。同じくデュエリストだ」

 神を真似た暴挙が、出会うはずのなかった3人を、引き合わせた
 
■変則タッグデュエルルール
□フィールド・墓地はシングル戦と同じく個別だが、以下の事項は行うことができる。
・自チームのモンスターをリリース、シンクロ素材にすること。
・「自分フィールド上の~」という記述のあるカード効果を、自チームのモンスターを対象に発動すること。
・自チームの伏せカードは、通常魔法・通常罠に限り、伏せたプレイヤー以外のプレイヤーでも発動可能。
・自チームのプレイヤーへの直接攻撃を、自分のモンスターでかばうこと。
□全てのプレイヤーが最初のターンを終えるまで、攻撃を行うことはできない。
□ターンは、砂神→輝王→砂神→治輝→砂神→創志……の順で処理する。
□ライフは個別制で、0になったプレイヤーは脱落し、フィールド上に残っていたカードは消滅する。基本ライフは4000。砂神は8000。
□バーンダメージは1人を対象として通常通り処理する。


「ルールは理解したか? 最も、理解できていなくても同じ説明を二度する気はないがな」
「大丈夫か? 皆本創志」
「何で俺だけ確認すんだよ!」
 創志が憤慨するが、何もこれは創志をバカにしたわけではなく、輝王の知る限りでは彼に変則タッグデュエルの経験がなかったからだ。輝王は、以前に友永切とタッグを組み、勝利を収めたことがある。
 輝王は知らなかったが、治輝にも同様の経験がある。つい先ほど、神楽屋輝彦とタッグを組んだデュエルで勝利したばかりだ。
(……厄介なのは、今回は3対1だということだな)
 ライフが個別性ということもあり、ライフ総数で上回り、3人で戦える輝王たちが有利なように見えるが、そうではない。
 輝王、治輝、創志がそれぞれ1ターンを終えた段階で、砂神は3ターン分の行動を終えていることになる。腕の立つデュエリストにとって、3ターンの猶予はとても大きい。デッキの回り方によっては、1人くらいは楽に葬れるだろう。
 攻撃可能になった最初のターン。そこを凌げなければ、この変則タッグデュエルで勝つことは難しい。
(気になるのは、時枝のデッキか)
 創志のデッキは、輝王の記憶のままならば<ジェネクス>のはずだ。輝王のデッキである<AOJ>と同じ、機械族を主体としたデッキであり、かなりのシナジーが見込める。治輝のデッキも機械族であれば、速度的な劣勢を幾分か覆せるかもしれないが――
 輝王がこれからのデュエルに思考を巡らせていると、突然足元の地面が揺れ始めた。
地震……!?」
 治輝が訝しげな声を上げる。最初は微弱だった揺れが徐々に強くなっていき、いつしか立っているほどが困難なほどの強い揺れが、輝王たちを襲った。
「これは――!?」
 ただ揺れているわけではない。見れば、砂神の足元がせり上がっていく。
 その光景は、まるで砂神が夜空――天上に存在する「神の世界」から引き寄せられているようだった。
 揺れが激しくなるにつれて、砂神の足元から姿を現していくものがある。
 それは、古代エジプトで王の墓として建てられた建造物だ。
 ピラミッド――
 エジプトに現存するそれと比べると小さいが、確かにそれは古代の王が眠るために建てられたものと同じだ。その頂点に在る足場に、砂神は悠然と立っている。
 ピラミッドが完全に上昇を終えると、揺れが収まる。体勢を整えた輝王は、砂神に鋭い視線を向けた。
「ハハハ、いい景色だな。これが、俺様と貴様らの格の違いだ」
 支配者ゆえの傲慢を顔面に貼り付けた砂神は、腹の底から笑い声を上げる。
「……つくづくムカつく野郎だぜ」
「同感だな。さっさとあいつを有頂天から引きずり降ろそう」
 創志と治輝が小声で囁き合う。2人とも、砂神の殺気に気圧されていることはなさそうだ。
「――では、俺様の先攻から始めさせてもらうぞ!!」
 砂神がカードをドローしたことを合図に、戦いの火蓋は切って落とされた。
 
「モンスターをセットして、俺様のターンは終了だ」
「……俺のターンだ。ドロー」
 ピラミッドの頂上で悠々とこちらを見下ろす砂神の態度に、輝王は舌打ちを漏らしそうになる。
(奴がどんなデッキを使ってくるかは分からないが、このターンで出来る限りの準備を整えておかなければならない)
 3ターンもの猶予があれば、大型モンスターの1体や2体を並べることなどたやすい。迎撃・妨害用の魔法・罠もふんだんに揃えられるだろうし、まさに万全といった体勢で初撃を加えてくるはずだ。
「モンスターをセット。カードを1枚伏せ、永続魔法<機甲部隊の最前線>を発動する」

<機甲部隊の最前線>
永続魔法
機械族モンスターが戦闘によって破壊され自分の墓地へ送られた時、
そのモンスターより攻撃力の低い、
同じ属性の機械族モンスター1体を自分のデッキから特殊召喚する事ができる。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。

「ほう? 壁を切らさないための保険か。つくづく死ぬのが怖いと見えるな」
「……ターンエンドだ」
 砂神の戯言を聞き流し、輝王はターンを終了する。
 <機甲部隊の最前線>は、機械族モンスターが戦闘で破壊された時、そのモンスターよりも攻撃力の低い同じ属性の機械族モンスターを特殊召喚できる永続魔法だ。
 カード効果による除去には対応していないが、こちらの攻撃が失敗し返り討ちにあった場合の保険としても機能する。
(相手の攻撃チャンスは俺たちよりも圧倒的に多いだろう。少ない反撃の機会を逃さないためにも、モンスターを切らさないことは重要だ)
 加えて、創志のターンが終了するまでは攻撃ができない。相手にプレッシャーをかけるような永続効果を持つようなモンスターがいないならば、わざわざ攻勢に出ることもない。
「なら、俺様のターン。モンスターをセットし、ターンを終了する」
 前のターンと同じく裏守備モンスターをセットした砂神は、そのままターンを終える。
「隙だらけの獲物が間抜け面で闊歩しているというのに、狩りを始められないとは……もどかしいものだな、デュエルモンスターズというのは」
「……テメエがこのデュエルのルールを決めたんじゃねえかよ」
「何か言ったか? 皆本創志。俺様に対して暴言を吐いたような気がしたのだが」
「いーや、何でも」
 ピラミッドの頂上にいる砂神とこちらの距離はかなり離れているはずだが、声はしっかりと聞こえているらしい。
「次は俺のターンだな」
 場を仕切り直すように言った治輝が、静かにカードをドローする。
「よく分からない手札って感じだけど……まずは<調和の宝札>を発動。手札の<ドラグニティ―ファランクス>を捨て、デッキからカードを2枚ドローする」

<調和の宝札>
通常魔法
手札から攻撃力1000以下のドラゴン族チューナー1体を捨てて発動する。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。

 治輝のプレイングに、輝王はピクリと反応する。
「……時枝のデッキは<ドラグニティ>か」
 それは、輝王の親友が使っていたデッキであり――つい先程まで自分が手にしていたデッキでもある。高良以外の人間が<ドラグニティ>を使っているのを見るのは、これが初めてだ。
「確かに<ドラグニティ>のカードは入っているけど、純粋な<ドラグニティ>とはちょっと違うかな。そっちのデッキとは連携が取り辛そうだ。悪い」
「気にするな。大した問題じゃない」
「……そっか。なら、遠慮なく行かせてもらうぜ! <超再生能力>を発動して――<魔法石の採掘>を発動! 手札を2枚捨てて、墓地から<超再生能力>を回収して、そのまま発動する! 手札から捨てたのは<デス・ヴォルストガルフ>と<洞窟に潜む竜>……両方ともドラゴン族モンスターだ」

<超再生能力>
速攻魔法
このカードを発動したターンのエンドフェイズ時、
このターン自分が手札から捨てたドラゴン族モンスター、
及びこのターン自分が手札・フィールド上からリリースした
ドラゴン族モンスターの枚数分だけ、
自分のデッキからカードをドローする。

<魔法石の採掘>
通常魔法(準制限カード)
手札を2枚捨て、自分の墓地の魔法カード1枚を選択して発動する。
選択したカードを手札に加える。

 目まぐるしく動く治輝の場に、隣の創志が呆気に取られたようにポカンと口を開けて立っている。
「え、えっと。つまりどういうことなんだ?」
「時枝がこのターン手札から捨てたドラゴン族は3体。つまり、<超再生能力>2枚分の効果で、エンドフェイズに6枚のドローが確定しているということだ」
 「あくまで現時点ではな」と付け加えつつ輝王が説明を終えると、創志は目を丸くして、
「な、何だよそれ!? アドバンテージをバカにしてんのか!?」
 ぎゃあぎゃあと騒ぎ始める。すぐに手札を切らす創志にとっては、6枚もドローできるカードがあることなど信じられないのだろう。
「……そのセリフ流行ってるのか? とりあえず、俺はモンスターをセット。カードを1枚伏せてターンを終了する。そして、エンドフェイズに<超再生能力>の効果で6枚のカードをドローだ」
 モンスターと伏せカードのセットで一旦はゼロになった治輝の手札だが、6枚のドローで瞬く間に補充される。加えて、墓地からの特殊召喚が容易な<ドラグニティ―ファランクス>を墓地に送っている。
(勝利への可能性は自らの手で引き寄せる、か。高良とは真逆のデュエリストだな)
 良くも悪くも、高良のデュエルは運頼みな部分が多かった。まあその運頼みなドローで逆転のカードを引いてしまうのだから、強さは本物だったのだが。
「随分張り切るな、時枝治輝」
「そう見えたならお生憎様だ。俺はいつも通りのデュエルをしてるつもりなんだけどな」
「……ほざけ。俺様はモンスターをセットしてターンエンドだ」
 これで、砂神の場に伏せモンスターが3体。魔法・罠カードの伏せはないが、不気味な雰囲気を漂わせている。
 それに触発されたのか、それとも治輝に対抗したのか――
「俺も最初から飛ばさせてもらうぜ! ドロー!」
 無駄に張りきった創志の姿を見て、輝王は嫌な予感がした。
「<ジェネクス・ニュートロン>を召喚だ!」
 このデュエルで始めて姿を現したモンスターは、漆黒の装甲を纏った人型のロボットだ。

<ジェネクス・ニュートロン>
効果モンスター
星4/光属性/機械族/攻1800/守1200
このカードが召喚に成功した場合、
そのターンのエンドフェイズ時に自分のデッキから
機械族のチューナー1体を手札に加える事ができる。

「そして、<二重召喚>を発動! このターン、俺はもう一度だけ通常召喚を行うことができる! 頼むぜ、相棒! <ジェネクス・コントローラー>を召喚だ!」

<二重召喚>
通常魔法
このターン自分は通常召喚を2回まで行う事ができる

<ジェネクス・コントローラー>
チューナー(通常モンスター)
星3/闇属性/機械族/攻1400/守1200
仲間達と心を通わせる事ができる、数少ないジェネクスのひとり。
様々なエレメントの力をコントロールできるぞ。

 息つく間もなく、創志が2体目のモンスター――<ジェネクス・コントローラー>を召喚する。
「行くぜ! レベル4の<ジェネクス・ニュートロン>にレベル3の<ジェネクス・コントローラー>をチューニング!」
「なっ……!?」
 光に包まれる2体の<ジェネクス>を見て、輝王は絶句する。
「おい! 何をやっている皆本創志!!」
 <ジェネクス・ニュートロン>は、召喚に成功したターンのエンドフェイズにデッキから機械族のチューナーモンスターを手札に加える効果を持つ。その効果は、召喚したターンのエンドフェイズまで<ジェネクス・ニュートロン>が表側表示で存在していることが発動条件だ。相手からの妨害が無いこの状況なら、発動させない理由はない。
 にも関わらず、創志はシンクロ召喚を行おうとしている。わざわざ<二重召喚>を消費してまで、このターンにシンクロモンスターを呼び出す理由は薄い。
「心配すんな輝王! 俺にだって考えくらいあるっての!」
 その考えとやらをここで洗いざらい吐いてほしかったが、自信満々な創志の笑顔を見ていると、反論を呑みこまざるを得なかった。
「残された結晶が、新たな力を呼び起こす! 集え、3つの魂よ! シンクロ召喚――その力を示せ! <A・ジェネクストライフォース>!」
 
 シンクロ召喚のエフェクト光が四散し、鋭角的なフォルムの機械兵がフィールドに降り立つ。銀色の装甲が星の明かりを受けて微かに輝き、3つの砲口を持つ特異な形の砲撃ユニットが、<A・ジェネクストライフォース>の存在感を強調する。

<A・ジェネクストライフォース>
シンクロ・効果モンスター
星7/闇属性/機械族/攻2500/守2100
「ジェネクス」と名のついたチューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
このカードがシンクロ素材としたチューナー以外の
モンスターの属性によって、このカードは以下の効果を得る。
●地属性:このカードが攻撃する場合、
相手はダメージステップ終了時まで魔法・罠カードを発動できない。
●炎属性:このカードが戦闘によってモンスターを破壊した場合、
そのモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。
●光属性:1ターンに1度、自分の墓地の
光属性モンスター1体を選択して、自分フィールド上にセットできる。

「<ジェネクス>か……テルさんの言った通りだ」
 銀色の機械兵を見て治輝は感心していたが、輝王は創志のプレイングの浅さに頭を抱えたくなった。
 すでに、砂神の場には3体のモンスターが存在している。上級モンスターを呼び出されれば、<A・ジェネクストライフォース>は簡単に戦闘破壊されてしまうだろう。
「<トライフォース>は、シンクロ素材にしたモンスターの属性によって得られる効果が違うぜ。<ジェネクス・ニュートロン>は光属性……<トライフォース>の効果で、墓地から光属性モンスターを1体選択して、セットする!」
 創志が選んだのは、<ジェネクス・ニュートロン>。というかそれしか光属性モンスターがいない。
「……まさか、それで終わりじゃないだろうな?」
 輝王が声に怒気を含めつつ言うと、
「当然だろ! 永続魔法<マシン・デベロッパー>を発動して、ターンエンド!」

<マシン・デベロッパー>
永続魔法
フィールド上に表側表示で存在する
機械族モンスターの攻撃力は200ポイントアップする。
フィールド上に存在する機械族モンスターが破壊される度に、
このカードにジャンクカウンターを2つ置く。
このカードを墓地へ送る事で、このカードに乗っている
ジャンクカウンターの数以下のレベルを持つ
機械族モンスター1体を自分の墓地から選択して特殊召喚する。

 創志は「これで文句ないだろ」と言わんばかりに胸を張る。
「しばらく会わないうちに随分変わったな、皆本創志」
「そうか?」
 輝王は皮肉を言ったつもりだったが、創志には全く伝わっていないようだった。
 とにかく、これで全員の1ターン目が終了したことになる。
 ――ここからが、本番だ。

【砂神LP8000】 手札5枚
場:裏守備モンスター3体
【輝王LP4000】 手札3枚
場:裏守備モンスター、機甲部隊の最前線、伏せ1枚
【治輝LP4000】 手札6枚
場:裏守備モンスター、伏せ1枚
【創志LP4000】 手札2枚
場:A・ジェネクストライフォース(攻撃)、裏守備モンスター、マシン・デベロッパ

「ハハハハハ!! いい心意気だな、豚。貴様の蛮勇が、俺様の勝利をさらに確実なものとしたぞ」
 砂神の嘲笑が、夜の砂漠に木霊する。
 このターンから、各プレイヤーは攻撃行動が可能になる。
 支配者の狩りが、始まるのだ。
「俺様のターン、ドロー。永続魔法<冥界の宝札>を発動する」

<冥界の宝札>
永続魔法
2体以上の生け贄を必要とする生け贄召喚に成功した時、
デッキからカードを2枚ドローする。

(……やはり、アドバンス召喚を狙う気か)
 <冥界の宝札>を発動した以上、上級モンスターをアドバンス召喚してくるのは確実だ。
 問題は、それがどんなモンスターであるか――
 残忍な笑みを濃くした砂神が、5枚の手札の中から1枚を選び取る。
 その瞬間。

 ゾッ、と。

 輝王の全身を悪寒が駆け抜けた。
 心臓の鼓動が速くなっていく反面、巡る血は冷たい。
 恐怖。
 自分は、「何か」に対して恐怖を感じている。
 その何かが分からないまま、得体の知れない恐怖は輝王の心の内を支配していく。
 あれは、まずい――
「くっ……!」
 気付けば、輝王は弾かれるように動いていた。
「リバースカードオープン! 永続罠<エレメントチェンジ>を発動!」

<エレメントチェンジ>
永続罠(オリジナルカード)
発動時に1種類の属性を宣言する。
このカードがフィールド上に存在する限り、
相手フィールド上の全ての表側表示モンスターは自分が宣言した属性になる。

 明確な考えがあったわけではない。
 だが、このカードはこの瞬間に発動すべきだと、本能が訴えていた。
「輝王……!?」
 創志の声にハッとして、隣に視線を向ける。
 治輝は心臓の部分を右手で押さえており、創志の額からは冷や汗が流れている。治輝も、そして創志も、輝王と似たような錯覚を覚えていたようだ。
「<エレメントチェンジ>……そのカードは、確か相手フィールド上のモンスターの属性を変更する永続罠だったな」
「ああ。俺が指定する属性は光だ」
 輝王の統べる<AOJ>は光属性モンスターとの戦闘で効果を発揮するカードが多い。最初に<エレメントチェンジ>を引けたのは僥倖だった。
 しかし、そんな幸運など消し飛んでしまいそうな「何か」が、砂神から放たれている。
「俺様のモンスターが光を手にするか……滅多にないシチュエーションだ。楽しませてもらうぞ――」
 砂神がそう叫ぶのと同時。
 彼の場に存在する3体の裏守備モンスターが、黒い影に包まれる。
 そして、その影は無数の細い糸へと分解されていき、夜空に向かって昇り始める。
「俺様は3体のモンスターをリリース!」
 影が。
 一点に収束していく。
 天空を染め上げる夜の闇を吸い取るように、影の糸は集い、1つの形を作り出す。
 それは、黒い球体だ。
 光の存在を許さない、永久の闇。
 その姿はまるで――

「立場を自覚するといい。貴様らは、ただ狩られるだけの愚者でしかない! 現界せよ……<邪神アバター>!!」

 暗黒の、太陽だった。