オリジナルstage 【EP-01~EP-17】
飢えている。
渇いている。
どれほどの力を得ようとも、満たされることがない。
だが。
渇いている。
どれほどの力を得ようとも、満たされることがない。
だが。
「もうすぐで――」
飢餓に溢れた日常は、終わりを迎える。
目指す先に在るもの。
それは。
目指す先に在るもの。
それは。
「もうすぐで、僕は――」
狂える。
◆◆◆
「……あの高さから落ちたにしては、不思議なくらいに無事だ」
体の具合を確かめながら慎重に体を起こした治輝は、五体満足どころか痛みもほとんど無い状態に疑問を覚えていた。
蛍のような淡い光を放つ奇妙な壁。それを力づくで突破しようと攻撃を仕掛けたが、壁には傷一つ付かなかった。そして、その壁は破壊に失敗すると一番近くにいる人物を「落とす」罠が仕掛けられていた。
以前――こことは違う「異世界」で、治輝は同じような物を発見しており、その時もこうして落とし穴にはまったのだ。腰を盛大に打ち付けしばらく動けなくなり、戒斗に笑われたことをしっかり覚えている。
だから、今回はそんな醜態を晒さぬよう、落下中に体勢を整えて受け身を取ろうとしていたのだが……どうやらそれは不要だったようだ。
立ち上がった治輝は、服に付いた砂を払う。水分をほとんど含んでおらず、軽くて軟らかな砂だ。これがクッションになったのだろう。
(けど……それだけじゃ説明できない)
落下していた時間から考えると、かなりの高さから落ちてきたはずだ。柔らかな砂の上に落ちたから無事だった、だけでは納得できない。
地面に接触する直前、治輝の全身を奇妙な浮遊感が包んだ。落下の衝撃を殺すかのように突然起こった現象……あれは一体何だったのか。
(……ここは俺の知っている世界じゃない。考えるだけ無駄か)
「異世界」では、現実では考えられないような現象が度々起こった。いちいち原因を探求するのが馬鹿馬鹿しく思えるほどに、だ。なので、治輝は深く考えることをやめた。
治輝が落下した場所は、広大な砂漠だった。
天上に広がるのは、夜空だ。月はなく、ポツポツと光る僅かな星の光だけが、辺りを照らしている。あの空の上に神楽屋たちがいることは――まずないだろう。おそらく、どこかで別の空間に転送されたのだ。
見た限りでは、目立った建造物は見えない。どこまでも砂の大地が続いている。
「……夜の砂漠って、結構寒いんだな」
汗さえも蒸発してしまう灼熱のイメージが強い砂漠という土地だが、日中の気温差は激しく、夜は氷点下まで落ち込むところも存在する。治輝がいるこの場所はそこまで寒くはないものの、軽装では肌寒さを感じるくらいには冷えていた。
とりあえず、はぐれてしまった神楽屋たちと合流しなければならない。治輝は目の前にあった砂の丘に登り、もっと遠くまで見渡そうと目を凝らす。
ちょうどそのタイミングで、
「比良牙―! いるんだろ!? 出てきやがれ!」
誰かの怒声が響き渡った。
見れば、丘を下った先に、大きな試験管のような物体が横倒しになっていた。よく見れば、ゲームに出てくるようなワープ装置に見えなくもない。
そのワープ装置らしきものの上に乗って、大声で喚いている少年がいた。
「…………」
声をかけようかどうしようか迷っているうちに、少年の方が治輝を見つけたようだ。
素早く装置の上から飛び降りると、だだだっ! とこちらに向かって丘を上ってくる。
(敵……ってわけじゃなさそうだな)
そうは思いつつも警戒は怠らない。
すぐにデュエルディスクを展開できるよう身構えていると、駆けあがってきた少年は息を切らせながら治輝の両肩を掴み、
「なあ、この辺で比良牙ってヤツを見かけなかったか!?」
挨拶も無しに、いきなり問いを投げつけてきた。
「……ヒラガ? 聞いたことのない名前だな。どんな奴だ?」
「陰険でムカつく野郎だ! 俺をこんなところに飛ばしやがって……」
「えーと、それじゃわからん。具体的な容姿とかを教えてくれないか?」
「……信じてもらえないかもしれねえけど、人の大きさくらいのからくり人形なんだ――ってあれは遠くから操ってただけか。ってなると……あれ? 比良牙ってどんなヤツなんだ?」
言いながらうんうん考え始める少年。
ヒラガという人物に心当たりはないが、それよりも気になることがあった。
「ちょっと話を戻していいか? こんなところに飛ばされた、って言ってたが、一体どこから――」
「そうだよ! 早いとこ戻らねえと、かづな達が危ねえんだ!」
体の具合を確かめながら慎重に体を起こした治輝は、五体満足どころか痛みもほとんど無い状態に疑問を覚えていた。
蛍のような淡い光を放つ奇妙な壁。それを力づくで突破しようと攻撃を仕掛けたが、壁には傷一つ付かなかった。そして、その壁は破壊に失敗すると一番近くにいる人物を「落とす」罠が仕掛けられていた。
以前――こことは違う「異世界」で、治輝は同じような物を発見しており、その時もこうして落とし穴にはまったのだ。腰を盛大に打ち付けしばらく動けなくなり、戒斗に笑われたことをしっかり覚えている。
だから、今回はそんな醜態を晒さぬよう、落下中に体勢を整えて受け身を取ろうとしていたのだが……どうやらそれは不要だったようだ。
立ち上がった治輝は、服に付いた砂を払う。水分をほとんど含んでおらず、軽くて軟らかな砂だ。これがクッションになったのだろう。
(けど……それだけじゃ説明できない)
落下していた時間から考えると、かなりの高さから落ちてきたはずだ。柔らかな砂の上に落ちたから無事だった、だけでは納得できない。
地面に接触する直前、治輝の全身を奇妙な浮遊感が包んだ。落下の衝撃を殺すかのように突然起こった現象……あれは一体何だったのか。
(……ここは俺の知っている世界じゃない。考えるだけ無駄か)
「異世界」では、現実では考えられないような現象が度々起こった。いちいち原因を探求するのが馬鹿馬鹿しく思えるほどに、だ。なので、治輝は深く考えることをやめた。
治輝が落下した場所は、広大な砂漠だった。
天上に広がるのは、夜空だ。月はなく、ポツポツと光る僅かな星の光だけが、辺りを照らしている。あの空の上に神楽屋たちがいることは――まずないだろう。おそらく、どこかで別の空間に転送されたのだ。
見た限りでは、目立った建造物は見えない。どこまでも砂の大地が続いている。
「……夜の砂漠って、結構寒いんだな」
汗さえも蒸発してしまう灼熱のイメージが強い砂漠という土地だが、日中の気温差は激しく、夜は氷点下まで落ち込むところも存在する。治輝がいるこの場所はそこまで寒くはないものの、軽装では肌寒さを感じるくらいには冷えていた。
とりあえず、はぐれてしまった神楽屋たちと合流しなければならない。治輝は目の前にあった砂の丘に登り、もっと遠くまで見渡そうと目を凝らす。
ちょうどそのタイミングで、
「比良牙―! いるんだろ!? 出てきやがれ!」
誰かの怒声が響き渡った。
見れば、丘を下った先に、大きな試験管のような物体が横倒しになっていた。よく見れば、ゲームに出てくるようなワープ装置に見えなくもない。
そのワープ装置らしきものの上に乗って、大声で喚いている少年がいた。
「…………」
声をかけようかどうしようか迷っているうちに、少年の方が治輝を見つけたようだ。
素早く装置の上から飛び降りると、だだだっ! とこちらに向かって丘を上ってくる。
(敵……ってわけじゃなさそうだな)
そうは思いつつも警戒は怠らない。
すぐにデュエルディスクを展開できるよう身構えていると、駆けあがってきた少年は息を切らせながら治輝の両肩を掴み、
「なあ、この辺で比良牙ってヤツを見かけなかったか!?」
挨拶も無しに、いきなり問いを投げつけてきた。
「……ヒラガ? 聞いたことのない名前だな。どんな奴だ?」
「陰険でムカつく野郎だ! 俺をこんなところに飛ばしやがって……」
「えーと、それじゃわからん。具体的な容姿とかを教えてくれないか?」
「……信じてもらえないかもしれねえけど、人の大きさくらいのからくり人形なんだ――ってあれは遠くから操ってただけか。ってなると……あれ? 比良牙ってどんなヤツなんだ?」
言いながらうんうん考え始める少年。
ヒラガという人物に心当たりはないが、それよりも気になることがあった。
「ちょっと話を戻していいか? こんなところに飛ばされた、って言ってたが、一体どこから――」
「そうだよ! 早いとこ戻らねえと、かづな達が危ねえんだ!」
「――――」
かづな。
何度も聞いたはずのその名前は、遥か彼方で響いているような感じがした。
珍しい名前だし、おそらく治輝の記憶にある少女と同一人物だろう。 ――色んなものを押し付けてしまった、女の子。 (……落ち着け) まずは、少年から詳しい事情を聞き出さなければならない。 浮足立つ心を抑えながら、まずは少年に対して冷静になるよう促そうとするが、 「――お喋りはそこまでですよ」
新たに響いた声が、それを遮った。
治輝が、やや遅れて少年が、声のした方に振り返ってみると、そこには見覚えのある青年が立っていた。 「お前は……」 一見すると、気の弱そうな風貌。 しかし、その裏には得体の知れない「怖さ」を隠している。 治輝は、「怖さ」の片鱗を体感していた。 そう。 この世界に飛ばされる直前に。 「余興はここまでです。いい加減僕も焦れてきました」 最早隠す気もないのか、青年からは濃い殺気が全方位に向けて放たれている。 その左腕には、髑髏の装飾があしらわれた漆黒のデュエルディスクが装着されており、死神が持つ命を狩り取る鎌を連想させた。 「……何だよ、テメエは」 かづなの知り合いらしき少年は、彼のことを知らないようだ。 だが、治輝にとってはずっと探していた人物である。 「焦れてきた、か。その言葉、そっくりそのまま返す」 殺気に気圧されないよう緊張感を高めながら、治輝は言葉を放つ。 「お前には聞きたいことが山ほどあるんだ。どうして俺たちをこの世界に飛ばした? 俺や戒斗の他に、どれほどの人を巻き込んだ?」 青年が発動した<次元誘爆>。それが引き起こした現象により、治輝はこの世界に飛ばされた。 神楽屋や少年の話からすると、他にも同じように飛ばされた人間がいるらしい。 理由は知らない。 いや。 理由は大した問題ではない。 「答えろ……!」 どんな理由であれ、七水たちを危険な目に合わせた。それを許すことはできない。 すると、青年はうつむき、くっくっくっと含み笑いを漏らしてから、 「――答える必要はない」
一刀両断に切り捨てた。
そして、前髪をかき上げながら、芝居のように大げさに上半身を起こす。 それだけの動作で、青年の雰囲気が一変する。 今までは裏に隠れていた「怖さ」が、前面に押し出ている。 何かに飢えた瞳がギラリと光り、握った右拳がバキバキと音を立てる。眉毛は無く、不気味なほど白い肌が、微かな明かりの元に浮かび上がる。 「貴様らは俺様の『贄』だ。黙って俺様に搾取されていればいい」 言葉遣いも変わっている。まるで、人格が入れ替わってしまったかのようだ。 「テメエは……! あの時の!」 少年が何かに気付いたようだが、青年はそれを無視し、 「さあ、始めようか――最後の晩餐を」 両手を広げ、高らかに宣言する。 「まずは前菜だ。精々俺様を楽しませるんだな。時枝治輝、皆本創志、そして――」 言葉を切った青年は、視線を後方に投げ、ニヤリと口元を歪める。 「輝王正義」
その名前が告げられた瞬間、黒のコートを纏った長髪の男が姿を現した。
|
「お前が『主』か?」
「見て分かるようなことをわざわざ問うなグズが。俺様以外ありえんだろう? 異世界ひとつを作り上げるほどの強大な力を持ったデュエリストは」 創志と治輝の横を通り過ぎ、前に進み出た輝王を、青年は一蹴する。 「それとも、俺様の見込み違いだったか? 貴様は俺様の殺気すら感じ取れない豚以下の存在だったのか? それでは前菜にすらならんぞ」 あからさまに見下すような視線を向けた青年は、薄く笑う。 「……自分の力に酔ってるな。それじゃ足元をすくわれるぞ」 「酔いもするだろう、時枝治輝。世界を作り上げるということは、神に等しい力を持たなければ達することのできない偉業だ。それほどの力を持ちながら自分に酔いしれることのできない者など、己の存在を自覚できないただの阿呆だ」 「……口だけは達者だな。比良牙の野郎の上司、ってのも納得がいくぜ」 「本当にそう思っているなら、貴様の言葉をそっくり返させてもらうぞ。皆本創志」 言い返され、創志はぐうと押し黙る。 彼も気づいているのだ。青年が発する異常なまでの殺気に。 「くだらない問答は終わりだ。俺様は獲物を目の前にして我慢できるほど、利口な人間ではないのでな」 そう言って、この世界の「主」である青年は、輝王たちに背を向ける。無防備な背中を晒すことに、微塵も恐怖を感じていないようだった。 青年が離れたタイミングを見計らって、 「……お前もこっちに飛ばされてたんだな、輝王」 創志が口を開いた。しかしその視線は、青年の背中を見つめたままだ。間近にある脅威から視線を逸らさないくらいには、成長したということだろう。 「ティト・ハウンツとはすでに合流した。彼女は無事だ」 「……久々に会って最初に言うことがそれかよ」 「違ったか? お前が一番気になっているのは、彼女の安否だと思ってな」 「ティトは俺より強いんだから心配なんてしてねえよ」 そう言いつつも、創志の表情には安堵の色が広がっている。やはり心のどこかでは不安だったのだろう。確かにティト・ハウンツは強いが、人間性の部分で見れば、まだまだ未熟だ。 「……どうやらそっちの2人は知り合いみたいだな。ってことは、俺の自己紹介が必要か」 ふう、と息を吐いて必要以上の緊張を解いた少年――いや、青年と表すべきだろうか。その境目を複雑に体現しているような男が、創志と輝王の顔を順繰りに見てから、 「俺の名前は時枝治輝。えっと……とりあえずデュエリストだ」 自らの名を告げた。自分のことをどうやって表せばいいか、適当な言葉が見つからなかったようだが。 「時枝治輝!? じゃあ、アンタがかづなの言ってた――」 治輝の自己紹介に、創志が興味津々といった感じですぐさま反応するが、輝王は右手を振るってそれを制する。 「詳しい話は後だ。『主様』とやらが待ちわびているようだぞ」 輝王たちから適当な距離を取ってこちらに振り返った青年は、すでに漆黒のデュエルディスクを展開させていた。それは、彼が臨戦態勢に入っていることを示している。 「奴の狙いは、俺たちからサイコパワーを吸収することだろう。根こそぎな」 「だと思ったぜ。輝王がそう言うなら、俺の推測も間違ってなかったってことだ」 「サイコパワー……それがあいつの言う『力』ってことか。だから七水は……」 それぞれの感想を口にしながらも、3人はデュエルディスクを展開する。 「……ん? でも待てよ。輝王ってサイコデュエリストじゃねえよな。サイコパワーを奪うのがアイツの目的なら、どうしてお前がここにいるんだよ?」 「……確かに俺はサイコデュエリストではないが、今はそれに類似する力を持っている。さらに言えば――」 輝王はそこで言葉を切り、治輝へと視線を向ける。もし、彼が戒斗や愛城の知り合いならば、彼も同じように強力な力を持っているのだろうか。 (……いや。詮索すべきではないな) それに、今はそんな状況ではない。他ならぬ自分が口にした言葉だ。 「――主が言っただろう。俺たちは『前菜』だと。俺と行動を共にしていた3人……ティト・ハウンツ、永洞戒斗、それに愛城は、全員が強大な力を持ったデュエリストだ。おそらく、彼らが『メインディッシュ』なのだろう」 「……戒斗のやつはともかく、愛城までこっちに飛ばされてたのか」 愛城の名前を聞いた途端、治輝が渋い表情を見せる。知り合いだという推測は間違っていなかったようだが、あまりいい関係ではないらしい。 「ムカツクぜ。確かに俺のサイコパワーは弱いけど、はなっから前座扱いされるのは納得いかねえ」 「なら、それをデュエルで証明するしかないってことだ」 「時枝の言うとおりだな。奴には何を言ったところで届きはしない」 届くのは、己の力のみ。 望むところだ、と輝王は瞳に闘志をたぎらせる。それは、他の2人も同じだった。 「――この世への別れは済ませたか? 狩りを始めるぞ!」 輝王正義、皆本創志、時枝治輝――それぞれが見せる戦いへの意思を感じ取った青年が、高らかに宣言する。 その残響が夜の砂漠を支配する中で、 「――最後に1つだけ訊いていいか!」 声を張り上げたのは、治輝だった。 治輝は青年の返事を待たずに、続ける。 「お前の名前を訊きたい!」
問うたのは、この異世界を作り出した主であり、七水を危険な目にあわせた黒幕であり、これから戦う相手である青年の名前。
唐突な発言に、輝王は呆気に取られる。それは創志も同じようだった。 さすがの青年もこの問いには意表を突かれたようで、一瞬だけ動きを止めた後、盛大に高笑いしてから口を開く。 「……砂神緑雨(すなかみりょくう)だ。最も、名前などすぐに意味を失くすがな」
これまで輝王たちの問いを一蹴してきた青年――砂神緑雨は、治輝の問いに真っ向から答えた。
「幸運に思え。貴様らが、この名を記憶する最後の人間だ」 そう言って、砂神は口の端を釣り上げる。 「……なあ、時枝。何であいつの名前なんて訊いたんだ?」 治輝の隣に並んだ創志が、落ち着いた声で告げる。治輝の意図がまるっきり理解できないというよりも、何かに気づきつつもあえて問いかけているような感じだった。 「……色々あってさ。デュエルをする相手のことは、なるべく知りたいと思ったんだ。こうして言葉を交わせるなら、せめて――名前くらいは」 治輝の視線は、砂神を通り越して、どこか遠くを見ているように感じられる。 すると、治輝は一歩前に進み出て、くるりとこちらに振り返る。 そして、気恥ずかしそうな笑みを浮かべながら、 「ついでに、2人の名前も教えてくれないか? いや、テルさんから話は聞いてるから、何となくは分かるんだけど……」 バツが悪そうに言った。 思わず、輝王は創志と顔を見合わせる。 そういえば、自分たちの自己紹介を忘れてしまっていた。 今までは緊張感に満ちていた心の底から、不思議と可笑しさがこみ上げてきて、輝王は微かに笑ってしまった。 「……はははっ、悪い悪い。俺たちの自己紹介がまだだったよな」 笑いながら頭を掻いた創志は、背筋をピンと伸ばしてから、告げる。 神を真似た暴挙が、出会うはずのなかった3人を、引き合わせた
|
■変則タッグデュエルルール □フィールド・墓地はシングル戦と同じく個別だが、以下の事項は行うことができる。 ・自チームのモンスターをリリース、シンクロ素材にすること。 ・「自分フィールド上の~」という記述のあるカード効果を、自チームのモンスターを対象に発動すること。 ・自チームの伏せカードは、通常魔法・通常罠に限り、伏せたプレイヤー以外のプレイヤーでも発動可能。 ・自チームのプレイヤーへの直接攻撃を、自分のモンスターでかばうこと。 □全てのプレイヤーが最初のターンを終えるまで、攻撃を行うことはできない。 □ターンは、砂神→輝王→砂神→治輝→砂神→創志……の順で処理する。 □ライフは個別制で、0になったプレイヤーは脱落し、フィールド上に残っていたカードは消滅する。基本ライフは4000。砂神は8000。 □バーンダメージは1人を対象として通常通り処理する。 「ルールは理解したか? 最も、理解できていなくても同じ説明を二度する気はないがな」
「大丈夫か? 皆本創志」 「何で俺だけ確認すんだよ!」 創志が憤慨するが、何もこれは創志をバカにしたわけではなく、輝王の知る限りでは彼に変則タッグデュエルの経験がなかったからだ。輝王は、以前に友永切とタッグを組み、勝利を収めたことがある。 輝王は知らなかったが、治輝にも同様の経験がある。つい先ほど、神楽屋輝彦とタッグを組んだデュエルで勝利したばかりだ。 (……厄介なのは、今回は3対1だということだな) ライフが個別性ということもあり、ライフ総数で上回り、3人で戦える輝王たちが有利なように見えるが、そうではない。 輝王、治輝、創志がそれぞれ1ターンを終えた段階で、砂神は3ターン分の行動を終えていることになる。腕の立つデュエリストにとって、3ターンの猶予はとても大きい。デッキの回り方によっては、1人くらいは楽に葬れるだろう。 攻撃可能になった最初のターン。そこを凌げなければ、この変則タッグデュエルで勝つことは難しい。 (気になるのは、時枝のデッキか) 創志のデッキは、輝王の記憶のままならば<ジェネクス>のはずだ。輝王のデッキである<AOJ>と同じ、機械族を主体としたデッキであり、かなりのシナジーが見込める。治輝のデッキも機械族であれば、速度的な劣勢を幾分か覆せるかもしれないが―― 輝王がこれからのデュエルに思考を巡らせていると、突然足元の地面が揺れ始めた。 「地震……!?」 治輝が訝しげな声を上げる。最初は微弱だった揺れが徐々に強くなっていき、いつしか立っているほどが困難なほどの強い揺れが、輝王たちを襲った。 「これは――!?」 ただ揺れているわけではない。見れば、砂神の足元がせり上がっていく。 その光景は、まるで砂神が夜空――天上に存在する「神の世界」から引き寄せられているようだった。 揺れが激しくなるにつれて、砂神の足元から姿を現していくものがある。 それは、古代エジプトで王の墓として建てられた建造物だ。 ピラミッド―― エジプトに現存するそれと比べると小さいが、確かにそれは古代の王が眠るために建てられたものと同じだ。その頂点に在る足場に、砂神は悠然と立っている。 ピラミッドが完全に上昇を終えると、揺れが収まる。体勢を整えた輝王は、砂神に鋭い視線を向けた。 「ハハハ、いい景色だな。これが、俺様と貴様らの格の違いだ」 支配者ゆえの傲慢を顔面に貼り付けた砂神は、腹の底から笑い声を上げる。 「……つくづくムカつく野郎だぜ」 「同感だな。さっさとあいつを有頂天から引きずり降ろそう」 創志と治輝が小声で囁き合う。2人とも、砂神の殺気に気圧されていることはなさそうだ。 「――では、俺様の先攻から始めさせてもらうぞ!!」 砂神がカードをドローしたことを合図に、戦いの火蓋は切って落とされた。 「モンスターをセットして、俺様のターンは終了だ」
「……俺のターンだ。ドロー」 ピラミッドの頂上で悠々とこちらを見下ろす砂神の態度に、輝王は舌打ちを漏らしそうになる。 (奴がどんなデッキを使ってくるかは分からないが、このターンで出来る限りの準備を整えておかなければならない) 3ターンもの猶予があれば、大型モンスターの1体や2体を並べることなどたやすい。迎撃・妨害用の魔法・罠もふんだんに揃えられるだろうし、まさに万全といった体勢で初撃を加えてくるはずだ。 「モンスターをセット。カードを1枚伏せ、永続魔法<機甲部隊の最前線>を発動する」 <機甲部隊の最前線> 永続魔法 機械族モンスターが戦闘によって破壊され自分の墓地へ送られた時、 そのモンスターより攻撃力の低い、 同じ属性の機械族モンスター1体を自分のデッキから特殊召喚する事ができる。 この効果は1ターンに1度しか使用できない。 「ほう? 壁を切らさないための保険か。つくづく死ぬのが怖いと見えるな」
「……ターンエンドだ」 砂神の戯言を聞き流し、輝王はターンを終了する。 <機甲部隊の最前線>は、機械族モンスターが戦闘で破壊された時、そのモンスターよりも攻撃力の低い同じ属性の機械族モンスターを特殊召喚できる永続魔法だ。 カード効果による除去には対応していないが、こちらの攻撃が失敗し返り討ちにあった場合の保険としても機能する。 (相手の攻撃チャンスは俺たちよりも圧倒的に多いだろう。少ない反撃の機会を逃さないためにも、モンスターを切らさないことは重要だ) 加えて、創志のターンが終了するまでは攻撃ができない。相手にプレッシャーをかけるような永続効果を持つようなモンスターがいないならば、わざわざ攻勢に出ることもない。 「なら、俺様のターン。モンスターをセットし、ターンを終了する」 前のターンと同じく裏守備モンスターをセットした砂神は、そのままターンを終える。 「隙だらけの獲物が間抜け面で闊歩しているというのに、狩りを始められないとは……もどかしいものだな、デュエルモンスターズというのは」 「……テメエがこのデュエルのルールを決めたんじゃねえかよ」 「何か言ったか? 皆本創志。俺様に対して暴言を吐いたような気がしたのだが」 「いーや、何でも」 ピラミッドの頂上にいる砂神とこちらの距離はかなり離れているはずだが、声はしっかりと聞こえているらしい。 「次は俺のターンだな」 場を仕切り直すように言った治輝が、静かにカードをドローする。 「よく分からない手札って感じだけど……まずは<調和の宝札>を発動。手札の<ドラグニティ―ファランクス>を捨て、デッキからカードを2枚ドローする」 <調和の宝札> 通常魔法 手札から攻撃力1000以下のドラゴン族チューナー1体を捨てて発動する。 自分のデッキからカードを2枚ドローする。 治輝のプレイングに、輝王はピクリと反応する。
「……時枝のデッキは<ドラグニティ>か」 それは、輝王の親友が使っていたデッキであり――つい先程まで自分が手にしていたデッキでもある。高良以外の人間が<ドラグニティ>を使っているのを見るのは、これが初めてだ。 「確かに<ドラグニティ>のカードは入っているけど、純粋な<ドラグニティ>とはちょっと違うかな。そっちのデッキとは連携が取り辛そうだ。悪い」 「気にするな。大した問題じゃない」 「……そっか。なら、遠慮なく行かせてもらうぜ! <超再生能力>を発動して――<魔法石の採掘>を発動! 手札を2枚捨てて、墓地から<超再生能力>を回収して、そのまま発動する! 手札から捨てたのは<デス・ヴォルストガルフ>と<洞窟に潜む竜>……両方ともドラゴン族モンスターだ」 <超再生能力> 速攻魔法 このカードを発動したターンのエンドフェイズ時、 このターン自分が手札から捨てたドラゴン族モンスター、 及びこのターン自分が手札・フィールド上からリリースした ドラゴン族モンスターの枚数分だけ、 自分のデッキからカードをドローする。 <魔法石の採掘> 通常魔法(準制限カード) 手札を2枚捨て、自分の墓地の魔法カード1枚を選択して発動する。 選択したカードを手札に加える。 目まぐるしく動く治輝の場に、隣の創志が呆気に取られたようにポカンと口を開けて立っている。
「え、えっと。つまりどういうことなんだ?」 「時枝がこのターン手札から捨てたドラゴン族は3体。つまり、<超再生能力>2枚分の効果で、エンドフェイズに6枚のドローが確定しているということだ」 「あくまで現時点ではな」と付け加えつつ輝王が説明を終えると、創志は目を丸くして、 「な、何だよそれ!? アドバンテージをバカにしてんのか!?」 ぎゃあぎゃあと騒ぎ始める。すぐに手札を切らす創志にとっては、6枚もドローできるカードがあることなど信じられないのだろう。 「……そのセリフ流行ってるのか? とりあえず、俺はモンスターをセット。カードを1枚伏せてターンを終了する。そして、エンドフェイズに<超再生能力>の効果で6枚のカードをドローだ」 モンスターと伏せカードのセットで一旦はゼロになった治輝の手札だが、6枚のドローで瞬く間に補充される。加えて、墓地からの特殊召喚が容易な<ドラグニティ―ファランクス>を墓地に送っている。 (勝利への可能性は自らの手で引き寄せる、か。高良とは真逆のデュエリストだな) 良くも悪くも、高良のデュエルは運頼みな部分が多かった。まあその運頼みなドローで逆転のカードを引いてしまうのだから、強さは本物だったのだが。 「随分張り切るな、時枝治輝」 「そう見えたならお生憎様だ。俺はいつも通りのデュエルをしてるつもりなんだけどな」 「……ほざけ。俺様はモンスターをセットしてターンエンドだ」 これで、砂神の場に伏せモンスターが3体。魔法・罠カードの伏せはないが、不気味な雰囲気を漂わせている。 それに触発されたのか、それとも治輝に対抗したのか―― 「俺も最初から飛ばさせてもらうぜ! ドロー!」 無駄に張りきった創志の姿を見て、輝王は嫌な予感がした。 「<ジェネクス・ニュートロン>を召喚だ!」 このデュエルで始めて姿を現したモンスターは、漆黒の装甲を纏った人型のロボットだ。 <ジェネクス・ニュートロン> 効果モンスター 星4/光属性/機械族/攻1800/守1200 このカードが召喚に成功した場合、 そのターンのエンドフェイズ時に自分のデッキから 機械族のチューナー1体を手札に加える事ができる。 「そして、<二重召喚>を発動! このターン、俺はもう一度だけ通常召喚を行うことができる! 頼むぜ、相棒! <ジェネクス・コントローラー>を召喚だ!」
<二重召喚> 通常魔法 このターン自分は通常召喚を2回まで行う事ができる <ジェネクス・コントローラー> チューナー(通常モンスター) 星3/闇属性/機械族/攻1400/守1200 仲間達と心を通わせる事ができる、数少ないジェネクスのひとり。 様々なエレメントの力をコントロールできるぞ。 息つく間もなく、創志が2体目のモンスター――<ジェネクス・コントローラー>を召喚する。
「行くぜ! レベル4の<ジェネクス・ニュートロン>にレベル3の<ジェネクス・コントローラー>をチューニング!」 「なっ……!?」 光に包まれる2体の<ジェネクス>を見て、輝王は絶句する。 「おい! 何をやっている皆本創志!!」 <ジェネクス・ニュートロン>は、召喚に成功したターンのエンドフェイズにデッキから機械族のチューナーモンスターを手札に加える効果を持つ。その効果は、召喚したターンのエンドフェイズまで<ジェネクス・ニュートロン>が表側表示で存在していることが発動条件だ。相手からの妨害が無いこの状況なら、発動させない理由はない。 にも関わらず、創志はシンクロ召喚を行おうとしている。わざわざ<二重召喚>を消費してまで、このターンにシンクロモンスターを呼び出す理由は薄い。 「心配すんな輝王! 俺にだって考えくらいあるっての!」 その考えとやらをここで洗いざらい吐いてほしかったが、自信満々な創志の笑顔を見ていると、反論を呑みこまざるを得なかった。 「残された結晶が、新たな力を呼び起こす! 集え、3つの魂よ! シンクロ召喚――その力を示せ! <A・ジェネクス・トライフォース>!」 シンクロ召喚のエフェクト光が四散し、鋭角的なフォルムの機械兵がフィールドに降り立つ。銀色の装甲が星の明かりを受けて微かに輝き、3つの砲口を持つ特異な形の砲撃ユニットが、<A・ジェネクス・トライフォース>の存在感を強調する。
<A・ジェネクス・トライフォース> シンクロ・効果モンスター 星7/闇属性/機械族/攻2500/守2100 「ジェネクス」と名のついたチューナー+チューナー以外のモンスター1体以上 このカードがシンクロ素材としたチューナー以外の モンスターの属性によって、このカードは以下の効果を得る。 ●地属性:このカードが攻撃する場合、 相手はダメージステップ終了時まで魔法・罠カードを発動できない。 ●炎属性:このカードが戦闘によってモンスターを破壊した場合、 そのモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。 ●光属性:1ターンに1度、自分の墓地の 光属性モンスター1体を選択して、自分フィールド上にセットできる。 「<ジェネクス>か……テルさんの言った通りだ」
銀色の機械兵を見て治輝は感心していたが、輝王は創志のプレイングの浅さに頭を抱えたくなった。 すでに、砂神の場には3体のモンスターが存在している。上級モンスターを呼び出されれば、<A・ジェネクス・トライフォース>は簡単に戦闘破壊されてしまうだろう。 「<トライフォース>は、シンクロ素材にしたモンスターの属性によって得られる効果が違うぜ。<ジェネクス・ニュートロン>は光属性……<トライフォース>の効果で、墓地から光属性モンスターを1体選択して、セットする!」 創志が選んだのは、<ジェネクス・ニュートロン>。というかそれしか光属性モンスターがいない。 「……まさか、それで終わりじゃないだろうな?」 輝王が声に怒気を含めつつ言うと、 「当然だろ! 永続魔法<マシン・デベロッパー>を発動して、ターンエンド!」 <マシン・デベロッパー> 永続魔法 フィールド上に表側表示で存在する 機械族モンスターの攻撃力は200ポイントアップする。 フィールド上に存在する機械族モンスターが破壊される度に、 このカードにジャンクカウンターを2つ置く。 このカードを墓地へ送る事で、このカードに乗っている ジャンクカウンターの数以下のレベルを持つ 機械族モンスター1体を自分の墓地から選択して特殊召喚する。 創志は「これで文句ないだろ」と言わんばかりに胸を張る。
「しばらく会わないうちに随分変わったな、皆本創志」 「そうか?」 輝王は皮肉を言ったつもりだったが、創志には全く伝わっていないようだった。 とにかく、これで全員の1ターン目が終了したことになる。 ――ここからが、本番だ。 「ハハハハハ!! いい心意気だな、豚。貴様の蛮勇が、俺様の勝利をさらに確実なものとしたぞ」
砂神の嘲笑が、夜の砂漠に木霊する。 このターンから、各プレイヤーは攻撃行動が可能になる。 支配者の狩りが、始まるのだ。 「俺様のターン、ドロー。永続魔法<冥界の宝札>を発動する」 <冥界の宝札> 永続魔法 2体以上の生け贄を必要とする生け贄召喚に成功した時、 デッキからカードを2枚ドローする。 (……やはり、アドバンス召喚を狙う気か)
<冥界の宝札>を発動した以上、上級モンスターをアドバンス召喚してくるのは確実だ。 問題は、それがどんなモンスターであるか―― 残忍な笑みを濃くした砂神が、5枚の手札の中から1枚を選び取る。 その瞬間。 ゾッ、と。
輝王の全身を悪寒が駆け抜けた。
心臓の鼓動が速くなっていく反面、巡る血は冷たい。 恐怖。 自分は、「何か」に対して恐怖を感じている。 その何かが分からないまま、得体の知れない恐怖は輝王の心の内を支配していく。 あれは、まずい―― 「くっ……!」 気付けば、輝王は弾かれるように動いていた。 「リバースカードオープン! 永続罠<エレメントチェンジ>を発動!」 <エレメントチェンジ> 永続罠(オリジナルカード) 発動時に1種類の属性を宣言する。 このカードがフィールド上に存在する限り、 相手フィールド上の全ての表側表示モンスターは自分が宣言した属性になる。 明確な考えがあったわけではない。
だが、このカードはこの瞬間に発動すべきだと、本能が訴えていた。 「輝王……!?」 創志の声にハッとして、隣に視線を向ける。 治輝は心臓の部分を右手で押さえており、創志の額からは冷や汗が流れている。治輝も、そして創志も、輝王と似たような錯覚を覚えていたようだ。 「<エレメントチェンジ>……そのカードは、確か相手フィールド上のモンスターの属性を変更する永続罠だったな」 「ああ。俺が指定する属性は光だ」 輝王の統べる<AOJ>は光属性モンスターとの戦闘で効果を発揮するカードが多い。最初に<エレメントチェンジ>を引けたのは僥倖だった。 しかし、そんな幸運など消し飛んでしまいそうな「何か」が、砂神から放たれている。 「俺様のモンスターが光を手にするか……滅多にないシチュエーションだ。楽しませてもらうぞ――」 砂神がそう叫ぶのと同時。 彼の場に存在する3体の裏守備モンスターが、黒い影に包まれる。 そして、その影は無数の細い糸へと分解されていき、夜空に向かって昇り始める。 「俺様は3体のモンスターをリリース!」 影が。 一点に収束していく。 天空を染め上げる夜の闇を吸い取るように、影の糸は集い、1つの形を作り出す。 それは、黒い球体だ。 光の存在を許さない、永久の闇。 その姿はまるで―― 「立場を自覚するといい。貴様らは、ただ狩られるだけの愚者でしかない! 現界せよ……<邪神アバター>!!」
暗黒の、太陽だった。
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<邪神アバター> 効果モンスター 星10/闇属性/悪魔族/攻 ?/守 ? このカードは特殊召喚できない。 自分フィールド上に存在するモンスター3体を 生け贄に捧げた場合のみ通常召喚する事ができる。 このカードが召喚に成功した場合、相手ターンで数えて2ターンの間、 相手は魔法・罠カードを発動できない。 このカードの攻撃力・守備力は、フィールド上に表側表示で存在する 「邪神アバター」を除く、攻撃力が一番高いモンスターの 攻撃力+100ポイントの数値になる。
「<邪神アバター>……!?」
戒斗の持つ<幻魔皇ラビエル>。
愛城の持つ<アルカナフォースEX>。
それらのモンスターと同じ、3体の供物を必要とするモンスター。
邪を司る、神。
「神の名を冠するモンスターか……こいつは……」
治輝が呻く。このタッグデュエルのルールなら、厳しい召喚条件を持つモンスターの召喚も容易だったわけだ。
「俺様は<冥界の宝札>の効果でカードを2枚ドローし――さあ! 力を映す鏡となれ! <邪神アバター>!」
そして、変化が始まる。
漆黒の太陽の姿がぐにゃりと歪み、徐々にその形を変えていく。
「あれは――!?」
鋭角的なフォルムと、右腕に装着した特徴的な形の砲撃ユニット。
「俺の<A・ジェネクス・トライフォース>!?」
創志の言うとおり、その姿は紛れもなく<A・ジェネクス・トライフォース>だった。
しかし、その色は銀ではなく、黒。
「<邪神アバター>の攻撃力・守備力は、フィールド上に存在する攻撃力の一番高いモンスターの攻撃力+100になる。貴様が<A・ジェネクス・トライフォース>を召喚してくれなければ、<アバター>は機能しなかった。礼を言うぞ、皆本創志」
「くそっ……!」
現在、<A・ジェネクス・トライフォース>の攻撃力は、<マシン・デベロッパー>によって200ポイント上昇しているため、2700。
<邪神アバター>の攻守は、それを100ポイント上回る2800になる。
「さらに、<アバター>の召喚に成功した場合、相手ターンで数えて2ターンの間、魔法・罠の発動を封じられるが……すでに発動している永続魔法・罠を無効にすることはできない。その判断力は褒めてやろう、輝王正義」
「…………」
あの時輝王が<エレメントチェンジ>を発動していなければ、こちらの動きを封じられていた。自分の本能もまだまだ捨てたものではないと微かな喜びを覚えるが、状況は悪い。
「……次の俺のターンまで、魔法・罠の発動はできないってことか」
治輝の言葉に、輝王は頷く。
<邪神アバター>の効果を見るに、戦闘で倒すことは不可能だろう。ならば、カードの効果で破壊するしかない。魔法・罠を封じられたなら、モンスター効果を使うまでだ。
戒斗の持つ<幻魔皇ラビエル>。
愛城の持つ<アルカナフォースEX>。
それらのモンスターと同じ、3体の供物を必要とするモンスター。
邪を司る、神。
「神の名を冠するモンスターか……こいつは……」
治輝が呻く。このタッグデュエルのルールなら、厳しい召喚条件を持つモンスターの召喚も容易だったわけだ。
「俺様は<冥界の宝札>の効果でカードを2枚ドローし――さあ! 力を映す鏡となれ! <邪神アバター>!」
そして、変化が始まる。
漆黒の太陽の姿がぐにゃりと歪み、徐々にその形を変えていく。
「あれは――!?」
鋭角的なフォルムと、右腕に装着した特徴的な形の砲撃ユニット。
「俺の<A・ジェネクス・トライフォース>!?」
創志の言うとおり、その姿は紛れもなく<A・ジェネクス・トライフォース>だった。
しかし、その色は銀ではなく、黒。
「<邪神アバター>の攻撃力・守備力は、フィールド上に存在する攻撃力の一番高いモンスターの攻撃力+100になる。貴様が<A・ジェネクス・トライフォース>を召喚してくれなければ、<アバター>は機能しなかった。礼を言うぞ、皆本創志」
「くそっ……!」
現在、<A・ジェネクス・トライフォース>の攻撃力は、<マシン・デベロッパー>によって200ポイント上昇しているため、2700。
<邪神アバター>の攻守は、それを100ポイント上回る2800になる。
「さらに、<アバター>の召喚に成功した場合、相手ターンで数えて2ターンの間、魔法・罠の発動を封じられるが……すでに発動している永続魔法・罠を無効にすることはできない。その判断力は褒めてやろう、輝王正義」
「…………」
あの時輝王が<エレメントチェンジ>を発動していなければ、こちらの動きを封じられていた。自分の本能もまだまだ捨てたものではないと微かな喜びを覚えるが、状況は悪い。
「……次の俺のターンまで、魔法・罠の発動はできないってことか」
治輝の言葉に、輝王は頷く。
<邪神アバター>の効果を見るに、戦闘で倒すことは不可能だろう。ならば、カードの効果で破壊するしかない。魔法・罠を封じられたなら、モンスター効果を使うまでだ。
「俺様の予想では――その伏せモンスターは<A・ボム>だな? 輝王正義」
砂神が指したのは、輝王の伏せモンスターだった。
<A・ボム> 効果モンスター 星2/闇属性/機械族/攻 400/守 300 このカードが光属性モンスターとの戦闘によって 破壊され墓地へ送られた時、フィールド上のカード2枚を破壊する。
「知っているぞ。<A・ボム>は光属性モンスターによって戦闘破壊され墓地に送られたとき、フィールド上のカードを2枚破壊するモンスターだ。攻撃力は低いが、<A・ボム>の戦闘破壊によって<機甲部隊の最前線>でデッキから呼べるモンスターは存在する。貴様が発動させた<エレメントチェンジ>の効果によって、俺様の<邪神アバター>は光属性になっている。なるほど、確かに<A・ボム>なら<アバター>を倒せるかもしれんな」
そこで言葉を切った砂神は、睨み返す輝王を存分に見下してから、告げる。
「だが、俺様は貴様の伏せモンスターに攻撃しよう」
「なっ……!?」
戸惑いを見せたのは、創志だ。前言を撤回するような砂神の言動に混乱したらしい。
「<A・ジェネクス・トライフォース>は<アバター>のために生かしておいてやろう。バトルフェイズに入る」
砂神がフェイズの移行を宣言すると、機械兵の姿を模した邪神が、音も無く動き始める。
「<邪神アバター>よ! 輝王の伏せモンスターを葬り去れ!!」
右腕の砲撃ユニットを構え、<邪神アバター>が静止する。
瞬間、邪神の内側から漏れ出た闇が、砲口へと収束していく。
さらに、輝王の場に存在する<エレメントチェンジ>から溢れる光が、収束した闇と混じり合っていく。
光と闇が混ざり、混ざり、混ざり――
生み出されるのは、混沌。
「カオス・トライ・バスター!!」
混沌が吐き出される。
光と闇の奔流が、一瞬で輝王の伏せモンスターを砕く。
「ひとつ言い忘れていたが――」
砕け散るモンスターの破片を優雅に眺めつつ、砂神が声を出す。
「俺様の<邪神アバター>は、<ハードアームドラゴン>をリリースしてアドバンス召喚している。この意味が分かるな?」
「……ッ! そいつは――」
真っ先に反応したのは治輝だ。苦々しげに唇を震わせ、気付いた事実を述べる。
「……<ハードアームドラゴン>をリリースして召喚に成功したレベル7以上のモンスターは、カードの効果では破壊されない」
そこで言葉を切った砂神は、睨み返す輝王を存分に見下してから、告げる。
「だが、俺様は貴様の伏せモンスターに攻撃しよう」
「なっ……!?」
戸惑いを見せたのは、創志だ。前言を撤回するような砂神の言動に混乱したらしい。
「<A・ジェネクス・トライフォース>は<アバター>のために生かしておいてやろう。バトルフェイズに入る」
砂神がフェイズの移行を宣言すると、機械兵の姿を模した邪神が、音も無く動き始める。
「<邪神アバター>よ! 輝王の伏せモンスターを葬り去れ!!」
右腕の砲撃ユニットを構え、<邪神アバター>が静止する。
瞬間、邪神の内側から漏れ出た闇が、砲口へと収束していく。
さらに、輝王の場に存在する<エレメントチェンジ>から溢れる光が、収束した闇と混じり合っていく。
光と闇が混ざり、混ざり、混ざり――
生み出されるのは、混沌。
「カオス・トライ・バスター!!」
混沌が吐き出される。
光と闇の奔流が、一瞬で輝王の伏せモンスターを砕く。
「ひとつ言い忘れていたが――」
砕け散るモンスターの破片を優雅に眺めつつ、砂神が声を出す。
「俺様の<邪神アバター>は、<ハードアームドラゴン>をリリースしてアドバンス召喚している。この意味が分かるな?」
「……ッ! そいつは――」
真っ先に反応したのは治輝だ。苦々しげに唇を震わせ、気付いた事実を述べる。
「……<ハードアームドラゴン>をリリースして召喚に成功したレベル7以上のモンスターは、カードの効果では破壊されない」
<ハードアームドラゴン> 効果モンスター 星4/地属性/ドラゴン族/攻1500/守 800 このカードは手札のレベル8以上のモンスター1体を墓地へ送り、 手札から特殊召喚する事ができる。 このカードをリリースして召喚に成功したレベル7以上のモンスターは、 カードの効果では破壊されない。
「その通りだ! <邪神アバター>に<A・ボム>の破壊効果など無意味なんだよ!!」
どんなモンスターを召喚しようと、必ずその攻撃力を上回り――
生贄となった<ハードアームドラゴン>の効果によって、破壊耐性を備えた<邪神アバター>。
この神を倒すことは、不可能に近い。
だが。
「さあ! さっさと<A・ボム>で破壊するカードを選択するといい! <冥界の宝札>くらいは破壊できるぞ?」
どんなモンスターを召喚しようと、必ずその攻撃力を上回り――
生贄となった<ハードアームドラゴン>の効果によって、破壊耐性を備えた<邪神アバター>。
この神を倒すことは、不可能に近い。
だが。
「さあ! さっさと<A・ボム>で破壊するカードを選択するといい! <冥界の宝札>くらいは破壊できるぞ?」
決して、不可能ではない。
「……<機甲部隊の最前線>の効果発動。俺はデッキから<AOJガラドホルグ>を攻撃表示で特殊召喚する」
<A・O・J ガラドホルグ> 効果モンスター 星4/闇属性/機械族/攻1600/守 400 光属性モンスターと戦闘を行う場合、 ダメージステップの間このカードの攻撃力は200ポイントアップする。
「――何だと?」
輝王の場に現れたモンスターを見て、砂神が不愉快そうに眉根を寄せる。
「そのモンスターは……」
「残念だが、お前の予想は外れだ。俺の伏せモンスターは<AOJサウザンド・アームズ>。攻撃力1700、守備力0の闇属性機械族モンスター。こいつが戦闘破壊されたことによって、それよりも攻撃力の低い<ガラドホルグ>を特殊召喚させてもらった」
光の刃を煌めかせるサーベルを携えた<AOJガラドホルグ>は、二刀を十字に構える。
「ふん。読みが外れたか。まあいい。そんなクズモンスターでは、俺の邪神に傷ひとつ付けられまい。俺はカードを1枚セットして、ターンエンドだ」
伏せカードをセットしたということは、一応の警戒は忘れていないわけだ。強力なモンスターを呼び出すことだけに固執し、全く相手を見ていない迂闊者ではない。
やはり、一筋縄ではいかない。
「……時枝が言っていたな。自分の力に酔っていると、足元をすくわれると」
それでも、輝王は口にする。
輝王の場に現れたモンスターを見て、砂神が不愉快そうに眉根を寄せる。
「そのモンスターは……」
「残念だが、お前の予想は外れだ。俺の伏せモンスターは<AOJサウザンド・アームズ>。攻撃力1700、守備力0の闇属性機械族モンスター。こいつが戦闘破壊されたことによって、それよりも攻撃力の低い<ガラドホルグ>を特殊召喚させてもらった」
光の刃を煌めかせるサーベルを携えた<AOJガラドホルグ>は、二刀を十字に構える。
「ふん。読みが外れたか。まあいい。そんなクズモンスターでは、俺の邪神に傷ひとつ付けられまい。俺はカードを1枚セットして、ターンエンドだ」
伏せカードをセットしたということは、一応の警戒は忘れていないわけだ。強力なモンスターを呼び出すことだけに固執し、全く相手を見ていない迂闊者ではない。
やはり、一筋縄ではいかない。
「……時枝が言っていたな。自分の力に酔っていると、足元をすくわれると」
それでも、輝王は口にする。
「いいだろう。なら、邪神という名の幻想を――俺が殺してやる」
反撃の言葉を。
【砂神LP8000】 手札5枚
場:邪神アバター(攻撃)、冥界の宝札、伏せ1枚
【輝王LP4000】 手札3枚
場:AOJガラドホルグ(攻撃)、機甲部隊の最前線、エレメントチェンジ(光指定)
【治輝LP4000】 手札6枚
場:裏守備モンスター、伏せ1枚
【創志LP4000】 手札2枚
場:A・ジェネクス・トライフォース(攻撃)、裏守備モンスター、マシン・デベロッパー(カウンター2)
場:邪神アバター(攻撃)、冥界の宝札、伏せ1枚
【輝王LP4000】 手札3枚
場:AOJガラドホルグ(攻撃)、機甲部隊の最前線、エレメントチェンジ(光指定)
【治輝LP4000】 手札6枚
場:裏守備モンスター、伏せ1枚
【創志LP4000】 手札2枚
場:A・ジェネクス・トライフォース(攻撃)、裏守備モンスター、マシン・デベロッパー(カウンター2)
「神を殺す、だと? 面白い……やってみるといい」
「言われるまでもない。俺のターン、ドロー」 砂神には、未だ<邪神アバター>を攻略することなど出来はしないという慢心があるはずだ。その隙を突かせてもらう。 すでに――神を殺すカードは手中にあるのだから。 「――<AOJブラインド・サッカー>を召喚」 輝王が呼びだしたのは、球体型のボディに、蜘蛛のような6本の足が装着された機械族モンスターだ。両の掌には赤黒い光を放つ吸盤があり、背中にはスピーカーにも似たビーム砲を背負っている。 <A・O・J ブラインド・サッカー> 効果モンスター 星4/闇属性/機械族/攻1600/守1200 「……何を考えている。輝王正義」
砂神が訝しげな視線を向ける。まだ輝王の狙いに気付いていないようだ。 「そうか――そのモンスターなら!」 代わりに、創志が顔を輝かせて指を鳴らす。 そう。 この<AOJブラインド・サッカー>なら、<邪神アバター>を「殺す」ことができる。 「バトルフェイズだ。<AOJブラインド・サッカー>で<邪神アバター>を攻撃!」 背部のビーム砲が反転し、砲口から光の屑がまき散らされる。 それによって得た推進力で、<AOJブラインド・サッカー>は、闇の塊である<邪神アバター>に向けて、飛ぶ。 「馬鹿が……塵にしろ、<アバター>! カオス・トライ・バスター!!」 瞬時に砲撃ユニットを構えた<邪神アバター>が、混沌の奔流を撃ち放つ。 <AOJブラインド・サッカー>が、その奔流に呑まれる。 「消し飛べ!」 「…………ッ!!」 下半身が吹き飛ぶ。 バイザーにヒビが入り、右半分が割れて内部が露出する。 左手がもぎ取られ、そこから小規模な爆発が起こる。 それでも。 <AOJブラインド・サッカー>は止まらない。 「まだだッ……!」 やがて、<邪神アバター>の放った奔流は輝王自身をも呑みこむ。 「輝王!」 体中を針で刺されているような鋭い痛みと、まるで巨大な拳に握りつぶされているような圧迫感。2つの苦痛が、同時に輝王を襲う。 <術式>での防御がなかったら、この程度では済まなかっただろう。それだけ砂神のサイコパワーが強力だということだ。 (まだだッ……!) 輝王は、ボロボロになりながら進む<AOJブラインド・サッカー>の背中から、目を離さない。 あと少し。 あと少しで届く―― ブースターとして使用していたビーム砲が、二門同時に折れ曲がり、砕ける。 <AOJブラインド・サッカー>の体が押し戻される直前。 その刹那に、右の掌が<邪神アバター>の体に触れた。 「ぐっ……!」 <AOJブラインド・サッカー>が爆散し、散り散りになったパーツが弾け飛ぶ。 破片の一つが輝王の頬を掠め、わずかに血が流れる。 【輝王LP4000→3000】
<マシン・デベロッパー>によって<AOJブラインド・サッカー>の攻撃力は200ポイントアップしていたため、発生したダメージは1000ポイントだ。
「どうした? 神を殺すのではなかったのか? 自殺志願者の世迷言に付き合ってやるほど、俺様は心の広い人間では――」 そこで、砂神の言葉は止まった。 気付いたのだ。<邪神アバター>の異変に。 邪神は、新たに攻撃力の高いモンスターが出てきたわけでもないのに、その姿を歪ませている。 もがき苦しむように激しくうねった挙句―― 闇の塊は元の球体へと姿を変えた。 「何故だ……どうして<邪神アバター>の姿が元に戻っている!?」 この事態には、さすがの砂神も動揺を顕わにする。ギリ、と歯ぎしりし、敵意を剥き出しにして輝王を睨みつけてくる。 「……<AOJブラインド・サッカー>と戦闘を行った光属性モンスターは、効果が無効になる。それは邪神であっても例外ではない」 <A・O・J ブラインド・サッカー> 効果モンスター 星4/闇属性/機械族/攻1600/守1200 このカードと戦闘を行った光属性モンスターの効果は無効化される。 「――貴様は、このために<エレメントチェンジ>を!」
幻想の神は、死んだ。 光の幻想を砕く右手によって。 <AOJブラインド・サッカー>の効果によって<邪神アバター>の効果は無効となり、攻守の数値は0となる。 「……俺は、純粋な強さを求められるデュエリストに、確固たる自分の強さを持ったデュエリストに憧れていた。ここに来るまでは、自分の矛先をどこに向けたらいいのか……迷っていたからな」 砂神の殺気を正面から受けとめ、輝王は語る。 その脳裏には、己の力を信じ、決して揺るがなかったデュエリストが浮かんでいる。 自分は、彼らの代わりにこの舞台に立っている。 なら。 「力を求めるという点では、お前も同じだな。砂神緑雨」 彼らの代わりに、否定しなければならない。 「だが……他人から奪った力など、自分の強さになりはしない」
他のモンスターの力を真似ることによって、最強となる<邪神アバター>。
言いかえれば、真似るべき相手が存在しなければ――ただの球体でしかないということだ。 永洞戒斗は違う。 高良火乃は違う。 輝王が信じる力とは、いかなる状況であっても「自分」を貫き通せる強さだ。 「<ブラインド・サッカー>が戦闘破壊されたことによって<機甲部隊の最前線>の効果発動。デッキから<AOJレゾナンス・クリエイター>を守備表示で特殊召喚する」 <A・O・J レゾナンス・クリエイター> チューナー(効果モンスター)(オリジナルカード) 星1/闇属性/機械族/攻300/守500 このカードは通常召喚できない。 自分フィールド上に「A・O・J」と名のついたモンスターが2体以上存在しているとき、 手札から特殊召喚できる。 いつか自分も彼らの立つ場所に辿りつくために――
「お前は言ったな。自分たちの立場を自覚しろ、と」 輝王はゆっくりと息を吐き、言葉を選ぶようにしながら、告げる。 「その言葉を返すぞ、砂神。お前はただ力を奪うだけの卑しい略奪者だ」 「芯」を持たない偽りの神に、屈するわけにはいかない。 「<ガラドホルグ>!」 輝王がその名を叫ぶと、光の刃を構えた機械兵は待ちくたびれたと言わんばかりに跳躍する。 背部のスラスターが稼動し、風が生まれる。 一気に加速した<AOJガラドホルグ>は、アイレンズに紫の光を灯し、球体となった<邪神アバター>に肉薄する。 「――貴様ァ!! この俺様を愚弄するか!」 両目を限界まで見開き、こめかみにいくつもの青筋を浮かべた砂神が、吠える。 だが、敵を目前にしても、邪神は動かない。動けない。 すでに、その力は死んでいるのだから。 「――受けてもらおう。プラズマソード・ツヴァイ!」 光の刃が、闇の塊を斬る。 十字に切り裂かれた<邪神アバター>は、球体の形すら維持できなくなり、まるで砂時計の砂が落ちるように粉となって消えた。 【砂神LP8000→6000】
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「<AOJガラドホルグ>は、光属性モンスターと戦闘を行う場合、ダメージステップの間攻撃力が200ポイントアップする。加えて、皆本創志が発動した<マシン・デベロッパー>の効果によってさらに攻撃力が200上昇している」
「…………」 <邪神アバター>を失った砂神からは、それまでの覇気が消え失せている。 うつむき、黙って輝王の説明に耳を傾けているだけだ。――本当に聞いているのかどうかは怪しいところだが。 「バトルフェイズを終了し、メインフェイズ2に移行。俺はレベル4の<ガラドホルグ>にレベル1の<レゾナンス・クリエイター>をチューニングだ」 役目を終えた<AOJガラドホルグ>の体に、光の玉となった<AOJレゾナンス・クリエイター>が入っていき、緑色のリングが機械兵の周囲に出現する。 「正義の軍団よ。眼前に立ちふさがる敵に、裁きの鉄槌を下せ――シンクロ召喚。粉砕せよ、<AOJカタストル>」 リングの中心を光が駆け抜けると、白金の装甲を持つ四足歩行の兵器が姿を現した。 <A・O・J カタストル> シンクロ・効果モンスター 星5/闇属性/機械族/攻2200/守1200 チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上 このカードが闇属性以外のモンスターと戦闘を行う場合、 ダメージ計算を行わずそのモンスターを破壊する。 <AOJカタストル>――輝王の使う<AOJ>の中でも、特に強力な効果を持ったモンスターだ。<ハードアームドラゴン>をリリースして召喚された<邪神アバター>に対しては無力だったが、これから出てくるであろう後続のモンスターには大きな抑止力となるはずだ。
「カードを2枚伏せて、ターンエンド」 輝王がターン終了を宣言すると――砂神の肩がピクリと震えた。 「ふふ……ふふふふふ……」 顔を上げないまま、不気味な笑い声を漏らしている。 「……『僕』は、エンドフェイズに<終焉の焔>を発動。黒焔トークンを2体守備表示で特殊召喚します」 <終焉の焔> 速攻魔法 このカードを発動するターン、 自分は召喚・反転召喚・特殊召喚する事はできない。 自分フィールド上に「黒焔トークン」 (悪魔族・闇・星1・攻/守0)2体を守備表示で特殊召喚する。 このトークンは闇属性モンスター以外のアドバンス召喚のためにはリリースできない。 砂神のリバースカードがオープンし、揺らめく黒い炎を纏ったトークンが、2体現れる。
「わずか1ターンで<邪神アバター>を倒すとは……僕の認識が甘かったようです。謝りますよ、貴方たちを『前菜』扱いしたことを。特に、輝王さん……貴方は強い。『メインディッシュ』として扱ってもいいくらいに」 今までのような傲岸不遜さは消え、落ち着いた声で言葉を紡ぐ青年。 (……人格が変わった?) まるで別人になってしまったかのような、態度の豹変。 デュエルが始まってから常に放たれていた荒々しい圧迫感が消える。そのせいなのか、夜の砂漠に吹く風も、凪のように穏やかだ。 「あいつ……もしかして二重人格なのか?」 「二重人格って、もう1人の自分がいるとか言うあれか? どこのデュエルチャンピオンだよ……」 治輝が発した疑問に、創志が呻く。おそらく、治輝の推測は正しい。<邪神アバター>を倒したことによって、もう1つの人格が表に出てきたのだろう。 「貴方の強さを認めた上で、あえて言いましょうか」 砂神が顔を上げると、心臓を握りつぶされてしまいそうな圧迫感を覚える。 方向性は違えど、纏うプレッシャーの強さは同じだ。 薄く笑った砂神は、両手を広げ、まるで天に祈りを捧げる信者のように、告げる。 「――僕の方が強い」
<邪神アバター>の脅威は去った。
それなのに、まとわりつく得体の知れない不安が濃くなっているのを、治輝は感じていた。 <終焉の焔>によって呼び出されたトークンは2体。容易に上級モンスターを呼び出すことができる状況だ。 (――やれるか?) 最初のターンで大幅な手札の交換を行った治輝だが、パーツは揃っているものの、肝心のキーカードが不足している。このまま守りを固めるべきか、リスクを冒してでも動くべきか…… 「僕のターン、ドロー」 考えがまとまらないうちに、砂神が動いた。 「墓地の<馬頭鬼>の効果を発動します。自身を除外することによって、墓地からアンデット族モンスター……<ピラミッド・タートル>を特殊召喚します」 <馬頭鬼> 効果モンスター(制限カード) 星4/地属性/アンデット族/攻1700/守 800 自分のメインフェイズ時、墓地に存在するこのカードをゲームから除外する事で、 自分の墓地からアンデット族モンスター1体を選択して特殊召喚する。 <ピラミッド・タートル> 効果モンスター 星4/地属性/アンデット族/攻1200/守1400 このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、 自分のデッキから守備力2000以下のアンデット族モンスター1体を 自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。 現れたのは、甲羅の代わりにピラミッドを背負った亀だ。砂神の立つピラミッドと自分のそれを見比べてから、不服そうに首を引っ込める。随分愛嬌のある動作だと治輝は一瞬だけ和むが、すぐに気を引き締め直す。
<馬頭鬼>と<ピラミッド・タートル>は、<邪神アバター>召喚の際にリリースされたのだろう。 砂神の場には、前のターンと同じ、3体のモンスターが並んでいる。 贄は、揃ったということだ。 「邪神は<アバター>だけではありません。見せてあげましょう。第二の邪神を――トークン2体と<ピラミッド・タートル>をリリース」 2体の黒焔トークンと<ピラミッド・タートル>が、突如地面から出現した大きな手に握りつぶされる。 3体の魂が地面へと溶け、腕の主であるモンスターが、徐々にその姿を顕わにする。 骨の鎧に覆われた、悪魔の肉体。 広がった黒の翼が、星の光を遮る。 どこかで雷鳴が轟き、山羊の頭蓋を兜にした邪神の瞳が、鈍く光る。 無意識のうちに、カードを持つ左手が震えていた。 <邪神アバター>の召喚のときにも感じた、理性では抑え込むことのできない、根源的な恐怖。 そう。邪神とは、人が抱く様々な恐怖の具現だ。 <邪神アバター>は、己の醜さや愚かさから生まれる恐怖の形。 そして―― 「貴方たちは強い。けれど、僕の前ではどうしようもなく非力だ。それを実感して下さい――現界せよ、<邪神ドレッド・ルート>!!」
<邪神ドレッド・ルート>は、強者を前にして、従うしかない無力さから生まれる恐怖の具現だ。
新たなる邪神が、治輝たちの前に立ちふさがる。 |
「さあて、これからどうすっかね」
嘆息しつつ、場を仕切り直すように言ったのは、神楽屋だ。
「うう……リソナのサイコパワーで突破してやろうと思ってたのに……がっくりです」
「あえて壁に攻撃して罠を起動させ、先に落ちた時枝と合流するってのもアリと言えばアリだが……同じ場所に落ちられる保証もなければ、もう一度同じ罠が起動する保証もない。危険すぎるな」
神楽屋のすぐ傍で体育座りをして、しょげている金髪の少女、リソナ。
治輝が「落とし穴」に落ちたあと、2人は相変わらず光の壁の前で立ち往生していた。
曰く、飛び越えようとしても弾かれるし、物理的手段では破壊不能な壁。攻撃を加え破壊に失敗すれば、一番壁の近くにいる人物が「どこか」に落ちる罠が仕掛けられている。
治輝の無事を確認したあと、残された3人と1匹(?)は、二手に分かれて周辺を探ってみた。敵に捕らえられていた七水と、<スクラップ・ドラゴン>の精霊――通称スドをコンビにすることには若干の不安を覚えたが、本人たちが口を揃えて「大丈夫」というので、神楽屋はリソナと共に来た道を引き返し、他のルートが無いか探索を始めた。
が、結局成果は無く、こうして光の壁の前に戻ってきたというわけだ。
神楽屋たちが戻ってから10分ほど経つが、まだ七水とスドの姿は見えない。特に集合時間を決めていたわけではないので、まだ探索を続けているのだろう。
(……敵に襲われてる、って可能性は捨てきれない。用心するに越したことはねえな)
神楽屋は周辺の気配に注意を向けつつ、蛍のように鮮やかな光を放つ壁を見上げる。
この先には、一体どんな世界が広がっているのだろうか――そんなことを考えていると、
「あ、そういえばリソナ、変なカード拾ったです」
デュエルディスクの墓地ゾーンからカードを引っ張り出したリソナは、それを神楽屋に向けて差し出してきた。
「あん? 魔法カードか……見た事ねえカードだな」
記されているアイコンは装備魔法を示しているが、テキストの部分がかすれてしまっていて、どんな効果を持つカードなのかは不明だ。
「<神器アルマーズ>……何かすごそうなカードです?」
「装備魔法か。なら、ちょっと試してみるぜ」
神楽屋は左腕に装着しているデュエルディスクを展開すると、エクストラデッキからカードを1枚選び取り、ディスクにセットする。
「<ジェムナイト・パーズ>!」
立体映像として現れたのは、金色の甲冑を纏った宝玉の騎士だ。その両手には、トンファーによく似た武器を携えているが、
「こいつなら使いこなせそうな感じだ。<神器アルマーズ>を装備!」
トンファーを手放した<ジェムナイト・パーズ>が、新たに現れた武装――<神器アルマーズ>の柄を握りしめる。
カードイラストを見るに、<神器アルマーズ>は斧のようだ。もしかしたら、このカードこそが光の壁を破壊できる唯一の手段なのかもしれない。
ソリットビジョンシステムがカードのデータを読み取り、立体映像として映し出す。
あとは、それをサイコパワーによって実体化させればいい。
そのはずだったのだが――
「な、何だこりゃ!?」
ドスン! と盛大な音を響かせながら、実体化した<神器アルマーズ>が地面に落ちる。
確かに、それは斧だった。
刀身に雷鳴を模した紋章が刻まれている、神聖なる雰囲気を纏う武器だ。
戦士族である<ジェムナイト・パーズ>なら装備できるはずだと思ったのだが、それは間違いだったようだ。
問題なのは、その大きさ。
どう見ても3メートルくらいはある。これを扱うには、人間大の<ジェムナイト・パーズ>では無理だ。
「おっきい斧です……」
リソナがほええと目を丸くしながら、地面に横たわる巨大な斧に見入っている。
(推測だが、壁の破壊に<神器アルマーズ>を使うってのは間違ってないはず。けど、これを振り回せるモンスターっていったら……)
まず、神楽屋の<ジェムナイト>は無理だ。どのモンスターも人間大くらいの大きさしかなく、<ジェムナイト・パーズ>が無理だったのだから、他を試すのは時間の無駄だ。
リソナの<裁きの龍>なら大きさの問題はクリアしているだろうが、さすがに斧を手に持って振るうことはできないだろう。となると、人の形を模した巨大なモンスターが理想ということになるが――
神楽屋がそこまで考えたとき、遠くから足音が聞こえてきた。
七水のものではない――というか、人間のものではない。ドスン、ドスン、と一歩を踏む度に地面が軽く揺れ、地響きによく似た音が響き渡る。
「あ、神楽屋さん、リソナちゃん、ただいま戻りました」
「面白いものを拾えたわい」
やがて、足音の主の全貌が明らかになる。
それは、灰色の巨人だった。土や岩石を組み合わせて組み上げられた、巨人――一般的には「ゴーレム」と表されているものだった。
七水とスドの声は、ゴーレムの右肩付近から響いている。
「わー! わー! わー! 何ですコレ!? おっきいおっきい人形です!」
「ゴーレム、って言うんだよ。リソナちゃん」
「ごーれむ! カッコいい名前です! リソナも乗りたいですー!」
灰色の巨人を目の前にして大はしゃぎのリソナ。
すると、それを察したのかゴーレムが片膝を付き、左手を差し出してくる。
「……乗れ、ってことです?」
リソナの問いに、ゴーレムが頷く。リソナはぱあっと顔を輝かせ、体から喜びを爆発させるように跳ねまわりながら、ゴーレムの左手に飛び乗った。リソナが肩まで昇ったのを確認したあとゴーレムは再び立ち上がり、ゆっくりと歩き始める。
「あははー! すごいですー! 高いですー!」
「……<グラゴニス>でもっと高いところ飛んでただろうが」
はしゃぐリソナに聞こえないようにツッコミを入れつつ、神楽屋は降りてきたスドに向き直る。
「んで? このゴーレムは何だよ」
「詳しい事は分からんが、どうやら破棄されていたようじゃの。七水が近づいたら突然動き始めたのじゃが……危険はなさそうだったので、ここまで連れてきたのじゃ。壁の破壊に一役買ってくれるかと思っての」
「そうか……」
そこで、神楽屋は気付く。
<ジェムナイト・パーズ>では扱えなかった、巨大な斧。
嘆息しつつ、場を仕切り直すように言ったのは、神楽屋だ。
「うう……リソナのサイコパワーで突破してやろうと思ってたのに……がっくりです」
「あえて壁に攻撃して罠を起動させ、先に落ちた時枝と合流するってのもアリと言えばアリだが……同じ場所に落ちられる保証もなければ、もう一度同じ罠が起動する保証もない。危険すぎるな」
神楽屋のすぐ傍で体育座りをして、しょげている金髪の少女、リソナ。
治輝が「落とし穴」に落ちたあと、2人は相変わらず光の壁の前で立ち往生していた。
曰く、飛び越えようとしても弾かれるし、物理的手段では破壊不能な壁。攻撃を加え破壊に失敗すれば、一番壁の近くにいる人物が「どこか」に落ちる罠が仕掛けられている。
治輝の無事を確認したあと、残された3人と1匹(?)は、二手に分かれて周辺を探ってみた。敵に捕らえられていた七水と、<スクラップ・ドラゴン>の精霊――通称スドをコンビにすることには若干の不安を覚えたが、本人たちが口を揃えて「大丈夫」というので、神楽屋はリソナと共に来た道を引き返し、他のルートが無いか探索を始めた。
が、結局成果は無く、こうして光の壁の前に戻ってきたというわけだ。
神楽屋たちが戻ってから10分ほど経つが、まだ七水とスドの姿は見えない。特に集合時間を決めていたわけではないので、まだ探索を続けているのだろう。
(……敵に襲われてる、って可能性は捨てきれない。用心するに越したことはねえな)
神楽屋は周辺の気配に注意を向けつつ、蛍のように鮮やかな光を放つ壁を見上げる。
この先には、一体どんな世界が広がっているのだろうか――そんなことを考えていると、
「あ、そういえばリソナ、変なカード拾ったです」
デュエルディスクの墓地ゾーンからカードを引っ張り出したリソナは、それを神楽屋に向けて差し出してきた。
「あん? 魔法カードか……見た事ねえカードだな」
記されているアイコンは装備魔法を示しているが、テキストの部分がかすれてしまっていて、どんな効果を持つカードなのかは不明だ。
「<神器アルマーズ>……何かすごそうなカードです?」
「装備魔法か。なら、ちょっと試してみるぜ」
神楽屋は左腕に装着しているデュエルディスクを展開すると、エクストラデッキからカードを1枚選び取り、ディスクにセットする。
「<ジェムナイト・パーズ>!」
立体映像として現れたのは、金色の甲冑を纏った宝玉の騎士だ。その両手には、トンファーによく似た武器を携えているが、
「こいつなら使いこなせそうな感じだ。<神器アルマーズ>を装備!」
トンファーを手放した<ジェムナイト・パーズ>が、新たに現れた武装――<神器アルマーズ>の柄を握りしめる。
カードイラストを見るに、<神器アルマーズ>は斧のようだ。もしかしたら、このカードこそが光の壁を破壊できる唯一の手段なのかもしれない。
ソリットビジョンシステムがカードのデータを読み取り、立体映像として映し出す。
あとは、それをサイコパワーによって実体化させればいい。
そのはずだったのだが――
「な、何だこりゃ!?」
ドスン! と盛大な音を響かせながら、実体化した<神器アルマーズ>が地面に落ちる。
確かに、それは斧だった。
刀身に雷鳴を模した紋章が刻まれている、神聖なる雰囲気を纏う武器だ。
戦士族である<ジェムナイト・パーズ>なら装備できるはずだと思ったのだが、それは間違いだったようだ。
問題なのは、その大きさ。
どう見ても3メートルくらいはある。これを扱うには、人間大の<ジェムナイト・パーズ>では無理だ。
「おっきい斧です……」
リソナがほええと目を丸くしながら、地面に横たわる巨大な斧に見入っている。
(推測だが、壁の破壊に<神器アルマーズ>を使うってのは間違ってないはず。けど、これを振り回せるモンスターっていったら……)
まず、神楽屋の<ジェムナイト>は無理だ。どのモンスターも人間大くらいの大きさしかなく、<ジェムナイト・パーズ>が無理だったのだから、他を試すのは時間の無駄だ。
リソナの<裁きの龍>なら大きさの問題はクリアしているだろうが、さすがに斧を手に持って振るうことはできないだろう。となると、人の形を模した巨大なモンスターが理想ということになるが――
神楽屋がそこまで考えたとき、遠くから足音が聞こえてきた。
七水のものではない――というか、人間のものではない。ドスン、ドスン、と一歩を踏む度に地面が軽く揺れ、地響きによく似た音が響き渡る。
「あ、神楽屋さん、リソナちゃん、ただいま戻りました」
「面白いものを拾えたわい」
やがて、足音の主の全貌が明らかになる。
それは、灰色の巨人だった。土や岩石を組み合わせて組み上げられた、巨人――一般的には「ゴーレム」と表されているものだった。
七水とスドの声は、ゴーレムの右肩付近から響いている。
「わー! わー! わー! 何ですコレ!? おっきいおっきい人形です!」
「ゴーレム、って言うんだよ。リソナちゃん」
「ごーれむ! カッコいい名前です! リソナも乗りたいですー!」
灰色の巨人を目の前にして大はしゃぎのリソナ。
すると、それを察したのかゴーレムが片膝を付き、左手を差し出してくる。
「……乗れ、ってことです?」
リソナの問いに、ゴーレムが頷く。リソナはぱあっと顔を輝かせ、体から喜びを爆発させるように跳ねまわりながら、ゴーレムの左手に飛び乗った。リソナが肩まで昇ったのを確認したあとゴーレムは再び立ち上がり、ゆっくりと歩き始める。
「あははー! すごいですー! 高いですー!」
「……<グラゴニス>でもっと高いところ飛んでただろうが」
はしゃぐリソナに聞こえないようにツッコミを入れつつ、神楽屋は降りてきたスドに向き直る。
「んで? このゴーレムは何だよ」
「詳しい事は分からんが、どうやら破棄されていたようじゃの。七水が近づいたら突然動き始めたのじゃが……危険はなさそうだったので、ここまで連れてきたのじゃ。壁の破壊に一役買ってくれるかと思っての」
「そうか……」
そこで、神楽屋は気付く。
<ジェムナイト・パーズ>では扱えなかった、巨大な斧。
このゴーレムなら、振るえるのではないか?
「――おい! 七水! リソナ!」
「何ですか?」
神楽屋がゴーレムの肩に乗っている2人に呼びかけると、七水が反応した。リソナは全然気付いていないようだ。
「そのゴーレムにここに落ちてる斧を拾わせて、壁に攻撃することはできるか?」
「……ええっと、できるかどうかわからないけど、とりあえずお願いしてみます」
頷いた七水が、ゴーレムに向かって囁きかける。
「…………」
ゴーレムは<神器アルマーズ>の存在を確認したあと、静かに片膝を付く。
「ど、どうしたです?」
「……たぶん、降りろってことだと思う」
七水に促され、渋々といった感じでリソナがゴーレムから降りる。続けて七水も降りると、ゴーレムは横たわる巨大な斧を掴み取り、両手でしっかりと握りしめた。
刀身に刻まれた紋章に光が走り、<神器アルマーズ>が雷を纏う。
ゴーレムは、その斧を天高く振り上げ――
光の壁に叩きつけた。
ガシャアアアアン! とガラスが砕け散るような音が響き渡り、壁が崩れる。
淡い光が消え、ただの岩塊と化した壁が、土埃を巻き上げながら崩れ去っていく。
やがて粉塵が収まり、崩れた壁の先に新たな道が続いているのが見えた。
「何ですか?」
神楽屋がゴーレムの肩に乗っている2人に呼びかけると、七水が反応した。リソナは全然気付いていないようだ。
「そのゴーレムにここに落ちてる斧を拾わせて、壁に攻撃することはできるか?」
「……ええっと、できるかどうかわからないけど、とりあえずお願いしてみます」
頷いた七水が、ゴーレムに向かって囁きかける。
「…………」
ゴーレムは<神器アルマーズ>の存在を確認したあと、静かに片膝を付く。
「ど、どうしたです?」
「……たぶん、降りろってことだと思う」
七水に促され、渋々といった感じでリソナがゴーレムから降りる。続けて七水も降りると、ゴーレムは横たわる巨大な斧を掴み取り、両手でしっかりと握りしめた。
刀身に刻まれた紋章に光が走り、<神器アルマーズ>が雷を纏う。
ゴーレムは、その斧を天高く振り上げ――
光の壁に叩きつけた。
ガシャアアアアン! とガラスが砕け散るような音が響き渡り、壁が崩れる。
淡い光が消え、ただの岩塊と化した壁が、土埃を巻き上げながら崩れ去っていく。
やがて粉塵が収まり、崩れた壁の先に新たな道が続いているのが見えた。
<邪神ドレッド・ルート> 効果モンスター 星10/闇属性/悪魔族/攻4000/守4000 このカードは特殊召喚できない。 自分フィールド上に存在するモンスター3体を 生け贄に捧げた場合のみ通常召喚する事ができる。 このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、 このカード以外のフィールド上のモンスターの攻撃力・守備力は半分になる。
「第二の邪神、か……それほどの力を有してなお、お前は力を求めるのか。強欲だな」
「当然です。僕が求める力は、邪神程度では留まりません。もっと強く、もっと大きく、もっと凶暴な力が欲しいんですよ。それに、欲望は強さです。戦いの果てに求めるものがない戦士など、戦士じゃない」
「何故、そこまで力を求める?」
「同じことを言わせないでください。それを貴方たちに語る理由はありません」
輝王の問いに、砂神は悠然と構えたまま答える。
貪欲に力を欲する砂神。
その姿を見て、治輝は『影』――神楽屋とのタッグデュエルで倒した相手のことを思い出していた。
影は、治輝と神楽屋のことを「力を行使し、間違いを犯した化け物だ」と言った。「貴様等がチカラを持っている事は危険スギル。赤子に刃物を持たセルようなモノだ」とも言った。
そして、影が仕える主は、正しく力を振るえる存在だと言った。
果たして、砂神緑雨が振るう力は、正しいものなのか?
(――違う)
正しい力の使い方など、この世に存在はしない。
力を振るう以上、誰かが傷つくことになる。その誰かから目を背けて正義を語ることは、ただの偽善だ。
だが、間違った力の使い方は、分かる。
「僕は<冥界の宝札>の効果で2枚のカードをドロー。そのままバトルフェイズに入ります」
フェイズが進行したと同時、<邪神ドレッド・ルート>の筋肉が大きく脈動し、その拳を振り下ろす瞬間を今か今かと待ちわびている。
「<エレメントチェンジ>が発動している状況下では、<カタストル>はこの上なく厄介なモンスターですね。早めに処理したいのですが、今の僕には打つ手がありません。ですから――」
優雅にフィールドを見渡した砂神が、目を細めて笑みを浮かべる。
「用済みの<A・ジェネクス・トライフォース>には消えてもらいましょう」
陳腐な表現だが――悪魔の微笑みと表すのがふさわしい笑顔だった。
「潰せ、<邪神ドレッド・ルート>……フィアーズ・ノックダウン!」
解き放たれた第二の邪神は、獰猛な殺気を全身に漲らせ、拳を固く握りしめる。
首がわずかに動き、葬るべき弱者――<A・ジェネクス・トライフォース>の姿を捉える。
「<邪神ドレッド・ルート>がフィールド上に存在している時、このカード以外のモンスターの攻撃力・守備力は半分になります! さあ! 噛みしめてください、弱さを!」
「――来るぞ。構えろ! 皆本創志!」
「やってる!」
創志がデュエルディスクを盾のように構えた次の瞬間、凄まじい覇気を纏った<邪神ドレッド・ルート>の拳が振り下ろされた。
瞬きする間もなく<A・ジェネクス・トライフォース>が砕け散り、地面に直撃した拳が大量の砂を巻き上げる。
治輝たちの視界を覆い尽くすように舞いあがった砂は、邪神から放たれるオーラによって無数のナイフを形作る。
歪な刃を光らせる、大量の砂の刃。
「――――」
誰かが息を呑んだ瞬間。
無数のナイフが、創志に向かって降り注いだ。
「ぐああああああああああああッ!」
ズドドドドドドド! とまるで絨毯爆撃を思わせるような轟音が響き渡り、その中に創志の絶叫が混じる。
「当然です。僕が求める力は、邪神程度では留まりません。もっと強く、もっと大きく、もっと凶暴な力が欲しいんですよ。それに、欲望は強さです。戦いの果てに求めるものがない戦士など、戦士じゃない」
「何故、そこまで力を求める?」
「同じことを言わせないでください。それを貴方たちに語る理由はありません」
輝王の問いに、砂神は悠然と構えたまま答える。
貪欲に力を欲する砂神。
その姿を見て、治輝は『影』――神楽屋とのタッグデュエルで倒した相手のことを思い出していた。
影は、治輝と神楽屋のことを「力を行使し、間違いを犯した化け物だ」と言った。「貴様等がチカラを持っている事は危険スギル。赤子に刃物を持たセルようなモノだ」とも言った。
そして、影が仕える主は、正しく力を振るえる存在だと言った。
果たして、砂神緑雨が振るう力は、正しいものなのか?
(――違う)
正しい力の使い方など、この世に存在はしない。
力を振るう以上、誰かが傷つくことになる。その誰かから目を背けて正義を語ることは、ただの偽善だ。
だが、間違った力の使い方は、分かる。
「僕は<冥界の宝札>の効果で2枚のカードをドロー。そのままバトルフェイズに入ります」
フェイズが進行したと同時、<邪神ドレッド・ルート>の筋肉が大きく脈動し、その拳を振り下ろす瞬間を今か今かと待ちわびている。
「<エレメントチェンジ>が発動している状況下では、<カタストル>はこの上なく厄介なモンスターですね。早めに処理したいのですが、今の僕には打つ手がありません。ですから――」
優雅にフィールドを見渡した砂神が、目を細めて笑みを浮かべる。
「用済みの<A・ジェネクス・トライフォース>には消えてもらいましょう」
陳腐な表現だが――悪魔の微笑みと表すのがふさわしい笑顔だった。
「潰せ、<邪神ドレッド・ルート>……フィアーズ・ノックダウン!」
解き放たれた第二の邪神は、獰猛な殺気を全身に漲らせ、拳を固く握りしめる。
首がわずかに動き、葬るべき弱者――<A・ジェネクス・トライフォース>の姿を捉える。
「<邪神ドレッド・ルート>がフィールド上に存在している時、このカード以外のモンスターの攻撃力・守備力は半分になります! さあ! 噛みしめてください、弱さを!」
「――来るぞ。構えろ! 皆本創志!」
「やってる!」
創志がデュエルディスクを盾のように構えた次の瞬間、凄まじい覇気を纏った<邪神ドレッド・ルート>の拳が振り下ろされた。
瞬きする間もなく<A・ジェネクス・トライフォース>が砕け散り、地面に直撃した拳が大量の砂を巻き上げる。
治輝たちの視界を覆い尽くすように舞いあがった砂は、邪神から放たれるオーラによって無数のナイフを形作る。
歪な刃を光らせる、大量の砂の刃。
「――――」
誰かが息を呑んだ瞬間。
無数のナイフが、創志に向かって降り注いだ。
「ぐああああああああああああッ!」
ズドドドドドドド! とまるで絨毯爆撃を思わせるような轟音が響き渡り、その中に創志の絶叫が混じる。
【創志LP4000→1250】
あまりにも大量の砂のナイフが降り注いでいるため、創志の近くにいる治輝でさえも、彼が今どんな状態なのか把握することができない。だが、このまま攻撃が続けば創志がどんな状態になるかは、想像に難くなかった。
「……ッ! 大丈夫か!」
治輝の叫び声は、砂のカーテンに阻まれて創志には届かない。
「――もうやめろ! <トライフォース>は破壊されただろ! これ以上の攻撃は無意味だ!」
体の奥底から怒りが沸き上がり、治輝は反射的に吠えていた。
こんなものが、正しい力の使い方とでも言うのか。
違う。絶対に違う。
その思いを視線に込め、治輝は砂神を睨みつける。
ピラミッドの頂点からこちらを見下ろす砂神は、笑みを崩さぬまま、
「言ったでしょう? 弱さを噛みしめてください、と。それはデュエルの腕だけに限ったことじゃない」
涼しい声で言い放った。
「――――ッ!!」
一気に怒りが臨界点を超えたことを感じる。全身の血液が沸騰したかのような熱が駆け巡る。
「……『影』が言ってた。俺たちが力を持っていることは、赤子に刃物を握らせることと同じだって。お前も同じだ、砂神! 欲望の赴くままに力を振るうお前は……奪うために人を傷つけるお前は! 自分勝手なただの子供だ!」
怒りに任せて叫ぶ。こんなにも感情が昂ぶったのは、久しぶりだった。
『影』が言った「人が持つには危険すぎる力」。それを体現した男が、砂神緑雨だ。悪意だけで力を振るう人間――そんな奴を、許すわけにはいかない。
すると、砂神は呆れたような表情を浮かべ、面倒くさそうに口を開いた。
「影……? ああ、あいつのことですか。あの影は僕が遥か昔に切り離した理性が変質したものですよ。力を拒み、恐れ、遠ざけようとした愚かな感情の成れの果て」
「な……に……?」
「この世界を作り出したとき、単一の個体として動けるようになったみたいだから、駒のひとつとして使っていたに過ぎません。『影』の戯言に耳を傾ける必要はないですよ。敗北を恐れるような愚図なんだから」
心の底から嫌っているような口調で、砂神は自らのしもべを切り捨てる。
「敗北した者に何かを語る資格などない。弱者は、ただ黙って強者の養分になればいい。『影』もトカゲ頭も比良牙も……僕にとってはいずれ狩るべき養分に過ぎませんよ」
そう語る砂神の瞳は、己だけを信じ、他人を遠ざける孤高の光が宿っている。
「……ッ! お前は――」
「……ッ! 大丈夫か!」
治輝の叫び声は、砂のカーテンに阻まれて創志には届かない。
「――もうやめろ! <トライフォース>は破壊されただろ! これ以上の攻撃は無意味だ!」
体の奥底から怒りが沸き上がり、治輝は反射的に吠えていた。
こんなものが、正しい力の使い方とでも言うのか。
違う。絶対に違う。
その思いを視線に込め、治輝は砂神を睨みつける。
ピラミッドの頂点からこちらを見下ろす砂神は、笑みを崩さぬまま、
「言ったでしょう? 弱さを噛みしめてください、と。それはデュエルの腕だけに限ったことじゃない」
涼しい声で言い放った。
「――――ッ!!」
一気に怒りが臨界点を超えたことを感じる。全身の血液が沸騰したかのような熱が駆け巡る。
「……『影』が言ってた。俺たちが力を持っていることは、赤子に刃物を握らせることと同じだって。お前も同じだ、砂神! 欲望の赴くままに力を振るうお前は……奪うために人を傷つけるお前は! 自分勝手なただの子供だ!」
怒りに任せて叫ぶ。こんなにも感情が昂ぶったのは、久しぶりだった。
『影』が言った「人が持つには危険すぎる力」。それを体現した男が、砂神緑雨だ。悪意だけで力を振るう人間――そんな奴を、許すわけにはいかない。
すると、砂神は呆れたような表情を浮かべ、面倒くさそうに口を開いた。
「影……? ああ、あいつのことですか。あの影は僕が遥か昔に切り離した理性が変質したものですよ。力を拒み、恐れ、遠ざけようとした愚かな感情の成れの果て」
「な……に……?」
「この世界を作り出したとき、単一の個体として動けるようになったみたいだから、駒のひとつとして使っていたに過ぎません。『影』の戯言に耳を傾ける必要はないですよ。敗北を恐れるような愚図なんだから」
心の底から嫌っているような口調で、砂神は自らのしもべを切り捨てる。
「敗北した者に何かを語る資格などない。弱者は、ただ黙って強者の養分になればいい。『影』もトカゲ頭も比良牙も……僕にとってはいずれ狩るべき養分に過ぎませんよ」
そう語る砂神の瞳は、己だけを信じ、他人を遠ざける孤高の光が宿っている。
「……ッ! お前は――」
「――へっ、人格変わっても悪口だけは達者だな、この野郎」
治輝が言い返す前に、声が響いた。
いつの間にか砂のナイフによる攻撃は終了し、そこには、傷だらけになりながらもしっかりと両足で立つ少年の姿があった。
「……確かに、俺のサイコパワーは弱い。けど、黙ってテメエの養分なんかになるつもりはねえぜ。最後の最後まで足掻いてやる。最も、俺の言う最後ってのは俺たちが勝ったときのことだけどな」
口の中に溜まっていた血を吐き捨て、威勢よく言葉を吐く創志だったが、その体はボロボロだった。腕や足に無数の切り傷が刻まれており、額の傷からは激しく出血している。以前にも同じような攻撃を受けたのか、衣服の損傷が激しく、上着は最早ただの布切れと化していた。
「……強がりは見苦しいですよ」
「強がりなんかじゃねえ! 俺は――」
「――追い込まれるほど強がるのが皆本創志だ。言ってやるな、砂神」
「き、輝王、てめえ!」
予想外のツッコミに慌てる創志。例え強がりだったとしても――あの傷で全く戦意を鈍らせないのは、さすがと言うしかなかった。
「血止めの軟膏と包帯だ。次のターンが回ってくる前に手当てを済ませておけ」
「っと、サンキュー」
輝王がジャケットの内ポケットから軟膏の瓶と包帯を取りだし、創志に向かって放り投げる。それを器用に受け取った創志は、その場に座り込んで傷の手当てを始めた。
「……僕はカードを1枚伏せて、ターンを終了します」
その光景に毒気を抜かれたのか、砂神は言葉少なにターンを終了する。
(これ以上邪神の攻撃を通すわけにはいかない)
次に創志が邪神の攻撃を受ければ、例えライフが残っていようとも、肉体が限界を迎えるだろう。
何より、誰かが傷ついている姿を見るのが、たまらなく嫌だった。
静かに決意を固めた治輝は、デッキからカードをドローする。
いつの間にか砂のナイフによる攻撃は終了し、そこには、傷だらけになりながらもしっかりと両足で立つ少年の姿があった。
「……確かに、俺のサイコパワーは弱い。けど、黙ってテメエの養分なんかになるつもりはねえぜ。最後の最後まで足掻いてやる。最も、俺の言う最後ってのは俺たちが勝ったときのことだけどな」
口の中に溜まっていた血を吐き捨て、威勢よく言葉を吐く創志だったが、その体はボロボロだった。腕や足に無数の切り傷が刻まれており、額の傷からは激しく出血している。以前にも同じような攻撃を受けたのか、衣服の損傷が激しく、上着は最早ただの布切れと化していた。
「……強がりは見苦しいですよ」
「強がりなんかじゃねえ! 俺は――」
「――追い込まれるほど強がるのが皆本創志だ。言ってやるな、砂神」
「き、輝王、てめえ!」
予想外のツッコミに慌てる創志。例え強がりだったとしても――あの傷で全く戦意を鈍らせないのは、さすがと言うしかなかった。
「血止めの軟膏と包帯だ。次のターンが回ってくる前に手当てを済ませておけ」
「っと、サンキュー」
輝王がジャケットの内ポケットから軟膏の瓶と包帯を取りだし、創志に向かって放り投げる。それを器用に受け取った創志は、その場に座り込んで傷の手当てを始めた。
「……僕はカードを1枚伏せて、ターンを終了します」
その光景に毒気を抜かれたのか、砂神は言葉少なにターンを終了する。
(これ以上邪神の攻撃を通すわけにはいかない)
次に創志が邪神の攻撃を受ければ、例えライフが残っていようとも、肉体が限界を迎えるだろう。
何より、誰かが傷ついている姿を見るのが、たまらなく嫌だった。
静かに決意を固めた治輝は、デッキからカードをドローする。
【砂神LP6000】 手札6枚
場:邪神ドレッド・ルート(攻撃)、冥界の宝札、伏せ1枚
【輝王LP3000】 手札1枚
場:AOJカタストル(攻撃)、機甲部隊の最前線、エレメントチェンジ(光指定)、伏せ2枚
【治輝LP4000】 手札6枚
場:裏守備モンスター、伏せ1枚
【創志LP1250】 手札2枚
場:裏守備モンスター、マシン・デベロッパー(カウンター6)
場:邪神ドレッド・ルート(攻撃)、冥界の宝札、伏せ1枚
【輝王LP3000】 手札1枚
場:AOJカタストル(攻撃)、機甲部隊の最前線、エレメントチェンジ(光指定)、伏せ2枚
【治輝LP4000】 手札6枚
場:裏守備モンスター、伏せ1枚
【創志LP1250】 手札2枚
場:裏守備モンスター、マシン・デベロッパー(カウンター6)
「…………」
治輝の手札は7枚。この7枚を使って<邪神ドレッド・ルート>を倒す術は―― (……ある) だが、それには魔法カードの発動が必要不可欠だ。<邪神アバター>は倒れたものの、召喚時に発動した「相手ターンで数えて2ターンの間、魔法・罠カードを発動することができない」という効果は残っている。 (くそ……) すぐにでも動きたいのに、動けないもどかしさ。そんな焦燥が顔に出ていたのか、 「……焦るな、時枝。焦りは隙を生む」 「そうだぜ。<ドレッド・ルート>のことは俺に任せとけよ」 輝王だけでなく、創志からも言葉が飛んでくる。 「……分かった。俺はカードを1枚セット。モンスターもセットしてターンエンドだ」 裏守備モンスターと伏せカードが現れ、治輝のターンが終了する。 次の治輝のターンが回ってくるまで、砂神の攻撃を3回も凌がなければならない。 無論、創志や輝王が<邪神ドレッド・ルート>を倒してくれれば言うことはないが――創志はもちろんのこと、輝王も<邪神アバター>の攻撃でダメージを負っている。何とか自分に攻撃を誘導するしかない。 【砂神LP6000】 手札6枚
場:邪神ドレッド・ルート(攻撃)、冥界の宝札、伏せ1枚 【輝王LP3000】 手札1枚 場:AOJカタストル(攻撃)、機甲部隊の最前線、エレメントチェンジ(光指定)、伏せ2枚 【治輝LP4000】 手札5枚 場:裏守備モンスター2体、伏せ2枚 【創志LP1250】 手札2枚 場:裏守備モンスター、マシン・デベロッパー(カウンター6) 「僕のターンですね。ドロー……フフフ、これはいいカードを引きました」
ドローしたカードを見た砂神は、笑みの色を濃くする。 「魔法カード<サイクロン>を発動! <エレメントチェンジ>を破壊します!」 <サイクロン> 速攻魔法 フィールド上に存在する魔法・罠カード1枚を選択して破壊する。 砂神がかざした魔法カードから竜巻が起こり、輝王の永続罠<エレメントチェンジ>を粉々に砕く。
「くっ……」 「これで、<ドレッド・ルート>は闇属性に戻り、<カタストル>の破壊効果の対象外となります! 今度は貴方に受けてもらいますよ――輝王正義! バトルフェイズ!」 最早恐れるものが無くなった砂神が、高らかにターンの移行を宣言する。 (――どうする?) 治輝は、決断を迫られていた。 先のターンで伏せたカードは、<威嚇する咆哮>。発動したターン、相手の攻撃宣言を封じる罠カードだ。これを使えば、砂神の攻撃を1回だけ防ぐことができる。 問題は、いつこのカードを使うか。 砂神は間違いなく<AOJカタストル>を攻撃してくる。<邪神ドレッド・ルート>の攻守半減効果を受けているせいで、<AOJカタストル>の攻撃力は2400から1200に下がっている。この攻撃が通れば、輝王は2800ポイントのダメージを受けるが、ライフはギリギリ残るはずだ。 (けど……) 果たして、ライフを残りわずかまで削る攻撃とは、どんな威力なのだろうか。 先程の創志への攻撃が頭をよぎる。拳による衝撃波と、無数の砂の刃による斬撃――あれよりもさらに苛烈な攻撃を受ければ、輝王はデュエル続行不能に陥ってしまうのではないか? 輝王には2枚の伏せカードがあるが、動く気配はない。 治輝の懸念は、輝王の身を案じている反面、彼のプライドを侮辱しているのかもしれない。 (それでも……! 後悔するよりはマシだ!) だから、治輝は動いた。 「罠カード<威嚇する咆哮>を発動! このターンの攻撃宣言を封じる!」 <威嚇する咆哮> 通常罠 このターン相手は攻撃宣言をする事ができない。 突如響き渡った鋭い咆哮に、邪神の動きが止まる。わずかに首をかしげ、何故あの程度の咆哮に臆したのかを戸惑っているようだった。
「時枝……」 「……後々のために残しておくべきカードだったのかもしれない。けど、ごめん。これ以上黙って見てるだけなんてこと、できなかったんだ」 「……そうか」 輝王は怒っているわけではなさそうだが、かといって単純に助けられたことへの喜びを感じているわけでもないようだ。 これからの展開次第では、この<威嚇する咆哮>の発動は、焦りが招いた致命的なミスにもなりかねない。それを承知の上で、治輝は動いた。 治輝が複雑な心境に陥っていると、 「よし! ナイスだ治輝! このターン、砂神の攻撃を空振りさせたのはデカいぜ」 親指を立てた創志が、威勢のいい声ではっぱをかけてきた。 「皆本……」 「創志でいい。アイツは十中八九<カタストル>を狙ったと思うけどよ、万が一俺の伏せモンスターがやられたら、せっかくの作戦がパーになるとこだった。これで、あの邪神をぶっ倒してやれるぜ」 そう言って自分の手札を眺める創志は、自信に満ち溢れている。よっぽどの策を隠しているのだろうか。 「<威嚇する咆哮>は予想外でしたが……いつまでそうやって凌げますかね。僕は邪神以外では攻撃しないつもりですが、貴方たちが殻に閉じこもって時間稼ぎをするようなら、容赦はしませんよ。モンスターをセットして、ターンエンドです」 「よっしゃ! 俺のターンだ!」 張りきる創志を見ていると、何故か不安になってくる。先のターンでの<A・ジェネクス・トライフォース>の召喚は結果的に悪手になってしまったが――それが尾を引きずっているのだろうか? 何にせよ、これ以上治輝にできることはない。ここは創志に任せる他なかった。 【砂神LP6000】 手札5枚
場:邪神ドレッド・ルート(攻撃)、裏守備モンスター、冥界の宝札、伏せ1枚 【輝王LP3000】 手札1枚 場:AOJカタストル(攻撃)、機甲部隊の最前線、伏せ2枚 【治輝LP4000】 手札5枚 場:裏守備モンスター2体、伏せ1枚 【創志LP1250】 手札2枚 場:裏守備モンスター、マシン・デベロッパー(カウンター6) 「行くぜ! まずは裏守備の<ジェネクス・ニュートロン>を反転召喚!」
素早くカードをドローした創志は、即座に動き始める。 <ジェネクス・ニュートロン>――最初のターンで<A・ジェネクス・トライフォース>の効果によってセットしておいたモンスターだ。 <ジェネクス・ニュートロン> 効果モンスター 星4/光属性/機械族/攻1800/守1200 このカードが召喚に成功した場合、 そのターンのエンドフェイズ時に自分のデッキから 機械族のチューナー1体を手札に加える事ができる。 「そして、<ジェネクス・ニュートロン>をリリース……現れろ! <アーミー・ジェネクス>!」
姿を現したのは、巨大な重火器を抱えた迷彩柄のボディの機械兵だ。赤いヘルメットを被った頭部は骸骨を連想させ、ボディの各所から背部のエネルギータンクに繋がるチューブが伸びている。 <アーミー・ジェネクス> 効果モンスター 星6/地属性/機械族/攻2300/守1300 「ジェネクス」と名のついたモンスターをリリースして このカードのアドバンス召喚に成功した時、 相手フィールド上に存在するカード1枚を破壊する事ができる。 「そのモンスターは……」
「<アーミー・ジェネクス>は、<ジェネクス>と名のついたモンスターをリリースしてアドバンス召喚に成功した時、相手フィールド上に存在するカード1枚を破壊することができる! その<邪神ドレッド・ルート>は<アバター>のように<ハードアームドラゴン>をリリースして召喚したわけじゃねえから、破壊できるはずだぜ!」 (なるほど。皆本……いや、創志はこれを狙ってたのか) 一見攻め急いだように見えた初ターンでの<A・ジェネクス・トライフォース>のシンクロ召喚だが、きちんと後詰めは用意されていたわけだ。 「食らいな! バスターミサイル!」 <アーミー・ジェネクス>が抱えていた重火器を右肩に固定し、照準を定める―― が。 機械兵は、それ以上動かなかった。 「どうした? 早く<ドレッド・ルート>を破壊――」 しろ、と言い切る前に創志は異変に気付く。 <アーミー・ジェネクス>の体に深緑の鎖が巻きつき、その動きを縛っていた。 「これは……!」 「<デモンズ・チェーン>。残念ですが、<アーミー・ジェネクス>の効果と攻撃を封じさせてもらいました。本当は<カタストル>相手に使う予定だったのですがね……<サイクロン>を引けたのは僥倖だったということですか」 そう言いつつも、砂神は創志の行動を見透かしていたと言わんばかりの邪悪な笑みを浮かべる。 <デモンズ・チェーン> 永続罠 フィールド上に表側表示で存在する 効果モンスター1体を選択して発動する。 選択したモンスターは攻撃できず、効果は無効化される。 選択したモンスターが破壊された時、このカードを破壊する。 「こいつはまずい……」
治輝は渋い表情で状況を鑑みる。<アーミー・ジェネクス>は<デモンズ・チェーン>によって効果を封じられただけでなく、攻撃表示のまま場に残ってしまった。このまま攻撃を受ければ、創志のライフは尽きる。 「――策はあるのか? 皆本創志」 「……ぐぐ。カードを1枚伏せて、ターンエンド」 ターン開始時とは打って変わって、悔しげな表情でエンドを宣言する創志。完全に狙いを外された格好だ。 「随分自信ありげに見えたんですが、所詮はこの程度ですか。なら、貴方には最初に死んでもらうことにしましょう」 砂神の冷酷な瞳が、創志を射抜く。 「僕のターン。それでは、消えてもらいましょうか。バトルフェイズ! <邪神ドレッド・ルート>で<アーミー・ジェネクス>を攻撃!」
鬱憤を晴らすかのように雄叫びを上げた邪神が、右腕を大きく振り上げる。 「フィアーズ・ノックダウン!」 「――創志!」 「……ッ!」 鉄槌が振り下ろされる。 迷彩色のボディが巻き付いた鎖ごと粉々に砕け、邪神の拳に宿る覇気によって破片すら消し飛んでいく。 「――リバースカードオープン! <ガード・ブロック>!」 攻撃による衝撃波が創志を飲み込む寸前、彼の場にあったリバースカードが表を上げる。 <ガード・ブロック> 通常罠 相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。 その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、 自分のデッキからカードを1枚ドローする。 創志の前に空気でできたような透明の障壁が出現し、衝撃波を防ぐ。
「<ガード・ブロック>の効果で戦闘ダメージをゼロにして、カードを1枚ドローするぜ」 「防ぎましたか。一応僕が選んだ人材なのだから、これくらいはやってもらわないと困りますがね。モンスターをセットして、ターンを終了します」 砂神のターンが終了し、創志はふう、と安堵のため息を吐く。それからすぐに表情を曇らせ、 「悪い……しくじった。大見得切ったのに、カッコ悪りいな、俺」 申し訳なさそうに呟く。 「……そうでもない。<デモンズ・チェーン>を使わせたのは大きい。これで、奴の場に伏せカードはないからな」 「輝王……」 フォローを入れた青年は、創志に向かって微笑を浮かべて見せる。 輝王は、そのまま創志から治輝に視線を流すと、治輝の場の伏せモンスターを見ながら口を開いた。 「――時枝。ひとつ訊きたいことがある」 「……何だ?」 「先程の<威嚇する咆哮>発動のことだ。お前の伏せモンスターは、破壊されると困るようなカードか?」 「いや……そういうわけじゃない。けど、破壊されることで効果を発動するようなモンスターでもないから、残せるに越したことはないって程度だ」 治輝の伏せモンスターは、<ミンゲイドラゴン>と<ガード・オブ・フレムベル>。前者はドラゴン族モンスターをアドバンス召喚する際に2体分のリリースとすることができるモンスターで、後者はレベル1のチューナーモンスターだ。<ミンゲイドラゴン>は蘇生効果を持っているが、<ガード・オブ・フレムベル>が残った場合は効果を使用することができない。どちらのモンスターも戦闘破壊されることで大きな損失を被るわけではないが、フィールドに残るならその分選択肢の増えるモンスターだ。 「なるほどな。了解した」 そう言って頷いた輝王は、視線を前に戻す。何か考えがあるようだ。 【砂神LP6000】 手札5枚
場:邪神ドレッド・ルート(攻撃)、裏守備モンスター2体、冥界の宝札 【輝王LP3000】 手札1枚 場:AOJカタストル(攻撃)、機甲部隊の最前線、伏せ2枚 【治輝LP4000】 手札5枚 場:裏守備モンスター2体、伏せ1枚 【創志LP1250】 手札2枚 場:マシン・デベロッパー(カウンター8) 「俺のターン。ドロー」
静かにカードをドローした輝王は、引いたカードを横目で確認したあと、 「……俺はこのままターンを終了する」 即座にターンの終了を宣言した。 「なっ……!?」 「お、おい輝王!? 正気かよ!」 突拍子もない輝王の行動に創志が狼狽を顕わにし、治輝も驚かずにはいられなかった。とても<邪神アバター>を倒したデュエリストとは思えないプレイングだ。 何故、<AOJカタストル>の表示形式を変更しなかったのか。 すでに<エレメントチェンジ>は破壊されている。闇属性モンスターに対しては、<AOJカタストル>の効果は発動しない。このまま<邪神ドレッド・ルート>の攻撃を受ければ、当然ダメージが発生する。 「……僕を誘ってるんですか?」 攻撃表示で残った<AOJカタストル>を訝しげな視線で眺めた砂神が、輝王に向かって言葉を投げる。 「さっきの攻撃を防いだのは、時枝治輝の<威嚇する咆哮>。今度は貴方自身が伏せたその2枚のカードで<ドレッド・ルート>の攻撃を避ける……いや、<ドレッド・ルート>を破壊するつもりですか」 「それはお前が考えることだ」 「……ッ」 輝王に一蹴された砂神は、平静を装いつつもわずかにたじろぐ。 「……いいでしょう。なら、次のターンで確かめてあげますよ」 これで、邪神の矛先は輝王に向いたも同然だ。 しかし、治輝が<威嚇する咆哮>を発動したターン、輝王は伏せカードを起動する素振りを微塵も見せなかった。つまり、彼の伏せカードは攻撃に対して反応する魔法・罠ではないということだ。<AOJカタストル>の戦闘破壊が発動条件なのか、それとも―― 「あんま難しく考えんなよ、治輝。輝王には輝王の考えってやつがあるんだろ」 「……そう、だよな」 創志の言うとおり、何か策がなければこんな無謀な真似はしないだろう。今までの言動やプレイングを見ていれば、輝王がそんなデュエリストでないことは分かる。 それでも、治輝の心中には、喉に刺さった魚の小骨のように、小さな不安がこびりついていた。 【砂神LP6000】 手札5枚
場:邪神ドレッド・ルート(攻撃)、裏守備モンスター2体、冥界の宝札 【輝王LP3000】 手札2枚 場:AOJカタストル(攻撃)、機甲部隊の最前線、伏せ2枚 【治輝LP4000】 手札5枚 場:裏守備モンスター2体、伏せ1枚 【創志LP1250】 手札2枚 場:マシン・デベロッパー(カウンター8) 「――輝王正義。貴方の真意、確かめさせてもらいますよ」
ドローしたカードを見ようともせずに、砂神はピラミッドの頂上から<AOJカタストル>を――その主である輝王正義を睨みつける。 「やってみろ。お前にできるならな」 「……僕を侮辱したことを、後悔させてあげます! やれ、<ドレッド・ルート>!!」 主人の怒りを代弁するかのように強く拳を握った<邪神ドレッド・ルート>が、星の少ない夜空へ向かって高々と拳を振り上げる。 「フィアーズ・ノックダウン」。 具現した恐怖を纏った拳が、処刑台のギロチンのごとく振り下ろされる。 「――輝王!」 治輝は青年の名を叫ぶが、やはり動きはない。 ぐしゃり、と。 白金の機動兵器は、為す術もなく叩き潰され、砕け散った。 邪神の拳が砂漠の大地を穿ち、巻き上げられた砂と共に衝撃波が起こる。 人を吹き飛ばすなどという生易しいものではなく、触れたものを粉微塵にしてしまう、最早兵器と呼ぶべき衝撃波だ。 「……ッ! 術式解放!」 その衝撃波を真正面から受け止めた輝王は、苦痛に顔を歪ませる。 それでも、その両足が大地から離れることはない。 「ぐっ……!」 輝王が着ているコートは破れないのが不思議なくらいにバサバサとはためき、デュエルディスクがギシギシと不気味な音を立てる。口の端から血が流れ、徐々に膝が曲がっていく。 「…………」 攻撃に耐える輝王の姿を、砂神は黙って眺めていた。 やがて衝撃波は収まり、砂神は不服そうに鼻を鳴らした。 【輝王LP3000→200】
攻撃が終わったことで弛緩したのか、それとも我慢の限界だったのか、ふらりとよろけた輝王が片膝を突く。二、三度頭を振り、それからゆっくりと立ち上がった。
「……大丈夫か?」 創志と比べると外見の傷は少ないが、あれだけの衝撃波を受けたのだ。悪い例え方だが、ボクサーのパンチを何十発も食らったようなダメージを受けているはずだ。拭っても垂れてくる口の端の鮮血が、それを物語っている。 輝王の身を案じる治輝だが、そこで先程から抱えていた疑問が再燃する。 何故、<AOJカタストル>を攻撃表示で残したのか。 結局、輝王が何らかの効果を発動することなく<AOJカタストル>は破壊され、大きくライフを削られた。かろうじて残っているものの、200という数値では守備モンスターすら殴れないだろう。 輝王は、一体何を狙っていたのか? 「……示す必要があった」
その疑問に答えるように、輝王が口を開いた。
「俺は……俺たちは、どんな攻撃を受けようと、ライフが尽きなければ立ち上がることができる。それを見せたかったんだ。時枝――お前にな」 「…………」 「勝利だけを求めろ、とは言わない。だが、無理をしてまでフォローに回ろうとするな。俺たちはチームだが……強引に歩幅を合わせる必要はない。お前は、自分のデュエルをしろ」 「輝王……」 治輝としては、無理をしてフォローに回っていたつもりはない。 けれど、やはりどこかで焦っていたのだと思う。<邪神ドレッド・ルート>を倒す術を持ちながらも、動けなかった自分に対して。 「それに、選択肢は多い方がいいだろう?」 そう言って、輝王は治輝の場に在る伏せモンスターを指差した。もし、<AOJカタストル>が守備表示に変更された場合、業を煮やした砂神が一気に守備モンスターを破壊してくる可能性もあった。 (だから、輝王は俺の伏せモンスターのことを訊いてきたのか……) 仮にリクルーターをセットしていた場合、あえて戦闘破壊してもらい、デッキから目当てのモンスターを呼び出すことができる。輝王はそれを確認したかったのだ。 「へっ、カッコつけすぎだっつーの」 「お前に言われたくはないな。<機甲部隊の最前線>の効果発動。俺は<A・マインド>を守備表示で特殊召喚する」 輝王が呼びだしたのは、黒い球体型のモンスターだ。中心には瞳のような緑色のレンズがあり、体の至るところから接続用のコードが伸びている。 <A・マインド> チューナー(通常モンスター) 星5/闇属性/機械族/攻1800/守1400 A・O・Jの思考回路を強化するために開発された高性能ユニット。 ワーム星雲より飛来した隕石から採取された物質が埋め込まれており、 高いチューニング能力を誇る。 その未知なるパワーの謎は未だに解明されていない。 「……ふん。色々と思惑があるようですが、果たしてそれは<AOJカタストル>を失うほどの価値があるものなんですかね? 僕はモンスターを1体セット。カードを1枚伏せて、ターンを終了します」
これで、砂神の場には<邪神ドレッド・ルート>の他に、裏守備モンスターが3体。第三の邪神がいるとしたら、すでに供物は揃っているわけだ。 (それでも……やるしかない。輝王の示してくれた覚悟を、無駄にするわけにはいかない!) 【砂神LP6000】 手札4枚
場:邪神ドレッド・ルート(攻撃)、裏守備モンスター3体、冥界の宝札、伏せ1枚 【輝王LP200】 手札2枚 場:A・マインド(守備)、機甲部隊の最前線、伏せ2枚 【治輝LP4000】 手札5枚 場:裏守備モンスター2体、伏せ1枚 【創志LP1250】 手札2枚 場:マシン・デベロッパー(カウンター10)
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