シューティングラーヴェ(はてな)

シューティングラーヴェの移行先

パンチが亡くなった

自力で段差を登れなくなった頃 散歩の途中で抱っこして帰ることが多くなった。

しがみつくのが上手いので、抱えるのに苦労はいらなかった。

だから想像してしまう。

もしこの力が、どんどんと弱くなっていったら

軽くなったはずなのに、重さを実感してしまったら

その感触に、自分は耐えれるのだろうかと。

 

思えば色んな人の死に目を超えてきた犬だった。

祖父は散歩中に突然死。

祖母は僕に後の世話を託し、足の切断に耐えれずに死んでしまった。

一番溺愛していた父は今施設にいて離れ離れ

母の統合失調症が最盛期の時は、家の中で唯一の癒しだった。

目が見えなくなってきても、肉を焼いてる時に足元に纏わりついてくる食い意地の強さは相変わらずで。苦笑いすることも多かった。

 

散歩の帰り、抱えた重さは変わらない。

きちんとしがみついて、転んだ拍子についた草のような何かを、セーターに沢山くっつける。

目が見えてないはずなのに、見えてるように振る舞うのが上手いので

思い込みの強い母が「この子の目は見えてる!」と言って聞かなかった。

心が弱い母なので、そう思っていられる方が負担は少なったのだと思う。

人間でいうと100歳を超える かなりの高齢であっても

体が少しずつ不自由になっても、今まで通り振る舞うのが上手かった。

 

日曜の朝

グッタリとしていて、とても散歩ができる状態ではなかった。

布団の中で粗相をして、ウンチはリビングでしてしまうのが精一杯。

もうオムツ生活になるかもしれない。そんな風に思って、通販で色々と注文して

病院に行く直前に、抱きかかえて外に連れ出す。

懸命にしがみついていつもの散歩コースにつくと、負担の少ないようゆっくりと降ろす

ぺしゃりと、座る事すらできずに倒れてしまう力の無さを感じた。

慌ててもう一度抱き起こして、車で病院に連れて行く。

病院の待ち時間が終わると懸命にしがみついて、いつものように抱え診察室に。

 

「……亡くなってますね」

 

そう言われた時の感情は、未だに言語化できない。

え、そうなの?とか

その発想はなかった。とか

不謹慎で場違いな驚きが近かったかもしれない。

 

病院に行く直前と、診察室に向かう前の抱っこの感触。

両方とも、いつものようにしがみついてるとばかり感じていた。

でも後者の時点で、恐らく既に亡くなっていて。

だとしたら後者に感じた感触は、一体なんだったのか。

 

母と同じく、思い込みだったんだろうか。

いつもしがみついてると思っていたけど、本当はもう力なんかなくなっていて。

それを認めたくないから、しがみついてると勘違いしていたんだろうか。

亡くなった後の感覚すら、誤魔化せるほどに。

 

そうかもしれない。ただ「でも」とも思う。

最後のトイレを、寝込んでいた布団の中ではなくリビングまで歩いてした。

弱っていても食い意地が張っていたし

目が見えるように振る舞うのが上手かった。

そういう、優しい奴だったのだと、僕は思う。

 

いつも想像していた。

もしこの力が、どんどんと弱くなっていったら

軽くなったはずなのに、重さを実感してしまったら

その感触に、自分は耐えれるのだろうかと。

 

その「耐えれないはずの実感」が一切ないまま、パンチは亡くなった。

優しい奴だったから

きっと最後の瞬間まで、ずっと、そのために、生きていてくれたのだと。

 

……そういう感情を忘れないために、今こうして感じたことをそのまま書いている。

言えずに逝ってしまったけど、今まで本当にありがとう。

ありがとう。

 

 

 

 

 

親が統合失調症になった

近況を書くのは本当に久しぶりだが、記すべきと思ったので書いていく。

 

母は以前にも精神病を患っており、しかしここ2~3年の経過は良好だった。

病気になる以前にも一切種類を増やそうとせず、挑戦しようとしなかった料理の開拓にも意欲的だったのは記憶にも新しい。むしろ以前より良くなっていると、この頃は強く感じていた。

 

ただ生涯において、母をまともな人間だと感じたことは少ない。

宗教を頑なに信じていて、それで心を守っているような人間だった。それによって傷付けられたことも一度や二度ではない。ただ間違いないのは、宗教を取り上げることは勿論。宗教無しで生きられるとは到底思えない人間だということ。

 

僕自身は宗教を信じることはなかったが、文字通り必要な人間はいる。

必要。必ず要する。無くてはならないもの。母にとって宗教とは、そういうものだと認識していた。だからそれを強く咎めることもしなかった。仮に奪ったところで、それを埋められるものが見当たらないからだ。

 

尊敬するところがあるとすれば、嘘を言おうとせず、嘘を嫌っていた性質だろう。母は処世術としての嘘をほぼ使わず生きてきた。言うのは簡単だが、それがどれだけ異常なことなのか。想像してもらえばわかると思う。もし思った事を全て話してしまう病気にかかってしまったら、僕は5秒で問題を起こし、社会に存在することはできないだろう。それでもなんとかなっていたのは、当人が他人を呪わず、裏を使わずとも他人に受け居られる人間性だったからだ。

 

だからだろうか。

母は友人と話す時も、思った事はなんでも言う人間だった。悪口を直接言うであるとか、そういう類のものではなく、凄いと思った事は凄いと言うのだ。それが自分のことであっても。

 

今日は〇時間も皆の為に祈った!

料理もちゃんと作った!

と、電話で友人に話し続ける。

 

良いことだな、と思う面もある。自分で自分の事を褒められるのは、なんであれ悪い事ではない。それは否定されることではないように思う。

 

ただ同時に危うさも感じていた。

友人に自分の自慢話をする。且つ良好な関係を築いて行くには、友人側が好意を持ってくれていることが大前提だ。甘えていると言い換えてもいい。余程信頼関係が無ければ、親しい友人でなければ成立しない。

 

……だが、結局電話相手が居なくなることはなかったので、友人に恵まれていたのだと僕は考えていた。だから、母は電話が何より好きだった。

 

そんな母がある日、電話を一切しなくなった。

といっても、気付くまでにはかなりの時間を要した。今思えば。気付いたら。いつの間にか。母は電話を一度もすることがなくなり、交友関係の一切を断ち切っていた。それからしばらくして、一人で笑い、大きな独り言を頻りに叫び、届いた郵便物も全て捨てるようになった。

 

統合失調症。それ以外に考えられない。

 

日を重ねるたびにトラブルは増えていく。騒音はもちろんだが、近所の方が管理している網を勝手にこちらの敷地に収納し、文句を言いにきた相手を精神病扱いした。後に事情を説明し、謝罪を受け入れてはもらえたが、これが続いたら悪感情を向けられても文句は言えないだろう。

 

薬を飲んでくれといっても、受け入れてはもらえない。

病院に行こうと伝えれば、怒り狂う。

 

人間と認識していた人が違うものに変わってしまう瞬間は、祖母や父親で経験していたつもりだったが、何度目であろうと慣れる事はなかった。

実害が出ている以上、入院しかない。身内がこのまま接していたら、いつか不幸な事故が起きる……そんな確信がある。先日母は、父に土下座を要求していた。父は反発し、当然諍いが起こる。

 

限界が来る前に行動に起こすべきだ。それはわかるし、別に悲しいことだとも思わない。

 

ただ一つ、強く思うことがあったのは

 

いつも誰かの為に祈っていた母が、祈りの内容を話したときのことだ。

祈りに意味があると思った事はない。宗教は母を救っていたかもしれないが、宗教によって傷付いたり、トラブルが起こったことも無数にある。僕本人にとっては実害の方が遥かに大きかったからだ。

 

だがそれでも、母は誰かの為に祈っていた。意味があるものかはともかく、多くの時間をその行動に裂いていた。

 

「お父さんは?」

「ちゃんと寝てるよ」

安否を確認しての発言と捉えて、そう返事をする。

「そうじゃなくて、ちゃんと死んだ?」

「……」

「実際にやると犯罪になっちゃうから、今祈りでね。消そうとしてるの」

 

 

 

さて、そう。何と返したのだったか。

思い返している今ですら、筆が止まる。わかっているのは、母が「別のもの」に変わってしまったという事実だけ。

……もしくは病気の今が本音で、本当は普段から消したいと思っていたのかもしれないが。可能性を考えると、余計に陰鬱になってくる。

 

ただ、そういった理由を全部取っ払って感想を述べるならば

誰かを殺す為に祈っていると伝えられて「なるほどな」と思った。

 

なるほどな。そう、納得の言葉だ。

親の唯一尊敬できる部分が、病気によって消えてなくなったことへの納得。納得。

入院で治るのであれば、今すぐにでも良い病院に入れるべきだろうが、恨まれることになることは想像に難しくない。恨まれてもいいが、ただただ心が疲れる。

 

今の自分は、何の為に生きているのだろう。

心が疲れた時に誰もが思うことかもしれないが、今正にそんな気分である。

 

生きる為には、取っ掛かりが必要だと思う。

アニメの為に生きたい!趣味が楽しいから生きたい! 理由はなんでもいい。

ただそれは取っ掛かりから引き摺り下ろそうとする力が強ければ強いほど、意味の無いものになっていく。

 

母はそれを感じることすらできなくなり

自分はそれを強く感じている。

 

そこまで考えて「なるほどな」と感じる。納得の言葉だ。現状への、納得の言葉。

久々に書いたことで考えがまとまったし、わかったことが一つ。

 

「割と平然としてたけど、改めて書いてみるとロクでもない状況だなこれ」

 

考えを整理しない方が、楽になれる時もある。

母の病気の本質も、もしかしたら似たものなのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遊戯王オリジナル×stage=01~終わり

 

徹底した静寂が、青年の歩く音を際立たせる。
 青年の名は、時枝治輝。
 輝王正義、皆本創志と共に、今回の事件の元凶である砂神を打倒した張本人。
 出会って間も無いとはいえ、共に力を合わせ、困難を打ち破った同胞だ。
 だからこそ、誰もが耳を疑った。

 

「おまえたちを、このまま帰すわけにはいかない」

 

 その声色は、今までの時枝治輝のものとは、全く別種のものだ。
 勝利の余韻を共有し、互いを称え合った声とは異なる声。
 青年が歩を進めていく先には、気絶した砂神の姿。
 その進行を阻む様に、作務衣姿の人間――比良牙(ひらが)が治輝の目の前に、音もなく現れる。
「聞こえなかったのかい? 主様に近付く事は許さないよ。余り同じ事を言わせないでもらえるかな」
 飄々とした様子とは裏腹に、彼の言葉には凄みがあった。
 その言葉を無視するなら、こちらも容赦しない――と。
 並の人間なら、それだけで畏怖を感じる程の圧迫感を、比良牙は発する。
 時枝治輝はそれを聞き、足を止める。
「そのまま戻る事だ。君もその方が」
 比良牙は聞き分けの無い子供に呆れるかのように声を続けようとして
 首元に、冷たい感覚を覚えた。
 時枝治輝は止めたはずの足を再び動かし、比良牙の横で、囁くように言う。

 

「――そんな奴に近付く気なんて、あるわけないだろ」

 

 次の瞬間、比良牙の首元に鋭利な剣が現れた。
 あるいは既に、存在していたのかもしれない。
 刃がギラリと光り、影に覆われている龍の姿を映し出す。
 大剣の持ち主は、その場にいる者には見間違えようも無い姿をしていた。
 邪神イレイザー打倒に一役買い、機龍と共に恐怖の象徴に打ち勝ったモンスター。
 <ドラグニティアームズ・レヴァテイン>
 治輝を支えてきたモンスターであり、治輝を象徴する存在。
 比良牙は観念したかのようにため息を吐き、その動きを止めた。
 



 □□□




 創志は困惑していた。
 共に邪神に挑み、その困難を乗り越えた仲間の豹変に。
「治輝、一体おまえ……!」
 意を決して、皆本創志は声を出す。
 だが、青年の歩みは止まらない。
 聞こえていないかのように、歩調は一切変わらない。
 どうするべきかと逡巡している間に、治輝が砂神の下に辿り着く。
 そして、次の瞬間。
 その襟首を、容赦なく捻り上げた。





 ■■■





「がッ……!」
「意識は無くても、呻き声は出るんだな。知らなかった」
「ガッ……ハッ……」
「ほら、さっさと起きろよ。遅刻は校則違反だぞ」

 

 治輝は砂神をしばらく吊り上げると、無造作に放り投げた。
 砂神は地面に叩き付けられ、治輝はそれを無表情に見下ろす。
 何かを小さく呟いたが、それは周囲には響かない。
「治輝――おまえッ!」
 弾けるように飛び出してきたのは創志だ。
 信じられないものを見るような目をして、治輝に詰め寄る。
「なんでこんな事するんだよ! 決闘の決着は付いたんだ、それ以上相手を痛めつけてどーすんだよ!? このまま元の世界に戻って終わって――それでいいじゃねーか!」
 治輝はそれを聞いて、再び砂神の方へと視線を戻す。
 睨むように目を細め、注視する。
「駄目なんだよ。それじゃ終われない」
 そして創志に背中を向けたまま――治輝は決闘盤を手首に装着した。
 それはまるで、刃物を手にした処刑人のようで。



「砂神緑雨――コイツはここで殺すべきだよ」



 手首から禍々しく紅い光を発しながら、そう宣言した。
 
「……何故その様な結論になる? 理由を聞こうか、時枝治輝」
 輝王は訝しがるように、治輝に問いを送る。
 それでも、治輝の視線は動かない。
「砂神のした事は、許される事じゃない」
「確かにそうだし、俺もムカついてる! だけどなんでそれが殺すって事になるんだよ!?」
「コイツは七水――、達を危険に合わせた。力を奪い、殺そうとした」
「殺そうとしたからやり返そうってのか!?」
「今回は上手く行ったかもしれない。でも砂神はまた仕掛けてくるかもしれない。その時――上手く行く保証はあるのか?」
「……ッ」
 創志はティト達の事を考え、言葉に詰まる。
 次も上手く行く、と息巻くのは簡単だ。
 だが、その際危険に晒されるのは自分だけではない。
 それを考えれば、治輝の言う事も一理あるのかもしれない。 
「だけど、そんなの――!」
 創志が尚も叫ぼうとするのを、輝王が手で制した。
 更に一つ歩みを進め、廃墟の大地を踏みしめる。
「復讐は、悲劇の連鎖を生む――それをわかっているのか? 時枝」
「そうだな、その通りかもしれない」
 予想に反し、治輝はその言葉を認めた。
「でも」
 それを認めた上で、治輝は振り返る。
 先程まで肩を並べた盟友と、対峙するように。

「仮に"連鎖しない"のなら、何も問題はないだろ?」

 仮面の様な無表情で、治輝は言った。













    オリジナル × stage -02


 比良牙は首元に<レヴァテイン>の大剣を突きつけられながら、再びため息を吐く。
「あーあ、これは邪神の毒気にあてられちゃったのかもしれないね」
「……毒気?」
 場の空気にそぐわない、飄々とした声調に若干の苛立ちを含ませながら、創志は比良牙に顔を向ける。
「邪神の毒気って奴さ。それにあてられた人間は感情のバランスが崩れて、心の闇は増大する」
「……随分と気前がいいじゃねぇか。本当なんだろうな?」
「主様のピンチだしね、嘘は言わない。利用できる者は何でも利用させてもらうよ」
「でも、だったらなんで俺や輝王は平気なんだ?」
「君達がそうならないのは耐性というよりも『適正』と言った方が相応しいかもしれない」
「適正? 俺達に?」
「逆だよ。彼に適正があり過ぎたのかもしれない。全く厄介な事をしてくれたよ」
「適正――か」
 輝王は、比良牙の言葉を反芻する。
 仮に邪神に対する適正という物が存在し、治輝にそれがあるのだとすれば――確かに説明はつく。
 しかし、何かピースが足りない様な違和感を覚えた。
 だからこそ、コート姿の青年は処刑人の様な目をした青年に向かい、言い放つ。
「時枝――俺と、決闘をしてもらうぞ」
「……」
「勝ったら砂神を殺す事は諦めろ。それでいいな」
「……仕方ないな、それで納得してもらえるなら」
 治輝は薄く笑いながら、決闘盤を構える。
 輝王は治輝を真っ直ぐと見据え、デッキに手を添える。
「ちょっと待った! 俺もその決闘受けさせてもらうぜ。治輝の目を覚まさせてやる!」
「皆本……」
「それに、こんな形は嫌だったけど――治輝とは一度決闘したかったからな」 
 創志はそう言い、輝王の横に並び立つ。
 動じないその変わらぬ様子を見た輝王は、若干の頼もしさを感じながら、治輝に視線を向けて言い放つ。

「そういう事だ――悪いが、二人同時に相手をしてもらうぞ」
治輝が頷いたのを確認して、輝王は言葉を続ける。
相手にぶつけるのではなく、自らに言い聞かせるように、
「……俺なりに計らせてもらう。時枝治輝という男を」

 
 ■■■


 二人の気迫は本物だった。
 だからこそ、色々な心情が渦巻いていく。
 だからこそ、治輝は頷く事も、言葉を返す事もしなかった。
 ただ決闘盤を構える。
 それが、今の自分にできる全てだと。

「決闘――!」

 三人がそれぞれ何度も口にしてきた言葉が、一つの叫びとして重なる。
 それが木霊するのは砂漠ではなく、廃墟。
 ただ一人の青年だけが創り出す事のできる――ただ一つの風景だった。
 
■変則タッグデュエルルール
□フィールド・墓地はシングル戦と同じく個別だが、以下の事項は行うことができる。
・自チームのモンスターをリリース、シンクロ素材にすること。
・「自分フィールド上の~」という記述のあるカード効果を、自チームのモンスターを対象に発動すること。
・自チームの伏せカードは、通常魔法・通常罠に限り、伏せたプレイヤー以外のプレイヤーでも発動可能。
・自チームのプレイヤーへの直接攻撃を、自分のモンスターでかばうこと。
□全てのプレイヤーが最初のターンを終えるまで、攻撃を行うことはできない。
□ターンは、治輝→輝王→治輝→創志→治輝……の順で処理する。
□ライフは共通制で、お互いのライフは8000 
□エキストラデッキのカードは味方の物を使う事も可能とする。

「俺のターン、ドロー」
 治輝はカードをドローし、合計6枚になった手札を確認する。
 輝王は 「2人同時に相手をしてもらう」 と言ったが、砂神との決闘と同じく、この決闘で有利なのは1人側だ。
 決闘には積み重ねをする事で初めて可能になるコンボや切り札が存在し、それが鍵を握る事も多い。
 その"積み重ね"を、1人側はターンが多く回ってくる為、円滑に進める事ができる。
「モンスターを1枚セットし、ターンエンド」
「なら行かせてもらうぞ――ドロー!」
 特に輝王は、その事実を重要視していた。
 強敵だったが、砂神に未熟な点――付け入る隙は十分にあった。
 だが、目の前の相手にそんなものは期待できない。
 ミラーフォースの存在を看過し、尚且つ自身の切り札の布石へと利用し、<邪神ドレッドルート>を倒すまでに至った男。
 味方にすれば頼もしいが、それが今は敵として立ち塞がる。
「カードを2枚セットし、モンスターを守備表示でセットする。ターンエンドだ」
 ――カードの出し惜しみは敗北に繋がる。
 そう判断した輝王は、カードを2枚セットし、ターンエンドを宣言した。

【治輝LP】8000 手札5枚
場:裏守備モンスター

【輝王】 手札3枚
場:裏守備モンスター
伏せカード2枚
【創志】 手札5枚
場:なし

【輝志LP】8000

 治輝にターンが回り、無言でカードをドローをする。
 攻撃が可能になるのは、次の治輝のターンからだ。
 攻撃ができない以上、それまでの間に自身のモンスターを晒す事の意義は少ない。
 初見の相手は勿論、見知った相手に敵対する際も、自身の保有してるモンスターの存在を明らかにしないのが得策なのだ。
 理由の一つが、単純な攻撃力。
 最初のターン。攻守1800のモンスターを攻撃表示で召喚したとする。それが一番攻撃力の高いモンスターだからだ。
 次の相手のターン――それを見た相手は何を考えるか。
 手札で最強のモンスターが1700だとしても、魔法罠の補助無しで召喚しようとは思わない。
 単純な攻撃力勝負では、1800のモンスターに一方的に戦闘破壊されてしまうからだ。
 だが裏守備表示でそのモンスターをセットすれば、話は変わってくる。
 相手はそのモンスターの正体がわからない為、攻撃力の高い1700のモンスターを召喚してくる可能性が出てくる。
 そうすれば守備も1800のモンスターは破壊されず、返しのターンに攻撃表示に変更し、そのモンスターを撃破する事が可能になる。そのモンスターが効果モンスターだとしても、その特徴や弱点等の情報を相手に与えずに済む。
 だからこそ、攻撃のできない状態でモンスターを晒す事に意義は少ない。
 そして、治輝はそのセオリーを熟知していた。
 このターン、治輝は攻撃ができない。
 だからこそ

「――ミンゲイドラゴンを2体分の生贄としてリリース」

《ミンゲイドラゴン/Totem Dragon》 †
効果モンスター
星2/地属性/ドラゴン族/攻 400/守 200
ドラゴン族モンスターをアドバンス召喚する場合、
このモンスター1体で2体分のリリースとする事ができる。
自分のスタンバイフェイズ時にこのカードが墓地に存在し、
自分フィールド上にモンスターが存在しない場合、
このカードを自分フィールド上に表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
この効果は自分の墓地にドラゴン族以外のモンスターが存在する場合には発動できない。
この効果で特殊召喚されたこのカードは、フィールド上から離れた場合ゲームから除外される。

「現れろ――<タイラント・ドラゴン>!」
 治輝は手札に存在する上級龍を"召喚"した。

タイラント・ドラゴン/Tyrant Dragon》 †
効果モンスター
星8/炎属性/ドラゴン族/攻2900/守2500
相手フィールド上にモンスターが存在する場合、
このカードはバトルフェイズ中にもう1度だけ攻撃する事ができる。
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
このカードを対象にする罠カードの効果を無効にし破壊する。
このカードを他のカードの効果によって墓地から特殊召喚する場合、
そのプレイヤーは自分フィールド上に存在する
ドラゴン族モンスター1体をリリースしなければならない。

 周囲の全てを瞠目させる程の咆哮を発したのは、現代よりも神話の時代に適した風貌をした龍の姿。
 その古くも重々しい姿に相応しい強靭な翼をはためかせ、フィールドへと君臨する。
「――いきなり攻撃力2900かよ!?」
「手加減はしない。俺はカードを1枚伏せて、ターンエンド」
「……」
 創志は驚愕し、治輝は相変わらずの無表情で声を紡ぐ。
 だが、輝王は違和感を覚える。
(何故――タイラントドラゴンを場に出した?)
 攻撃可能な次のターンに出せば奇襲をかける事ができるはず。
 戦術ミス――これは有り得ないと言ってもいいだろう。
 先程の決闘を見る限り、時枝治輝はそういった類の隙が存在する決闘者ではない。
 だが、別の面からその事項を推察すれば、可能性は出てくる。
 それは、先程の時枝治輝の言葉。
(手加減――もし時枝が、自分を倒す事を望んでいたとしたら)
 その場合、時枝治輝は完全に正気を失っているわけではない事になる。
 暴走している人間に、手加減等という器用な事ができるはずがない。
「俺のターン、ドロー!」
 いつの間にか治輝はターンを終了させ、皆本創志のターンへと移り変わっていた。
 創志は手札から間髪入れずに2枚のカードを選び取り、その2枚をセットする。
「ここは守るしかないな……モンスターを裏守備表示でセット! 更にカードを1枚セットして――」
 エンドを宣言するであろう創志の言葉を聞くと同時に、輝王はハッとなり創志を振り返る。
 だが、遅い。

「待て皆本、これは――!」
「――ターンエンドだ!」

 一瞬送れて、創志のエンド宣言が確かに廃墟に響き渡る。
 間髪入れずに、治輝は新たなカードをデッキから引き抜いた。

【治輝LP】8000 手札5枚
場:タイラント・ドラゴン
伏せカード1枚

【輝王】 手札3枚
場:裏守備モンスター
伏せカード2枚
【創志】 手札4枚
場:裏守備モンスター
伏せカード1枚

【輝志LP】8000
 
 場を支配しているのは暴君を名に冠した1体の竜。
 待ち受けるのは3枚の伏せカード。
 迎え撃つのは2枚のセットモンスター。
 誰もが想像していたのは、その暴君が動き出し、こちらの陣に攻め込んでくる姿。
 そのはずだった。

「永続魔法を発動。 更に<タイラントドラゴン>を"リリース"!」

 時枝治輝が。
 その青年が、その言葉を発するまでは。








    オリジナル×stage=04


「な――リリース!? せっかくの上級モンスターを!?」
「……ッ」

 暴君の竜が誇る、強靭な皮膚の至る所に罅が入る。
 創志が驚きを露にし、輝王は僅かに歯噛みをする。
 茶色と紫――暗色と呼称されるはずのその鱗や翼の中心から、眩い光が篭れ出る。
 蛹から蝶が生まれるように。
 煉獄の焔は、天上の光へと変換される。

「アドバンス――召喚!」

フォトンワイバーン》 †
効果モンスター
星7/光属性/ドラゴン族/攻2500/守2000
このカードが召喚・反転召喚に成功した時、
相手フィールド上にセットされたカードを全て破壊する。

 輝王と創志が場に出していたのは、全てセットカード。
 その光は、暴君を待ち構えていたはずの全ての備えと覚悟を、焼き払う。
 「――ッ、罠カード発動!」
 その荒れ狂う暴風の如き裂光は、かつての暴君の面影を覗かせる。
 その光の奔流に負けずと、輝王は1枚のカードを発動させた。 


<エレメントチェンジ>
永続罠(オリジナルカード)
発動時に1種類の属性を宣言する。
このカードがフィールド上に存在する限り、
相手フィールド上の全ての表側表示モンスターは自分が宣言した属性になる。

「指定する属性は光! フォトンワイバーンに効果は無いが――表にした<エレメント・チェンジ>もまた、フォトンワイバーンの効果を受けず、その場に留まり続ける!」
「被害を最小限に……か」

 治輝の表情に僅かに感心の色が宿るが、輝王が失った物は大きい。
 もう1枚の破壊されたセットカードは<聖なるバリア -ミラーフォース->

《聖なるバリア-ミラーフォース-/Mirror Force》 †
通常罠(制限カード)
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
相手フィールド上に存在する攻撃表示モンスターを全て破壊する。

 単体で暴君を墓地へと沈め、革命を成功させる最強の攻撃反応罠カードだ。
 もう1枚の輝王の伏せカードは、同じく<タイラント・ドラゴン>を打倒するはずの伏兵。

《A・ボム/Ally Salvo》 †
効果モンスター
星2/闇属性/機械族/攻 400/守 300
このカードが光属性モンスターとの戦闘によって
破壊され墓地へ送られた時、フィールド上のカード2枚を破壊する。

 <エレメント・チェンジ>で<タイラント・ドラゴン>を光属性を変更し、破壊を可能にするカード。
 これらのカードは、全て<フォトンワイバーン>1枚によって覆されたのだ。
(完全に裏目に出た――いや、違う)
 輝王の伏せカードは<タイラント・ドラゴン>が出てくる以前から伏せられたもの。破壊されたのは偶然かもしれない。
 だが、皆本創志の行動は違う。
 <タイラント・ドラゴン>を敢えて攻撃のできないターンで公開し、裏守備をセットする事を心理的に仕向けられた。
「……くそっ、まんまと一杯食わされたぜ」
「<タイラント・ドラゴン>がまさか囮だとはな――もう少し早く気付くべきだった」
「っていうか、なんでレベル7のモンスターを生贄1体で呼べるんだよ。おかしいだろ!」
「永続魔法<アドバンス・フォース>の効果だな。呼ぶ前に発動していた」

《アドバンス・フォース/Advance Force》 †
永続魔法
このカードが存在する限りレベル7以上のモンスターはレベル5以上の
モンスター1体をリリースしてアドバンス召喚する事ができる。

 <タイラント・ドラゴン>のレベルは8。条件は満たしている。
 これで輝王の<エレメント・チェンジ>以外のカードは全て破壊され、フィールドはガラ空きに等しい状態に。
フォトンワイバーン――ダイレクトアタック!」
 その隙を逃さず、治輝は自らの僕に指令を出す。
 ライフは共通である場合、狙うプレイヤーはどちらでも構わない。
 フォトンワイバーンが標的に選んだのは――輝王正義。
 狙いに気付くや否や輝王は創志を手で制し、自らが得た力を行使する。
「――術式解放ッ!」
 閃光というより、力の流れと呼称する方が相応しいだろうか。流砂にも似た光の集合体が、輝王の正面に飛来する。
 それを正面から受け止めた輝王の顔が苦痛に歪む。
 川の流れを一つの岩で止めようとすれば、いつかは限界が来る。
 ――今の状況は、まさにそれだ。
 輝王はその流れを塞き止める事を諦め、均等に左右へ受け流す。
 その際コートが激しくはためき、手の中心から鈍い痛みを感じた。

【輝王&創志LP】8000→5500

 受け流した力の流動の片側が、静観している比良牙の真上を通り越す。
 比良牙はピクリとも動かず、だが不満気な顔をする。
「危ないな、邪神の攻撃を堪えきったんだ。そんな竜もどきの攻撃、なんて事ないだろう?」
「……」
 輝王は自らの手を見て、沈黙した。
 小さな痺れは感じるが、目立った外傷があるわけではない。
 しかし単なるサイコ決闘者の力とは、全く異質の物を感じる。
 だが、その感触に覚えが無いかと聞かれれば、答えはNOだ。
 これと同質の力を、確かに輝王は経験しているのだから。









 ▲▲▲




 同じ頃――。
 瓦礫の塔の頂上、3人の決闘を見下ろす青年が、堪えきれずに小さく笑う。

「面白ェ状況になってるじゃねェか。どうなってやがんだコイツはよォ」

 その男の名は戒斗。
 井戸の転送装置を利用し、主様とやらを追いかけ、先程瓦礫の塔に転送してきた――ペインの青年である。
 口元を歪め、心底楽しそうな顔で現状を見渡す。
「主とか言う奴はアイツかァ? 既に倒されちまってるみてェだが――」
 舌打ちをしそうになる戒斗だが、塔の真下にカードが落ちているのに気付く。
 尤も、その場所に落ちていたのではなく先程の攻撃の余波で吹き飛ばされて来たものだ。
 常人では視認できない距離だが、永洞戒斗は既に常人ではない異常者である。
 そのカードの効果、ステータス、レベルに至っても、この距離から識別できた。

「へェ、あいつ等に乱入すンのも悪くねェかと思ってたが――おもしれェ」

 三日月のように口元を歪め、彼は塔から飛び降りる。
 今まで以上の自身を、掴む為に。
 
【治輝LP】8000 手札4枚
場:フォトンワイバーン
伏せカード1枚 アドバンスド・フォース

【輝王】 手札3枚
場:エレメント・チェンジ(光属性を指定)
【創志】 手札4枚
場:なし

【輝王&創志LP】5500

 治輝がターン終了を宣言し、輝王にターンが回る。
 言葉数こそ少ないが、その眼光は本物だ。
 力の異質さ――それも不気味ではある。
 だがそれ以上に、今の攻撃で輝王は理解した。

 時枝治輝は、本気でこの決闘に挑んでいる。
 わざと負ける為に手加減をする――そのような事を考えている男に、先の攻撃は繰り出す事は不可能だ。

「――俺はカードをドロー。伏せカードを1枚セットし、守備モンスターをセット。ターンをエンドする」
「……そうするしかないよな。伏せカードも無しで形勢を逆転できる程、現実は甘くない」

 デッキから札を引き抜き、治輝はそのままバトルフェイズに移行する。
 一見無策な攻撃に見えるかもしれない。だがこれもまた、理に適った行動だ。
 仮に先程失った<A・ボム>をまたこの場に伏せたのなら、損害を受けるのは輝王ではなく、攻撃を仕掛けた時枝治輝だ。
 だが当然の事ながら、デッキに同じカードは3枚まで入れられない。
 1枚を破壊した時点で、輝王のデッキに存在し得る<A・ボム>のカードは最多数で2枚。それが手札にある確率は少ない。
 デッキに3枚の<A・ボム>投入されていなければ更に確率は下降するし、何より"輝王正義である"という事項がその予想を確たる物へと昇華させる。
 時枝治輝と輝王正義、2人の戦術的情報源は、先の決闘。砂神と対峙した決闘だけ。
 だが、それだけで十分なのだ。
 輝王正義は、一度失敗した策をもう一度単に仕掛けるような決闘をする男ではない。
 彼の決闘の緻密さは、ただ一度肩を並べただけで――それを確信させるには十分過ぎた。
 だからこその攻撃。
 <フォトンワイバーン>は焼き増しのように、先程と寸分違わぬ攻撃を伏せモンスターへと叩き付ける。
「輝王ッ!」
 創志の声が響く。
 だが輝王は伏せカードを発動させる素振りすらせずに、その攻撃を受け入れる。
「甘くない――そう言ったか? 時枝治輝」
 時枝治輝は、この決闘に本気で挑んでいる。
 ならば、あちらにも示さねばなるまい。

「なら――現実が甘くない、ということを見せてやろう。光属性で俺に仕掛けた意味、存分に教えてやる」

 輝王がそう言い放った直後<フォトンワイバーン>の攻撃が伏せモンスターごと地面に衝突し――
 光を名に冠したドラゴンは、自身が破壊されたモンスターと共に、完全に姿を消した。
 噴出する光は自らが吹き上げた砂煙と混じり合い、狼煙のように舞い上がる。
「……何を?」
「<フォトンワイバーン>が今破壊したモンスターの効果だ。何も特別な事はしていない」

《A・O・J アンノウン・クラッシャー/Ally of Justice Unknown Crusher》 †
効果モンスター
星3/闇属性/機械族/攻1200/守 800
このカードが光属性モンスターと戦闘を行った時、
そのモンスターをゲームから除外する。

「こんなモンスターが――」
「……やはりな。読めてきたぞ、時枝治輝」
 僅かな驚愕を浮かべる治輝に、輝王は自らの推論をぶつける。
「おまえと戦うのはこれが初めてだ。 だがおまえは俺達の行動を完全に読み、罠を把握し、思惑を操作した上で<フォトンワイバーン>での奇襲を成功させた。タッグ決闘の事も、偶然もあったのかもしれないが、余りにも出来過ぎている」
 無表情に見えていた表情に、少しの綻びが見えてくる。
 輝王にとって、これを治輝に伝える事はデメリットだ。
 自身の読みの根拠を語れば、相手は手を必ず変えてくる。
 それを踏まえた上でそれを伝えたのは、輝王にはそれをしなければならない理由があるからだ。
「だが、それはある意味で必然だった。 時枝――おまえは俺が<A・ボム>を使う事を予測していた――いや、予測するしかなかったんだ」
「ちょっと待てって輝王! 時枝とはここに来てから初めて会ったんだろ? 砂神との決闘でも結局<A・ボム>は使ってないじゃねぇか!」
「確かにそうだが……思い出してみろ皆本。 確かに使ってはいないが、その名は決闘中に使われた」
「……名?」
 創志は輝王が何を言おうとしているのかわからず、首を傾げた。
 それを見た輝王はため息を吐く。

「"砂神"だ。 奴は俺の伏せカードの正体を看過する際<A・ボム>の名と効果を出した――勘違いに終わったがな」
 
 創志は少し悩んだ後、合点が言ったのか「ああ、あの時か!」 と声を上げる。
「あの時の決闘で俺が出した裏守備モンスターは、脅威度の低い物が多かった。 ただ一つ――砂神が言った<A・ボム>を除けば」
「……」
「だから時枝。おまえが<A・ボム>を予測したのは"必然"だった。予測が正解に結びついたのは偶然だが、その行動は理に適っている」
 2人の思惑を完全に読んだ――その認識こそが、根幹から間違っていたのだ。
 それに気付けた事は、この決闘において大きな意味を持つ。
「おまえは俺の伏せモンスターを脅威度の高い<A・ボム>だと仮定し、その選択に対する戦略を組んだ。自分の知っている情報から、最善の策を生み出した。だからこそ、情報を持っていない未知のモンスターである<アンノウン・クラッシャー>の事までは読めなかった」
「そうか――治輝の知らないモンスターを、どんどん召喚してやれば!」
「そういうことだ。アイツの読みは、機能しなくなる」
 創志の言葉に力強く輝王は頷く。
 理由の1つは、皆本創志にこの事を伝える為だ。
 尤も時枝が未知のモンスターを召喚してきた場合、読みが機能しないのはこちらも同じ。
 それを含めて、読みを看過した事は、スタート地点にしかならない。
 
『読み』『誘導』『運』

 時枝治輝が先程行ったのは、この3つ。

 "読み"は少ない情報から割り出した<A・ボム>への戦術
 "誘導"はタイラントドラゴンを見せてからの、相手の行動の誘導。
 "運"は上記を行った際、看過していなかったであろう強力な罠の破壊。

 内1つを潰した所で、勝利に直結するわけもない。
 特に後者を手繰り寄せるプレイヤーの厄介さを、輝王は経験上思い知らされているからだ。
 輝王はそれを踏まえた上で、治輝に向き直る。
「時枝、おまえは――」
「……凄い洞察力だな。戦い甲斐がある」
 輝王の言葉を遮るように、治輝は賞賛の言葉を送る。
 だがその言葉に、相変わらず抑揚はない。
「裏守備モンスターをセットし、ターンをエンドする」
 

【治輝LP】8000 手札5枚
場:裏守備モンスター
伏せカード1枚 アドバンスド・フォース

【輝王】 手札3枚
場:エレメント・チェンジ(光属性を指定)
【創志】 手札4枚
場:なし

【輝王&創志LP】5500


 ――本当は、こんな形で戦いたくなかった。
 皆本創志は目の前の決闘者に視線を向け、カードを引き抜く。
 かづなや純也が頻繁に名前を出した、時枝治輝という青年。
 その言葉の端々から親しみと、尊敬に近いような何かを――創志は2人の言葉から感じていた。
 不謹慎かもしれない。
 でも創志は、邪神に取り込まれた目の前の決闘者ではなく――時枝治輝と戦いたかったのだ。
「カードを1枚伏せ、<ジェネクス・サーチャー>を召喚! 裏守備モンスターに攻撃!」
「皆本!?」
「危ないのはわかってる! でも攻めなきゃ何にもならねぇだろ!」

《ジェネクス・サーチャー/Genex Searcher》 †
効果モンスター
星4/地属性/機械族/攻1600/守 400
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
自分のデッキから攻撃力1500以下の「ジェネクス」と名のついた
モンスター1体を自分フィールドに表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。

 創志が召喚したモンスターは、破壊されても後続を残す事ができるカード。
 相手の攻撃を待ち、次の手に対する布石にする手段もある。
 だが

「おまえがおまえじゃなくたって――俺は俺らしく戦ってやる!」

 創志は自らの想いを込め、正体のわからない裏守備モンスターに攻撃する。
 裏側表示モンスター。
 それは、相手に伝わる事のない存在。
 何が潜んでいるかわからない闇の中を、ジェネクスサーチャーは自らの持つサーチライトで照らし出す。
 その攻撃で現れたモンスターは自らの存在を明かすと同時に、粉々に砕け散った。

《仮面竜/Masked Dragon》 †
効果モンスター
星3/炎属性/ドラゴン族/攻1400/守1100
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
自分のデッキから攻撃力1500以下のドラゴン族モンスター1体を
自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。



「……<仮面竜>の効果発動。デッキから<ミンゲイドラゴン>を場に特殊召喚する!」
 置物のようなドラゴンが、フィールドに出現する。
 あれは次の上級モンスターの呼び水だ。
 その姿と効果を知った上で、創志は声を張り上げる。
「――呼べよ! どんなヤツが来たって、相手になってやる!」
「……」
 治輝は無言で創志を見据えながら、カードをデッキから引き抜く。
「行くぞ、俺はミンゲイドラゴンをリリース――」

 ――来るか。
 輝王は次なる脅威に身構える。
 ――来やがれ。
 創志は短く呟く。
 上級ドラゴンが召喚されるであろうと誰もが思った、次の瞬間。


「調子に……乗る、なよ……この……前菜がッ!」


 いつの間に意識を取り戻していたのか。
 砂神は自らの超常の力を、衝撃波として手から放ち。
 時枝治輝の頭を、吹き飛ばした。
 
 
「は……ははっ……」
 砂神緑雨は、この世界の全てを見聞きする事ができる。
 それは自らの意識が無くとも例外ではない。
「俺を、殺すだと……!? 馬鹿がッ!」
 逆に殺してやった――と。
 自らの体の痛みを抑え付けながらも、砂神は歓喜する。
 砂煙が巻き上がるのを見て、興奮を抑えられない。
 この俺に敗北という名の屈辱を与え、更に侮辱をする愚か者。
 そんな奴は、この俺に殺されて当然なのだと。
「砂神!? てめぇ、治輝に何しやがった!」
「愚問だな。余りにも隙だらけの頭を吹き飛ばして、殺し返してやっただけだ」
「てめぇ……!」
「文句があるならお前も俺を殺すか? 前菜!」
 砂神が、煙の奥にいる創志に狙いを定める。
 次の瞬間。

「――反吐が出るな。そういう勘違いは」

 煙の中から矢のような速度で、拳が飛び出してきた。
 砂神の視界は回転し、再び地面に叩き付けられる。
 煙が晴れる。
 視界に入ったのは、ガラスのような氷壁
 砂神を殴った拳の持ち主と、それの従えた龍の姿が現れる。
 
<青氷の白夜龍>
効果モンスター
星8/水属性/ドラゴン族/攻3000/守2500
このカードを対象にする魔法・罠カードの発動を無効にし破壊する。
自分フィールド上に表側表示で存在するモンスターが攻撃対象に選択された時、
自分フィールド上に存在する魔法または罠カード1枚を墓地に送る事で、
このカードに攻撃対象を変更する事ができる。


 まるで銀に見間違う程美しく。
 しかしその色はあくまで蒼と評するのに相応しく、舞い散る氷片は神々しさすら感じさせる。
 その美しい白夜の竜に凛然と立つのはその主、時枝治輝。
「悪いな、一発は一発だ」
 殴り飛ばした砂神が悶絶しているのを冷たい目で見下ろした後、2人に振り返る。
「そういえば、さっきの質問に答えてなかった」
「さっき……?」
 治輝の無事を確認でき、ひとまず安堵する創志。だが、治輝の言葉の意図はわからない。
 輝王は創志の疑問を代弁するかのように、口を開く。
「復讐は、悲劇の連鎖を生まないと、おまえは言った」
「生まないとは言ってない。それは輝王の言う通りだと思う」
「だったら――!」
 肯定する治輝を見て、創志は叫ぶ。
 叫ぶ創志を見て、治輝は少し目を伏せる。

「――世の中には、死ぬ事を悲しまれない奴もいるんだ」

 その声調は、果たして抑揚の無い物であっただろうか。
 芯まで凍りつくような怖気を感じさせるその言葉は、果たして邪神の影響によるものなのか。
「死ぬ事を悲しまれない奴が死んでも、生きていてもマイナスにしかならないと判断されている奴が死んでも、そこに悲劇は連鎖しない。新たな復讐は生まれない」
 
 誰かを殺して起こる復讐とは、その人間に何かしらの感情を抱いているからこそ発生する現象だ。
 ならば誰からも必要とされない人間が殺された場合、復讐は生まれない。
 それが砂神緑雨という男なのだと。
 時枝治輝は迷い無く、断言した。
「今の砂神を殺して、その死を悲しむ奴は存在しない。逆に生きていれば、また誰かを傷つけて、取り返しのつかない事を引き起こす。ならコイツは、砂神はここで殺すべきなんだよ」
「……ッ」
 治輝の言葉に、創志は返答に詰まる。
 創志は、治輝が間違った事を言っていると思う。
 だけど、それを否定する為の言葉が口から出てこない。
 砂神は苦悶の表情を浮かべながら、治輝を呪い殺すような目付きで睨み付ける。
「貴様……言わせておけば……!」
「……なぁ砂神。おまえは何を怒ってるんだ? 教えてくれ」
 本当に疑問を浮かべているかのような声に、創志と輝王は呆気に取られ、砂神は更に怒りの表情を硬くする。
「おまえはペインになりたいんだろう? 自我を失くす程暴走して、完全になりたいんだろう?」
「そうだ。だから貴様等を――!」
 食いかかる砂神の襟首を掴み、治輝はあらん限りの力を込め無理やり立たせる。
 砂神に僅かに怯えの色が見える。
 一方治輝の表情は、やっている行動とは裏腹に柔らかなものだ。
 ただ単に自分のわからないことを尋ねている、そんな表情で――砂神に向かい、呟く。

「それは――死ぬ事と何も変わらない」

 治輝は冷めた目でそう呟いた後。襟首から力を抜く。
 立つ体力も残っていない状態の砂神は、そのままその場に膝を付き、息を整える。

「おまえがおまえである事を捨てたら、それは死ぬ事と変わらない」
「……勝手に決めるなよ前菜風情が! 俺様は純然たる力の為に――」
「暴走すれば、その力を振るうのはおまえじゃない。"おまえでない誰か" だ。それは、死んでいるのと何の違いがある? 誰かに殺されるのと何の違いがある?」
「……ッ」
「お前はお前を"殺す"と言った俺に怒りを覚えた。そう言った俺に近寄られ、怯えを感じた。 お前はお前を捨てる事を、お前でなくなる事を怖がったんだよ」
「違う! 俺様は――僕は怯え等していない!」
 砂神は全身全霊を以って、時枝治輝の言葉を否定する。
 そんな事実は、あってはならない。
 それを認めてしまったら、砂神緑雨という存在そのものを否定する事になる。
「――なら黙って見てろよ後輩。俺はおまえの目指しているモノの成り損ないだ。せいぜい参考にしてくれ」
「……ッ」
 歯噛みする砂神から視線を外し、治輝は輝王と創志に振り返る。
 同時に鋭い雄叫びを上げるのは鏡のように美しく、誰にも冒しがたい姿をした<青氷の白夜龍>
 ――伝説の龍の模造品、そう称した人間もいた。
 だが成り損ないとは思えない程の存在感を、周囲の人間に誇示している。
 原典を超え得る何かを、確かに持っているのだと。

<青氷の白夜龍>
効果モンスター
星8/水属性/ドラゴン族/攻3000/守2500
このカードを対象にする魔法・罠カードの発動を無効にし破壊する。
自分フィールド上に表側表示で存在するモンスターが攻撃対象に選択された時、
自分フィールド上に存在する魔法または罠カード1枚を墓地に送る事で、
このカードに攻撃対象を変更する事ができる。

「<青氷の白夜龍>で、ジェネクスサーチャーに攻撃――ホワイトナイツ、ストリーム!」
 主の指示に呼応し、白夜の龍は<ジェネクス・サーチャー>に流動的な氷のブレスを吐き出す。
 鏡のような鱗に映る機械仕掛けのモンスター。
 だがそれは、鏡の持ち主によって粉々に砕かれる。
 自らの鱗の中で四散する様は、自らの身体を汚す行為のようにも思えた。


【輝王&創志】LP5500→4100

 
 攻撃は、創志に直撃はしなかった。
 だがその強靭なブレスは創志の横を、そして比良牙を掠めるように飛んで行き――
 遥か遠くにある廃塔を、粉々に破壊した。

「な……!?」
「おっかないな……自らのモンスターに当たるかもしれないっていうのに」

 比良牙は未だ剣を突きつけるのを止めない<ドラグニティアームズ・レヴァテイン>を見やり、ため息を吐く。
 創志と輝王はその威力を見せ付けられ、戦慄する。
 そして砂神はそれを見て、空笑いを浮かべる。
「……はっ、はは……これだ。これこそが僕の求めていた力です!」
「……」
「成り損ないでこの威力なら――暴走して完全になれば、僕はこれを超える力を手にできる!」
 治輝は興奮した砂神を冷たく見下ろし、すぐに視線を前に向ける。
 創志はその言葉の意味を察し、戦慄した。
「……さっきから成り損ない――って、何の事を言ってるんだ?」
 治輝はその言葉に一瞬硬直し、しかし何でも無い事のようにサラリと返答する。
「……俺は、サイコ決闘者じゃない。そういう事さ」
「なんだって……?じゃあその力は――」
 驚愕する創志に対し、輝王はその返答で合点がいった。
 <フォトンワイバーン>の攻撃で感じた異質な力の正体――それは。

「――ペイン、か」

 輝王が呟き、創志は言葉を詰まらせる。
 純也とかづなに、その名が何を指しているのか、教えてもらったからだ。

 ――ペインとは、そのサイコデュエリストが変異したカタチ。
 ――力が増幅される代わりに自我を失ってしまい、無差別に人を襲うようになる。そして、二度と元には戻れないと。

「無差別に人を……? お前が?」
「……知ってるのか。ペインが何なのか」
「聞いた話だけどな――でもお前、自我思いっきりあるじゃねぇか。だったら――」
「……不完全なだけだよ。まだそうなっていないだけで、俺はペインだ。人間じゃない」
「……」

 まだ、と。治輝は言った。
 なら、その時はいつか、訪れてしまう物なのか。
 だがその自虐的な物言いに、創志は察する。
 決して彼は、望んでそうなったのではないのだと。
 だからこそ、砂神にあれ程怒りをぶつけているのだと。
 
「そうだ、貴様は生意気にも俺様の事を死ぬべきだと言った!」
 一連の流れ見ていた砂神は、心底愉快そうに治輝を嘲笑う。
「だが、それを言うなら貴様はどうなる? 俺は知っているぞ、貴様が生きている事で、貴様の知り合いが被っている不幸を! 違う世界に行く事で、それを解決した事も! そして貴様が、いづれ図々しくも元の世界に帰ろうとしている事も!」
「……」
「確かにペインの力の影響は世界を跨ぐ事で消失し、治癒に向かっているようだが――この力は未知の部分が多過ぎる」
「……何が言いたい?」
 治輝は目を細め、小さく呟く。
 砂神は恐らく、全てを知っているのだろう。
 その時に起きた事、言った事。
 当事者達の心中以外の全てを把握する、底の知れない能力。

「――再発する可能性、ゼロだと本気で思っているのなら愉快だぞ? 時枝治輝!」

 そう。
 それは目を逸らしたい事実だった。
 ペインの力とは未知の塊。
 だからこそ治輝は未知の部分に突破口を見出す事ができた。
 だがその突破口に、保証など何処にもない。

「俺に死すべきとほざく貴様は、何故のうのうと今も生きている? 元の世界に戻る等と何ゆえ傲慢な約束ができる!? 死ぬべきは貴様の方だろうが!」

 輝王には、彼等が何を言っているのか――それを理解する事はできない。
 当事者である治輝、この世界の住民の殆どの情報を得ている砂神。
 2人に比べて輝王が持っている情報は――殆ど無いに等しい。
 だが

「――<ジェネクス・サーチャー>の効果を発動! <ジェネクス・コントローラー>を特殊召喚!」
 創志は破壊されたモンスターが有する効果で、自らの相棒を呼び出す。
 それは先の会話を打ち消す意図の物なのか。それとも
 
 
《ジェネクス・コントローラー/Genex Controller》 †
チューナー(通常モンスター)
星3/闇属性/機械族/攻1400/守1200
仲間達と心を通わせる事ができる、数少ないジェネクスのひとり。
様々なエレメントの力をコントロールできるぞ。

 
 頭でっかちな機械の小人――創志の<ジェネクス>デッキにとって、核になるモンスター。
 霧のようなフィールドに浮かび上がるのは、そのシルエット。
 プラスの形の影を映した小人は、様々なモンスターと心を通わせる事で力を発揮する。
 治輝はそのモンスターを黙って見つめ、静かにターンをエンドした。
 
【治輝LP】8000 手札4枚
場:青氷の白夜龍
伏せカード1枚 アドバンスド・フォース

【輝王】 手札3枚
場:エレメント・チェンジ(光属性を指定)
【創志】 手札3枚
場:ジェネクス・コントローラー
伏せカード1枚

【輝王&創志LP】4100



 輝王は自らにターンが回り、先の会話――いや、もっと以前から気になっていた事項を思案する。
 それを確かめる為にも、ここで仕掛ける必要がある。

「カードを1枚伏せ――俺は<AOJ・アンリミッター>を召喚!」

<A・O・J アンリミッター> †
効果モンスター
星2/闇属性/機械族/攻 600/守 200
このカードをリリースして発動する。
自分フィールド上に表側表示で存在する「A・O・J」
と名のついたモンスター1体の元々の攻撃力を
このターンのエンドフェイズ時まで倍にする。

「アンリミッター……?」
 治輝はその効果を確認し、疑問の声を上げる。
 AOJの攻撃力を2倍にする、強力なモンスター。
 だが、この場にアンリミッター以外にAOJと名の付くモンスターは存在しない。
「確かに、このモンスターが強化を促す相手は今ここに存在しない。だが――」
 輝王は創志に視線をやり、創志はその意図を察したのか、力強く頷く。
 プラスを象っている<ジェネクス・コントローラー>の3つアンテナからそれぞれ光の球体が出現し、その輪の中にアンリミッターが包まれた。
「これは――」
「おまえは言ったな。誰からも必要とされない人間を殺しても、悲劇は連鎖しないと」
「……」
「だがな、時枝――」

 輝王は唯一無二の親友と、その妹を心に映す。
 その親友と輝王が望んでいたのは、復讐だった。
 同時に、自身を支えていた柱だった。
 その支えを乗り越えたのは、悲劇の連鎖を止める為。
 しかし、それだけではなかったはずだ。
 
「例え復讐の連鎖が無くとも――その行いは、いずれ自分の枷になる。必ずだ」
  
 ここで砂神を見逃せば、再び命の危険が伴うかもしれない。
 だが、殺す事が正解だと――それを認めるわけにはいかない。
 それを正解だと認めた自分を、輝王正義は許せない。

「だからこそ、この勝負は勝たせてもらうぞ。時枝治輝!」

 十字光のリングに包まれたアンリミッターが、輝王の叫びに呼応するように、その姿を変えていく。
 自身を犠牲に、仲間の限界を引き出す役割を持たされたモンスターは。
 自身の限界を、仲間と共に突破する。

シンクロ召喚。粉砕せよ――<AOJ・カタストル>!」

 現れたのは、白銀の装甲を持つ兵器。
 その名の由来は、決して平和的な物ではない。
 兵器とは結局の所、力でしか無い。
 
<A・O・J カタストル>
シンクロ・効果モンスター
星5/闇属性/機械族/攻2200/守1200
チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
このカードが闇属性以外のモンスターと戦闘を行う場合、
ダメージ計算を行わずそのモンスターを破壊する。

 だが、力を持つ者の意思次第で、その色は変わって行く。
 その白銀の装甲は間違いなく、正義の名に恥じない煌きを放っていた。

「カタストルで白夜龍に攻撃。ジャッジメント――カタストロフ!」

 輝王の言葉を引き金に、地鳴りが聞こえる。
 本来無音である廃墟、生者がいないはずの世界。
 その世界を震えされる程の音を響かせるのは、生者が操る兵器。
 災害の名を冠する兵器は、地面からの閃光の槍を放ち<青氷の白夜龍>穿つ。
 その災害の種は、雨。
 しかしその雨は天からではなく、主が立っている大地より降り注ぐ。
 カタストルの効果――その攻撃に攻撃力は関係無い。
 白夜龍は四散し、見えない程氷の欠片となって降り注ぐ。
 それはまるで、緩やかに落ちる雪のように。

【治輝LP】8000 手札4枚
場:
伏せカード1枚 アドバンスド・フォース

【輝王】 手札2枚
場:AOJカタストル
エレメント・チェンジ(光属性を指定) 伏せカード1枚 
【創志】 手札3枚
場:ジェネクス・コントローラー
伏せカード1枚

【輝王&創志LP】4100
<A・O・J カタストル/Ally of Justice Catastor> †
シンクロ・効果モンスター
星5/闇属性/機械族/攻2200/守1200
チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
このカードが闇属性以外のモンスターと戦闘を行う場合、
ダメージ計算を行わずそのモンスターを破壊する。

 ――AOJカタストル。
 闇属性以外のモンスターを効果で破壊してしまう。恐ろしいモンスター。
 しかし、倒す方法は至って単純だ。
 闇属性以外のモンスターで勝てないのなら、闇属性で戦闘を仕掛ければいい。
 それが<AOJカタストル>の特性であり、弱点だ。
 だが、1枚のカードの存在が、その解決法すら飲み込んでいく。

<エレメントチェンジ>
永続罠(オリジナルカード)
発動時に1種類の属性を宣言する。
このカードがフィールド上に存在する限り、
相手フィールド上の全ての表側表示モンスターは自分が宣言した属性になる。

 指定された属性は光。
 例え闇属性の――それも攻撃力2200を超える上級モンスターを呼ぶ事に成功したとしても、あの白銀の兵器と同様の土俵に上がった途端に、その属性は光へと変貌する。
 つまり、輝王の操る今の<A・O・J カタストル>は――
「……無敵、か」
 治輝はデッキの一番上のカードを手に取り――引くのを躊躇った。
 あのカードを攻略する手段。
 それを頭に思い描き、それを現実にする為の鍵を手繰り寄せなくてはいけない。
「俺のターン……ドロー!」
 引き抜いたカードを確認し、治輝は自身の手札と現在の場、手繰り寄せたそれを同時に見比べる。
(これなら――)
 自身の中で呟いた言葉は、決して外には出さない。

「自分フィールド上にモンスターが存在せず、墓地にドラゴン族しか存在しない場合。墓地にいるこのカードを特殊召喚できる。来い――ミンゲイドラゴン!」

《ミンゲイドラゴン/Totem Dragon》 †
効果モンスター
星2/地属性/ドラゴン族/攻 400/守 200
ドラゴン族モンスターをアドバンス召喚する場合、
このモンスター1体で2体分のリリースとする事ができる。
自分のスタンバイフェイズ時にこのカードが墓地に存在し、
自分フィールド上にモンスターが存在しない場合、
このカードを自分フィールド上に表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
この効果は自分の墓地にドラゴン族以外のモンスターが存在する場合には発動できない。
この効果で特殊召喚されたこのカードは、フィールド上から離れた場合ゲームから除外される。

 だからこそ、治輝は堂々と宣言する。
「このカードをリリースし、上級ドラゴンを召喚。現れろ――<ダークストーム・ドラゴン>!」
 自らを黒霧で包んだ、漆黒のドラゴンを。

《ダークストーム・ドラゴン/Darkstorm Dragon》 †
デュアルモンスター
星8/闇属性/ドラゴン族/攻2700/守2500
このカードは墓地またはフィールド上に表側表示で存在する場合、
通常モンスターとして扱う。
フィールド上に表側表示で存在するこのカードを通常召喚扱いとして再度召喚する事で、
このカードは効果モンスター扱いとなり以下の効果を得る。
●1ターンに1度、自分フィールド上に表側表示で存在する
魔法・罠カード1枚を墓地へ送る事で、
フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊する。

 暗雲――。
 それは、よくないものが天空より降り注ぐ予兆。
 それは、自らに危機が訪れる兆候。
 それは、心を覆い尽くす苦しみや悩み。

 しかしこの竜の名は、暗ではなく闇。
 この竜の名は、雲ではなく嵐。
 凶兆とも取れる暗雲の二文字を、それぞれ昇華した言葉の集合体。
「こ、コイツは……?」
 その妖しさ、底の知れなさを感じ、創志は不気味そうにその竜を見上げる。
 悪魔と称しても違和感のないその風貌が、アレは危険だと認識させる。
 輝王正義も同様に、警戒心を強くする。
「……一見効果の無いモンスターかと思ったが、どうやらそうではないらしい」
 そして輝王がその警戒を高めるという事は、そのモンスターの正体を瞬時に看過するという事でもある。
 創志は輝王に続きを促し、輝王はそれに頷く。
「あのモンスターはデュアルモンスター……次のターン再度召喚する事で、その効果を発現できるようになる。そしてその効果は――<大嵐>と同等の力を持つ」
「<大嵐>!?」

《大嵐/Heavy Storm》 †
通常魔法(制限カード)
フィールド上に存在する魔法・罠カードを全て破壊する。

 当然、強力なカードと同じだけの効力を発揮するには代価が必要だ。
 表側の魔法か罠カードを喰らわなければ、ダークストームはその効果を発動できない。
 だが、治輝のフィールドには既に<アドバンスド・フォース>が存在している。
 そして治輝がその効果を発動する真の狙いは――。
「そうか、治輝の奴の狙いは……<エレメント・チェンジ>!」
「珍しく察しがいいな、皆本創志」
「珍しくって何だよ! 馬鹿にしてんのか!」
「<エレメント・チェンジ>が破壊されれば、生粋の闇属性である<ダークストーム・ドラゴン>の攻撃をカタストルでは防げなくなる。 ――恐らく、それが時枝の狙いだろう」
 だが、と輝王は心中で呟く。
 眼前に存在するのは次のターンコストにするであろう<アドバンス・フォース>
 あのカードが存在する事の意味を、輝王は忘れてはいない。
 治輝があのカードを使い、序盤に仕掛けたのは心理戦だ。
 そんな人物が"ダークストーム・ドラゴンを囮にしてくる"可能性が、何故無いと言い切れるのか。
(……それは単なる憂いだ。確証があるわけではない)
 しかし輝王はその可能性を憂いつつも、現状を良しとした。
 ダークストームを囮にする程の何か――それは、輝王正義には見当が付かない。
 <AOJ カタストル>と<エレメント・チェンジ>を同時に攻略し、ダークストームを見せる事で裏を書けるカード。
 今までの治輝が使ったカードに、それに該当するカードは存在しない。
 だからこそ、輝王は現状を見失わない。
 見えないカードを警戒し縮こまるのは愚策でしかない。
 <アドバンスド・フォース>の発動条件が上級モンスターである以上。あれを倒さず守備を固めるのは論外だ。
 どんな罠が待ち受けようとも、これは次のターンに、倒さなければならないカードだと、輝王は確信する。
(だが――)
 輝王は、隣に立つ皆本創志に視線をやる。
 次のターンは<AOJ カタストル>を従えた輝王の物ではなく、フィールドにモンスターが存在しない、皆本創志。
「心配すんなって、カタストルを守る為にも……あのドラゴンは必ず俺が倒してやる!」
「皆本――」
 危惧の念を抱く輝王の心中を知ってか知らずか、創志は迷いなく宣言する。
 その断言とも取れる言葉に、恐らく確信は無いのだと、輝王正義は知っている。
「俺はカードを1枚伏せて、ターンエンドだ」 
 治輝の言葉が響き、創志はデッキを見つめ、慎重に指を添える。
 それは祈るような……同時に挑むような手の動き。
 恐らく皆本創志の手に、現状を打破するカードは無いのだろう。
 だが、輝王正義は知っている。
 この追い詰められた状況において――彼以上に頼りになる決闘者など、存在しないという事を。


【治輝LP】8000 手札4枚
場:ダークストーム・ドラゴン
伏せカード1枚 アドバンスド・フォース

【輝王】 手札2枚
場:AOJカタストル
エレメント・チェンジ(光属性を指定) 伏せカード1枚 
【創志】 手札3枚
場:ジェネクス・コントローラー
伏せカード1枚

【輝王&創志LP】4100

 □□□




 輝王の予測は概ね当たっていたが、全てではない。
(――現状の手札で、ダークストームドラゴンは倒せる)
 だが、それには2つ欠点がある。

 1つ目は現状で最強のモンスターである<AOJ カタストル>を失う事。
 2つ目は時枝治輝に見知ったモンスターを召喚する事は、危険であるという事。

 だからこそ、創志が今求めるのは新たなカード。
 治輝の知り得ない力を、今この場に呼び出す為の1枚。
「俺のターン――ドロー!」
 込める。
 手繰り寄せる。
 今必要な、最善のカードを。
 そう念じ、創志は弧を描くように勢い良くデッキからカードを引いた。
「よし、これで!」
 手札と、今加わったカードを組み合わせ、可能性を吟味する。
 <ダークストーム・ドラゴン>を倒す為の道標を、自らの手札と場を照らし合わせ――
 創志の、顔色が変わる。

「……」
「……どうした? 皆本」

 こちらの様子を窺ってくる輝王に、創志は気まずそうに視線を背ける。
 ドローしたカードを見た瞬間は、これで行けると直感した。
 しかし、今までの経験を踏まえ、ここから繋がる可能性を吟味してみれば――
 
 このターン<ダークストーム・ドラゴン>を打倒するはずの道筋は
 その途中で、物の見事に途絶えてしまっていた。
 
 
 引いたカードが悪かったわけではない。
 その効果は優秀で、確かにそれは、創志が求めていたカードの中の1枚だ。


ジャンク・エレメント
速攻魔法

 自分フィールド上に「エレメント・トークン」(機械族・風・星1・攻/守0)
「エレメント・トークン」(機械族・火・星1・攻/守0)
「エレメント・トークン」(機械族・水・星1・攻/守0)
 を1体ずつ守備表示で特殊召喚する。
このトークンはアドバンス召喚のためにはリリースできず、機械族以外のシンクロ召喚に使用できない。

 このカードと手札の<思い出のブランコ>を使用し<ジェネクス・コントローラー>を蘇生すれば、上級ジェネクスシンクロ召喚する事が可能になる。
 そのカードとは――<A・ジェネクス・トライアーム>

《A・ジェネクス・トライアーム/Genex Ally Triarm》 †
シンクロ・効果モンスター
星6/闇属性/機械族/攻2400/守1600
「ジェネクス・コントローラー」+チューナー以外のモンスター1体以上
このカードのシンクロ素材としたチューナー以外のモンスターの属性によって
以下の効果を1ターンに1度、手札を1枚捨てて発動する事ができる。
●風属性:相手の手札をランダムに1枚墓地へ送る。
●水属性:フィールド上に存在する魔法または罠カード1枚を破壊する。
●闇属性:フィールド上に表側表示で存在する光属性モンスター1体を破壊し、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 <ジャンク・エレメント>と組み合わせ呼ぶ事ができれば、上記2つの効果が使用可能になる。
 だがその優秀な効果も<ダークストーム・ドラゴン>を倒すには至らない。
(何か……何か手はねぇのか!?)
 創志は心中で叫びを上げるが、彼はジェネクス使いとしては1流の決闘者だ。
 だからこそわかる。<ジャンク・エレメント>で現状呼び出せるジェネクスシンクロは<Aジェネクストライアーム>だけなのだと。
 創志は自身の無力さに歯噛みするような表情を浮かべ――
 次の瞬間。その表情が一転した。

「ジェネクスシンクロ……そうか! 俺は<ジャンク・エレメント>を発動! 3色のトークンを特殊召喚!」

ジャンク・エレメント
速攻魔法

 自分フィールド上に「エレメント・トークン」(機械族・風・星1・攻/守0)
「エレメント・トークン」(機械族・火・星1・攻/守0)
「エレメント・トークン」(機械族・水・星1・攻/守0)
 を1体ずつ守備表示で特殊召喚する。
このトークンはアドバンス召喚のためにはリリースできず、機械族以外のシンクロ召喚に使用できない。

 3色の機械の球体が創志の目の前に現れ、風船のように浮かぶ。
 同時に創志は流れるように、次に使うべきカードを選定。
 自分の進むべき道が見えた今、躊躇する必要は無い。

「更に伏せカードを1枚伏せ、<黙する死者>を発動! <ジェネクス・コントローラー>を特殊召喚するぜ!」

<黙する死者> †
通常魔法
自分の墓地に存在する通常モンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターを表側守備表示で特殊召喚する。
この効果で特殊召喚したモンスターは
フィールド上に表側表示で存在する限り攻撃する事ができない。

《ジェネクス・コントローラー/Genex Controller》 †
チューナー(通常モンスター)
星3/闇属性/機械族/攻1400/守1200
仲間達と心を通わせる事ができる、数少ないジェネクスのひとり。
様々なエレメントの力をコントロールできるぞ。

「何を――?」
 輝王は彼の戦術を心得てるからこそ、隣の青年を見やる。
「ジェネクスシンクロモンスターだけなら、可能性はなかった。でも――!」
 光の輪となった<ジェネクスコントローラー>が、目の前の球体の1つを包み込む。
 創志が愛用するデッキは、自身を象徴する<ジェネクス>のデッキ。
 だが、今から呼び出すモンスターは、違う。

「右手が駄目でも左手で!」

 創志は今までの決闘を、戦いを――一人で戦い抜いて来たわけではない。
 誰かの、仲間の存在が加わり、彼は初めて皆本創志と成り得る。
 そんな彼が召喚したのは、新たなる仲間から託された、新たなる力。

「それでも駄目なら、両手を突き出す! シンクロ召喚――アームズ・エイド!」

<アームズ・エイド>
シンクロ・効果モンスター
星4/光属性/機械族/攻1800/守1200
チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に装備カード扱いとしてモンスターに装備、
または装備を解除して表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
この効果で装備カード扱いになっている場合のみ、
装備モンスターの攻撃力は1000ポイントアップする。
装備モンスターが戦闘によってモンスターを破壊し墓地へ送った時、
破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。

「そのカードは……!」
「驚くのはまだ早いぜ、更に俺は罠カード<蘇りし魂>を発動! <ジェネクス・コントローラー>を蘇生させる!」

<蘇りし魂>
永続罠
自分の墓地から通常モンスター1体を守備表示で特殊召喚する。
このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。

 再び出現するのは、プラスの形をした機械の小人。
 ジェネクスだけでは開けなかった扉を開かんと、銀色の手甲が眩い光に包まれる。

「残された結晶が、数多の力を呼び起こす!」

 線画が彩られていくかのように、銀色の手甲から緑線が伸びていく。
 その線は足を描き、左手を象り、頭部を創り出す。
 
シンクロ召喚! 駆けろ! <A・ジェネクス・アクセル>!」 
 
 創志の言葉に呼応し、線の中心部であるボディが輝き出す。
 その輝きの色は、純粋な銀。
 線でしか無かった箇所はその輝きと同じ色へと変革し、一つの機械として生まれ変わる。

A・ジェネクス・アクセル/Genex Ally Axel》 †
シンクロ・効果モンスター
星8/闇属性/機械族/攻2600/守2000
「ジェネクス」と名のついたチューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
1ターンに1度、手札を1枚捨てる事で、
自分の墓地に存在するレベル4以下の機械族モンスター1体を選択して特殊召喚する。
この効果で特殊召喚したモンスターの攻撃力はエンドフェイズ時まで倍になり、
相手プレイヤーに直接攻撃する事はできず、
自分のエンドフェイズ時にゲームから除外される。

 銀色の閃光が、フィールドを駆け抜ける。
 数瞬遅れて、車輪が地面を滑る音が響き――その余りの速度に、治輝は瞠目した。
 だが、驚く暇は与えない。
「<A・ジェネクス・アクセル>の効果発動! 手札を1枚捨て――墓地にいる攻撃力を2倍にしたアームズエイドを蘇生させ、アクセルに装備する!」
「な……!」
 輝王はそのプレイングを見て、創志を見やる。
 攻撃力を2倍に昇華させた<アームズ・エイド>の攻撃力は3600。ダークストームを上回っている。
 そして相手に伏せカードがある以上、わざわざ装備効果を発動し、攻撃力を一点に集中させる意義は少ない。
 仮に1体が迎撃されたとしても、残る1体を場に残す事ができるからだ。
「……確かに2体で殴った方が、リスクは抑えられるかもな」
「ならば――」
「だけどな、輝王」
 創志は対峙する治輝と、その奥にいる砂神に視線を向ける。
 そして目の前に君臨した<A・ジェネクス・アクセル>が装備した、銀色の手甲を見る。
「俺は、これで戦いたいんだ」
 純也の力が無ければ、<アームズ・エイド>が無ければ――このモンスターが場に出現する事は無かった。
 だからこそ、創志は声を上げる。
「――砂神! 確かにおまえはムカつく奴だけど、一つだけ感謝するぜ!」
「……何?」
「治輝や純也――かづな達と、お前は会わせてくれた。お前が居なかったら、会えなかった!」
「馬鹿が、俺は貴様達の力を……」
「だからこの決闘は勝つ! ムカつく恩人を殺してお終いじゃ――気分が悪いからな!」
「……恩人だと? この俺を?」
 呆気に取られたような顔をする砂神に意も介さず、創志は自らのモンスターに指令を下す。
 目の前の暗雲を、晴らす為に。
「<ダークストーム・ドラゴン>に<A・ジェネクス・アクセル>で攻撃!」
「……ッ!」
 治輝は来るであろう衝撃に、構える。
 <アームズエイド>を装備したモンスターの攻撃力は1000ポイントUPする。
 つまり<Aジェネクス・アクセル>の攻撃力は3600
 <ダーク・ストーム・ドラゴン>の攻撃力を、上回った。

「ブリッツ――ドライブ・ナッコォ!」

 創志の声を受け<Aジェネクス・アクセル>が地面から解き放たれ――
 機械兵は、銀色の閃光と化す。
 勢いを乗せ放つのは、渾身の右ストレート。
 その速度は音速をも超え、その拳は<ダーク・ストーム・ドラゴン>の纏う暗雲を切り裂く。
 途端に生まれる、猛烈な衝撃波。
 衝撃波はその周りにある闇を取り払い、現界できなくなった<ダークストーム・ドラゴン>は、光の屑と化した。

【治輝LP】8000 手札4枚
場:ダークストーム・ドラゴン(戦闘破壊)
伏せカード1枚 アドバンスド・フォース

【輝王】 手札2枚
場:AOJカタストル
エレメント・チェンジ(光属性を指定) 伏せカード1枚 
【創志】 手札0枚
場:Aジェネクス・アクセル
伏せカード1枚 蘇りし魂(使用済) アームズ・エイド(装備対象Aジェネクスアクセル)

【輝王&創志LP】4100
 
「まだだ――アームズ・エイドの効果発動! 破壊したモンスターの攻撃力分のダメージ、受けてもらうぜ!」

《アームズ・エイド/Armory Arm》 †
シンクロ・効果モンスター
星4/光属性/機械族/攻1800/守1200
チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に装備カード扱いとしてモンスターに装備、
または装備を解除して表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
この効果で装備カード扱いになっている場合のみ、
装備モンスターの攻撃力は1000ポイントアップする。
装備モンスターが戦闘によってモンスターを破壊し墓地へ送った時、
破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。

 ダークストームの攻撃力は2700
 そのダメージの原因である衝撃波を一身に受け、治輝は目を細める。

【治輝LP】8000→4600

 その一撃を見て、先の言葉を受けて、砂神は思う。
 目の前の男が言った言葉が、今の一撃が通った理由が、理解できないと。
 それを見た治輝が、小さく呟く。
「砂神――おまえは、ああなりたかったんじゃないか?」
「何を馬鹿な……あのようなプレイングも後先も考えない馬鹿になりたい等と思うわけがない!」
「創志だけじゃない。輝王の――あいつ等の様に、誰かの力になりたかったんじゃないのか?」
「……」
 砂神は、かつての自分を思い出す。
 自身の力を、正しき方向に使おうとしていた時があった。
 自身の力は、この世になってプラスに成り得るのだと、信じていた時があった。
 だが、今の砂神にとって、あれは既に捨て去ったモノに過ぎない。
 それを知ってか知らずか、治輝は言葉を続ける。
「……それは本当は、捨てちゃいけないものだったんじゃないのか?」
「貴様に何がわかる。……いや、貴様ならわかるはずだ!」
 砂神は声を荒げる。
 自らの感情の一部が具現した影。
 それと対峙したのは、貴様のはずなのだと。

「貴様も俺と同類だろうが! プラスになろうと切望しても、マイナスにしか成れず、それ以外の物に成れなくなった不変の値! 貴様は自らの世界で何やら答えを見つけ、悟った振りをしているが……そんな物はまやかしだ!」
「……」
「貴様と俺様はマイナスでしか有り得ないんだよ! 日向にいる奴らにとってはその場に居るだけで罪な、タダの害悪だ!」
 それは果たして、時枝治輝に向けられた言葉なのか。
 砂神は憎悪と呪いを込め、目の前の硝子に叫び続ける。
「邪魔なんだよ……貴様と、俺様のような存在は!」
「……黙って聞いてりゃなんだよその理屈! 俺は治輝の事、そんな風に思ったりしねぇ!」
「言葉では何とでも言える。直に無理が生じる、そういう風に出来ている!」
「そんなの――」
 創志が尚も反論しようとすると、砂神の顔つきがガラリと変わった。
 その髪は垂れ下がり、片目を隠す。だが、その眼光は鋭さを増す。

「俺様は――――僕はそれを、何百、何千回と繰り返してきた! 貴様に、貴方にそれがわかるのか!」

 その言葉の、重み。
 それを言う砂神の表情が、創志の二の句を抑え込む。
「どんなに世界を巡っても、僕が必要とされたのは力だけだった。時枝治輝の言う通り、僕個人を必要をする人はこの世にはいない!」
 砂神は言葉を切る。
 砂神の能力は、その世界に存在する全てを把握する。
 それは自らの捉えた事も例外ではない。
 鮮明に、事細かに詳細に、その時起きた事を映し出せる。
 この世にはいない。
 それは現在の話なのか。
 それとも、過去には存在していたのか。
「求められたのが力だけならば――それを求めて何が悪い? それを極めようとして何が悪い!? これは世界の選択なんだよ!」
 砂神の慟哭が、その場に響き渡る。
 創志が何かを言おうと口を開こうとした、次の瞬間。
 
「そうだな。確かに俺やお前はマイナスだ」

 治輝は呟くように、そう言った。
 信じられない物を見るような目で、創志は驚愕を露にする。
「な、何言ってんだよ治輝。お前やっぱり邪神の……」
「邪神の毒気……か。正直よくわからないんだ。それがなんなのか」
「……」
 輝王はそれを聞き、心中で 「やはり」 と呟く。
 今までの攻防。駆け引き。
 それら全ての行動には、輝王にとって意味があった。
 確かめたかったのはただ一つ。

 時枝治輝が、正気であるかどうか。

「……だから、今のは俺自身の言葉だ」
 そんな輝王に確信を感じさせる言葉を、治輝自身が言い放つ。
 そう、今までの決闘は――決して狂った者が行える物ではなかったのだ。
 輝王はそれを踏まえ、単刀直入に問いかける。

「お前は、俺の知る時枝治輝で間違いないな?」
「……ああ、邪神とかは関係ない」

 輝王が尋ね、治輝は即答する。
 その目をしばらく睨み、輝王は目を逸らす。
「皆本。手札はもう無いのだろう?」
「あ、ああ……ターンエンドだ」
 その事実に、創志は動揺を隠せない。
 今までは、邪神の毒気が払えば、元の治輝に戻ると、そう信じて戦ってきた。
 だが、彼は彼のままだった。
 彼自身の願いが、砂神の殺害なのだとしたら……。
「……余計な事を考えるな。皆本」
「余計な事……? 輝王、お前!」
「……決闘に集中し、決闘を見ろ。お前はそれでいい」
 輝王の意味ありげな言葉を受け、創志は叫ぼうとしていた気概を削がれる。
 だが、言葉の真意まではわからない。
 そのやり取りを見ていた治輝は、ゆっくりとカードをドローする。
「俺のターン、ドロー」

【治輝LP】4600 手札5枚
場:ダークストーム・ドラゴン(戦闘破壊)
伏せカード1枚 アドバンスド・フォース

【輝王】 手札2枚
場:AOJカタストル
エレメント・チェンジ(光属性を指定) 伏せカード1枚 
【創志】 手札0枚
場:Aジェネクス・アクセル
伏せカード1枚 蘇りし魂(使用済) アームズ・エイド(装備対象Aジェネクスアクセル)

【輝王&創志LP】4100 
 
「俺は手札から<調和の宝札>を発動。手札から<ドラグニティ・ファランクス>を捨て、カードを2枚ドローする」

《調和の宝札/Cards of Consonance》 †
通常魔法
手札から攻撃力1000以下のドラゴン族チューナー1体を捨てて発動する。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。

 治輝は加わった2枚のカードを眺める。
 その内の1枚を入れた経緯を思い出し、自嘲気味に笑う。
「……でも憧れるのは、きっと自由だよな」
 そう呟くと、治輝は1枚のカードを発動させ――次の瞬間。

 廃墟から、音が消えた。
 
 
 お前は間違えるな、時枝。

 そう自分に言ったのは、誰だったか。
 そして今の自分を見て、彼はどう思うだろうか。

「……でも、憧れるのは、きっと自由だ」

 キチンと別れの言葉も言えなかった。共に戦った戦友に。
 その、いつか見た戦い方に、憧れを抱いた。
 それは、二つの力を重ねる力。
 目の前にいる創志と同じように、大きなプラスを生み出す力。
 自らの抱える闇に負けず、それを使役し続ける魂の力。

 ――人はその力の名を、融合と呼ぶ。


「今こそ発動しろ――"龍の鏡"!」


 それは治輝が人生で初めて使用した――
 彼なりの、融合の力だった。







       遊戯王オリジナル×stage=11








 それは、果たして1つの生命体と呼称するべき存在なのだろうか。
 黄金と黄土の狭間を漂うな色彩の胴体から伸びているのは、首だ。
 だが、1本ではない。
 5本もの首が無造作に生えたその有り様は、異様そのものだ。
 その色も均一の物ではなく、それぞれ違った色を有している。
 
 このモンスターは、治輝がこことは異なる世界で手に入れた物。
 しかし、それを使う気にはならなかった。
 融合と自分は、相容れないものだと思っていた。
 それを変えたのは、帽子を被った1人の男。
 その男の戦い方への、一種の憧れ。
 例えその有り様が歪な物であっても
 5つの個が鬩ぎ合う1体の龍が、今ここに君臨する。

「今こそ――"いつか"を連ねる幻想と成せ! 融合召喚――ファイブ・ゴッド・ドラゴン!」

<F・G・D>
融合・効果モンスター
星12/闇属性/ドラゴン族/攻5000/守5000
ドラゴン族モンスター×5
このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードは闇・地・水・炎・風属性モンスターとの戦闘では破壊されない。

 その連なりは、決して美しい物ではないかもしれない。
 だがそれでも、その想いだけでは本物であるのだと。
 5つの固体の集合体は、鋭い雄叫びを上げる。
「決闘を見ろ……か。遠回しな言い方しやがって」
 創志はそれを見て、ため息を吐きながら頭を掻く。
 顔を上げると、創志は笑みを浮かべていた。

「来いよ、治輝。相手になってやる!」
「……ああ、望む所だ!」

 その豹変に付いていけないのは砂神だ。
 2人に何が起きたのか理解できず、立ち尽くす。
「何だ、これは……?」
「わからないか。お前には」
「わかるはずもないだろう。さっきまで、こいつ等は!」
「……そうだな。俺も時枝に対し思う事はある。皆本もそれは同じだろう」
「ならば何故、ああなる!?」
「――決闘で伝わる事もある。そういう事だろう」
 輝王はそう言う自分に、らしくないなと心中で呟く。
 輝王正義という男は、目に見える確かな物を好む男ではなかったのか。
 だが今の自分は、これを良しと思っている。
 それもまた、確かだった。

「行くぞ。ファイブゴッドでアクセルに攻撃!」
「来いよ。アクセル! ファイブゴッドを迎撃しろ!」

 創志が出会ったのは、自分と同じシンクロの力。
 紅蓮の戦士を信じ、前へと進み続けた少年の有り様。

 治輝が出会ったのは、自分とは異なる融合の力。
 様々な者を交じり合い、力へと変える未知の有り様。

 その2つが、それぞれの想いを乗せ、ぶつかり合う。

「ダブル――サンダーフィストォ!」
「インヴィディアル――バーストォ!」

 閃光。
 2体のモンスターの攻撃が相殺し合い、凄まじい光となって場を覆う。
 その衝撃を殺し切れず、2人は後ろへ数メートル吹き飛ばされる。
「……ッ!」
「……へっ!」
 だが、2人とも倒れはしない。
 体制を建て直し、すぐに決闘盤を構え直す。 
 その戦闘で生き残ったのは――5つの首を持った邪龍。

【輝王&創志LP】4100→2700

 大して<Aジェネクス・アクセル>は、纏っていた銀色の手甲と共に完全に消滅してしまった。
 創志は悔しさを滲ませるも、その表情に曇りは無い。
 治輝は今、止めるべき敵かもしれない。
 だがその決闘が、創志に何かを信じさせる。
「俺はカードを2枚伏せて、ターンを終了する!」
 それに大きく返事をするかの様に、治輝は高々と、ターンを終了した。

【治輝LP】4600 手札3枚
場:F・G・D
伏せカード3枚 アドバンスド・フォース

【輝王】 手札2枚
場:AOJカタストル
エレメント・チェンジ(光属性を指定) 伏せカード1枚 
【創志】 手札0枚
場:
伏せカード1枚 蘇りし魂(使用済) 

【輝王&創志LP】2700 

 

輝王は目の前に君臨する五頭龍を見据え、カードを1枚ドローする。
 永続罠カード<エレメントチェンジ>の効果により――あの龍の属性は光に変更されている。

<エレメントチェンジ>
永続罠(オリジナルカード)
発動時に1種類の属性を宣言する。
このカードがフィールド上に存在する限り、
相手フィールド上の全ての表側表示モンスターは自分が宣言した属性になる。

 確かにその攻撃力は絶大だが、光属性であるならば――
 このまま<AOJ・カタストル>で攻撃を仕掛ければ、難なく破壊できる相手だ。
(仮に先のターンで<AOJ・カタストル>を倒す事が可能なら、しばらくターンの回ってこない皆本の<Aジェネクス・アクセル>を狙う必要は薄い)
 対処できない相手を捨て置き、攻撃で打倒できる<Aジェネクス・アクセル>への攻撃。
 先の攻防は、そういう類のモノであるはずだ。
(だが――)
 輝王は顔を上げ、龍を従える時枝治輝を見据える。
 あの表情は、果たして<AOJ・カタストル>の打倒を諦めた男の顔だろうか?
 しかし、ここで攻撃を止め守備に回ったとして。
 あちらに<カタストル>を攻略する手段が、本当は皆無だったとしたら。
 手札の補充する時間を、わざわざ与えてしまう事になる。
「守るか。攻めるか――」
 それは単純な2択。
 だが、その選択次第で敗北へと繋がる恐れのある、究極の2択。
 その選択に、輝王は冷や汗を流す。
(本来なら、チャンスを掴みに行くべきなのだろうな)
 尚も思考する輝王が思い返したのは、この世界で出会った者達に言われた言葉。

「確証……? 敵の土俵に入り込んだ時点で、そんなもの永遠に見つからないわよ」

 そう、どちらの選択であれ、確証は得られない。 
 隣にいる皆本や、親友である火乃。あの時のティトや愛城――。
 誰もが、前へ進むと言う選択を選ぶはずだ。
 だが、輝王正義は彼等ではない。
「近付く事は、できるはずだ」
 例え確証に届かなくとも
 それが決闘の中の真実であっても
 輝王正義は、届かない物を目指し続ける。
 確証という名の幻想に、手を伸ばし続ける。
「伏せカードを2枚セットし、俺は<AOJカタストル>で――」
 輝王は手元を確認し、決断する。
 自分のすべき行動を。

「AOJカタストルを――守備表示に変更し、ターンをエンドする!」
「輝王!? なんでカタストルで攻撃しねぇんだよ!?」

 その行動に創志は驚愕し、治輝は目を細める。
 それは一見、取るに足らない、地味な事かもしれない。
 臆病風に吹かれただけだと、笑う者もいるかもしれない。
 
「……俺のターン。伏せカードを1枚伏せ、ファイブゴッドドラゴンで<AOJカタストル>に攻撃!」
「な!?」

 間髪入れず、迷いなく響いた攻撃宣言に
 1人が驚愕し、2人が小さく笑った。
 それは決闘においての意思を読み取った者の笑いであり。
 読み取られた事の悔しさと、賞賛を含む笑い。

「罠カード発動――トラップ・スタン!!」

《トラップ・スタン/Trap Stun》 †
通常罠
このターンこのカード以外のフィールド上の罠カードの効果を無効にする。

 場に稲光が走り、配線用遮断器が作動した時の如く、辺りからブツンと光が消えた。
 煌びやかに5色に輝いていたずの五頭龍は、その姿を闇に眩ます。
 それがこの龍の本来の姿。
 今までは、1枚の罠カードが放っていた照明が、その姿を照らしていた。
 だが違う。
 この龍の本来の色は――闇。
 赤や青を纏っていたとしても、それらは明色であっても暗色。

「これで<F・G・D>の属性は闇――ソイツの効果の範囲外だ」

 闇夜の中で声が響き、暗闇の中から音が響く。
 それは、白銀の装甲を毟って行く音。
 その間接部を引き千切る音。
 心臓部を噛み砕く音。

 そして治輝のターンが終わり
 <トラップ・スタン>の効果が消え
 <エレメント・チェンジ>の効果が戻り
 辺りに再び、明かりが照らされる。
 <AOJカタストル>の姿は、何処にも見当たらなかった。
 それを見て、治輝は輝王に問いかける。

「……どうして守備表示に?」
「その質問には答え難い。話せば長くなるからな」
「そうか。長くなるか」

 それを聞いた治輝は、笑う。
 輝王の言う事は建前ではなく、本当の事だろう。
 だが、彼は視線を手元の画面に向けたのだ。
 画面表示されている数字は、創志と輝王のライフポイントを示している。
 それが数々の可能性を考慮した輝王の、最後の一押し。

 2700というライフは、先程の攻撃を真っ向から受けていた場合――殆ど無駄なくゼロになる数値なのだ。

 相手の表情、特性、場の状況。そして自分のライフポイント。
 それら全ての情報を元に、輝王は確証に肉薄し、それを元に攻撃を凌ぎ切った。
 これを、見事と言わず何なのか。

「凄い洞察力だな。戦い甲斐がある」
「お互い様だ。まだまだ計らせてもらうぞ、時枝」

 2度目の台詞。
 だが、その言葉には決意があった。
 ある種で上を行かれた事への賞賛と、悔しさ。
 それらを自覚しているからこそ、治輝は言う。

「ああ――だけど、3回は言わせない!」

 その叫びと共に、五頭龍は咆哮を上げる。
 場の2人は震えるが、それは振動による奮えではない。
「――反撃するぞ皆本。次のターン、攻撃が可能なら仕掛けに行け」
「ああ! ……っても、フィールドは空だけどな」
「アレを出せる準備は出来ている。倒せるかどうかは、お前次第だ」
 その言葉に、創志は力強く頷く。
 これはタッグ決闘だ。
 フィールドにモンスターが居なければ、足りない部分があるのならば、力を合わせて乗り越えて行けばいい。
 今までも、ずっとそうやって創志は戦ってきた。
 
「治輝――倒すぜ、そのドラゴン!」

 今の自分の手札に可能性は無くとも、創志はそう宣言する。
 それは自身とその仲間への、絶対的な信頼から生まれる言葉だった。

 

 

 砂神は呆然と眺めていた。
 モンスターが消えても尚、諦めないその姿勢に。
 仲間と自分を信頼する。真っ直ぐな強さを。



【治輝LP】4600 手札3枚
場:F・G・D
伏せカード4枚 アドバンスド・フォース

【輝王】 手札0枚
場:
エレメント・チェンジ(光属性を指定) 伏せカード4枚 
【創志】 手札0枚
場:
伏せカード1枚 蘇りし魂(使用済) 

【輝王&創志LP】2700 


 創志は自らのデッキに、指先に力を込める。
 治輝の真意は未だわからない。他にもわからない事も、聞きたい事も沢山ある。
 だから今の創志が思うのは、たった一つ。
(アイツに、勝ちたい!)
 今の自分に持っていない物を、目の前の相手は持っている。
 砂神との戦いの際、2人の足を引っ張り、非力を感じた事もあった。
 強くなりたいという想いもある。しかし、それよりも
 今の自分を全てぶつけて、その上で勝ちたいのだと。
 創志は心の中で叫び、より強く力を込める。

「俺の――ターン!」

 三日月の如く弧を描くその軌跡から生まれたのは、更なる可能性。
 創志は流れるまま、そのカードを決闘盤に叩き付ける。
マジック・プランター/Magic Planter》 †
通常魔法
自分フィールド上に表側表示で存在する
永続罠カード1枚を墓地へ送って発動する。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。

 
「<蘇りし魂>を墓地に送り、カードを2枚ドロー!」

 扇状に開いた2枚のカードは、魔法カードが2枚。
 壁になるモンスターを引けなかった以上、もう後には引けない。
 創志は意を決して、伏せカードを発動する。

《正統なる血統/Birthright》 †
永続罠
自分の墓地に存在する通常モンスター1体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。
このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターがフィールド上に存在しなくなった時、このカードを破壊する。

 そのカード効果で出現したのは機械の小人――ジェネクス・コントローラー
 創志のデッキの核となり、この決闘の核となったチューナーモンスター。
<ジェネクス・コントローラー>
チューナー(通常モンスター)
星3/闇属性/機械族/攻1400/守1200
仲間達と心を通わせる事ができる、数少ないジェネクスのひとり。
様々なエレメントの力をコントロールできるぞ。

 出現したのは攻撃表示。
 その小さな力では<F・G・D>の攻撃を受けきる事はできない。
 だが、輝王は言った。

 『準備は整った』と。






 □□□





 それとほぼ同時に、輝王の場にも異変が起こる。
 粉々にされたはずの機械の破片が、時が撒き戻るかのように一つの形を象っていたのだ。
 
【輝王&創志LP】2700→1900
 

ウィキッド・リボーン/Wicked Rebirth》 †
永続罠
800ライフポイントを払い、自分の墓地に存在する
シンクロモンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターを表側攻撃表示で特殊召喚する。
この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化され、
このターン攻撃宣言をする事ができない。
このカードがフィールド上に存在しなくなった時、
そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。

 しかしその細部は所々朽ちていて、かつての白銀の輝きは鈍くなっている。
 その効果も無効化され、目の前の<F・G・D>には太刀打ちできない。
 だが、その表示形式は前へと進む事を望んでいる。
 壁として主人を守るのではなく、次こそはあの龍を打倒してみせるのだと。




 ■■■

「<AOJ・カタストル>と――」
「<ジェネクス・コントローラー>をチューニング!」

 2人の青年の叫びが、1人の青年が創りだした舞台に木霊する。
 命の無いはずの世界に、命の輝きを染み込ませる。

「折れぬ正義の魂が――」
 それは、染まらずとも変わり、揺れず折れない魂の輝き。 
「進化の光を照らし出す!」
 それは、様々な繋がりを力に変えてきた、心の光。

 例え何も無くとも、何かを創る事はできるのだと――それを示す事のできる到達点。
 一つの理想を、具現した形。
 その想いは、一つの幻に酷似したものだ。
 綺麗事だ、絵空事だと称され、現実に存在しない「ドラゴン」という幻のカタチ。
 その幻の存在を、目に焼き付けたいと願った。
 そして人は、手にした技術を持って幻想の存在を具現化していく。

「「シンクロ召喚!」」

 その圧倒的な存在を、破ろうと思った。
 その底知れない存在を、判ろうと思った。
 その2人の声が、今重なる。

 その想いの果てに呼び出したのは、機竜。
 煌く白金の装甲は廃墟に光を与え、広がる翼を刃に変えて。
 人工物によって生まれた機械の竜の瞳に、光が灯る。
 空虚な舞台に、魂の脈動を覚えさせる。
 これが、創志の手にした最後の力。

「――導け! <A・ジェネクス・クレアシオン・ドラグーン>!!」

 創造の力を秘めた竜が今、光臨した。

 

 

 <A・ジェネクス・クレアシオン・ドラグーン>
 その神々しい姿を正面から見据え、治輝は思う。
 何かを生む手伝いをしようとして……取り返しのつかない事をしてしまった、あの時の事を思い返す。
 創造を名に冠したそのドラゴンは
 治輝にとって切望するもので
 治輝にとって、本当の意味での――憧れだった。

 

<A・ジェネクス・クレアシオン・ドラグーン>
シンクロ・効果モンスター(オリジナルカード)
星8/闇属性/機械族/攻2800/守2800
「ジェネクス・コントローラー」+「A・O・J」と名のついたシンクロモンスター1体以上
このカードは相手の魔法・罠・効果モンスターの効果の対象にならず、
闇属性モンスター以外との戦闘では破壊されない。
このカードの攻撃力は墓地に存在する「ジェネクス」または「A・O・J」と名のついた
モンスターの数×100ポイントアップする。
このカードがフィールド上から墓地に送られた時、自分の墓地に存在するこのカード以外の「ジェネクス」または
「A・O・J」と名のついたモンスター1体を選択し、自分フィールド上に特殊召喚することができる。

 

 「<クレアシオン・ドラグーン>の効果発動! このカードの攻撃力は、墓地に存在する<ジェネクス>または<AOJ>の数×100ポイント上昇する!」

 

 それは、2つの異なる名を束ねる事のできる力。
 2人の青年の墓地が、淡い光を放つ。
 その光の数は、目の前の邪竜が糧にしたドラゴンと同数。
 だがその質は、全く真逆のモノだ。
「……砂神。お前にあれはどう見える?」
「……」
 その質問に、砂神は無言で歯噛みする。
 それを見た治輝は、苦笑いを浮かべ、視線を前へ戻す。
 正面から見つめた白銀の機竜は、共に並んだ時に比べより美しく、輝いて見える。

 

「俺は、ああなりたかったのかもしれないな――」






 □□□







「装備魔法――<幻惑の巻物>を装備! <A・ジェネクス・クレアシオン・ドラグーン>の属性を光に変更する!」
 白銀の装甲が輝きを増し、辺りを照らし出す。
 元は闇属性だった等とは思えない神々しさに、治輝はただ魅せられる。
「行くぜ治輝! <A・ジェネクス・クレアシオンドラグーン>で<F・G・D>に攻撃!」
「……ッ! 迎え撃て、ファイブ・ゴッド!」
 皮肉にも2体のモンスターは共に同じ闇属性であり――現在は他の札の力で光へと変換されていた。
 かつて闇だったモノ同士の激突は、自らより放つ光によって行われる。

 

「インヴィディアル――バースト!」
「――<クレアシオン>!」
 
 5つの龍の口から、異なる色の光の吐息が放たれる。
 ほぼ同時に、機竜体の各所に装着された補助ブースターが一斉に点火し
 夜空を切り裂かんと上昇した機竜は、一旦ブースターを停止させ、一瞬だけ宙に浮かぶ。
 機体を反転し――、再度ブースターを点火。宙空に自らの身体を打ち出す。 
 だが<F・G・D>その回避行動に対し、素早く<クレアシオン>に照準する。
 5つの口が織り成す弾幕は一筋縄では潜り抜けられない――
 そう考えた<クレアシオン>は、ブレスを吐き荒れ狂う<F・G・D>目がけ、上空から急接近する。
 だが、その特攻は無謀だ。敵の接近を許さないからこその弾幕。リスクは避けられない。
 <クレアシオン>の右の翼が折れ、バランスを崩す。

 

「……!」
「攻撃力はこっちが上、このままなら――!」
 <F・G・D>の攻撃力は5000
 <クレアシオン>の攻撃力は3300
 幾ら属性が光に変わろうとも、この差は埋められない。
「皆本!」
「わかってる! 俺は速攻魔法を発動!」
「……罠カードを発動!」

 

 その時、全員が同時に動いた。

 

 1人は迷わず手札の速攻魔法を天に掲げ
 1人は地に伏したカードを跳ね上げ
 それを見た最後の1人は硬直する

 

《リミッター解除/Limiter Removal》 †
速攻魔法(制限カード)
このカード発動時に、自分フィールド上に表側表示で存在する
全ての機械族モンスターの攻撃力を倍にする。
この効果を受けたモンスターはエンドフェイズ時に破壊される。

 

 次の瞬間、機竜の体は眩い光を放ち、変化した。
 翼を削がれ、飛ぶ事が苦難となったのなら。
 自らを弾丸と化し、打ち貫けばいいのだと。

 

「……ジェネシック・ブリットォ!」

 

 それは視認できる速度ではなく
 弾幕で対応できるものでもなく
 咄嗟に防御を図れるものでもなかった
 貫いたのは<F・G・D>の有する5つの頭部ではなく、その根幹である胴体。
 聞く者全てが震え上がるような断末魔の咆哮が、廃墟に轟く。
 光以外では倒せないとされる邪龍。
 それを倒したのは、闇の中であっても燦然と輝く――光の機龍だった。

 

【治輝LP】4600 手札3枚
場:F・G・D
伏せカード3枚 アドバンスド・フォース

【輝王】 手札0枚
場:
エレメント・チェンジ(光属性を指定) ウィキッド・リボーン(使用済) 伏せカード3枚 
【創志】 手札0枚
場:<A・ジェネクス・クレアシオン・ドラグーン>
蘇りし魂(使用済) 幻惑の巻物(対象クレアシオン、光指定) 

【輝王&創志LP】2700 

【治輝LP】4600→3800
 
 
 白銀の機龍に胴体を貫かれた<F・G・D>は、身じろぎ一つせずに四散する。
 その結果に不満を抱く事なく、運命だと受け入れるかのように。
 治輝は目を瞬きせずに、消えていった邪龍の最後を見届けた。
 創志は強敵を倒した事で歓喜に震えるも……治輝のライフを見て困惑する。
「……なんであんなにライフが残ってるんだ?」
「罠カード<ダメージ・ダイエット>の効果だろう。リミッター解除を発動する寸前、時枝が発動していた」

《ダメージ・ダイエット/Damage Diet》 †
通常罠
このターン自分が受ける全てのダメージは半分になる。
また、墓地に存在するこのカードをゲームから除外する事で、
そのターン自分が受ける効果ダメージは半分になる。

 輝王がそう言うと、治輝は目を細め輝王の伏せカードへ視線を送る。
 彼は創志の<リミッター解除>に対し、何か別のカードを発動しようとしていた。
 だが<ダメージ・ダイエット>の存在を確認するや否や、その動きを硬直させたのだ。
「そうか……でも<F・G・D>は倒したんだ。俺達の力で!」
「そうだな。だがこのままでは<リミッター解除>の効果で<A・ジェネクス・クレアシオン>は破壊される。時枝の手札が健在の今、それは避けるべきだろう」
 輝王がそう言うと、傷だらけの<A・ジェネクス・クレアシオン・ドラグーン>の周辺の空間が歪み、その姿を消した。
 発動したカードは<亜空間物質転送装置>

<亜空間物質転送装置>
通常罠
自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択し、
このターンのエンドフェイズ時までゲームから除外する。

 消えた<クレアシオン>は消滅したわけでも、破壊されたわけでもない。
 言うならば破壊された身体を修繕する――異次元の格納庫へと移動させたに過ぎない。
 そして同時に、そのカード効果とは別の『歪み』が発生した。それは輝王と創志の後方、治輝の視線の先で渦を巻く。
 それらの事象を見た治輝は息を吐き、砂神を振り返る。
「砂神。あのモンスターを見てどう思った?」
「……忌々しい光だ。見てるだけで吐き気がする」
「……」
「貴様とて同じだろう。時枝治輝。まさか羨望という純粋な感情しか抱かない等と、世迷言は言わないだろうな」
「まさか。俺はそんな聖者にはなれないよ」
 治輝はそう返事をし、夢を見ていた頃の――昔の木咲の事を思い出す。
 あいつは、皆の笑顔を作れる奴だった。
 あいつは、自分の世界を作れる奴だった。
 あの頃夢を嫌っていたのは、それを見るのが辛かったから。
 自分だけの夢を作り出していた奴が、どうしようもなく妬ましかったから。
 そしてそんな嫉妬や憎悪にも似た感情を抱く自分が、誰よりも嫌いだったから。
 可能であればああなりたいと、強く願った。
 何かを作り出せる様な存在になりたいと、切望した。

 ――治輝は目を見開き、目の前の"創造"を見上げる。

 創志のターンが終了し、伝説の機龍が再び場へと舞い戻ってきたのだ。
 その銀の装甲は完全にその色を取り戻し、悠然と輝き続ける。
 自分が進まなかった、進めなかった道の極地。
 このモンスターは正にその象徴であるように、治輝は感じる。
「……お前は、まだペインじゃない。まだ間に合うんじゃないのか?」 
「――殺す予定だと言った人間に問いかける言葉とは思えんな」
 砂神は何かを考えているのか、髪が逆立っていてもその気性は落ち着いている。
 そして睨むように、返す。
「俺様は貴様を知っているが、貴様は俺様を知らない。だから教えてやろう。今更プラスに変わる事が出来ない程の悪行を、俺様はし尽くしてきた。貴様の言葉を借りるなら、確かに俺様は死すべき人間だ。普通の人間にとってはな」
「……」
「貴様も無理に染まろうとするだけ無駄だ。いずれこちらの道に進む事になる。遅かれ早かれな!」
 その言葉に自嘲や憐憫等の感情は浮かんでおらず、淡々と事実を並べるだけの物だ。
 だからこそ、それは嘘偽りの無いモノだと伝わってくる。

【治輝LP】3800 手札3枚
場:
伏せカード3枚 アドバンスド・フォース

【輝王】 手札0枚
場:
エレメント・チェンジ(光属性を指定) ウィキッド・リボーン(使用済) 伏せカード2枚 
【創志】 手札0枚
場:<A・ジェネクス・クレアシオン・ドラグーン>
蘇りし魂(使用済) 幻惑の巻物(対象クレアシオン、光指定) 

【輝王&創志LP】2700 

 治輝は砂神から視線を外し、落ち着いた動作でカードをドローする。
 だがその軌跡は曲がらず、自らの手の中に可能性を導く。
「俺は手札から<ドラグニティ・アキュリス>を召喚」

ドラグニティ-アキュリス/Dragunity Aklys》 †
チューナー(効果モンスター)
星2/風属性/ドラゴン族/攻1000/守 800
このカードが召喚に成功した時、
手札から「ドラグニティ」と名のついたモンスター1体を特殊召喚し、
このカードを装備カード扱いとして装備する事ができる。
モンスターに装備されているこのカードが墓地へ送られた時、
フィールド上に存在するカード1枚を選択して破壊する。

 フィールド上に、矢と見間違えるようにか細い小さな竜が出現する。
 それを確認すると治輝は背中を向けたまま、砂神に口を開く。
 
「悪いが、俺はそうなる気はない。約束もしたからな」
「――元の世界に戻ると言うのか? 害でしかない貴様が、再び災悪を招く可能性を無視して!」
 言われるまでもなく、それは治輝の頭で何度も再生された事項だった。

 やっとの思いで帰った自分に、笑いかけてくれる木咲。
 元に戻った懐かしい声を聞いて、涙を流す自分。
 そんな様子をからかいながら、暖かく見守ってくれるかづな。

 異世界に渡った長い間。それは何度も何度も、夢として治輝の中で再生された。
 それは幸せな夢。治輝の願望であり、もっとも望んでいる1つの結末。
 だが、夢はそこで終わらない。
 
 さっきまで笑っていたはず木咲の声が掠れて行き、近付くと激痛に悲鳴を上げる木咲。
 それを見て平静を失い、ペインとして暴走していく自分。
 それを止めようと必死で駆け寄ってくるかづなを、木咲と同じ様に――
 夢はいつも、ここで止まる。

「……お前なんかに言われるまでも無い。自分で何度も――何回も考えた事だ」

 揺らがなかった。
 そう言ってしまえば、それは嘘になる。
 だがその答えは
 1度出した答えを、嘘にしない為に。
 
「――俺は、それに負けない!」

 何かを穿つ様な勢いと共に、治輝は1枚のカードを発動する。
 それは自らの願いを託してデッキに投入していた――1枚の罠カードだった。



<異次元からの帰還>
通常罠
ライフポイントを半分払って発動する。
ゲームから除外されている自分のモンスターを
可能な限り自分フィールド上に特殊召喚する。
エンドフェイズ時、この効果で特殊召喚した全てのモンスターは
ゲームから除外される。
力だけを求められ、自身を必要とはされなかった。
 彼等が求めていたのは力であり<砂神緑雨>ではない。
 それを何度と繰り返した結果が、今の自分。
 力を利用するのが望みなら、力で奪ってやる。
 間違っているのは奴等で、間違えさせたのも奴等なのだと。

 だが、違う。
 目の前の男は運命に翻弄されても、運命を呪う事はしなかった。
 奥の2人はこちらに堕ちるべき分岐に立たされても、決して道を違えなかった。

「――比良牙。帰るぞ」
 砂神は立ち上がり、比良牙の元に歩いて行く。
 治輝はそれに気付いているようだが、特に邪魔をする気配は感じられない。
「――主様。そうは言っても邪魔者が」
「<レヴァテイン>ならとっくに消えている。大方奴の手札にでも迷い込んだのだろう」
 そう言われ比良牙は周囲を見渡し、現状を理解した。
「どうやら彼は見込み違いだったようだね。僕としては少し残念だ」
「……ふん」
 飄々とした比良牙の言葉を興味なさ気に無視すると、砂神は振り返り、治輝に問う。
「いいのか? 貴様が殺そうとしたはずの俺様は、今正に逃げようとしているが」

「いや、お前はもう殺したよ」
「……何?」

 聞き捨てならぬ台詞を吐いた治輝を、砂神は睨む。
 2,3度殴られた程度でどうにかなるほど、砂神緑雨はヤワではない。
 そんな砂神には敢えて視線を向けず、治輝は笑う。
「だけど、俺は面倒なのは嫌いなんだ。生死確認はしない」
「……とんだ道化だな、貴様は」
 親しみ等欠片も無い言葉だったが、その声は憎しみに彩られている風ではない。  
 砂神は自身の力で目の前に円状のゲートを作り出し、背中を向ける。
「お前こそ見ていかないのか? 最後まで」
「貴様が勝つ所も、奴等が勝つ所も見たくないんでな」
「なら、次はお前が勝ちに来いよ。俺だけを巻き込むのなら――いつだって受けて立つ」
「ぬかせ。――行くぞ、比良牙」
「やれやれ……本当に面倒なだけだったね」
 比良牙が息を吐き、砂神が口を吊り上げた瞬間、円状のゲートはノイズが走る様に歪み、その姿を消した。
 それを見た治輝は目を瞑り、小さく笑う。
 いつか再び相対する事があろうとも、それが砂神緑雨本人である事を、願いながら。







 □□□



「――最初から殺す気はなかったのか? 時枝」

 しばしの静寂の後、輝王が口を開く。
 事の顛末を静観していた輝王には、大体の事情が呑み込めていた。
 それに対し、治輝はかぶりを振る。
「嘘を言っていたわけじゃない。場合によっては、殺していたと思う」
「だが、お前はそうしなくて済むように――この決闘を仕組んだ。砂神を救う為に」
「買かぶり過ぎだよ輝王。俺は、俺の為にこの決闘を仕掛けただけだ」
 治輝が前方を指し、輝王と創志は振り返る。
 そこには先程砂神が作り出した物と似た形をしたゲートが、僅かに渦巻いている。
異世界に戻る為のゲートは、決闘でしか作り出せない。俺は自分の目的の為に、輝王や創志を利用しただけだ」
「……まぁ、そういう事にしておこうか」
「――おい」
 輝王はその言葉を、含みのある微笑で軽く流す。
 どんな言葉を連ねようと、敵である砂神の事を気にかけていたのは明白だ。
 邪神の時の妙に無表情になる事が多い演技といい、時枝治輝は嘘を吐くのが苦手らしい。
「……ったく、そういう事なら一言先に言ってくれればいいのによ」
「いや皆本。お前に演技は無理だ」
「おい輝王!?」
 ぼやく創志に、輝王は冷静に突っ込む。
 時枝は演技が苦手かもしれないが、それでも隣にいる青年よりは随分とマシだろう。

「さて、じゃあ一段落着いた事だし――」
 
 声が響く。
 時枝治輝にとっての決闘の目標はゲートの解放、そして砂神。

 輝王と創志にとっての決闘の目標は、砂神の殺害を防ぐ事。

 それは、お互いに達成する事ができた。
 これ以上戦う必要は、お互いに存在しない。

「ああ、そうだな」
 
 輝王は静かに同意する。
 決着を着ける必要が無いのなら、ここで終わるべきなのだと。輝王は確かに理解している。
 だが、その構えが解ける事は無い。
 それに呼応する様に、隣にいる青年が、大きく声を上げた。



「――再開しようぜ、決闘!」
 
「砕けし星の断片よ」

 続ける必要が無くとも、時枝治輝には理由があった。
 自らの羨望に、挑む事への願望。
 そして共に肩を並べた同胞との、最後の交差。

「集いし記憶を力に変え」

 輝王正義は感謝する。
 今この場に、この舞台に――自分という役を上げてくれた全てに。
 ならばこそ、勝つ事でその役を全うする。
 親友と同じ力を持つ同胞を、超える為に。

「全てを染める、残滓と成せ!」

 皆本創志が求めていたのは、この瞬間だった。
 しがらみも何も無い、純粋な競い合いを――目の前の男としてみたいと思った。
 そしてそれは、互いの切り札を以て今、成される。

「掴め――蘇生龍、レムナント……ドラグーンッ!」 


【治輝LP】2300 手札3枚
場:<ミンゲイドラゴン> <-蘇生龍-レムナント・ドラグーン>
伏せカード2枚 アドバンスド・フォース

【輝王】 手札0枚
場:
エレメント・チェンジ(光属性を指定) ウィキッド・リボーン(使用済) 伏せカード2枚 
【創志】 手札0枚
場:<A・ジェネクス・クレアシオン・ドラグーン>
蘇りし魂(使用済) 幻惑の巻物(対象クレアシオン、光指定) 

【輝王&創志LP】2700 

 砕け散り、墓地に送られた竜の魂が、光球となって舞い上がる。
 それが描いた軌跡は、象る。
 天空へ羽ばたく翼を持った、不死鳥のようなドラゴンの輪郭を。


 <-蘇生龍-レムナント・ドラグーン>
効果モンスター(オリジナルカード)
星8/光属性/ドラゴン族/攻2200/守2200
このカードは通常召喚できない。
自分フィールド上のドラゴン族モンスターが3体以上リリース、
または3体以上破壊されたターンに手札から特殊召喚できる。
このカードが手札からの特殊召喚に成功した時、このターン破壊、リリースされたドラゴン族モンスターを可能な限り、墓地と除外ゾーンから手札に戻す。
このカードが戦闘を行うダメージステップ時、手札のドラゴン族モンスターを相手に見せる事で発動できる。
このカードの攻撃力はエンドフェイズ時まで、見せたカードの種類×1000ポイントアップする。
このカードがフィールドを離れた時、自分は手札を全て捨てる。
このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
自分はモンスターを通常召喚・反転召喚・特殊召喚する事ができない。

「レムナント・ドラグーンの、効果発動!」

 治輝の叫びに呼応し、荒れ果てた大地から命の光が溢れ、手札に舞い込む。
 それは<ドラギオン>の効果で破壊された2枚の龍。
 よって、治輝の手札は5枚。
 あれらが全てドラゴン族で形勢されていた場合。その攻撃力は7200まで上昇する可能性が出てくる。
 輝王がそう危惧していることを知ってか否か。治輝は1枚のカードを発動した。

トレード・イン/Trade-In》 †
通常魔法
手札からレベル8のモンスターカードを1枚捨てる。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。 

「な……に?」
「これでこっちの攻撃力は、もう予測できない……だろ?」

 手札に戻った<ダークストーム・ドラゴン>は墓地に送られ、治輝は新たに2枚のカードをドローする。
 治輝のライフは先程使った<異次元からの帰還>のコストにより半減している。これでドラゴン族を引けなければ、こちらにトドメを刺すことは適わない。
 だというのに、この選択。あの視線。
「――仕掛けてくるぞ、皆本」
「わかってるって。フォローは任せるぜ、輝王!」
「ああ!」
 <A・ジェネクス・クレアシオン・ドラグーン>を操るのは、召喚を行った皆本創志に他ならない。
 だが、創志に伏せカードは残されていない。
 実質このターンにおいて<クレアシオン>を守護できるのは、伏せカードを2枚有する輝王なのだ。

「来い、時枝ッ!」
「ああ、挑ませてもらう!」

 治輝がバトルフェイズに入り、白銀の装甲を持つ伝説の機龍と、定まった形を成さない幻龍が相対する。
 その絵は壮観で、見る者が違えば世界の終わりにも、始まりにも見えたかもしれない。
 だがそんな状況でも、輝王は相方の出方を観察する。
(時枝の手札は5枚、トレードインによる手札交換を使われた今<青氷の白夜龍>以外のカードは未知数だ)
 それらが全てドラゴン族。しかも全て違う種類のカードで構成されていた場合<-蘇生龍-レムナント・ドラグーン>の攻撃力は7200へ上昇する。

このカードの攻撃力はエンドフェイズ時まで、見せたドラゴン族の種類×1000ポイントアップする。

 攻撃力3300の<クレアシオン>にその攻撃を受ければ、ライフ2700では耐え切れず、こちらの敗北となる。
 だが、その可能性は極めて低い。
 トレードインを使って手にしたカードが2枚ともドラゴン族、且つ全ての手札がドラゴン族で構成されている――それは普通なら有り得ない状況だ。
 しかし、治輝はメインフェイズで何のカードも伏せずにバトルフェイズに移行してきた。
 <-蘇生龍-レムナントドラグーン>は倒された時に持ち主の手札を全て捨てる、というデメリットを持つカード。
 倒される可能性を考慮するなら、魔法、罠カードの類は伏せてから攻撃するはず。
(故に、時枝の手札が全てドラゴンである可能性は、ある)
 或いは、そうこちらに思わせる為に敢えて伏せなかったかもしれない。
(4枚なら、俺たちが勝つ。5枚なら――負ける)
 輝王は、伏せカードに手をかける。
 発動するカードは、既に心中で決まっていた。
 それと同時に、現実の治輝の言葉が被せるように響き渡る。
 
 
 
「行くぞ。レム!」

 治輝の叫びと同時に、曖昧な姿を揺らめかせる<レムナント>は空高く飛翔する。
 その攻撃力は2200
 3300の<クレアシオン>には、届かない数値。
 だが<レムナント>は、自身の効果で己の限界を引き上げる。
 それは創志も輝王も、先の戦いで理解している事だ。
「<クレアシオン>!」
 創志の言葉に<クレアシオン>もブースターを点火させ、空中へと機体を上昇させる。
 だが、先手を打ったのは<レムナント・ドラグーン>だ。
 その見えない翼を羽ばたかせると、曖昧だった姿に蒼白い色が浮かび上がる。
 そして、同時に水晶の気筒が、出現した。

「1枚目! <青氷の白夜龍>!」

 氷霧のような煙を上げた気筒を点火させ<レムナント>は<クレアシオン>へと突撃する。
 これで攻撃力は3200
 <クレアシオン>と同等の力を手に入れた<レムナント>は、その身を<クレアシオン>の心臓部へと矢のように滑り込ませる。
「――まだだ! まだ届かねぇ!」
 創志が叫ぶと<クレアシオン>が有する2つのアームが<レムナント>の突撃を阻む。
 その握力は強力で、レムナントの身体は軋みを上げた。

「……2枚目! <ドラグニティ・ブランディストック>! 3枚目! <ドラグニティアームズ・レヴァテイン>!」

 <レムナント>に2つ目の槍型の気筒が出現し
 ほぼ同時に、漆黒の剣を模した気筒が装着され
 その2つが同時に、点火した。 
 不死鳥のような目は鋭さを増す。その勢いは先程の比ではない。
 
「同時使用かよ!?」
「押し切れええええええ!!」

 白銀のアームが悲鳴を上げ、それを支える間接部が軋みを上げる。
 攻撃力5200となった<レムナント>の突撃を
 <クレアシオン>は、もう抑えきることができない。

 硝子の割れるような、甲高い音がした。
 鉛が転がる、鈍い音がした。

 それは、白銀のアームが砕け散った音。それが眼下の廃墟に転がった音。
 自らのアームが限界だと悟った<クレアシオン>は機体を反らし、不死鳥の突撃を間一髪で回避する。
 しかし、それで終わりではない。
 <レムナント・ドラグーン>が音速にも近い速度で反転し、再びその身を滑り込ませてくる。

「――ッ、翼だ!」

 創志の指示を受けた<クレアシオン>は、自らが有する白銀の翼を折りたたみ、即席の盾として突撃をガードする。
 その翼は強固で、今の<レムナント>の力を抑え込んでいる。
 何とか凌げると思った、次の瞬間。

「4枚目! <デコイ・ドラゴン>!!」

 創志に、冷や汗が浮かぶ。
 攻撃力が6200となった<レムナント>の攻撃を受ければ、2900ポイントのダメージを受け――こちらが敗北する。
 そんな心中を意にも介さず、新たな気筒。橙で構成された小さな気筒が、その大きな不死鳥に力を与えた。

「これで終わりだ! オリジナル――レムナントォ!!」

 蒼白く発光した身体はその勢いを倍化し、その粒子を噴出する。
 白銀の翼に、罅が入る。
 装甲の表面が光に焦がされていく。
 その翼を壊し、心臓部に身を突きたてようと<レムナント>は最後の力を振り絞る。
 
 だが、輝王は静観していた。
 目の前の出来事に動じず、チャンスを待つ為に。

「これで終わりだ、か。それが本当ならば手札のドラゴンは4枚。5枚目は、罠か魔法――!」
 
 次の瞬間。
 輝王は、1枚のカードを具現させた。

<リミッター解除>
速攻魔法
このカード発動時に、自分フィールド上に表側表示で存在する
全ての機械族モンスターの攻撃力を倍にする。
この効果を受けたモンスターはエンドフェイズ時に破壊される。

「2枚目!? だが、遅い!」

 治輝の言葉の通り、レムナントの突撃に耐え切れず、白銀の翼が粉々に砕けた。
 鉄の破片が散らばり、雪のように宙へ漂う。
 それはまるでスローモーションのように流れていき、その心臓部に<レムナント>の一撃が――

「――弾丸だ! <クレアシオン>!」

 届く寸前に、クレアシオンは創志の指示に、その身を動かす。
 純白の光と共に、機龍は言葉通り<弾>へとその形態を急速変形させたのだ。
 変形により、心臓部であった場所は下へと移動。
 結果<レムナント>の突撃は空を切り、切り離された<クレアシオン>の翼部が空を舞う。

「な……!?」
「これで攻撃力は6600!」

 轟音が鳴り、全てのブースターを点火させた<クレアシオン>は機体の向きを反転させ、その身を弾丸と化して<レムナント>へと追いすがる。
 <レムナント>は翼を折りたたみ、その攻撃を受け止めようと試みるが――遅い。

「終わりだああああああああああ!」


 創志の叫びを受け<クレアシオン>は速度を上げ
 <レムナント>は向かってくるその弾に対し、翼で盾を作る間もなく、直撃した。
 白銀の閃光が、蘇生龍を打ち貫き、破壊される。

【治輝LP】2300→1900

 それは無数の蛍が光っているかのように幻想的で、誰もが息を呑む風景だった。
 治輝の手札が墓地へと消え、その残滓は光となって宙へと漂い始める。

「――いや、まだだ!」
「……!?」

 だが、勝利の余韻に浸る間も、敗北の悔しさに涙を流す間も与えず、治輝は声を荒げる。
 <-蘇生龍-レムナント・ドラグーン>が敗れ、手札をその効果でゼロにしようとも、その瞳は揺らがない。
 その勢いのまま、1枚のカードを発動する。

<竜の転生>
通常罠
自分フィールド上に表側表示で存在する
ドラゴン族モンスター1体を選択してゲームから除外し、
自分の手札・墓地からドラゴン族モンスター1体を特殊召喚する。

 除外されるのはフィールド上に残った最後の竜である<ミンゲイドラゴン>
 だがその効果を確認した輝王は、目を細める。

「蘇生カードか。だが、どんなドラゴンを用いようと<A・ジェネクス・クレアシオン・ドラグーン>は倒せない!」

 <リミッター解除>の効果により攻撃力が倍化している<クレアシオン>の攻撃力は6600
 今まで出現したドラゴンでは、この数値を超えることは適わない。
「承知の上だ。<竜の転生>はそっちを"防ぐ為のカード"であって、倒す為のカードじゃない!」
「蘇生カードで防ぐ……?何を言って……」
 疑問の言葉を発している間に、治輝が新たなカードをチェーン発動する。
 そのカードは、輝王の予想を覆すカードだった。




【治輝LP】1900→900


<闇よりの罠>
通常罠
自分が3000ライフポイント以下の時、
1000ライフポイントを払う事で発動する。
自分の墓地に存在する通常罠カード1枚を選択する。
このカードの効果は、その通常罠カードの効果と同じになる。
その後、選択した通常罠カードをゲームから除外する


「な……?!」
 そのカードの登場に、創志も同時に驚愕する。
 だが輝王はその効果を理解し、困惑した。
「時枝。お前が使った通常罠カードは<トラップスタン>と<異次元からの帰還>であるはず……」
「そうだな。使ったのは2枚だけだ」
「その2枚では<クレアシオン>を倒すことは――」
 そこまで言葉を紡いだところで、輝王は思い出す。
 <-蘇生- レムナント・ドラグーン>の攻防、最後の突撃。
 あの時、自分は何と言った?

「――輝王の言うとおり、俺が最後に引いたのはドラゴン族じゃない。罠カードだ!」

 そう、あの時に手札に存在していた5枚目は魔法か、罠カードのはずだった。
 そのカードは<レムナント・ドラグーン>の効果で

 墓地に、捨てられた。





エレメンタルバースト/Elemental Burst》 †
通常罠
自分フィールド上に存在する風・水・炎・地属性モンスターを
1体ずつ生け贄に捧げて発動する。
相手フィールド上に存在するカードを全て破壊する。




「<闇よりの罠>は、その発動コストのみを完全に無視し、墓地の罠カードの"効果だけ"を発動する事ができる!」

 治輝の叫びに呼応して<レムナント>が残した光の球が、眩く輝き始める。
 見る者全ての瞳を潰しかねないその強烈な輝きは光の奔流を生み、フィールドの全てを呑み込み始める。
 それは如何に弾丸と化し、音速を超える機動力を持った機龍を以ってしても、回避はできない。

「エレメンタル、レムナント――!」
 
 その爆発は凄まじく、輝王の残りの伏せカード。そして2人の切り札である<A・ジェネクス・クレアシオン・ドラグーン>をも消滅してしまった。
 だが、諦めない。
 <A・ジェネクス・クレアシオン・ドラグーン>には、最後の効果が残されている。

 このカードがフィールド上から墓地に送られた時、自分の墓地に存在する「ジェネクス」または
 「A・O・J」と名のついたモンスター1体を選択し、自分フィールド上に特殊召喚することができる。

 この効果を以ってすれば、後続のモンスターを呼び出す事が可能だ。

「皆本! 墓地の<AOJカタストル>を――」
「駄目だ! 蘇生できない――! <クレアシオン>の効果が発動しねぇんだ!」
「なんだと……?!」
 
 声が重なる。
 だが戸惑いの暇すら与えず、爆発の中から1体の竜が飛び出してくる。
 黒い魔方陣が意味するのは、蘇生の力。
 その力が大剣を象り、橙色の飛龍を具現させる。

ドラグニティアームズ-レヴァテイン/Dragunity Arma Leyvaten》 †
効果モンスター
星8/風属性/ドラゴン族/攻2600/守1200
このカードは自分フィールド上に表側表示で存在する
「ドラグニティ」と名のついたカードを装備したモンスター1体をゲームから除外し、
手札または墓地から特殊召喚する事ができる。
このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、
「ドラグニティアームズ-レヴァテイン」以外の
自分の墓地に存在するドラゴン族モンスター1体を選択し、
装備カード扱いとしてこのカードに装備する事ができる。
このカードが相手のカードの効果によって墓地へ送られた時、
装備カード扱いとしてこのカードに装備されたモンスター1体を特殊召喚する事ができる。

「<ドラグニティアームズ-レヴァテイン>の効果。それは、墓地のドラゴンを剣として装備する効果。効果名――クロッシング・ドラグーン!」
「な……その名前!?」
「墓地の<ブランディストック>を装備し、2度攻撃する事ができる!」

 駆ける。
 疾風の如く、その身を滑らせて。
 具現する。自らの同胞を刃と変えて。
 その軌跡を大地に示す為に<レヴァテイン>は輝王と創志の間に、全力で切り結ぶ。

「ブランディ――ウィンザーッ!」

 治輝が叫び、衝撃波が輝王と創志を吹き飛ばす。
 その斬り筋は、少し斜めに傾いた、十字だった。



【輝王&創志】LP2700→0
 
やった……のか……?」
 治輝は2人のライフを確認し、脱力する。
 実感は無いが、消失したソリッドヴィジョン、自動収納される決闘盤等の状況が、決闘を終了したことを示している。

「……ああ、おまえの勝ちだ。時枝」
 目を瞑り、輝王は呟く。
 敗北の悔しさよりも、その心中に浮かぶのは、感嘆。
 自分の受け継いだ重さと強さを目の当たりにして、輝王は佇む。

「あー……負けたああああああッ!」
 仰向けに倒れこみ、心底悔しそうに皆本創志は声を上げる。
 しかしその声に淀みは無く、その表情に浮かぶのは悔しさとは、別の意思。
 それは輝王や治輝にも渦巻いている。
 
 ――ただ、終わってしまった……と。

 この決闘に賭けた想いや目的を差し置いて、3人はその事だけを思う。
 本来なら出会うはずの無かった会合。
 本来なら叶う筈の無かった決闘。
 その上での先程の全力のぶつかり合い。それは勝ち負け以上の煌きが、確かにあった。
 
「……終わっちまったなァ? 治輝クンよォ」

 その不思議な充足感を冷や水で浸すような声が聞こえ。治輝は顔をしかめる。
 その声の主は今更確かめるまでも無い。
「なんだ見てたのかよ、戒斗」
「ああ、てめェの演技は人を笑わせる才能がある。余りにもバレバレでなァ」
「……」
 どうやら一部始終を見られていたらしい戒斗の言葉に治輝はムッ、と眉を顰めるも、不快を悟られないように平静を保つ。
 前方に見える異世界へのゲートは、先程の対決によりその大きさを増し、人間が余裕をもって通れるほどのサイズに膨張している。
 これなら帰れそうだな、と治輝が安堵していると。輝王が戒斗の傍に近付く。
「どうやら無事だったようだな」
「誰に言ってんだそりゃ、あの場にてめェに心配されるような実力の奴ァいねぇ」
「……そうか」
「しっかし成長しねぇなぁ治輝クンよ。わざわざ悪ぶってまで"ペイン"についての講義をしてやった上にそのまま見逃すたァ正気じゃねェよ。宣言通り殺せばいいじゃねェか」
「いや――時枝は宣言に嘘を吐いていない」
「……何?」
 輝王の返事が戒斗にとって予想外だったのか、視線を向ける。
 その視線を受け流し、輝王は治輝に向き合う。

「……時枝。負けるなよ」

 確たる声でそう言われ、治輝は無言で頷く。
 自分を倒したのだから、負けることは許さない……そういった類の台詞を言う男ではないことを、治輝は知っている。
 負けるな、とは決闘のことだけではない。
 これから訪れる苦難や、自分の発した理想。
 そういったあらゆるもの全てに対しての、言葉。
「そうだな。俺は――」
「……?」
 言葉を区切り、治輝は笑う。
 
「示す必要があるから――だろ?」

 輝王はそれを聞き、しばらく硬直した。
 その言葉の意味を理解すると、輝王は含みを持たせて小さく笑う。
「全く……お前という奴は」
「そうだぜ! <クロッシング・ドラグーン>の名前だって勝手に真似しやがって!」
 いつの間に起き上がっていたのか。輝王と治輝の間に割り込み、創志が声を荒げる。
「いや、格好良かったからつい」
「ついじゃねーよ! それに最後の<A・ジェネクス・クレアシオン・ドラグーン>の蘇生効果も何故か発動しなかったし……」
「ああ、あれは――」
 治輝が答えようとすると、輝王がそれを 「待て」 と制する。
「たまには自分で考えてみろ、皆本」
「たまにはってなんだよたまにはって! カウンター罠使ったわけでもねーし、さっぱりわからねーって!」
「時枝は<クレシオン>の蘇生効果に対し<竜の転生>を被せた。それがヒントだ」
「被……せた?」
 わけがわからない、と唸る創志を見て、治輝は小さく笑う。 
 だがそんな治輝を見て、創志は悩ませる問題を棚に置き、拳を前に突き出した。
「とにかく、次は絶対負けねーからな!」
「つ、次?」
「ああ、またやろうぜ!」
 元気よく宣言する創志に対し、治輝は戸惑う。
 それは再戦に不満があるわけではない。
 充実した決闘で、時間さえ許せばいつまでも続けていたいと思える、素晴らしい決闘だった。
 創志が望まずとも、治輝自身が望んでいただろう。
 そもそもフェアなルールではなかったし、純粋な一対一で戦ってみたい気持ちもある。

 だが――自分に次は無いかもしれない。

 いつまで人の形を保っていられるのか、それすらもわからない今の自分に……果たしてそんな約束をする権利があるのか。
 治輝が逡巡し、その手を取ることを躊躇していると、創志はジトっとした目で治輝を睨む。
「お前……次は無いかもとか考えてんじゃねーだろうな」
「なっ……」
 思い切り図星を指され、治輝は動揺した。
 そんな治輝の心中を知ってかしらずか、創志は声を上げる。

「あるに決まってんだろ! 勝ち逃げなんて許さねえからな!」

 その裏表も何も無い言葉に、治輝は圧倒される。
 眩しいはずの光を間近で見ても目が眩まない、そんな違和感。
「……許してやってくれ。こういう奴なんだ」
「おい輝王!?」
 輝王が内情を察せない創志に対し茶々を入れ、創志はそれに対し腹を立てる。
 そんな2人を見て、治輝は思う。
「創志、輝王」
 諦めない。
 絶対に人間である事を、諦めたくないのだと

「絶対にまた、闘ろう!」 

 それは自分にとって枷であり、誓いの台詞だった。
 この先運命に屈した先には無い、未来への誓い。
 その言葉に負けないよう、約束を違わぬ為に、戦い続けよう、と。



 目の前の2人と、自身の心に――強く誓った。
 
 その光景は、まさしく世界の終わりを予感させた。
「これは……」
 ティトたちを囲っていた異形の化け物たちが一斉に動きを止め、その体を砂粒のような細かい粒子へと変化させ、風に流れて消えていく。それはまるで、一面に咲いたたんぽぽから綿毛が舞いあがるような、不思議な暖かさを感じさせる光景だった。
 灰色の空に、微かな光を放つ粒子が吸いこまれていく。
 これまでこの世界を覆っていた冷たさが溶けていくことを、ティトは感じていた。
「……世界の崩壊が始まったということは、主様が倒れたようですね」
 ティトに守られるように後ろに立っていたトカゲ頭が、落ち着いた声を出す。落胆や失望よりも、安堵のほうが勝っているように聞こえた。
 ティトたちが居る場所――井戸から出たそこは、辺り一面が雑草で覆われた草原だった。名前も知らない草が好き放題に伸びているが、今までの場所に比べると生命の息吹のようなものを感じる。
「ここ、壊れちゃうの?」
「この世界を創り上げていたのは主様です。世界を構築し、それを維持するということは、莫大な力を必要とします。主様の意識が途絶したり、力が衰えたりした時、この世界は崩壊するように出来ているのです」
 加えて、主が「この世界は不要だ」と判断したときも崩壊は始まるのだが、トカゲ頭はそれを口にしなかった。その可能性は限りなくゼロに近いことを知っていたからだ。
「そう。なら、茶番は終わりということね」
「あいしろ」
 井戸の底で戦っていたはずの愛城が、いつの間にかティトの傍に立っていた。
「消化不良、といった感じは否めないけど、暇つぶしにはなったわ。刺激に飢えていた心を落ち着かせるくらいにはね」
 微笑を浮かべた愛城は、意味ありげな視線をティトに向ける。その視線に込められた感情がどんなものであるかティトには分からなかったが、愛城はそれ以上の言葉を重ねようとしなかった。
「わたしたちは、これからどうなるの?」
「世界が完全に崩壊すると同時に、元の世界に戻れますよ。そうなるように比良牙様がセッティングしているはずです。ですから――」

「気に食わないわね」

 トカゲ頭の言葉を遮って、愛城が鋭い声を出した。
「私の意志とは関係なしに無理矢理ここに連れてこられたというのに、帰宅もご丁寧にエスコート? 屈辱にまみれて反吐が出るわ」
 怒りをぶつける相手がいないことを恨むかのように虚空を睨みつけた愛城は、苛立たしげにデュエルディスクを展開させる。
「これ以上私の道を捻じ曲げさせるつもりはない。送迎は結構よ」
 愛城がそう告げると、彼女の背後で大きな影が実体化する。
 <アルカナフォースEX-THE DARK RULER>。
 愛城が命令を下すまでもなく、竜のそれによく似た2つの首を持つ最上級の天使は、その口から閃光を吐き出す。
 周囲の雑草を根こそぎ消滅させかねないほどの、圧倒的な閃光。
 それは、本来なら何もない空間をそのまま突き抜けていくだけだが――
 ビキリ! と。
 まるで見えない壁に当たったかのように、閃光が弾け、空間に亀裂が走る。
 空間の亀裂は、塗り固めていた土が剥がれ落ちるように広がっていき、やがて向こう側の景色を覗かせる。そこは、宇宙を連想させるような黒い闇――ティトや愛城が「井戸」へと移動したときに通った空間に酷似していた。
 愛城は<アルカナフォースEX-THE DARK RULER>の実体化を解くと、一切の迷いを見せずに空間の亀裂へと進んでいく。
「あいしろ」
「何かしら?」
「これで、お別れ?」
「……そうね」
 ティトが声をかけると、愛城は足を止め、こちらを振り返る。
「貴方はどうするのかしら? トカゲさん」
 声は、ティトではなくその背後にいる人物へ投げかけられた。
「私は……」
 うつむいたトカゲ頭は、わずかに逡巡したあと、かすれた声を絞り出す。
「主様が迎えに来なかったということは、本当に私は不要だと判断されたのでしょう。私も、元の世界に戻ることになります。誰も私を受け入れてくれなかった、あの世界に」
「…………」
「ですが」
 言葉を区切ってから、トカゲ頭はティトの前に回りこむと、銀髪の少女を真正面から見つめる。
「ですが……今度は私から、誰かを信じてみようと思います。ティト様が、私を信じてくれたように」
 人を信じる。それは銀髪の少女にとって、当たり前の行為だった。かつて、初対面だった少年が、自分を信じて手を差し伸べてくれたように。
 けれど、その当たり前が、彼を――人としてのスタート地点に立つことができなかった異形の男を、救ったのだ。
「……そう」
 愛城は無表情で呟く。それは、何も感じていないのではなく、わざと感情を表に出さないように見えた。
「トカゲさんなら、きっとできるよ」
「ありがとうございます。ティト様」
 ぺこりと頭を下げるトカゲ頭を見て、ティトもつられて頭を下げる。とても奇妙な光景だった。
「――ティト」
 二度と目にすることがないであろう人間と爬虫類のお辞儀合戦をゆっくり鑑賞したあと、愛城は少女の名前を呼ぶ。
「なに?」
「……貴女は強いわ。この私が保証するのだから、誇ってもいいくらいよ」
「うん。ありがとう、あいしろ」
 ティトが素直に喜びを顕わにすると、愛城は口を尖らせ「やっぱりやり辛いわね」と小さく愚痴をこぼした。愛城の言葉には若干の皮肉も混じっていたのだが、ティトはそれに気付かなかった。
 愛城はため息をついて仕切り直してから、続ける。
「けれど、貴女の強さはひどく脆いわ。他人に依存し過ぎている。トカゲさんに言ったことの繰り返しになるけれど、信頼というものはほとんどが虚像。ほんの少しのきっかけで、人は簡単に変わってしまう。優しかった誰かが、信じられないほど残酷になってしまうことだってあるのよ」
「……うん」
「貴女の強さを否定するわけじゃない。ただ、もう少し自分のためだけに戦いなさい。貴女が大切だと思う人のためではなく、自分自身のために」
 愛城の言葉には深みがあった。表面上だけをすくい取った浅いものではなく、心の奥底から滲み出た感情を乗せたような――そんな深みだ。
「……わかった」
 だから、ティトはその言葉を心中で反芻してから、静かに頷いた。
 大切な人を失うことの恐怖。それはよく知っている。
 二度とあんな思いをしないように、そして、少年と共に歩いていくために、ティトは強くなると誓った。
 それは、皆本創志が少女の傍にずっといてくれることを前提とした強さだ。
 そうではなく、彼と離れ離れになったとしても、1人で立ち上がれる強さ。これからは、そんな強さも必要になってくるかもしれない。
「――でも」
 今度は、ティトの方から声を投げる。口にしようかどうか迷ったが、愛城に会えるのはこれが最後かもしれない。なら、訊いておくべきだろう。

「あいしろは、ひとりでさみしくないの?」



「――――」
 言葉が、出なかった。
 いつもなら、間髪いれずに答えられるはずだ。
 愚問だ、と一蹴できるはずだ。
 なのに、答えに詰まった。
 それは、問いを発したのが、銀髪の少女だったからだろうか。
 ティトの言葉は、愛城の心の隙間にするりと入りこむように、真っ直ぐに響いた。
 彼女は、自分と同じような境遇の人間――痛みを抱え、迫害されてきたサイコ決闘者を集め、組織を作った。厳密に言えば、彼女は孤独ではないのだろう。
 しかし、心の内にまで踏み込んでこようとする――そんな人間はいなかった。
 ふと、誰かの姿が頭の隅を掠める。
 自分と同じように痛みを抱え、それでも自分とは違う道を選んだ男――
「……馴れ合うのは好きではないの。ただ傷をなめ合うような愚かな関係しか築けないのなら、1人の方がマシよ」
 その正体を突き止める前に、愛城は思考を切り替えた。
「…………」
 愛城の答えに、ティトは表情を曇らせる。少しきつく言いすぎたかもしれない。
「それでも、貴女と過ごしたこの数時間は、なかなか楽しかったわよ」
「――あいしろ! わたしも、たのしかった」
 少女の顔に笑顔が浮かんだのを見て、愛城は踵を返す。
 目の前に広がるのは、宇宙によく似た不思議な引力を持つ闇。おそらくはどこかの空間に繋がっているのだろうが、元の世界に戻れるとは限らない。

「また逢いましょう、ティト。今度は私自身の意志で会いに行くわ」
「うん! まってる!」

 銀髪の少女と言葉を交わし、愛城は闇の中へと一歩を踏み出した。
 
 
 
「――で、アンタらは無事に帰ってきたと」
「おう。大変だったんだぜ」
「こことは違う妙な世界に飛ばされて、他の世界から来た連中と協力して、悪の親玉を倒しました、と。妄想を語るのは脳内だけにしときな。下手に小説でも書こうもんなら、赤っ恥かくことになるよ」
 カウンターに頬杖をついた白髪の女性、藤原萌子はうんざりとした様子でため息を吐いた。
「リソナやティトはともかく、アンタまでそんなこと言い出すとはねぇ。集団で催眠術でもかけられてたんじゃないの?」
「そんなことねーって! リソナはともかく、ティトが嘘吐くはずないだろ」
「それはどういう意味です!? 皆本兄!」
 リソナの喚き声が、閑古鳥が鳴く喫茶店に響き渡る。
 治輝とのデュエルを終え、世界が崩壊したあと、創志たちは元の世界に戻ってきた。帰還した元の世界は、異世界で過ごした時間が嘘だったかのように、砂神によって飛ばされてから30分ほどしか経過していなかった。。創志はウエイターとしてバイト中で、リソナとティトはアカデミアから帰ってきたところ。神楽屋は仕事がないのでコーヒーを啜っていた状態。唯一萌子の姿だけが見えずに冷や汗をかいたが、ただ単にトイレに行っていただけだった。また、異世界のデュエルで負った傷は跡形もなく消え去っていた。
 砂神の目的が分かった辺りで薄々感づいてはいたが、普通の人間でデュエリストでもない萌子は、異世界に飛ばされていなかった。彼女の話では、青年――砂神は紅茶を1杯だけ注文し、飲み終わるとすぐに立ち去ったらしい。そのあいだ、創志たち4人はいつも通りに振る舞っていたとのことだ。
 意識だけが異世界に飛ばされていたのか、それとも萌子の記憶が改ざんされているのか……それは分からない。
 ただ、異世界での出来事は、創志たちの記憶にしっかりと刻まれている。
「だーかーら! 役立たずのテルに代わって、リソナが七水を華麗に救出したんです!」
「はいはい」
「ムキー! もこがリソナの話を信じてくれないですー! 悔しくて枕を涙で濡らしそうです!」
 リソナはしつこく萌子に話を続けていたが、萌子は全く取り合おうとしない。
「信じろってのが無理な話だ。現実感の欠片もない話だしな。異世界に行ったことを証明するものもないし」
 リソナや創志と違い、萌子に事情を説明することをしなかった神楽屋は、冷めたコーヒーを口に含む。
「いいんだよ。俺たちがしっかりと覚えてれば。自慢話として聞かせるほど大層なことをしてきたわけじゃないしな」
「そうか? 治輝は、帰る前にお前に会いたがってたけどな。もうちょっと話したかったとか何とか」
「……ハッ。そりゃ光栄だ」
 カップをソーサーに置いて手を離した神楽屋は、口元をわずかにほころばせる。クールぶってはいるが、内心はかなり喜んでいるのだろう。
「それに、証拠ならあるぜ」
 そう言って、創志はテーブルの上に置いてあった自分のデッキを手に取る。
 <ジェネクス>や<A・ジェネクス>のシンクロモンスターの中に、1枚だけ<ジェネクス>の名を冠していないカードがあった。
 <アームズ・エイド>。
「おいおい、借りパクじゃねえか」
「し、仕方ないだろ! 返す暇なかったんだから」
 このカードは、異世界で出会った少年、遠郷純也から借り受けたものだ。砂神、そして治輝とのデュエルが終わった後に返すつもりだったのだが、気付いた時にはすでに世界が崩壊していたのだ。
「今度会ったときに返すよ」
「……そうだな」
 もう一度会える可能性は限りなく低いだろう。
 創志も神楽屋もそれを承知の上で、あえて口にしなかった。
「神楽屋」
「何だ?」
「もっと強くなるためには、どうしたらいいんだろうな」
 創志の視線の先には、呆けた様子で席に座っているティトの姿がある。異世界から帰ってきてから、ずっとあんな調子だ。
「デュエルの腕も……それ以外も。もっと強くならなきゃいけないって思ったんだ」
 輝王の姿がよぎる。
 純也の姿がよぎる。
 治輝の姿がよぎる。
 そして――かづなの姿がよぎった。
 大切なものを守るために。自分が本当にやりたいことをやり通すために。
 異世界での経験を通じ、創志は己の力不足を感じていた。
 満身創痍になって、あるいは誰かの力を借りて、ようやく勝利に手が届く。「勝ったからいい」なんて慢心できるほど、この世界は甘くない。
 それを自覚したのなら、何かを失う前に行動を起こすべきだ。創志はそう思った。
「……<術式>について詳しく知ってるジイさんがいる。本当かどうかは知らんが、<術式>を習得するための修行法を編み出したらしい」
 創志の言葉に含まれた感情に気付いたのか、神楽屋が真面目な声を出す。
「マジかよ!? じゃあ――」
「ただし、一朝一夕で身に着くもんじゃないぞ。サイコパワーの増幅にしたって、長い期間での修業が必要だ。いいのか?」
 神楽屋の言わんとしていることは分かる。長期間の修行になれば、住み込みで行うことになるだろう。そのあいだ、ティトや信二を置き去りにしていいのか、と訊いているのだ。
 創志は逡巡する。強くなりたいという願いのために、一時的とはいえ大切なものを手放していいのか。

「わたしなら、だいじょうぶだよ」

 どこから会話を聞いていたのか、いつの間にか創志の傍に立っていたティトが、柔らかな口調で告げる。
「あいしろに言われたから。強くなれって」
「ティト……」
「それに、しんじもきっと大丈夫。わたしも守るから」
「……分かった。サンキューな」
 どうやら、異世界での経験を通じて得るものがあったのは、創志だけではないらしい。ティトの微笑を見て、創志はそう感じた。
「……決まりみたいだな。それなら後で連絡とって――」
「あ、そうだ。おい神楽屋。ちょっといいかい?」
「――っと。今度は萌子さんかよ。何だ?」
 萌子に呼ばれた神楽屋は、渋々といった感じで腰を上げる。
「昨日業者の人が来てたの忘れてたよ。事務所に看板取りつけるんだろ?」
「ああ。その方が見栄えがいいからな」
 喫茶店の隣にある、神楽屋が経営する探偵事務所(のような何でも屋)。シティに移転したことだし、新たに看板を取り付けようという話になっていたのだ。
「もう出来上がったのか。早いな」
「いや、そうじゃない。書類に不備があったから、訂正して再提出してほしいってさ」
「……何?」
 萌子から2枚の用紙を受け取った神楽屋は、急いで書面に目を通す。
 1枚は再提出用の書類。もう1枚は神楽屋が業者に提出した書類だ。
「必要事項は全て埋めたはずだぜ? 一体どこに不備が――」
 言いかけた神楽屋の言葉が止まる。理由は、業者の指摘した「不備」が一目瞭然だったからだ。
 看板に記す、事務所の名前。「神楽屋探偵事務所」と書いたはずの欄が、ジュースらしき液体をこぼした染みで読めなくなっていた。
「……創志。これはお前の仕業か?」
「俺はジュースより麦茶派」
「じゃあティト」
「しらない」
「ってことはだ」
「…………ぎくり」
 神楽屋から、ゆらゆらと黒いオーラのようなものが沸き上がる。
 それに気付いた金髪の少女は、そろりそろりと喫茶店から出ようとしていた。
「リソナ! てめえ! あれほど事務所の机で飲み食いするなって言っただろうが!」
「だ、だって! 事務所のソファに座って優雅におやつを食べたかったんです! 大体、大事なものをいつまでも出しっぱなしにしておくテルが悪いんです!」
「責任転換とはいい度胸だ! そこになおりやがれ!」
「リソナ、なおりやがらないですー!」
 逃げるリソナと、追う神楽屋。途端に喫茶店の中が騒がしくなる。
「……たまには違う賑やかさも拝みたいもんだがね」
 いつもなら騒いでいるやつを怒鳴りつけて静かにさせる萌子だが、今日は気分が乗らないようだ。
 萌子が止めないなら、と創志とティトは事態を静観する構えに入る。仲裁に入ったとしても、疲れるだけだ。
「あ! あ! リソナ、とってもいいこと閃いたです!」
 リソナを捕まえようと振りまわされていた神楽屋の両手を器用に避けていた金髪の少女が、わざとらしい大声を上げる。
「どうせまたロクでもないことだろ! 騙されねえぞ!」
「そう言うと思ってたです! それなら、実力行使ですー!」
 小さな体を生かし、神楽屋の脇をするりと抜けたリソナは、彼の手から2枚の書類を掠め取る。
「あっ、オイ!」
「ティト! でぃす、いず、あ、ペン!」
「はい」
 リソナがわけのわからない英語を口走るが、ティトには意味が伝わったようで、制服の胸ポケットに入れていたペンを放り投げる。
 それを受け取ったリソナは、素早く何かを書きこんだ。
「返せコラ!」
 神楽屋が書類を奪い返したときには、すでにリソナは行動を終えていた。
「いたずらも大概にしとかねえと、オヤツ抜きにするぞ。お前が部屋に大量のチョコ溜め込んでんの知ってんだからな。あれを全部処分してやる。どうせ暑くなったら溶けちまうしな」
「ど、どうしてバレたです!? テル、リソナのストーカーだったですか!?」
「そんなわけねえだろ! ったく……」
 付き合いきれないといった感じで、神楽屋はリソナが何かを書きこんでしまった書類に視線を向ける。
 空欄だらけの、再提出用の書類。その中で、ひとつだけ埋まっている欄があった。
 それは、看板に記す事務所の名前。

 「ときえだたんていじむしょ」

 時枝探偵事務所――ひらがなで、そう書かれていた
 
旧サテライト地区からシティへと向かう定期バスの車内。
 時刻は深夜0時を回ろうかというところ。窓の外に映る景色は闇に包まれており、等間隔で設置された街頭だけが、舗装された道路を照らし出している。
 乗客は少なく、時間が時間なだけに大声で喋るものもおらず、車内は静かだった。
 最後部の座席の右端に座った輝王は、デッキケースから取り出したカードを眺めていた。
 1枚1枚慎重な手つきでめくり、効果を確認していく。
 <ドラグニティ-ドゥクス>。
 <ドラグニティナイト-ゲイボルグ>。
 <ドラグニティナイト-バルーチャ>。
 それは、異世界で高良の幻影から受け取った<AOJ>ではなく、彼から受け継いだ<ドラグニティ>デッキだった。
 自らの可能性を高めるため、自らの限界を突破するため、あえて慣れ親しんだデッキを手放し、このデッキを回してきた。
 数々の道筋を模索し、それゆえ迷うこともあったが――
「……フッ」
 輝王は1枚のカードを見て、微笑を浮かべる。
 <ドラグニティアームズ-レヴァテイン>。
 ある時は共に肩を並べて戦い、ある時は相対したデュエリスト――彼のデッキのキーモンスターともいうべきカードだ。
(あいつの戦い方は、真似しようと思ってもできるものではないな)
 その独創的なプレイングは、きっと彼以外に行えるものではないのだろう。
 時枝治輝。
 砂神とのデュエルで彼の戦い方を見ていたからこそ、治輝とのデュエルではある程度の読みを行うことができた。もし、あの変則デュエルが治輝との初対決だったとしたら、いいようにやられたまま負けてしまったかもしれない。
(……同じ負けだとしても、ここまで清々しい気持ちにはなれなかったかもしれないな)
「何じゃ、随分うれしそうじゃの。輝王」
 隣に座っていた着物姿のポニーテール少女、切がこちらを覗きこんでくる。
「そう見えるか?」
「うむ。異世界でよっぽどいいことがあったと見える」
「いいこと、か。確かにそうかもしれないな」
 砂神があの異世界を作りださなければ、彼らには会えなかった。そう考えると、砂神には感謝するべきなのかもしれない。
 おかげで、自分が進むべき道が見えたのだから。
「そう言うお前はどうなんだ? 俺とは違う場所に飛ばされていたようだが」
「うむ。すぐに創志と合流できたから、それほど大変ではなかったがな。今どき珍しい真っ直ぐな若者とも会えたし、いい経験になった」
「若者……」
 お前も若者にカテゴライズされるだろう、というツッコミを飲みこみ、輝王は異世界での思い出に浸っている切を見る。
 友永切――高良姫花だった少女は、兄である高良火乃と、本物の友永切、そして、かつて切が所属していた組織のリーダーの意志を継ぎ、弱者に手を差し伸べるための旅を続けているはずだ。きっとその旅の中で精神的に大きく成長したのだろう。
「あ、そういえば初めてカードの精霊というものを見たぞ! わしと同じような喋り方でな、思わず笑ってしまったのじゃ。あと、途中で食べたパンが絶品だったのう。あれだったら、毎日3食パンでも構わないくらいじゃ!」
 ……精神的に、大きく成長したのだろう。
 切の話に耳を傾けながら、輝王は窓の外へと視線を流す。
 治輝に敗北し、輝王は彼に感嘆を抱いた。
 しかし、悔しさを全く感じなかったといえば、それは嘘になる。

 ――絶対にまた、闘ろう!

 時枝治輝が口にした再戦の誓いを反芻し、輝王は己の道を進んでいく。
 自分だけの強さを手にするために。
 
 
徹底された静寂が、青年達の歩く音を際立たせる。
 青年の名は時枝治輝。そして永洞戒斗。
 視界を遮ることの無い不気味な暗さ
 気配は無くとも、周囲に生気を感じる異様な世界。
 彼等はそれを "異世界" と呼ぶ。
「ったく、とンだ余興だったよなァ」
 戒斗が言う余興とは、砂神が起こした一連の騒ぎの事だろう。
 だがその声は何処か充足感に溢れていて、不気味だ。
「……そう言う割には、結構満足気じゃないか。輝王との決闘は愛城に止められて、不完全燃焼じゃなかったのか?」
「ありゃァ確かに最悪だったが、他に少しなァ」
 戒斗が自らのデッキに手をかけ、口を吊り上げ笑う。
 こうやってぼかした表現を使う時、戒斗は決してその情報を明かさない。
 聞いても無駄と判断した治輝は、小さく溜め息を吐いた。
 そんな治輝を愉快そうに眺め、戒斗は妖しく笑う。
「しかしてめェ、面白ェ事言ってたじゃねェか」
「なんだよ。演技の事なら……」
 また悪ぶる際に愛城の真似をした件を言及されるのか、と治輝はウンザリする。
 だが、違う。

「マイナス×マイナスはプラスになるとか言う、馬鹿げた台詞の事さァ」

 治輝は無言で戒斗を睨み返す。
 その視線を心地よく思ったのか、戒斗は上機嫌で言葉を続ける。
「てめェは一生不変のマイナス。だが掛け算に成れば、成る程確かに相手もマイナスなら、結果はプラスになるかもしれねェ。だけどなァ」
「……」

「相手がプラスに変わった後、てめェはどうする気だよ?」

 結果が+に成ったとしても、時枝治輝は不変の値。
 掛け合わさる相手が+に変化しても尚、その場に留まろうとするのなら
 式はマイナス×プラスへと変動する。
 その結果は、膨大なマイナスに他ならない。
「てめェの考え方には自分がねェんだよ。だから――」
 その話は破綻している……と。
 そう続けようとした所で、時枝治輝は笑う。
 自嘲的な笑みでも、自己犠牲に殉じようとする聖者の笑みでも無い。
 ただの1人の青年の、普通の笑い。
「そうだな。俺は――」













  □□□


「……なんです? これ」
 カードショップの店内にて唐突に出された文字に、かづなは戸惑う。
 例の『主様事件』から数日。無事に元の世界に戻って来る事がかづなが向かったのは、カードショップだった。
 勿論カードを買いに来たわけではなく、以前話の途中で飛び出してしまった非礼を詫びる為である。
 だが当のサクローは余りその事を気にしていたわけではないらしい。
「いや実はな。ブルーアイズホワイトドリルの問題で1つ解答がわからない問題があってな」
「ちょっと創作者貴方ですよね!? 答えわからない人が問題作ってどーすんですか!」
「仕方ないやん。俺だけのモンじゃないんやし」
「あ……そうですね」
 色々あってすっかり忘れていたが、この如何わしい問題集にはなお君が多分に関わっているのだ。
 それならサクローさんが解答を知らなくても無理は無い。
「……いやでも、お金取ってる以上問題大有りだと思うんですけど」
「安いからいいやん」
「3000円のどこが安値ですか。PTA呼びますよPTA!」
「ええやんええやん。そんな事よりこれ解いてみぃ」
 かづなはサクローをジト目で睨むが、サクローは何食わぬ顔で解答を促してくる。
「解いてみぃと言われてもですね……」
 解いた所でサクローさんに解答がわからないのなら意味ないじゃないか、とかづなは心中で愚痴る。
 しかし先日非礼をしたのはこちらであって、余り強気に出るのも憚られる。
「そういえば嬢ちゃん、あれからしばらく何してたん?」
「ああ、それは話すと長くなるんですけど……」
 妙な問題を解かされるよりはいいだろう――と、かづなは色々なことを話した。
 変な所に飛ばされたり、色々な人に助けてもらったり。
(創志君達、無事に戻れたかなぁ……)
 純也君やスドちゃん、そして七水ちゃんは無事戻ることができたが、彼等が戻る事ができたかは確認できない。
「でも、大丈夫だと思うんです! 強い人達でしたし!」
「そ、そか……そらよかったな」
「あ、すいません。つい盛り上がっちゃって」
 ぺたんとかづなは再び椅子に座り込み、再び如何わしい問題と対峙する。
 どこか違う世界に行っただの、そういうトンでもない話をいきなり信じろという方が無理な話だ。
 だがサクローはそれを聞いて躊躇った後、目つきが変わった。
「なぁ嬢ちゃん。そういうンに巻き込まれるんなら例の決闘盤――やっぱ持ってる方がいいンちゃうか?」
「え……」
 かづなは視線を上げ、棚の上に置かれた決闘盤を見る。
 今以上の力を得られる代わりに、周りの者を傷付ける恐れのある力。
 かづなは今回の事件の際、表立って何かが出来たわけではない。
 スドと一時的に別れた事で、自分の力の無さを痛いほど思い知ってしまった。
 でも、これがあれば、それが変わる。

「……うん。やっぱりいりません」

 だが、かづなは首を振った。
 信じられないといった顔をするサクローに向かって、かづなは困ったように笑う。
 本来なら、手に取るべきなのだろう。
 広い考え方をすれば、これは運転免許と同じだ。
 車は使い方を謝れば何かを傷付ける。でも、救う事もできる。
 その比重が、ほんの少し重いだけの話。
「なんでや! これさえあれば今回みたく怖い目ぇにあっても……」
「確かに怖いです。これを持たない事で、後悔する日が来るかもしれないって」
 またスドちゃんの力に頼れない日にペインに襲われて
 目の前で七水ちゃんや純也君が、酷い目に合わされて
 それを黙って見ている事しかできない自分を幻視すると、気が遠くなる。
 でも、これを望んで手に取ってしまうのは――
「なお君は凄く悲しむんじゃないか、って……」
「……」
「なお君を馬鹿にする事になるんじゃないかって、そう思うんです」
「そか。そこまで言うンなら無理強いはせぇへんけど……」
「ごめんなさい。せめて問題だけでも解きますね」
 何だか凄く居た堪れない気持ちになったかづなは、俯いて問題に取り掛かろうとペンを持つ。




-709 × 27=  式を変えずに答えを+にしてください



「……」
 かづなは一瞬硬直し、問題を凝視した。
 成る程、式を変えずに答えをプラスに――

「……って式変えないで答え変えろって無理じゃないですか!? 問題として成立してないじゃないですか!?」 
「そこが困りモンやわぁ」
「解答押し付けられた私が困りモンですよ! どうしろってんですか!」

 憤慨極まりない様相でかづなはぷんすか怒る。 
 問題の理不尽さもそうだが、気に食わない。
 まるで解答者に「お前がする事は無いよ」と言われてるようで、尚の事腹立たしい。
「何だか激昂にムカついてきました……もう適当に解いてやります」
「嬢ちゃん、適当は困るで!」
「どの口が言いますかどの口が! こんなのはですね……」
 問題をよく見ると、マイナスの部分が僅かに濃く印刷してある。これを消さないとなると……。
「……そうですね。マイナス気取ってる様な709さんには、ちょっと斜に構えてもらいましょう」
「思い切り式変えてるやんそれ!」
「×をちょっと回転させただけです! この×も何かの事故で動いただけで、元は+だったかもしれないじゃないですか!」
「んなアホな……」
「なのでちょっと斜めに構えるぐらいは我慢してもらいましょう」
 しかしそれだけでは答えはプラスにならない。
 そう考えると、何だか27という数字が非常にムカついてきた。
「この27も大概ですね。709ばかりに頼っちゃダメです。努力が足りません!」
「数字が努力……?」
「ということで左に8を書き加えます」
「何が『ということ』なのかわからへんよそれ!? しかもまた式変えてるやないか!」
「変えてません書き加えただけです! 完成です!」

 もはや色々な物が適当だったが、完成は完成だ。
 机をバンと叩き、かづなはその答えをサクローに差し出した。



■■■




「……頼ってみる」
 時枝治輝は誰に言うでもなく、静かに呟く。
 それは、この世界とは違った舞台で出会った青年の、生き様だった。
 自身の力が足りないのなら、解決できないのなら。
 本当に駄目だと思った時、どう乗り越えていくべきなのかを、彼等は示した。
 その上で、困難を乗り越えた。
 だから、時枝治輝は言う。
 普通の青年として、何の変哲も無い気軽さで。

「わからない問題は、赤ペン先生に頼ってみる」

 そう、小さく微笑んだ。






















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オリジナルstage 【EP-18~26】

 <軍神ガープ>が放った突きが化け物の胴を貫くと、息絶えた化け物の体は泥のように溶け、地面へと吸い込まれて行った。
「チッ、この程度じゃウサ晴らしにもなりゃしねェな。<ラビエル>を呼ぶまでもねェ」
 舌打ちと共に侮蔑の言葉を漏らした永洞戒斗の周囲に、すでに敵の姿はない。
 トカゲ頭とのデュエルの後、突然正体不明の化け物群に襲われた戒斗、輝王、愛城、ティトの4人。輝王が転送装置の元へ走るのを見届けたあと、残った3人はそれぞれ単独で戦い始めた。仲たがいしたわけではなく、それが最善だと判断したのだ。3人の力は強すぎるがゆえに、下手に連携を取ろうとすると、互いの力に干渉してしまう恐れがある。だからこそ、個々で戦ったほうが気兼ねなく力を振るえるのだ。
 愛城は最初の場所に残り、ティトは<氷結界の龍グングニール>を実体化させ、トカゲ頭を連れて井戸の天井目がけて飛び去って行った。
 戒斗は、壁の一部が崩落したことによって存在が明るみになった横穴へと進み、化け物共の発生源であろう奇妙な装置を破壊し、残党の掃討を行っていたのだが――
「……輝王を行かせるべきじゃなかったかもなァ」
 トカゲ頭の言うことを信じるなら、彼が向かった先にはこの世界を作り出した主――戒斗たちをこの世界に引きずり込んだ張本人が待ち構えている。おそらく、優等生の野郎が迂闊に信じたアイツだ。気弱な風貌な裏に、何かを隠した青年。ここに残るよりも、その「主様」とデュエルしていたほうが、いくらかマシだったかもしれない。
 晴れない気持ちを舌打ちで表すと、戒斗は<軍神ガープ>の実体化を解き、元来た道を引き返し始める。この分なら、愛城やティトもさして苦戦することなく化け物の群れを撃破しているだろう。戒斗が通ってきた横穴はそれなりの広さで、大人4人が並んで歩いても余裕があるくらいの幅と高さを備えていた。非常用の隠し通路としては広すぎるため、元々繋がっていた道を何らかの理由で封鎖したのだろう。
 そんなことを考えながら歩いていると、
「……あン?」
 ふと、壁の一部が目にとまった。
 注意して見なければ分からないレベルだが、塗装が若干新しい。大きさ的には、成人男性1人が通れるぐらい。
(……ここにも隠し通路があンのか?)
 不審に思った戒斗は、再度<軍神ガープ>を実体化させる。
「<ガープ>!」
 戒斗がその名を呼ぶと、甲冑を纏ったような甲殻の悪魔は、両肩から生えた巨大な2本の爪を、壁に向かって突き刺す。
 放たれた爪は苦もなく貫通し、ガラガラと音を立てて壁を構成していたブロックが崩れる。その先には、暗闇に覆われた通路が続いていた。
「上等じゃねェか」
 戒斗はニヤリと口元を釣り上げて喜色を顕わにすると、躊躇せず暗闇の中を進んでいく。今度は、<軍神ガープ>の実体化は解かない。随伴させ、不意の攻撃に備える。
 隠し通路の中は暗かったが、完全な闇というわけではない。天井からわずかに日の光が差し込んでいる。戒斗にとっては、それだけの明かりがあれば十分だった。
 5分ほど歩くと、突き当たりであろう小部屋に出る。
 そこには、輝王が使ったものと同型の転送装置が鎮座していた。
「……へェ」
 見たところ、稼動はしていないが目立った損傷も見られない。傍らに置かれたコンソールを操作すれば、すぐにでも動きそうだ。
 しかし、この転送装置が「主様」――輝王が向かった元へと転送してくれるものとは限らない。もし、敵が仕掛けた罠だった場合、戒斗は間違いなく窮地に陥ることになるだろう。
「まァ、どっちにしても俺にとっちゃ好都合だなァ。乱入するも良し、敵の手中に放り込まれるのも悪くねェ」
 そう言って転送装置を軽く叩いた戒斗は、その鋭い瞳にギラついた光を宿し、コンソールの操作を始めた。
 
 
 力だけが、自分の存在意義だった。
 生まれつき強力なサイコパワーを持っていた砂神緑雨は、幼い頃から力に翻弄され続けた。
 他人から疎まれるのは、強すぎる力のせい。
 他人から持ち上げられるのは、強すぎる力のせい。
 他人から求められるのは、強すぎる力だけ――
 そこに、砂神緑雨という個人は必要なかった。
 それでも、砂神は力を手放そうとはしなかった。
 力のせいでいじめられたから、いじめてきたやつを半殺しにしてやった。
 力のせいで持てはやされたから、お山の大将を演じてやった。
 力を求められたから、何も考えずに力を振るった。
 分かっていたのだ。
 この力を手放せば、唯一の居場所が失われてしまうと。
 だから、次元を渡る力を手にしたとき――自らの居場所を求めて様々な世界を渡り歩いた。
 どこかの世界には、きっと砂神緑雨という人間を必要としてくれる場所がある。
 そう信じて、来る日も来る日も次元を渡った。
 しかし。
 どの世界にも、砂神緑雨の居場所はなかった。
 彼が持つ力だけが、必要とされた。
 度重なる次元転移で精神は摩耗し、考えることが苦痛になっていった。
 何故、自分がこんなに苦しまなければならないのか――
 分かっていた。サイコパワーを手放せば、少なくともこの苦痛からは解放される。
 けれど、できない。最早、力は切っても切り離せないくらい「砂神緑雨」という自我を支える存在になっていた。
 そんな時だった。
 サイコデュエリストが変異した形――自我を失った亡者。
 ペイン、と呼ばれているモノに、出会った。
 そこで、彼は気付いた。
 自我を失ってしまえば……ペインになることができれば、自分はもう苦しまなくて済む。
 ペインになるためには、もっと強い力が必要だ。自分自身で制御できなくなるくらい、暴走するくらいの力が。
 それを得るために、自分だけの世界を創り出し、そこを狩り場とした。
 様々な世界から有能なサイコデュエリストを連れ込み、力を奪う。
 何度も何度も狩りを繰り返せば、いつか自分もペインになれる。
 砂神緑雨という存在から解放される。
 そのためには、あと少し。
 あと少しだけ力が足りない――

 ◆◆◆

 崩れゆく<邪神ドレッド・ルート>を尻目に、天高く飛翔した<-蘇生龍- レムナント・ドラグーン>は、闇の深い空で目一杯翼を広げたあと、治輝の元へと舞い戻る。
 邪神が放っていた呪縛は解かれ、フィールド上のモンスターの攻守は元の数値へと戻る。
「糞が……糞が糞が糞が糞が糞がッ!! どうして俺様の邪神が二度も敗れなければならない! どうして貴様らは邪神の前にひれ伏そうとしないッ!!」
 犬歯を剥き出しにして、砂神は吠える。ピラミッドの頂上から治輝たちを見下しつつも、その表情からはすでに余裕は消え失せていた。
「また人格が変わったみたいだな……」
「いや、違うんだ創志。砂神のあれは二重人格なんかじゃない」
 砂神の敵意を真っ向から受けた治輝は、視線を逸らすことなくはっきりと宣言する。
「言葉遣いや雰囲気は違うかもしれない。けれど、本質的な部分は同じなんだ。傲慢で、わがままで、それでいて傷つけられるのを怖がってる……子供なんだ」
「貴様ッ……!」
「そうだろう? だって、お前はまだ自分の強さすら分かってない。その邪神だって、誰かから奪った借り物みたいだ。自分の強さが分かっているデュエリストなら、自らのプレイングで、デッキ構築で、カードの力を最大限に引き出そうとするはずだ。お前の邪神からは、それが感じられない。だから、その二重人格だって、ただ演じてるだけなんじゃないか?」
「黙れッ!!」
 今までで一番大きな声で、砂神が吠えた。
 砂神の手札は<冥界の宝札>の効果により、かなり充実しているはずだ。にもかかわらず、伏せカードは<―聖なるバリア― ミラーフォース>のみ。輝王が<邪神アバター>に攻撃した際も、<終焉の焔>がセットされていただけで、邪神をサポートするカードは一切なかった。
 砂神は、邪神を召喚した時点で思考を止めてしまっている。強大な力で相手を叩き潰し、平伏させる……だが、それが通じなかった時のことは想定していない。そんな詰めの甘さからも、カードを扱いきれていないという未熟さが滲み出ているのだ。
「……どうやら時枝の言うとおりのようだな。図星というわけか」
「確かに、この変則タッグデュエルじゃなかったら、アイツのデッキは重すぎて邪神召喚する前に負けちまってたかもな」
「黙れと言っているんだッ!」
 砂神は治輝たちを一喝すると、ピラミッドの頂上を、ダン! と強く踏みつける。
 ビキッ! という破砕音が響き渡り、ピラミッドに縦一直線のヒビが生まれた。
「喚くなカス共が……! まだデュエルは終わっていない! 偉そうな口を叩くのは、俺様を倒してからにしてもらおう!」
「……そうだな。お前にはそれが一番効きそうだ。俺はカードを1枚伏せて、ターンを終了する」
 2体目の邪神は潰えた。
 終局の時は、近い。

【砂神LP3900】 手札4枚
場:裏守備モンスター3体、冥界の宝札
【輝王LP200】 手札2枚
場:A・マインド(守備)、機甲部隊の最前線、伏せ2枚
【治輝LP500】 手札5枚
場:-蘇生龍- レムナント・ドラグーン(攻撃)、伏せ2枚
【創志LP1250】 手札2枚
場:マシン・デベロッパー(カウンター10)
 
 
「俺様のターン!」
 カードを鋭利な刃物へと変貌させる勢いで、砂神がカードをドローする。
「すでに生贄は揃っている――3体のモンスターをリリース!」
 砂神の場に在る3体の裏守備モンスターの姿が、蜃気楼のように揺らめき、消える。
 いつの間にか治輝たちの足元から霧が立ち込め、同時に空間を包む圧迫感が強くなっていく。<邪神アバター>や<邪神ドレッド・ルート>が召喚されたときと同じだ――
「ぐっ……!?」
 突然、ふらりとよろめいた創志が片膝を突く。
 確かに、感じる圧迫感は他の邪神が召喚された時と同じだ。
 だが、今回はそれとは別の感覚が、治輝たちを襲っていた。
 体中から力が抜けていく――いや、吸い取られていくような奇妙な感覚。吸われた力は霧に乗って、砂神の場へと流れていく。
 霧は時間が経つにつれて濃くなり、砂神を、そしてピラミッドまでも覆い隠していく。

「奪え! 力を! それがお前に課せられた使命だ! 現界せよ――<邪神イレイザー>!!」

 砂神の宣言と共に、霧が吹き飛ぶ。
 明瞭になった視界に映るものは、第三の邪神だった。
「……やはり、3体目の邪神がいたか」
 輝王が苦虫を噛み潰したような顔になる。予想はしていたが、それが的中してほしくはなかったのだろう。
 禍々しい空気を放つ、ドラゴンによく似た鋭いフォルムの上半身。下半身は蛇の尻尾に酷似しており、霧の中に沈んでいるためどれほどの長さなのか把握できない。
 <邪神アバター>のような異質さも、<邪神ドレッド・ルート>のような迫力もない。
 ただ、研ぎ澄まされた恐ろしさだけがある。
「時枝治輝! 貴様は言ったな! 俺の邪神は、誰かから奪った借り物のようだと!」
 <冥界の宝札>の効果でカードを2枚ドローし、瞳に憎しみの炎をたぎらせたまま、砂神は叫ぶ。
「この<邪神イレイザー>の攻撃力と守備力は、相手フィールド上に存在するカードの枚数×1000ポイントの数値になる、まさに借り物の神だ! <邪神アバター>と同じ、力を奪うべき相手がいなければ、弱小モンスターにも劣る、不完全な神サマなんだよ!」
 かつて、とあるデュエリストに「人頼みの神」と評された第三の邪神。
 その特性を踏まえたうえで、砂神は告げる。
「けれど、俺様はこの戦い方を改めるつもりはないッ! 奪って……奪って奪って奪い尽くして! 砂神緑雨という存在が消え失せるまで力を奪い続ける! <邪神イレイザー>のようにな!」

<邪神イレイザー>
効果モンスター
星10/闇属性/悪魔族/攻   ?/守   ?
このカードは特殊召喚できない。
自分フィールド上に存在するモンスター3体を
生け贄に捧げた場合のみ通常召喚する事ができる。
このカードの攻撃力・守備力は、相手フィールド上に存在する
カードの枚数×1000ポイントの数値になる。
このカードが破壊され墓地へ送られた時、フィールド上のカードを全て破壊する。
自分フィールド上に表側表示で存在するこのカードを破壊する事ができる。

 <邪神イレイザー>は、大切な何かを奪われてしまう恐怖の具現。
 その恐怖は、他の2つの恐怖よりも、深い爪痕を残す。
「バトルだ! <イレイザー>で目障りなそこの龍を攻撃!」
 現在、治輝たちのフィールドに在るカードは8枚。<邪神イレイザー>の攻撃力・守備力は8000という途方もない数値になっていた。通常のシングルデュエルであれば、相手に相当のボードアドバンテージを握られていない限り、ここまでの攻撃力・守備力にはならない。
「くっ……速攻魔法<超再生能力>を発動!」

<超再生能力>
速攻魔法
このカードを発動したターンのエンドフェイズ時、
このターン自分が手札から捨てたドラゴン族モンスター、
及びこのターン自分が手札・フィールド上からリリースした
ドラゴン族モンスターの枚数分だけ、
自分のデッキからカードをドローする。

 やむを得ず、治輝は伏せカードの1枚を発動する。元々は<-蘇生龍- レムナント・ドラグーン>が破壊された時のために残しておいたカードだが、今は少しでも<邪神イレイザー>の攻撃力を下げることが先決だ。
「場のカードを減らしてきたか。だが、まだ<邪神イレイザー>の攻撃力は7000ある! <レムナント・ドラグーン>を葬り、貴様にトドメを刺すには十分な数値だ!」
 治輝の手札にあるドラゴン族は4枚……<-蘇生龍- レムナント・ドラグーン>の効果を使ったとしても、攻撃力は6200までしか上がらない。
(くそ……こんなことなら、さっきのターンに<超再生能力>を使っておくべきだった)
 万が一のための保険として残しておいたのが仇となった。
「治輝!」
 創志が叫ぶが、治輝に<邪神イレイザー>の攻撃を防ぐ術はない。もう1枚の伏せカードは<リビングデッドの呼び声>であり、これを使ったとしても<邪神イレイザー>の攻撃力を上昇させるだけだ。
「終わりのようだな。俺様を馬鹿にした報いを受けろ! ダイジェスティブ・ブレス!」
 <邪神イレイザー>が攻撃を放つ瞬間、再び力を奪われるような感覚が治輝たちを襲う。いや、奪われる「ような」ではない。実際に奪われているのだ。
 他人から奪った力を糧とし、<邪神イレイザー>は本質を顕わにする。
 口から放たれた波動が、青き龍へと迫る。
「……ダメージステップ! 手札にある4枚のドラゴン族モンスターを見せることで、<レム>の攻撃力を上昇させる!」
「ヒャハハハハハ! 今度こそ無駄な足掻きだなァ! 死ね! 時枝治輝!」
 邪神が放った波動――「ダイジェスティブ・ブレス」が、<-蘇生龍- レムナント・ドラグーン>を呑みこんでいく。
 青き龍の背中には4本のブースターが出現していたが、その推進力を得ても波動を突き破ることは叶わない。
 青い光が屑となって散らばり、龍が崩れていく。
「<レム>――」
 治輝の手札が左手からこぼれ落ちると、<-蘇生龍- レムナント・ドラグーン>は跡形もなく消滅した。
 
 
 これで、治輝のライフポイントは尽き、彼の力は砂神緑雨へと渡る――
 はずだった。
「何……!?」
 砂神が戸惑いの声を上げる。見れば、治輝の前に崩れ去ったはずの<-蘇生龍- レムナント・ドラグーン>が、その形をおぼろげに保ちながら、自らの主を守っていた。
「これは……」
 無論、治輝が何らかのカードを発動したわけではない。創志の場には、そもそも伏せカードが存在していない。

「――罠カード<亡霊封鎖>を発動させてもらった。自分フィールド上のモンスターが戦闘で破壊された時、プレイヤーへのダメージを0にして、バトルフェイズを強制終了する」

<亡霊封鎖>
通常罠(オリジナルカード)
自分フィールド上のモンスターが戦闘によって破壊された時に発動する事ができる。
その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、
バトルフェイズを終了する。

 ならば、動いたのはこの男しかいない。
「輝王……悪い、助かった」
 治輝が礼を言うと、輝王はバツが悪そうに視線を逸らす。
「……フリーチェーンで発動できるようなカードを伏せていれば、<レムナント>で<イレイザー>を撃破出来ていたはずだ。謝るのは俺の方だ」
「そうかもしれないけど、助かったのは事実だ。って言っても、輝王なら何とかしてくれるんじゃないかと思ってたんだけど」
「へっ! 俺もそう思ってたぜ! ここで動かなきゃお前らしくないってな! 治輝の<威嚇する咆哮>に助けられた借りを、まだ返してないもんな」
「時枝……皆本創志……」
 2人の視線を受けた輝王は、フッと微笑を浮かべると、
「……後は任せるぞ」
 落ち着いた声で、後の戦いを託した。
「おう! アイツを倒すのは、俺の役目だ!」
 それを受けて、創志が左手に右拳を叩きつける。パン! という小気味いい音が響き渡り、砂神が不愉快気に眉をひそめた。
「……君に何ができる? 皆本創志。今まで他の2人の足を引っ張ることしかできなかった君が。僕の<邪神イレイザー>を倒すっていうのかい?」
「ああそうだよ。このままやられっぱなしでいられるか。輝王が<アバター>を、治輝が<ドレッド・ルート>を倒したんだ。なら、<イレイザー>は俺が倒す。このままじゃカッコ悪すぎだからな」
 そう言ってビシリと<邪神イレイザー>を指差した創志は、力強く告げる。
「潰すぜ。ソイツ」
 <-蘇生龍- レムナント・ドラグーン>がフィールドを離れたことにより、治輝は手札を全て捨てた。その中にドラゴン族モンスターは4体。エンドフェイズ、<超再生能力>の効果により、4枚のカードをドローする。
 手札補充には成功したものの、次の自分のターンは回ってきそうにないな、と治輝は思った。

【砂神LP3900】 手札6枚
場:邪神イレイザー(攻撃)、冥界の宝札
【輝王LP200】 手札2枚
場:A・マインド(守備)、機甲部隊の最前線、伏せ1枚
【治輝LP500】 手札4枚
場:伏せ1枚
【創志LP1250】 手札2枚
場:マシン・デベロッパー(カウンター10)
 

 

「モンケッソクカゲキムシャシエンキザンキザン」
 切が不可思議な呪文を唱えると、デュエル相手だったカラクリ人形が爆発した。
「それってジャパニーズ忍術ですか?」
「わしは普通にデュエルしてただけなんだがのう……初手は素晴らしかったがの」
 切と背中合わせでデュエルをしていたかづなが、興味津々といった調子で尋ねてくるが、残念ながら魔法でも忍術でもない。ただ永続魔法を発動させて、モンスターを召喚しただけである。サイコパワーを使ったわけでもない。切の使う<真六武衆>にとって、理想的な回り方だっただけだ。
「こいつら、比良牙と同じ<カラクリ>デッキを使ってますけど、あいつほど強くはないですね。ただ、この数を相手にしてたら……」
 切の隣で渋い顔をしながらデュエルをしているのは、巨大な手甲のようなディスクを展開させた純也だ。そのデュエルディスクによく似たモンスター兼装備カードの<アームズ・エイド>を装備した<紅蓮魔闘士>が、<カラクリ忍者 七七四九>を打ち砕き、勝利を収めていた。
 謎の大型装置の駆動によって創志の姿が消えたあと、残された切、かづな、純也の3人は、突如現れたカラクリ人形の軍団とのデュエルを余儀なくされていた。純也の言うとおり個々の強さはそれほどではないものの、連戦を続けていれば次第に精神が疲弊し、プレイングに乱れが生じてくる。加えて、デュエルに負けることが死に直結しているという緊張感も、精神を削る要因となっていた。
「デュエルダ」
 勝利した純也の前に、新たなカラクリ人形が立ちふさがる。響く声は比良牙のような滑らかなものではなく、機械で作られたであろういかにもな合成音だった。
「このまま勝ち続ければ、ギネスに載りますかね。私たち」
「冗談を言ってる場合ではないぞ、かづな。創志の行方も分からんというのに……」
「創志さんのことは心配ですけど、今は自分たちのことを何とかしないと。このままデュエルを続けていても埒が明きません」
「そうじゃな……」
 純也の言うことは最もだが、具体的な打開策は思いつかない。切の前にも別のカラクリ人形が現れ、再びデュエルが始まる。
「でも、この子たちが律儀にデュエルしてくれてよかったですよね」
「……どういうことじゃ?」
「だって、この数のカラクリ人形が力づくで襲いかかってきたら、私なんてひとたまりもないですもん。スドちゃんもいないし……」
「……ううむ、確かに。わしや純也はサイコパワーが使えるとはいえ、それほど力は強くない。多勢に無勢と言ったところか」
 切とかづなが言葉を交わした瞬間。
 ピタリ、とカラクリ人形たちの動きが止まった。
「な、何じゃ!?」
 視界に映るだけでも30体、おそらくは100体以上いるであろうカラクリ人形たちが一斉に動きを止めた光景は、不気味としか言えない。
 1秒、2秒、3秒……10秒ほど動きを止めた後、

「リアルファイトダ」

 カラクリ人形たちは装着していたデュエルディスクを取り外し、腰に差していた棍棒を手にした。
「…………えーと、これは」
 若干のけぞり気味になりながら、かづながかすれた声を出す。同時に、切の額を冷や汗が伝った。
「ひとつ、言っていいですか?」
 展開していたディスク部分からカードを取り外し、デュエルディスクを手甲の状態に戻した純也が、ため息を吐く。呆れたような表情を浮かべ、一言。
「余計なこと言わないでくださいよ!!」
「えええええええええ!?」
 かづなの悲鳴を合図に、カラクリ人形の群れが棍棒を振りかざして襲いかかってくる。
「く……ここは応戦するしかあるまい!」
 切は腰に差していた刀を抜き放ち、飛びかかってきたカラクリ人形の胴を居合で両断する。2つに分かれた人形の上半身は切の遥か後方へと吹き飛び、下半身は地面に突き刺さる。
「かづな! わしの後ろに――」
 戦闘能力が無いであろうかづなをかばうため、切は棍棒の一撃を受け流しつつ叫ぶ。
 が、時すでに遅し。
 かづなの目の前には、その頭蓋を打ち砕かんと、カラクリ人形の拳が振り下ろされようとしていた。
「っ――」
 切は瞬時に身を反転させ、かづなを引き寄せようと手を伸ばす。
 届かない。
 間にあわない。
 最悪の光景が脳裏をよぎり、切の全身が冷え切った。
 刹那。
 ドスン! という地鳴りと共に、かづなの前にいたカラクリ人形の群れがまとめて吹き飛んだ。
 真横から何かに薙ぎ払われたように団子状態になって吹き飛んだカラクリ人形たちは、近くに生えていた枯れ木にぶつかってバラバラになる。
「かづなおねえちゃん! よかった、間にあって……」
「七水ちゃん!? 無事だったんですね!」
 切やかづなを覆うように影が落ちる。見上げれば、何故今まで気付かなかったのか不思議なくらいの巨大な土人形――ゴーレムが現れていた。
 その肩には、かづなが「七水ちゃん」と呼んだ大人しそうな少女と、
「リソナもいるですー!」
 七水とは対照的な、活発そうな金髪の少女が乗っていた。
「り、リソナまでいるのかの? これは一体――」
 突如現れたゴーレムと2人の少女に目を奪われていると、
「ウゴガアアアアアアア!」
 切の背後から、棍棒を振りまわしたカラクリ人形が奇襲を仕掛けてきた。
「くっ!?」
 切は再び体を反転させ、そのままの勢いで斬り上げようとしたのだが、
「クリムゾン・トライデント!」
 切の斬撃よりも早く、カラクリ人形が炎の槍によって貫かれた。
「神楽屋!?」
「ボーッっとすんなよ、切! 俺たちがここに現れた理由なんて、大体想像つくだろうが! お前も、そっちの坊主と嬢ちゃんも、この世界に飛ばされてきたんだろ?」
「う、うむ!」
「ハッ、だったら話は早い、まずはコイツらを片づけるぞ!」
 意気込む神楽屋の傍らには、紅蓮の甲冑を纏った騎士、<ジェムナイト・ルビーズ>がいる。
「七水さんが無事でよかった……これで全員集合って感じですかね?」
「ワシを忘れるでない。小僧」
「うわぁ!?」
 七水の無事を確認し、安堵の表情を見せていた純也だが、不意打ちのように現れた<スクラップ・ドラゴン>の精霊に、体をのけぞらせながら驚く。
「スドちゃん!」
「ワシがサポートすれば、お主も戦えるじゃろう。積もる話はあるが……帽子の小僧の言う通り、まずはこの場を切り抜けるのが先決じゃ」
 ふよふよと浮かびながらかづなの近くに移動するスド。かづなは力強く頷き、拳をきゅっと握る。
「そうですね。こんなところで負けるわけにはいきません」
 瞳に強い意志の光を宿しながら、かづなは両足でしっかりと地面を踏みしめる。
「こんなザコ連中、リソナの<裁きの龍>で一発ですー!」
「やめろアホたれ。あれは敵味方関係なくぶっ飛ばしちまうだろうが。そのゴーレムは七水に任せて、小回りの効く<ジェイン>や<ウォルフ>辺りを実体化させとけ」
「いやですー! リソナだってカッコよく暴れたいですー!」
「リソナちゃん、わがまま言ってられる状況じゃ……」
 ゴーレムの肩の上でぎゃあぎゃあ喚くリソナと、それをなだめようとしている七水。
「……緊張感のない連中じゃの」
 それを見てスドはため息を吐くが、かづなはくすりと笑みをこぼす。
「でも、楽しいです」
 数の暴力に圧倒され、命を落とす危険すらある状況で、集まったデュエリスト達は自分らしさを失っていない。
「――さて、戦の続きじゃ。速攻でカタをつけてやろうぞ!」
 不思議な充足感に満ちながら、切は声を張り上げた。

「どうでもいいことじゃが、ワシと喋り方がかぶっておるのう、小娘」
「そうじゃな」
 
 
「俺のターン!」
 ここまで、自分は2人の活躍を横目で見ているしかなかった。
 輝王のように的確な援護ができたわけでもなく、治輝のように相手の罠をかいくぐって敵を撃破したわけでもない。先走ったせいで相手の邪神にとって有利な状況を作り出してしまい、その後は自分の身を守ることで精一杯だった。
 だが、そんな醜態を晒すのはもう終わりだ。
 創志は覚悟を込めて口にした。<邪神イレイザー>は自分が倒すと。
 その言葉を偽りにしないためにも、絶対に勝利へつながるキーカードを引いてみせる――想いを指先に込め、創志はカードをドローする。
「――来た! 魔法カード<死者蘇生>を発動!」
 創志が発動したのは、敵味方関係なく、あらゆる墓地からモンスターを蘇生させる魔法カード。強すぎる効果ゆえに、かつては禁断の術として封じられていたカードだ。

<死者蘇生>
通常魔法(制限カード)
自分または相手の墓地に存在するモンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターを自分フィールド上に特殊召喚する。

「<死者蘇生>だと!? 俺様の邪神を奪う気か? だが、残念だったな。邪神の名を冠するカードは、特殊召喚を行うことができないんだよ!」
「ハッ、例え特殊召喚できたとしても、テメエのモンスターなんていらねえよ! それじゃ、お前と同じになっちまうじゃねえか」
「何……!?」
 忌々しげに顔を歪める砂神に対し、創志は吠える。
「俺は弱い。サイコパワーだけじゃない。デュエルの腕前だって未熟だ。けど、お前のように誰かの力を奪ってまで強くなりたいとは思わない。俺は、俺のまま強くなる」
「世迷言を! チンケな決意を口にしたところで、何かが変わるというのか!?」
「変わらねえ。変わらねえさ。だから俺は――」
 あの時もそうだった。
 弟を助けるため、先生と慕っていた男に立ち向かったデュエル。
 あの時も――創志は1人ではなかった。
「遠慮なく頼らせてもらうぜ。仲間を!」
 創志が手にしたカード、<死者蘇生>が眩い光を放ち、地面に完全蘇生を意味する魔法陣が浮かび上がる。陣を形成する線に光が走り、暴走寸前まで高められた魔力が、戦いに敗れ散っていったモンスターを呼び戻す。
「輝王! 借りるぜ、お前のモンスター」
「……ああ」
 訊かれるまでもないといった満足げな表情を浮かべた輝王が、浅く頷く。
 答えを聞いた創志は、高々と蘇生したモンスターの名前を告げる。
「来い――<AOJカタストル>!」
 現れたのは、鋭い四肢を砂の大地に打ち込み、滑らかに磨き上げられた流線型のボディから静かな駆動音を響かせる、<AOJ>の戦闘兵器だ。その効果の凶悪さは、劣勢を覆すに値する。

<A・O・J カタストル>
シンクロ・効果モンスター
星5/闇属性/機械族/攻2200/守1200
チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
このカードが闇属性以外のモンスターと戦闘を行う場合、
ダメージ計算を行わずそのモンスターを破壊する。

「…………」
 砂神は押し黙ったまま、ピラミッドの頂上から白金の兵器を睥睨する。
 <AOJカタストル>は強力なモンスターだが、相手フィールド上のモンスターの属性を変更する<エレメントチェンジ>が消滅した時点で、闇属性である<邪神イレイザー>を突破する事はできない。もし輝王の伏せカードが2枚目の<エレメントチェンジ>であった場合、<邪神ドレッド・ルート>の攻撃時に発動するはずだ。温存する理由は限りなく薄い。
 だからこそ、<AOJカタストル>を蘇生させた事には、単独突破ではない他の理由がある。砂神もそれに気付いたから、何も言わないのだ。
「<マシン・デベロッパー>の効果を使うぜ。このカードを墓地に送ることで、乗っているジャンクカウンター数以下のレベルを持つ機械族モンスター1体を、墓地から特殊召喚できる」

<マシン・デベロッパー>
永続魔法
フィールド上に表側表示で存在する
機械族モンスターの攻撃力は200ポイントアップする。
フィールド上に存在する機械族モンスターが破壊される度に、
このカードにジャンクカウンターを2つ置く。
このカードを墓地へ送る事で、このカードに乗っている
ジャンクカウンターの数以下のレベルを持つ
機械族モンスター1体を自分の墓地から選択して特殊召喚する。

 <マシン・デベロッパー>に乗っていたジャンクカウンターの数は10。大抵のモンスターは蘇生できる数だ。
「俺が蘇生させるモンスターはコイツだ! 頼むぜ、相棒――<ジェネクス・コントローラー>を特殊召喚!」
「チューナーモンスター……!」
 永続魔法が消えた代わりに、頭でっかちな機械の小人がフィールドに現れる。創志の<ジェネクス>デッキにとって、核になるモンスターだ。

<ジェネクス・コントローラー>
チューナー(通常モンスター)
星3/闇属性/機械族/攻1400/守1200
仲間達と心を通わせる事ができる、数少ないジェネクスのひとり。
様々なエレメントの力をコントロールできるぞ。

 <AOJ>と<ジェネクス>。2つの機械が交わることによって、辿りつく進化の形がある。
「レベル5の<AOJカタストル>に、レベル3の<ジェネクス・コントローラー>をチューニング!」
 機械の小人が両腕を限界まで開いて、自らの体を3つの光球へと変える。<AOJカタストル>が宙空へと上昇し、3つの光球を体内へと取り込んだ。
 そして、空を覆う闇を切り裂くように、光が走る。
「折れぬ正義の魂が、進化の光を照らしだす――」
 <-蘇生龍- レムナント・ドラグーン>が幻想を具現した竜ならば。
 これは、人々の技術の結晶――叡智の輝きの具現。
 幻想に魅せられた天才たちが、持てる技術の粋を集めて作り上げたカタチ。
シンクロ召喚!」
 光が弾け、鋼鉄の翼が広がる。
 純白の装甲が闇の中に浮かび上がり、装甲に走る黄金のラインが力強さと神々しさを与える。
 機械特有の固さを残しながらも――その姿は、間違いなく竜だった。
「新たなる舞台へ! 導け……<A・ジェネクス・クレアシオン・ドラグーン>!!」
 人工物であるにも関わらず、瞳に光が灯った瞬間、魂が宿ったかのような錯覚に陥る。
 辿りついた進化の先は、「終焉」ではなく、「創造」。
 創志1人の力では為し得ないシンクロ召喚が、邪神を屠るためのピースとなる。


<A・ジェネクス・クレアシオン・ドラグーン>
シンクロ・効果モンスター(オリジナルカード)
星8/闇属性/機械族/攻2800/守2800
「ジェネクス・コントローラー」+「A・O・J」と名のついたシンクロモンスター1体以上
このカードは相手の魔法・罠・効果モンスターの効果の対象にならず、
闇属性モンスター以外との戦闘では破壊されない。
このカードの攻撃力は墓地に存在する「ジェネクス」または「A・O・J」と名のついた
モンスターの数×100ポイントアップする。
このカードがフィールド上から墓地に送られた時、自分の墓地に存在するこのカード以外の「ジェネクス」または「A・O・J」と名のついたモンスター1体を選択し、自分フィールド上に特殊召喚することができる。

「<クレアシオン・ドラグーン>は、墓地に存在する<ジェネクス>と<AOJ>モンスターの数だけ攻撃力がアップする! 力を奪うんじゃない……仲間の力を借りて、<クレアシオン>は強くなる! ジャスティス・フォース!」
 創志と輝王のデュエルディスクから蛍火のような淡い光が溢れ、<A・ジェネクス・クレアシオン・ドラグーン>に吸い込まれていく。
 墓地の<ジェネクス>と<AOJ>モンスターの合計は8体。<A・ジェネクス・クレアシオン・ドラグーン>の攻撃力は800ポイント上昇し、3600。
「行くぜ、砂神! テメエの邪神をぶっ飛ばしてやるよ!」
 創志にとって、<A・ジェネクス・クレアシオン・ドラグーン>をシンクロ召喚するのは、これが二度目だ。かつて、「終焉」の闇を払った機竜ならば、<邪神イレイザー>を突破できる。創志は信じていた。
 
「ほざくな、雑魚がッ! 貴様は隠し玉を披露したつもりだろうが、ソイツもすでに調査済みなんだよ! <クレアシオン>の効果だけでは、<イレイザー>を倒すことなどできはしない!」
「分かってるじゃねえか。<クレアシオン>の効果『だけ』じゃ、<イレイザー>を倒せない」
 なら、どうすればいいのか――創志が口にするまでもなく、砂神は理解したようだった。
「……やってみるがいい。俺様はこんなところで負けるわけにはいかない」
「――この世界に呼び寄せたサイコデュエリストから力を奪うまで、か?」
 治輝の問いに、砂神は不服そうに首肯する。
「僕の……俺様の力は、砂神緑雨などという矮小な存在に収まるべきものじゃない。だから俺様はさらなる力を求める。砂神緑雨という存在を消し――完全なペインとなって暴走するために」
「何……!?」
 砂神の言葉は、偽りや冗談などではない。そう信じさせるだけに足りる意志の強さが、彼の瞳には宿っていた。
「純然たる力を振るうためには、半端な理性など必要ない。僕が人である以上、理性を完全に捨て去ることはできない」
「ペインなら……それが可能だから。だからお前はペインになるっていうのか?」
「そうだ」
「ッ――!!」
 治輝の体が震える。この世界に来て初めてペインを知った創志には、彼がどれほどの思いを抱えているかは分からなかったが、彼の中の怒りが膨れ上がるのが分かった。

「ふざけんなよテメエッ!!」

 それを分かった上で、創志は治輝よりも先に叫んだ。
「そ、創志?」
 出鼻をくじかれた治輝が、若干気の抜けた声を出す。今ここで彼が感情を爆発させてしまえば、治輝がこれから辿るであろう道が、変わってしまう気がした。それをさせないために、創志は真っ先に叫んだのだ。
 最も、それは理由の1つに過ぎない。
「自分を消す、だって? 自分を捨てたやつが――自分を諦めたヤツが、強くなれるわけねえだろッ! お前がペインとやらになるのは勝手だ。けど、ペインになったらお前は今より弱くなるぜ。断言してやる!」
 一番大きな理由は、単純にムカついたからだ。
 力に恵まれた癖に、それを放棄して逃げようとしている砂神緑雨という男に、一言言ってやりたかったからだ。
 砂神がペインになろうとした理由は、力に恵まれ過ぎたからなのだが――それを知らない創志は遠慮なしに自分の気持ちをぶつける。
「自分で考えて、自分で決めてこその強さだろうが! 自分がやりたいと思ったことをやらなきゃ、強くなんてなれねえんだよ!」
「戯言を! 僕に説教をするな!」
「ああそうだな。説教するなんて俺のガラじゃねえ。力づくで分からせてやる!」
 これで問答は打ち切りだと言わんばかりに、創志は砂の大地を強く踏みしめる。
「……分かっているな、皆本創志」
「大丈夫だっての。お前の伏せカードを使えばいいんだろ?」
 この変則タッグデュエルでは、自チームの伏せカードを、通常魔法・通常罠に限り、持ち主以外のプレイヤーが発動する事ができる。輝王の伏せカードが通常魔法であることを確認した創志は、それを発動すべく、もう1人の仲間へと向き直る。
「治輝」
「……何だ?」
「アイツを倒すのに、お前の力も必要だ。力を貸してくれ」
「……その言葉を待ってた」
 微笑を浮かべた治輝は、伏せカードの起動ボタンへと手を伸ばした。
「永続罠<リビングデッドの呼び声>を発動! 自分の墓地からモンスターを1体選択し、表側攻撃表示で特殊召喚する。俺が選択するモンスターは――」

リビングデッドの呼び声>
永続罠
自分の墓地からモンスター1体を選択し、表側攻撃表示で特殊召喚する。
このカードがフィールド上から離れた時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時、このカードを破壊する。

 がら空きだった治輝のフィールドに、蘇生を意味する魔法陣が刻まれる。<死者蘇生>のときと違い、陣を形成する線の色は黒だ。
 陣の中心から、剣が飛び出す。
「頼む! <ドラグニティアームズ-レヴァテイン>!」
 剣は、砂漠の大地にも緑を広げた大木から生まれたものだった。
 大剣を握りしめた橙色の飛竜、<ドラグニティアームズ-レヴァテイン>が墓地から蘇る。

<ドラグニティアームズ―レヴァテイン>
効果モンスター
星8/風属性/ドラゴン族/攻2600/守1200
このカードは自分フィールド上に表側表示で存在する
「ドラグニティ」と名のついたカードを装備したモンスター1体をゲームから除外し、
手札または墓地から特殊召喚する事ができる。
このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、
「ドラグニティアームズ-レヴァテイン」以外の
自分の墓地に存在するドラゴン族モンスター1体を選択し、
装備カード扱いとしてこのカードに装備する事ができる。
このカードが相手のカードの効果によって墓地へ送られた時、
装備カード扱いとしてこのカードに装備されたモンスター1体を特殊召喚する事ができる。

「<レヴァテイン>の効果発動! このモンスターが特殊召喚に成功した時、墓地に存在する<レヴァテイン>以外のドラゴン族モンスター1体を、装備カード扱いとして装備する事ができる! 墓地の<-蘇生竜- レムナント・ドラグーン>を装備!」
 飛竜の体が、優しい光を放つ蒼色のオーラに包まれる。それは散っていった幻想の竜が放っていたものと同じだ。
「お膳立てはここまでだ。後は頼む、創志」
「任せろ! 俺は輝王の伏せカードを使う!」
 輝王の場の伏せカードが頭を上げ、秘められた効力を発揮する。
「見せてやるよ。ずっと1人で戦ってきたお前に!」
 創志が告げると、所在なさげにふわふわと漂っていた<A・マインド>が、<A・ジェネクス・クレアシオン・ドラグーン>に向かっていく。そして、体から伸びる無数のコードを機竜の頭部へと接続。PCのハードディスクが高速回転しているような音が鳴り、機竜は各部の調子をチェックするように上空へ向かって飛翔する。
 その背中に、<ドラグニティアームズ-レヴァテイン>が着地する。
「何の真似だ!?」
「発動した魔法は<無白橙盟>。効果モンスター1体と通常モンスター1体の攻撃力を、選択したシンクロモンスターに加えることができる。さらに、選択したシンクロモンスターが相手モンスターを破壊し墓地に送った時、相手ライフに1000ポイントのダメージを与える!」

<無白橙盟>
通常魔法(オリジナルカード)
自分のフィールド上の通常モンスター、シンクロモンスター、効果モンスターを選択して発動する。
選択したシンクロモンスターの攻撃力はエンドフェイズまで
選択した3体のモンスターの攻撃力を合計した数値になる。
選択したシンクロモンスターが相手モンスターを戦闘で破壊した場合、相手に1000ポイントのダメージを与える。

 <無白橙盟>――条件は厳しいが、1人でも発動条件を満たせなくはないカードだ。
 だが、このカードを3人の力を合わせて発動したことに意味がある。
 輝王の覚悟。
 治輝の想い。
 創志の意地。
 3つを束ねることで、<A・ジェネクス・クレアシオン・ドラグーン>は己の限界を越えた力を手にすることができる。
「バトルだ! <A・ジェネクス・クレアシオン・ドラグーン>で<邪神イレイザー>を攻撃!」
 機竜の足に接続された大型のブースターに、火が灯る。
 飛竜の体が低く沈み、大剣を真横に構える。
 頭を上げた邪神が戦慄く。それが決戦の合図だった。
 <邪神イレイザー>の口から、暗黒の波動が吐き出される。
 加速しつつそれを避けた<A・ジェネクス・クレアシオン・ドラグーン>は、背中に<ドラグニティアームズ-レヴァテイン>を乗せたまま夜空を疾走する。
「――<イレイザー>! 仕留めろッ!!」
 主人の怒りを代弁するかのように雄叫びを上げる<邪神イレイザー>。
 すると、足元に広がっていた霧が、いくつもの渦を作り始める。
 渦が生み出す風に巻き上げられた砂が、瞬時に竜巻を作りだす。
「殺れッ!」
 指向性を持った砂の竜巻が、飛翔する機竜目がけて放たれる。
 最初の竜巻を、機竜は右に逸れることで回避。
 それを読んでいたように放たれた次弾を、急降下することでやり過ごす。
 錐揉み回転しながら落下し、地面スレスレで急上昇。竜巻の勢力圏から逃れたあと、再度邪神目がけて加速する。それでも背に乗る<ドラグニティアームズ-レヴァテイン>の体が離れることはない。
 だが。
ダイジェスティブ・ブレス!」
 再び放たれる暗黒の波動が、機竜を真正面から捉える。
 回避コースは、砂の竜巻によって塞がれている。
 直撃――
「<クレアシオン>!」
「<レヴァテイン>!」
 創志と治輝の声が重なる。
 機竜は背部の補助スラスターの出力を全開にし、飛竜は鋼鉄の背中を強く蹴って、自らの羽で飛翔する。
 この局面での、分離飛行。
 機竜を狙ったはずの波動は2体の間を駆け抜け、標的を滅する事はない。
「馬鹿な!? 避けただと――」
 砂神が驚愕すると同時、<A・ジェネクス・クレアシオン・ドラグーン>の右翼が、黄金色の光を纏い始める。
 最早、邪神への攻撃を阻むものはない。
「食らえよ! ――ジェネシック・レヴァテイン!!」
 機竜の光の刃が。
 飛竜の鉄の刃が。
 交差する2つの刃が――邪神を刻んだ。
 
 
 ずるり、と竜によく似た首が傾き、砂の大地へと落下する。
 頭を失った<邪神イレイザー>は、微動だにしない。
 攻撃を終えた<A・ジェネクス・クレアシオン・ドラグーン>と<ドラグニティアームズ-レヴァテイン>はそれぞれの場に戻る。機竜の頭部から<A・マインド>が外れ、輝王の場へと戻っていった。
 第三の邪神は倒れた。
 <無白橙盟>の効果によって、<A・ジェネクス・クレアシオン・ドラグーン>の攻撃力は8000。対し、攻撃時<邪神イレイザー>の攻撃力は6000。<無白橙盟>のバーンダメージと合わせて、砂神のライフは3000も減少した。

【砂神LP3900→900】

「クックッ……アッハハハハハハハハハ!」
 にも関わらず、砂神は盛大な笑い声を上げた。
 治輝や創志を嘲笑ったときとは違う、何かが切れてしまったかのような、気味の悪い笑い方だった。創志は第三の邪神を撃破した。それなのに、素直に喜びを表すことはできなかった。
「……これで俺様を追い詰めたつもりか? 3体の邪神を撃破したくらいで、自分たちは勝ったと思っているのか? 図に乗るなよ、グズ共」
 治輝や創志に論破されたことで薄れていた砂神自身が放つ圧迫感が、ここに来て鋭さを増す。まるで、邪神が倒れたことによって、砂神の力が解き放たれたかのように。
「僕の強さの本質はここからだ! <邪神イレイザー>の効果発動!」
 砂神が叫ぶと、切断された首の断面から、ドロリと真っ黒な血が溢れる。石油のように溢れた邪神の血は、動かなくなった体を伝い、砂漠へと染み込んでいく。
 黒い染みが砂の大地に広がると同時、創志たちを囲むように竜巻が発生する。
「これは――!?」
 激しい砂嵐は、瞬く間に創志の視界を奪っていく。
「治輝! 輝王!」
 隣にいたはずの2人の姿さえ見えなくなる。創志は2人の名を叫ぶが、返事が返ってくる気配はない。
「――ッ!?」
 そして、<邪神イレイザー>の禍々しい血が、創志の足元にまで広がり始める。
「<イレイザー>が破壊され墓地に送られた時、フィールド上のカード全てを破壊する! 砕け散れ! この世界もろともなァ!」
 ガシャン、とガラスが砕けたような音が響き渡り、創志が立っていた地面が、文字通り粉々に砕け散る。
 嫌な浮遊感が全身を包み、ドッと汗が噴き出す。
 崩れた地面の先に見えるのは、一切の光が排除された闇。
「くっ……」
 伸ばした腕の先で、両翼をもがれた<A・ジェネクス・クレアシオン・ドラグーン>が墜落していくのが見える。
 創志は、為す術もなく闇の中へ落ちていくしかなかった。






 痛い。
 深い闇に覆われ、目を開いているのか閉じているのかさえも分からない空間で、治輝は痛みを感じていた。
 指先を切ってしまったとか、ひじをぶつけてしまったなどといった物理的な痛みではなく、かといって悲しい出来事を目にして心が締めつけられるような精神的な痛みでもない。
 ただ、漠然と「痛い」という感覚がある。
 その痛みは、強い力に翻弄され続けた砂神が感じてきたものなのか。
 それとも――
 治輝の罪の意識が、痛みへと変わったものなのか。
 沈んでいく。
 上下左右も分からない闇の中で、底なし沼に沈んでいくような感覚が全身を襲う。
(……俺は)
 口を動かしてみるが、声は響かない。
 ただ、痛い。
 ただ、沈んでいく。
 さらなる深淵へ。
 さらなる痛みの中へ。
 沈んでいく。
 沈んでいく。
 沈んで――

 ……怖くない、なんて胸を張って言えません。怖いです。

 声が、響いた。
 それは、とても懐かしい声だった。

 ――頼まれちゃいましたから。あの人が帰ってくるまでは、私、負けられません。

 知っている声。
 知らない台詞。

 それに、もっと怖い事もありますから。それに比べれば、ペインなんてへっちゃらです!

(――俺は!)
 目を開く。
 黒一色の世界で、ポツリと輝く青の星が見える。
 それは、治輝が手にした幻想の龍を作り上げていたものと同じ、青の光だ。
 瞬間。
 辺りを覆っていた闇は、砕けた。
 
 一面の砂漠は消滅し、砂神が新たに創り出したのは、廃墟の世界だった。
 高層ビルが密集するように立ち並んでいるが、ひとつとして無事なものはない。外壁や窓ガラスは砕け、中腹辺りで完全に折れ曲がってしまっているビルもある。空気は渇ききっており、荒廃した景色も相まって、息苦しさを感じさせる。
 ヒビだらけのアスファルトの上に立ち、砂神は視線を前に向ける。
 そこには、「力」を奪うための生贄が横たわっていた。数は3。獲物としては上質とは言い難いが、前菜には十分な人間たちだ。
 そう。彼らは前菜に過ぎないはずだった。
 砂神は、そんな彼らにあと一歩のところまで追い込まれた。いや、デュエル内容だけ見れば、敗北したと言ってもいい。
 だが、ここまでだ。
 <邪神イレイザー>の闇に呑まれたが最後、永劫に続く痛みの中で、もがき苦しむことになる。最早目を覚ますことはない。

 そのはずだった。

「どうしてだ……」
 砂神には、目の前の光景が理解できない。
 ゆっくりと。しかし確実に。
 前菜に過ぎなかったはずの男達は、闇を抜け、痛みを振り払い、立ち上がろうとしていた。
「どうして、倒れない!? 何故立ち上がれる!?」
 疑問と焦りがない交ぜになり、砂神は無我夢中で叫んだ。
「へっ……こういう精神攻撃みたいなヤツには慣れてんだよ」
 口内に溜まった血を吐きだしながら、創志が告げる。
「――まだデュエルは終わっていない。なら、倒れるわけにはいかない」
 カードを握る指先を微かに震わせながら、輝王が告げる。
「……幕を引くには早いってことだ」
 荒い息を整えながら、治輝が告げる。
 3人の瞳に宿る意思の光は、陰るどころか輝きを増している。
 理解できない。
「貴様らは、一体……」
 砂神が思わずこぼした問いに、笑みを浮かべた創志が答える。

「言ったろ? デュエリストだよ」





「無事か、とは訊かない。やれるな?」
「ああ」
「当然だぜ」
 輝王、治輝、創志は顔を見合わせたあと、互いに頷きあう。
 3体の邪神を倒し、砂神のライフは残りわずか。度重なる攻撃の実体化によってすでに体は限界に達していたが、ここで倒れるわけにはいかない。砂神の攻撃に屈するわけには、絶対にいかない。
「さあ、デュエルを続けるぜ! 砂神!」
 <邪神イレイザー>がもたらした闇によって淀んでしまった空気を振り払うように、創志は叫び、右腕を振るう。
「……<邪神イレイザー>の効果によって、フィールド上のカードは全て破壊されている。これ以上貴様にできることは――」
 言いかけて、砂神は口をつぐむ。
「気付いたか? <クレアシオン>がフィールドから墓地に送られた時、自分の墓地に存在する<ジェネクス>か<AOJ>モンスター1体を特殊召喚できる! 来い! <A・ジェネクストライフォース>!」

<A・ジェネクス・クレアシオン・ドラグーン>
シンクロ・効果モンスター(オリジナルカード)
星8/闇属性/機械族/攻2800/守2800
「ジェネクス・コントローラー」+「A・O・J」と名のついたシンクロモンスター1体以上
このカードは相手の魔法・罠・効果モンスターの効果の対象にならず、
闇属性モンスター以外との戦闘では破壊されない。
このカードの攻撃力は墓地に存在する「ジェネクス」または「A・O・J」と名のついた
モンスターの数×100ポイントアップする。
このカードがフィールド上から墓地に送られた時、自分の墓地に存在するこのカード以外の「ジェネクス」または「A・O・J」と名のついたモンスター1体を選択し、自分フィールド上に特殊召喚することができる。

 創志のフィールドに現れたのは、3つの砲門を備えた特徴的な砲撃ユニットを装着した、銀色の機械兵だ。朱色のバイザーの奥に光が灯り、背部のスラスターを噴かせながら姿勢を整える。機竜の後を引き継ぐために。

<A・ジェネクストライフォース>
シンクロ・効果モンスター
星7/闇属性/機械族/攻2500/守2100
「ジェネクス」と名のついたチューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
このカードがシンクロ素材としたチューナー以外の
モンスターの属性によって、このカードは以下の効果を得る。
●地属性:このカードが攻撃する場合、
相手はダメージステップ終了時まで魔法・罠カードを発動できない。
●炎属性:このカードが戦闘によってモンスターを破壊した場合、
そのモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。
●光属性:1ターンに1度、自分の墓地の
光属性モンスター1体を選択して、自分フィールド上にセットできる。

「こっちもだ! <レヴァテイン>が相手のカードの効果によって墓地に送られた時、装備していたドラゴン族モンスターを特殊召喚できる! 戻れ! <レム>!」

<ドラグニティアームズ―レヴァテイン>
効果モンスター
星8/風属性/ドラゴン族/攻2600/守1200
このカードは自分フィールド上に表側表示で存在する
「ドラグニティ」と名のついたカードを装備したモンスター1体をゲームから除外し、
手札または墓地から特殊召喚する事ができる。
このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、
「ドラグニティアームズ-レヴァテイン」以外の
自分の墓地に存在するドラゴン族モンスター1体を選択し、
装備カード扱いとしてこのカードに装備する事ができる。
このカードが相手のカードの効果によって墓地へ送られた時、
装備カード扱いとしてこのカードに装備されたモンスター1体を特殊召喚する事ができる。

 治輝の手のひらに、小さな青い火の玉が宿る。治輝が手のひらを空に掲げると、火の玉はふわりと浮かび、その形を変えていく。膨張し、徐々に自らの形を作り上げていく。
 墓地から舞い戻ったその姿は、龍というよりも不死鳥と表すのがふさわしく見えた。

<-蘇生龍-レムナント・ドラグーン>
効果モンスター(オリジナルカード)
星8/光属性/ドラゴン族/攻2200/守2200
このカードは通常召喚できない。
自分フィールド上のドラゴン族モンスターが3体以上リリース、
または3体以上破壊されたターンに手札から特殊召喚できる。
このカードが手札からの特殊召喚に成功した時、このターン破壊された、またはリリースされたドラゴン族モンスターを可能な限り、墓地または除外ゾーンから手札に戻す。
このカードが戦闘を行うダメージステップ時、手札のドラゴン族モンスターを相手に見せる事で発動できる。
このカードの攻撃力はエンドフェイズ時まで、見せたカードの種類×1000ポイントアップする。
このカードがフィールドを離れた時、自分は手札を全て捨てる。
このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
自分はモンスターを通常召喚・反転召喚・特殊召喚する事ができない。

 空になったはずのフィールドに、<A・ジェネクストライフォース>と<-蘇生龍- レムナント・ドラグーン>――2体のモンスターが並ぶ。
「そうか。貴様らはまだ足掻くのか」
 何かを悟ったような落ち着いた声で、砂神はポツリと呟く。
「当たり前だろ。デュエルはまだ終わってねえ」
「そうだな。その通りだ」
 頷いた砂神がククッ、と含み笑いを漏らした、次の瞬間。
 アスファルトのヒビをなぞるように、墨汁が溢れたような濃い闇が噴き出した。
「なっ……」
「デュエルは終わっていない。俺様が、貴様らの力を狩り尽くすまでな!」
 突如現れた闇のカーテンによって、砂神の姿は見えなくなる。未だ殺気を失っていない声だけが、廃墟の世界に響いている。
 そして、闇の向こう側で「何か」が蠢いているのを、創志は感じた。
「このカードは、墓地に存在する<アバター>、<ドレッド・ルート>、<イレイザー>の3体を除外する事で、相手ターンに手札から攻撃表示で特殊召喚できる……」
 闇の中を、何かが這いずり回っている。
 ドバッ! と闇のカーテンをぶち抜き、深緑色に染まった巨大な腕が飛び出してくる。外側は骨でできた手甲で覆われているが、所々穴が空いてしまっている。
「あれは……<邪神ドレッド・ルート>の腕か?」
 治輝の言う通りだ。闇の向こう側から飛び出してきた腕は、葬られたはずの<邪神ドレッド・ルート>のそれに酷似していた。

「恐怖は終わらない。恐怖は消えないッ! そして、俺様は強い! それを証明してやる――現界しろ、<朽ちた邪神>よ!!」

 砂神の言葉と共に、広がっていた闇が内側から吹き飛ぶ。
 腕の主の全貌――それは、邪神の寄せ集めとしか言いようがなかった。
 上半身は<邪神イレイザー>をベースにしているが、頭の右半分はごっそりと抜け落ちている。<邪神ドレッド・ルート>の腕は片方しか存在せず、もう片方は切り落とされたままだ。下半身は闇の霧に覆われており、どんな形になっているのか想像もつかない。
 名前が示す通り、朽ちた邪神を強引に繋ぎ合わせた合成獣
 それが、砂神が呼びだした最後の邪神だった。
 
<朽ちた邪神>
効果モンスター(オリジナルカード)
星10/闇属性/アンデット族/攻1000/守1000
このカードは通常召喚できない。
このカードは墓地に<邪神アバター><邪神ドレッドルート><邪神イレイザー>が存在する時に、
その3枚を除外する事でのみ、相手ターンに手札から攻撃表示で特殊召喚できる。
その方法で特殊召喚に成功した場合、以下の効果を得る。
●このカードが特殊召喚に成功した時、相手フィールド上のモンスター1体につき1000ポイント攻撃力をアップする。
●このカードが戦闘を行う時、自分の攻撃力の半分の数値分、相手モンスターの攻撃力をダウンする。
●このカードは相手モンスターの効果、罠、魔法の対象にならない。

「<朽ちた邪神>が特殊召喚に成功した時、相手フィールド上のモンスター1体につき、攻撃力が1000ポイントアップする! さらに、このカードが戦闘を行う時、自分の攻撃力の半分の数値分、相手モンスターの攻撃力をダウンさせる! 貴様が呼びだした<A・ジェネクストライフォース>では、<朽ちた邪神>を倒すことはできない!」
 <朽ちた邪神>の目玉がぎょろりと蠢き、自らの敵を見定める。腕の筋肉が脈動し、下半身を覆い隠す闇がざわざわと揺らぐ。
 フィールドに存在するモンスターは2体。よって<朽ちた邪神>の攻撃力は2000ポイント上昇し、3000となった。
「さあ! さっさとターンを終了するといい! 俺様の手札は潤沢だ! ここから逆転することなど、実にたやすい!」
 砂神の言葉は、虚勢などではない。狂気に満ちた笑みが、それを物語っている。
 <邪神アバター>、<邪神ドレッド・ルート>、<邪神イレイザー>……それぞれの効果を縮小したかのような能力を持つ、<朽ちた邪神>。まだ創志のバトルフェイズは終了していないが、このまま攻撃しても自滅するのが目に見えている。
 だから、砂神は言ったのだ。
 無駄な足掻きはよせ、と。
 ここで諦めろ、と。

「――断るぜ。俺は攻撃を続行する」

 創志は、それを受け入れない。
「このままダイレクトアタックで終わりじゃ、あっさりしすぎだと思ってたところだ。<朽ちた邪神>……面白いじゃねえか。最後に立ちはだかった壁、ってとこか。ぶち壊し甲斐があるぜ」
 当たり前のことだ。ここで諦める理由など無い。
 何故なら――
「治輝! もう一度お前の力を借りるぜ!」
「――ああ!」
 すでに、勝利への道は開けているのだから。

「速攻魔法発動! <クロッシング・ドラグーン>!」

 交わるはずの無かった、2つの線。
 身勝手な狩人によって歪められた、2つの線。
 重なる。
 交差する。
 進化を求めた機械の魂が。
 過去と未来を束ねた竜の魂が。
 少年が手にした魔法によって、交差する。

「何だ……そのカードは!?」
 創志が掲げたカードを見て、砂神は焦りを顕わにする。こちらのデッキは全て把握したつもりだったのだろう。自分の記憶にない<クロッシング・ドラグーン>の発動に、激しく狼狽する。
 砂神が知らないのも当然だ。このカードは、変則タッグデュエルが始まる直前に投入したのだから。
 本来ならば、<A・ジェネクス・クレアシオン・ドラグーン>に対して使うカードだ。
 しかし、この場にはもう1体「ドラグーン」の名を冠するモンスターがいる。
「<クロッシング・ドラグーン>は、<ドラグーン>と名のついたモンスターを、自分フィールド上のモンスター1体に装備し、装備扱いとなったモンスターの元々の攻撃力分だけ攻撃力をアップさせる!」
 力強い雄叫びを上げた<-蘇生龍- レムナント・ドラグーン>が、その身を球体へと戻しつつ、<A・ジェネクストライフォース>に憑依する。銀色の機械兵が青い光に包まれ、背部のスラスターからは天使の羽のような光が噴出する。
 <A・ジェネクストライフォース>の攻撃力は、<-蘇生龍- レムナント・ドラグーン>の元々の攻撃力分上昇し、4700ポイント。<朽ちた邪神>の攻撃力を遥かに上回った。
「それだけじゃねえ! <ドラグーン>を装備したモンスターは、相手モンスターの効果を受けない!」

クロッシング・ドラグーン>
速攻魔法(オリジナルカード)
自分フィールド上の「ドラグーン」と名の付いたモンスター1体を対象に発動する。
対象モンスターを装備カード扱いとして自分フィールド上のモンスター1体に装備し、
装備扱いとなったモンスターの元々の攻撃力分、攻撃力をアップする。
そのカードを装備しているモンスターは、相手モンスターの効果を受けない。

「――ッ!?」
 つまり、<朽ちた邪神>の攻撃力半減効果は、今の<A・ジェネクストライフォース>には通用しない。
「力を奪うことでしか他人を意識できなかったお前には、分からないだろうな」
「これが、結束の力だ!」
 治輝が告げ、創志が叫び、決戦の幕が切って落とされる。
「終わりだ、砂神! <トライフォース>で<朽ちた邪神>を攻撃!」
 銀色の機械兵が右腕の砲撃ユニットを構える。
 3つの砲口が一斉に開き、青い光が充填されていく。
「……認めん」
 それを見て、<朽ちた邪神>が動いた。
 咆哮を上げ、標的を砕くために剛腕を振るう。その拳に、迷いや躊躇いは皆無だ。
「<レム>!」
 治輝が竜の名を呼ぶと、<-蘇生龍- レムナント・ドラグーン>の背部にあった4本の気筒――ジェット機のブースターによく似たものが現れ、矢のように放たれる。
 放たれたブースターは、迫る<朽ちた邪神>に突き刺さり、猛進していた動きを止める。
 苦しげな呻き声が合成獣の口から漏れ、
「僕が……負けるなんて――!」
 悔しさに満ちた砂神の叫び声が響く。

「ぶち破れ! レムナント・バスタァアアアアアアアアアッ!」

 3つの砲門から、青い光条が放たれる。
 太い線に過ぎなかったそれは、加速しながら、徐々に本来の形を取り戻していく。
 龍。
 幾重もの線を束ねる、幻の龍。
 一直線に飛翔した青き龍は、朽ちた邪神を呑みこみ、

「ありえない! この、僕がッ――」

 砂神緑雨をも呑みこんだ。

【砂神LP900→0】
 
 力に翻弄される自分が嫌いだった。
 力に慢心する自分が嫌いだった。
 力を恐れる世界が嫌いだった。
 力を求める世界が嫌いだった。
 何故、こんなに苦しまなければならない?

 ――それは、僕が人間だからだ。

 考えるのをやめようとしても、全てを振り切ったつもりでも。
 思考してしまう。悩んでしまう。
 力について考えてしまう。
 自分について考えてしまう。
 だから、いつまで経っても苦しみが消えない。

 ――それなら、人間をやめればいい。

 化け物――ペインになれば、苦しみも悩みも忘れられる。
 そのためには、まだ力が足りない。
 もっともっと、理性を失うほどの力が必要だ。
 奪わなければならない。
 たった一度の敗北で、ペインになることを諦めるわけにはいかない。
 この道を引き返すわけにはいかない。

 ――俺は、これからも。

 狩りを続けなければならない。
 例え、その道が破滅に繋がっていようとも。





 砂神緑雨は、倒れた。
 最後の攻撃でデュエルディスクのデッキホルダーが破損したのか、砂神のカードが周囲に散乱していた。
「勝った……のか?」
 <A・ジェネクストライフォース>と<-蘇生龍- レムナント・ドラグーン>の立体映像が消えていく。砂神が倒れたことで気が抜けてしまった創志は、半信半疑のまま口を開く。デュエルには勝利したが、今度は実力行使で襲いかかってきそうな予感がしていたのだ。予想に反して、砂神がすぐに立ち上がる気配はない。
「……デュエル中はあれだけ自信満々だったのに、今さら勝利を疑うとは。らしくないな、皆本創志」
「う、疑ってなんていねーよ。ただ、殺しても死にそうにないヤツだったから、まだ何かあるんじゃねえかと……」
「殺す気だったのか?」
「そんなわけねーだろ! 例え話だよっ!」
 うっすらと笑う輝王の顔を見て、創志は自分がからかわれていると確信する。最も、デュエルが終わったことで多少輝王の緊張もほぐれたのだろう。
「…………」
 そんな2人とは対照的に、厳しい表情のままの治輝が、砂神の元へ近づこうと一歩を踏み出す。

「おっと。それ以上主様に近寄るのは許さないよ」

 そのタイミングを見計らっていたかのように、人影が――ビルの陰にでも隠れていたのだろう――飛び出してきた。
 背はそれほど高くない。聞こえた声も中性的で、長い前髪が顔を隠してしまっているため、性別の判断はつかない。深緑色の作務衣を着た人影は、倒れる砂神の前に立ちはだかる。
「まさか、君たちが主様を倒すとは思わなかったよ。デュエルモンスターズは、運が絡む要素が比較的少なく、力の優劣が現れやすいカードゲームだと思ったんだけど……こんなこともあるんだね。びっくりだよ」
 現れるや否やぺらぺらと喋り出す作務衣姿の人間。容姿に見覚えはなかったが、嫌味な口調には心当たりがあった。
「お前、比良牙か?」
「そうだよ。本当なら姿を現すつもりはなかったんだけど、緊急事態だから仕方ないね。主様には、まだまだがんばってもらわなくちゃ」
「……どういう意味だ?」
「答える気はないな。君たちには関係のないことだよ。ラスボスを倒してハッピーエンド。それでいいじゃないか」
 輝王の問いをはぐらかし、比良牙はにやにやと意地の悪い笑みを浮かべる。体が万全な状態なら、有無も言わさずぶん殴ってるところだ、と創志は思った。
 その時、ドン! という轟音と共に、地面が激しく揺れた。
「何だ――地震!?」
 創志は驚くが、揺れ自体は一瞬で、すぐに収まる。緊張感を取り戻した輝王は、厳しい視線を比良牙に向けた。
「説明する義務はないんだけど……ラスボスを倒した特別ボーナスってことで教えてあげるよ。主様が気を失っちゃったから、この世界が崩れ始めてるんだね。心配しなくても、このままボーっと突っ立ってれば、世界が壊れると同時に君たちは元の世界に戻れるよ。僕がそうなるようにセッティングしておいたから。ああ、他の場所にいる君たちの仲間はみんな無事だ。元の世界に戻れば、すんなり再会できるだろうさ」
「お前の言葉を信じろっていうのか? 俺たちを殺そうとしたお前を?」
「信じる信じないは勝手だけど、他に何かアテがあるのかい? 僕を倒して情報を吐かせようっていうなら相手になるよ。デュエルでもリアルファイトでもね。けど、そんな状態で満足に戦えるのかな?」
「ぐっ……」
 余裕綽々といった感じの比良牙にまくしたてられ、創志は言葉を失う。
「お前の言葉は信じられないが、代案が無いのは事実だ。ここは静観させてもらう」
「輝王!?」
「……保身を考えすぎるのは、ゴミ男の典型らしいぞ」
「誰が言ったんだよそりゃ……」
 とはいえ、心身ともに疲弊した状態では、動こうにも動けない。慎重な輝王が待つと言っているのだ。下手に動いても仕方がないだろう。
「懸命な判断だね」
 言って、比良牙は砂神の体を起こす。自分の肩を貸し、腰のあたりを支えながら立ち上がらせた。
「ったく。本当に元の世界に戻れんのかよ……治輝はどう思う?」
 愚痴をこぼしつつ、創志は今まで口を閉ざしていた治輝に話を振ってみる。
 治輝は少し間を置いたあと、
「……そうだな。あいつの言葉を信じるわけじゃないけど、もし俺たちを殺したり捕えたりする気なら、今の時点でもうやってると思う。わざわざ回復する時間を与えることはしない」
「確かに……」
「でも、さ。あいつの言う通り元の世界に戻れるとしても――」
 ごく普通の会話を交わすように、治輝は言葉を続ける。

「――お前たちを、このまま帰すわけにはいかない」

 しかし、続いた言葉は――何気なく交わせるような言葉ではなかった。
 

オリジナルstage 【EP-01~EP-17】

 飢えている。
 渇いている。
 どれほどの力を得ようとも、満たされることがない。
 だが。

 

「もうすぐで――」

 

 飢餓に溢れた日常は、終わりを迎える。
 目指す先に在るもの。
 それは。

 

「もうすぐで、僕は――」

 

 狂える。




◆◆◆




「……あの高さから落ちたにしては、不思議なくらいに無事だ」
 体の具合を確かめながら慎重に体を起こした治輝は、五体満足どころか痛みもほとんど無い状態に疑問を覚えていた。
 蛍のような淡い光を放つ奇妙な壁。それを力づくで突破しようと攻撃を仕掛けたが、壁には傷一つ付かなかった。そして、その壁は破壊に失敗すると一番近くにいる人物を「落とす」罠が仕掛けられていた。
 以前――こことは違う「異世界」で、治輝は同じような物を発見しており、その時もこうして落とし穴にはまったのだ。腰を盛大に打ち付けしばらく動けなくなり、戒斗に笑われたことをしっかり覚えている。
 だから、今回はそんな醜態を晒さぬよう、落下中に体勢を整えて受け身を取ろうとしていたのだが……どうやらそれは不要だったようだ。
 立ち上がった治輝は、服に付いた砂を払う。水分をほとんど含んでおらず、軽くて軟らかな砂だ。これがクッションになったのだろう。
(けど……それだけじゃ説明できない)
 落下していた時間から考えると、かなりの高さから落ちてきたはずだ。柔らかな砂の上に落ちたから無事だった、だけでは納得できない。
 地面に接触する直前、治輝の全身を奇妙な浮遊感が包んだ。落下の衝撃を殺すかのように突然起こった現象……あれは一体何だったのか。
(……ここは俺の知っている世界じゃない。考えるだけ無駄か)
 「異世界」では、現実では考えられないような現象が度々起こった。いちいち原因を探求するのが馬鹿馬鹿しく思えるほどに、だ。なので、治輝は深く考えることをやめた。
 治輝が落下した場所は、広大な砂漠だった。
 天上に広がるのは、夜空だ。月はなく、ポツポツと光る僅かな星の光だけが、辺りを照らしている。あの空の上に神楽屋たちがいることは――まずないだろう。おそらく、どこかで別の空間に転送されたのだ。
 見た限りでは、目立った建造物は見えない。どこまでも砂の大地が続いている。
「……夜の砂漠って、結構寒いんだな」
 汗さえも蒸発してしまう灼熱のイメージが強い砂漠という土地だが、日中の気温差は激しく、夜は氷点下まで落ち込むところも存在する。治輝がいるこの場所はそこまで寒くはないものの、軽装では肌寒さを感じるくらいには冷えていた。
 とりあえず、はぐれてしまった神楽屋たちと合流しなければならない。治輝は目の前にあった砂の丘に登り、もっと遠くまで見渡そうと目を凝らす。
 ちょうどそのタイミングで、
「比良牙―! いるんだろ!? 出てきやがれ!」
 誰かの怒声が響き渡った。
 見れば、丘を下った先に、大きな試験管のような物体が横倒しになっていた。よく見れば、ゲームに出てくるようなワープ装置に見えなくもない。
 そのワープ装置らしきものの上に乗って、大声で喚いている少年がいた。
「…………」
 声をかけようかどうしようか迷っているうちに、少年の方が治輝を見つけたようだ。
 素早く装置の上から飛び降りると、だだだっ! とこちらに向かって丘を上ってくる。
(敵……ってわけじゃなさそうだな)
 そうは思いつつも警戒は怠らない。
 すぐにデュエルディスクを展開できるよう身構えていると、駆けあがってきた少年は息を切らせながら治輝の両肩を掴み、
「なあ、この辺で比良牙ってヤツを見かけなかったか!?」
 挨拶も無しに、いきなり問いを投げつけてきた。
「……ヒラガ? 聞いたことのない名前だな。どんな奴だ?」
「陰険でムカつく野郎だ! 俺をこんなところに飛ばしやがって……」
「えーと、それじゃわからん。具体的な容姿とかを教えてくれないか?」
「……信じてもらえないかもしれねえけど、人の大きさくらいのからくり人形なんだ――ってあれは遠くから操ってただけか。ってなると……あれ? 比良牙ってどんなヤツなんだ?」
 言いながらうんうん考え始める少年。
 ヒラガという人物に心当たりはないが、それよりも気になることがあった。
「ちょっと話を戻していいか? こんなところに飛ばされた、って言ってたが、一体どこから――」
「そうだよ! 早いとこ戻らねえと、かづな達が危ねえんだ!」
 
 
「――――」

 かづな。

 何度も聞いたはずのその名前は、遥か彼方で響いているような感じがした。
 珍しい名前だし、おそらく治輝の記憶にある少女と同一人物だろう。
 ――色んなものを押し付けてしまった、女の子。
(……落ち着け)
 まずは、少年から詳しい事情を聞き出さなければならない。
 浮足立つ心を抑えながら、まずは少年に対して冷静になるよう促そうとするが、

「――お喋りはそこまでですよ」

 新たに響いた声が、それを遮った。
 治輝が、やや遅れて少年が、声のした方に振り返ってみると、そこには見覚えのある青年が立っていた。
「お前は……」
 一見すると、気の弱そうな風貌。
 しかし、その裏には得体の知れない「怖さ」を隠している。
 治輝は、「怖さ」の片鱗を体感していた。
 そう。
 この世界に飛ばされる直前に。
「余興はここまでです。いい加減僕も焦れてきました」
 最早隠す気もないのか、青年からは濃い殺気が全方位に向けて放たれている。
 その左腕には、髑髏の装飾があしらわれた漆黒のデュエルディスクが装着されており、死神が持つ命を狩り取る鎌を連想させた。
「……何だよ、テメエは」
 かづなの知り合いらしき少年は、彼のことを知らないようだ。
 だが、治輝にとってはずっと探していた人物である。
「焦れてきた、か。その言葉、そっくりそのまま返す」
 殺気に気圧されないよう緊張感を高めながら、治輝は言葉を放つ。
「お前には聞きたいことが山ほどあるんだ。どうして俺たちをこの世界に飛ばした? 俺や戒斗の他に、どれほどの人を巻き込んだ?」
 青年が発動した<次元誘爆>。それが引き起こした現象により、治輝はこの世界に飛ばされた。
 神楽屋や少年の話からすると、他にも同じように飛ばされた人間がいるらしい。
 理由は知らない。
 いや。
 理由は大した問題ではない。
「答えろ……!」
 どんな理由であれ、七水たちを危険な目に合わせた。それを許すことはできない。
 すると、青年はうつむき、くっくっくっと含み笑いを漏らしてから、

「――答える必要はない」

 一刀両断に切り捨てた。
 そして、前髪をかき上げながら、芝居のように大げさに上半身を起こす。
 それだけの動作で、青年の雰囲気が一変する。
 今までは裏に隠れていた「怖さ」が、前面に押し出ている。
 何かに飢えた瞳がギラリと光り、握った右拳がバキバキと音を立てる。眉毛は無く、不気味なほど白い肌が、微かな明かりの元に浮かび上がる。
「貴様らは俺様の『贄』だ。黙って俺様に搾取されていればいい」
 言葉遣いも変わっている。まるで、人格が入れ替わってしまったかのようだ。
「テメエは……! あの時の!」
 少年が何かに気付いたようだが、青年はそれを無視し、
「さあ、始めようか――最後の晩餐を」
 両手を広げ、高らかに宣言する。
「まずは前菜だ。精々俺様を楽しませるんだな。時枝治輝、皆本創志、そして――」
 言葉を切った青年は、視線を後方に投げ、ニヤリと口元を歪める。

「輝王正義」

 その名前が告げられた瞬間、黒のコートを纏った長髪の男が姿を現した。
 
「お前が『主』か?」
「見て分かるようなことをわざわざ問うなグズが。俺様以外ありえんだろう? 異世界ひとつを作り上げるほどの強大な力を持ったデュエリストは」
 創志と治輝の横を通り過ぎ、前に進み出た輝王を、青年は一蹴する。
「それとも、俺様の見込み違いだったか? 貴様は俺様の殺気すら感じ取れない豚以下の存在だったのか? それでは前菜にすらならんぞ」
 あからさまに見下すような視線を向けた青年は、薄く笑う。
「……自分の力に酔ってるな。それじゃ足元をすくわれるぞ」
「酔いもするだろう、時枝治輝。世界を作り上げるということは、神に等しい力を持たなければ達することのできない偉業だ。それほどの力を持ちながら自分に酔いしれることのできない者など、己の存在を自覚できないただの阿呆だ」
「……口だけは達者だな。比良牙の野郎の上司、ってのも納得がいくぜ」
「本当にそう思っているなら、貴様の言葉をそっくり返させてもらうぞ。皆本創志」
 言い返され、創志はぐうと押し黙る。
 彼も気づいているのだ。青年が発する異常なまでの殺気に。
「くだらない問答は終わりだ。俺様は獲物を目の前にして我慢できるほど、利口な人間ではないのでな」
 そう言って、この世界の「主」である青年は、輝王たちに背を向ける。無防備な背中を晒すことに、微塵も恐怖を感じていないようだった。
 青年が離れたタイミングを見計らって、
「……お前もこっちに飛ばされてたんだな、輝王」
 創志が口を開いた。しかしその視線は、青年の背中を見つめたままだ。間近にある脅威から視線を逸らさないくらいには、成長したということだろう。
「ティト・ハウンツとはすでに合流した。彼女は無事だ」
「……久々に会って最初に言うことがそれかよ」
「違ったか? お前が一番気になっているのは、彼女の安否だと思ってな」
「ティトは俺より強いんだから心配なんてしてねえよ」
 そう言いつつも、創志の表情には安堵の色が広がっている。やはり心のどこかでは不安だったのだろう。確かにティト・ハウンツは強いが、人間性の部分で見れば、まだまだ未熟だ。
「……どうやらそっちの2人は知り合いみたいだな。ってことは、俺の自己紹介が必要か」
 ふう、と息を吐いて必要以上の緊張を解いた少年――いや、青年と表すべきだろうか。その境目を複雑に体現しているような男が、創志と輝王の顔を順繰りに見てから、
「俺の名前は時枝治輝。えっと……とりあえずデュエリストだ」
 自らの名を告げた。自分のことをどうやって表せばいいか、適当な言葉が見つからなかったようだが。
「時枝治輝!? じゃあ、アンタがかづなの言ってた――」
 治輝の自己紹介に、創志が興味津々といった感じですぐさま反応するが、輝王は右手を振るってそれを制する。
「詳しい話は後だ。『主様』とやらが待ちわびているようだぞ」
 輝王たちから適当な距離を取ってこちらに振り返った青年は、すでに漆黒のデュエルディスクを展開させていた。それは、彼が臨戦態勢に入っていることを示している。
「奴の狙いは、俺たちからサイコパワーを吸収することだろう。根こそぎな」
「だと思ったぜ。輝王がそう言うなら、俺の推測も間違ってなかったってことだ」
「サイコパワー……それがあいつの言う『力』ってことか。だから七水は……」
 それぞれの感想を口にしながらも、3人はデュエルディスクを展開する。
「……ん? でも待てよ。輝王ってサイコデュエリストじゃねえよな。サイコパワーを奪うのがアイツの目的なら、どうしてお前がここにいるんだよ?」
「……確かに俺はサイコデュエリストではないが、今はそれに類似する力を持っている。さらに言えば――」
 輝王はそこで言葉を切り、治輝へと視線を向ける。もし、彼が戒斗や愛城の知り合いならば、彼も同じように強力な力を持っているのだろうか。
(……いや。詮索すべきではないな)
 それに、今はそんな状況ではない。他ならぬ自分が口にした言葉だ。
「――主が言っただろう。俺たちは『前菜』だと。俺と行動を共にしていた3人……ティト・ハウンツ、永洞戒斗、それに愛城は、全員が強大な力を持ったデュエリストだ。おそらく、彼らが『メインディッシュ』なのだろう」
「……戒斗のやつはともかく、愛城までこっちに飛ばされてたのか」
 愛城の名前を聞いた途端、治輝が渋い表情を見せる。知り合いだという推測は間違っていなかったようだが、あまりいい関係ではないらしい。
「ムカツクぜ。確かに俺のサイコパワーは弱いけど、はなっから前座扱いされるのは納得いかねえ」
「なら、それをデュエルで証明するしかないってことだ」
「時枝の言うとおりだな。奴には何を言ったところで届きはしない」
 届くのは、己の力のみ。
 望むところだ、と輝王は瞳に闘志をたぎらせる。それは、他の2人も同じだった。
「――この世への別れは済ませたか? 狩りを始めるぞ!」
 輝王正義、皆本創志、時枝治輝――それぞれが見せる戦いへの意思を感じ取った青年が、高らかに宣言する。
 その残響が夜の砂漠を支配する中で、
「――最後に1つだけ訊いていいか!」
 声を張り上げたのは、治輝だった。
 治輝は青年の返事を待たずに、続ける。

「お前の名前を訊きたい!」

 問うたのは、この異世界を作り出した主であり、七水を危険な目にあわせた黒幕であり、これから戦う相手である青年の名前。
 唐突な発言に、輝王は呆気に取られる。それは創志も同じようだった。
 さすがの青年もこの問いには意表を突かれたようで、一瞬だけ動きを止めた後、盛大に高笑いしてから口を開く。

「……砂神緑雨(すなかみりょくう)だ。最も、名前などすぐに意味を失くすがな」

 これまで輝王たちの問いを一蹴してきた青年――砂神緑雨は、治輝の問いに真っ向から答えた。
「幸運に思え。貴様らが、この名を記憶する最後の人間だ」
 そう言って、砂神は口の端を釣り上げる。
「……なあ、時枝。何であいつの名前なんて訊いたんだ?」
 治輝の隣に並んだ創志が、落ち着いた声で告げる。治輝の意図がまるっきり理解できないというよりも、何かに気づきつつもあえて問いかけているような感じだった。
「……色々あってさ。デュエルをする相手のことは、なるべく知りたいと思ったんだ。こうして言葉を交わせるなら、せめて――名前くらいは」
 治輝の視線は、砂神を通り越して、どこか遠くを見ているように感じられる。
 すると、治輝は一歩前に進み出て、くるりとこちらに振り返る。
 そして、気恥ずかしそうな笑みを浮かべながら、
「ついでに、2人の名前も教えてくれないか? いや、テルさんから話は聞いてるから、何となくは分かるんだけど……」
 バツが悪そうに言った。
 思わず、輝王は創志と顔を見合わせる。
 そういえば、自分たちの自己紹介を忘れてしまっていた。
 今までは緊張感に満ちていた心の底から、不思議と可笑しさがこみ上げてきて、輝王は微かに笑ってしまった。
「……はははっ、悪い悪い。俺たちの自己紹介がまだだったよな」
 笑いながら頭を掻いた創志は、背筋をピンと伸ばしてから、告げる。

「俺の名前は皆本創志。デュエリストだぜ」
「――輝王正義。同じくデュエリストだ」

 神を真似た暴挙が、出会うはずのなかった3人を、引き合わせた
 
■変則タッグデュエルルール
□フィールド・墓地はシングル戦と同じく個別だが、以下の事項は行うことができる。
・自チームのモンスターをリリース、シンクロ素材にすること。
・「自分フィールド上の~」という記述のあるカード効果を、自チームのモンスターを対象に発動すること。
・自チームの伏せカードは、通常魔法・通常罠に限り、伏せたプレイヤー以外のプレイヤーでも発動可能。
・自チームのプレイヤーへの直接攻撃を、自分のモンスターでかばうこと。
□全てのプレイヤーが最初のターンを終えるまで、攻撃を行うことはできない。
□ターンは、砂神→輝王→砂神→治輝→砂神→創志……の順で処理する。
□ライフは個別制で、0になったプレイヤーは脱落し、フィールド上に残っていたカードは消滅する。基本ライフは4000。砂神は8000。
□バーンダメージは1人を対象として通常通り処理する。


「ルールは理解したか? 最も、理解できていなくても同じ説明を二度する気はないがな」
「大丈夫か? 皆本創志」
「何で俺だけ確認すんだよ!」
 創志が憤慨するが、何もこれは創志をバカにしたわけではなく、輝王の知る限りでは彼に変則タッグデュエルの経験がなかったからだ。輝王は、以前に友永切とタッグを組み、勝利を収めたことがある。
 輝王は知らなかったが、治輝にも同様の経験がある。つい先ほど、神楽屋輝彦とタッグを組んだデュエルで勝利したばかりだ。
(……厄介なのは、今回は3対1だということだな)
 ライフが個別性ということもあり、ライフ総数で上回り、3人で戦える輝王たちが有利なように見えるが、そうではない。
 輝王、治輝、創志がそれぞれ1ターンを終えた段階で、砂神は3ターン分の行動を終えていることになる。腕の立つデュエリストにとって、3ターンの猶予はとても大きい。デッキの回り方によっては、1人くらいは楽に葬れるだろう。
 攻撃可能になった最初のターン。そこを凌げなければ、この変則タッグデュエルで勝つことは難しい。
(気になるのは、時枝のデッキか)
 創志のデッキは、輝王の記憶のままならば<ジェネクス>のはずだ。輝王のデッキである<AOJ>と同じ、機械族を主体としたデッキであり、かなりのシナジーが見込める。治輝のデッキも機械族であれば、速度的な劣勢を幾分か覆せるかもしれないが――
 輝王がこれからのデュエルに思考を巡らせていると、突然足元の地面が揺れ始めた。
地震……!?」
 治輝が訝しげな声を上げる。最初は微弱だった揺れが徐々に強くなっていき、いつしか立っているほどが困難なほどの強い揺れが、輝王たちを襲った。
「これは――!?」
 ただ揺れているわけではない。見れば、砂神の足元がせり上がっていく。
 その光景は、まるで砂神が夜空――天上に存在する「神の世界」から引き寄せられているようだった。
 揺れが激しくなるにつれて、砂神の足元から姿を現していくものがある。
 それは、古代エジプトで王の墓として建てられた建造物だ。
 ピラミッド――
 エジプトに現存するそれと比べると小さいが、確かにそれは古代の王が眠るために建てられたものと同じだ。その頂点に在る足場に、砂神は悠然と立っている。
 ピラミッドが完全に上昇を終えると、揺れが収まる。体勢を整えた輝王は、砂神に鋭い視線を向けた。
「ハハハ、いい景色だな。これが、俺様と貴様らの格の違いだ」
 支配者ゆえの傲慢を顔面に貼り付けた砂神は、腹の底から笑い声を上げる。
「……つくづくムカつく野郎だぜ」
「同感だな。さっさとあいつを有頂天から引きずり降ろそう」
 創志と治輝が小声で囁き合う。2人とも、砂神の殺気に気圧されていることはなさそうだ。
「――では、俺様の先攻から始めさせてもらうぞ!!」
 砂神がカードをドローしたことを合図に、戦いの火蓋は切って落とされた。
 
「モンスターをセットして、俺様のターンは終了だ」
「……俺のターンだ。ドロー」
 ピラミッドの頂上で悠々とこちらを見下ろす砂神の態度に、輝王は舌打ちを漏らしそうになる。
(奴がどんなデッキを使ってくるかは分からないが、このターンで出来る限りの準備を整えておかなければならない)
 3ターンもの猶予があれば、大型モンスターの1体や2体を並べることなどたやすい。迎撃・妨害用の魔法・罠もふんだんに揃えられるだろうし、まさに万全といった体勢で初撃を加えてくるはずだ。
「モンスターをセット。カードを1枚伏せ、永続魔法<機甲部隊の最前線>を発動する」

<機甲部隊の最前線>
永続魔法
機械族モンスターが戦闘によって破壊され自分の墓地へ送られた時、
そのモンスターより攻撃力の低い、
同じ属性の機械族モンスター1体を自分のデッキから特殊召喚する事ができる。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。

「ほう? 壁を切らさないための保険か。つくづく死ぬのが怖いと見えるな」
「……ターンエンドだ」
 砂神の戯言を聞き流し、輝王はターンを終了する。
 <機甲部隊の最前線>は、機械族モンスターが戦闘で破壊された時、そのモンスターよりも攻撃力の低い同じ属性の機械族モンスターを特殊召喚できる永続魔法だ。
 カード効果による除去には対応していないが、こちらの攻撃が失敗し返り討ちにあった場合の保険としても機能する。
(相手の攻撃チャンスは俺たちよりも圧倒的に多いだろう。少ない反撃の機会を逃さないためにも、モンスターを切らさないことは重要だ)
 加えて、創志のターンが終了するまでは攻撃ができない。相手にプレッシャーをかけるような永続効果を持つようなモンスターがいないならば、わざわざ攻勢に出ることもない。
「なら、俺様のターン。モンスターをセットし、ターンを終了する」
 前のターンと同じく裏守備モンスターをセットした砂神は、そのままターンを終える。
「隙だらけの獲物が間抜け面で闊歩しているというのに、狩りを始められないとは……もどかしいものだな、デュエルモンスターズというのは」
「……テメエがこのデュエルのルールを決めたんじゃねえかよ」
「何か言ったか? 皆本創志。俺様に対して暴言を吐いたような気がしたのだが」
「いーや、何でも」
 ピラミッドの頂上にいる砂神とこちらの距離はかなり離れているはずだが、声はしっかりと聞こえているらしい。
「次は俺のターンだな」
 場を仕切り直すように言った治輝が、静かにカードをドローする。
「よく分からない手札って感じだけど……まずは<調和の宝札>を発動。手札の<ドラグニティ―ファランクス>を捨て、デッキからカードを2枚ドローする」

<調和の宝札>
通常魔法
手札から攻撃力1000以下のドラゴン族チューナー1体を捨てて発動する。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。

 治輝のプレイングに、輝王はピクリと反応する。
「……時枝のデッキは<ドラグニティ>か」
 それは、輝王の親友が使っていたデッキであり――つい先程まで自分が手にしていたデッキでもある。高良以外の人間が<ドラグニティ>を使っているのを見るのは、これが初めてだ。
「確かに<ドラグニティ>のカードは入っているけど、純粋な<ドラグニティ>とはちょっと違うかな。そっちのデッキとは連携が取り辛そうだ。悪い」
「気にするな。大した問題じゃない」
「……そっか。なら、遠慮なく行かせてもらうぜ! <超再生能力>を発動して――<魔法石の採掘>を発動! 手札を2枚捨てて、墓地から<超再生能力>を回収して、そのまま発動する! 手札から捨てたのは<デス・ヴォルストガルフ>と<洞窟に潜む竜>……両方ともドラゴン族モンスターだ」

<超再生能力>
速攻魔法
このカードを発動したターンのエンドフェイズ時、
このターン自分が手札から捨てたドラゴン族モンスター、
及びこのターン自分が手札・フィールド上からリリースした
ドラゴン族モンスターの枚数分だけ、
自分のデッキからカードをドローする。

<魔法石の採掘>
通常魔法(準制限カード)
手札を2枚捨て、自分の墓地の魔法カード1枚を選択して発動する。
選択したカードを手札に加える。

 目まぐるしく動く治輝の場に、隣の創志が呆気に取られたようにポカンと口を開けて立っている。
「え、えっと。つまりどういうことなんだ?」
「時枝がこのターン手札から捨てたドラゴン族は3体。つまり、<超再生能力>2枚分の効果で、エンドフェイズに6枚のドローが確定しているということだ」
 「あくまで現時点ではな」と付け加えつつ輝王が説明を終えると、創志は目を丸くして、
「な、何だよそれ!? アドバンテージをバカにしてんのか!?」
 ぎゃあぎゃあと騒ぎ始める。すぐに手札を切らす創志にとっては、6枚もドローできるカードがあることなど信じられないのだろう。
「……そのセリフ流行ってるのか? とりあえず、俺はモンスターをセット。カードを1枚伏せてターンを終了する。そして、エンドフェイズに<超再生能力>の効果で6枚のカードをドローだ」
 モンスターと伏せカードのセットで一旦はゼロになった治輝の手札だが、6枚のドローで瞬く間に補充される。加えて、墓地からの特殊召喚が容易な<ドラグニティ―ファランクス>を墓地に送っている。
(勝利への可能性は自らの手で引き寄せる、か。高良とは真逆のデュエリストだな)
 良くも悪くも、高良のデュエルは運頼みな部分が多かった。まあその運頼みなドローで逆転のカードを引いてしまうのだから、強さは本物だったのだが。
「随分張り切るな、時枝治輝」
「そう見えたならお生憎様だ。俺はいつも通りのデュエルをしてるつもりなんだけどな」
「……ほざけ。俺様はモンスターをセットしてターンエンドだ」
 これで、砂神の場に伏せモンスターが3体。魔法・罠カードの伏せはないが、不気味な雰囲気を漂わせている。
 それに触発されたのか、それとも治輝に対抗したのか――
「俺も最初から飛ばさせてもらうぜ! ドロー!」
 無駄に張りきった創志の姿を見て、輝王は嫌な予感がした。
「<ジェネクス・ニュートロン>を召喚だ!」
 このデュエルで始めて姿を現したモンスターは、漆黒の装甲を纏った人型のロボットだ。

<ジェネクス・ニュートロン>
効果モンスター
星4/光属性/機械族/攻1800/守1200
このカードが召喚に成功した場合、
そのターンのエンドフェイズ時に自分のデッキから
機械族のチューナー1体を手札に加える事ができる。

「そして、<二重召喚>を発動! このターン、俺はもう一度だけ通常召喚を行うことができる! 頼むぜ、相棒! <ジェネクス・コントローラー>を召喚だ!」

<二重召喚>
通常魔法
このターン自分は通常召喚を2回まで行う事ができる

<ジェネクス・コントローラー>
チューナー(通常モンスター)
星3/闇属性/機械族/攻1400/守1200
仲間達と心を通わせる事ができる、数少ないジェネクスのひとり。
様々なエレメントの力をコントロールできるぞ。

 息つく間もなく、創志が2体目のモンスター――<ジェネクス・コントローラー>を召喚する。
「行くぜ! レベル4の<ジェネクス・ニュートロン>にレベル3の<ジェネクス・コントローラー>をチューニング!」
「なっ……!?」
 光に包まれる2体の<ジェネクス>を見て、輝王は絶句する。
「おい! 何をやっている皆本創志!!」
 <ジェネクス・ニュートロン>は、召喚に成功したターンのエンドフェイズにデッキから機械族のチューナーモンスターを手札に加える効果を持つ。その効果は、召喚したターンのエンドフェイズまで<ジェネクス・ニュートロン>が表側表示で存在していることが発動条件だ。相手からの妨害が無いこの状況なら、発動させない理由はない。
 にも関わらず、創志はシンクロ召喚を行おうとしている。わざわざ<二重召喚>を消費してまで、このターンにシンクロモンスターを呼び出す理由は薄い。
「心配すんな輝王! 俺にだって考えくらいあるっての!」
 その考えとやらをここで洗いざらい吐いてほしかったが、自信満々な創志の笑顔を見ていると、反論を呑みこまざるを得なかった。
「残された結晶が、新たな力を呼び起こす! 集え、3つの魂よ! シンクロ召喚――その力を示せ! <A・ジェネクストライフォース>!」
 
 シンクロ召喚のエフェクト光が四散し、鋭角的なフォルムの機械兵がフィールドに降り立つ。銀色の装甲が星の明かりを受けて微かに輝き、3つの砲口を持つ特異な形の砲撃ユニットが、<A・ジェネクストライフォース>の存在感を強調する。

<A・ジェネクストライフォース>
シンクロ・効果モンスター
星7/闇属性/機械族/攻2500/守2100
「ジェネクス」と名のついたチューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
このカードがシンクロ素材としたチューナー以外の
モンスターの属性によって、このカードは以下の効果を得る。
●地属性:このカードが攻撃する場合、
相手はダメージステップ終了時まで魔法・罠カードを発動できない。
●炎属性:このカードが戦闘によってモンスターを破壊した場合、
そのモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。
●光属性:1ターンに1度、自分の墓地の
光属性モンスター1体を選択して、自分フィールド上にセットできる。

「<ジェネクス>か……テルさんの言った通りだ」
 銀色の機械兵を見て治輝は感心していたが、輝王は創志のプレイングの浅さに頭を抱えたくなった。
 すでに、砂神の場には3体のモンスターが存在している。上級モンスターを呼び出されれば、<A・ジェネクストライフォース>は簡単に戦闘破壊されてしまうだろう。
「<トライフォース>は、シンクロ素材にしたモンスターの属性によって得られる効果が違うぜ。<ジェネクス・ニュートロン>は光属性……<トライフォース>の効果で、墓地から光属性モンスターを1体選択して、セットする!」
 創志が選んだのは、<ジェネクス・ニュートロン>。というかそれしか光属性モンスターがいない。
「……まさか、それで終わりじゃないだろうな?」
 輝王が声に怒気を含めつつ言うと、
「当然だろ! 永続魔法<マシン・デベロッパー>を発動して、ターンエンド!」

<マシン・デベロッパー>
永続魔法
フィールド上に表側表示で存在する
機械族モンスターの攻撃力は200ポイントアップする。
フィールド上に存在する機械族モンスターが破壊される度に、
このカードにジャンクカウンターを2つ置く。
このカードを墓地へ送る事で、このカードに乗っている
ジャンクカウンターの数以下のレベルを持つ
機械族モンスター1体を自分の墓地から選択して特殊召喚する。

 創志は「これで文句ないだろ」と言わんばかりに胸を張る。
「しばらく会わないうちに随分変わったな、皆本創志」
「そうか?」
 輝王は皮肉を言ったつもりだったが、創志には全く伝わっていないようだった。
 とにかく、これで全員の1ターン目が終了したことになる。
 ――ここからが、本番だ。

【砂神LP8000】 手札5枚
場:裏守備モンスター3体
【輝王LP4000】 手札3枚
場:裏守備モンスター、機甲部隊の最前線、伏せ1枚
【治輝LP4000】 手札6枚
場:裏守備モンスター、伏せ1枚
【創志LP4000】 手札2枚
場:A・ジェネクストライフォース(攻撃)、裏守備モンスター、マシン・デベロッパ

「ハハハハハ!! いい心意気だな、豚。貴様の蛮勇が、俺様の勝利をさらに確実なものとしたぞ」
 砂神の嘲笑が、夜の砂漠に木霊する。
 このターンから、各プレイヤーは攻撃行動が可能になる。
 支配者の狩りが、始まるのだ。
「俺様のターン、ドロー。永続魔法<冥界の宝札>を発動する」

<冥界の宝札>
永続魔法
2体以上の生け贄を必要とする生け贄召喚に成功した時、
デッキからカードを2枚ドローする。

(……やはり、アドバンス召喚を狙う気か)
 <冥界の宝札>を発動した以上、上級モンスターをアドバンス召喚してくるのは確実だ。
 問題は、それがどんなモンスターであるか――
 残忍な笑みを濃くした砂神が、5枚の手札の中から1枚を選び取る。
 その瞬間。

 ゾッ、と。

 輝王の全身を悪寒が駆け抜けた。
 心臓の鼓動が速くなっていく反面、巡る血は冷たい。
 恐怖。
 自分は、「何か」に対して恐怖を感じている。
 その何かが分からないまま、得体の知れない恐怖は輝王の心の内を支配していく。
 あれは、まずい――
「くっ……!」
 気付けば、輝王は弾かれるように動いていた。
「リバースカードオープン! 永続罠<エレメントチェンジ>を発動!」

<エレメントチェンジ>
永続罠(オリジナルカード)
発動時に1種類の属性を宣言する。
このカードがフィールド上に存在する限り、
相手フィールド上の全ての表側表示モンスターは自分が宣言した属性になる。

 明確な考えがあったわけではない。
 だが、このカードはこの瞬間に発動すべきだと、本能が訴えていた。
「輝王……!?」
 創志の声にハッとして、隣に視線を向ける。
 治輝は心臓の部分を右手で押さえており、創志の額からは冷や汗が流れている。治輝も、そして創志も、輝王と似たような錯覚を覚えていたようだ。
「<エレメントチェンジ>……そのカードは、確か相手フィールド上のモンスターの属性を変更する永続罠だったな」
「ああ。俺が指定する属性は光だ」
 輝王の統べる<AOJ>は光属性モンスターとの戦闘で効果を発揮するカードが多い。最初に<エレメントチェンジ>を引けたのは僥倖だった。
 しかし、そんな幸運など消し飛んでしまいそうな「何か」が、砂神から放たれている。
「俺様のモンスターが光を手にするか……滅多にないシチュエーションだ。楽しませてもらうぞ――」
 砂神がそう叫ぶのと同時。
 彼の場に存在する3体の裏守備モンスターが、黒い影に包まれる。
 そして、その影は無数の細い糸へと分解されていき、夜空に向かって昇り始める。
「俺様は3体のモンスターをリリース!」
 影が。
 一点に収束していく。
 天空を染め上げる夜の闇を吸い取るように、影の糸は集い、1つの形を作り出す。
 それは、黒い球体だ。
 光の存在を許さない、永久の闇。
 その姿はまるで――

「立場を自覚するといい。貴様らは、ただ狩られるだけの愚者でしかない! 現界せよ……<邪神アバター>!!」

 暗黒の、太陽だった。
 

オリジナルstage 【EP-26 サイドN→S→M】

「――もしかづなに会っても、俺に会った事は黙っておいて欲しい」

 かづなおねえちゃんの事を話した時、治輝さんから帰ってきたのは、そんな言葉だった。
 治輝さんの事だ。何か考えがあるのかもしれない。
 でも、私は知っている。
 どんなに強がっていても、かづなおねえちゃんが寂しがっている事を。
 治輝さんと心から――会いたがっている事を。

 でも、私は治輝さんの顔を見て、何も言えなくなってしまった。
 困ったような、何かを我慢しているかのような、難しい顔。
 子供の私にはわからない、今にも消えてしまいそうな表情。

「……うん、わかった」

 だから、私は相槌を打った。
 本当は、何もわかってなんかいない。
 治輝さんやかづなおねえちゃんの事、何もわかってあげられない。
 だから、何も言う事ができなかった。
 何を言っても、それは的外れにしかならない気がして

 だから私は、この時心から――大人になりたいと思った。
 せめて同じ目線で何かを見つめられるようになりたいと、そう思った。



      遊戯王オリジナルstage 【EP-26 サイドN】




 治輝に神楽屋、リソナと七水、そしてスドは、影を倒した場所から、更に奥へと歩みを進めていた。
 神楽屋とリソナの喧嘩は、七水の体を張っての活躍(仲裁しようとして飛び込んだら豪快にすっ転んだらしい)で見事止まり、今は落ち着いている。
 同じような景色が続いているので、治輝は前方を進む神楽屋に声をかける。

「なぁ――テルさんの世界では、シンクロモンスターは余り使わないのか?」
「……どうしてそう思う?」
「テルさんのジェムナイトは融合モンスター主体のようだし、リソナは効果モンスター主体。で、俺は2人がシンクロモンスター使ってる所をまだ見てない」
「なるほど、ご尤もな話だな」

 神楽屋は足を止め、ゆっくりと治輝の方へ振り向く。
 ゆっくりため息を吐き、頭に手を当てながら口を開く。

「俺は確かに扱わないが――機械族のシンクロモンスターを切り札として使う奴は身近に2人いる」
「機械族じゃと? なかなか見所があるわい」
「おまえは見てくれが機械族なだけだろ……」

 治輝の頭の上にいるスドは、治輝の言葉に不満そうに眉を潜める。
 スドは<スクラップドラゴン>の精霊で、彼自身も扱うデッキは<スクラップ>だ。だからこそ機械族の決闘者に興味を持ったのかもしれないが……。

「それに前見た時気付いたけど、スクラップデッキって実は殆ど種族バラバラじゃねーか」
「小僧……ワシのデッキに難癖を付ける気なら相手になるぞ?」
「いやそういう意味じゃなく」
「リソナのデッキも種族バラバラです! スドさんとお揃いですー!」

 スドは治輝の言葉にご立腹のようで、プカプカと浮かびながら目の前に浮遊移動してきた。
 その様子を眺めていたリソナは、元気よくスドに抱きつこうとする。
 だが―― 

 スカッ、と
 リソナの殆ど飛びつきと称した方が相応しいであろう抱擁は、空を切った。

「残像じゃ」

 声のしてくる方角は、リソナの背後。
 スドは金髪の少女の動きを察知すると、鷹の様に高速で背後に回り込んだのだ。
 リソナはその結果に不満だったのか、頬を膨らませる。

「避けるなんてズルイです! 反則です!」
「あんな勢いで飛びつかれたら誰だって避けるわい! 小娘、少しは慎みというものを」
「わかったです。慎んで倒しに行くです!」
「……と言いながら蹴ろうとするな小娘ぇぇぇ!!」

 リソナが更にスピードを上げ、スドにドロップキックを仕掛けて行く。
 対するスドも巧みにリソナの動きを先読みし、寸での所でその攻撃を回避して行く。
 見る人が見れば、かなりハイレベルな攻防に見えるだろう。
 が、治輝にとっては心底どうでもいい攻防だ。目を線にし視線を逸らすと神楽屋に問いかける。

「……で、その2人の名前は? 強いのか?」
「輝王って奴と創志って奴だ。 ――特に後者の方とは割と戦ってるが、俺には及ばないぜ」
「その言い方だとある程度は拮抗してるって事か……相当やり手なんだろうな」
「……」

 神楽屋はそう呟く治輝を見て、珍しい物を見るような顔付きになる。
 その視線に気付き、治輝は神楽屋の方に向き直る。
 
「ん、俺なんか変な事言ったか?」
「いや、おかしな奴だなと思ってな。 『それなら大した事ないな』 と反応してくるもんかと」
「戦った事すらないのに 『大した事ない』 なんて口が裂けても言えないって」

 それにそんな事言ったら怒ってきそうだし、と治輝は内心で呟く。
 そんな思いを知ってか知らずか、神楽屋は笑う。

「ハッ、やっぱおまえ――変な奴だな」
「おい」
「褒めてるんだよ、素直に受け取っとけ」

 神楽屋はそう言うと帽子を被り直し、再び先へと歩き出す。
 治輝が釈然としない様子で神楽屋の後についていこうとすると、隣に七水が小動物のような仕草で並んできた。
 
「治輝さん、帽子の人と何をお話してたの?」
「……最初は、強い機械族使いの人がいるって話」
「最初は?」
「そう、最初は」

 ハテナマークを無数に浮かべ、七水は首を傾げる。
 そんな七水をよそに治輝は視線を空に向け、先程の言葉を思い返す。

 ――強い決闘者がいる。

 その言葉を聞くだけで、鼓動が少し早くなる。
 思えば、異世界に行ってから、久しく忘れていたこの感覚。
 負ける事を恐れずに、ただ全力でぶつかる決闘。

「また、できる機会があればいいんだけどな」
「お話しそんなにしたいんだ。帽子の人と」
「でもそれを望むのは不謹慎か、こんな場所だし」
「……大丈夫、きっと治輝さんなら仲良くなれるよ!」
「ん? ああ、その時が来たらな」
 
 治輝は上の空で返事をし、思う。
 この騒動が終わって、異世界から無事戻る事ができて――
 それは随分気の遠くなるような先の事に、感じられた。
 
 
「……行き止まり?」
「の、ようじゃな」

 進んだ先には、巨大な壁があった。
 だが、ただの壁ではない。
 蛍の様に鮮やかな光を放つ、神秘的なものだ。
 七水とリソナはその美しさに見惚れてしまう。

「きれいだね……」
「光ってるです!」
「あぁ、怖いくらいにな――」

 神楽屋はその壁を、ジッと睨む。
 見つめているだけで気を持って行かれそうな光。
 それに対して何の警戒も抱かない程、神楽屋は楽天的ではない。

 そんな中、スドが記憶を手繰るかのような素振りを見せた所で



「――これ、見た事あるかも」



 治輝が、そう呟いた。
 全員が一斉に振り向くと、治輝はハッとした表情になり、慌てて手を振る。

「いや、似たようなのを見た事あるってだけなんだ。多分これ、何らかの力で空間を遮断する役目を持ってる」
「遮断……?」
「簡単に言えば、勝手に超えられない柵みたいな物。飛び越えるようとしても弾かれるし、物理的な手段では破壊が不可能って話だ。もし破壊しようとした場合」
「ハッ、不可能――ね」

 神楽屋は壁を睨み、決闘盤を展開させた。
 次の瞬間。
 濃青のマントをはためかせ、真紅の騎士が現れる。

《ジェムナイト・ルビーズ/Gem-Knight Ruby》 †

融合・効果モンスター
星6/地属性/炎族/攻2500/守1300
「ジェムナイト・ガネット」+「ジェムナイト」と名のついたモンスター
このカードは上記のカードを融合素材にした融合召喚でのみ
エクストラデッキから特殊召喚する事ができる。
1ターンに1度、自分フィールド上に表側表示で存在する
「ジェム」と名のついたモンスター1体をリリースして発動する事ができる。
このカードの攻撃力はエンドフェイズ時まで
リリースしたモンスターの攻撃力分アップする。
また、このカードが守備表示モンスターを攻撃した時、
その守備力を攻撃力が超えていれば、
その数値だけ相手ライフに戦闘ダメージを与える。

「そう言われると試してみたくなるのが性分でな――!」
「馬鹿テルずるいです! リソナも一緒にやるですー!」
「ちょ、2人とも待っ……」

 リソナは天馬の如き龍――<ライトロード・ドラゴン・グラゴニス>を召喚し、真紅の騎士をその背中に乗せ急上昇させる。
 治輝の静止も聞かず、真紅の騎士は自慢の剛槍を振り下ろし
 グラゴニスの大きく開いた白金の龍の口に、黄金色の光が収束し、発射される。

「クリムゾン・トラインデントォ!」
「ホーリィ・スピアです!」

 重力加速度を利用した、サイコ決闘者2人の同時攻撃。
 本来なら、壁は粉々に四散している所だろう。
 だが

 人間の聞こえる限界に近い程甲高い音が、辺りに鳴り響いた。
 それは、黄金の槍がひしゃげた音。
 真紅の騎士の槍が、砕けた音。

「な……!?」
「です!?」

 2人はその結果に、驚愕を隠せなかった。
 全力では無いとはいえ、力を合わせても傷一つ付かない壁。
 蛍の様なやんわりとした光は、先程と何も変わらない。

 神楽屋とリソナの後ろでそれを見ていた七水は、不思議な違和感を感じた。
 砕けた音そのものは、確かに武器が折れた事による発生したものだろう。
 でも、単純な硬度によって砕かれたとは、何かが違う気がする。

「――みんな、少し下がっててくれ」

 治輝が何やら気取った調子で、一歩前に踏み出した。
 その顔には冷や汗が浮かんでいるが、何かを思いついたような顔付きをしている。

「まさかおまえ――あれ、壊せるのか?」
「……悔しいけど凄いです! どうやって壊すのか、見せて欲しいです!」
「治輝さん……?」
「小僧――」

 治輝はスドと目配せをし、静かに溜め息を吐いた。
 そして、治輝の周りに、光が集まり始める。

「俺も神楽屋さんと同じノリで、試した事があるんだ」

 その色は、壁が放っていた光と同じ色。
 それは治輝の体を包み、その様子は溢れ出る力の象徴を思わせる
 
「そして、わかった事がある」

 ゴクリと、神楽屋は唾を飲み込む。
 自身の攻撃を歯牙にも掛けなかった硬度を、どう突破するのか。
 若干の悔しさを滲ませながら、それを見守る。

 治輝は覚悟を決めたかのように、ゆっくりと目を閉じ――深呼吸した。
 偉そうに腕を組み、そして


「破壊に失敗すると――1番壁の近くにいる奴が 『どっかに落ちる』って事をなあ!」


 次の瞬間
 治輝の真下に、大きな空洞ができた。
 掃除機に吸い込まれるかのような勢いで、腕を組んだままの格好で治輝はそれに吸い込まれる。

「おい、時枝ァ!?」
「治輝さあああああああああん!!」
「ナオキが身を挺して犠牲になってくれたです……リソナ、ナオキの事忘れないです」

 何やら悲痛な叫びを上げ、驚愕の叫びを受けながら、時枝治輝は姿を消した。
 それを見ていたスドは、大きな溜め息を吐く。

「それを最初に説明せい。バカ者――」

 とりあえず命に別状が無い事を、残った者達に説明する必要がある。
 スドはやれやれと肩(?)を竦めながら、また大きな溜め息を吐いた。
 
 
「……これからどうします?」
 両足を畳の上に投げ出した格好の純也が、気の抜けた声で言った。
「どう、する、かのう。むぐむぐ」
 答えた切は、未だにパンをほおばっている。
 結局謎のパン屋に戻ってきてしまった創志一行は、店の奥にあった4畳半ほどのスペースを間借りして、各々買ってきたパンを食していた。どのパンも味は絶品で、是非ともティトや信二、リソナにも食べさせてやろうと、お持ち帰り用に何個か袋に包むほどだ。特にクリームパンの味は格別で、濃厚なのに後味がすっきりしているという至極の一品だった。
 ……と、パンの話はともかく、色々話し合ったものの、明確な行動指針は決まっていなかった。
 比良牙が言った「主様」。その人物に会うのが一番手っ取り早いのだろうが、居場所の見当はつかない。加えて、一緒に飛ばされたであろう神楽屋、ティト、リソナ、七水、そして一般人である藤原萌子の行方も掴めてない。
 この世界に飛ばされてからすでに2人の敵を倒したものの、まだほとんど何も分かっていない、というのが現状だ。
(分かっているのは、その「主様」って野郎はサイコパワーに用があるらしいな)
 創志は自らの左手を見つめながら、握って、開く。
 これは切の見解だが――最初のペインの捨て台詞「それでこそ、我ガ主の生贄ニふさわシイ」、そして比良牙の「デュエルして力を吸い上げるなんて無駄」という言葉を鑑みるに、「主」は創志たちのサイコパワーを奪うためにこの世界に連れてきたと考えるのが妥当だ。かづなは、純也や七水と行動を共にしていたことで、巻き添えを食らってしまったのだろう。
 つまり、この世界でデュエルに敗れた場合、サイコパワーを根こそぎ吸収されてしまう恐れがある。
(……まだこの力は必要だ。いや、これから先、もっと強い力が必要になるかもしれねえ)
 ここで負けるわけにはいかない。元の世界に戻れば、創志には守らなければならないものがたくさんあるのだ。
 しかし、当然元の世界に戻る手段の手がかりもない。
「ここでまったりしてても仕方ねえ。アテもないが、とりあえず外に出てみるか」
 創志は腰を上げ、壁に立てかけてあったデュエルディスクを装着する。
 体は痛むが、無理には慣れている。まだまだ元気いっぱいな切とかづなは問題ないが、比良牙とのデュエルのせいで疲労している純也を歩き回らせるのは少し心苦しい。しかし、このままパン屋にいても状況は好転しそうにない。
 外に出れば再び敵に襲われる危険もあるが、むしろ好都合だ。今度は知っている情報を洗いざらい吐いてもらえばいい。
「ほふじゃな。ほろほろゆふか」
「まずは口の中のものを飲みこめ、切」
 ハムスターのように頬を膨らませた切に呆れ顔を向けていると、むむむと唸っていたかづなが、ちらちらとこちらに視線を向けてくる。何か言いたいことがあるようだ。
「どうした?」
「特に目的地はないんですよね? だったら、さっきの場所に戻ってみません?」
「さっきの場所っていうと……比良牙とデュエルしたところですか?」
 創志の代わりに尋ねたのは、純也だ。
「危なくないですか? 爆発のせいで火事になってるかもしれないし、どんな有害物質が蔓延してるか分かったもんじゃないですよ」
「それに、あの野郎のことじゃ。何か情報を残しているとは思えん」
 純也の意見に、切が同意する。
 創志が店のガラス越しに外の様子を窺ってみると、爆発の直後はもうもうと上がっていた黒煙が、今は収まっていた。火災の類は起きていないようだ。
「ううーん。あの人なら、私たちがそう考えることを見越した上で、手掛かりを残してそうな気がするんです。『こんな近くに重要な情報があったのに気付かないお前らバーカ!』みたいな」
 わざわざペロリと舌を出し、身振り手振りを交えて比良牙のウザさを再現するかづな。
「確かに……あいつならそんなこと言いそうですね! 腹立ってきた!」
 勝利の余韻に浸っていたせいで忘れていた怒りが戻ってきたのか、腕組みをした純也が唸りだす。あれだけ罵倒されたら、グーの一発でも入れないと気が済まないだろう。その気持ちは創志にも十分すぎるほど分かった。
「んじゃ、行ってみるか? 犯人は必ず犯行現場に戻るって言うし、かづなの意見にも一理あると思うぜ」
「創志君。それはちょっとニュアンス間違ってると思います」
「……お前にだけはツッコまれたくなかった」


◆◆◆


「そういや、かづなが話してた時枝治輝ってヤツもこっちに飛ばされてたりしねーのかな」
 カラクリ人形が爆発した地点に向かう途中、ふと気になって創志は口を開いた。
 4人でパンを食べている間、それぞれの成り行きなんかをかいつまんで話していたのだが……かづなの話の中で頻繁に名前が登場した「時枝治輝」という男。曰く、搦め手を好み面倒くさい言い回しをするドラゴン使いの決闘者らしいが、話しているかづなの表情を見れば、彼がとてもいいヤツだったのは分かる。
 海外に留学してしまったようだが、一度でいいからデュエルしてみたかった。
 話を聞いてるだけでわくわくして来るようなデュエリストなんて、久しぶりだ。最近の相手はもっぱら神楽屋がほとんどで(ティトもたまに付き合ってくれたが、アカデミアの宿題があるときはそっちが優先だった)、手の内が分かっていること前提でのデュエルが続いていた。だからこそ、時枝治輝のように見ている者を驚かせるようなプレイングをする人物と、手合わせしてみたかった。
 元々、創志は弟の信二を喜ばせるために、デュエルを始めたのだ。デュエルは楽しむものであって、本来なら命のやり取りを含むようなものじゃない。
 そう考えているからこそ、時枝治輝と純粋なデュエルをしてみたいと思ったのだが――
「そいつもサイコデュエリストなんだろ? だったら――」
「不謹慎じゃぞ、創志。この世界に飛ばされることの危険性は身をもって体験しておるはずじゃ。帰れるかどうかも分からぬ世界にかづなの友人を勝手に放り込むでない」
「あ……悪い」
 そんなつもりではなかったのだが、切の言うとおり配慮の足りない失言だった。
 頭を下げて詫びると、かづなは「大丈夫です」と微笑んでくれたのだが、
「……なお君は、来てないと思いますよ」
 一瞬だけ表情に影が差したかと思うと、ポツリとそう呟いた。
「……そっか」
 その表情を見てしまった創志は、会話を打ち切る。きっと、これ以上は自分が踏み込んではいけない領域だ。
「創志さんが治輝さんに挑むなんて、10年早いと思いますけど」
 と、自分にしては気を利かせたと思っていたら、純也が割り込んできて話題を続けてしまう。
「何だと?」
 空気読めよこのガキ、という意味合いも込めて睨んでみるが、純也は意に介していないようで話を続ける。
「創志さんは、相手の場に<ライオウ>がいて、伏せに<次元幽閉>と<神の宣告>がある状態で、1ターンで相手のライフをゼロにできます?」
「<ライオウ>? なんだそりゃ」
「……詰めデュエルをする以前の問題でしたね。治輝さんに挑むのは20年早いかもしれません」
「なんで倍に増えてんだよ!」
 ちなみに、<ライオウ>の効果はこれだ。

<ライオウ>
効果モンスター
星4/光属性/雷族/攻1900/守 800
このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
お互いにドロー以外の方法でデッキからカードを手札に加える事はできない。
また、自分フィールド上に表側表示で存在するこのカードを墓地に送る事で、
相手モンスター1体の特殊召喚を無効にし破壊する。

 相手の特殊召喚を封じる上に、下級モンスターとしては高打点の1900の攻撃力を持つ、強力なモンスターだ。
「……そうだなぁ。もし治輝さんとデュエルすることになったときのために、このカードを貸してあげます」
 やや唐突な感じで、純也は1枚のカードを差しだしてきた。
 白い枠のモンスターカード。それは、比良牙とのデュエルで勝負の決め手となったカードだった。
「<アームズ・エイド>……いいのか?」
「僕は3枚持ってますから。3体も召喚することなんて滅多にないですし」
「……分かった。機会があるかは分からんが、借りとくよ。サンキューな」
 創志が礼を言いながら受け取ると、純也は気恥かしそうに顔を逸らした。
 変なヤツだな、と思いつつ、<アームズ・エイド>をエクストラデッキに収める。
 その強力な効果は折り紙つきだ。きっとこれからのデュエルで役立ってくれるだろう。
 
 かづなには、創志たちに話さなかったことがある。
 時枝治輝はサイコデュエリストではなく、ペインであること。
 その力のせいで、今はこことは異なる異世界にいること。
 それでも、治輝のことを話すたびに、顔を輝かせながら続きを促してくれる創志の顔は、見ていてうれしかった。
 いつまで一緒にいられるか分からないけれど、いつの日か全部話せるといいな――そう思っていた。


◆◆◆


「まさか本当に手掛かりを残しているなんて……」
「比良牙のヤツ、トコトン腹立つヤツじゃのう」
 デュエルが行われた場所まで戻ってきた一行の前に現れたのは、巨大な円筒型の装置らしき物体だった。例えるなら、怪しげな地下施設で怪しげな実験生物が培養されていそうなアレだ。
 カラクリ人形が爆発したせいで地面が焦げ付いていたが、火災が起きたり有毒なガスが発生したりしているということはなさそうだ。
「何でしょうかこの装置……巨大ミキサーかな?」
「いや、それはないと思うぞ」
 装置の周囲をぐるぐる回りながら首をかしげるかづなに、創志は短くツッコミを入れる。
 人1人が入っても余裕な大きさのミキサーで、一体何を砕いてすり潰すというのか……それ以上は考えないようにした。
「ん? 中にパネルがあるな」
 創志は円筒部分の内部に足を踏み入れる。円筒を支える柱の一部に、数字やアルファベットのキーが並んだパネルが埋め込まれていた。おそらく、このキーを押して装置を動かすのだろう。
「下手にいじらないでくださいよ。敵が残した罠かもしれませんし」
「罠だとしたら、創志君が中に入った時点で作動してそうな感じですけどね」
「怖い事言うなよ……」
 などと装置の外にいるかづなや純也と言葉を交わしていると、

「――敵じゃ!」

 刀を抜き放った切が、鋭い叫び声を上げた。
「敵――!?」
 装置の周囲は遮蔽物が何もない更地だ。一体どこに潜んでいたというのか。
 その答えは、すぐに明らかになった。
 焦げ付いた地面の下――土の中から、緩慢な動作で起き上がるカラクリ人形。
 1体ではない。装置の周囲を取り囲むようにしていくつも土が盛り上がり、木製のカラクリ人形が姿を現す。その腕には、それぞれデュエルディスクが装着されていた。
「くそっ、罠だったのか!?」
 焦った創志は、バン! と柱に手を突いて苛立ちを顕わにする。
 と。
 突然ガシャン! と音を立てて円筒の扉が閉まり、天井のランプが赤や緑の光を明滅させる。装置全体が細かく振動し、腹の底に響くような重低音が鳴り始める。
 どこからどう見ても、装置が作動していた。
「え、ちょ、何やってるんですか創志さん! これ動いてますよね!?」
「あー……ワリィ。下手にいじっちまったみたいだ」
 うろたえる純也に、創志はバツの悪い笑みを浮かべた。
 乱暴に柱に手を突いたとき、操作盤と思わしきパネルを触ってしまったようだ。
「どうしたのじゃ!? 敵が間近に迫っておるぞ!」
「創志君を外に出さなきゃまずいです! こうなったら、私の雪平鍋でこのミキサーを壊すしかありません!」
「やめてくださいかづなおねえさん! あとミキサーじゃないです!」
 ぎゃあぎゃあ騒ぐ3人の背後には、カラクリ人形の大群が迫っている。
「早く脱出しねえと……!」
 ドアノブのようなものは見当たらないし、かといって自動ドアのように人を感知するセンサーの類も付いていないようだ。かづなの言うとおり、いっそのこと扉を割ってしまったほうがいいかもしれない。円柱を形成している透明な壁はガラスではなくプラスチックのようだが、何回も体当たりすればそのうち壊れるだろう。
 そう思った創志が、助走をつけようと数歩下がったときだった。
「――ッ!?」
 体が上から引っ張られるような感覚が襲ってくる。エレベーターに乗って上の階に上がるときと似たような感覚だ。
 装置から響く重低音が大きさを増すと同時、創志の視界が白くぼやけていく。
「創志君!」
「創志!」
 かづなと切が自分の名前を叫んでいるのが聞こえる。
「何だよこりゃ……! かづな! 切!」
 困惑しながらも、2人の名前を叫び返すが、こちらの声が届いていないようで、2人は変わらず創志の名前を叫び続ける。
 迂闊だった。一体何が起こっているのかは分からないが、これが比良牙の仕掛けた罠であったことは確実だ。
(比良牙の野郎……!)
 心中で罵るが、白く染まる視界をどうにかすることはできなかった。
 
 
 コツ、と革靴が石畳を踏みしめた。
 トカゲ頭に誘導された先にあった装置――それは確かに転送装置だったようだ。
 外に出た輝王の視界に広がる景色は、先程までいた「井戸」の中とは似ても似つかない。
 ただ、広かった。
 石畳の地面と、低い灰色の天井がどこまでも続いており、四方を見回しても壁はおろか何一つ見当たらない。太平洋のど真ん中にいきなり放り込まれたような感じだった。
(やはり、罠だったか……?)
 トカゲ頭の話では、転送された先に「主」が待っており、その「主」を倒せば元の世界に帰れるとのことだったが……。
 主らしき人物の姿は見えず、人の気配は皆無。
 加えて、どちらに向かって歩けばいいのかも定かではない。
「…………」
 輝王はジャケットのポケットから方位磁石を取り出す。方位が分かったとしても気休めにしかならないが、ただ歩き回るよりもマシだ。
 そう考えたのだが、肝心の方位磁石は狂ったようにぐるぐると回転しているだけで、明確な方位を指し示してはくれなかった。
 転送装置に戻ってパネルを叩いてみるが、反応は無し。一度きりという言葉に偽りはなかったようだ。
(さて、どうしたものか……)
 戒斗や愛城、ティトを助けに向かう代わりにここに来ているのだ。呆けている暇はない。
 とりあえず、周囲の様子を探ってみることにした。
 転送装置が見える範囲を歩き回り、変わったものはないかどうか目を凝らす。
(何も無い……か。まるで今の俺のようだな)
 探索を続けながら、輝王は物思いにふける。
 かつて、輝王の原動力となっていたのは復讐心だった。
 親友である高良火乃……彼を殺した犯人を見つけ出し、必ず裁きを与えると息巻いていた。
 その次は、少女を手助けしたいというお節介だ。
 偽りの記憶を持ちながらも、仲間を助けたいと願った少女に、力を貸したいと思った。そのために、輝王は再び剣を取った。
 では、今は?
 では、それ以前は?
 輝王は「市民の安全を守るため」なんてお題目のためにセキュリティに入ったのではない。
 人を救いたいという思いは確かにあった。
 けど、それ以上に――

 憧れていたのだ。高良火乃に。

 彼のようになりたかった。彼のように生きてみたかった。
 だから、彼の後を追って、セキュリティに入った。
 そして、今。
 輝王は彼が使っていたデッキ<ドラグニティ>を手にし、迷いを抱いている。
 自分は、本当にこのデッキを使いこなせているだろうか。
 火乃とは別の形で、<ドラグニティ>のカードを生かすことができているのだろうか。
 答えなど無い。カードの生かし方などデュエリストによって千差万別だし、どれが正解というわけでもない。
 それでも考えてしまうのは、「芯の通った強さ」を目にしたからだ。
 愛城、戒斗、ティト……彼らは強い。その強さは、輝王が持ち合わせていないものだ。
 自分の力を信じ、己が道を突き進む。
 輝王は、その道が見えていないのだ。
 この空間のように、方角も分からないままただ漠然と広がっている。

 ……こんな俺が、主に勝てるのか?

 気がつくと、無意識のうちに小石を蹴飛ばしていた。
 跳んだ小石が、何かに当たって跳ね返る。
(――跳ね返る?)
 輝王がうつむき気味だった姿勢を真っ直ぐ戻すと同時、

「――相変わらず小難しいこと考えてやがるな? 正義」

 ひどく懐かしい声が、響いた。
 
 
「火乃……」
 輝王の目の前に現れたのは、すでにこの世を去ったはずの親友だった。
 以前、降霊術を使うサイコデュエリストの手によって、死後の高良と擬似的に会話をし、デュエルをしたことはあるが……それとは違う。
 そこにいるのは、輝王の記憶のものと寸分違わない姿の、高良火乃だ。
「どうして……お前が……」
 突然の出来事に虚をつかれ、うろたえながら輝王が何とか問いを口にすると、高良は癖っ毛が跳ね返った頭をガシガシと掻きむしりながら、面倒くさそうに言った。
「知るかよ。つーか、知ってたとしても俺がお前を納得させられるほど上手く説明できると思うか? 理由なんてどうでもいいじゃんかよ。強いて言うなら、デッキに残ってた残留思念がこのおかしな空間のせいで実体化した、ってところじゃねえの」
「……それなりに納得のいく説明じゃないか」
「うるせえ!」
 高良は「それより」と話を区切ってから、輝王の瞳を真正面から見据える。
 こいつの――高良の澄んだ瞳を見るのは、久しぶりだ。
「どうした? 悩んでるみてえじゃねえか」
「……そう見えるか?」
「見える。考え事してるときと悩んでるときじゃ、眉間のしわの寄り方がちげーんだよ」
「ははっ、初耳だな。それは」
 苦笑した輝王は、少し間を置いてから、口を開いた。

「――見えなくなってな。自分の道が」

「……ったく、その遠回しなモノの言い方何とかなんねえか? 要は、自分のやりたいことが分からなくなったってことだろ?」
「そんなところだ。何のために戦うのか、と言い換えてもいい」
 いい悪いは別にして、少なくともレボリューション事件のときは、明確な戦う理由があった。けど、今はそれがない。
 火乃のようになりたい、と<ドラグニティ>デッキを使いデュエルを重ねても、憧れの姿に追い付くどころか遠ざかっているような錯覚を覚える。すがるべき柱が無いから、こうして思考のループに陥ってしまう。
「戦う理由、ねえ」
 ポツリと呟いた高良は、はぁ~と盛大にため息を吐く。
 迷い悩む輝王に、失望したのだろうか。それとも呆れたのだろうか。
 輝王がそれを探っているうちに、次の言葉が来た。

「さっき言ったろ? 理由なんてどうだっていいんだよ」

「は……?」
 荒唐無稽な発言に、思考が停止する。
「理由なんていつも後付けだ。俺は、俺がやりたいと思ったことをやってきた。助けたいと思ったから助けた。守りたいと思ったから守った。戦いたいと思ったから戦った。そして――」
 瞬間、高良の澄んだ瞳に、薄暗い影が走る。
「殺したいと思ったから、殺そうとした」
「火乃……」
「あんま難しく考えんな、正義。道が見えないなら、見つけるために戦えばいいだろうが。それとも、お前は誰かの命がかかってないと戦えないエセヒーローなのか?」
 そう言って鼻を鳴らす高良に、輝王は首を横に振って見せる。
 ――まったく。
 こいつは、いつだって簡単に俺を飛び越して行ってしまう。
 いつだって、輝王の前には高良の背中があった。
 その背中ばかり追いかけることに固執して――自分の道を見失っていたのかもしれない。
(前も、ストラに気付かされたな……)
 誰かの助言がなければ、しっかり立てない人間なのだ、自分は。
 それでも。
「……俺はお前ほど自由には生きられないな」
「そんなの当たり前だろうが。お前は俺じゃねえ」
「その通りだ。だから、俺なりに頑張ってみることにするよ」
 友のおかげで、また歩き出すことができる。
「おうよ。お前は、お前らしく戦えばいい」
 親指を立てた高良は、自信満々といった感じで笑顔を浮かべた。
「そのために、コイツは必要だろう?」
 そして、腰に提げていたデッキケースを取り外し、輝王に差し出してきた。
 40枚のカードの束。デュエルモンスターズのデッキだ。
 それがどんなデッキなのか、輝王にはすぐに理解できた。
 理解できたからこそ、手を伸ばせなかった。
「火乃。俺は……」
「<ドラグニティ>で戦いたい、って言うんだろ? 分かってるよ」
 言葉を切った高良は、表情を険しくしながら続けた。
「けど、この先に待つ敵は、戦い方を模索させてくれるような生半可な相手じゃない。そんな気がするんだよ。だから、お前の全力が必要になる」
「全力、か」
「それに、そろそろ試してみたくなったころじゃないか? 今の自分が、このデッキでどこまでの力が発揮できるかを」
 <ドラグニティ>を回すことによって、輝王が得た物。
 それを、このデッキに注ぎ込む。

 かつての自分が「完成形」だと決めつけた、<AOJ>に。

「存分に暴れて来いよ。セイギ君」
「……その呼び方はやめろと言ったはずだぞ」
 そう言って苦笑した輝王は、差し出されたデッキを受け取った。
 
 
 
 
 
 

オリジナルstage 【EP-08~16】 サイドM】

《氷結界(ひょうけっかい)の龍(りゅう) トリシューラ/Trishula, Dragon of the Ice Barrier》 †

シンクロ・効果モンスター(制限カード)
星9/水属性/ドラゴン族/攻2700/守2000
チューナー+チューナー以外のモンスター2体以上
このカードがシンクロ召喚に成功した時、
相手の手札・フィールド上・墓地のカードを
それぞれ1枚までゲームから除外する事ができる。

 トリシューラの持つ独立した3つの首が、それぞれ咆哮を上げる。
 その白銀の翼を広げ、全身を細かく奮わせると――その場にいる者は、針に刺されるような痛みを感じる。
 通常、寒さが引き起こす痛みとは筋緊張による神経の圧迫から起こるものだ。
 腕や脚などの末梢神経は筋肉の間を縫うように伸びているため、筋肉が収縮すると、痛覚や触覚などの神経が圧迫され、引き起こされる。
 
 だが、ティトが具現させた力は、種類が違う。
 そういった人体の仕組みを介さず、内部的な痛みを外皮に直接感じさせる程の氷の力。

「トリシューラ!」

 かつて氷の魔女と呼ばれた少女――ティトが口を開き、三つ首の氷龍はそれに応じる。
 ただそこに存在するだけでも、周囲に畏怖を与える程の力。
 それを、一つの『点』に向けて圧縮する。

「コイツはちっと離れた方が良さそうだなァ」
「……そのようだな」

 輝王はティトの力が発現する所を何度か見ているが、その底を理解しているわけではない。
 それに今行っている事は、空間に穴を開けるようなものだ。
 何が起こるか予測はできない。戒斗の言葉に従い、多めに距離を取る。
 愛城は2人のその行動を、ただ退屈そうに眺めていた。
 そして

「――フリジング・デザイア!」

 少女の声が響くと同時に、トリシューラはその身が持つ絶氷の翼を大きく広げた。
 三つの首から圧縮した青い光が放たれ、眼下に直撃する。

 青の閃光が直撃した箇所は黒ずみ、硝子の様に砕け散る。
 砕けた先には、不思議な空間が存在していた。
 宇宙のようにも見えるが、少し違う。
 それはまるで液体のように、こちら側に侵食してくるような……
 輝王はそれを見て、眉を潜める。

「……なんだ、これは?」
「どうやら別の空間と繋がったようね。どういう構造になっているかはわからないけれど」
「なら、少し情報を集めるべきだな。罠の可能性もある」
「そォだな、目の前に沸いて出たモンを信じれる程俺は馬鹿じゃねェ。てめェも――」

 そこで戒斗は愛城に視線を向け、言葉を止めた。
 愛城は凄まじく長いため息を吐き、嘲るように2人を見下ろす。

「――反吐が出る程のチキンね、貴方達」
「……あァ?」

 侮蔑の二文字を言葉と表情にこれ以上無い程に込め、愛城は言った。
 今までとはうって変わって不機嫌そうな顔立ちになり、顔を歪ませる。

「罠だの信用できないだの、それらしい言葉を並べて置いて結局は自分の身を大事にしたいだけ、保身しか考えず実行にいつまでも至らないゴミ男の典型じゃない。貴方達私をそんなに苛立たせて楽しいのかしら?」
「……おいてめェ」
「見なさい。少しはティトを見習ってはどう?」
「……?」

 戒斗が色々と爆発寸前の所で、輝王は銀髪の少女に視線を向ける。
 すると、そこには謎の空間に足を突っ込んでいるティトの姿が
 内心で驚愕する輝王に、ティトは更にのほほんと言葉を続ける。

「すこし、奥いってくる」
「ええ、私もすぐに向かうわ」

 愛城はそんなティトに満足そうな表情を向けると、主に戒斗の方に振り返り、言う。
 心底くだらない物を見るような顔で。

「情報が少なくて不安なのかしら? だったらそこで指を咥えて朽ちていく事をお勧めするけれど」
「勇敢と無謀を吐き違えンなよクソが。情報の少ねェ状況で無闇に動く馬鹿がどこにいる」

 愛城は大きくため息を付いた。
 それは、50点は出せると思っていた生徒が、30点を下回ったのを見てしまった時のように。

「情報がないのなら相手の意向から読み取ればいい。癪だけれど、私達がここで生かされているという事実を考えなさい。……だから貴方はアイツに二度も負けるのよ」
「ンだと……?」
「愉快な事に私ですらこの世界に引っ張られた時は一時的に意識を失っていた。殺すつもりなら、その時点で殺そうとしていたはず――それすらしてこないつまらない人間が、ここで殺害用の罠を仕掛けるなんていう愉快な発想を持っているわけがないじゃない」
「――だが、確証もない」
「確証……?」

 輝王の言葉に、愛城は心底おかしそうに笑った。
 笑いながら前を向き、ティトの向かった方向へと進んでいく。

「敵の土俵に入り込んだ時点で、そんなもの永遠に見つからないわよ」

 そう言い放ち。愛城は奥の空間へと消えていった。
 先に進んでいったティトの姿もない。

(――永遠に見つからない、か)

 輝王はそうは思わなかった。
 敵が巧妙に隠した「確証」に肉薄し、自らの優位を確保する。そうやって輝王は生きてきたのだ。
 たったひとつの失敗で、全てが破綻する。そんな場面は飽きるほど見てきた。

 だから、失敗はできない。

 そのために先を読む。
 見えないものを見ようとする。
 それは、デュエルに限ったことではないのだ。

(……臆病だな、俺は)

 だからこそ、ティトや愛城のように不確定を飲みこめる「強さ」に憧れるのかもしれない。 
 戒斗は床に唾を吐き、忌々しそうに愛城が消えていった方向を睨む。
 
「てめェも負けてる分際で偉そうな事言いやがって……」
「負けた――?」

 輝王は、その発言に驚いた。
 先程の戒斗との決闘。勝敗は着かずとも、戒斗が凄まじい強敵である事は把握できた。
 二度も安々と負かす相手がいるとは、にわかには信じがたい。
 戒斗はその言葉に舌打ちをし、空間に視線を向けた。

「てめェには関係ねェ。さっさと行くぞ」
「……それしかなさそうだが、それでいいのか」

 ティトが先行してしまった以上、ここに留まる事わけにもいかない――そう輝王は考える。
 だが今までの戒斗の言動を鑑みると、素直に愛城の言う事を聞くのは不自然に思えた。
 輝王の言わんとしている事を察したのか、戒斗は口元をこれ以上無い程までに吊り上げ……

「アイツの言う事を聞くわけじゃねェ――アイツをぶっ飛ばしに行くだけだ」
 
 そう言って、飛び込むように戒斗は空間へ溶け込む。
 輝王は注意しても聞こえない程の小さなため息を吐き、それに続いた。
 
何かに吸い寄せられるような感覚
 その感覚に体を強張らせながら、輝王はその空間の中を進んでいく

 ちゃぽん

 液体の滴る音が、耳を通り抜ける。
 その瞬間、少し開けた場所に出た。

「ここは――?」

 薄暗い、井戸のような場所。
 いや……厳密に言えば、違う。
 ここは井戸としては、余りに大き過ぎる。
 天井は高過ぎて視認が不可能な程高く、光は殆ど差して来ない。
 それでも目の自由が利くのは、周りにある苔のせいだろう。
 ボゥ、と鈍く発光するその苔は壁や地面、いたる所に生えていて、井戸全体を照らしている。

「どゥやら、妙な場所に着いちまったみたいだなァ」

 声の主である戒斗が、視界の隅から現れる。どうやら分散してしまう事態にはならなかったらしい。
 輝王は戒斗の姿を認めると、視線を奥へと向ける。

「ティトや愛城はどうした?」
「俺もぶん殴りてェんだが、生憎まだ会ってねェな」
「……女性だけの状態は些か危険だな」
「――アイツが女性、ねぇ」

 心底おかしそうに口を歪める戒斗。
 ……確かに、愛城という女性が底知れぬ威圧感を持っていたのは否定できない。
 親交が深い戒斗には、それ以上の認識があるのだろう。

「女って定義がアイツに当てはまるなら世も末だよなァ。大体……」

 そう戒斗が言葉を続けようとした所に、何かが戒斗目掛けて飛んできた。
 戒斗はそれにいち早く気付き、半身を傾けそれを避ける。

「――聞いてやがったか?それにしたって不意打ちに頼るとはてめェも落ちたモン……」
「どきなさい」

 愛城の声が響く。
 輝王も最初は、愛城による戒斗への攻撃だと認識していたが――違う。
 それは憤怒や嘲りを含む声調ではなかった。
 単純に、事実だけを紡ぐ声。

「下がるぞ」
「あァ? 何言って――」

 次の瞬間、井戸の中に巨大なモンスターが具現した。

 肩には2頭の、獰猛な竜の首
 機械のような、胴体と間接
 手にはカギ爪を有し、白金の牙が全身から生えている。

 それは、輝王には見覚えの無いモンスターだった。
 だが視認するだけで、あれは危険だと判断する。
 
「……下がるか」
「ああ」

 戒斗も見覚えがあるのだろう。大人しく下がる事を選択した。
 その表情は苛立ちに満ちている。何かよくない思い出があるのかもしれない。

「やりなさい、ダークルーラー」
 
 愛城が怖気の走るような低い声で、何かを呟く。
 すると、ダークルーラーの2門の竜口に、光が収束し――


 『何か』 に直撃した。


 ズシャァァァァン!!
 地面の水気を全て吹き飛ばすような衝撃が、井戸全体を揺らした。
 そして液状の何かが、中空へと舞い上がる。

「お願い、トリシューラ」

 ティトの声が響いた。
 同時に空間を切り裂いた氷結界の龍――トリシューラが具現する。
 
 液状の正体は、何らかのモンスターだった。
 トカゲのような容姿をしているが、固形とうよりも液体に近い。
 ティトが小さく攻撃名を呟くと、トリシューラは空間を引き裂いた時と遜色ない攻撃を仕掛ける。

 単なる破壊ではなく、存在そのものをその場から取り除いてしまう攻撃。

 それは確実に敵を貫き、天井付近の苔を全て凍らせながら天空へと消えていく。
 だが、対象は消滅しなかった。
 ただ『凍った』状態で、ゴトリと目の前に落ちてくる。
 それを見て輝王は驚きを覚えつつも、二人の女性陣の攻撃を見て率直な感想を言う。

「……ここまでやる必要があるのか」
「あるのよ。見なさい」

 愛城が<ダークルーラー>の上に乗りながら、そう呟くと。
 氷は見る見る内に溶けていき、液体へと変容していく。
 そしてそれを取り込み、液状トカゲは大きさを増した。

「クケケケケケ」

 いや、大きくなっただけではない。
 奇妙な声を発したかと思うと、胴体のような場所から首がもう一つ生えてきた。
 それを見て、大きく愛城は舌打ちをする。

「どうやら――決闘でわからせてあげる必要があるみたいね」

 愛城はそう言うと、決闘盤を展開する。
 それを見た液状トカゲは、小さく奇声を発しながら、決闘盤を展開させた。
 だがその数は、二つ。

「あいしろ、手伝う」

 底冷えするような声で、ティトがそれに同調する。
 それを見て、その声を聞いて、輝王は違和感を覚えた。
 ティトの様子が何処かおかしい。先程の問答無用のトリシューラの攻撃といい、らしくない点が目立っている。

 だがその理由は、至極単純なものだった。
 


「――この服、そうしが選んでくれたのに!」




 よく見ると、ティトの服の一部が汚れていた。
 恐らく、目の前のトカゲが原因で着いた汚れだろう。

 ……かくして
 この井戸から脱出する為に邪魔な化け物を倒す為――という名目で
 2人の女達の決闘が、始まった。
 
 
「クケケケケ、先行!」

 喋った。
 奇声だけじゃなく液状トカゲは喋る事も可能らしい。

タッグデュエルルール(オリジナル)

□フィールド・墓地はシングルと同じく個別だが、以下の事項は行うことができる。
・パートナーのモンスターをリリース、シンクロ素材にすること。
・「自分フィールド上の~」の記述がある効果を使用する際、パートナーのカードを対象に選ぶこと。
・パートナーの伏せカードは通常魔法、通常罠に限り発動する事が可能。
・パートナーへの直接攻撃を、自分のモンスターでかばうこと。
□最初のターン、全てのプレイヤーは攻撃ができない。
□バーンダメージ等は1人を対象にして通常通り処理する。
□召喚条件さえ揃えば、パートナーのEXデッキも使用できる。

「裏側守備セット、魔法罠セット、クケケケケ!」
「……ムカつく喋り方ね。私のターン」

 ピキピキと顔面を強張らせながら、愛城はカードをドローする。
 それを見てのものかはわからないが、液状トカゲはニタニタと笑う。

「永続魔法<神の居城・ヴァルハラ>を発動!」

神の居城-ヴァルハラ

永続魔法
自分フィールド上にモンスターが存在しない場合、
手札から天使族モンスター1体を特殊召喚する事ができる。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。

「この効果で、手札から<堕天使アスモディウス>を特殊召喚するわ」

堕天使アスモディウス

効果モンスター 
星8/闇属性/天使族/攻3000/守2500
このカードはデッキまたは墓地からの特殊召喚はできない。
1ターンに1度、自分のデッキから天使族モンスター1体を墓地へ送る事ができる。
自分フィールド上に存在するこのカードが破壊され墓地へ送られた時、
自分フィールド上に「アスモトークン」(天使族・闇・星5・攻1800/守1300)1体と、
「ディウストークン」(天使族・闇・星3・攻/守1200)1体を特殊召喚する。
「アスモトークン」はカードの効果では破壊されない。
「ディウストークン」は戦闘では破壊されない。

「効果発動。デッキから天使族を1枚墓地に送り――ターンエンドよ」
「ドロー、裏守備セット! 魔法罠セット! クケケケ!」
「……」

 愛城の宣言もロクに聞かぬまま、液体トカゲのもう一つの頭――トカゲ頭が喋り出し、器用にカードを銜え決闘盤にカードをセットし、ターンをエンドする。
 それを見て、輝王は眉を顰めた。

「――妙だな」
「あァ? 今更バケモンの姿形に突っ込み入れてんじゃねェよ。キリがねぇ」
「そうじゃない。あいつ等のフィールドをよく見てみろ」

 はァ? とでも言いたげな顔で、戒斗は相手のフィールドに目をやる。

【愛城LP4000】 手札4枚
場:堕天使アスモディウス
神の居城ヴァルハラ

【ティトLP4000】 手札5枚
場:なし



【液体トカゲLP4000】 手札4枚
場:裏守備モンスター
伏せカード1枚

【トカゲ頭LP4000】 手札4枚
場:裏守備モンスター
伏せカード1枚

「……へェ、寸分違わねェフィールドだな」
「あいつ等は元は単一の固体だ。同一の思考しかできないのかもしれない。 ――もしくは全く同じデッキ、全く同じ戦術を用いて来る可能性もある。タッグ決闘は互いのデッキをシナジーさせる必要が出てくるが、同一のデッキならその必要もない」
「……偶然って可能性もあるが、こっちはデッキ構成すらよく知らねェモン同士だしなァ。同一のデッキを使われたら、確かに厄介かもしれねェ」

 輝王の考察を聞いた戒斗は心底おかしそうな表情を浮かべ、笑った。
 だがそれは、輝王の言葉の全てに同意したわけではない。
 戒斗は口元を大きく吊り上げる。

「――輝王、この決闘。荒れるかもしれねェぞ」
「……何?」

 輝王が意味ありげな態度の戒斗に訝しげな視線を送るのと、同時。
 ティトがデッキから、静かにカードをドローする。

「わたしはモンスターカードと伏せカードを2枚セットして、ターンエンド」

 タッグ決闘の初ターンは、攻撃ができない。
 自らのモンスターを晒す事によって、相手に情報を与える事は得策ではない。
 だからこそ、ティトも裏側守備表示を選んだ。
 愛城は手の内を晒す事を厭わず、自らの布陣を作る事を選んだが……

自分フィールド上に存在するこのカードが破壊され墓地へ送られた時、
自分フィールド上に「アスモトークン」(天使族・闇・星5・攻1800/守1300)1体と、
「ディウストークン」(天使族・闇・星3・攻/守1200)1体を特殊召喚する。

 アスモディウスには、非常に強力な効果が存在する。
 すぐに破壊されたとしても、窮地に立たされる事は有り得ない。

「クケケケ、ドロー! 反転召喚! <ワームヤガン>! 効果発動!」

ワーム・ヤガン

効果モンスター
星4/光属性/爬虫類族/攻1000/守1800
自分フィールド上に存在するモンスターが「ワーム・ゼクス」1体のみの場合、
自分の墓地に存在するこのカードを
自分フィールド上に裏側守備表示でセットする事ができる。
この効果によって特殊召喚したこのカードは、
フィールド上から離れた場合ゲームから除外される。
このカードがリバースした時、
相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を持ち主の手札に戻す。

 だがそれは 『破壊』 限定の耐性だ。
 それ以外の方法を取れる相手ならば、形勢は幾らでも逆転する。

「対象! アスモディウス! クケケケ!」
「チッ、バウンスカードとはね……!」

 <ワーム・ヤガン>が自身に二つ付着しているイソギンチャクを細かく震わせると
 <堕天使アスモディウス>は小さな粉となり、再び愛城の手札へと戻る。
 そして当然、それだけでは終わらない。

「<ワーム・ヤガン>リリース! アドバンス召喚<ワームイリダン> クケケケケ!」

ワーム・イリダン

効果モンスター
星5/光属性/爬虫類族/攻2000/守1800
自分フィールド上にカードがセットされる度に、
このカードにワームカウンターを1つ置く。
このカードに乗っているワームカウンターを2つ取り除く事で、
相手フィールド上のカード1枚を破壊する。

 爬虫類というより岩石のような形をしたモンスターが、フィールドに出現する。
 愛城はそのカードを一瞥すると、小さく舌打ちする。

「セットモンスター攻撃! クケケケケケ!」
「……!」

 鈍重な岩石の化け物は、ティトのセットモンスターを踏み潰す。
 セットしてモンスターである<氷結界の守護陣>の守備力は1600――イリダンの攻撃には耐えられない。
 貴重なチューナーを破壊され、場をがら空きにされてしまった。

「カード2枚セット! カウンター、2つセット!」

 その岩のような肌に、緑色の点が内部から浮き上がる。
 そしてそれは瞳の如くギョロリと愛城に視点を動かし、その目からレーザーが発射された。

「カウンター消費 効果発動! <神の居城ヴァルハラ>を破壊。 クケケケケケ!」

 その光線の目標は、愛城の場に存在する<神の居城ヴァルハラ>
 愛城の後部に出現していた玉座に直撃すると、それは粉々に砕け散る。
 <堕天使アスモディウス>は上級モンスターだ。
 ヴァルハラさえ存在しなければ、再び召喚することは難しい。

「ターンエンド、クケケケケ!」
「なるほど、ただの単細胞ってわけではないようね……」

 だが、愛城は言葉とは裏腹に――目の前の液体トカゲに見下すような視線を送る。
 アスモディウスの召喚は難しい為、モンスターを1枚セットし――

「――ターンエンドよ」
「ドロー、クケケケケ!」

 本体と寸分違わぬ動作で、首トカゲは舌を巧みに操りカードをドローする。
 愛城はその一挙一動を見つめる。
 
「ターンエンド、クケケケケ!」

 そしてエンド宣言。
 それを見た愛城は、静かに口を開いた。

「ティト、あれを裏のまま破壊できる?」
「?」

 カードをドローしようとしたティトは、愛城の言葉に反応し、首を傾げる。
 どういうこと? とでも言いたげな表情を浮かべたティトに対し、愛城は言葉を続ける。

「あのセットモンスターは<ワーム・ヤガン>のような、強力なリバース効果モンスターの可能性が高いわ。効果で破壊しなさい」
「どうしてわかるの?」
「相手に共通点が多い。それにタッグ決闘は本来、似たようなデッキを使用した方が有利。あのカードは警戒すべきよ、確証はないけどね」
「わかった」

 ティトは何の躊躇いもなく愛城の言葉を信じ、短く返事をする。
 そしてカードをドローすると、そのカードを召喚した。

「カードを一枚セットして、わたしは――氷結界の武士を召喚」

《氷結界(ひょうけっかい)の武士(もののふ)/Samurai of the Ice Barrier》 †

効果モンスター
星4/水属性/戦士族/攻1800/守1500
フィールド上に表側攻撃表示で存在するこのカードが表側守備表示になった時、
このカードを破壊し、自分のデッキからカードを1枚ドローする。


「そして<リミットリバース>を発動するよ。来て――氷結界の守護陣!」


氷結界の守護陣

チューナー(効果モンスター)
星3/水属性/水族/攻 200/守1600
自分フィールド上にこのカード以外の
「氷結界」と名のついたモンスターが表側表示で存在する限り、
このカードの守備力以上の攻撃力を持つ
相手モンスターは攻撃宣言をする事ができない。

 氷の甲冑を纏った武士が、正眼に構え出現する。
 更に<リミットリバース>の効果で、氷の宝具で身を固めた狐の姿が現れる。
 輝王はその二体のモンスターを見て、ティトの狙いを察した。

「チューナーモンスター……愛城の指示通り、シンクロモンスターの効果で破壊する気か」
「――へェ、疑いもしねェんだな」
「あの2人は出会って間も無いはずだが、波長が合うのかもしれない。それに――」
「アイツの事じゃねェよ」
「何?」

 呆れ気味に――しかし戒斗は、心底愉快そうな声を出す。
 輝王がその意図を掴みかねていると……
 銀髪の少女の声が、巨大井戸の中に響く

「<氷結界の武士>に<氷結界の守護陣>をチューニング」

 その声の不思議な圧力に、その場の誰もが黙り込む。
 ティトの背後に無数の氷塊が生まれ、氷山を形成する。

「全てを貫く絶氷の槍……シンクロ召喚

 氷山の一角が紅く輝き、砕け散る。
 その美しい光景に、液状トカゲの動きは止まる。
 何かに見惚れているかのように。笑ったまま表情で、身じろぎすらしなくなる。

「輝け、<氷結界の龍グングニール>」

 少女の声に導かれ
 氷の龍はその存在を顕現させた。

【愛城LP4000】 手札4枚
場:伏せカード1枚
【ティトLP4000】 手札3枚
場:氷結界の龍グングニール
リミットリバース(発動済) 伏せカード1枚


【液体トカゲLP4000】 手札2枚
場:ワーム・イリダン
伏せカード3枚
【トカゲ頭LP4000】 手札5枚
場:裏守備モンスター 伏せカード1枚
 
《氷結界(ひょうけっかい)の龍(りゅう) グングニール/Gungnir, Dragon of the Ice Barrier》 †

シンクロ・効果モンスター
星7/水属性/ドラゴン族/攻2500/守1700
チューナー+チューナー以外の水属性モンスター1体以上
手札を2枚まで墓地へ捨て、捨てた数だけ相手フィールド上に存在する
カードを選択して発動する。選択したカードを破壊する。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。

「グングニールの効果発動。手札を2枚捨てて<ワーム・イリダン>と伏せモンスターを破壊する。タービュランス!」

 銀髪の少女の声が響き、氷の屑が相手モンスターに襲い掛かる。
 先程見せた液体トカゲの戦術――リバース効果によるバウンスをグングニールが受けた場合、体勢を立て直すのは困難だ。
 だからこそ愛城は裏モンスターの破壊を指示し、ティトも出し惜しみをせずそれを破壊する。

「そう――誰もがそう考える。なんのこたぁねェ、自然な事なんだよ」

 戒斗は、破壊されたカードを睨み付ける。
 すると

 ティトのターンが、突然『終了』した。

「……ティト、何故ダイレクトアタックをしなかったの? 伏せカードに警戒してるようなら――」
「え? わたしまだ――」

 ティトは不思議そうにフィールドを見渡すが、そんな現象を引き起こすカードは存在しない。
 トカゲはそんな少女を満足そうに見つめると、ゆっくりと口を開ける。



「――そう、自然な事です。少しは頭の回る方がいるみたいですね」


 声が響いた。
 先程までまったく聞こえなかった、凛とした声。
 それは先程まで「クケケケケケ」と鳴いていた、あの液体トカゲの声そのものだった。
 愛城はその声を聞いて、納得のいかなそうな声を出す

「……まさかそれが貴方の本当の声? 見かけと不釣合い過ぎて反吐が出るレベルね」
「褒め言葉と受け取っておきますよ優等生さん」
「え……この声トカゲさんなの」

 ティトは思わず首を傾げる。
 その異常なまでに張りのある声がまさか液状トカゲの物だとは思わなかったのか、状況の把握に時間がかかっているようだ。
 確かにこのような美声が、目の前のグロテスクなトカゲから発せられているモノだと連想するのは難しい。
 液状トカゲはその反応に慣れているようで、小さく肩(のようなもの)を竦めて息を吐いた。
 そして、ティトに視線を寄せながら1枚のカードを手に取る。

「先程貴方に墓地に送られたカードはコレ――<ネコマネ・キング>です」

《ネコマネキング/Neko Mane King》 †

効果モンスター
星1/地属性/獣族/攻   0/守   0
相手ターン中にこのカードが相手の魔法・罠・モンスターの効果によって
墓地に送られた時、相手ターンを終了する。

「な……」
「何故その様なカードを使っているのか……そうお思いでしょうがご容赦を、現に貴方達のように、バレバレの効果破壊を使ってくれる決闘者が多いからですよ、例えば――」
「わかりやすい同一性を見せびらかし、相手にすり込んだりする――か?」

 戒斗は液状トカゲの発言を遮るように、戒斗が口を挟む。
 それを聞いたトカゲは、僅かに目を細めた。

「……ほぅ」
「効果の高いセオリーってモンは、知名度も自然と高くなるモンだ。だからこそセオリー通りに動きたい場面ってのは、最大限に罠を生かせる。テメェもそのクチだろ?」 
「なかなかの洞察力ですね。ですが不可解だ……気付いていたのなら何故仲間に伝えようとしないのですか」
「愚問だなァ、ムカツクからに決まってんだろ」
「永洞……どうやら死にたいようね」
「んな初歩くらい自分で気付けねェのが悪いんだよ。やるってんなら相手になるがなァ」

 愛城は戒斗を睨むが、戒斗は更に愛城を煽る。
 そんな戒斗を、愛城はつまらなそうに一瞥すると、目の前に視線を戻す。
 その視線を受けながらも、液状トカゲはやけに凛々しい顔でドローする。

「ターンを強制終了しただけで何を偉そうに。貴方の状況は何も変わらないのよ?」
「確かに貴方の言う通り、フィールドモンスターはがら空きになってしまいましたね」

 強制的にターンを終了させられたとはいえ、ティトの場には先程召喚した<氷結界の龍グングニール>が存在する。
 あのモンスターがいる限り、伏せモンスターは何の役にも立たないだろう。
 
「――ですが、コレならどうです? 未来融合――フューチャーフュージョンを発動!」

《未来融合(みらいゆうごう)-フューチャー・フュージョン/Future Fusion》 †

永続魔法(制限カード)
自分のエクストラデッキに存在する融合モンスター1体をお互いに確認し、
決められた融合素材モンスターを自分のデッキから墓地へ送る。
発動後2回目の自分のスタンバイフェイズ時に、確認した融合モンスター1体を
融合召喚扱いとしてエクストラデッキから特殊召喚する。
このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。

「対象は<ワーム・ゼロ> このカードは<ワーム>と名の付いたカードなら、何枚でも融合素材にする事ができる!」
「な……!」

《ワーム・ゼロ/Worm Zero》 †

融合・効果モンスター
星10/光属性/爬虫類族/攻   ?/守   0
「ワーム」と名のついた爬虫類族モンスター×2体以上
このカードの攻撃力は融合素材にしたモンスターの種類×500ポイントになる。
このカードは融合素材にしたモンスターの種類によって以下の効果を得る。
●2種類以上:1ターンに1度、自分の墓地の爬虫類族モンスター1体を
裏側守備表示で特殊召喚できる。
●4種類以上:自分の墓地の爬虫類族モンスター1体をゲームから除外する事で、
フィールド上のモンスター1体を墓地へ送る。
●6種類以上:1ターンに1度、自分のデッキからカードを1枚ドローする。

「――私は、18枚の<ワーム>を墓地に送る!」

 ボトボトボト……と、幾つもの変異生命体達が、乱雑にセメタリーへと落とされていく。
 その光景は異様で、普通の女性なら吐き気を催す程グロテスクなものだった。
 輝王にも余り気分の良い光景には見えず、液状トカゲを睨み付ける。

「意外に紳士だと思っていたが――このような手で二人の戦意を削ごうとするとは。どうやら見込み違いのようだな」
「その認識に間違いはありません。私はトカゲという名の紳士ですからね」
「なるほどな、それじゃァ仕方ねェ」
「……仕方ないのか?」

 愉快そうに口元を吊り上げる戒斗から、輝王は2人の女性陣へと視線を移す。
 あの異種生命体が落下し続ける光景を見た2人が平静でいられるとは思えない。
 ――そう、思ったのだが

「ワーム・ゼロ――出てくるのは2ターン後。出てくると厄介だね、あいしろ」
「そうね。2ターンの間に決着を付けたい所だけど……」
「……」

 どうやら特に問題はないらしい。
 2人とも先程の光景の事を気にもせず、決闘の事だけを考えているようだ。
 輝王はそれを複雑な心境で眺めていると、液状トカゲの声が響く。
 その声の調子は、より敵意を含んだ物へと変わっていく

「2ターン待つ必要はありませんよ。私は――リビングデッドの呼び声を発動!」

《リビングデッドの呼(よ)び声(ごえ)/Call of the Haunted》 †

永続罠(準制限カード)
自分の墓地からモンスター1体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。
このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。

 この状況で、リビングデッドの呼び声
 それが意味する事は、この場にいる誰もがわかっていた。
 <未来融合>による18枚もの墓地肥やし
 そしてリビングデッドの呼び声は、殆どのモンスターをノーコストで蘇生を可能とする優秀なカード。
 それはつまり、全てのワームを自在に蘇生できるといっても過言ではない。
 
 地響きが聞こえた。
 墓地の20枚の中から選ばれる1枚……その存在感は、召喚される前からその存在を主張する。
 そして生まれる事を許可するかのような柔らかい声で、液状トカゲは宣言した。
 そのモンスターの、名前を


《ワーム・ヴィクトリー/Worm Victory》 †

効果モンスター
星7/光属性/爬虫類族/攻   0/守2500
リバース:「ワーム」と名のついた爬虫類族モンスター以外の
フィールド上に表側表示で存在するモンスターを全て破壊する。
このカードの攻撃力は、自分の墓地に存在する
「ワーム」と名のついた爬虫類族モンスターの数×500ポイントアップする。


 その名前の意味するものは、勝利。
 それを体現するかのように赤黒い物体から幾つもの手が生え、それは一つの形を象って行く。
 勝利の、Ⅴ――
 それは同時に、対戦相手の敗北も揶揄する。
 紳士的な液状トカゲは薄ら笑いを浮かべ、その姿を感慨深く見つめた。

「ワームヴィクトリーの攻撃力は墓地のワームの数を500倍した数値――つまり」
「攻撃力9500……!?」

 輝王の驚愕が、声となって表に出る。
 それは本来なら――普通の決闘では有り得ない数値。
 その数値を可能にしているのは、墓地に存在する様々な姿形をしたワーム達。
 勝利を手にする為には、犠牲は欠かせないのだと……そう物語っているような効果だ。

 愛城は、無言でティトの方に視線を向けた。
 今から狙われるのは、確実にティトが召喚した<氷結界の龍グングニール>だろう
 グングニールの効果は強力だ
 例え攻撃力9500だろうが、その効果を以ってすれば問答無用で破壊する事が可能な……強力無比な効果
 もしティトのターンまでグングニールを守る事ができれば、この脅威は乗り切れる。

「バトル――ワームヴィクトリーで、氷結界の龍グングニールを攻撃」

 だが、その攻撃力を防ぎきるのは――簡単ではなかった。
 ティトは伏せカードを開く。
 ごめんね、と
 自らのモンスターに呟きながら

「罠カード――ガード・ブロック」

《ガード・ブロック/Defense Draw》 †

通常罠
相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動する事ができる。
その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 <ワーム・ヴィクトリー>から幾つもの手が伸び、グングニールを捉える。
 拘束された氷の龍の中央に手が突き刺さり、小さな氷片となって砕け散った。
 ティトにも同様に手が伸びていったが、それは<ガード・ブロック>によって阻まれ、同時にカードを一枚ドローした。

「そうしの服――これ以上よごさせない」
「それはこの私相手に無傷でこの決闘を終わらせると?」

 コクリ、とティトは小さく頷く。
 表情には出ていないが、やはり未だに服を汚された事を怒っているようだ。
 トカゲが紳士になろうが、それは変わらない。

「ではお手並み拝見といきましょうか――私はモンスターをセットし、ターンをエンドします」
 
【愛城LP4000】 手札5枚
場:伏せカード1枚
【ティトLP4000】 手札2枚
場:なし
リミットリバース(発動済) 


【液体トカゲLP4000】 手札1枚
場:ワーム・ヴィクトリー(攻9500) 
伏せカード2枚 リビングデッドの呼び声(対象ワームヴィクトリー)
【トカゲ頭LP4000】 手札5枚
場:伏せカード1枚


「私のターン、ドロー」

 愛城はカードをドローし、それを巧みに操る。
 そして目の前の<ワーム・ヴィクトリー>を見つめると、ニヤリと口元を歪めた。

「攻撃力9500のモンスターを前にしても動じないとは……もっと自分の心に正直になったらどうです?」
「正直か、ですって? 私程素直な女も居ないと思うけれど」
「はァ? てめェどの口が……」

 戒斗が細目で愛城に視線を向けるが、愛城は意に介さない。
 今大事なのは、目の前の相手を叩き潰す事。

「手札から<ヘカテリス>の効果を発動」

《ヘカテリス/Hecatrice》 †

効果モンスター
星4/光属性/天使族/攻1500/守1100
このカードを手札から墓地へ捨てて発動する。
自分のデッキから「神の居城-ヴァルハラ」1枚を手札に加える。

 小さな置物のような形をした天使が、手札から一枚の羽をデッキの中へと送り込む。
 その羽が差し込まれた下のカードを引き抜くと、そのまま発動した。

「そして手札に加えたカード――神の居城-ヴァルハラを発動!」

《神(かみ)の居城(きょじょう)-ヴァルハラ/Valhalla, Hall of the Fallen》 †

永続魔法
自分フィールド上にモンスターが存在しない場合、
手札から天使族モンスター1体を特殊召喚する事ができる。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。

「<神の居城-ヴァルハラ>の効果発動。手札から<堕天使アスモディウス>を再び特殊召喚。効果を発動し、天使族を1体墓地に送るわ」
「成る程、時間稼ぎですか。確かに<ワーム・ヴィクトリー>の前にはそれ以外術が……」
「――そして、伏せモンスターに攻撃」
「……攻撃?」

 液状トカゲが耳を疑い聞き返したのと、ほぼ同時。
 <堕天使アスモディウス>の攻撃が、深々と伏せモンスターに突き刺さった。
 愛城は僅かに力を込める。腕の力ではなく――ペインとしての能力を。
 破壊されたモンスターは<ワーム・アグリィ>

《ワーム・アグリィ/Worm Ugly》 †

効果モンスター
星1/光属性/爬虫類族/攻 100/守 100
このカードをリリースして「ワーム」と名のついた
爬虫類族モンスターのアドバンス召喚に成功した時、
自分の墓地に存在するこのカードを相手フィールド上に表側攻撃表示で
特殊召喚する事ができる。

 当然攻撃力3000のアスモディウスの攻撃には耐えきれず、呆気無く破壊された。
 生えていたトカゲ頭は、その衝撃に対しピクリとも反応しない。

「やはり貴方は同一体だったのね。その頭は例えるなら、今現在に限っては腹話術のような物……だから咄嗟の攻撃には反応しきれず、動かす事ができなかった」
「それを看過するのが目的でしたか……ですが、それに何の意味が? 攻撃表示モンスターを残せば、ワームヴィクトリーの攻撃で貴方は粉微塵に砕けますよ」
「当然このままでは終わらないわよ。私は<おろかな埋葬>を発動し、デッキから<レベル・スティーラー>を墓地に送る」

おろかな埋葬(まいそう)/Foolish Burial》 †

通常魔法(制限カード)
自分のデッキからモンスター1体を選択して墓地へ送る。

「そして<堕天使アスモディウス>のレベルを1つ下げ、墓地に送った<レベルスティーラー>を特殊召喚

《レベル・スティーラー/Level Eater》 †

効果モンスター
星1/闇属性/昆虫族/攻 600/守   0
このカードが墓地に存在する場合、自分フィールド上に表側表示で存在する
レベル5以上のモンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターのレベルを1つ下げ、このカードを墓地から特殊召喚する。
このカードはアドバンス召喚以外のためにはリリースできない。

「更に伏せカード、エンジェルリフトを発動。対象は先程墓地に送ったモンスター」

《エンジェル・リフト/Graceful Revival》 †

永続罠
自分の墓地に存在するレベル2以下のモンスター1体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。
このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターがフィールド上から離れた時このカードを破壊する。

「極星天――ヴァルキュリア特殊召喚するわ」

《極星天(きょくせいてん)ヴァルキュリア/Valkyrie of the Nordic Ascendant》 †

チューナー(効果モンスター)
星2/光属性/天使族/攻 400/守 800
このカードが召喚に成功した時、相手フィールド上にモンスターが存在し、
自分フィールド上にこのカード以外のカードが存在しない場合、
手札の「極星」と名のついたモンスター2体をゲームから除外して発動する事ができる。
自分フィールド上に「エインヘリアルトークン」
(戦士族・地・星4・攻/守1000)2体を守備表示で特殊召喚する。

 場に3体のモンスターが現れ、液状トカゲは警戒を強める。
 ましてやその内1体のモンスターはチューナーだ。出てくるのは間違いなく、シンクロモンスター
 だが、その警戒はあくまで保険。
 液状トカゲは、それを踏まえた上で愛城を賞賛する。

「まずは破壊されても問題のない<堕天使アスモディウス>で伏せモンスターを攻撃。その後にシンクロ召喚を行い、守備表示で召喚する事でダメージを防ぐ――なるほど、完璧なプレイングです」
「お褒めに頂かるのはありがたいけれど……それは勘違いね」
「……?」
「レベル7<堕天使アスモディウス>レベル1<レベル・スティーラー>に、極星天ヴァルキュリアをチューニング――」

 <極星天ヴァルキュリア>を中心に、三体のモンスターが虹色の光を発しながら飛翔して行く。
 井戸の暗闇を裂くように、光輝くモンスター達が吸い込まれていく。
 
 
 ――天使の階段。
 層積雲の隙間から光が差し込み、まるで天と地を結ぶ階段のように見える現象で、「天使の階段」や「天使のはしご」、「光芒」などと呼ばれる。気象現象の一つだ。
 それが、この巨大な井戸の中に出現した。
 そしてその中から、眩い光と共に、一体の天使が光臨する。
 いや、あれはむしろ天使というより――神と評した方が相応しい。


「恐れ慄きなさい――シンクロ召喚、極神聖帝オーディン!」

 極神と銘打たれたそのモンスターがフィールドへと舞い降りる。
 オーディンの持つ杖は、一振りしただけで全てを砕きかねない威力を想像させた。
 
【愛城LP4000】 手札4枚
場:極神聖帝オーディン
神の居城ヴァルハラ

【ティトLP4000】 手札2枚
場:なし
リミットリバース(発動済) 


【液体トカゲLP4000】 手札2枚
場:ワーム・ヴィクトリー(攻10000) 
伏せカード2枚 リビングデッドの呼び声(対象ワームヴィクトリー)
【トカゲ頭LP4000】 手札5枚
場:伏せカード1枚

 
 

 

《極神聖帝(きょくしんせいてい)オーディン/Odin, Father of the Aesir》 †

シンクロ・効果モンスター
星10/光属性/天使族/攻4000/守3500
「極星天」と名のついたチューナー+チューナー以外のモンスター2体以上
1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に発動する事ができる。
このカードはエンドフェイズ時まで魔法・罠カードの効果を受けない。
また、フィールド上に表側表示で存在するこのカードが
相手によって破壊され墓地へ送られた場合、
そのターンのエンドフェイズ時に自分の墓地に存在する
「極星天」と名のついたチューナー1体をゲームから除外する事で、
このカードを墓地から特殊召喚する。
この効果で特殊召喚に成功した時、
自分のデッキからカードを1枚ドローする事ができる。

 

 その姿、その存在に、ただ圧倒された。
 輝王はそのカードの存在感に戦慄を覚え、ティトは驚いてそのモンスターを見つめる。
 そして2人は直感的に、思う。
 このカードこそ、天使族という種族の頂点なのだと

 

 だが、液状トカゲは違った。
 出現したモンスターに後ずさったのは、最初だけ。

 

「攻撃力4000ですか……それではワーム・ヴィクトリーには遠く及ばない。それなのに守備表示にしないとは――プライドが邪魔しましたか?」
「……さて、どうかしら? どうしても確かめたいのなら、貴方自身で確かめなさい」

 

 愛城は不敵に笑いながらカードを2枚セットし、ターンをエンドした。
 液状トカゲは考える。
 このターンは<ワーム・ヴィクトリー>の攻撃ができない。
 例えプレイヤーが1人であっても『頭』のターンである以上、頭の操るモンスターしか操作する事は不可能だからだ。
 液状トカゲ……トカゲ頭は器用に口でドローし、戦術を固める。

 

「ここはフォローに徹しますか。伏せカードを1枚、伏せモンスターをセットし、ターンエンド」
「……わたしのターン」

 

 終了宣言から殆ど間隔を置かずに、ティトがカードをドローする。
 恐らくターンが回ってくるまでの間、自身のやる事を決めていたのだろう

 

「わたしはカードとモンスターをセットして、ターンエンド」
「おや、貴方がこのカードを破壊する算段かと思ったのですが……まさか見殺しとは」
「ううん、違うよ」

 

 液状トカゲの挑発的な言葉に、ティトは間髪入れずに首を振る。
 そして愛城の方を真っ直ぐ見つめ、柔らかい声で言った

 

「あいしろのこと、信じてるから」

 

 大きな声ではない。甲高い声でもない。
 だがそれは、不思議な程よく響く声だった。
 
「――貴方達は、この世界で初めて会ったのではないのですか?」
「うん、30分くらい前」
「……その程度で? 貴方はその人を信じると?」
「うん、ダメ?」
「……」

 

 
 何か思う事があるのだろうか、液状トカゲは絶句していた。
 その言葉に、それを言い放っている姿に。
 その――嘘を言っているとは思えない、無垢な表情に。

 

 愛城はそんなティトから目を逸らし、ため息をつく。

 

「私は貴方と同意見よ、トカゲさん。信頼なんて殆どが虚像よ、期待すれば期待した分だけ裏切られる。それが信頼。勝手にそれを向けられても困るし、反吐が出るわ」
「……」
「……でもそれが純度の高い物だと仮定して、それを裏切るのは沽券に関わる。それが組織のリーダーとしての役目」
「沽券の為に、命の危険を犯すと?」
「命の危険――? ハッ」

 

 愛城は表情を歪め、問いを投げかけた者を嘲笑う
 そんなことがわからないのか? とでも言い放つかのように

 

「そんなものに拘っている方が――余程危険よ」

 

 ゾクリ、と。
 液状トカゲは、確かな悪寒を感じた。
 その理由はわからない。だが、妙だと思った。

 

 凍てつく氷を操る少女からは暖かさを
 神と称する女性からは底冷えする冷酷さを感じたからだ。
 だというのに、この2人から伝わってくる何らかの同一性。全てが矛盾している。




「――いいでしょう、ならば望み通り。神に挑ませて頂きましょう」
「許可するのは私よ? どこからでも来なさい、爬虫類」

 

 

 

 雰囲気が、変わった。
 極神聖帝オーディンの姿は、井戸に収まるようなサイズに変更されてはいるが――畏怖の想いを芽生えさせるのに必要なのは、大きさでは無い。
 だが、ワームヴィクトリーの攻撃力は10000
 攻撃力4000のオーディンでは、勝ち目が無い。

 

「バトルフェイズです――極神聖帝オーディンに、ワームヴィクトリーで攻撃!」

 

 ヴィクリーの無数とも取れる手が、凄まじい速度でオーディンへと伸びていく。
 その速度はどの肉食獣の足よりも速い。オーディンは自身の持つ杖を掴まれてしまう。
 そこで、愛城が動いた。

 

「――罠カード<極星宝メギンギョルズ>」

 

《極星宝(きょくせいほう)メギンギョルズ/Nordic Relic Megingjord》 †

通常罠
自分フィールド上に表側表示で存在する
「極神」または「極星」と名のついたモンスター1体を選択して発動する。
エンドフェイズ時まで、選択したモンスターの攻撃力・守備力は元々の数値の倍になる。
このターン、選択したモンスターは相手プレイヤーに直接攻撃をする事はできない。

 

 杖を握る手に神秘的な帯で構成された腕輪が装着され、オーディンの攻撃力は倍増した。
 それにより杖を奪おうとした無数の手を引き千切り、構え直す。
 液状トカゲはそれを見て、感嘆の声を上げた。

 

「まさかその様な切り札を残しているとは――ですが、それではライフを守ることはできてもヴィクトリーを倒すまでには至らない」
「そうね――そんな事は百も承知だわ」

 

 返事をしながら、愛城は思い返す。
 かつてこの極星宝を使っても尚、敗北した決闘の事を。
 攻撃力を2倍にしたこのモンスターを、全てを賭して超えて行った男の事を。
 だが
 だからこそ

 

「――貴方が相手でよかったわ。トカゲさん」
「……?」
「その効果――犠牲の上で成り立つ攻撃力。その数値――どれを取っても最高よ」
「ヴィクトリーの事を言っているのですか? こんな時に何を――」

 

 液状トカゲが思わず聞き返し、視線を向けると。
 愛城は、三日月のように口を吊り上げ笑った。




「これは最高の――プローベになる」




 次の瞬間。
 オーディンの攻撃力が、下がった。
 2倍になったはずの攻撃力が、何故か7000に下降したのだ。

 

「な……!?」
「下げてどうするつもりか? 決まってるじゃない、貴方を倒す為よ」

 

 少し遠くからそれを見ていた輝王も、液状トカゲと同じように現状を掴めずにいた。
 それは戒斗も同じだろう。
 
「ワームヴィクトリーを倒すには最低でも2000の攻撃力上昇が不可欠――なのに何故あんな事を」
「まともに考えりゃ、ありゃただの自殺行為だなァ……だが」
「だが?」
 
 戒斗は動じず、見つめる。
 フィールドに立つ、数年の付き合いである人影を。

 

「――私は立ち止まらない、今は傍観者でも、歩き続ける。あの時敗北した私の、更に先へと進ませてもらうわ」
「残念ですが、その状態でヴィクトリーの攻撃を受けたらタダでは済みません。貴方のオーディンの攻撃力は7000に下降した! 3000の超過ダメージを実体化すれば――」
「……3000の超過ダメージって、痛いのかしら?」
「当然でしょう。貴方はそれを――」

 

 液状トカゲが、言葉を続けようとした瞬間。
 体全体が突如、陰で覆われ――目の前に、ヴィクトリーと競り合っていたはずのオーディンが、現れた。
 杖を刃物のように構えた、黒い神。

 

「ヒッ……!?」
「――なら、それ以上の痛みを教えてあげるわ」

 

 ザシュリ、と。
 鈍い音が聞こえた。
 それは、首が跳ね飛ばされる音。
 あの杖に、どのような殺傷能力があったのか、液状トカゲの胴体は一瞬の内に切り離される。
 その一瞬の間に、液状トカゲは頭の方に『意識』を移し変えた。 

 

「があああああああああああああああああ!?」
「痛覚があったのね、ご愁傷様。――でも安心して、首はまだ残してあるから」

 

 鉄片を体に埋め込まれたかのような、遅い来る痛みに耐え偲んでいると、液状トカゲの視界に『本体』だったモノが映り、消滅した。
 一瞬でも移し変えが遅れていたら、命はなかった。
 同時に、本体が操っていたはずの決闘盤も粉々に四散する。

 

「な、何が……」
「説明することすら面倒だわ。消える前に、貴方の誇る<ワームヴィクトリー>の状態でも確認してみなさい」

 

 トカゲ頭は言われるがままに、頭の方を決闘盤を恐る恐るチェックする。
 そのログを見て、トカゲ頭は唖然とした。

 

「攻撃力2500……!?」
「そう、貴方は2500のヴィクトリーで攻撃力7000のオーディンに挑んだのよ。勝てる道理はないわ」
「馬鹿な……」

 

 トカゲ頭は、再び決闘盤を操作し、その原因となったカードを探した。
 そこには



《反転世界(リバーサル・ワールド)/Inverse Universe》 †

通常罠
フィールド上に表側表示で存在する全ての効果モンスターの攻撃力・守備力を入れ替える。



 トカゲ頭とほぼ同時に――
 戒斗と輝王は状況を把握して、唖然とした。
 だがそれも一瞬、戒斗は輝王に意地悪く笑いかける。

 

「――まともじゃねェんだよ、アイツは」
「ああ、よくわかった……」

 

 輝王は思う。ああいう『強さ』もあるのだな、と。
 駆け引きや経験――そういった戦いより、次元が上の強さ
 相手が何をしてこようと変わらない、不動の強さ。
 そんな輝王の心中を気にもせず、愛城は不敵に笑う。

 

「メギンギョルズは攻撃力だけじゃなく、守備力も二倍になる――それを生かさない手は無い。あの鳥もどきに使う予定の戦術だったけれど、いい実験になったわ」
「……」
「ワームヴィクトリー……確かに勝利の名に相応しいモンスターね。頼りにするのもわかるけれど――」

 

 愛城は微笑んで、ワームヴィクトリーを眺める。
 長い髪をサラリと流すと、気取った仕草で後ろを向いた。



「勝つ事しか見えていない爬虫類に――今の私は倒せないのよ」



 次の瞬間
 硝子の割れるような音が響き渡り、ヴィクトリーが粉々に四散する。
 その硝子の雨は、愛城の勝利を着飾る背景として、降り続けた。

 

【液状トカゲ】LP4000→0
【愛城LP4000】 手札2枚
場:極神聖帝オーディン
神の居城ヴァルハラ

【ティトLP4000】 手札1枚
場:伏せモンスター1枚
リミットリバース(発動済) 伏せカード1枚

【トカゲ頭LP4000】 手札4枚
場:伏せモンスター1枚
伏せカード2枚 

 

「さて――私のターンね。極神聖帝オーディンで伏せモンスターに攻撃」

 

 先程液状トカゲの本体を消滅させた時と違わぬ威力を持った一撃が、伏せモンスターに襲い掛かる。
 当然、下級モンスターで凌げるわけがない。

 

《ヴェノム・コブラ/Venom Cobra》 †

通常モンスター
星4/地属性/爬虫類族/攻 100/守2000
堅いウロコに覆われた巨大なコブラ。
大量の毒液を射出して攻撃するが、その巨大さ故毒液は大味である。
 
「伏せカードをセットし、これで私のターンは終了――貴方のターンよ、せいぜい足掻きなさい」
「……私の、ターン」

 

 トカゲ頭は混乱しつつも、最善の策を考える。
 ワームヴィクトリーを失った今、戦う為には新たな僕が必要だ。

 

「<スネークレイン>を2枚発動します。手札を2枚墓地に送り、デッキから8枚の爬虫類を墓地に送る!」

 

《スネーク・レイン/Snake Rain》 †

通常魔法
手札を1枚捨てる。
自分のデッキから爬虫類族モンスター4体を選択し墓地に送る。

 

「相も変わらず墓地頼りの戦術――ヴィクトリーはもういないわよ?」
「確かに攻撃こそ劣りますが、それと同等のモンスターを呼ばせて頂きましょう……<リミットリバース>を発動!」

 

《リミット・リバース/Limit Reverse》 †

永続罠
自分の墓地に存在する攻撃力1000以下のモンスター1体を選択し、
攻撃表示で特殊召喚する。
そのモンスターが守備表示になった時、そのモンスターとこのカードを破壊する。
このカードがフィールド上から離れた時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。

 

「現れろ――毒蛇王ヴェノミノン!」

 

 トカゲ頭の声を引き金にして、井戸の中央から水飛沫が上がった。
 その中から現れたのは、真紅のマントを纏った毒蛇の王

 

《毒蛇王(どくじゃおう)ヴェノミノン/Vennominon the King of Poisonous Snakes》 †

効果モンスター
星8/闇属性/爬虫類族/攻 0/守 0
このカード以外の効果モンスターの効果によって、
このカードは特殊召喚できない。
このカードは「ヴェノム・スワンプ」の効果を受けない。
このカードの攻撃力は、自分の墓地の爬虫類族モンスター1枚につき
500ポイントアップする。
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
自分の墓地のこのカード以外の爬虫類族モンスター1体を
ゲームから除外する事でこのカードを特殊召喚する。

 

「墓地の爬虫類は8体。攻撃力は4000――貴方が先のターンで発動した<極星宝メギンギョルズ>の効果はエンドフェイズまでしか続かないはずです……バトルフェイズ!」

 

 そしてオーディンと相打ちする事ができれば、自身の効果で蘇生し――更に追撃する事ができる。
 だが愛城は、その行動を嘲笑した。

 

「……確かにそれはそうだけれど、どうやら理解できていなかったみたいね」
「? 何を――」
「私が発動した<反転世界>は、攻守を入れ替えた数値に永続的に『固定』するのよ。よってその攻撃力は、7000のまま」
「!?」

 

《反転世界(リバーサル・ワールド)/Inverse Universe》 †

通常罠
フィールド上に表側表示で存在する全ての効果モンスターの攻撃力・守備力を入れ替える。

 

 トカゲ頭は驚愕し、目の前の決闘者の恐ろしさを再認識した。
 先のターンで使ったあの戦術は

 

 相手の手を潰し
 自らの得意とするカードを最大限に引き出し
 尚且つ一時的な強化を、永続的な力に変えたのだ

 

「……さすがですね。だがまだ手はあります。私はカードを1枚伏せ、ターンエンドしましょう」
「それが強がりで無い事を祈るわ」

 

 愛城は余裕の表情で微笑む。
 それは当然だろう――彼女のライフには、傷一つ付いていないのだから。
 そしてトカゲ頭が先程伏せたカードは、あくまで保険。
 相手を破壊する事ができても、その先が続かない諸刃の剣。

 

 だからこそ
 それは確かに強がりであり――手を残しているとも、言えた。

 

【愛城LP4000】 手札2枚
場:極神聖帝オーディン(攻7000)
神の居城ヴァルハラ 伏せカード

【ティトLP4000】 手札1枚
場:伏せモンスター1枚
リミットリバース(発動済) 伏せカード1枚

【トカゲ頭LP4000】 手札0枚
場:毒蛇王ヴェノミノン(攻4000)
伏せカード2枚 リミット・リバース(対象ヴェノミノン)
愛城LP4000】 手札2枚
場:極神聖帝オーディン(攻7000)
神の居城ヴァルハラ 伏せカード

【ティトLP4000】 手札1枚
場:伏せモンスター1枚
リミットリバース(発動済) 伏せカード1枚

【トカゲ頭LP4000】 手札0枚
場:毒蛇王ヴェノミノン(攻4000)
伏せカード2枚 リミット・リバース(対象ヴェノミノン) 

 

「わたしの、ターン」

 

 ティトはゆったりと仕草で、カードをドローした。
 目の前のモンスターの攻撃力は4000 
 ――でも、倒せない相手じゃない

 

「わたしは氷結界の輸送部隊を反転召喚。効果を発動するよ」

 

《氷結界(ひょうけっかい)の輸送部隊(ゆそうぶたい)/Caravan of the Ice Barrier》 †

効果モンスター
星1/水属性/海竜族/攻 500/守 200
自分の墓地に存在する「氷結界」と名のついた
モンスター2体を選択して発動する。
選択したモンスターをデッキに戻し、
お互いにデッキからカードを1枚ドローする。
この効果は1ターンに1度しか使用できない。

 

「<氷結界の武士>と<氷結界の御庭番>をデッキに戻して、お互いカードを1枚ドロー」
「……」
「トカゲさんもだよ」
「あ、あぁ……」

 

 液状トカゲは戸惑いながらカードを1枚ドローする。
 それはそうだろう。
 この行為は不利な立場の相手に、逆転の機会を与えているようなものだ。
 だが

 

「手札から<氷結界の翼竜>を召喚」

 

 ティトと同じ灰色の瞳を輝かせるワイバーンが、鮮やかな水色の双翼を羽ばたかせ舞い上がる。



<氷結界の翼竜>
効果モンスター(オリジナルカード)
星4/水属性/ドラゴン族/攻1800/守1000
このカードが召喚に成功した時、
自分の墓地に存在する攻撃力500以下の「氷結界」と名のついたモンスター1体を
特殊召喚することができる。
この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化される。
このカードをシンクロ素材とする場合、
水属性モンスターのシンクロ召喚にしか使用できない。

 

「その効果で、墓地から<氷結界の守護陣>を特殊召喚

 

《氷結界(ひょうけっかい)の守護陣(しゅごじん)/Defender of the Ice Barrier》 †

チューナー(効果モンスター)
星3/水属性/水族/攻 200/守1600
自分フィールド上にこのカード以外の
「氷結界」と名のついたモンスターが表側表示で存在する限り、
このカードの守備力以上の攻撃力を持つ
相手モンスターは攻撃宣言をする事ができない。

 

「更に<極寒の氷像>を発動して、氷像トークンを二体特殊召喚

 

<極寒の氷像>
通常魔法(オリジナルカード)
自分フィールド上に氷像トークン(水族・水・星1・攻/守0)を2体守備表示で特殊召喚する
このトークンは、「氷結界」と名のついたモンスター以外のアドバンス召喚のためにリリースすることはできない
このトークンはシンクロ召喚には使用できない

 

 一気に5体のモンスターが、場へと並ぶ。
 その中には先程グングニールを呼び出した、チューナーの姿。
 トカゲ頭は、除去系の効果を持ったシンクロモンスターを警戒する。
 もし呼び出されたら、効果を使う直前に破壊するのが得策だ。

 

「全てを滅する絶氷の刃。その氷霧にて、神威の力を解放せよ――」

 

 風が、氷の欠片を運ぶ。
 散っていった<氷結界>が残した氷の欠片を。
 それらはティトの前方へと集い、巨大な像を形成する。
 <氷結界の龍グングニール>の赤い光とは違う。
 鮮烈な、蒼。
 遥か深海に存在する、蒼だ。
 例え光が届かなくても、その存在を誇示し続ける蒼。
 その蒼は、暗い井戸の中であっても色褪せない。

 

「――シンクロ召喚! 顕現せよ! <氷結界の龍デュランダル>!」

 

 空気が塗り替えられる。
 汚れ無き白が支配していた戦場を我がものにするために、蒼が走る。
 背に生えた6枚の氷の羽が、フィールドを覆い尽くすように広がった。

 

<氷結界の龍デュランダル>
シンクロ・効果モンスター(オリジナルカード)
星8/水属性/ドラゴン族/攻3000/守2500
「氷結界」と名のついたチューナー+チューナー以外の水属性モンスター2体以上
このカードがシンクロ召喚に成功した時、このカード以外の
フィールド上に存在するすべての表側表示カードに、アイスカウンターを1つずつ乗せる。
1ターンに1度、フィールド上に存在するアイスカウンターを任意の数だけ取り除くことができる。
このカードの攻撃力は、このターンのエンドフェイズ時まで、この効果で取り除いたアイスカウンターの数×500ポイントアップする。
このカードはカードの効果では破壊されない。

 

「これは――!?」
「<氷結界の龍デュランダル>がシンクロ召喚に成功した時、フィールド上に存在する全ての表側表示カードにアイスカウンターを1つずつ乗せる。そしてその効果にチェーンして、リミットリバースを発動するよ」

 

 トカゲ頭の驚愕の言葉を待たず
 ティトが呼び出した<氷結界の龍デュランダル>の翼が、わずかに動く。
 風が生まれ、それに乗った冷たい空気がフィールドを包み込む。
 井戸の底が凍ってしまうかのような、凄まじい冷気。

 

 それはティトの場に存在する2体の氷像トークン。
 リミットリバース2枚に、その内の1枚が蘇生した豪雨の結界像をもテキストが読めない程凍りつかせる。
 続けて愛城の場の<神の居城-ヴァルハラ> <極神聖帝オーディン>も完全に凍りついた。
 そして当然、相手であるトカゲ頭が操る<毒蛇王ヴェノミノン><リミットリバース>も例外ではない。
 その様を眺め、愛城はため息を尽く。

 

「……はた迷惑な龍ね。人の城を凍らせたんだから、このターンで決めなさいよ」
「――うん。デュランダルの効果発動。フィールド上のアイスカウンター9つを取り除き、エンドフェイズまで攻撃力を4500ポイントアップさせる」

 

 氷の龍の雄叫びに合わせ、場の全てに覆っていた氷が砕け散る。
 それはまるで、視界が硝子のように粉々になったかのような、危うい美しさを感じさせた。

 

「フロスティ・ニルヴァーナ!」

 

 粉々になった氷の屑は、巨竜が持つ6枚の翼に吸い込まれ、その翼はさらに体積を増す。
 この効果により、<氷結界の龍デュランダル>の攻撃力は7500ポイントまで上昇した。
 液体トカゲ頭はその攻撃力に恐れを無し、愛城はその龍の効果に薄く感嘆する。
 ティトはそんな愛城を、横目で見つめた。
 愛城が、それに気付く。

 

「あいしろ」
「……何よ」
「わたしのデュランダルの方がオーディンより、ほんのすこし強い」
「……」

 

 得意気に胸を張るティトに、愛城は絶句した。
 本来の愛城であったなら、手が付けられない事態になっただろう。
 だが何故だろうか、不思議と愛城はその様子に、毒気を抜かれてしまった。

 

「――罠と魔法の耐性がある分、こちらの方が上よ。調子に乗らないで」
「それはそうかも。バトルフェイズに入るね」

 

「<氷結界の龍デュランダル>で<毒蛇王ヴェノミノン>を攻撃」

 

 氷の巨竜が、大きく息を吸う。
 瞬間。
 フィールドを覆うように広がっていた6枚の翼が、一斉に四散した。
 それはまるで、満天の星空。
 無数の氷の結晶が輝き、極光をもたらす。
 結晶は、巨竜が開いた口へと収束し――

 

 氷の渦となって、放たれる。
 爬虫類の王は、それを受け止めんとマントを翻す。
 だが、無理だ。
 攻撃力が違い過ぎる。
 トカゲ頭は戦術を切り替え『切り札』を発動する。

 

「罠カード発動、毒蛇の供……」
「だめだよ。トカゲさん」
「……?」

 

 だがそこで、ティトの制止が入った。
 自身の氷龍を守る為に行った言葉かとも思ったが、違う。
 トカゲ頭は、この銀髪の少女がそういう戦法を取らない事を、既に理解している。

 

「そのカード……毒蛇の供物――だよね」

 

《毒蛇(どくじゃ)の供物(くもつ)/Offering to the Snake Deity》 †

通常罠
自分フィールド上に表側表示で存在する爬虫類族モンスター1体を破壊し、
相手フィールド上に存在するカード2枚を破壊する。

 

デュランダルには、効果破壊はきかないの。だから、それは使わないほうがいいよ」
「な――」
「大人しくうけてね――ダイヤモンド・カタストロフィ!」

 

 直後
 氷の渦は、毒蛇の王を貫いた。
 そしてその余波は、トカゲ頭へと届く

 

【トカゲ頭LP】4000→500

 

 だが、終わらない。
 文字通り首の皮一枚残っているトカゲ頭は、それでも決闘を諦めない。

 

「――まだです! ヴェノミノンの効果発動。墓地の爬虫類を除外する事で、再び墓地から舞い戻る!」
「だめだよ。トカゲさん」
「諦めるわけにはいきません。このターンを凌げばデュランダルは攻撃力が下がり、3500となったヴェノミノンでも倒す事が可能! そして爬虫類をドローすればオーディンを<毒蛇の供物>で破壊する事もできる!」

 

 そして爬虫類が墓地に増える事により、再び攻撃力は4000に戻る。
 そうなれば、オーディンが蘇生されたとしても、迂闊には攻められない。
 だが、ティトは「ううん」と首を振って否定する。

 

「豪雨の結界像の効果があるから――もう、ヴェノミノンは戻って来れないよ」
「な……?!」

 

 見逃していた。
 デュランダルの召喚と同時に出現した――<リミット・リバース>の効果により蘇生していた、モンスターの存在を。



《豪雨(ごうう)の結界像(けっかいぞう)/Barrier Statue of the Torrent》 †

効果モンスター
星4/水属性/水族/攻1000/守1000
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
水属性モンスター以外の特殊召喚はできない。

 

 井戸の中央から水飛沫を上げて、ヴェノミノンが復活しようと試みる。
 だが、その水飛沫諸共凍ってしまい、毒蛇の王の蘇生は阻止される。
 このカードの存在に気付けなかったのは、デュランダルが放ったアイスカウンターのせいだろう。
 テキストすら読めない程の氷結を、利用された。

 

 だが、違う。
 重ねて言うが、トカゲ頭はこの銀髪の少女がそういう戦法を取らない事を、既に直感で理解している。
 狙ってやった事でも、計算されていた事でも無い。





 これは、天然だ……ッ!





「サレンダーして、トカゲさん。もう勝負はついたよ」
「ああ――私の、負けだ……」

 

 散々計略を尽くした液状トカゲは、心から理解してしまった。
 ――この少女には、勝てないと。





【液状トカゲ頭LP】500→サレンダー
 
 
「――甘いわねティト、また襲い掛かってくる危険がある以上、ここで処分するべきよ」
「……あいしろ」

 ティトが相手のサレンダーを促し、トカゲ頭はそれを受け入れた。
 それによりデュランダルとヴェノミノンは消滅する。
 だが、愛城はそれを許した覚えは無い。
 サレンダーとは、双方の合意があって初めて受け入れられる行為。ティトだけの決定で、それは認められない。
 愛城はトカゲ頭に近寄り、未だ姿を消していないオーディンに杖を向けさせる。
 見兼ねた輝王は、その間に割って入った。

「待て愛城、早まるな」
「何か異論でも? 貴方は理論派だと思っていたけれど」
「だからだ。確かに危険かもしれないが、コイツからは情報が引き出せるかもしれない」
「……」
「今俺達に一番足りないのは情報だ。違うか?」
「……確かに、筋は通ってるわね」

 愛城はつまらなそうに手を振ると、オーディンはその場から姿を消した。
 輝王はため息を吐き、愛城はティトの元に近寄る。

「でもいいのかしら。貴方確か大事な服を汚されたはずよね」
「うん、それはゆるしてない」
「許してないのか……」

 申し訳なさそうに、トカゲ頭は縮こまる。
 だが、やってしまった事は変わらない。
 どの道負けてしまった以上、それが主に伝わった瞬間処分は確実。
 トカゲ頭は、覚悟を決めた。

 だが



「だから、クリーニング代ちょうだい」

 

 目の前の銀髪の少女は、よくわからない提案をしてきた。






    遊戯王オリジナルstage 【EP-16 サイドM】


 当然、トカゲの分際で円札なんて持っているはずもない。
 2人――1人と1匹の交渉は、長引いていた。


「トカゲの干物でいい?」
「だめ」

「分割払いでもいい?」
「だめ」

SUICAでもいい?」
「だめ」

「アルゼンチン・ペソでいい?」
「だめ」

「初版の女剣士カナンでもいい?」
「だめ」

「ワームカードと交換でいい?」
「いらない」




 かなり、難航していた。
 戒斗と輝王、そして愛城はそれを遠目で眺めている。
 
「人間と爬虫類でのトレードかァ、胸熱だなァおい」
「あれはトレードなのか……?」
「全く――時間が無いっていうのに」

 愛城はため息を再度突きながら、横目で戒斗を見る。
 そして、無駄のない挙動で決闘盤を操作した。
 それとほぼ同時に、斜め上の空間から物々しい形をした槍が出現し、射出される。
 狙いは、永洞戒斗。
 直感で危険を感じたのか、素早い動きでそれを半身を捻って避け、飛び退く。
 先程まで戒斗がいた場所に、聖なる槍が深々と刺さった。

「あァ!?」
「あらやるじゃない。今のタイミングで避けるなんて」
「てめェ喧嘩売ってんのかコラ」
「こっちの台詞よ。私は貴方と違ってこれ以上無い程にまともよ。今すぐ訂正する事ね」

 どうやら、愛城は戒斗が敵の狙いに気付いていながら助言をしなかったことや、彼女を「まともじゃない」と評したことを根に持っているようだ。
 しかし、あの槍を戒斗が避けられなければ確実に絶命していただろう。まともな神経を持つ人間のやることとは思えない。
 だが、戒斗は投げつけられた<聖槍>を手に取り、躊躇なく愛城に投げ返す。
 一方銀髪の少女は、生首のトカゲの頬をぷにぷにとつついている。

「まとも……?」

 輝王の呟きは、誰にも届かない。
 あるいは届かなくてよかったのかもしれないが、それが響いたのは、輝王の心の中だけだった。

 

 その時

 ズガアアアアアアアアアン! と、爆音が響いた。
 輝王が思わず上に目をやると、井戸の上方から大量に「何か」が降ってくる。

「……な!?」

 それはミイラのような、軟体動物のような妙な形をしていた。
 驚愕の余り、反応がほんの少し遅れる。
 だが

「――愛城ォ!」
「一時中断のようね――スペルビア!」

 既に決闘盤を(喧嘩の為に)展開していた2人は、迅速にカードを操り、それらの化け物を撃退する。

 愛城の召喚したスペルビアが頭上に降ってくる化け物達を薙ぎ払い
 戒斗の召喚したガープが、吹き飛ばされた化け物達をくし刺しにして行く

 2人はティトを中心に陣を組むと、同時に決闘盤を構え直した。

「……なんだァ?こいつらは」
「トカゲさん。何か知ってる?」
「いえ、私は何も……」

 トカゲ頭は目を凝らしながら、落ちてきた化け物達に視線を向ける。
 主からも知らされていない。未知のモンスター。

「――結局、私は主にすら信頼されていなかったという事ですか」
「……?」
「私は元は人間でした。訳あってこのような姿になってしまいましたが、それ以来――誰からも信頼される事は無かった」

 姿形が異端だというだけで、人は簡単に残酷になれる。
 普通の人間ですら、信頼を築く事は難しいのに、液状トカゲは、そのスタート地点にすら立てなかった。

「そんな時、主様に拾われたのですよ――おまえの力を信じてやる、と。でもそれも、偽りだったようです」

 トカゲ頭のその言葉には、諦めにも似た感情を含んでいた。
 最後に信じようとしていた主にも裏切られた今、もう――どうなってもいいと。
 いつの間にか、化け物達は愛城と戒斗が組んだ円陣を完全に囲んでいた。
 力は微弱だが、それを補って余りある程の数。
 トカゲ頭は目をつむり、意を決した。
 反応が遅れたせいで、円陣の外側――愛城たちを取り囲む化け物たちを外側から眺めることになってしまった輝王は、化け物たちの壁を切り崩して愛城たちに合流しようと駆け出す。
 その前に、トカゲ頭は輝王に対して声を上げる。

「――輝王さん、と言いましたか。そちら側の壁にある水溜まりに、使い切りの転送装置があります。それを使えば主様の所に移動できるでしょう」
「転送装置……?」
「貴方の位置が一番近い。主様を倒す事ができれば、貴方達は元の世界に帰れるはずです」

 輝王はそれを聞いて、振り返った。
 確かに不自然に一部分だけ窪んでいる水溜りはある。
 戒斗や愛城の居る場所は全くの逆方向で、今迅速にその場所に辿り着けるのは、輝王だけだろう。
 だが

「それを信用すると思うか? 罠の可能性もある上に、見捨てるような真似をするわけには――」
「見捨てる? それは勘違いね――!」

 輝王の言葉を遮るように、閃光が奔った。
 愛城を中心に、半径10m以内の敵が、凄まじい勢いで吹き飛ばされる。
 その閃光を放ったモンスターの正体は――

《アルカナフォースEX(エクストラ)-THE DARK RULER(ザ・ダーク・ルーラー)/Arcana Force EX - The Dark Ruler》 †

効果モンスター
星10/光属性/天使族/攻4000/守4000
このカードは通常召喚できない。
自分フィールド上に存在するモンスター3体を
墓地へ送った場合のみ特殊召喚する事ができる。
このカードが特殊召喚に成功した時、コイントスを1回行い以下の効果を得る。
●表:このカードはバトルフェイズ中2回攻撃する事ができる。
この効果が適用された2回目の戦闘を行った場合、
このカードはバトルフェイズ終了時に守備表示になる。
次の自分のターン終了時までこのカードは表示形式を変更できない。
●裏:このカードが破壊される場合、フィールド上のカードを全て破壊する。

「――この程度の化け物にやられる私じゃないわ。むしろ憂さ晴らしに丁度いい」
「主とやらには俺も興味はあるが――ストレス解消ってのは俺も同感だなァ、てめェが乗っちまえよ」
「……ッ、だが……」

 ――本当に、信用していいのか?
 あの転送装置とやらが、更なる敵を呼び寄せる為の装置の可能性もある。
 そんな輝王の逡巡を遮るように、声が響いた。


「わたしは、しんじるよ」


 それは、銀髪の少女の声だった。
 ティトは誰に言うでもなく、口を開き、立ち上がる。
 その姿を、トカゲ頭は呆然と見上げる。

「信じる……? 私を?」

 それこそ、信じられないと。
 トカゲ頭は、その表情で訴えかけた。

「敵であり、人ですらない私を?」

 これはフェイクかもしれない。
 敢えて信じる素振りを見せ、こちらの出方を伺うの為のフェイク。
 だが



「クリーニング代、かえしてくれるんだよね」



 トカゲ頭は、知っていた。
 この少女が――そういう戦術を、取らない事を



「ええ……もちろん、です」



 彼の身体は液体だ。
 その事をこれ程、感謝した事はなかった。
 溢れ出る涙を、隠す事ができるから。




 その一部始終を見ていた輝王は振り返り、意を決して走った。
 水溜りに向かって、一直線に。
 先程まで感じていた――戸惑いが消えたわけではない。
 
 だが、今は進むべきだと
 彼の中の叫びが、彼を突き動かし
 違う空間へと、彼を移動させた。