シューティングラーヴェ(はてな)

シューティングラーヴェの移行先

オリジナルstage 【EP-18~26】

 <軍神ガープ>が放った突きが化け物の胴を貫くと、息絶えた化け物の体は泥のように溶け、地面へと吸い込まれて行った。
「チッ、この程度じゃウサ晴らしにもなりゃしねェな。<ラビエル>を呼ぶまでもねェ」
 舌打ちと共に侮蔑の言葉を漏らした永洞戒斗の周囲に、すでに敵の姿はない。
 トカゲ頭とのデュエルの後、突然正体不明の化け物群に襲われた戒斗、輝王、愛城、ティトの4人。輝王が転送装置の元へ走るのを見届けたあと、残った3人はそれぞれ単独で戦い始めた。仲たがいしたわけではなく、それが最善だと判断したのだ。3人の力は強すぎるがゆえに、下手に連携を取ろうとすると、互いの力に干渉してしまう恐れがある。だからこそ、個々で戦ったほうが気兼ねなく力を振るえるのだ。
 愛城は最初の場所に残り、ティトは<氷結界の龍グングニール>を実体化させ、トカゲ頭を連れて井戸の天井目がけて飛び去って行った。
 戒斗は、壁の一部が崩落したことによって存在が明るみになった横穴へと進み、化け物共の発生源であろう奇妙な装置を破壊し、残党の掃討を行っていたのだが――
「……輝王を行かせるべきじゃなかったかもなァ」
 トカゲ頭の言うことを信じるなら、彼が向かった先にはこの世界を作り出した主――戒斗たちをこの世界に引きずり込んだ張本人が待ち構えている。おそらく、優等生の野郎が迂闊に信じたアイツだ。気弱な風貌な裏に、何かを隠した青年。ここに残るよりも、その「主様」とデュエルしていたほうが、いくらかマシだったかもしれない。
 晴れない気持ちを舌打ちで表すと、戒斗は<軍神ガープ>の実体化を解き、元来た道を引き返し始める。この分なら、愛城やティトもさして苦戦することなく化け物の群れを撃破しているだろう。戒斗が通ってきた横穴はそれなりの広さで、大人4人が並んで歩いても余裕があるくらいの幅と高さを備えていた。非常用の隠し通路としては広すぎるため、元々繋がっていた道を何らかの理由で封鎖したのだろう。
 そんなことを考えながら歩いていると、
「……あン?」
 ふと、壁の一部が目にとまった。
 注意して見なければ分からないレベルだが、塗装が若干新しい。大きさ的には、成人男性1人が通れるぐらい。
(……ここにも隠し通路があンのか?)
 不審に思った戒斗は、再度<軍神ガープ>を実体化させる。
「<ガープ>!」
 戒斗がその名を呼ぶと、甲冑を纏ったような甲殻の悪魔は、両肩から生えた巨大な2本の爪を、壁に向かって突き刺す。
 放たれた爪は苦もなく貫通し、ガラガラと音を立てて壁を構成していたブロックが崩れる。その先には、暗闇に覆われた通路が続いていた。
「上等じゃねェか」
 戒斗はニヤリと口元を釣り上げて喜色を顕わにすると、躊躇せず暗闇の中を進んでいく。今度は、<軍神ガープ>の実体化は解かない。随伴させ、不意の攻撃に備える。
 隠し通路の中は暗かったが、完全な闇というわけではない。天井からわずかに日の光が差し込んでいる。戒斗にとっては、それだけの明かりがあれば十分だった。
 5分ほど歩くと、突き当たりであろう小部屋に出る。
 そこには、輝王が使ったものと同型の転送装置が鎮座していた。
「……へェ」
 見たところ、稼動はしていないが目立った損傷も見られない。傍らに置かれたコンソールを操作すれば、すぐにでも動きそうだ。
 しかし、この転送装置が「主様」――輝王が向かった元へと転送してくれるものとは限らない。もし、敵が仕掛けた罠だった場合、戒斗は間違いなく窮地に陥ることになるだろう。
「まァ、どっちにしても俺にとっちゃ好都合だなァ。乱入するも良し、敵の手中に放り込まれるのも悪くねェ」
 そう言って転送装置を軽く叩いた戒斗は、その鋭い瞳にギラついた光を宿し、コンソールの操作を始めた。
 
 
 力だけが、自分の存在意義だった。
 生まれつき強力なサイコパワーを持っていた砂神緑雨は、幼い頃から力に翻弄され続けた。
 他人から疎まれるのは、強すぎる力のせい。
 他人から持ち上げられるのは、強すぎる力のせい。
 他人から求められるのは、強すぎる力だけ――
 そこに、砂神緑雨という個人は必要なかった。
 それでも、砂神は力を手放そうとはしなかった。
 力のせいでいじめられたから、いじめてきたやつを半殺しにしてやった。
 力のせいで持てはやされたから、お山の大将を演じてやった。
 力を求められたから、何も考えずに力を振るった。
 分かっていたのだ。
 この力を手放せば、唯一の居場所が失われてしまうと。
 だから、次元を渡る力を手にしたとき――自らの居場所を求めて様々な世界を渡り歩いた。
 どこかの世界には、きっと砂神緑雨という人間を必要としてくれる場所がある。
 そう信じて、来る日も来る日も次元を渡った。
 しかし。
 どの世界にも、砂神緑雨の居場所はなかった。
 彼が持つ力だけが、必要とされた。
 度重なる次元転移で精神は摩耗し、考えることが苦痛になっていった。
 何故、自分がこんなに苦しまなければならないのか――
 分かっていた。サイコパワーを手放せば、少なくともこの苦痛からは解放される。
 けれど、できない。最早、力は切っても切り離せないくらい「砂神緑雨」という自我を支える存在になっていた。
 そんな時だった。
 サイコデュエリストが変異した形――自我を失った亡者。
 ペイン、と呼ばれているモノに、出会った。
 そこで、彼は気付いた。
 自我を失ってしまえば……ペインになることができれば、自分はもう苦しまなくて済む。
 ペインになるためには、もっと強い力が必要だ。自分自身で制御できなくなるくらい、暴走するくらいの力が。
 それを得るために、自分だけの世界を創り出し、そこを狩り場とした。
 様々な世界から有能なサイコデュエリストを連れ込み、力を奪う。
 何度も何度も狩りを繰り返せば、いつか自分もペインになれる。
 砂神緑雨という存在から解放される。
 そのためには、あと少し。
 あと少しだけ力が足りない――

 ◆◆◆

 崩れゆく<邪神ドレッド・ルート>を尻目に、天高く飛翔した<-蘇生龍- レムナント・ドラグーン>は、闇の深い空で目一杯翼を広げたあと、治輝の元へと舞い戻る。
 邪神が放っていた呪縛は解かれ、フィールド上のモンスターの攻守は元の数値へと戻る。
「糞が……糞が糞が糞が糞が糞がッ!! どうして俺様の邪神が二度も敗れなければならない! どうして貴様らは邪神の前にひれ伏そうとしないッ!!」
 犬歯を剥き出しにして、砂神は吠える。ピラミッドの頂上から治輝たちを見下しつつも、その表情からはすでに余裕は消え失せていた。
「また人格が変わったみたいだな……」
「いや、違うんだ創志。砂神のあれは二重人格なんかじゃない」
 砂神の敵意を真っ向から受けた治輝は、視線を逸らすことなくはっきりと宣言する。
「言葉遣いや雰囲気は違うかもしれない。けれど、本質的な部分は同じなんだ。傲慢で、わがままで、それでいて傷つけられるのを怖がってる……子供なんだ」
「貴様ッ……!」
「そうだろう? だって、お前はまだ自分の強さすら分かってない。その邪神だって、誰かから奪った借り物みたいだ。自分の強さが分かっているデュエリストなら、自らのプレイングで、デッキ構築で、カードの力を最大限に引き出そうとするはずだ。お前の邪神からは、それが感じられない。だから、その二重人格だって、ただ演じてるだけなんじゃないか?」
「黙れッ!!」
 今までで一番大きな声で、砂神が吠えた。
 砂神の手札は<冥界の宝札>の効果により、かなり充実しているはずだ。にもかかわらず、伏せカードは<―聖なるバリア― ミラーフォース>のみ。輝王が<邪神アバター>に攻撃した際も、<終焉の焔>がセットされていただけで、邪神をサポートするカードは一切なかった。
 砂神は、邪神を召喚した時点で思考を止めてしまっている。強大な力で相手を叩き潰し、平伏させる……だが、それが通じなかった時のことは想定していない。そんな詰めの甘さからも、カードを扱いきれていないという未熟さが滲み出ているのだ。
「……どうやら時枝の言うとおりのようだな。図星というわけか」
「確かに、この変則タッグデュエルじゃなかったら、アイツのデッキは重すぎて邪神召喚する前に負けちまってたかもな」
「黙れと言っているんだッ!」
 砂神は治輝たちを一喝すると、ピラミッドの頂上を、ダン! と強く踏みつける。
 ビキッ! という破砕音が響き渡り、ピラミッドに縦一直線のヒビが生まれた。
「喚くなカス共が……! まだデュエルは終わっていない! 偉そうな口を叩くのは、俺様を倒してからにしてもらおう!」
「……そうだな。お前にはそれが一番効きそうだ。俺はカードを1枚伏せて、ターンを終了する」
 2体目の邪神は潰えた。
 終局の時は、近い。

【砂神LP3900】 手札4枚
場:裏守備モンスター3体、冥界の宝札
【輝王LP200】 手札2枚
場:A・マインド(守備)、機甲部隊の最前線、伏せ2枚
【治輝LP500】 手札5枚
場:-蘇生龍- レムナント・ドラグーン(攻撃)、伏せ2枚
【創志LP1250】 手札2枚
場:マシン・デベロッパー(カウンター10)
 
 
「俺様のターン!」
 カードを鋭利な刃物へと変貌させる勢いで、砂神がカードをドローする。
「すでに生贄は揃っている――3体のモンスターをリリース!」
 砂神の場に在る3体の裏守備モンスターの姿が、蜃気楼のように揺らめき、消える。
 いつの間にか治輝たちの足元から霧が立ち込め、同時に空間を包む圧迫感が強くなっていく。<邪神アバター>や<邪神ドレッド・ルート>が召喚されたときと同じだ――
「ぐっ……!?」
 突然、ふらりとよろめいた創志が片膝を突く。
 確かに、感じる圧迫感は他の邪神が召喚された時と同じだ。
 だが、今回はそれとは別の感覚が、治輝たちを襲っていた。
 体中から力が抜けていく――いや、吸い取られていくような奇妙な感覚。吸われた力は霧に乗って、砂神の場へと流れていく。
 霧は時間が経つにつれて濃くなり、砂神を、そしてピラミッドまでも覆い隠していく。

「奪え! 力を! それがお前に課せられた使命だ! 現界せよ――<邪神イレイザー>!!」

 砂神の宣言と共に、霧が吹き飛ぶ。
 明瞭になった視界に映るものは、第三の邪神だった。
「……やはり、3体目の邪神がいたか」
 輝王が苦虫を噛み潰したような顔になる。予想はしていたが、それが的中してほしくはなかったのだろう。
 禍々しい空気を放つ、ドラゴンによく似た鋭いフォルムの上半身。下半身は蛇の尻尾に酷似しており、霧の中に沈んでいるためどれほどの長さなのか把握できない。
 <邪神アバター>のような異質さも、<邪神ドレッド・ルート>のような迫力もない。
 ただ、研ぎ澄まされた恐ろしさだけがある。
「時枝治輝! 貴様は言ったな! 俺の邪神は、誰かから奪った借り物のようだと!」
 <冥界の宝札>の効果でカードを2枚ドローし、瞳に憎しみの炎をたぎらせたまま、砂神は叫ぶ。
「この<邪神イレイザー>の攻撃力と守備力は、相手フィールド上に存在するカードの枚数×1000ポイントの数値になる、まさに借り物の神だ! <邪神アバター>と同じ、力を奪うべき相手がいなければ、弱小モンスターにも劣る、不完全な神サマなんだよ!」
 かつて、とあるデュエリストに「人頼みの神」と評された第三の邪神。
 その特性を踏まえたうえで、砂神は告げる。
「けれど、俺様はこの戦い方を改めるつもりはないッ! 奪って……奪って奪って奪い尽くして! 砂神緑雨という存在が消え失せるまで力を奪い続ける! <邪神イレイザー>のようにな!」

<邪神イレイザー>
効果モンスター
星10/闇属性/悪魔族/攻   ?/守   ?
このカードは特殊召喚できない。
自分フィールド上に存在するモンスター3体を
生け贄に捧げた場合のみ通常召喚する事ができる。
このカードの攻撃力・守備力は、相手フィールド上に存在する
カードの枚数×1000ポイントの数値になる。
このカードが破壊され墓地へ送られた時、フィールド上のカードを全て破壊する。
自分フィールド上に表側表示で存在するこのカードを破壊する事ができる。

 <邪神イレイザー>は、大切な何かを奪われてしまう恐怖の具現。
 その恐怖は、他の2つの恐怖よりも、深い爪痕を残す。
「バトルだ! <イレイザー>で目障りなそこの龍を攻撃!」
 現在、治輝たちのフィールドに在るカードは8枚。<邪神イレイザー>の攻撃力・守備力は8000という途方もない数値になっていた。通常のシングルデュエルであれば、相手に相当のボードアドバンテージを握られていない限り、ここまでの攻撃力・守備力にはならない。
「くっ……速攻魔法<超再生能力>を発動!」

<超再生能力>
速攻魔法
このカードを発動したターンのエンドフェイズ時、
このターン自分が手札から捨てたドラゴン族モンスター、
及びこのターン自分が手札・フィールド上からリリースした
ドラゴン族モンスターの枚数分だけ、
自分のデッキからカードをドローする。

 やむを得ず、治輝は伏せカードの1枚を発動する。元々は<-蘇生龍- レムナント・ドラグーン>が破壊された時のために残しておいたカードだが、今は少しでも<邪神イレイザー>の攻撃力を下げることが先決だ。
「場のカードを減らしてきたか。だが、まだ<邪神イレイザー>の攻撃力は7000ある! <レムナント・ドラグーン>を葬り、貴様にトドメを刺すには十分な数値だ!」
 治輝の手札にあるドラゴン族は4枚……<-蘇生龍- レムナント・ドラグーン>の効果を使ったとしても、攻撃力は6200までしか上がらない。
(くそ……こんなことなら、さっきのターンに<超再生能力>を使っておくべきだった)
 万が一のための保険として残しておいたのが仇となった。
「治輝!」
 創志が叫ぶが、治輝に<邪神イレイザー>の攻撃を防ぐ術はない。もう1枚の伏せカードは<リビングデッドの呼び声>であり、これを使ったとしても<邪神イレイザー>の攻撃力を上昇させるだけだ。
「終わりのようだな。俺様を馬鹿にした報いを受けろ! ダイジェスティブ・ブレス!」
 <邪神イレイザー>が攻撃を放つ瞬間、再び力を奪われるような感覚が治輝たちを襲う。いや、奪われる「ような」ではない。実際に奪われているのだ。
 他人から奪った力を糧とし、<邪神イレイザー>は本質を顕わにする。
 口から放たれた波動が、青き龍へと迫る。
「……ダメージステップ! 手札にある4枚のドラゴン族モンスターを見せることで、<レム>の攻撃力を上昇させる!」
「ヒャハハハハハ! 今度こそ無駄な足掻きだなァ! 死ね! 時枝治輝!」
 邪神が放った波動――「ダイジェスティブ・ブレス」が、<-蘇生龍- レムナント・ドラグーン>を呑みこんでいく。
 青き龍の背中には4本のブースターが出現していたが、その推進力を得ても波動を突き破ることは叶わない。
 青い光が屑となって散らばり、龍が崩れていく。
「<レム>――」
 治輝の手札が左手からこぼれ落ちると、<-蘇生龍- レムナント・ドラグーン>は跡形もなく消滅した。
 
 
 これで、治輝のライフポイントは尽き、彼の力は砂神緑雨へと渡る――
 はずだった。
「何……!?」
 砂神が戸惑いの声を上げる。見れば、治輝の前に崩れ去ったはずの<-蘇生龍- レムナント・ドラグーン>が、その形をおぼろげに保ちながら、自らの主を守っていた。
「これは……」
 無論、治輝が何らかのカードを発動したわけではない。創志の場には、そもそも伏せカードが存在していない。

「――罠カード<亡霊封鎖>を発動させてもらった。自分フィールド上のモンスターが戦闘で破壊された時、プレイヤーへのダメージを0にして、バトルフェイズを強制終了する」

<亡霊封鎖>
通常罠(オリジナルカード)
自分フィールド上のモンスターが戦闘によって破壊された時に発動する事ができる。
その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、
バトルフェイズを終了する。

 ならば、動いたのはこの男しかいない。
「輝王……悪い、助かった」
 治輝が礼を言うと、輝王はバツが悪そうに視線を逸らす。
「……フリーチェーンで発動できるようなカードを伏せていれば、<レムナント>で<イレイザー>を撃破出来ていたはずだ。謝るのは俺の方だ」
「そうかもしれないけど、助かったのは事実だ。って言っても、輝王なら何とかしてくれるんじゃないかと思ってたんだけど」
「へっ! 俺もそう思ってたぜ! ここで動かなきゃお前らしくないってな! 治輝の<威嚇する咆哮>に助けられた借りを、まだ返してないもんな」
「時枝……皆本創志……」
 2人の視線を受けた輝王は、フッと微笑を浮かべると、
「……後は任せるぞ」
 落ち着いた声で、後の戦いを託した。
「おう! アイツを倒すのは、俺の役目だ!」
 それを受けて、創志が左手に右拳を叩きつける。パン! という小気味いい音が響き渡り、砂神が不愉快気に眉をひそめた。
「……君に何ができる? 皆本創志。今まで他の2人の足を引っ張ることしかできなかった君が。僕の<邪神イレイザー>を倒すっていうのかい?」
「ああそうだよ。このままやられっぱなしでいられるか。輝王が<アバター>を、治輝が<ドレッド・ルート>を倒したんだ。なら、<イレイザー>は俺が倒す。このままじゃカッコ悪すぎだからな」
 そう言ってビシリと<邪神イレイザー>を指差した創志は、力強く告げる。
「潰すぜ。ソイツ」
 <-蘇生龍- レムナント・ドラグーン>がフィールドを離れたことにより、治輝は手札を全て捨てた。その中にドラゴン族モンスターは4体。エンドフェイズ、<超再生能力>の効果により、4枚のカードをドローする。
 手札補充には成功したものの、次の自分のターンは回ってきそうにないな、と治輝は思った。

【砂神LP3900】 手札6枚
場:邪神イレイザー(攻撃)、冥界の宝札
【輝王LP200】 手札2枚
場:A・マインド(守備)、機甲部隊の最前線、伏せ1枚
【治輝LP500】 手札4枚
場:伏せ1枚
【創志LP1250】 手札2枚
場:マシン・デベロッパー(カウンター10)
 

 

「モンケッソクカゲキムシャシエンキザンキザン」
 切が不可思議な呪文を唱えると、デュエル相手だったカラクリ人形が爆発した。
「それってジャパニーズ忍術ですか?」
「わしは普通にデュエルしてただけなんだがのう……初手は素晴らしかったがの」
 切と背中合わせでデュエルをしていたかづなが、興味津々といった調子で尋ねてくるが、残念ながら魔法でも忍術でもない。ただ永続魔法を発動させて、モンスターを召喚しただけである。サイコパワーを使ったわけでもない。切の使う<真六武衆>にとって、理想的な回り方だっただけだ。
「こいつら、比良牙と同じ<カラクリ>デッキを使ってますけど、あいつほど強くはないですね。ただ、この数を相手にしてたら……」
 切の隣で渋い顔をしながらデュエルをしているのは、巨大な手甲のようなディスクを展開させた純也だ。そのデュエルディスクによく似たモンスター兼装備カードの<アームズ・エイド>を装備した<紅蓮魔闘士>が、<カラクリ忍者 七七四九>を打ち砕き、勝利を収めていた。
 謎の大型装置の駆動によって創志の姿が消えたあと、残された切、かづな、純也の3人は、突如現れたカラクリ人形の軍団とのデュエルを余儀なくされていた。純也の言うとおり個々の強さはそれほどではないものの、連戦を続けていれば次第に精神が疲弊し、プレイングに乱れが生じてくる。加えて、デュエルに負けることが死に直結しているという緊張感も、精神を削る要因となっていた。
「デュエルダ」
 勝利した純也の前に、新たなカラクリ人形が立ちふさがる。響く声は比良牙のような滑らかなものではなく、機械で作られたであろういかにもな合成音だった。
「このまま勝ち続ければ、ギネスに載りますかね。私たち」
「冗談を言ってる場合ではないぞ、かづな。創志の行方も分からんというのに……」
「創志さんのことは心配ですけど、今は自分たちのことを何とかしないと。このままデュエルを続けていても埒が明きません」
「そうじゃな……」
 純也の言うことは最もだが、具体的な打開策は思いつかない。切の前にも別のカラクリ人形が現れ、再びデュエルが始まる。
「でも、この子たちが律儀にデュエルしてくれてよかったですよね」
「……どういうことじゃ?」
「だって、この数のカラクリ人形が力づくで襲いかかってきたら、私なんてひとたまりもないですもん。スドちゃんもいないし……」
「……ううむ、確かに。わしや純也はサイコパワーが使えるとはいえ、それほど力は強くない。多勢に無勢と言ったところか」
 切とかづなが言葉を交わした瞬間。
 ピタリ、とカラクリ人形たちの動きが止まった。
「な、何じゃ!?」
 視界に映るだけでも30体、おそらくは100体以上いるであろうカラクリ人形たちが一斉に動きを止めた光景は、不気味としか言えない。
 1秒、2秒、3秒……10秒ほど動きを止めた後、

「リアルファイトダ」

 カラクリ人形たちは装着していたデュエルディスクを取り外し、腰に差していた棍棒を手にした。
「…………えーと、これは」
 若干のけぞり気味になりながら、かづながかすれた声を出す。同時に、切の額を冷や汗が伝った。
「ひとつ、言っていいですか?」
 展開していたディスク部分からカードを取り外し、デュエルディスクを手甲の状態に戻した純也が、ため息を吐く。呆れたような表情を浮かべ、一言。
「余計なこと言わないでくださいよ!!」
「えええええええええ!?」
 かづなの悲鳴を合図に、カラクリ人形の群れが棍棒を振りかざして襲いかかってくる。
「く……ここは応戦するしかあるまい!」
 切は腰に差していた刀を抜き放ち、飛びかかってきたカラクリ人形の胴を居合で両断する。2つに分かれた人形の上半身は切の遥か後方へと吹き飛び、下半身は地面に突き刺さる。
「かづな! わしの後ろに――」
 戦闘能力が無いであろうかづなをかばうため、切は棍棒の一撃を受け流しつつ叫ぶ。
 が、時すでに遅し。
 かづなの目の前には、その頭蓋を打ち砕かんと、カラクリ人形の拳が振り下ろされようとしていた。
「っ――」
 切は瞬時に身を反転させ、かづなを引き寄せようと手を伸ばす。
 届かない。
 間にあわない。
 最悪の光景が脳裏をよぎり、切の全身が冷え切った。
 刹那。
 ドスン! という地鳴りと共に、かづなの前にいたカラクリ人形の群れがまとめて吹き飛んだ。
 真横から何かに薙ぎ払われたように団子状態になって吹き飛んだカラクリ人形たちは、近くに生えていた枯れ木にぶつかってバラバラになる。
「かづなおねえちゃん! よかった、間にあって……」
「七水ちゃん!? 無事だったんですね!」
 切やかづなを覆うように影が落ちる。見上げれば、何故今まで気付かなかったのか不思議なくらいの巨大な土人形――ゴーレムが現れていた。
 その肩には、かづなが「七水ちゃん」と呼んだ大人しそうな少女と、
「リソナもいるですー!」
 七水とは対照的な、活発そうな金髪の少女が乗っていた。
「り、リソナまでいるのかの? これは一体――」
 突如現れたゴーレムと2人の少女に目を奪われていると、
「ウゴガアアアアアアア!」
 切の背後から、棍棒を振りまわしたカラクリ人形が奇襲を仕掛けてきた。
「くっ!?」
 切は再び体を反転させ、そのままの勢いで斬り上げようとしたのだが、
「クリムゾン・トライデント!」
 切の斬撃よりも早く、カラクリ人形が炎の槍によって貫かれた。
「神楽屋!?」
「ボーッっとすんなよ、切! 俺たちがここに現れた理由なんて、大体想像つくだろうが! お前も、そっちの坊主と嬢ちゃんも、この世界に飛ばされてきたんだろ?」
「う、うむ!」
「ハッ、だったら話は早い、まずはコイツらを片づけるぞ!」
 意気込む神楽屋の傍らには、紅蓮の甲冑を纏った騎士、<ジェムナイト・ルビーズ>がいる。
「七水さんが無事でよかった……これで全員集合って感じですかね?」
「ワシを忘れるでない。小僧」
「うわぁ!?」
 七水の無事を確認し、安堵の表情を見せていた純也だが、不意打ちのように現れた<スクラップ・ドラゴン>の精霊に、体をのけぞらせながら驚く。
「スドちゃん!」
「ワシがサポートすれば、お主も戦えるじゃろう。積もる話はあるが……帽子の小僧の言う通り、まずはこの場を切り抜けるのが先決じゃ」
 ふよふよと浮かびながらかづなの近くに移動するスド。かづなは力強く頷き、拳をきゅっと握る。
「そうですね。こんなところで負けるわけにはいきません」
 瞳に強い意志の光を宿しながら、かづなは両足でしっかりと地面を踏みしめる。
「こんなザコ連中、リソナの<裁きの龍>で一発ですー!」
「やめろアホたれ。あれは敵味方関係なくぶっ飛ばしちまうだろうが。そのゴーレムは七水に任せて、小回りの効く<ジェイン>や<ウォルフ>辺りを実体化させとけ」
「いやですー! リソナだってカッコよく暴れたいですー!」
「リソナちゃん、わがまま言ってられる状況じゃ……」
 ゴーレムの肩の上でぎゃあぎゃあ喚くリソナと、それをなだめようとしている七水。
「……緊張感のない連中じゃの」
 それを見てスドはため息を吐くが、かづなはくすりと笑みをこぼす。
「でも、楽しいです」
 数の暴力に圧倒され、命を落とす危険すらある状況で、集まったデュエリスト達は自分らしさを失っていない。
「――さて、戦の続きじゃ。速攻でカタをつけてやろうぞ!」
 不思議な充足感に満ちながら、切は声を張り上げた。

「どうでもいいことじゃが、ワシと喋り方がかぶっておるのう、小娘」
「そうじゃな」
 
 
「俺のターン!」
 ここまで、自分は2人の活躍を横目で見ているしかなかった。
 輝王のように的確な援護ができたわけでもなく、治輝のように相手の罠をかいくぐって敵を撃破したわけでもない。先走ったせいで相手の邪神にとって有利な状況を作り出してしまい、その後は自分の身を守ることで精一杯だった。
 だが、そんな醜態を晒すのはもう終わりだ。
 創志は覚悟を込めて口にした。<邪神イレイザー>は自分が倒すと。
 その言葉を偽りにしないためにも、絶対に勝利へつながるキーカードを引いてみせる――想いを指先に込め、創志はカードをドローする。
「――来た! 魔法カード<死者蘇生>を発動!」
 創志が発動したのは、敵味方関係なく、あらゆる墓地からモンスターを蘇生させる魔法カード。強すぎる効果ゆえに、かつては禁断の術として封じられていたカードだ。

<死者蘇生>
通常魔法(制限カード)
自分または相手の墓地に存在するモンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターを自分フィールド上に特殊召喚する。

「<死者蘇生>だと!? 俺様の邪神を奪う気か? だが、残念だったな。邪神の名を冠するカードは、特殊召喚を行うことができないんだよ!」
「ハッ、例え特殊召喚できたとしても、テメエのモンスターなんていらねえよ! それじゃ、お前と同じになっちまうじゃねえか」
「何……!?」
 忌々しげに顔を歪める砂神に対し、創志は吠える。
「俺は弱い。サイコパワーだけじゃない。デュエルの腕前だって未熟だ。けど、お前のように誰かの力を奪ってまで強くなりたいとは思わない。俺は、俺のまま強くなる」
「世迷言を! チンケな決意を口にしたところで、何かが変わるというのか!?」
「変わらねえ。変わらねえさ。だから俺は――」
 あの時もそうだった。
 弟を助けるため、先生と慕っていた男に立ち向かったデュエル。
 あの時も――創志は1人ではなかった。
「遠慮なく頼らせてもらうぜ。仲間を!」
 創志が手にしたカード、<死者蘇生>が眩い光を放ち、地面に完全蘇生を意味する魔法陣が浮かび上がる。陣を形成する線に光が走り、暴走寸前まで高められた魔力が、戦いに敗れ散っていったモンスターを呼び戻す。
「輝王! 借りるぜ、お前のモンスター」
「……ああ」
 訊かれるまでもないといった満足げな表情を浮かべた輝王が、浅く頷く。
 答えを聞いた創志は、高々と蘇生したモンスターの名前を告げる。
「来い――<AOJカタストル>!」
 現れたのは、鋭い四肢を砂の大地に打ち込み、滑らかに磨き上げられた流線型のボディから静かな駆動音を響かせる、<AOJ>の戦闘兵器だ。その効果の凶悪さは、劣勢を覆すに値する。

<A・O・J カタストル>
シンクロ・効果モンスター
星5/闇属性/機械族/攻2200/守1200
チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
このカードが闇属性以外のモンスターと戦闘を行う場合、
ダメージ計算を行わずそのモンスターを破壊する。

「…………」
 砂神は押し黙ったまま、ピラミッドの頂上から白金の兵器を睥睨する。
 <AOJカタストル>は強力なモンスターだが、相手フィールド上のモンスターの属性を変更する<エレメントチェンジ>が消滅した時点で、闇属性である<邪神イレイザー>を突破する事はできない。もし輝王の伏せカードが2枚目の<エレメントチェンジ>であった場合、<邪神ドレッド・ルート>の攻撃時に発動するはずだ。温存する理由は限りなく薄い。
 だからこそ、<AOJカタストル>を蘇生させた事には、単独突破ではない他の理由がある。砂神もそれに気付いたから、何も言わないのだ。
「<マシン・デベロッパー>の効果を使うぜ。このカードを墓地に送ることで、乗っているジャンクカウンター数以下のレベルを持つ機械族モンスター1体を、墓地から特殊召喚できる」

<マシン・デベロッパー>
永続魔法
フィールド上に表側表示で存在する
機械族モンスターの攻撃力は200ポイントアップする。
フィールド上に存在する機械族モンスターが破壊される度に、
このカードにジャンクカウンターを2つ置く。
このカードを墓地へ送る事で、このカードに乗っている
ジャンクカウンターの数以下のレベルを持つ
機械族モンスター1体を自分の墓地から選択して特殊召喚する。

 <マシン・デベロッパー>に乗っていたジャンクカウンターの数は10。大抵のモンスターは蘇生できる数だ。
「俺が蘇生させるモンスターはコイツだ! 頼むぜ、相棒――<ジェネクス・コントローラー>を特殊召喚!」
「チューナーモンスター……!」
 永続魔法が消えた代わりに、頭でっかちな機械の小人がフィールドに現れる。創志の<ジェネクス>デッキにとって、核になるモンスターだ。

<ジェネクス・コントローラー>
チューナー(通常モンスター)
星3/闇属性/機械族/攻1400/守1200
仲間達と心を通わせる事ができる、数少ないジェネクスのひとり。
様々なエレメントの力をコントロールできるぞ。

 <AOJ>と<ジェネクス>。2つの機械が交わることによって、辿りつく進化の形がある。
「レベル5の<AOJカタストル>に、レベル3の<ジェネクス・コントローラー>をチューニング!」
 機械の小人が両腕を限界まで開いて、自らの体を3つの光球へと変える。<AOJカタストル>が宙空へと上昇し、3つの光球を体内へと取り込んだ。
 そして、空を覆う闇を切り裂くように、光が走る。
「折れぬ正義の魂が、進化の光を照らしだす――」
 <-蘇生龍- レムナント・ドラグーン>が幻想を具現した竜ならば。
 これは、人々の技術の結晶――叡智の輝きの具現。
 幻想に魅せられた天才たちが、持てる技術の粋を集めて作り上げたカタチ。
シンクロ召喚!」
 光が弾け、鋼鉄の翼が広がる。
 純白の装甲が闇の中に浮かび上がり、装甲に走る黄金のラインが力強さと神々しさを与える。
 機械特有の固さを残しながらも――その姿は、間違いなく竜だった。
「新たなる舞台へ! 導け……<A・ジェネクス・クレアシオン・ドラグーン>!!」
 人工物であるにも関わらず、瞳に光が灯った瞬間、魂が宿ったかのような錯覚に陥る。
 辿りついた進化の先は、「終焉」ではなく、「創造」。
 創志1人の力では為し得ないシンクロ召喚が、邪神を屠るためのピースとなる。


<A・ジェネクス・クレアシオン・ドラグーン>
シンクロ・効果モンスター(オリジナルカード)
星8/闇属性/機械族/攻2800/守2800
「ジェネクス・コントローラー」+「A・O・J」と名のついたシンクロモンスター1体以上
このカードは相手の魔法・罠・効果モンスターの効果の対象にならず、
闇属性モンスター以外との戦闘では破壊されない。
このカードの攻撃力は墓地に存在する「ジェネクス」または「A・O・J」と名のついた
モンスターの数×100ポイントアップする。
このカードがフィールド上から墓地に送られた時、自分の墓地に存在するこのカード以外の「ジェネクス」または「A・O・J」と名のついたモンスター1体を選択し、自分フィールド上に特殊召喚することができる。

「<クレアシオン・ドラグーン>は、墓地に存在する<ジェネクス>と<AOJ>モンスターの数だけ攻撃力がアップする! 力を奪うんじゃない……仲間の力を借りて、<クレアシオン>は強くなる! ジャスティス・フォース!」
 創志と輝王のデュエルディスクから蛍火のような淡い光が溢れ、<A・ジェネクス・クレアシオン・ドラグーン>に吸い込まれていく。
 墓地の<ジェネクス>と<AOJ>モンスターの合計は8体。<A・ジェネクス・クレアシオン・ドラグーン>の攻撃力は800ポイント上昇し、3600。
「行くぜ、砂神! テメエの邪神をぶっ飛ばしてやるよ!」
 創志にとって、<A・ジェネクス・クレアシオン・ドラグーン>をシンクロ召喚するのは、これが二度目だ。かつて、「終焉」の闇を払った機竜ならば、<邪神イレイザー>を突破できる。創志は信じていた。
 
「ほざくな、雑魚がッ! 貴様は隠し玉を披露したつもりだろうが、ソイツもすでに調査済みなんだよ! <クレアシオン>の効果だけでは、<イレイザー>を倒すことなどできはしない!」
「分かってるじゃねえか。<クレアシオン>の効果『だけ』じゃ、<イレイザー>を倒せない」
 なら、どうすればいいのか――創志が口にするまでもなく、砂神は理解したようだった。
「……やってみるがいい。俺様はこんなところで負けるわけにはいかない」
「――この世界に呼び寄せたサイコデュエリストから力を奪うまで、か?」
 治輝の問いに、砂神は不服そうに首肯する。
「僕の……俺様の力は、砂神緑雨などという矮小な存在に収まるべきものじゃない。だから俺様はさらなる力を求める。砂神緑雨という存在を消し――完全なペインとなって暴走するために」
「何……!?」
 砂神の言葉は、偽りや冗談などではない。そう信じさせるだけに足りる意志の強さが、彼の瞳には宿っていた。
「純然たる力を振るうためには、半端な理性など必要ない。僕が人である以上、理性を完全に捨て去ることはできない」
「ペインなら……それが可能だから。だからお前はペインになるっていうのか?」
「そうだ」
「ッ――!!」
 治輝の体が震える。この世界に来て初めてペインを知った創志には、彼がどれほどの思いを抱えているかは分からなかったが、彼の中の怒りが膨れ上がるのが分かった。

「ふざけんなよテメエッ!!」

 それを分かった上で、創志は治輝よりも先に叫んだ。
「そ、創志?」
 出鼻をくじかれた治輝が、若干気の抜けた声を出す。今ここで彼が感情を爆発させてしまえば、治輝がこれから辿るであろう道が、変わってしまう気がした。それをさせないために、創志は真っ先に叫んだのだ。
 最も、それは理由の1つに過ぎない。
「自分を消す、だって? 自分を捨てたやつが――自分を諦めたヤツが、強くなれるわけねえだろッ! お前がペインとやらになるのは勝手だ。けど、ペインになったらお前は今より弱くなるぜ。断言してやる!」
 一番大きな理由は、単純にムカついたからだ。
 力に恵まれた癖に、それを放棄して逃げようとしている砂神緑雨という男に、一言言ってやりたかったからだ。
 砂神がペインになろうとした理由は、力に恵まれ過ぎたからなのだが――それを知らない創志は遠慮なしに自分の気持ちをぶつける。
「自分で考えて、自分で決めてこその強さだろうが! 自分がやりたいと思ったことをやらなきゃ、強くなんてなれねえんだよ!」
「戯言を! 僕に説教をするな!」
「ああそうだな。説教するなんて俺のガラじゃねえ。力づくで分からせてやる!」
 これで問答は打ち切りだと言わんばかりに、創志は砂の大地を強く踏みしめる。
「……分かっているな、皆本創志」
「大丈夫だっての。お前の伏せカードを使えばいいんだろ?」
 この変則タッグデュエルでは、自チームの伏せカードを、通常魔法・通常罠に限り、持ち主以外のプレイヤーが発動する事ができる。輝王の伏せカードが通常魔法であることを確認した創志は、それを発動すべく、もう1人の仲間へと向き直る。
「治輝」
「……何だ?」
「アイツを倒すのに、お前の力も必要だ。力を貸してくれ」
「……その言葉を待ってた」
 微笑を浮かべた治輝は、伏せカードの起動ボタンへと手を伸ばした。
「永続罠<リビングデッドの呼び声>を発動! 自分の墓地からモンスターを1体選択し、表側攻撃表示で特殊召喚する。俺が選択するモンスターは――」

リビングデッドの呼び声>
永続罠
自分の墓地からモンスター1体を選択し、表側攻撃表示で特殊召喚する。
このカードがフィールド上から離れた時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時、このカードを破壊する。

 がら空きだった治輝のフィールドに、蘇生を意味する魔法陣が刻まれる。<死者蘇生>のときと違い、陣を形成する線の色は黒だ。
 陣の中心から、剣が飛び出す。
「頼む! <ドラグニティアームズ-レヴァテイン>!」
 剣は、砂漠の大地にも緑を広げた大木から生まれたものだった。
 大剣を握りしめた橙色の飛竜、<ドラグニティアームズ-レヴァテイン>が墓地から蘇る。

<ドラグニティアームズ―レヴァテイン>
効果モンスター
星8/風属性/ドラゴン族/攻2600/守1200
このカードは自分フィールド上に表側表示で存在する
「ドラグニティ」と名のついたカードを装備したモンスター1体をゲームから除外し、
手札または墓地から特殊召喚する事ができる。
このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、
「ドラグニティアームズ-レヴァテイン」以外の
自分の墓地に存在するドラゴン族モンスター1体を選択し、
装備カード扱いとしてこのカードに装備する事ができる。
このカードが相手のカードの効果によって墓地へ送られた時、
装備カード扱いとしてこのカードに装備されたモンスター1体を特殊召喚する事ができる。

「<レヴァテイン>の効果発動! このモンスターが特殊召喚に成功した時、墓地に存在する<レヴァテイン>以外のドラゴン族モンスター1体を、装備カード扱いとして装備する事ができる! 墓地の<-蘇生竜- レムナント・ドラグーン>を装備!」
 飛竜の体が、優しい光を放つ蒼色のオーラに包まれる。それは散っていった幻想の竜が放っていたものと同じだ。
「お膳立てはここまでだ。後は頼む、創志」
「任せろ! 俺は輝王の伏せカードを使う!」
 輝王の場の伏せカードが頭を上げ、秘められた効力を発揮する。
「見せてやるよ。ずっと1人で戦ってきたお前に!」
 創志が告げると、所在なさげにふわふわと漂っていた<A・マインド>が、<A・ジェネクス・クレアシオン・ドラグーン>に向かっていく。そして、体から伸びる無数のコードを機竜の頭部へと接続。PCのハードディスクが高速回転しているような音が鳴り、機竜は各部の調子をチェックするように上空へ向かって飛翔する。
 その背中に、<ドラグニティアームズ-レヴァテイン>が着地する。
「何の真似だ!?」
「発動した魔法は<無白橙盟>。効果モンスター1体と通常モンスター1体の攻撃力を、選択したシンクロモンスターに加えることができる。さらに、選択したシンクロモンスターが相手モンスターを破壊し墓地に送った時、相手ライフに1000ポイントのダメージを与える!」

<無白橙盟>
通常魔法(オリジナルカード)
自分のフィールド上の通常モンスター、シンクロモンスター、効果モンスターを選択して発動する。
選択したシンクロモンスターの攻撃力はエンドフェイズまで
選択した3体のモンスターの攻撃力を合計した数値になる。
選択したシンクロモンスターが相手モンスターを戦闘で破壊した場合、相手に1000ポイントのダメージを与える。

 <無白橙盟>――条件は厳しいが、1人でも発動条件を満たせなくはないカードだ。
 だが、このカードを3人の力を合わせて発動したことに意味がある。
 輝王の覚悟。
 治輝の想い。
 創志の意地。
 3つを束ねることで、<A・ジェネクス・クレアシオン・ドラグーン>は己の限界を越えた力を手にすることができる。
「バトルだ! <A・ジェネクス・クレアシオン・ドラグーン>で<邪神イレイザー>を攻撃!」
 機竜の足に接続された大型のブースターに、火が灯る。
 飛竜の体が低く沈み、大剣を真横に構える。
 頭を上げた邪神が戦慄く。それが決戦の合図だった。
 <邪神イレイザー>の口から、暗黒の波動が吐き出される。
 加速しつつそれを避けた<A・ジェネクス・クレアシオン・ドラグーン>は、背中に<ドラグニティアームズ-レヴァテイン>を乗せたまま夜空を疾走する。
「――<イレイザー>! 仕留めろッ!!」
 主人の怒りを代弁するかのように雄叫びを上げる<邪神イレイザー>。
 すると、足元に広がっていた霧が、いくつもの渦を作り始める。
 渦が生み出す風に巻き上げられた砂が、瞬時に竜巻を作りだす。
「殺れッ!」
 指向性を持った砂の竜巻が、飛翔する機竜目がけて放たれる。
 最初の竜巻を、機竜は右に逸れることで回避。
 それを読んでいたように放たれた次弾を、急降下することでやり過ごす。
 錐揉み回転しながら落下し、地面スレスレで急上昇。竜巻の勢力圏から逃れたあと、再度邪神目がけて加速する。それでも背に乗る<ドラグニティアームズ-レヴァテイン>の体が離れることはない。
 だが。
ダイジェスティブ・ブレス!」
 再び放たれる暗黒の波動が、機竜を真正面から捉える。
 回避コースは、砂の竜巻によって塞がれている。
 直撃――
「<クレアシオン>!」
「<レヴァテイン>!」
 創志と治輝の声が重なる。
 機竜は背部の補助スラスターの出力を全開にし、飛竜は鋼鉄の背中を強く蹴って、自らの羽で飛翔する。
 この局面での、分離飛行。
 機竜を狙ったはずの波動は2体の間を駆け抜け、標的を滅する事はない。
「馬鹿な!? 避けただと――」
 砂神が驚愕すると同時、<A・ジェネクス・クレアシオン・ドラグーン>の右翼が、黄金色の光を纏い始める。
 最早、邪神への攻撃を阻むものはない。
「食らえよ! ――ジェネシック・レヴァテイン!!」
 機竜の光の刃が。
 飛竜の鉄の刃が。
 交差する2つの刃が――邪神を刻んだ。
 
 
 ずるり、と竜によく似た首が傾き、砂の大地へと落下する。
 頭を失った<邪神イレイザー>は、微動だにしない。
 攻撃を終えた<A・ジェネクス・クレアシオン・ドラグーン>と<ドラグニティアームズ-レヴァテイン>はそれぞれの場に戻る。機竜の頭部から<A・マインド>が外れ、輝王の場へと戻っていった。
 第三の邪神は倒れた。
 <無白橙盟>の効果によって、<A・ジェネクス・クレアシオン・ドラグーン>の攻撃力は8000。対し、攻撃時<邪神イレイザー>の攻撃力は6000。<無白橙盟>のバーンダメージと合わせて、砂神のライフは3000も減少した。

【砂神LP3900→900】

「クックッ……アッハハハハハハハハハ!」
 にも関わらず、砂神は盛大な笑い声を上げた。
 治輝や創志を嘲笑ったときとは違う、何かが切れてしまったかのような、気味の悪い笑い方だった。創志は第三の邪神を撃破した。それなのに、素直に喜びを表すことはできなかった。
「……これで俺様を追い詰めたつもりか? 3体の邪神を撃破したくらいで、自分たちは勝ったと思っているのか? 図に乗るなよ、グズ共」
 治輝や創志に論破されたことで薄れていた砂神自身が放つ圧迫感が、ここに来て鋭さを増す。まるで、邪神が倒れたことによって、砂神の力が解き放たれたかのように。
「僕の強さの本質はここからだ! <邪神イレイザー>の効果発動!」
 砂神が叫ぶと、切断された首の断面から、ドロリと真っ黒な血が溢れる。石油のように溢れた邪神の血は、動かなくなった体を伝い、砂漠へと染み込んでいく。
 黒い染みが砂の大地に広がると同時、創志たちを囲むように竜巻が発生する。
「これは――!?」
 激しい砂嵐は、瞬く間に創志の視界を奪っていく。
「治輝! 輝王!」
 隣にいたはずの2人の姿さえ見えなくなる。創志は2人の名を叫ぶが、返事が返ってくる気配はない。
「――ッ!?」
 そして、<邪神イレイザー>の禍々しい血が、創志の足元にまで広がり始める。
「<イレイザー>が破壊され墓地に送られた時、フィールド上のカード全てを破壊する! 砕け散れ! この世界もろともなァ!」
 ガシャン、とガラスが砕けたような音が響き渡り、創志が立っていた地面が、文字通り粉々に砕け散る。
 嫌な浮遊感が全身を包み、ドッと汗が噴き出す。
 崩れた地面の先に見えるのは、一切の光が排除された闇。
「くっ……」
 伸ばした腕の先で、両翼をもがれた<A・ジェネクス・クレアシオン・ドラグーン>が墜落していくのが見える。
 創志は、為す術もなく闇の中へ落ちていくしかなかった。






 痛い。
 深い闇に覆われ、目を開いているのか閉じているのかさえも分からない空間で、治輝は痛みを感じていた。
 指先を切ってしまったとか、ひじをぶつけてしまったなどといった物理的な痛みではなく、かといって悲しい出来事を目にして心が締めつけられるような精神的な痛みでもない。
 ただ、漠然と「痛い」という感覚がある。
 その痛みは、強い力に翻弄され続けた砂神が感じてきたものなのか。
 それとも――
 治輝の罪の意識が、痛みへと変わったものなのか。
 沈んでいく。
 上下左右も分からない闇の中で、底なし沼に沈んでいくような感覚が全身を襲う。
(……俺は)
 口を動かしてみるが、声は響かない。
 ただ、痛い。
 ただ、沈んでいく。
 さらなる深淵へ。
 さらなる痛みの中へ。
 沈んでいく。
 沈んでいく。
 沈んで――

 ……怖くない、なんて胸を張って言えません。怖いです。

 声が、響いた。
 それは、とても懐かしい声だった。

 ――頼まれちゃいましたから。あの人が帰ってくるまでは、私、負けられません。

 知っている声。
 知らない台詞。

 それに、もっと怖い事もありますから。それに比べれば、ペインなんてへっちゃらです!

(――俺は!)
 目を開く。
 黒一色の世界で、ポツリと輝く青の星が見える。
 それは、治輝が手にした幻想の龍を作り上げていたものと同じ、青の光だ。
 瞬間。
 辺りを覆っていた闇は、砕けた。
 
 一面の砂漠は消滅し、砂神が新たに創り出したのは、廃墟の世界だった。
 高層ビルが密集するように立ち並んでいるが、ひとつとして無事なものはない。外壁や窓ガラスは砕け、中腹辺りで完全に折れ曲がってしまっているビルもある。空気は渇ききっており、荒廃した景色も相まって、息苦しさを感じさせる。
 ヒビだらけのアスファルトの上に立ち、砂神は視線を前に向ける。
 そこには、「力」を奪うための生贄が横たわっていた。数は3。獲物としては上質とは言い難いが、前菜には十分な人間たちだ。
 そう。彼らは前菜に過ぎないはずだった。
 砂神は、そんな彼らにあと一歩のところまで追い込まれた。いや、デュエル内容だけ見れば、敗北したと言ってもいい。
 だが、ここまでだ。
 <邪神イレイザー>の闇に呑まれたが最後、永劫に続く痛みの中で、もがき苦しむことになる。最早目を覚ますことはない。

 そのはずだった。

「どうしてだ……」
 砂神には、目の前の光景が理解できない。
 ゆっくりと。しかし確実に。
 前菜に過ぎなかったはずの男達は、闇を抜け、痛みを振り払い、立ち上がろうとしていた。
「どうして、倒れない!? 何故立ち上がれる!?」
 疑問と焦りがない交ぜになり、砂神は無我夢中で叫んだ。
「へっ……こういう精神攻撃みたいなヤツには慣れてんだよ」
 口内に溜まった血を吐きだしながら、創志が告げる。
「――まだデュエルは終わっていない。なら、倒れるわけにはいかない」
 カードを握る指先を微かに震わせながら、輝王が告げる。
「……幕を引くには早いってことだ」
 荒い息を整えながら、治輝が告げる。
 3人の瞳に宿る意思の光は、陰るどころか輝きを増している。
 理解できない。
「貴様らは、一体……」
 砂神が思わずこぼした問いに、笑みを浮かべた創志が答える。

「言ったろ? デュエリストだよ」





「無事か、とは訊かない。やれるな?」
「ああ」
「当然だぜ」
 輝王、治輝、創志は顔を見合わせたあと、互いに頷きあう。
 3体の邪神を倒し、砂神のライフは残りわずか。度重なる攻撃の実体化によってすでに体は限界に達していたが、ここで倒れるわけにはいかない。砂神の攻撃に屈するわけには、絶対にいかない。
「さあ、デュエルを続けるぜ! 砂神!」
 <邪神イレイザー>がもたらした闇によって淀んでしまった空気を振り払うように、創志は叫び、右腕を振るう。
「……<邪神イレイザー>の効果によって、フィールド上のカードは全て破壊されている。これ以上貴様にできることは――」
 言いかけて、砂神は口をつぐむ。
「気付いたか? <クレアシオン>がフィールドから墓地に送られた時、自分の墓地に存在する<ジェネクス>か<AOJ>モンスター1体を特殊召喚できる! 来い! <A・ジェネクストライフォース>!」

<A・ジェネクス・クレアシオン・ドラグーン>
シンクロ・効果モンスター(オリジナルカード)
星8/闇属性/機械族/攻2800/守2800
「ジェネクス・コントローラー」+「A・O・J」と名のついたシンクロモンスター1体以上
このカードは相手の魔法・罠・効果モンスターの効果の対象にならず、
闇属性モンスター以外との戦闘では破壊されない。
このカードの攻撃力は墓地に存在する「ジェネクス」または「A・O・J」と名のついた
モンスターの数×100ポイントアップする。
このカードがフィールド上から墓地に送られた時、自分の墓地に存在するこのカード以外の「ジェネクス」または「A・O・J」と名のついたモンスター1体を選択し、自分フィールド上に特殊召喚することができる。

 創志のフィールドに現れたのは、3つの砲門を備えた特徴的な砲撃ユニットを装着した、銀色の機械兵だ。朱色のバイザーの奥に光が灯り、背部のスラスターを噴かせながら姿勢を整える。機竜の後を引き継ぐために。

<A・ジェネクストライフォース>
シンクロ・効果モンスター
星7/闇属性/機械族/攻2500/守2100
「ジェネクス」と名のついたチューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
このカードがシンクロ素材としたチューナー以外の
モンスターの属性によって、このカードは以下の効果を得る。
●地属性:このカードが攻撃する場合、
相手はダメージステップ終了時まで魔法・罠カードを発動できない。
●炎属性:このカードが戦闘によってモンスターを破壊した場合、
そのモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。
●光属性:1ターンに1度、自分の墓地の
光属性モンスター1体を選択して、自分フィールド上にセットできる。

「こっちもだ! <レヴァテイン>が相手のカードの効果によって墓地に送られた時、装備していたドラゴン族モンスターを特殊召喚できる! 戻れ! <レム>!」

<ドラグニティアームズ―レヴァテイン>
効果モンスター
星8/風属性/ドラゴン族/攻2600/守1200
このカードは自分フィールド上に表側表示で存在する
「ドラグニティ」と名のついたカードを装備したモンスター1体をゲームから除外し、
手札または墓地から特殊召喚する事ができる。
このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、
「ドラグニティアームズ-レヴァテイン」以外の
自分の墓地に存在するドラゴン族モンスター1体を選択し、
装備カード扱いとしてこのカードに装備する事ができる。
このカードが相手のカードの効果によって墓地へ送られた時、
装備カード扱いとしてこのカードに装備されたモンスター1体を特殊召喚する事ができる。

 治輝の手のひらに、小さな青い火の玉が宿る。治輝が手のひらを空に掲げると、火の玉はふわりと浮かび、その形を変えていく。膨張し、徐々に自らの形を作り上げていく。
 墓地から舞い戻ったその姿は、龍というよりも不死鳥と表すのがふさわしく見えた。

<-蘇生龍-レムナント・ドラグーン>
効果モンスター(オリジナルカード)
星8/光属性/ドラゴン族/攻2200/守2200
このカードは通常召喚できない。
自分フィールド上のドラゴン族モンスターが3体以上リリース、
または3体以上破壊されたターンに手札から特殊召喚できる。
このカードが手札からの特殊召喚に成功した時、このターン破壊された、またはリリースされたドラゴン族モンスターを可能な限り、墓地または除外ゾーンから手札に戻す。
このカードが戦闘を行うダメージステップ時、手札のドラゴン族モンスターを相手に見せる事で発動できる。
このカードの攻撃力はエンドフェイズ時まで、見せたカードの種類×1000ポイントアップする。
このカードがフィールドを離れた時、自分は手札を全て捨てる。
このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
自分はモンスターを通常召喚・反転召喚・特殊召喚する事ができない。

 空になったはずのフィールドに、<A・ジェネクストライフォース>と<-蘇生龍- レムナント・ドラグーン>――2体のモンスターが並ぶ。
「そうか。貴様らはまだ足掻くのか」
 何かを悟ったような落ち着いた声で、砂神はポツリと呟く。
「当たり前だろ。デュエルはまだ終わってねえ」
「そうだな。その通りだ」
 頷いた砂神がククッ、と含み笑いを漏らした、次の瞬間。
 アスファルトのヒビをなぞるように、墨汁が溢れたような濃い闇が噴き出した。
「なっ……」
「デュエルは終わっていない。俺様が、貴様らの力を狩り尽くすまでな!」
 突如現れた闇のカーテンによって、砂神の姿は見えなくなる。未だ殺気を失っていない声だけが、廃墟の世界に響いている。
 そして、闇の向こう側で「何か」が蠢いているのを、創志は感じた。
「このカードは、墓地に存在する<アバター>、<ドレッド・ルート>、<イレイザー>の3体を除外する事で、相手ターンに手札から攻撃表示で特殊召喚できる……」
 闇の中を、何かが這いずり回っている。
 ドバッ! と闇のカーテンをぶち抜き、深緑色に染まった巨大な腕が飛び出してくる。外側は骨でできた手甲で覆われているが、所々穴が空いてしまっている。
「あれは……<邪神ドレッド・ルート>の腕か?」
 治輝の言う通りだ。闇の向こう側から飛び出してきた腕は、葬られたはずの<邪神ドレッド・ルート>のそれに酷似していた。

「恐怖は終わらない。恐怖は消えないッ! そして、俺様は強い! それを証明してやる――現界しろ、<朽ちた邪神>よ!!」

 砂神の言葉と共に、広がっていた闇が内側から吹き飛ぶ。
 腕の主の全貌――それは、邪神の寄せ集めとしか言いようがなかった。
 上半身は<邪神イレイザー>をベースにしているが、頭の右半分はごっそりと抜け落ちている。<邪神ドレッド・ルート>の腕は片方しか存在せず、もう片方は切り落とされたままだ。下半身は闇の霧に覆われており、どんな形になっているのか想像もつかない。
 名前が示す通り、朽ちた邪神を強引に繋ぎ合わせた合成獣
 それが、砂神が呼びだした最後の邪神だった。
 
<朽ちた邪神>
効果モンスター(オリジナルカード)
星10/闇属性/アンデット族/攻1000/守1000
このカードは通常召喚できない。
このカードは墓地に<邪神アバター><邪神ドレッドルート><邪神イレイザー>が存在する時に、
その3枚を除外する事でのみ、相手ターンに手札から攻撃表示で特殊召喚できる。
その方法で特殊召喚に成功した場合、以下の効果を得る。
●このカードが特殊召喚に成功した時、相手フィールド上のモンスター1体につき1000ポイント攻撃力をアップする。
●このカードが戦闘を行う時、自分の攻撃力の半分の数値分、相手モンスターの攻撃力をダウンする。
●このカードは相手モンスターの効果、罠、魔法の対象にならない。

「<朽ちた邪神>が特殊召喚に成功した時、相手フィールド上のモンスター1体につき、攻撃力が1000ポイントアップする! さらに、このカードが戦闘を行う時、自分の攻撃力の半分の数値分、相手モンスターの攻撃力をダウンさせる! 貴様が呼びだした<A・ジェネクストライフォース>では、<朽ちた邪神>を倒すことはできない!」
 <朽ちた邪神>の目玉がぎょろりと蠢き、自らの敵を見定める。腕の筋肉が脈動し、下半身を覆い隠す闇がざわざわと揺らぐ。
 フィールドに存在するモンスターは2体。よって<朽ちた邪神>の攻撃力は2000ポイント上昇し、3000となった。
「さあ! さっさとターンを終了するといい! 俺様の手札は潤沢だ! ここから逆転することなど、実にたやすい!」
 砂神の言葉は、虚勢などではない。狂気に満ちた笑みが、それを物語っている。
 <邪神アバター>、<邪神ドレッド・ルート>、<邪神イレイザー>……それぞれの効果を縮小したかのような能力を持つ、<朽ちた邪神>。まだ創志のバトルフェイズは終了していないが、このまま攻撃しても自滅するのが目に見えている。
 だから、砂神は言ったのだ。
 無駄な足掻きはよせ、と。
 ここで諦めろ、と。

「――断るぜ。俺は攻撃を続行する」

 創志は、それを受け入れない。
「このままダイレクトアタックで終わりじゃ、あっさりしすぎだと思ってたところだ。<朽ちた邪神>……面白いじゃねえか。最後に立ちはだかった壁、ってとこか。ぶち壊し甲斐があるぜ」
 当たり前のことだ。ここで諦める理由など無い。
 何故なら――
「治輝! もう一度お前の力を借りるぜ!」
「――ああ!」
 すでに、勝利への道は開けているのだから。

「速攻魔法発動! <クロッシング・ドラグーン>!」

 交わるはずの無かった、2つの線。
 身勝手な狩人によって歪められた、2つの線。
 重なる。
 交差する。
 進化を求めた機械の魂が。
 過去と未来を束ねた竜の魂が。
 少年が手にした魔法によって、交差する。

「何だ……そのカードは!?」
 創志が掲げたカードを見て、砂神は焦りを顕わにする。こちらのデッキは全て把握したつもりだったのだろう。自分の記憶にない<クロッシング・ドラグーン>の発動に、激しく狼狽する。
 砂神が知らないのも当然だ。このカードは、変則タッグデュエルが始まる直前に投入したのだから。
 本来ならば、<A・ジェネクス・クレアシオン・ドラグーン>に対して使うカードだ。
 しかし、この場にはもう1体「ドラグーン」の名を冠するモンスターがいる。
「<クロッシング・ドラグーン>は、<ドラグーン>と名のついたモンスターを、自分フィールド上のモンスター1体に装備し、装備扱いとなったモンスターの元々の攻撃力分だけ攻撃力をアップさせる!」
 力強い雄叫びを上げた<-蘇生龍- レムナント・ドラグーン>が、その身を球体へと戻しつつ、<A・ジェネクストライフォース>に憑依する。銀色の機械兵が青い光に包まれ、背部のスラスターからは天使の羽のような光が噴出する。
 <A・ジェネクストライフォース>の攻撃力は、<-蘇生龍- レムナント・ドラグーン>の元々の攻撃力分上昇し、4700ポイント。<朽ちた邪神>の攻撃力を遥かに上回った。
「それだけじゃねえ! <ドラグーン>を装備したモンスターは、相手モンスターの効果を受けない!」

クロッシング・ドラグーン>
速攻魔法(オリジナルカード)
自分フィールド上の「ドラグーン」と名の付いたモンスター1体を対象に発動する。
対象モンスターを装備カード扱いとして自分フィールド上のモンスター1体に装備し、
装備扱いとなったモンスターの元々の攻撃力分、攻撃力をアップする。
そのカードを装備しているモンスターは、相手モンスターの効果を受けない。

「――ッ!?」
 つまり、<朽ちた邪神>の攻撃力半減効果は、今の<A・ジェネクストライフォース>には通用しない。
「力を奪うことでしか他人を意識できなかったお前には、分からないだろうな」
「これが、結束の力だ!」
 治輝が告げ、創志が叫び、決戦の幕が切って落とされる。
「終わりだ、砂神! <トライフォース>で<朽ちた邪神>を攻撃!」
 銀色の機械兵が右腕の砲撃ユニットを構える。
 3つの砲口が一斉に開き、青い光が充填されていく。
「……認めん」
 それを見て、<朽ちた邪神>が動いた。
 咆哮を上げ、標的を砕くために剛腕を振るう。その拳に、迷いや躊躇いは皆無だ。
「<レム>!」
 治輝が竜の名を呼ぶと、<-蘇生龍- レムナント・ドラグーン>の背部にあった4本の気筒――ジェット機のブースターによく似たものが現れ、矢のように放たれる。
 放たれたブースターは、迫る<朽ちた邪神>に突き刺さり、猛進していた動きを止める。
 苦しげな呻き声が合成獣の口から漏れ、
「僕が……負けるなんて――!」
 悔しさに満ちた砂神の叫び声が響く。

「ぶち破れ! レムナント・バスタァアアアアアアアアアッ!」

 3つの砲門から、青い光条が放たれる。
 太い線に過ぎなかったそれは、加速しながら、徐々に本来の形を取り戻していく。
 龍。
 幾重もの線を束ねる、幻の龍。
 一直線に飛翔した青き龍は、朽ちた邪神を呑みこみ、

「ありえない! この、僕がッ――」

 砂神緑雨をも呑みこんだ。

【砂神LP900→0】
 
 力に翻弄される自分が嫌いだった。
 力に慢心する自分が嫌いだった。
 力を恐れる世界が嫌いだった。
 力を求める世界が嫌いだった。
 何故、こんなに苦しまなければならない?

 ――それは、僕が人間だからだ。

 考えるのをやめようとしても、全てを振り切ったつもりでも。
 思考してしまう。悩んでしまう。
 力について考えてしまう。
 自分について考えてしまう。
 だから、いつまで経っても苦しみが消えない。

 ――それなら、人間をやめればいい。

 化け物――ペインになれば、苦しみも悩みも忘れられる。
 そのためには、まだ力が足りない。
 もっともっと、理性を失うほどの力が必要だ。
 奪わなければならない。
 たった一度の敗北で、ペインになることを諦めるわけにはいかない。
 この道を引き返すわけにはいかない。

 ――俺は、これからも。

 狩りを続けなければならない。
 例え、その道が破滅に繋がっていようとも。





 砂神緑雨は、倒れた。
 最後の攻撃でデュエルディスクのデッキホルダーが破損したのか、砂神のカードが周囲に散乱していた。
「勝った……のか?」
 <A・ジェネクストライフォース>と<-蘇生龍- レムナント・ドラグーン>の立体映像が消えていく。砂神が倒れたことで気が抜けてしまった創志は、半信半疑のまま口を開く。デュエルには勝利したが、今度は実力行使で襲いかかってきそうな予感がしていたのだ。予想に反して、砂神がすぐに立ち上がる気配はない。
「……デュエル中はあれだけ自信満々だったのに、今さら勝利を疑うとは。らしくないな、皆本創志」
「う、疑ってなんていねーよ。ただ、殺しても死にそうにないヤツだったから、まだ何かあるんじゃねえかと……」
「殺す気だったのか?」
「そんなわけねーだろ! 例え話だよっ!」
 うっすらと笑う輝王の顔を見て、創志は自分がからかわれていると確信する。最も、デュエルが終わったことで多少輝王の緊張もほぐれたのだろう。
「…………」
 そんな2人とは対照的に、厳しい表情のままの治輝が、砂神の元へ近づこうと一歩を踏み出す。

「おっと。それ以上主様に近寄るのは許さないよ」

 そのタイミングを見計らっていたかのように、人影が――ビルの陰にでも隠れていたのだろう――飛び出してきた。
 背はそれほど高くない。聞こえた声も中性的で、長い前髪が顔を隠してしまっているため、性別の判断はつかない。深緑色の作務衣を着た人影は、倒れる砂神の前に立ちはだかる。
「まさか、君たちが主様を倒すとは思わなかったよ。デュエルモンスターズは、運が絡む要素が比較的少なく、力の優劣が現れやすいカードゲームだと思ったんだけど……こんなこともあるんだね。びっくりだよ」
 現れるや否やぺらぺらと喋り出す作務衣姿の人間。容姿に見覚えはなかったが、嫌味な口調には心当たりがあった。
「お前、比良牙か?」
「そうだよ。本当なら姿を現すつもりはなかったんだけど、緊急事態だから仕方ないね。主様には、まだまだがんばってもらわなくちゃ」
「……どういう意味だ?」
「答える気はないな。君たちには関係のないことだよ。ラスボスを倒してハッピーエンド。それでいいじゃないか」
 輝王の問いをはぐらかし、比良牙はにやにやと意地の悪い笑みを浮かべる。体が万全な状態なら、有無も言わさずぶん殴ってるところだ、と創志は思った。
 その時、ドン! という轟音と共に、地面が激しく揺れた。
「何だ――地震!?」
 創志は驚くが、揺れ自体は一瞬で、すぐに収まる。緊張感を取り戻した輝王は、厳しい視線を比良牙に向けた。
「説明する義務はないんだけど……ラスボスを倒した特別ボーナスってことで教えてあげるよ。主様が気を失っちゃったから、この世界が崩れ始めてるんだね。心配しなくても、このままボーっと突っ立ってれば、世界が壊れると同時に君たちは元の世界に戻れるよ。僕がそうなるようにセッティングしておいたから。ああ、他の場所にいる君たちの仲間はみんな無事だ。元の世界に戻れば、すんなり再会できるだろうさ」
「お前の言葉を信じろっていうのか? 俺たちを殺そうとしたお前を?」
「信じる信じないは勝手だけど、他に何かアテがあるのかい? 僕を倒して情報を吐かせようっていうなら相手になるよ。デュエルでもリアルファイトでもね。けど、そんな状態で満足に戦えるのかな?」
「ぐっ……」
 余裕綽々といった感じの比良牙にまくしたてられ、創志は言葉を失う。
「お前の言葉は信じられないが、代案が無いのは事実だ。ここは静観させてもらう」
「輝王!?」
「……保身を考えすぎるのは、ゴミ男の典型らしいぞ」
「誰が言ったんだよそりゃ……」
 とはいえ、心身ともに疲弊した状態では、動こうにも動けない。慎重な輝王が待つと言っているのだ。下手に動いても仕方がないだろう。
「懸命な判断だね」
 言って、比良牙は砂神の体を起こす。自分の肩を貸し、腰のあたりを支えながら立ち上がらせた。
「ったく。本当に元の世界に戻れんのかよ……治輝はどう思う?」
 愚痴をこぼしつつ、創志は今まで口を閉ざしていた治輝に話を振ってみる。
 治輝は少し間を置いたあと、
「……そうだな。あいつの言葉を信じるわけじゃないけど、もし俺たちを殺したり捕えたりする気なら、今の時点でもうやってると思う。わざわざ回復する時間を与えることはしない」
「確かに……」
「でも、さ。あいつの言う通り元の世界に戻れるとしても――」
 ごく普通の会話を交わすように、治輝は言葉を続ける。

「――お前たちを、このまま帰すわけにはいかない」

 しかし、続いた言葉は――何気なく交わせるような言葉ではなかった。