シューティングラーヴェ(はてな)

シューティングラーヴェの移行先

遊戯王オリジナル×stage=01~終わり

 

徹底した静寂が、青年の歩く音を際立たせる。
 青年の名は、時枝治輝。
 輝王正義、皆本創志と共に、今回の事件の元凶である砂神を打倒した張本人。
 出会って間も無いとはいえ、共に力を合わせ、困難を打ち破った同胞だ。
 だからこそ、誰もが耳を疑った。

 

「おまえたちを、このまま帰すわけにはいかない」

 

 その声色は、今までの時枝治輝のものとは、全く別種のものだ。
 勝利の余韻を共有し、互いを称え合った声とは異なる声。
 青年が歩を進めていく先には、気絶した砂神の姿。
 その進行を阻む様に、作務衣姿の人間――比良牙(ひらが)が治輝の目の前に、音もなく現れる。
「聞こえなかったのかい? 主様に近付く事は許さないよ。余り同じ事を言わせないでもらえるかな」
 飄々とした様子とは裏腹に、彼の言葉には凄みがあった。
 その言葉を無視するなら、こちらも容赦しない――と。
 並の人間なら、それだけで畏怖を感じる程の圧迫感を、比良牙は発する。
 時枝治輝はそれを聞き、足を止める。
「そのまま戻る事だ。君もその方が」
 比良牙は聞き分けの無い子供に呆れるかのように声を続けようとして
 首元に、冷たい感覚を覚えた。
 時枝治輝は止めたはずの足を再び動かし、比良牙の横で、囁くように言う。

 

「――そんな奴に近付く気なんて、あるわけないだろ」

 

 次の瞬間、比良牙の首元に鋭利な剣が現れた。
 あるいは既に、存在していたのかもしれない。
 刃がギラリと光り、影に覆われている龍の姿を映し出す。
 大剣の持ち主は、その場にいる者には見間違えようも無い姿をしていた。
 邪神イレイザー打倒に一役買い、機龍と共に恐怖の象徴に打ち勝ったモンスター。
 <ドラグニティアームズ・レヴァテイン>
 治輝を支えてきたモンスターであり、治輝を象徴する存在。
 比良牙は観念したかのようにため息を吐き、その動きを止めた。
 



 □□□




 創志は困惑していた。
 共に邪神に挑み、その困難を乗り越えた仲間の豹変に。
「治輝、一体おまえ……!」
 意を決して、皆本創志は声を出す。
 だが、青年の歩みは止まらない。
 聞こえていないかのように、歩調は一切変わらない。
 どうするべきかと逡巡している間に、治輝が砂神の下に辿り着く。
 そして、次の瞬間。
 その襟首を、容赦なく捻り上げた。





 ■■■





「がッ……!」
「意識は無くても、呻き声は出るんだな。知らなかった」
「ガッ……ハッ……」
「ほら、さっさと起きろよ。遅刻は校則違反だぞ」

 

 治輝は砂神をしばらく吊り上げると、無造作に放り投げた。
 砂神は地面に叩き付けられ、治輝はそれを無表情に見下ろす。
 何かを小さく呟いたが、それは周囲には響かない。
「治輝――おまえッ!」
 弾けるように飛び出してきたのは創志だ。
 信じられないものを見るような目をして、治輝に詰め寄る。
「なんでこんな事するんだよ! 決闘の決着は付いたんだ、それ以上相手を痛めつけてどーすんだよ!? このまま元の世界に戻って終わって――それでいいじゃねーか!」
 治輝はそれを聞いて、再び砂神の方へと視線を戻す。
 睨むように目を細め、注視する。
「駄目なんだよ。それじゃ終われない」
 そして創志に背中を向けたまま――治輝は決闘盤を手首に装着した。
 それはまるで、刃物を手にした処刑人のようで。



「砂神緑雨――コイツはここで殺すべきだよ」



 手首から禍々しく紅い光を発しながら、そう宣言した。
 
「……何故その様な結論になる? 理由を聞こうか、時枝治輝」
 輝王は訝しがるように、治輝に問いを送る。
 それでも、治輝の視線は動かない。
「砂神のした事は、許される事じゃない」
「確かにそうだし、俺もムカついてる! だけどなんでそれが殺すって事になるんだよ!?」
「コイツは七水――、達を危険に合わせた。力を奪い、殺そうとした」
「殺そうとしたからやり返そうってのか!?」
「今回は上手く行ったかもしれない。でも砂神はまた仕掛けてくるかもしれない。その時――上手く行く保証はあるのか?」
「……ッ」
 創志はティト達の事を考え、言葉に詰まる。
 次も上手く行く、と息巻くのは簡単だ。
 だが、その際危険に晒されるのは自分だけではない。
 それを考えれば、治輝の言う事も一理あるのかもしれない。 
「だけど、そんなの――!」
 創志が尚も叫ぼうとするのを、輝王が手で制した。
 更に一つ歩みを進め、廃墟の大地を踏みしめる。
「復讐は、悲劇の連鎖を生む――それをわかっているのか? 時枝」
「そうだな、その通りかもしれない」
 予想に反し、治輝はその言葉を認めた。
「でも」
 それを認めた上で、治輝は振り返る。
 先程まで肩を並べた盟友と、対峙するように。

「仮に"連鎖しない"のなら、何も問題はないだろ?」

 仮面の様な無表情で、治輝は言った。













    オリジナル × stage -02


 比良牙は首元に<レヴァテイン>の大剣を突きつけられながら、再びため息を吐く。
「あーあ、これは邪神の毒気にあてられちゃったのかもしれないね」
「……毒気?」
 場の空気にそぐわない、飄々とした声調に若干の苛立ちを含ませながら、創志は比良牙に顔を向ける。
「邪神の毒気って奴さ。それにあてられた人間は感情のバランスが崩れて、心の闇は増大する」
「……随分と気前がいいじゃねぇか。本当なんだろうな?」
「主様のピンチだしね、嘘は言わない。利用できる者は何でも利用させてもらうよ」
「でも、だったらなんで俺や輝王は平気なんだ?」
「君達がそうならないのは耐性というよりも『適正』と言った方が相応しいかもしれない」
「適正? 俺達に?」
「逆だよ。彼に適正があり過ぎたのかもしれない。全く厄介な事をしてくれたよ」
「適正――か」
 輝王は、比良牙の言葉を反芻する。
 仮に邪神に対する適正という物が存在し、治輝にそれがあるのだとすれば――確かに説明はつく。
 しかし、何かピースが足りない様な違和感を覚えた。
 だからこそ、コート姿の青年は処刑人の様な目をした青年に向かい、言い放つ。
「時枝――俺と、決闘をしてもらうぞ」
「……」
「勝ったら砂神を殺す事は諦めろ。それでいいな」
「……仕方ないな、それで納得してもらえるなら」
 治輝は薄く笑いながら、決闘盤を構える。
 輝王は治輝を真っ直ぐと見据え、デッキに手を添える。
「ちょっと待った! 俺もその決闘受けさせてもらうぜ。治輝の目を覚まさせてやる!」
「皆本……」
「それに、こんな形は嫌だったけど――治輝とは一度決闘したかったからな」 
 創志はそう言い、輝王の横に並び立つ。
 動じないその変わらぬ様子を見た輝王は、若干の頼もしさを感じながら、治輝に視線を向けて言い放つ。

「そういう事だ――悪いが、二人同時に相手をしてもらうぞ」
治輝が頷いたのを確認して、輝王は言葉を続ける。
相手にぶつけるのではなく、自らに言い聞かせるように、
「……俺なりに計らせてもらう。時枝治輝という男を」

 
 ■■■


 二人の気迫は本物だった。
 だからこそ、色々な心情が渦巻いていく。
 だからこそ、治輝は頷く事も、言葉を返す事もしなかった。
 ただ決闘盤を構える。
 それが、今の自分にできる全てだと。

「決闘――!」

 三人がそれぞれ何度も口にしてきた言葉が、一つの叫びとして重なる。
 それが木霊するのは砂漠ではなく、廃墟。
 ただ一人の青年だけが創り出す事のできる――ただ一つの風景だった。
 
■変則タッグデュエルルール
□フィールド・墓地はシングル戦と同じく個別だが、以下の事項は行うことができる。
・自チームのモンスターをリリース、シンクロ素材にすること。
・「自分フィールド上の~」という記述のあるカード効果を、自チームのモンスターを対象に発動すること。
・自チームの伏せカードは、通常魔法・通常罠に限り、伏せたプレイヤー以外のプレイヤーでも発動可能。
・自チームのプレイヤーへの直接攻撃を、自分のモンスターでかばうこと。
□全てのプレイヤーが最初のターンを終えるまで、攻撃を行うことはできない。
□ターンは、治輝→輝王→治輝→創志→治輝……の順で処理する。
□ライフは共通制で、お互いのライフは8000 
□エキストラデッキのカードは味方の物を使う事も可能とする。

「俺のターン、ドロー」
 治輝はカードをドローし、合計6枚になった手札を確認する。
 輝王は 「2人同時に相手をしてもらう」 と言ったが、砂神との決闘と同じく、この決闘で有利なのは1人側だ。
 決闘には積み重ねをする事で初めて可能になるコンボや切り札が存在し、それが鍵を握る事も多い。
 その"積み重ね"を、1人側はターンが多く回ってくる為、円滑に進める事ができる。
「モンスターを1枚セットし、ターンエンド」
「なら行かせてもらうぞ――ドロー!」
 特に輝王は、その事実を重要視していた。
 強敵だったが、砂神に未熟な点――付け入る隙は十分にあった。
 だが、目の前の相手にそんなものは期待できない。
 ミラーフォースの存在を看過し、尚且つ自身の切り札の布石へと利用し、<邪神ドレッドルート>を倒すまでに至った男。
 味方にすれば頼もしいが、それが今は敵として立ち塞がる。
「カードを2枚セットし、モンスターを守備表示でセットする。ターンエンドだ」
 ――カードの出し惜しみは敗北に繋がる。
 そう判断した輝王は、カードを2枚セットし、ターンエンドを宣言した。

【治輝LP】8000 手札5枚
場:裏守備モンスター

【輝王】 手札3枚
場:裏守備モンスター
伏せカード2枚
【創志】 手札5枚
場:なし

【輝志LP】8000

 治輝にターンが回り、無言でカードをドローをする。
 攻撃が可能になるのは、次の治輝のターンからだ。
 攻撃ができない以上、それまでの間に自身のモンスターを晒す事の意義は少ない。
 初見の相手は勿論、見知った相手に敵対する際も、自身の保有してるモンスターの存在を明らかにしないのが得策なのだ。
 理由の一つが、単純な攻撃力。
 最初のターン。攻守1800のモンスターを攻撃表示で召喚したとする。それが一番攻撃力の高いモンスターだからだ。
 次の相手のターン――それを見た相手は何を考えるか。
 手札で最強のモンスターが1700だとしても、魔法罠の補助無しで召喚しようとは思わない。
 単純な攻撃力勝負では、1800のモンスターに一方的に戦闘破壊されてしまうからだ。
 だが裏守備表示でそのモンスターをセットすれば、話は変わってくる。
 相手はそのモンスターの正体がわからない為、攻撃力の高い1700のモンスターを召喚してくる可能性が出てくる。
 そうすれば守備も1800のモンスターは破壊されず、返しのターンに攻撃表示に変更し、そのモンスターを撃破する事が可能になる。そのモンスターが効果モンスターだとしても、その特徴や弱点等の情報を相手に与えずに済む。
 だからこそ、攻撃のできない状態でモンスターを晒す事に意義は少ない。
 そして、治輝はそのセオリーを熟知していた。
 このターン、治輝は攻撃ができない。
 だからこそ

「――ミンゲイドラゴンを2体分の生贄としてリリース」

《ミンゲイドラゴン/Totem Dragon》 †
効果モンスター
星2/地属性/ドラゴン族/攻 400/守 200
ドラゴン族モンスターをアドバンス召喚する場合、
このモンスター1体で2体分のリリースとする事ができる。
自分のスタンバイフェイズ時にこのカードが墓地に存在し、
自分フィールド上にモンスターが存在しない場合、
このカードを自分フィールド上に表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
この効果は自分の墓地にドラゴン族以外のモンスターが存在する場合には発動できない。
この効果で特殊召喚されたこのカードは、フィールド上から離れた場合ゲームから除外される。

「現れろ――<タイラント・ドラゴン>!」
 治輝は手札に存在する上級龍を"召喚"した。

タイラント・ドラゴン/Tyrant Dragon》 †
効果モンスター
星8/炎属性/ドラゴン族/攻2900/守2500
相手フィールド上にモンスターが存在する場合、
このカードはバトルフェイズ中にもう1度だけ攻撃する事ができる。
このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、
このカードを対象にする罠カードの効果を無効にし破壊する。
このカードを他のカードの効果によって墓地から特殊召喚する場合、
そのプレイヤーは自分フィールド上に存在する
ドラゴン族モンスター1体をリリースしなければならない。

 周囲の全てを瞠目させる程の咆哮を発したのは、現代よりも神話の時代に適した風貌をした龍の姿。
 その古くも重々しい姿に相応しい強靭な翼をはためかせ、フィールドへと君臨する。
「――いきなり攻撃力2900かよ!?」
「手加減はしない。俺はカードを1枚伏せて、ターンエンド」
「……」
 創志は驚愕し、治輝は相変わらずの無表情で声を紡ぐ。
 だが、輝王は違和感を覚える。
(何故――タイラントドラゴンを場に出した?)
 攻撃可能な次のターンに出せば奇襲をかける事ができるはず。
 戦術ミス――これは有り得ないと言ってもいいだろう。
 先程の決闘を見る限り、時枝治輝はそういった類の隙が存在する決闘者ではない。
 だが、別の面からその事項を推察すれば、可能性は出てくる。
 それは、先程の時枝治輝の言葉。
(手加減――もし時枝が、自分を倒す事を望んでいたとしたら)
 その場合、時枝治輝は完全に正気を失っているわけではない事になる。
 暴走している人間に、手加減等という器用な事ができるはずがない。
「俺のターン、ドロー!」
 いつの間にか治輝はターンを終了させ、皆本創志のターンへと移り変わっていた。
 創志は手札から間髪入れずに2枚のカードを選び取り、その2枚をセットする。
「ここは守るしかないな……モンスターを裏守備表示でセット! 更にカードを1枚セットして――」
 エンドを宣言するであろう創志の言葉を聞くと同時に、輝王はハッとなり創志を振り返る。
 だが、遅い。

「待て皆本、これは――!」
「――ターンエンドだ!」

 一瞬送れて、創志のエンド宣言が確かに廃墟に響き渡る。
 間髪入れずに、治輝は新たなカードをデッキから引き抜いた。

【治輝LP】8000 手札5枚
場:タイラント・ドラゴン
伏せカード1枚

【輝王】 手札3枚
場:裏守備モンスター
伏せカード2枚
【創志】 手札4枚
場:裏守備モンスター
伏せカード1枚

【輝志LP】8000
 
 場を支配しているのは暴君を名に冠した1体の竜。
 待ち受けるのは3枚の伏せカード。
 迎え撃つのは2枚のセットモンスター。
 誰もが想像していたのは、その暴君が動き出し、こちらの陣に攻め込んでくる姿。
 そのはずだった。

「永続魔法を発動。 更に<タイラントドラゴン>を"リリース"!」

 時枝治輝が。
 その青年が、その言葉を発するまでは。








    オリジナル×stage=04


「な――リリース!? せっかくの上級モンスターを!?」
「……ッ」

 暴君の竜が誇る、強靭な皮膚の至る所に罅が入る。
 創志が驚きを露にし、輝王は僅かに歯噛みをする。
 茶色と紫――暗色と呼称されるはずのその鱗や翼の中心から、眩い光が篭れ出る。
 蛹から蝶が生まれるように。
 煉獄の焔は、天上の光へと変換される。

「アドバンス――召喚!」

フォトンワイバーン》 †
効果モンスター
星7/光属性/ドラゴン族/攻2500/守2000
このカードが召喚・反転召喚に成功した時、
相手フィールド上にセットされたカードを全て破壊する。

 輝王と創志が場に出していたのは、全てセットカード。
 その光は、暴君を待ち構えていたはずの全ての備えと覚悟を、焼き払う。
 「――ッ、罠カード発動!」
 その荒れ狂う暴風の如き裂光は、かつての暴君の面影を覗かせる。
 その光の奔流に負けずと、輝王は1枚のカードを発動させた。 


<エレメントチェンジ>
永続罠(オリジナルカード)
発動時に1種類の属性を宣言する。
このカードがフィールド上に存在する限り、
相手フィールド上の全ての表側表示モンスターは自分が宣言した属性になる。

「指定する属性は光! フォトンワイバーンに効果は無いが――表にした<エレメント・チェンジ>もまた、フォトンワイバーンの効果を受けず、その場に留まり続ける!」
「被害を最小限に……か」

 治輝の表情に僅かに感心の色が宿るが、輝王が失った物は大きい。
 もう1枚の破壊されたセットカードは<聖なるバリア -ミラーフォース->

《聖なるバリア-ミラーフォース-/Mirror Force》 †
通常罠(制限カード)
相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。
相手フィールド上に存在する攻撃表示モンスターを全て破壊する。

 単体で暴君を墓地へと沈め、革命を成功させる最強の攻撃反応罠カードだ。
 もう1枚の輝王の伏せカードは、同じく<タイラント・ドラゴン>を打倒するはずの伏兵。

《A・ボム/Ally Salvo》 †
効果モンスター
星2/闇属性/機械族/攻 400/守 300
このカードが光属性モンスターとの戦闘によって
破壊され墓地へ送られた時、フィールド上のカード2枚を破壊する。

 <エレメント・チェンジ>で<タイラント・ドラゴン>を光属性を変更し、破壊を可能にするカード。
 これらのカードは、全て<フォトンワイバーン>1枚によって覆されたのだ。
(完全に裏目に出た――いや、違う)
 輝王の伏せカードは<タイラント・ドラゴン>が出てくる以前から伏せられたもの。破壊されたのは偶然かもしれない。
 だが、皆本創志の行動は違う。
 <タイラント・ドラゴン>を敢えて攻撃のできないターンで公開し、裏守備をセットする事を心理的に仕向けられた。
「……くそっ、まんまと一杯食わされたぜ」
「<タイラント・ドラゴン>がまさか囮だとはな――もう少し早く気付くべきだった」
「っていうか、なんでレベル7のモンスターを生贄1体で呼べるんだよ。おかしいだろ!」
「永続魔法<アドバンス・フォース>の効果だな。呼ぶ前に発動していた」

《アドバンス・フォース/Advance Force》 †
永続魔法
このカードが存在する限りレベル7以上のモンスターはレベル5以上の
モンスター1体をリリースしてアドバンス召喚する事ができる。

 <タイラント・ドラゴン>のレベルは8。条件は満たしている。
 これで輝王の<エレメント・チェンジ>以外のカードは全て破壊され、フィールドはガラ空きに等しい状態に。
フォトンワイバーン――ダイレクトアタック!」
 その隙を逃さず、治輝は自らの僕に指令を出す。
 ライフは共通である場合、狙うプレイヤーはどちらでも構わない。
 フォトンワイバーンが標的に選んだのは――輝王正義。
 狙いに気付くや否や輝王は創志を手で制し、自らが得た力を行使する。
「――術式解放ッ!」
 閃光というより、力の流れと呼称する方が相応しいだろうか。流砂にも似た光の集合体が、輝王の正面に飛来する。
 それを正面から受け止めた輝王の顔が苦痛に歪む。
 川の流れを一つの岩で止めようとすれば、いつかは限界が来る。
 ――今の状況は、まさにそれだ。
 輝王はその流れを塞き止める事を諦め、均等に左右へ受け流す。
 その際コートが激しくはためき、手の中心から鈍い痛みを感じた。

【輝王&創志LP】8000→5500

 受け流した力の流動の片側が、静観している比良牙の真上を通り越す。
 比良牙はピクリとも動かず、だが不満気な顔をする。
「危ないな、邪神の攻撃を堪えきったんだ。そんな竜もどきの攻撃、なんて事ないだろう?」
「……」
 輝王は自らの手を見て、沈黙した。
 小さな痺れは感じるが、目立った外傷があるわけではない。
 しかし単なるサイコ決闘者の力とは、全く異質の物を感じる。
 だが、その感触に覚えが無いかと聞かれれば、答えはNOだ。
 これと同質の力を、確かに輝王は経験しているのだから。









 ▲▲▲




 同じ頃――。
 瓦礫の塔の頂上、3人の決闘を見下ろす青年が、堪えきれずに小さく笑う。

「面白ェ状況になってるじゃねェか。どうなってやがんだコイツはよォ」

 その男の名は戒斗。
 井戸の転送装置を利用し、主様とやらを追いかけ、先程瓦礫の塔に転送してきた――ペインの青年である。
 口元を歪め、心底楽しそうな顔で現状を見渡す。
「主とか言う奴はアイツかァ? 既に倒されちまってるみてェだが――」
 舌打ちをしそうになる戒斗だが、塔の真下にカードが落ちているのに気付く。
 尤も、その場所に落ちていたのではなく先程の攻撃の余波で吹き飛ばされて来たものだ。
 常人では視認できない距離だが、永洞戒斗は既に常人ではない異常者である。
 そのカードの効果、ステータス、レベルに至っても、この距離から識別できた。

「へェ、あいつ等に乱入すンのも悪くねェかと思ってたが――おもしれェ」

 三日月のように口元を歪め、彼は塔から飛び降りる。
 今まで以上の自身を、掴む為に。
 
【治輝LP】8000 手札4枚
場:フォトンワイバーン
伏せカード1枚 アドバンスド・フォース

【輝王】 手札3枚
場:エレメント・チェンジ(光属性を指定)
【創志】 手札4枚
場:なし

【輝王&創志LP】5500

 治輝がターン終了を宣言し、輝王にターンが回る。
 言葉数こそ少ないが、その眼光は本物だ。
 力の異質さ――それも不気味ではある。
 だがそれ以上に、今の攻撃で輝王は理解した。

 時枝治輝は、本気でこの決闘に挑んでいる。
 わざと負ける為に手加減をする――そのような事を考えている男に、先の攻撃は繰り出す事は不可能だ。

「――俺はカードをドロー。伏せカードを1枚セットし、守備モンスターをセット。ターンをエンドする」
「……そうするしかないよな。伏せカードも無しで形勢を逆転できる程、現実は甘くない」

 デッキから札を引き抜き、治輝はそのままバトルフェイズに移行する。
 一見無策な攻撃に見えるかもしれない。だがこれもまた、理に適った行動だ。
 仮に先程失った<A・ボム>をまたこの場に伏せたのなら、損害を受けるのは輝王ではなく、攻撃を仕掛けた時枝治輝だ。
 だが当然の事ながら、デッキに同じカードは3枚まで入れられない。
 1枚を破壊した時点で、輝王のデッキに存在し得る<A・ボム>のカードは最多数で2枚。それが手札にある確率は少ない。
 デッキに3枚の<A・ボム>投入されていなければ更に確率は下降するし、何より"輝王正義である"という事項がその予想を確たる物へと昇華させる。
 時枝治輝と輝王正義、2人の戦術的情報源は、先の決闘。砂神と対峙した決闘だけ。
 だが、それだけで十分なのだ。
 輝王正義は、一度失敗した策をもう一度単に仕掛けるような決闘をする男ではない。
 彼の決闘の緻密さは、ただ一度肩を並べただけで――それを確信させるには十分過ぎた。
 だからこその攻撃。
 <フォトンワイバーン>は焼き増しのように、先程と寸分違わぬ攻撃を伏せモンスターへと叩き付ける。
「輝王ッ!」
 創志の声が響く。
 だが輝王は伏せカードを発動させる素振りすらせずに、その攻撃を受け入れる。
「甘くない――そう言ったか? 時枝治輝」
 時枝治輝は、この決闘に本気で挑んでいる。
 ならば、あちらにも示さねばなるまい。

「なら――現実が甘くない、ということを見せてやろう。光属性で俺に仕掛けた意味、存分に教えてやる」

 輝王がそう言い放った直後<フォトンワイバーン>の攻撃が伏せモンスターごと地面に衝突し――
 光を名に冠したドラゴンは、自身が破壊されたモンスターと共に、完全に姿を消した。
 噴出する光は自らが吹き上げた砂煙と混じり合い、狼煙のように舞い上がる。
「……何を?」
「<フォトンワイバーン>が今破壊したモンスターの効果だ。何も特別な事はしていない」

《A・O・J アンノウン・クラッシャー/Ally of Justice Unknown Crusher》 †
効果モンスター
星3/闇属性/機械族/攻1200/守 800
このカードが光属性モンスターと戦闘を行った時、
そのモンスターをゲームから除外する。

「こんなモンスターが――」
「……やはりな。読めてきたぞ、時枝治輝」
 僅かな驚愕を浮かべる治輝に、輝王は自らの推論をぶつける。
「おまえと戦うのはこれが初めてだ。 だがおまえは俺達の行動を完全に読み、罠を把握し、思惑を操作した上で<フォトンワイバーン>での奇襲を成功させた。タッグ決闘の事も、偶然もあったのかもしれないが、余りにも出来過ぎている」
 無表情に見えていた表情に、少しの綻びが見えてくる。
 輝王にとって、これを治輝に伝える事はデメリットだ。
 自身の読みの根拠を語れば、相手は手を必ず変えてくる。
 それを踏まえた上でそれを伝えたのは、輝王にはそれをしなければならない理由があるからだ。
「だが、それはある意味で必然だった。 時枝――おまえは俺が<A・ボム>を使う事を予測していた――いや、予測するしかなかったんだ」
「ちょっと待てって輝王! 時枝とはここに来てから初めて会ったんだろ? 砂神との決闘でも結局<A・ボム>は使ってないじゃねぇか!」
「確かにそうだが……思い出してみろ皆本。 確かに使ってはいないが、その名は決闘中に使われた」
「……名?」
 創志は輝王が何を言おうとしているのかわからず、首を傾げた。
 それを見た輝王はため息を吐く。

「"砂神"だ。 奴は俺の伏せカードの正体を看過する際<A・ボム>の名と効果を出した――勘違いに終わったがな」
 
 創志は少し悩んだ後、合点が言ったのか「ああ、あの時か!」 と声を上げる。
「あの時の決闘で俺が出した裏守備モンスターは、脅威度の低い物が多かった。 ただ一つ――砂神が言った<A・ボム>を除けば」
「……」
「だから時枝。おまえが<A・ボム>を予測したのは"必然"だった。予測が正解に結びついたのは偶然だが、その行動は理に適っている」
 2人の思惑を完全に読んだ――その認識こそが、根幹から間違っていたのだ。
 それに気付けた事は、この決闘において大きな意味を持つ。
「おまえは俺の伏せモンスターを脅威度の高い<A・ボム>だと仮定し、その選択に対する戦略を組んだ。自分の知っている情報から、最善の策を生み出した。だからこそ、情報を持っていない未知のモンスターである<アンノウン・クラッシャー>の事までは読めなかった」
「そうか――治輝の知らないモンスターを、どんどん召喚してやれば!」
「そういうことだ。アイツの読みは、機能しなくなる」
 創志の言葉に力強く輝王は頷く。
 理由の1つは、皆本創志にこの事を伝える為だ。
 尤も時枝が未知のモンスターを召喚してきた場合、読みが機能しないのはこちらも同じ。
 それを含めて、読みを看過した事は、スタート地点にしかならない。
 
『読み』『誘導』『運』

 時枝治輝が先程行ったのは、この3つ。

 "読み"は少ない情報から割り出した<A・ボム>への戦術
 "誘導"はタイラントドラゴンを見せてからの、相手の行動の誘導。
 "運"は上記を行った際、看過していなかったであろう強力な罠の破壊。

 内1つを潰した所で、勝利に直結するわけもない。
 特に後者を手繰り寄せるプレイヤーの厄介さを、輝王は経験上思い知らされているからだ。
 輝王はそれを踏まえた上で、治輝に向き直る。
「時枝、おまえは――」
「……凄い洞察力だな。戦い甲斐がある」
 輝王の言葉を遮るように、治輝は賞賛の言葉を送る。
 だがその言葉に、相変わらず抑揚はない。
「裏守備モンスターをセットし、ターンをエンドする」
 

【治輝LP】8000 手札5枚
場:裏守備モンスター
伏せカード1枚 アドバンスド・フォース

【輝王】 手札3枚
場:エレメント・チェンジ(光属性を指定)
【創志】 手札4枚
場:なし

【輝王&創志LP】5500


 ――本当は、こんな形で戦いたくなかった。
 皆本創志は目の前の決闘者に視線を向け、カードを引き抜く。
 かづなや純也が頻繁に名前を出した、時枝治輝という青年。
 その言葉の端々から親しみと、尊敬に近いような何かを――創志は2人の言葉から感じていた。
 不謹慎かもしれない。
 でも創志は、邪神に取り込まれた目の前の決闘者ではなく――時枝治輝と戦いたかったのだ。
「カードを1枚伏せ、<ジェネクス・サーチャー>を召喚! 裏守備モンスターに攻撃!」
「皆本!?」
「危ないのはわかってる! でも攻めなきゃ何にもならねぇだろ!」

《ジェネクス・サーチャー/Genex Searcher》 †
効果モンスター
星4/地属性/機械族/攻1600/守 400
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
自分のデッキから攻撃力1500以下の「ジェネクス」と名のついた
モンスター1体を自分フィールドに表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。

 創志が召喚したモンスターは、破壊されても後続を残す事ができるカード。
 相手の攻撃を待ち、次の手に対する布石にする手段もある。
 だが

「おまえがおまえじゃなくたって――俺は俺らしく戦ってやる!」

 創志は自らの想いを込め、正体のわからない裏守備モンスターに攻撃する。
 裏側表示モンスター。
 それは、相手に伝わる事のない存在。
 何が潜んでいるかわからない闇の中を、ジェネクスサーチャーは自らの持つサーチライトで照らし出す。
 その攻撃で現れたモンスターは自らの存在を明かすと同時に、粉々に砕け散った。

《仮面竜/Masked Dragon》 †
効果モンスター
星3/炎属性/ドラゴン族/攻1400/守1100
このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、
自分のデッキから攻撃力1500以下のドラゴン族モンスター1体を
自分フィールド上に特殊召喚する事ができる。



「……<仮面竜>の効果発動。デッキから<ミンゲイドラゴン>を場に特殊召喚する!」
 置物のようなドラゴンが、フィールドに出現する。
 あれは次の上級モンスターの呼び水だ。
 その姿と効果を知った上で、創志は声を張り上げる。
「――呼べよ! どんなヤツが来たって、相手になってやる!」
「……」
 治輝は無言で創志を見据えながら、カードをデッキから引き抜く。
「行くぞ、俺はミンゲイドラゴンをリリース――」

 ――来るか。
 輝王は次なる脅威に身構える。
 ――来やがれ。
 創志は短く呟く。
 上級ドラゴンが召喚されるであろうと誰もが思った、次の瞬間。


「調子に……乗る、なよ……この……前菜がッ!」


 いつの間に意識を取り戻していたのか。
 砂神は自らの超常の力を、衝撃波として手から放ち。
 時枝治輝の頭を、吹き飛ばした。
 
 
「は……ははっ……」
 砂神緑雨は、この世界の全てを見聞きする事ができる。
 それは自らの意識が無くとも例外ではない。
「俺を、殺すだと……!? 馬鹿がッ!」
 逆に殺してやった――と。
 自らの体の痛みを抑え付けながらも、砂神は歓喜する。
 砂煙が巻き上がるのを見て、興奮を抑えられない。
 この俺に敗北という名の屈辱を与え、更に侮辱をする愚か者。
 そんな奴は、この俺に殺されて当然なのだと。
「砂神!? てめぇ、治輝に何しやがった!」
「愚問だな。余りにも隙だらけの頭を吹き飛ばして、殺し返してやっただけだ」
「てめぇ……!」
「文句があるならお前も俺を殺すか? 前菜!」
 砂神が、煙の奥にいる創志に狙いを定める。
 次の瞬間。

「――反吐が出るな。そういう勘違いは」

 煙の中から矢のような速度で、拳が飛び出してきた。
 砂神の視界は回転し、再び地面に叩き付けられる。
 煙が晴れる。
 視界に入ったのは、ガラスのような氷壁
 砂神を殴った拳の持ち主と、それの従えた龍の姿が現れる。
 
<青氷の白夜龍>
効果モンスター
星8/水属性/ドラゴン族/攻3000/守2500
このカードを対象にする魔法・罠カードの発動を無効にし破壊する。
自分フィールド上に表側表示で存在するモンスターが攻撃対象に選択された時、
自分フィールド上に存在する魔法または罠カード1枚を墓地に送る事で、
このカードに攻撃対象を変更する事ができる。


 まるで銀に見間違う程美しく。
 しかしその色はあくまで蒼と評するのに相応しく、舞い散る氷片は神々しさすら感じさせる。
 その美しい白夜の竜に凛然と立つのはその主、時枝治輝。
「悪いな、一発は一発だ」
 殴り飛ばした砂神が悶絶しているのを冷たい目で見下ろした後、2人に振り返る。
「そういえば、さっきの質問に答えてなかった」
「さっき……?」
 治輝の無事を確認でき、ひとまず安堵する創志。だが、治輝の言葉の意図はわからない。
 輝王は創志の疑問を代弁するかのように、口を開く。
「復讐は、悲劇の連鎖を生まないと、おまえは言った」
「生まないとは言ってない。それは輝王の言う通りだと思う」
「だったら――!」
 肯定する治輝を見て、創志は叫ぶ。
 叫ぶ創志を見て、治輝は少し目を伏せる。

「――世の中には、死ぬ事を悲しまれない奴もいるんだ」

 その声調は、果たして抑揚の無い物であっただろうか。
 芯まで凍りつくような怖気を感じさせるその言葉は、果たして邪神の影響によるものなのか。
「死ぬ事を悲しまれない奴が死んでも、生きていてもマイナスにしかならないと判断されている奴が死んでも、そこに悲劇は連鎖しない。新たな復讐は生まれない」
 
 誰かを殺して起こる復讐とは、その人間に何かしらの感情を抱いているからこそ発生する現象だ。
 ならば誰からも必要とされない人間が殺された場合、復讐は生まれない。
 それが砂神緑雨という男なのだと。
 時枝治輝は迷い無く、断言した。
「今の砂神を殺して、その死を悲しむ奴は存在しない。逆に生きていれば、また誰かを傷つけて、取り返しのつかない事を引き起こす。ならコイツは、砂神はここで殺すべきなんだよ」
「……ッ」
 治輝の言葉に、創志は返答に詰まる。
 創志は、治輝が間違った事を言っていると思う。
 だけど、それを否定する為の言葉が口から出てこない。
 砂神は苦悶の表情を浮かべながら、治輝を呪い殺すような目付きで睨み付ける。
「貴様……言わせておけば……!」
「……なぁ砂神。おまえは何を怒ってるんだ? 教えてくれ」
 本当に疑問を浮かべているかのような声に、創志と輝王は呆気に取られ、砂神は更に怒りの表情を硬くする。
「おまえはペインになりたいんだろう? 自我を失くす程暴走して、完全になりたいんだろう?」
「そうだ。だから貴様等を――!」
 食いかかる砂神の襟首を掴み、治輝はあらん限りの力を込め無理やり立たせる。
 砂神に僅かに怯えの色が見える。
 一方治輝の表情は、やっている行動とは裏腹に柔らかなものだ。
 ただ単に自分のわからないことを尋ねている、そんな表情で――砂神に向かい、呟く。

「それは――死ぬ事と何も変わらない」

 治輝は冷めた目でそう呟いた後。襟首から力を抜く。
 立つ体力も残っていない状態の砂神は、そのままその場に膝を付き、息を整える。

「おまえがおまえである事を捨てたら、それは死ぬ事と変わらない」
「……勝手に決めるなよ前菜風情が! 俺様は純然たる力の為に――」
「暴走すれば、その力を振るうのはおまえじゃない。"おまえでない誰か" だ。それは、死んでいるのと何の違いがある? 誰かに殺されるのと何の違いがある?」
「……ッ」
「お前はお前を"殺す"と言った俺に怒りを覚えた。そう言った俺に近寄られ、怯えを感じた。 お前はお前を捨てる事を、お前でなくなる事を怖がったんだよ」
「違う! 俺様は――僕は怯え等していない!」
 砂神は全身全霊を以って、時枝治輝の言葉を否定する。
 そんな事実は、あってはならない。
 それを認めてしまったら、砂神緑雨という存在そのものを否定する事になる。
「――なら黙って見てろよ後輩。俺はおまえの目指しているモノの成り損ないだ。せいぜい参考にしてくれ」
「……ッ」
 歯噛みする砂神から視線を外し、治輝は輝王と創志に振り返る。
 同時に鋭い雄叫びを上げるのは鏡のように美しく、誰にも冒しがたい姿をした<青氷の白夜龍>
 ――伝説の龍の模造品、そう称した人間もいた。
 だが成り損ないとは思えない程の存在感を、周囲の人間に誇示している。
 原典を超え得る何かを、確かに持っているのだと。

<青氷の白夜龍>
効果モンスター
星8/水属性/ドラゴン族/攻3000/守2500
このカードを対象にする魔法・罠カードの発動を無効にし破壊する。
自分フィールド上に表側表示で存在するモンスターが攻撃対象に選択された時、
自分フィールド上に存在する魔法または罠カード1枚を墓地に送る事で、
このカードに攻撃対象を変更する事ができる。

「<青氷の白夜龍>で、ジェネクスサーチャーに攻撃――ホワイトナイツ、ストリーム!」
 主の指示に呼応し、白夜の龍は<ジェネクス・サーチャー>に流動的な氷のブレスを吐き出す。
 鏡のような鱗に映る機械仕掛けのモンスター。
 だがそれは、鏡の持ち主によって粉々に砕かれる。
 自らの鱗の中で四散する様は、自らの身体を汚す行為のようにも思えた。


【輝王&創志】LP5500→4100

 
 攻撃は、創志に直撃はしなかった。
 だがその強靭なブレスは創志の横を、そして比良牙を掠めるように飛んで行き――
 遥か遠くにある廃塔を、粉々に破壊した。

「な……!?」
「おっかないな……自らのモンスターに当たるかもしれないっていうのに」

 比良牙は未だ剣を突きつけるのを止めない<ドラグニティアームズ・レヴァテイン>を見やり、ため息を吐く。
 創志と輝王はその威力を見せ付けられ、戦慄する。
 そして砂神はそれを見て、空笑いを浮かべる。
「……はっ、はは……これだ。これこそが僕の求めていた力です!」
「……」
「成り損ないでこの威力なら――暴走して完全になれば、僕はこれを超える力を手にできる!」
 治輝は興奮した砂神を冷たく見下ろし、すぐに視線を前に向ける。
 創志はその言葉の意味を察し、戦慄した。
「……さっきから成り損ない――って、何の事を言ってるんだ?」
 治輝はその言葉に一瞬硬直し、しかし何でも無い事のようにサラリと返答する。
「……俺は、サイコ決闘者じゃない。そういう事さ」
「なんだって……?じゃあその力は――」
 驚愕する創志に対し、輝王はその返答で合点がいった。
 <フォトンワイバーン>の攻撃で感じた異質な力の正体――それは。

「――ペイン、か」

 輝王が呟き、創志は言葉を詰まらせる。
 純也とかづなに、その名が何を指しているのか、教えてもらったからだ。

 ――ペインとは、そのサイコデュエリストが変異したカタチ。
 ――力が増幅される代わりに自我を失ってしまい、無差別に人を襲うようになる。そして、二度と元には戻れないと。

「無差別に人を……? お前が?」
「……知ってるのか。ペインが何なのか」
「聞いた話だけどな――でもお前、自我思いっきりあるじゃねぇか。だったら――」
「……不完全なだけだよ。まだそうなっていないだけで、俺はペインだ。人間じゃない」
「……」

 まだ、と。治輝は言った。
 なら、その時はいつか、訪れてしまう物なのか。
 だがその自虐的な物言いに、創志は察する。
 決して彼は、望んでそうなったのではないのだと。
 だからこそ、砂神にあれ程怒りをぶつけているのだと。
 
「そうだ、貴様は生意気にも俺様の事を死ぬべきだと言った!」
 一連の流れ見ていた砂神は、心底愉快そうに治輝を嘲笑う。
「だが、それを言うなら貴様はどうなる? 俺は知っているぞ、貴様が生きている事で、貴様の知り合いが被っている不幸を! 違う世界に行く事で、それを解決した事も! そして貴様が、いづれ図々しくも元の世界に帰ろうとしている事も!」
「……」
「確かにペインの力の影響は世界を跨ぐ事で消失し、治癒に向かっているようだが――この力は未知の部分が多過ぎる」
「……何が言いたい?」
 治輝は目を細め、小さく呟く。
 砂神は恐らく、全てを知っているのだろう。
 その時に起きた事、言った事。
 当事者達の心中以外の全てを把握する、底の知れない能力。

「――再発する可能性、ゼロだと本気で思っているのなら愉快だぞ? 時枝治輝!」

 そう。
 それは目を逸らしたい事実だった。
 ペインの力とは未知の塊。
 だからこそ治輝は未知の部分に突破口を見出す事ができた。
 だがその突破口に、保証など何処にもない。

「俺に死すべきとほざく貴様は、何故のうのうと今も生きている? 元の世界に戻る等と何ゆえ傲慢な約束ができる!? 死ぬべきは貴様の方だろうが!」

 輝王には、彼等が何を言っているのか――それを理解する事はできない。
 当事者である治輝、この世界の住民の殆どの情報を得ている砂神。
 2人に比べて輝王が持っている情報は――殆ど無いに等しい。
 だが

「――<ジェネクス・サーチャー>の効果を発動! <ジェネクス・コントローラー>を特殊召喚!」
 創志は破壊されたモンスターが有する効果で、自らの相棒を呼び出す。
 それは先の会話を打ち消す意図の物なのか。それとも
 
 
《ジェネクス・コントローラー/Genex Controller》 †
チューナー(通常モンスター)
星3/闇属性/機械族/攻1400/守1200
仲間達と心を通わせる事ができる、数少ないジェネクスのひとり。
様々なエレメントの力をコントロールできるぞ。

 
 頭でっかちな機械の小人――創志の<ジェネクス>デッキにとって、核になるモンスター。
 霧のようなフィールドに浮かび上がるのは、そのシルエット。
 プラスの形の影を映した小人は、様々なモンスターと心を通わせる事で力を発揮する。
 治輝はそのモンスターを黙って見つめ、静かにターンをエンドした。
 
【治輝LP】8000 手札4枚
場:青氷の白夜龍
伏せカード1枚 アドバンスド・フォース

【輝王】 手札3枚
場:エレメント・チェンジ(光属性を指定)
【創志】 手札3枚
場:ジェネクス・コントローラー
伏せカード1枚

【輝王&創志LP】4100



 輝王は自らにターンが回り、先の会話――いや、もっと以前から気になっていた事項を思案する。
 それを確かめる為にも、ここで仕掛ける必要がある。

「カードを1枚伏せ――俺は<AOJ・アンリミッター>を召喚!」

<A・O・J アンリミッター> †
効果モンスター
星2/闇属性/機械族/攻 600/守 200
このカードをリリースして発動する。
自分フィールド上に表側表示で存在する「A・O・J」
と名のついたモンスター1体の元々の攻撃力を
このターンのエンドフェイズ時まで倍にする。

「アンリミッター……?」
 治輝はその効果を確認し、疑問の声を上げる。
 AOJの攻撃力を2倍にする、強力なモンスター。
 だが、この場にアンリミッター以外にAOJと名の付くモンスターは存在しない。
「確かに、このモンスターが強化を促す相手は今ここに存在しない。だが――」
 輝王は創志に視線をやり、創志はその意図を察したのか、力強く頷く。
 プラスを象っている<ジェネクス・コントローラー>の3つアンテナからそれぞれ光の球体が出現し、その輪の中にアンリミッターが包まれた。
「これは――」
「おまえは言ったな。誰からも必要とされない人間を殺しても、悲劇は連鎖しないと」
「……」
「だがな、時枝――」

 輝王は唯一無二の親友と、その妹を心に映す。
 その親友と輝王が望んでいたのは、復讐だった。
 同時に、自身を支えていた柱だった。
 その支えを乗り越えたのは、悲劇の連鎖を止める為。
 しかし、それだけではなかったはずだ。
 
「例え復讐の連鎖が無くとも――その行いは、いずれ自分の枷になる。必ずだ」
  
 ここで砂神を見逃せば、再び命の危険が伴うかもしれない。
 だが、殺す事が正解だと――それを認めるわけにはいかない。
 それを正解だと認めた自分を、輝王正義は許せない。

「だからこそ、この勝負は勝たせてもらうぞ。時枝治輝!」

 十字光のリングに包まれたアンリミッターが、輝王の叫びに呼応するように、その姿を変えていく。
 自身を犠牲に、仲間の限界を引き出す役割を持たされたモンスターは。
 自身の限界を、仲間と共に突破する。

シンクロ召喚。粉砕せよ――<AOJ・カタストル>!」

 現れたのは、白銀の装甲を持つ兵器。
 その名の由来は、決して平和的な物ではない。
 兵器とは結局の所、力でしか無い。
 
<A・O・J カタストル>
シンクロ・効果モンスター
星5/闇属性/機械族/攻2200/守1200
チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
このカードが闇属性以外のモンスターと戦闘を行う場合、
ダメージ計算を行わずそのモンスターを破壊する。

 だが、力を持つ者の意思次第で、その色は変わって行く。
 その白銀の装甲は間違いなく、正義の名に恥じない煌きを放っていた。

「カタストルで白夜龍に攻撃。ジャッジメント――カタストロフ!」

 輝王の言葉を引き金に、地鳴りが聞こえる。
 本来無音である廃墟、生者がいないはずの世界。
 その世界を震えされる程の音を響かせるのは、生者が操る兵器。
 災害の名を冠する兵器は、地面からの閃光の槍を放ち<青氷の白夜龍>穿つ。
 その災害の種は、雨。
 しかしその雨は天からではなく、主が立っている大地より降り注ぐ。
 カタストルの効果――その攻撃に攻撃力は関係無い。
 白夜龍は四散し、見えない程氷の欠片となって降り注ぐ。
 それはまるで、緩やかに落ちる雪のように。

【治輝LP】8000 手札4枚
場:
伏せカード1枚 アドバンスド・フォース

【輝王】 手札2枚
場:AOJカタストル
エレメント・チェンジ(光属性を指定) 伏せカード1枚 
【創志】 手札3枚
場:ジェネクス・コントローラー
伏せカード1枚

【輝王&創志LP】4100
<A・O・J カタストル/Ally of Justice Catastor> †
シンクロ・効果モンスター
星5/闇属性/機械族/攻2200/守1200
チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
このカードが闇属性以外のモンスターと戦闘を行う場合、
ダメージ計算を行わずそのモンスターを破壊する。

 ――AOJカタストル。
 闇属性以外のモンスターを効果で破壊してしまう。恐ろしいモンスター。
 しかし、倒す方法は至って単純だ。
 闇属性以外のモンスターで勝てないのなら、闇属性で戦闘を仕掛ければいい。
 それが<AOJカタストル>の特性であり、弱点だ。
 だが、1枚のカードの存在が、その解決法すら飲み込んでいく。

<エレメントチェンジ>
永続罠(オリジナルカード)
発動時に1種類の属性を宣言する。
このカードがフィールド上に存在する限り、
相手フィールド上の全ての表側表示モンスターは自分が宣言した属性になる。

 指定された属性は光。
 例え闇属性の――それも攻撃力2200を超える上級モンスターを呼ぶ事に成功したとしても、あの白銀の兵器と同様の土俵に上がった途端に、その属性は光へと変貌する。
 つまり、輝王の操る今の<A・O・J カタストル>は――
「……無敵、か」
 治輝はデッキの一番上のカードを手に取り――引くのを躊躇った。
 あのカードを攻略する手段。
 それを頭に思い描き、それを現実にする為の鍵を手繰り寄せなくてはいけない。
「俺のターン……ドロー!」
 引き抜いたカードを確認し、治輝は自身の手札と現在の場、手繰り寄せたそれを同時に見比べる。
(これなら――)
 自身の中で呟いた言葉は、決して外には出さない。

「自分フィールド上にモンスターが存在せず、墓地にドラゴン族しか存在しない場合。墓地にいるこのカードを特殊召喚できる。来い――ミンゲイドラゴン!」

《ミンゲイドラゴン/Totem Dragon》 †
効果モンスター
星2/地属性/ドラゴン族/攻 400/守 200
ドラゴン族モンスターをアドバンス召喚する場合、
このモンスター1体で2体分のリリースとする事ができる。
自分のスタンバイフェイズ時にこのカードが墓地に存在し、
自分フィールド上にモンスターが存在しない場合、
このカードを自分フィールド上に表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
この効果は自分の墓地にドラゴン族以外のモンスターが存在する場合には発動できない。
この効果で特殊召喚されたこのカードは、フィールド上から離れた場合ゲームから除外される。

 だからこそ、治輝は堂々と宣言する。
「このカードをリリースし、上級ドラゴンを召喚。現れろ――<ダークストーム・ドラゴン>!」
 自らを黒霧で包んだ、漆黒のドラゴンを。

《ダークストーム・ドラゴン/Darkstorm Dragon》 †
デュアルモンスター
星8/闇属性/ドラゴン族/攻2700/守2500
このカードは墓地またはフィールド上に表側表示で存在する場合、
通常モンスターとして扱う。
フィールド上に表側表示で存在するこのカードを通常召喚扱いとして再度召喚する事で、
このカードは効果モンスター扱いとなり以下の効果を得る。
●1ターンに1度、自分フィールド上に表側表示で存在する
魔法・罠カード1枚を墓地へ送る事で、
フィールド上の魔法・罠カードを全て破壊する。

 暗雲――。
 それは、よくないものが天空より降り注ぐ予兆。
 それは、自らに危機が訪れる兆候。
 それは、心を覆い尽くす苦しみや悩み。

 しかしこの竜の名は、暗ではなく闇。
 この竜の名は、雲ではなく嵐。
 凶兆とも取れる暗雲の二文字を、それぞれ昇華した言葉の集合体。
「こ、コイツは……?」
 その妖しさ、底の知れなさを感じ、創志は不気味そうにその竜を見上げる。
 悪魔と称しても違和感のないその風貌が、アレは危険だと認識させる。
 輝王正義も同様に、警戒心を強くする。
「……一見効果の無いモンスターかと思ったが、どうやらそうではないらしい」
 そして輝王がその警戒を高めるという事は、そのモンスターの正体を瞬時に看過するという事でもある。
 創志は輝王に続きを促し、輝王はそれに頷く。
「あのモンスターはデュアルモンスター……次のターン再度召喚する事で、その効果を発現できるようになる。そしてその効果は――<大嵐>と同等の力を持つ」
「<大嵐>!?」

《大嵐/Heavy Storm》 †
通常魔法(制限カード)
フィールド上に存在する魔法・罠カードを全て破壊する。

 当然、強力なカードと同じだけの効力を発揮するには代価が必要だ。
 表側の魔法か罠カードを喰らわなければ、ダークストームはその効果を発動できない。
 だが、治輝のフィールドには既に<アドバンスド・フォース>が存在している。
 そして治輝がその効果を発動する真の狙いは――。
「そうか、治輝の奴の狙いは……<エレメント・チェンジ>!」
「珍しく察しがいいな、皆本創志」
「珍しくって何だよ! 馬鹿にしてんのか!」
「<エレメント・チェンジ>が破壊されれば、生粋の闇属性である<ダークストーム・ドラゴン>の攻撃をカタストルでは防げなくなる。 ――恐らく、それが時枝の狙いだろう」
 だが、と輝王は心中で呟く。
 眼前に存在するのは次のターンコストにするであろう<アドバンス・フォース>
 あのカードが存在する事の意味を、輝王は忘れてはいない。
 治輝があのカードを使い、序盤に仕掛けたのは心理戦だ。
 そんな人物が"ダークストーム・ドラゴンを囮にしてくる"可能性が、何故無いと言い切れるのか。
(……それは単なる憂いだ。確証があるわけではない)
 しかし輝王はその可能性を憂いつつも、現状を良しとした。
 ダークストームを囮にする程の何か――それは、輝王正義には見当が付かない。
 <AOJ カタストル>と<エレメント・チェンジ>を同時に攻略し、ダークストームを見せる事で裏を書けるカード。
 今までの治輝が使ったカードに、それに該当するカードは存在しない。
 だからこそ、輝王は現状を見失わない。
 見えないカードを警戒し縮こまるのは愚策でしかない。
 <アドバンスド・フォース>の発動条件が上級モンスターである以上。あれを倒さず守備を固めるのは論外だ。
 どんな罠が待ち受けようとも、これは次のターンに、倒さなければならないカードだと、輝王は確信する。
(だが――)
 輝王は、隣に立つ皆本創志に視線をやる。
 次のターンは<AOJ カタストル>を従えた輝王の物ではなく、フィールドにモンスターが存在しない、皆本創志。
「心配すんなって、カタストルを守る為にも……あのドラゴンは必ず俺が倒してやる!」
「皆本――」
 危惧の念を抱く輝王の心中を知ってか知らずか、創志は迷いなく宣言する。
 その断言とも取れる言葉に、恐らく確信は無いのだと、輝王正義は知っている。
「俺はカードを1枚伏せて、ターンエンドだ」 
 治輝の言葉が響き、創志はデッキを見つめ、慎重に指を添える。
 それは祈るような……同時に挑むような手の動き。
 恐らく皆本創志の手に、現状を打破するカードは無いのだろう。
 だが、輝王正義は知っている。
 この追い詰められた状況において――彼以上に頼りになる決闘者など、存在しないという事を。


【治輝LP】8000 手札4枚
場:ダークストーム・ドラゴン
伏せカード1枚 アドバンスド・フォース

【輝王】 手札2枚
場:AOJカタストル
エレメント・チェンジ(光属性を指定) 伏せカード1枚 
【創志】 手札3枚
場:ジェネクス・コントローラー
伏せカード1枚

【輝王&創志LP】4100

 □□□




 輝王の予測は概ね当たっていたが、全てではない。
(――現状の手札で、ダークストームドラゴンは倒せる)
 だが、それには2つ欠点がある。

 1つ目は現状で最強のモンスターである<AOJ カタストル>を失う事。
 2つ目は時枝治輝に見知ったモンスターを召喚する事は、危険であるという事。

 だからこそ、創志が今求めるのは新たなカード。
 治輝の知り得ない力を、今この場に呼び出す為の1枚。
「俺のターン――ドロー!」
 込める。
 手繰り寄せる。
 今必要な、最善のカードを。
 そう念じ、創志は弧を描くように勢い良くデッキからカードを引いた。
「よし、これで!」
 手札と、今加わったカードを組み合わせ、可能性を吟味する。
 <ダークストーム・ドラゴン>を倒す為の道標を、自らの手札と場を照らし合わせ――
 創志の、顔色が変わる。

「……」
「……どうした? 皆本」

 こちらの様子を窺ってくる輝王に、創志は気まずそうに視線を背ける。
 ドローしたカードを見た瞬間は、これで行けると直感した。
 しかし、今までの経験を踏まえ、ここから繋がる可能性を吟味してみれば――
 
 このターン<ダークストーム・ドラゴン>を打倒するはずの道筋は
 その途中で、物の見事に途絶えてしまっていた。
 
 
 引いたカードが悪かったわけではない。
 その効果は優秀で、確かにそれは、創志が求めていたカードの中の1枚だ。


ジャンク・エレメント
速攻魔法

 自分フィールド上に「エレメント・トークン」(機械族・風・星1・攻/守0)
「エレメント・トークン」(機械族・火・星1・攻/守0)
「エレメント・トークン」(機械族・水・星1・攻/守0)
 を1体ずつ守備表示で特殊召喚する。
このトークンはアドバンス召喚のためにはリリースできず、機械族以外のシンクロ召喚に使用できない。

 このカードと手札の<思い出のブランコ>を使用し<ジェネクス・コントローラー>を蘇生すれば、上級ジェネクスシンクロ召喚する事が可能になる。
 そのカードとは――<A・ジェネクス・トライアーム>

《A・ジェネクス・トライアーム/Genex Ally Triarm》 †
シンクロ・効果モンスター
星6/闇属性/機械族/攻2400/守1600
「ジェネクス・コントローラー」+チューナー以外のモンスター1体以上
このカードのシンクロ素材としたチューナー以外のモンスターの属性によって
以下の効果を1ターンに1度、手札を1枚捨てて発動する事ができる。
●風属性:相手の手札をランダムに1枚墓地へ送る。
●水属性:フィールド上に存在する魔法または罠カード1枚を破壊する。
●闇属性:フィールド上に表側表示で存在する光属性モンスター1体を破壊し、
自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 <ジャンク・エレメント>と組み合わせ呼ぶ事ができれば、上記2つの効果が使用可能になる。
 だがその優秀な効果も<ダークストーム・ドラゴン>を倒すには至らない。
(何か……何か手はねぇのか!?)
 創志は心中で叫びを上げるが、彼はジェネクス使いとしては1流の決闘者だ。
 だからこそわかる。<ジャンク・エレメント>で現状呼び出せるジェネクスシンクロは<Aジェネクストライアーム>だけなのだと。
 創志は自身の無力さに歯噛みするような表情を浮かべ――
 次の瞬間。その表情が一転した。

「ジェネクスシンクロ……そうか! 俺は<ジャンク・エレメント>を発動! 3色のトークンを特殊召喚!」

ジャンク・エレメント
速攻魔法

 自分フィールド上に「エレメント・トークン」(機械族・風・星1・攻/守0)
「エレメント・トークン」(機械族・火・星1・攻/守0)
「エレメント・トークン」(機械族・水・星1・攻/守0)
 を1体ずつ守備表示で特殊召喚する。
このトークンはアドバンス召喚のためにはリリースできず、機械族以外のシンクロ召喚に使用できない。

 3色の機械の球体が創志の目の前に現れ、風船のように浮かぶ。
 同時に創志は流れるように、次に使うべきカードを選定。
 自分の進むべき道が見えた今、躊躇する必要は無い。

「更に伏せカードを1枚伏せ、<黙する死者>を発動! <ジェネクス・コントローラー>を特殊召喚するぜ!」

<黙する死者> †
通常魔法
自分の墓地に存在する通常モンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターを表側守備表示で特殊召喚する。
この効果で特殊召喚したモンスターは
フィールド上に表側表示で存在する限り攻撃する事ができない。

《ジェネクス・コントローラー/Genex Controller》 †
チューナー(通常モンスター)
星3/闇属性/機械族/攻1400/守1200
仲間達と心を通わせる事ができる、数少ないジェネクスのひとり。
様々なエレメントの力をコントロールできるぞ。

「何を――?」
 輝王は彼の戦術を心得てるからこそ、隣の青年を見やる。
「ジェネクスシンクロモンスターだけなら、可能性はなかった。でも――!」
 光の輪となった<ジェネクスコントローラー>が、目の前の球体の1つを包み込む。
 創志が愛用するデッキは、自身を象徴する<ジェネクス>のデッキ。
 だが、今から呼び出すモンスターは、違う。

「右手が駄目でも左手で!」

 創志は今までの決闘を、戦いを――一人で戦い抜いて来たわけではない。
 誰かの、仲間の存在が加わり、彼は初めて皆本創志と成り得る。
 そんな彼が召喚したのは、新たなる仲間から託された、新たなる力。

「それでも駄目なら、両手を突き出す! シンクロ召喚――アームズ・エイド!」

<アームズ・エイド>
シンクロ・効果モンスター
星4/光属性/機械族/攻1800/守1200
チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に装備カード扱いとしてモンスターに装備、
または装備を解除して表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
この効果で装備カード扱いになっている場合のみ、
装備モンスターの攻撃力は1000ポイントアップする。
装備モンスターが戦闘によってモンスターを破壊し墓地へ送った時、
破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。

「そのカードは……!」
「驚くのはまだ早いぜ、更に俺は罠カード<蘇りし魂>を発動! <ジェネクス・コントローラー>を蘇生させる!」

<蘇りし魂>
永続罠
自分の墓地から通常モンスター1体を守備表示で特殊召喚する。
このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。

 再び出現するのは、プラスの形をした機械の小人。
 ジェネクスだけでは開けなかった扉を開かんと、銀色の手甲が眩い光に包まれる。

「残された結晶が、数多の力を呼び起こす!」

 線画が彩られていくかのように、銀色の手甲から緑線が伸びていく。
 その線は足を描き、左手を象り、頭部を創り出す。
 
シンクロ召喚! 駆けろ! <A・ジェネクス・アクセル>!」 
 
 創志の言葉に呼応し、線の中心部であるボディが輝き出す。
 その輝きの色は、純粋な銀。
 線でしか無かった箇所はその輝きと同じ色へと変革し、一つの機械として生まれ変わる。

A・ジェネクス・アクセル/Genex Ally Axel》 †
シンクロ・効果モンスター
星8/闇属性/機械族/攻2600/守2000
「ジェネクス」と名のついたチューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
1ターンに1度、手札を1枚捨てる事で、
自分の墓地に存在するレベル4以下の機械族モンスター1体を選択して特殊召喚する。
この効果で特殊召喚したモンスターの攻撃力はエンドフェイズ時まで倍になり、
相手プレイヤーに直接攻撃する事はできず、
自分のエンドフェイズ時にゲームから除外される。

 銀色の閃光が、フィールドを駆け抜ける。
 数瞬遅れて、車輪が地面を滑る音が響き――その余りの速度に、治輝は瞠目した。
 だが、驚く暇は与えない。
「<A・ジェネクス・アクセル>の効果発動! 手札を1枚捨て――墓地にいる攻撃力を2倍にしたアームズエイドを蘇生させ、アクセルに装備する!」
「な……!」
 輝王はそのプレイングを見て、創志を見やる。
 攻撃力を2倍に昇華させた<アームズ・エイド>の攻撃力は3600。ダークストームを上回っている。
 そして相手に伏せカードがある以上、わざわざ装備効果を発動し、攻撃力を一点に集中させる意義は少ない。
 仮に1体が迎撃されたとしても、残る1体を場に残す事ができるからだ。
「……確かに2体で殴った方が、リスクは抑えられるかもな」
「ならば――」
「だけどな、輝王」
 創志は対峙する治輝と、その奥にいる砂神に視線を向ける。
 そして目の前に君臨した<A・ジェネクス・アクセル>が装備した、銀色の手甲を見る。
「俺は、これで戦いたいんだ」
 純也の力が無ければ、<アームズ・エイド>が無ければ――このモンスターが場に出現する事は無かった。
 だからこそ、創志は声を上げる。
「――砂神! 確かにおまえはムカつく奴だけど、一つだけ感謝するぜ!」
「……何?」
「治輝や純也――かづな達と、お前は会わせてくれた。お前が居なかったら、会えなかった!」
「馬鹿が、俺は貴様達の力を……」
「だからこの決闘は勝つ! ムカつく恩人を殺してお終いじゃ――気分が悪いからな!」
「……恩人だと? この俺を?」
 呆気に取られたような顔をする砂神に意も介さず、創志は自らのモンスターに指令を下す。
 目の前の暗雲を、晴らす為に。
「<ダークストーム・ドラゴン>に<A・ジェネクス・アクセル>で攻撃!」
「……ッ!」
 治輝は来るであろう衝撃に、構える。
 <アームズエイド>を装備したモンスターの攻撃力は1000ポイントUPする。
 つまり<Aジェネクス・アクセル>の攻撃力は3600
 <ダーク・ストーム・ドラゴン>の攻撃力を、上回った。

「ブリッツ――ドライブ・ナッコォ!」

 創志の声を受け<Aジェネクス・アクセル>が地面から解き放たれ――
 機械兵は、銀色の閃光と化す。
 勢いを乗せ放つのは、渾身の右ストレート。
 その速度は音速をも超え、その拳は<ダーク・ストーム・ドラゴン>の纏う暗雲を切り裂く。
 途端に生まれる、猛烈な衝撃波。
 衝撃波はその周りにある闇を取り払い、現界できなくなった<ダークストーム・ドラゴン>は、光の屑と化した。

【治輝LP】8000 手札4枚
場:ダークストーム・ドラゴン(戦闘破壊)
伏せカード1枚 アドバンスド・フォース

【輝王】 手札2枚
場:AOJカタストル
エレメント・チェンジ(光属性を指定) 伏せカード1枚 
【創志】 手札0枚
場:Aジェネクス・アクセル
伏せカード1枚 蘇りし魂(使用済) アームズ・エイド(装備対象Aジェネクスアクセル)

【輝王&創志LP】4100
 
「まだだ――アームズ・エイドの効果発動! 破壊したモンスターの攻撃力分のダメージ、受けてもらうぜ!」

《アームズ・エイド/Armory Arm》 †
シンクロ・効果モンスター
星4/光属性/機械族/攻1800/守1200
チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上
1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に装備カード扱いとしてモンスターに装備、
または装備を解除して表側攻撃表示で特殊召喚する事ができる。
この効果で装備カード扱いになっている場合のみ、
装備モンスターの攻撃力は1000ポイントアップする。
装備モンスターが戦闘によってモンスターを破壊し墓地へ送った時、
破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える。

 ダークストームの攻撃力は2700
 そのダメージの原因である衝撃波を一身に受け、治輝は目を細める。

【治輝LP】8000→4600

 その一撃を見て、先の言葉を受けて、砂神は思う。
 目の前の男が言った言葉が、今の一撃が通った理由が、理解できないと。
 それを見た治輝が、小さく呟く。
「砂神――おまえは、ああなりたかったんじゃないか?」
「何を馬鹿な……あのようなプレイングも後先も考えない馬鹿になりたい等と思うわけがない!」
「創志だけじゃない。輝王の――あいつ等の様に、誰かの力になりたかったんじゃないのか?」
「……」
 砂神は、かつての自分を思い出す。
 自身の力を、正しき方向に使おうとしていた時があった。
 自身の力は、この世になってプラスに成り得るのだと、信じていた時があった。
 だが、今の砂神にとって、あれは既に捨て去ったモノに過ぎない。
 それを知ってか知らずか、治輝は言葉を続ける。
「……それは本当は、捨てちゃいけないものだったんじゃないのか?」
「貴様に何がわかる。……いや、貴様ならわかるはずだ!」
 砂神は声を荒げる。
 自らの感情の一部が具現した影。
 それと対峙したのは、貴様のはずなのだと。

「貴様も俺と同類だろうが! プラスになろうと切望しても、マイナスにしか成れず、それ以外の物に成れなくなった不変の値! 貴様は自らの世界で何やら答えを見つけ、悟った振りをしているが……そんな物はまやかしだ!」
「……」
「貴様と俺様はマイナスでしか有り得ないんだよ! 日向にいる奴らにとってはその場に居るだけで罪な、タダの害悪だ!」
 それは果たして、時枝治輝に向けられた言葉なのか。
 砂神は憎悪と呪いを込め、目の前の硝子に叫び続ける。
「邪魔なんだよ……貴様と、俺様のような存在は!」
「……黙って聞いてりゃなんだよその理屈! 俺は治輝の事、そんな風に思ったりしねぇ!」
「言葉では何とでも言える。直に無理が生じる、そういう風に出来ている!」
「そんなの――」
 創志が尚も反論しようとすると、砂神の顔つきがガラリと変わった。
 その髪は垂れ下がり、片目を隠す。だが、その眼光は鋭さを増す。

「俺様は――――僕はそれを、何百、何千回と繰り返してきた! 貴様に、貴方にそれがわかるのか!」

 その言葉の、重み。
 それを言う砂神の表情が、創志の二の句を抑え込む。
「どんなに世界を巡っても、僕が必要とされたのは力だけだった。時枝治輝の言う通り、僕個人を必要をする人はこの世にはいない!」
 砂神は言葉を切る。
 砂神の能力は、その世界に存在する全てを把握する。
 それは自らの捉えた事も例外ではない。
 鮮明に、事細かに詳細に、その時起きた事を映し出せる。
 この世にはいない。
 それは現在の話なのか。
 それとも、過去には存在していたのか。
「求められたのが力だけならば――それを求めて何が悪い? それを極めようとして何が悪い!? これは世界の選択なんだよ!」
 砂神の慟哭が、その場に響き渡る。
 創志が何かを言おうと口を開こうとした、次の瞬間。
 
「そうだな。確かに俺やお前はマイナスだ」

 治輝は呟くように、そう言った。
 信じられない物を見るような目で、創志は驚愕を露にする。
「な、何言ってんだよ治輝。お前やっぱり邪神の……」
「邪神の毒気……か。正直よくわからないんだ。それがなんなのか」
「……」
 輝王はそれを聞き、心中で 「やはり」 と呟く。
 今までの攻防。駆け引き。
 それら全ての行動には、輝王にとって意味があった。
 確かめたかったのはただ一つ。

 時枝治輝が、正気であるかどうか。

「……だから、今のは俺自身の言葉だ」
 そんな輝王に確信を感じさせる言葉を、治輝自身が言い放つ。
 そう、今までの決闘は――決して狂った者が行える物ではなかったのだ。
 輝王はそれを踏まえ、単刀直入に問いかける。

「お前は、俺の知る時枝治輝で間違いないな?」
「……ああ、邪神とかは関係ない」

 輝王が尋ね、治輝は即答する。
 その目をしばらく睨み、輝王は目を逸らす。
「皆本。手札はもう無いのだろう?」
「あ、ああ……ターンエンドだ」
 その事実に、創志は動揺を隠せない。
 今までは、邪神の毒気が払えば、元の治輝に戻ると、そう信じて戦ってきた。
 だが、彼は彼のままだった。
 彼自身の願いが、砂神の殺害なのだとしたら……。
「……余計な事を考えるな。皆本」
「余計な事……? 輝王、お前!」
「……決闘に集中し、決闘を見ろ。お前はそれでいい」
 輝王の意味ありげな言葉を受け、創志は叫ぼうとしていた気概を削がれる。
 だが、言葉の真意まではわからない。
 そのやり取りを見ていた治輝は、ゆっくりとカードをドローする。
「俺のターン、ドロー」

【治輝LP】4600 手札5枚
場:ダークストーム・ドラゴン(戦闘破壊)
伏せカード1枚 アドバンスド・フォース

【輝王】 手札2枚
場:AOJカタストル
エレメント・チェンジ(光属性を指定) 伏せカード1枚 
【創志】 手札0枚
場:Aジェネクス・アクセル
伏せカード1枚 蘇りし魂(使用済) アームズ・エイド(装備対象Aジェネクスアクセル)

【輝王&創志LP】4100 
 
「俺は手札から<調和の宝札>を発動。手札から<ドラグニティ・ファランクス>を捨て、カードを2枚ドローする」

《調和の宝札/Cards of Consonance》 †
通常魔法
手札から攻撃力1000以下のドラゴン族チューナー1体を捨てて発動する。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。

 治輝は加わった2枚のカードを眺める。
 その内の1枚を入れた経緯を思い出し、自嘲気味に笑う。
「……でも憧れるのは、きっと自由だよな」
 そう呟くと、治輝は1枚のカードを発動させ――次の瞬間。

 廃墟から、音が消えた。
 
 
 お前は間違えるな、時枝。

 そう自分に言ったのは、誰だったか。
 そして今の自分を見て、彼はどう思うだろうか。

「……でも、憧れるのは、きっと自由だ」

 キチンと別れの言葉も言えなかった。共に戦った戦友に。
 その、いつか見た戦い方に、憧れを抱いた。
 それは、二つの力を重ねる力。
 目の前にいる創志と同じように、大きなプラスを生み出す力。
 自らの抱える闇に負けず、それを使役し続ける魂の力。

 ――人はその力の名を、融合と呼ぶ。


「今こそ発動しろ――"龍の鏡"!」


 それは治輝が人生で初めて使用した――
 彼なりの、融合の力だった。







       遊戯王オリジナル×stage=11








 それは、果たして1つの生命体と呼称するべき存在なのだろうか。
 黄金と黄土の狭間を漂うな色彩の胴体から伸びているのは、首だ。
 だが、1本ではない。
 5本もの首が無造作に生えたその有り様は、異様そのものだ。
 その色も均一の物ではなく、それぞれ違った色を有している。
 
 このモンスターは、治輝がこことは異なる世界で手に入れた物。
 しかし、それを使う気にはならなかった。
 融合と自分は、相容れないものだと思っていた。
 それを変えたのは、帽子を被った1人の男。
 その男の戦い方への、一種の憧れ。
 例えその有り様が歪な物であっても
 5つの個が鬩ぎ合う1体の龍が、今ここに君臨する。

「今こそ――"いつか"を連ねる幻想と成せ! 融合召喚――ファイブ・ゴッド・ドラゴン!」

<F・G・D>
融合・効果モンスター
星12/闇属性/ドラゴン族/攻5000/守5000
ドラゴン族モンスター×5
このカードは融合召喚でしか特殊召喚できない。
このカードは闇・地・水・炎・風属性モンスターとの戦闘では破壊されない。

 その連なりは、決して美しい物ではないかもしれない。
 だがそれでも、その想いだけでは本物であるのだと。
 5つの固体の集合体は、鋭い雄叫びを上げる。
「決闘を見ろ……か。遠回しな言い方しやがって」
 創志はそれを見て、ため息を吐きながら頭を掻く。
 顔を上げると、創志は笑みを浮かべていた。

「来いよ、治輝。相手になってやる!」
「……ああ、望む所だ!」

 その豹変に付いていけないのは砂神だ。
 2人に何が起きたのか理解できず、立ち尽くす。
「何だ、これは……?」
「わからないか。お前には」
「わかるはずもないだろう。さっきまで、こいつ等は!」
「……そうだな。俺も時枝に対し思う事はある。皆本もそれは同じだろう」
「ならば何故、ああなる!?」
「――決闘で伝わる事もある。そういう事だろう」
 輝王はそう言う自分に、らしくないなと心中で呟く。
 輝王正義という男は、目に見える確かな物を好む男ではなかったのか。
 だが今の自分は、これを良しと思っている。
 それもまた、確かだった。

「行くぞ。ファイブゴッドでアクセルに攻撃!」
「来いよ。アクセル! ファイブゴッドを迎撃しろ!」

 創志が出会ったのは、自分と同じシンクロの力。
 紅蓮の戦士を信じ、前へと進み続けた少年の有り様。

 治輝が出会ったのは、自分とは異なる融合の力。
 様々な者を交じり合い、力へと変える未知の有り様。

 その2つが、それぞれの想いを乗せ、ぶつかり合う。

「ダブル――サンダーフィストォ!」
「インヴィディアル――バーストォ!」

 閃光。
 2体のモンスターの攻撃が相殺し合い、凄まじい光となって場を覆う。
 その衝撃を殺し切れず、2人は後ろへ数メートル吹き飛ばされる。
「……ッ!」
「……へっ!」
 だが、2人とも倒れはしない。
 体制を建て直し、すぐに決闘盤を構え直す。 
 その戦闘で生き残ったのは――5つの首を持った邪龍。

【輝王&創志LP】4100→2700

 大して<Aジェネクス・アクセル>は、纏っていた銀色の手甲と共に完全に消滅してしまった。
 創志は悔しさを滲ませるも、その表情に曇りは無い。
 治輝は今、止めるべき敵かもしれない。
 だがその決闘が、創志に何かを信じさせる。
「俺はカードを2枚伏せて、ターンを終了する!」
 それに大きく返事をするかの様に、治輝は高々と、ターンを終了した。

【治輝LP】4600 手札3枚
場:F・G・D
伏せカード3枚 アドバンスド・フォース

【輝王】 手札2枚
場:AOJカタストル
エレメント・チェンジ(光属性を指定) 伏せカード1枚 
【創志】 手札0枚
場:
伏せカード1枚 蘇りし魂(使用済) 

【輝王&創志LP】2700 

 

輝王は目の前に君臨する五頭龍を見据え、カードを1枚ドローする。
 永続罠カード<エレメントチェンジ>の効果により――あの龍の属性は光に変更されている。

<エレメントチェンジ>
永続罠(オリジナルカード)
発動時に1種類の属性を宣言する。
このカードがフィールド上に存在する限り、
相手フィールド上の全ての表側表示モンスターは自分が宣言した属性になる。

 確かにその攻撃力は絶大だが、光属性であるならば――
 このまま<AOJ・カタストル>で攻撃を仕掛ければ、難なく破壊できる相手だ。
(仮に先のターンで<AOJ・カタストル>を倒す事が可能なら、しばらくターンの回ってこない皆本の<Aジェネクス・アクセル>を狙う必要は薄い)
 対処できない相手を捨て置き、攻撃で打倒できる<Aジェネクス・アクセル>への攻撃。
 先の攻防は、そういう類のモノであるはずだ。
(だが――)
 輝王は顔を上げ、龍を従える時枝治輝を見据える。
 あの表情は、果たして<AOJ・カタストル>の打倒を諦めた男の顔だろうか?
 しかし、ここで攻撃を止め守備に回ったとして。
 あちらに<カタストル>を攻略する手段が、本当は皆無だったとしたら。
 手札の補充する時間を、わざわざ与えてしまう事になる。
「守るか。攻めるか――」
 それは単純な2択。
 だが、その選択次第で敗北へと繋がる恐れのある、究極の2択。
 その選択に、輝王は冷や汗を流す。
(本来なら、チャンスを掴みに行くべきなのだろうな)
 尚も思考する輝王が思い返したのは、この世界で出会った者達に言われた言葉。

「確証……? 敵の土俵に入り込んだ時点で、そんなもの永遠に見つからないわよ」

 そう、どちらの選択であれ、確証は得られない。 
 隣にいる皆本や、親友である火乃。あの時のティトや愛城――。
 誰もが、前へ進むと言う選択を選ぶはずだ。
 だが、輝王正義は彼等ではない。
「近付く事は、できるはずだ」
 例え確証に届かなくとも
 それが決闘の中の真実であっても
 輝王正義は、届かない物を目指し続ける。
 確証という名の幻想に、手を伸ばし続ける。
「伏せカードを2枚セットし、俺は<AOJカタストル>で――」
 輝王は手元を確認し、決断する。
 自分のすべき行動を。

「AOJカタストルを――守備表示に変更し、ターンをエンドする!」
「輝王!? なんでカタストルで攻撃しねぇんだよ!?」

 その行動に創志は驚愕し、治輝は目を細める。
 それは一見、取るに足らない、地味な事かもしれない。
 臆病風に吹かれただけだと、笑う者もいるかもしれない。
 
「……俺のターン。伏せカードを1枚伏せ、ファイブゴッドドラゴンで<AOJカタストル>に攻撃!」
「な!?」

 間髪入れず、迷いなく響いた攻撃宣言に
 1人が驚愕し、2人が小さく笑った。
 それは決闘においての意思を読み取った者の笑いであり。
 読み取られた事の悔しさと、賞賛を含む笑い。

「罠カード発動――トラップ・スタン!!」

《トラップ・スタン/Trap Stun》 †
通常罠
このターンこのカード以外のフィールド上の罠カードの効果を無効にする。

 場に稲光が走り、配線用遮断器が作動した時の如く、辺りからブツンと光が消えた。
 煌びやかに5色に輝いていたずの五頭龍は、その姿を闇に眩ます。
 それがこの龍の本来の姿。
 今までは、1枚の罠カードが放っていた照明が、その姿を照らしていた。
 だが違う。
 この龍の本来の色は――闇。
 赤や青を纏っていたとしても、それらは明色であっても暗色。

「これで<F・G・D>の属性は闇――ソイツの効果の範囲外だ」

 闇夜の中で声が響き、暗闇の中から音が響く。
 それは、白銀の装甲を毟って行く音。
 その間接部を引き千切る音。
 心臓部を噛み砕く音。

 そして治輝のターンが終わり
 <トラップ・スタン>の効果が消え
 <エレメント・チェンジ>の効果が戻り
 辺りに再び、明かりが照らされる。
 <AOJカタストル>の姿は、何処にも見当たらなかった。
 それを見て、治輝は輝王に問いかける。

「……どうして守備表示に?」
「その質問には答え難い。話せば長くなるからな」
「そうか。長くなるか」

 それを聞いた治輝は、笑う。
 輝王の言う事は建前ではなく、本当の事だろう。
 だが、彼は視線を手元の画面に向けたのだ。
 画面表示されている数字は、創志と輝王のライフポイントを示している。
 それが数々の可能性を考慮した輝王の、最後の一押し。

 2700というライフは、先程の攻撃を真っ向から受けていた場合――殆ど無駄なくゼロになる数値なのだ。

 相手の表情、特性、場の状況。そして自分のライフポイント。
 それら全ての情報を元に、輝王は確証に肉薄し、それを元に攻撃を凌ぎ切った。
 これを、見事と言わず何なのか。

「凄い洞察力だな。戦い甲斐がある」
「お互い様だ。まだまだ計らせてもらうぞ、時枝」

 2度目の台詞。
 だが、その言葉には決意があった。
 ある種で上を行かれた事への賞賛と、悔しさ。
 それらを自覚しているからこそ、治輝は言う。

「ああ――だけど、3回は言わせない!」

 その叫びと共に、五頭龍は咆哮を上げる。
 場の2人は震えるが、それは振動による奮えではない。
「――反撃するぞ皆本。次のターン、攻撃が可能なら仕掛けに行け」
「ああ! ……っても、フィールドは空だけどな」
「アレを出せる準備は出来ている。倒せるかどうかは、お前次第だ」
 その言葉に、創志は力強く頷く。
 これはタッグ決闘だ。
 フィールドにモンスターが居なければ、足りない部分があるのならば、力を合わせて乗り越えて行けばいい。
 今までも、ずっとそうやって創志は戦ってきた。
 
「治輝――倒すぜ、そのドラゴン!」

 今の自分の手札に可能性は無くとも、創志はそう宣言する。
 それは自身とその仲間への、絶対的な信頼から生まれる言葉だった。

 

 

 砂神は呆然と眺めていた。
 モンスターが消えても尚、諦めないその姿勢に。
 仲間と自分を信頼する。真っ直ぐな強さを。



【治輝LP】4600 手札3枚
場:F・G・D
伏せカード4枚 アドバンスド・フォース

【輝王】 手札0枚
場:
エレメント・チェンジ(光属性を指定) 伏せカード4枚 
【創志】 手札0枚
場:
伏せカード1枚 蘇りし魂(使用済) 

【輝王&創志LP】2700 


 創志は自らのデッキに、指先に力を込める。
 治輝の真意は未だわからない。他にもわからない事も、聞きたい事も沢山ある。
 だから今の創志が思うのは、たった一つ。
(アイツに、勝ちたい!)
 今の自分に持っていない物を、目の前の相手は持っている。
 砂神との戦いの際、2人の足を引っ張り、非力を感じた事もあった。
 強くなりたいという想いもある。しかし、それよりも
 今の自分を全てぶつけて、その上で勝ちたいのだと。
 創志は心の中で叫び、より強く力を込める。

「俺の――ターン!」

 三日月の如く弧を描くその軌跡から生まれたのは、更なる可能性。
 創志は流れるまま、そのカードを決闘盤に叩き付ける。
マジック・プランター/Magic Planter》 †
通常魔法
自分フィールド上に表側表示で存在する
永続罠カード1枚を墓地へ送って発動する。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。

 
「<蘇りし魂>を墓地に送り、カードを2枚ドロー!」

 扇状に開いた2枚のカードは、魔法カードが2枚。
 壁になるモンスターを引けなかった以上、もう後には引けない。
 創志は意を決して、伏せカードを発動する。

《正統なる血統/Birthright》 †
永続罠
自分の墓地に存在する通常モンスター1体を選択し、攻撃表示で特殊召喚する。
このカードがフィールド上に存在しなくなった時、そのモンスターを破壊する。
そのモンスターがフィールド上に存在しなくなった時、このカードを破壊する。

 そのカード効果で出現したのは機械の小人――ジェネクス・コントローラー
 創志のデッキの核となり、この決闘の核となったチューナーモンスター。
<ジェネクス・コントローラー>
チューナー(通常モンスター)
星3/闇属性/機械族/攻1400/守1200
仲間達と心を通わせる事ができる、数少ないジェネクスのひとり。
様々なエレメントの力をコントロールできるぞ。

 出現したのは攻撃表示。
 その小さな力では<F・G・D>の攻撃を受けきる事はできない。
 だが、輝王は言った。

 『準備は整った』と。






 □□□





 それとほぼ同時に、輝王の場にも異変が起こる。
 粉々にされたはずの機械の破片が、時が撒き戻るかのように一つの形を象っていたのだ。
 
【輝王&創志LP】2700→1900
 

ウィキッド・リボーン/Wicked Rebirth》 †
永続罠
800ライフポイントを払い、自分の墓地に存在する
シンクロモンスター1体を選択して発動する。
選択したモンスターを表側攻撃表示で特殊召喚する。
この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化され、
このターン攻撃宣言をする事ができない。
このカードがフィールド上に存在しなくなった時、
そのモンスターを破壊する。
そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。

 しかしその細部は所々朽ちていて、かつての白銀の輝きは鈍くなっている。
 その効果も無効化され、目の前の<F・G・D>には太刀打ちできない。
 だが、その表示形式は前へと進む事を望んでいる。
 壁として主人を守るのではなく、次こそはあの龍を打倒してみせるのだと。




 ■■■

「<AOJ・カタストル>と――」
「<ジェネクス・コントローラー>をチューニング!」

 2人の青年の叫びが、1人の青年が創りだした舞台に木霊する。
 命の無いはずの世界に、命の輝きを染み込ませる。

「折れぬ正義の魂が――」
 それは、染まらずとも変わり、揺れず折れない魂の輝き。 
「進化の光を照らし出す!」
 それは、様々な繋がりを力に変えてきた、心の光。

 例え何も無くとも、何かを創る事はできるのだと――それを示す事のできる到達点。
 一つの理想を、具現した形。
 その想いは、一つの幻に酷似したものだ。
 綺麗事だ、絵空事だと称され、現実に存在しない「ドラゴン」という幻のカタチ。
 その幻の存在を、目に焼き付けたいと願った。
 そして人は、手にした技術を持って幻想の存在を具現化していく。

「「シンクロ召喚!」」

 その圧倒的な存在を、破ろうと思った。
 その底知れない存在を、判ろうと思った。
 その2人の声が、今重なる。

 その想いの果てに呼び出したのは、機竜。
 煌く白金の装甲は廃墟に光を与え、広がる翼を刃に変えて。
 人工物によって生まれた機械の竜の瞳に、光が灯る。
 空虚な舞台に、魂の脈動を覚えさせる。
 これが、創志の手にした最後の力。

「――導け! <A・ジェネクス・クレアシオン・ドラグーン>!!」

 創造の力を秘めた竜が今、光臨した。

 

 

 <A・ジェネクス・クレアシオン・ドラグーン>
 その神々しい姿を正面から見据え、治輝は思う。
 何かを生む手伝いをしようとして……取り返しのつかない事をしてしまった、あの時の事を思い返す。
 創造を名に冠したそのドラゴンは
 治輝にとって切望するもので
 治輝にとって、本当の意味での――憧れだった。

 

<A・ジェネクス・クレアシオン・ドラグーン>
シンクロ・効果モンスター(オリジナルカード)
星8/闇属性/機械族/攻2800/守2800
「ジェネクス・コントローラー」+「A・O・J」と名のついたシンクロモンスター1体以上
このカードは相手の魔法・罠・効果モンスターの効果の対象にならず、
闇属性モンスター以外との戦闘では破壊されない。
このカードの攻撃力は墓地に存在する「ジェネクス」または「A・O・J」と名のついた
モンスターの数×100ポイントアップする。
このカードがフィールド上から墓地に送られた時、自分の墓地に存在するこのカード以外の「ジェネクス」または
「A・O・J」と名のついたモンスター1体を選択し、自分フィールド上に特殊召喚することができる。

 

 「<クレアシオン・ドラグーン>の効果発動! このカードの攻撃力は、墓地に存在する<ジェネクス>または<AOJ>の数×100ポイント上昇する!」

 

 それは、2つの異なる名を束ねる事のできる力。
 2人の青年の墓地が、淡い光を放つ。
 その光の数は、目の前の邪竜が糧にしたドラゴンと同数。
 だがその質は、全く真逆のモノだ。
「……砂神。お前にあれはどう見える?」
「……」
 その質問に、砂神は無言で歯噛みする。
 それを見た治輝は、苦笑いを浮かべ、視線を前へ戻す。
 正面から見つめた白銀の機竜は、共に並んだ時に比べより美しく、輝いて見える。

 

「俺は、ああなりたかったのかもしれないな――」






 □□□







「装備魔法――<幻惑の巻物>を装備! <A・ジェネクス・クレアシオン・ドラグーン>の属性を光に変更する!」
 白銀の装甲が輝きを増し、辺りを照らし出す。
 元は闇属性だった等とは思えない神々しさに、治輝はただ魅せられる。
「行くぜ治輝! <A・ジェネクス・クレアシオンドラグーン>で<F・G・D>に攻撃!」
「……ッ! 迎え撃て、ファイブ・ゴッド!」
 皮肉にも2体のモンスターは共に同じ闇属性であり――現在は他の札の力で光へと変換されていた。
 かつて闇だったモノ同士の激突は、自らより放つ光によって行われる。

 

「インヴィディアル――バースト!」
「――<クレアシオン>!」
 
 5つの龍の口から、異なる色の光の吐息が放たれる。
 ほぼ同時に、機竜体の各所に装着された補助ブースターが一斉に点火し
 夜空を切り裂かんと上昇した機竜は、一旦ブースターを停止させ、一瞬だけ宙に浮かぶ。
 機体を反転し――、再度ブースターを点火。宙空に自らの身体を打ち出す。 
 だが<F・G・D>その回避行動に対し、素早く<クレアシオン>に照準する。
 5つの口が織り成す弾幕は一筋縄では潜り抜けられない――
 そう考えた<クレアシオン>は、ブレスを吐き荒れ狂う<F・G・D>目がけ、上空から急接近する。
 だが、その特攻は無謀だ。敵の接近を許さないからこその弾幕。リスクは避けられない。
 <クレアシオン>の右の翼が折れ、バランスを崩す。

 

「……!」
「攻撃力はこっちが上、このままなら――!」
 <F・G・D>の攻撃力は5000
 <クレアシオン>の攻撃力は3300
 幾ら属性が光に変わろうとも、この差は埋められない。
「皆本!」
「わかってる! 俺は速攻魔法を発動!」
「……罠カードを発動!」

 

 その時、全員が同時に動いた。

 

 1人は迷わず手札の速攻魔法を天に掲げ
 1人は地に伏したカードを跳ね上げ
 それを見た最後の1人は硬直する

 

《リミッター解除/Limiter Removal》 †
速攻魔法(制限カード)
このカード発動時に、自分フィールド上に表側表示で存在する
全ての機械族モンスターの攻撃力を倍にする。
この効果を受けたモンスターはエンドフェイズ時に破壊される。

 

 次の瞬間、機竜の体は眩い光を放ち、変化した。
 翼を削がれ、飛ぶ事が苦難となったのなら。
 自らを弾丸と化し、打ち貫けばいいのだと。

 

「……ジェネシック・ブリットォ!」

 

 それは視認できる速度ではなく
 弾幕で対応できるものでもなく
 咄嗟に防御を図れるものでもなかった
 貫いたのは<F・G・D>の有する5つの頭部ではなく、その根幹である胴体。
 聞く者全てが震え上がるような断末魔の咆哮が、廃墟に轟く。
 光以外では倒せないとされる邪龍。
 それを倒したのは、闇の中であっても燦然と輝く――光の機龍だった。

 

【治輝LP】4600 手札3枚
場:F・G・D
伏せカード3枚 アドバンスド・フォース

【輝王】 手札0枚
場:
エレメント・チェンジ(光属性を指定) ウィキッド・リボーン(使用済) 伏せカード3枚 
【創志】 手札0枚
場:<A・ジェネクス・クレアシオン・ドラグーン>
蘇りし魂(使用済) 幻惑の巻物(対象クレアシオン、光指定) 

【輝王&創志LP】2700 

【治輝LP】4600→3800
 
 
 白銀の機龍に胴体を貫かれた<F・G・D>は、身じろぎ一つせずに四散する。
 その結果に不満を抱く事なく、運命だと受け入れるかのように。
 治輝は目を瞬きせずに、消えていった邪龍の最後を見届けた。
 創志は強敵を倒した事で歓喜に震えるも……治輝のライフを見て困惑する。
「……なんであんなにライフが残ってるんだ?」
「罠カード<ダメージ・ダイエット>の効果だろう。リミッター解除を発動する寸前、時枝が発動していた」

《ダメージ・ダイエット/Damage Diet》 †
通常罠
このターン自分が受ける全てのダメージは半分になる。
また、墓地に存在するこのカードをゲームから除外する事で、
そのターン自分が受ける効果ダメージは半分になる。

 輝王がそう言うと、治輝は目を細め輝王の伏せカードへ視線を送る。
 彼は創志の<リミッター解除>に対し、何か別のカードを発動しようとしていた。
 だが<ダメージ・ダイエット>の存在を確認するや否や、その動きを硬直させたのだ。
「そうか……でも<F・G・D>は倒したんだ。俺達の力で!」
「そうだな。だがこのままでは<リミッター解除>の効果で<A・ジェネクス・クレアシオン>は破壊される。時枝の手札が健在の今、それは避けるべきだろう」
 輝王がそう言うと、傷だらけの<A・ジェネクス・クレアシオン・ドラグーン>の周辺の空間が歪み、その姿を消した。
 発動したカードは<亜空間物質転送装置>

<亜空間物質転送装置>
通常罠
自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択し、
このターンのエンドフェイズ時までゲームから除外する。

 消えた<クレアシオン>は消滅したわけでも、破壊されたわけでもない。
 言うならば破壊された身体を修繕する――異次元の格納庫へと移動させたに過ぎない。
 そして同時に、そのカード効果とは別の『歪み』が発生した。それは輝王と創志の後方、治輝の視線の先で渦を巻く。
 それらの事象を見た治輝は息を吐き、砂神を振り返る。
「砂神。あのモンスターを見てどう思った?」
「……忌々しい光だ。見てるだけで吐き気がする」
「……」
「貴様とて同じだろう。時枝治輝。まさか羨望という純粋な感情しか抱かない等と、世迷言は言わないだろうな」
「まさか。俺はそんな聖者にはなれないよ」
 治輝はそう返事をし、夢を見ていた頃の――昔の木咲の事を思い出す。
 あいつは、皆の笑顔を作れる奴だった。
 あいつは、自分の世界を作れる奴だった。
 あの頃夢を嫌っていたのは、それを見るのが辛かったから。
 自分だけの夢を作り出していた奴が、どうしようもなく妬ましかったから。
 そしてそんな嫉妬や憎悪にも似た感情を抱く自分が、誰よりも嫌いだったから。
 可能であればああなりたいと、強く願った。
 何かを作り出せる様な存在になりたいと、切望した。

 ――治輝は目を見開き、目の前の"創造"を見上げる。

 創志のターンが終了し、伝説の機龍が再び場へと舞い戻ってきたのだ。
 その銀の装甲は完全にその色を取り戻し、悠然と輝き続ける。
 自分が進まなかった、進めなかった道の極地。
 このモンスターは正にその象徴であるように、治輝は感じる。
「……お前は、まだペインじゃない。まだ間に合うんじゃないのか?」 
「――殺す予定だと言った人間に問いかける言葉とは思えんな」
 砂神は何かを考えているのか、髪が逆立っていてもその気性は落ち着いている。
 そして睨むように、返す。
「俺様は貴様を知っているが、貴様は俺様を知らない。だから教えてやろう。今更プラスに変わる事が出来ない程の悪行を、俺様はし尽くしてきた。貴様の言葉を借りるなら、確かに俺様は死すべき人間だ。普通の人間にとってはな」
「……」
「貴様も無理に染まろうとするだけ無駄だ。いずれこちらの道に進む事になる。遅かれ早かれな!」
 その言葉に自嘲や憐憫等の感情は浮かんでおらず、淡々と事実を並べるだけの物だ。
 だからこそ、それは嘘偽りの無いモノだと伝わってくる。

【治輝LP】3800 手札3枚
場:
伏せカード3枚 アドバンスド・フォース

【輝王】 手札0枚
場:
エレメント・チェンジ(光属性を指定) ウィキッド・リボーン(使用済) 伏せカード2枚 
【創志】 手札0枚
場:<A・ジェネクス・クレアシオン・ドラグーン>
蘇りし魂(使用済) 幻惑の巻物(対象クレアシオン、光指定) 

【輝王&創志LP】2700 

 治輝は砂神から視線を外し、落ち着いた動作でカードをドローする。
 だがその軌跡は曲がらず、自らの手の中に可能性を導く。
「俺は手札から<ドラグニティ・アキュリス>を召喚」

ドラグニティ-アキュリス/Dragunity Aklys》 †
チューナー(効果モンスター)
星2/風属性/ドラゴン族/攻1000/守 800
このカードが召喚に成功した時、
手札から「ドラグニティ」と名のついたモンスター1体を特殊召喚し、
このカードを装備カード扱いとして装備する事ができる。
モンスターに装備されているこのカードが墓地へ送られた時、
フィールド上に存在するカード1枚を選択して破壊する。

 フィールド上に、矢と見間違えるようにか細い小さな竜が出現する。
 それを確認すると治輝は背中を向けたまま、砂神に口を開く。
 
「悪いが、俺はそうなる気はない。約束もしたからな」
「――元の世界に戻ると言うのか? 害でしかない貴様が、再び災悪を招く可能性を無視して!」
 言われるまでもなく、それは治輝の頭で何度も再生された事項だった。

 やっとの思いで帰った自分に、笑いかけてくれる木咲。
 元に戻った懐かしい声を聞いて、涙を流す自分。
 そんな様子をからかいながら、暖かく見守ってくれるかづな。

 異世界に渡った長い間。それは何度も何度も、夢として治輝の中で再生された。
 それは幸せな夢。治輝の願望であり、もっとも望んでいる1つの結末。
 だが、夢はそこで終わらない。
 
 さっきまで笑っていたはず木咲の声が掠れて行き、近付くと激痛に悲鳴を上げる木咲。
 それを見て平静を失い、ペインとして暴走していく自分。
 それを止めようと必死で駆け寄ってくるかづなを、木咲と同じ様に――
 夢はいつも、ここで止まる。

「……お前なんかに言われるまでも無い。自分で何度も――何回も考えた事だ」

 揺らがなかった。
 そう言ってしまえば、それは嘘になる。
 だがその答えは
 1度出した答えを、嘘にしない為に。
 
「――俺は、それに負けない!」

 何かを穿つ様な勢いと共に、治輝は1枚のカードを発動する。
 それは自らの願いを託してデッキに投入していた――1枚の罠カードだった。



<異次元からの帰還>
通常罠
ライフポイントを半分払って発動する。
ゲームから除外されている自分のモンスターを
可能な限り自分フィールド上に特殊召喚する。
エンドフェイズ時、この効果で特殊召喚した全てのモンスターは
ゲームから除外される。
力だけを求められ、自身を必要とはされなかった。
 彼等が求めていたのは力であり<砂神緑雨>ではない。
 それを何度と繰り返した結果が、今の自分。
 力を利用するのが望みなら、力で奪ってやる。
 間違っているのは奴等で、間違えさせたのも奴等なのだと。

 だが、違う。
 目の前の男は運命に翻弄されても、運命を呪う事はしなかった。
 奥の2人はこちらに堕ちるべき分岐に立たされても、決して道を違えなかった。

「――比良牙。帰るぞ」
 砂神は立ち上がり、比良牙の元に歩いて行く。
 治輝はそれに気付いているようだが、特に邪魔をする気配は感じられない。
「――主様。そうは言っても邪魔者が」
「<レヴァテイン>ならとっくに消えている。大方奴の手札にでも迷い込んだのだろう」
 そう言われ比良牙は周囲を見渡し、現状を理解した。
「どうやら彼は見込み違いだったようだね。僕としては少し残念だ」
「……ふん」
 飄々とした比良牙の言葉を興味なさ気に無視すると、砂神は振り返り、治輝に問う。
「いいのか? 貴様が殺そうとしたはずの俺様は、今正に逃げようとしているが」

「いや、お前はもう殺したよ」
「……何?」

 聞き捨てならぬ台詞を吐いた治輝を、砂神は睨む。
 2,3度殴られた程度でどうにかなるほど、砂神緑雨はヤワではない。
 そんな砂神には敢えて視線を向けず、治輝は笑う。
「だけど、俺は面倒なのは嫌いなんだ。生死確認はしない」
「……とんだ道化だな、貴様は」
 親しみ等欠片も無い言葉だったが、その声は憎しみに彩られている風ではない。  
 砂神は自身の力で目の前に円状のゲートを作り出し、背中を向ける。
「お前こそ見ていかないのか? 最後まで」
「貴様が勝つ所も、奴等が勝つ所も見たくないんでな」
「なら、次はお前が勝ちに来いよ。俺だけを巻き込むのなら――いつだって受けて立つ」
「ぬかせ。――行くぞ、比良牙」
「やれやれ……本当に面倒なだけだったね」
 比良牙が息を吐き、砂神が口を吊り上げた瞬間、円状のゲートはノイズが走る様に歪み、その姿を消した。
 それを見た治輝は目を瞑り、小さく笑う。
 いつか再び相対する事があろうとも、それが砂神緑雨本人である事を、願いながら。







 □□□



「――最初から殺す気はなかったのか? 時枝」

 しばしの静寂の後、輝王が口を開く。
 事の顛末を静観していた輝王には、大体の事情が呑み込めていた。
 それに対し、治輝はかぶりを振る。
「嘘を言っていたわけじゃない。場合によっては、殺していたと思う」
「だが、お前はそうしなくて済むように――この決闘を仕組んだ。砂神を救う為に」
「買かぶり過ぎだよ輝王。俺は、俺の為にこの決闘を仕掛けただけだ」
 治輝が前方を指し、輝王と創志は振り返る。
 そこには先程砂神が作り出した物と似た形をしたゲートが、僅かに渦巻いている。
異世界に戻る為のゲートは、決闘でしか作り出せない。俺は自分の目的の為に、輝王や創志を利用しただけだ」
「……まぁ、そういう事にしておこうか」
「――おい」
 輝王はその言葉を、含みのある微笑で軽く流す。
 どんな言葉を連ねようと、敵である砂神の事を気にかけていたのは明白だ。
 邪神の時の妙に無表情になる事が多い演技といい、時枝治輝は嘘を吐くのが苦手らしい。
「……ったく、そういう事なら一言先に言ってくれればいいのによ」
「いや皆本。お前に演技は無理だ」
「おい輝王!?」
 ぼやく創志に、輝王は冷静に突っ込む。
 時枝は演技が苦手かもしれないが、それでも隣にいる青年よりは随分とマシだろう。

「さて、じゃあ一段落着いた事だし――」
 
 声が響く。
 時枝治輝にとっての決闘の目標はゲートの解放、そして砂神。

 輝王と創志にとっての決闘の目標は、砂神の殺害を防ぐ事。

 それは、お互いに達成する事ができた。
 これ以上戦う必要は、お互いに存在しない。

「ああ、そうだな」
 
 輝王は静かに同意する。
 決着を着ける必要が無いのなら、ここで終わるべきなのだと。輝王は確かに理解している。
 だが、その構えが解ける事は無い。
 それに呼応する様に、隣にいる青年が、大きく声を上げた。



「――再開しようぜ、決闘!」
 
「砕けし星の断片よ」

 続ける必要が無くとも、時枝治輝には理由があった。
 自らの羨望に、挑む事への願望。
 そして共に肩を並べた同胞との、最後の交差。

「集いし記憶を力に変え」

 輝王正義は感謝する。
 今この場に、この舞台に――自分という役を上げてくれた全てに。
 ならばこそ、勝つ事でその役を全うする。
 親友と同じ力を持つ同胞を、超える為に。

「全てを染める、残滓と成せ!」

 皆本創志が求めていたのは、この瞬間だった。
 しがらみも何も無い、純粋な競い合いを――目の前の男としてみたいと思った。
 そしてそれは、互いの切り札を以て今、成される。

「掴め――蘇生龍、レムナント……ドラグーンッ!」 


【治輝LP】2300 手札3枚
場:<ミンゲイドラゴン> <-蘇生龍-レムナント・ドラグーン>
伏せカード2枚 アドバンスド・フォース

【輝王】 手札0枚
場:
エレメント・チェンジ(光属性を指定) ウィキッド・リボーン(使用済) 伏せカード2枚 
【創志】 手札0枚
場:<A・ジェネクス・クレアシオン・ドラグーン>
蘇りし魂(使用済) 幻惑の巻物(対象クレアシオン、光指定) 

【輝王&創志LP】2700 

 砕け散り、墓地に送られた竜の魂が、光球となって舞い上がる。
 それが描いた軌跡は、象る。
 天空へ羽ばたく翼を持った、不死鳥のようなドラゴンの輪郭を。


 <-蘇生龍-レムナント・ドラグーン>
効果モンスター(オリジナルカード)
星8/光属性/ドラゴン族/攻2200/守2200
このカードは通常召喚できない。
自分フィールド上のドラゴン族モンスターが3体以上リリース、
または3体以上破壊されたターンに手札から特殊召喚できる。
このカードが手札からの特殊召喚に成功した時、このターン破壊、リリースされたドラゴン族モンスターを可能な限り、墓地と除外ゾーンから手札に戻す。
このカードが戦闘を行うダメージステップ時、手札のドラゴン族モンスターを相手に見せる事で発動できる。
このカードの攻撃力はエンドフェイズ時まで、見せたカードの種類×1000ポイントアップする。
このカードがフィールドを離れた時、自分は手札を全て捨てる。
このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、
自分はモンスターを通常召喚・反転召喚・特殊召喚する事ができない。

「レムナント・ドラグーンの、効果発動!」

 治輝の叫びに呼応し、荒れ果てた大地から命の光が溢れ、手札に舞い込む。
 それは<ドラギオン>の効果で破壊された2枚の龍。
 よって、治輝の手札は5枚。
 あれらが全てドラゴン族で形勢されていた場合。その攻撃力は7200まで上昇する可能性が出てくる。
 輝王がそう危惧していることを知ってか否か。治輝は1枚のカードを発動した。

トレード・イン/Trade-In》 †
通常魔法
手札からレベル8のモンスターカードを1枚捨てる。
自分のデッキからカードを2枚ドローする。 

「な……に?」
「これでこっちの攻撃力は、もう予測できない……だろ?」

 手札に戻った<ダークストーム・ドラゴン>は墓地に送られ、治輝は新たに2枚のカードをドローする。
 治輝のライフは先程使った<異次元からの帰還>のコストにより半減している。これでドラゴン族を引けなければ、こちらにトドメを刺すことは適わない。
 だというのに、この選択。あの視線。
「――仕掛けてくるぞ、皆本」
「わかってるって。フォローは任せるぜ、輝王!」
「ああ!」
 <A・ジェネクス・クレアシオン・ドラグーン>を操るのは、召喚を行った皆本創志に他ならない。
 だが、創志に伏せカードは残されていない。
 実質このターンにおいて<クレアシオン>を守護できるのは、伏せカードを2枚有する輝王なのだ。

「来い、時枝ッ!」
「ああ、挑ませてもらう!」

 治輝がバトルフェイズに入り、白銀の装甲を持つ伝説の機龍と、定まった形を成さない幻龍が相対する。
 その絵は壮観で、見る者が違えば世界の終わりにも、始まりにも見えたかもしれない。
 だがそんな状況でも、輝王は相方の出方を観察する。
(時枝の手札は5枚、トレードインによる手札交換を使われた今<青氷の白夜龍>以外のカードは未知数だ)
 それらが全てドラゴン族。しかも全て違う種類のカードで構成されていた場合<-蘇生龍-レムナント・ドラグーン>の攻撃力は7200へ上昇する。

このカードの攻撃力はエンドフェイズ時まで、見せたドラゴン族の種類×1000ポイントアップする。

 攻撃力3300の<クレアシオン>にその攻撃を受ければ、ライフ2700では耐え切れず、こちらの敗北となる。
 だが、その可能性は極めて低い。
 トレードインを使って手にしたカードが2枚ともドラゴン族、且つ全ての手札がドラゴン族で構成されている――それは普通なら有り得ない状況だ。
 しかし、治輝はメインフェイズで何のカードも伏せずにバトルフェイズに移行してきた。
 <-蘇生龍-レムナントドラグーン>は倒された時に持ち主の手札を全て捨てる、というデメリットを持つカード。
 倒される可能性を考慮するなら、魔法、罠カードの類は伏せてから攻撃するはず。
(故に、時枝の手札が全てドラゴンである可能性は、ある)
 或いは、そうこちらに思わせる為に敢えて伏せなかったかもしれない。
(4枚なら、俺たちが勝つ。5枚なら――負ける)
 輝王は、伏せカードに手をかける。
 発動するカードは、既に心中で決まっていた。
 それと同時に、現実の治輝の言葉が被せるように響き渡る。
 
 
 
「行くぞ。レム!」

 治輝の叫びと同時に、曖昧な姿を揺らめかせる<レムナント>は空高く飛翔する。
 その攻撃力は2200
 3300の<クレアシオン>には、届かない数値。
 だが<レムナント>は、自身の効果で己の限界を引き上げる。
 それは創志も輝王も、先の戦いで理解している事だ。
「<クレアシオン>!」
 創志の言葉に<クレアシオン>もブースターを点火させ、空中へと機体を上昇させる。
 だが、先手を打ったのは<レムナント・ドラグーン>だ。
 その見えない翼を羽ばたかせると、曖昧だった姿に蒼白い色が浮かび上がる。
 そして、同時に水晶の気筒が、出現した。

「1枚目! <青氷の白夜龍>!」

 氷霧のような煙を上げた気筒を点火させ<レムナント>は<クレアシオン>へと突撃する。
 これで攻撃力は3200
 <クレアシオン>と同等の力を手に入れた<レムナント>は、その身を<クレアシオン>の心臓部へと矢のように滑り込ませる。
「――まだだ! まだ届かねぇ!」
 創志が叫ぶと<クレアシオン>が有する2つのアームが<レムナント>の突撃を阻む。
 その握力は強力で、レムナントの身体は軋みを上げた。

「……2枚目! <ドラグニティ・ブランディストック>! 3枚目! <ドラグニティアームズ・レヴァテイン>!」

 <レムナント>に2つ目の槍型の気筒が出現し
 ほぼ同時に、漆黒の剣を模した気筒が装着され
 その2つが同時に、点火した。 
 不死鳥のような目は鋭さを増す。その勢いは先程の比ではない。
 
「同時使用かよ!?」
「押し切れええええええ!!」

 白銀のアームが悲鳴を上げ、それを支える間接部が軋みを上げる。
 攻撃力5200となった<レムナント>の突撃を
 <クレアシオン>は、もう抑えきることができない。

 硝子の割れるような、甲高い音がした。
 鉛が転がる、鈍い音がした。

 それは、白銀のアームが砕け散った音。それが眼下の廃墟に転がった音。
 自らのアームが限界だと悟った<クレアシオン>は機体を反らし、不死鳥の突撃を間一髪で回避する。
 しかし、それで終わりではない。
 <レムナント・ドラグーン>が音速にも近い速度で反転し、再びその身を滑り込ませてくる。

「――ッ、翼だ!」

 創志の指示を受けた<クレアシオン>は、自らが有する白銀の翼を折りたたみ、即席の盾として突撃をガードする。
 その翼は強固で、今の<レムナント>の力を抑え込んでいる。
 何とか凌げると思った、次の瞬間。

「4枚目! <デコイ・ドラゴン>!!」

 創志に、冷や汗が浮かぶ。
 攻撃力が6200となった<レムナント>の攻撃を受ければ、2900ポイントのダメージを受け――こちらが敗北する。
 そんな心中を意にも介さず、新たな気筒。橙で構成された小さな気筒が、その大きな不死鳥に力を与えた。

「これで終わりだ! オリジナル――レムナントォ!!」

 蒼白く発光した身体はその勢いを倍化し、その粒子を噴出する。
 白銀の翼に、罅が入る。
 装甲の表面が光に焦がされていく。
 その翼を壊し、心臓部に身を突きたてようと<レムナント>は最後の力を振り絞る。
 
 だが、輝王は静観していた。
 目の前の出来事に動じず、チャンスを待つ為に。

「これで終わりだ、か。それが本当ならば手札のドラゴンは4枚。5枚目は、罠か魔法――!」
 
 次の瞬間。
 輝王は、1枚のカードを具現させた。

<リミッター解除>
速攻魔法
このカード発動時に、自分フィールド上に表側表示で存在する
全ての機械族モンスターの攻撃力を倍にする。
この効果を受けたモンスターはエンドフェイズ時に破壊される。

「2枚目!? だが、遅い!」

 治輝の言葉の通り、レムナントの突撃に耐え切れず、白銀の翼が粉々に砕けた。
 鉄の破片が散らばり、雪のように宙へ漂う。
 それはまるでスローモーションのように流れていき、その心臓部に<レムナント>の一撃が――

「――弾丸だ! <クレアシオン>!」

 届く寸前に、クレアシオンは創志の指示に、その身を動かす。
 純白の光と共に、機龍は言葉通り<弾>へとその形態を急速変形させたのだ。
 変形により、心臓部であった場所は下へと移動。
 結果<レムナント>の突撃は空を切り、切り離された<クレアシオン>の翼部が空を舞う。

「な……!?」
「これで攻撃力は6600!」

 轟音が鳴り、全てのブースターを点火させた<クレアシオン>は機体の向きを反転させ、その身を弾丸と化して<レムナント>へと追いすがる。
 <レムナント>は翼を折りたたみ、その攻撃を受け止めようと試みるが――遅い。

「終わりだああああああああああ!」


 創志の叫びを受け<クレアシオン>は速度を上げ
 <レムナント>は向かってくるその弾に対し、翼で盾を作る間もなく、直撃した。
 白銀の閃光が、蘇生龍を打ち貫き、破壊される。

【治輝LP】2300→1900

 それは無数の蛍が光っているかのように幻想的で、誰もが息を呑む風景だった。
 治輝の手札が墓地へと消え、その残滓は光となって宙へと漂い始める。

「――いや、まだだ!」
「……!?」

 だが、勝利の余韻に浸る間も、敗北の悔しさに涙を流す間も与えず、治輝は声を荒げる。
 <-蘇生龍-レムナント・ドラグーン>が敗れ、手札をその効果でゼロにしようとも、その瞳は揺らがない。
 その勢いのまま、1枚のカードを発動する。

<竜の転生>
通常罠
自分フィールド上に表側表示で存在する
ドラゴン族モンスター1体を選択してゲームから除外し、
自分の手札・墓地からドラゴン族モンスター1体を特殊召喚する。

 除外されるのはフィールド上に残った最後の竜である<ミンゲイドラゴン>
 だがその効果を確認した輝王は、目を細める。

「蘇生カードか。だが、どんなドラゴンを用いようと<A・ジェネクス・クレアシオン・ドラグーン>は倒せない!」

 <リミッター解除>の効果により攻撃力が倍化している<クレアシオン>の攻撃力は6600
 今まで出現したドラゴンでは、この数値を超えることは適わない。
「承知の上だ。<竜の転生>はそっちを"防ぐ為のカード"であって、倒す為のカードじゃない!」
「蘇生カードで防ぐ……?何を言って……」
 疑問の言葉を発している間に、治輝が新たなカードをチェーン発動する。
 そのカードは、輝王の予想を覆すカードだった。




【治輝LP】1900→900


<闇よりの罠>
通常罠
自分が3000ライフポイント以下の時、
1000ライフポイントを払う事で発動する。
自分の墓地に存在する通常罠カード1枚を選択する。
このカードの効果は、その通常罠カードの効果と同じになる。
その後、選択した通常罠カードをゲームから除外する


「な……?!」
 そのカードの登場に、創志も同時に驚愕する。
 だが輝王はその効果を理解し、困惑した。
「時枝。お前が使った通常罠カードは<トラップスタン>と<異次元からの帰還>であるはず……」
「そうだな。使ったのは2枚だけだ」
「その2枚では<クレアシオン>を倒すことは――」
 そこまで言葉を紡いだところで、輝王は思い出す。
 <-蘇生- レムナント・ドラグーン>の攻防、最後の突撃。
 あの時、自分は何と言った?

「――輝王の言うとおり、俺が最後に引いたのはドラゴン族じゃない。罠カードだ!」

 そう、あの時に手札に存在していた5枚目は魔法か、罠カードのはずだった。
 そのカードは<レムナント・ドラグーン>の効果で

 墓地に、捨てられた。





エレメンタルバースト/Elemental Burst》 †
通常罠
自分フィールド上に存在する風・水・炎・地属性モンスターを
1体ずつ生け贄に捧げて発動する。
相手フィールド上に存在するカードを全て破壊する。




「<闇よりの罠>は、その発動コストのみを完全に無視し、墓地の罠カードの"効果だけ"を発動する事ができる!」

 治輝の叫びに呼応して<レムナント>が残した光の球が、眩く輝き始める。
 見る者全ての瞳を潰しかねないその強烈な輝きは光の奔流を生み、フィールドの全てを呑み込み始める。
 それは如何に弾丸と化し、音速を超える機動力を持った機龍を以ってしても、回避はできない。

「エレメンタル、レムナント――!」
 
 その爆発は凄まじく、輝王の残りの伏せカード。そして2人の切り札である<A・ジェネクス・クレアシオン・ドラグーン>をも消滅してしまった。
 だが、諦めない。
 <A・ジェネクス・クレアシオン・ドラグーン>には、最後の効果が残されている。

 このカードがフィールド上から墓地に送られた時、自分の墓地に存在する「ジェネクス」または
 「A・O・J」と名のついたモンスター1体を選択し、自分フィールド上に特殊召喚することができる。

 この効果を以ってすれば、後続のモンスターを呼び出す事が可能だ。

「皆本! 墓地の<AOJカタストル>を――」
「駄目だ! 蘇生できない――! <クレアシオン>の効果が発動しねぇんだ!」
「なんだと……?!」
 
 声が重なる。
 だが戸惑いの暇すら与えず、爆発の中から1体の竜が飛び出してくる。
 黒い魔方陣が意味するのは、蘇生の力。
 その力が大剣を象り、橙色の飛龍を具現させる。

ドラグニティアームズ-レヴァテイン/Dragunity Arma Leyvaten》 †
効果モンスター
星8/風属性/ドラゴン族/攻2600/守1200
このカードは自分フィールド上に表側表示で存在する
「ドラグニティ」と名のついたカードを装備したモンスター1体をゲームから除外し、
手札または墓地から特殊召喚する事ができる。
このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、
「ドラグニティアームズ-レヴァテイン」以外の
自分の墓地に存在するドラゴン族モンスター1体を選択し、
装備カード扱いとしてこのカードに装備する事ができる。
このカードが相手のカードの効果によって墓地へ送られた時、
装備カード扱いとしてこのカードに装備されたモンスター1体を特殊召喚する事ができる。

「<ドラグニティアームズ-レヴァテイン>の効果。それは、墓地のドラゴンを剣として装備する効果。効果名――クロッシング・ドラグーン!」
「な……その名前!?」
「墓地の<ブランディストック>を装備し、2度攻撃する事ができる!」

 駆ける。
 疾風の如く、その身を滑らせて。
 具現する。自らの同胞を刃と変えて。
 その軌跡を大地に示す為に<レヴァテイン>は輝王と創志の間に、全力で切り結ぶ。

「ブランディ――ウィンザーッ!」

 治輝が叫び、衝撃波が輝王と創志を吹き飛ばす。
 その斬り筋は、少し斜めに傾いた、十字だった。



【輝王&創志】LP2700→0
 
やった……のか……?」
 治輝は2人のライフを確認し、脱力する。
 実感は無いが、消失したソリッドヴィジョン、自動収納される決闘盤等の状況が、決闘を終了したことを示している。

「……ああ、おまえの勝ちだ。時枝」
 目を瞑り、輝王は呟く。
 敗北の悔しさよりも、その心中に浮かぶのは、感嘆。
 自分の受け継いだ重さと強さを目の当たりにして、輝王は佇む。

「あー……負けたああああああッ!」
 仰向けに倒れこみ、心底悔しそうに皆本創志は声を上げる。
 しかしその声に淀みは無く、その表情に浮かぶのは悔しさとは、別の意思。
 それは輝王や治輝にも渦巻いている。
 
 ――ただ、終わってしまった……と。

 この決闘に賭けた想いや目的を差し置いて、3人はその事だけを思う。
 本来なら出会うはずの無かった会合。
 本来なら叶う筈の無かった決闘。
 その上での先程の全力のぶつかり合い。それは勝ち負け以上の煌きが、確かにあった。
 
「……終わっちまったなァ? 治輝クンよォ」

 その不思議な充足感を冷や水で浸すような声が聞こえ。治輝は顔をしかめる。
 その声の主は今更確かめるまでも無い。
「なんだ見てたのかよ、戒斗」
「ああ、てめェの演技は人を笑わせる才能がある。余りにもバレバレでなァ」
「……」
 どうやら一部始終を見られていたらしい戒斗の言葉に治輝はムッ、と眉を顰めるも、不快を悟られないように平静を保つ。
 前方に見える異世界へのゲートは、先程の対決によりその大きさを増し、人間が余裕をもって通れるほどのサイズに膨張している。
 これなら帰れそうだな、と治輝が安堵していると。輝王が戒斗の傍に近付く。
「どうやら無事だったようだな」
「誰に言ってんだそりゃ、あの場にてめェに心配されるような実力の奴ァいねぇ」
「……そうか」
「しっかし成長しねぇなぁ治輝クンよ。わざわざ悪ぶってまで"ペイン"についての講義をしてやった上にそのまま見逃すたァ正気じゃねェよ。宣言通り殺せばいいじゃねェか」
「いや――時枝は宣言に嘘を吐いていない」
「……何?」
 輝王の返事が戒斗にとって予想外だったのか、視線を向ける。
 その視線を受け流し、輝王は治輝に向き合う。

「……時枝。負けるなよ」

 確たる声でそう言われ、治輝は無言で頷く。
 自分を倒したのだから、負けることは許さない……そういった類の台詞を言う男ではないことを、治輝は知っている。
 負けるな、とは決闘のことだけではない。
 これから訪れる苦難や、自分の発した理想。
 そういったあらゆるもの全てに対しての、言葉。
「そうだな。俺は――」
「……?」
 言葉を区切り、治輝は笑う。
 
「示す必要があるから――だろ?」

 輝王はそれを聞き、しばらく硬直した。
 その言葉の意味を理解すると、輝王は含みを持たせて小さく笑う。
「全く……お前という奴は」
「そうだぜ! <クロッシング・ドラグーン>の名前だって勝手に真似しやがって!」
 いつの間に起き上がっていたのか。輝王と治輝の間に割り込み、創志が声を荒げる。
「いや、格好良かったからつい」
「ついじゃねーよ! それに最後の<A・ジェネクス・クレアシオン・ドラグーン>の蘇生効果も何故か発動しなかったし……」
「ああ、あれは――」
 治輝が答えようとすると、輝王がそれを 「待て」 と制する。
「たまには自分で考えてみろ、皆本」
「たまにはってなんだよたまにはって! カウンター罠使ったわけでもねーし、さっぱりわからねーって!」
「時枝は<クレシオン>の蘇生効果に対し<竜の転生>を被せた。それがヒントだ」
「被……せた?」
 わけがわからない、と唸る創志を見て、治輝は小さく笑う。 
 だがそんな治輝を見て、創志は悩ませる問題を棚に置き、拳を前に突き出した。
「とにかく、次は絶対負けねーからな!」
「つ、次?」
「ああ、またやろうぜ!」
 元気よく宣言する創志に対し、治輝は戸惑う。
 それは再戦に不満があるわけではない。
 充実した決闘で、時間さえ許せばいつまでも続けていたいと思える、素晴らしい決闘だった。
 創志が望まずとも、治輝自身が望んでいただろう。
 そもそもフェアなルールではなかったし、純粋な一対一で戦ってみたい気持ちもある。

 だが――自分に次は無いかもしれない。

 いつまで人の形を保っていられるのか、それすらもわからない今の自分に……果たしてそんな約束をする権利があるのか。
 治輝が逡巡し、その手を取ることを躊躇していると、創志はジトっとした目で治輝を睨む。
「お前……次は無いかもとか考えてんじゃねーだろうな」
「なっ……」
 思い切り図星を指され、治輝は動揺した。
 そんな治輝の心中を知ってかしらずか、創志は声を上げる。

「あるに決まってんだろ! 勝ち逃げなんて許さねえからな!」

 その裏表も何も無い言葉に、治輝は圧倒される。
 眩しいはずの光を間近で見ても目が眩まない、そんな違和感。
「……許してやってくれ。こういう奴なんだ」
「おい輝王!?」
 輝王が内情を察せない創志に対し茶々を入れ、創志はそれに対し腹を立てる。
 そんな2人を見て、治輝は思う。
「創志、輝王」
 諦めない。
 絶対に人間である事を、諦めたくないのだと

「絶対にまた、闘ろう!」 

 それは自分にとって枷であり、誓いの台詞だった。
 この先運命に屈した先には無い、未来への誓い。
 その言葉に負けないよう、約束を違わぬ為に、戦い続けよう、と。



 目の前の2人と、自身の心に――強く誓った。
 
 その光景は、まさしく世界の終わりを予感させた。
「これは……」
 ティトたちを囲っていた異形の化け物たちが一斉に動きを止め、その体を砂粒のような細かい粒子へと変化させ、風に流れて消えていく。それはまるで、一面に咲いたたんぽぽから綿毛が舞いあがるような、不思議な暖かさを感じさせる光景だった。
 灰色の空に、微かな光を放つ粒子が吸いこまれていく。
 これまでこの世界を覆っていた冷たさが溶けていくことを、ティトは感じていた。
「……世界の崩壊が始まったということは、主様が倒れたようですね」
 ティトに守られるように後ろに立っていたトカゲ頭が、落ち着いた声を出す。落胆や失望よりも、安堵のほうが勝っているように聞こえた。
 ティトたちが居る場所――井戸から出たそこは、辺り一面が雑草で覆われた草原だった。名前も知らない草が好き放題に伸びているが、今までの場所に比べると生命の息吹のようなものを感じる。
「ここ、壊れちゃうの?」
「この世界を創り上げていたのは主様です。世界を構築し、それを維持するということは、莫大な力を必要とします。主様の意識が途絶したり、力が衰えたりした時、この世界は崩壊するように出来ているのです」
 加えて、主が「この世界は不要だ」と判断したときも崩壊は始まるのだが、トカゲ頭はそれを口にしなかった。その可能性は限りなくゼロに近いことを知っていたからだ。
「そう。なら、茶番は終わりということね」
「あいしろ」
 井戸の底で戦っていたはずの愛城が、いつの間にかティトの傍に立っていた。
「消化不良、といった感じは否めないけど、暇つぶしにはなったわ。刺激に飢えていた心を落ち着かせるくらいにはね」
 微笑を浮かべた愛城は、意味ありげな視線をティトに向ける。その視線に込められた感情がどんなものであるかティトには分からなかったが、愛城はそれ以上の言葉を重ねようとしなかった。
「わたしたちは、これからどうなるの?」
「世界が完全に崩壊すると同時に、元の世界に戻れますよ。そうなるように比良牙様がセッティングしているはずです。ですから――」

「気に食わないわね」

 トカゲ頭の言葉を遮って、愛城が鋭い声を出した。
「私の意志とは関係なしに無理矢理ここに連れてこられたというのに、帰宅もご丁寧にエスコート? 屈辱にまみれて反吐が出るわ」
 怒りをぶつける相手がいないことを恨むかのように虚空を睨みつけた愛城は、苛立たしげにデュエルディスクを展開させる。
「これ以上私の道を捻じ曲げさせるつもりはない。送迎は結構よ」
 愛城がそう告げると、彼女の背後で大きな影が実体化する。
 <アルカナフォースEX-THE DARK RULER>。
 愛城が命令を下すまでもなく、竜のそれによく似た2つの首を持つ最上級の天使は、その口から閃光を吐き出す。
 周囲の雑草を根こそぎ消滅させかねないほどの、圧倒的な閃光。
 それは、本来なら何もない空間をそのまま突き抜けていくだけだが――
 ビキリ! と。
 まるで見えない壁に当たったかのように、閃光が弾け、空間に亀裂が走る。
 空間の亀裂は、塗り固めていた土が剥がれ落ちるように広がっていき、やがて向こう側の景色を覗かせる。そこは、宇宙を連想させるような黒い闇――ティトや愛城が「井戸」へと移動したときに通った空間に酷似していた。
 愛城は<アルカナフォースEX-THE DARK RULER>の実体化を解くと、一切の迷いを見せずに空間の亀裂へと進んでいく。
「あいしろ」
「何かしら?」
「これで、お別れ?」
「……そうね」
 ティトが声をかけると、愛城は足を止め、こちらを振り返る。
「貴方はどうするのかしら? トカゲさん」
 声は、ティトではなくその背後にいる人物へ投げかけられた。
「私は……」
 うつむいたトカゲ頭は、わずかに逡巡したあと、かすれた声を絞り出す。
「主様が迎えに来なかったということは、本当に私は不要だと判断されたのでしょう。私も、元の世界に戻ることになります。誰も私を受け入れてくれなかった、あの世界に」
「…………」
「ですが」
 言葉を区切ってから、トカゲ頭はティトの前に回りこむと、銀髪の少女を真正面から見つめる。
「ですが……今度は私から、誰かを信じてみようと思います。ティト様が、私を信じてくれたように」
 人を信じる。それは銀髪の少女にとって、当たり前の行為だった。かつて、初対面だった少年が、自分を信じて手を差し伸べてくれたように。
 けれど、その当たり前が、彼を――人としてのスタート地点に立つことができなかった異形の男を、救ったのだ。
「……そう」
 愛城は無表情で呟く。それは、何も感じていないのではなく、わざと感情を表に出さないように見えた。
「トカゲさんなら、きっとできるよ」
「ありがとうございます。ティト様」
 ぺこりと頭を下げるトカゲ頭を見て、ティトもつられて頭を下げる。とても奇妙な光景だった。
「――ティト」
 二度と目にすることがないであろう人間と爬虫類のお辞儀合戦をゆっくり鑑賞したあと、愛城は少女の名前を呼ぶ。
「なに?」
「……貴女は強いわ。この私が保証するのだから、誇ってもいいくらいよ」
「うん。ありがとう、あいしろ」
 ティトが素直に喜びを顕わにすると、愛城は口を尖らせ「やっぱりやり辛いわね」と小さく愚痴をこぼした。愛城の言葉には若干の皮肉も混じっていたのだが、ティトはそれに気付かなかった。
 愛城はため息をついて仕切り直してから、続ける。
「けれど、貴女の強さはひどく脆いわ。他人に依存し過ぎている。トカゲさんに言ったことの繰り返しになるけれど、信頼というものはほとんどが虚像。ほんの少しのきっかけで、人は簡単に変わってしまう。優しかった誰かが、信じられないほど残酷になってしまうことだってあるのよ」
「……うん」
「貴女の強さを否定するわけじゃない。ただ、もう少し自分のためだけに戦いなさい。貴女が大切だと思う人のためではなく、自分自身のために」
 愛城の言葉には深みがあった。表面上だけをすくい取った浅いものではなく、心の奥底から滲み出た感情を乗せたような――そんな深みだ。
「……わかった」
 だから、ティトはその言葉を心中で反芻してから、静かに頷いた。
 大切な人を失うことの恐怖。それはよく知っている。
 二度とあんな思いをしないように、そして、少年と共に歩いていくために、ティトは強くなると誓った。
 それは、皆本創志が少女の傍にずっといてくれることを前提とした強さだ。
 そうではなく、彼と離れ離れになったとしても、1人で立ち上がれる強さ。これからは、そんな強さも必要になってくるかもしれない。
「――でも」
 今度は、ティトの方から声を投げる。口にしようかどうか迷ったが、愛城に会えるのはこれが最後かもしれない。なら、訊いておくべきだろう。

「あいしろは、ひとりでさみしくないの?」



「――――」
 言葉が、出なかった。
 いつもなら、間髪いれずに答えられるはずだ。
 愚問だ、と一蹴できるはずだ。
 なのに、答えに詰まった。
 それは、問いを発したのが、銀髪の少女だったからだろうか。
 ティトの言葉は、愛城の心の隙間にするりと入りこむように、真っ直ぐに響いた。
 彼女は、自分と同じような境遇の人間――痛みを抱え、迫害されてきたサイコ決闘者を集め、組織を作った。厳密に言えば、彼女は孤独ではないのだろう。
 しかし、心の内にまで踏み込んでこようとする――そんな人間はいなかった。
 ふと、誰かの姿が頭の隅を掠める。
 自分と同じように痛みを抱え、それでも自分とは違う道を選んだ男――
「……馴れ合うのは好きではないの。ただ傷をなめ合うような愚かな関係しか築けないのなら、1人の方がマシよ」
 その正体を突き止める前に、愛城は思考を切り替えた。
「…………」
 愛城の答えに、ティトは表情を曇らせる。少しきつく言いすぎたかもしれない。
「それでも、貴女と過ごしたこの数時間は、なかなか楽しかったわよ」
「――あいしろ! わたしも、たのしかった」
 少女の顔に笑顔が浮かんだのを見て、愛城は踵を返す。
 目の前に広がるのは、宇宙によく似た不思議な引力を持つ闇。おそらくはどこかの空間に繋がっているのだろうが、元の世界に戻れるとは限らない。

「また逢いましょう、ティト。今度は私自身の意志で会いに行くわ」
「うん! まってる!」

 銀髪の少女と言葉を交わし、愛城は闇の中へと一歩を踏み出した。
 
 
 
「――で、アンタらは無事に帰ってきたと」
「おう。大変だったんだぜ」
「こことは違う妙な世界に飛ばされて、他の世界から来た連中と協力して、悪の親玉を倒しました、と。妄想を語るのは脳内だけにしときな。下手に小説でも書こうもんなら、赤っ恥かくことになるよ」
 カウンターに頬杖をついた白髪の女性、藤原萌子はうんざりとした様子でため息を吐いた。
「リソナやティトはともかく、アンタまでそんなこと言い出すとはねぇ。集団で催眠術でもかけられてたんじゃないの?」
「そんなことねーって! リソナはともかく、ティトが嘘吐くはずないだろ」
「それはどういう意味です!? 皆本兄!」
 リソナの喚き声が、閑古鳥が鳴く喫茶店に響き渡る。
 治輝とのデュエルを終え、世界が崩壊したあと、創志たちは元の世界に戻ってきた。帰還した元の世界は、異世界で過ごした時間が嘘だったかのように、砂神によって飛ばされてから30分ほどしか経過していなかった。。創志はウエイターとしてバイト中で、リソナとティトはアカデミアから帰ってきたところ。神楽屋は仕事がないのでコーヒーを啜っていた状態。唯一萌子の姿だけが見えずに冷や汗をかいたが、ただ単にトイレに行っていただけだった。また、異世界のデュエルで負った傷は跡形もなく消え去っていた。
 砂神の目的が分かった辺りで薄々感づいてはいたが、普通の人間でデュエリストでもない萌子は、異世界に飛ばされていなかった。彼女の話では、青年――砂神は紅茶を1杯だけ注文し、飲み終わるとすぐに立ち去ったらしい。そのあいだ、創志たち4人はいつも通りに振る舞っていたとのことだ。
 意識だけが異世界に飛ばされていたのか、それとも萌子の記憶が改ざんされているのか……それは分からない。
 ただ、異世界での出来事は、創志たちの記憶にしっかりと刻まれている。
「だーかーら! 役立たずのテルに代わって、リソナが七水を華麗に救出したんです!」
「はいはい」
「ムキー! もこがリソナの話を信じてくれないですー! 悔しくて枕を涙で濡らしそうです!」
 リソナはしつこく萌子に話を続けていたが、萌子は全く取り合おうとしない。
「信じろってのが無理な話だ。現実感の欠片もない話だしな。異世界に行ったことを証明するものもないし」
 リソナや創志と違い、萌子に事情を説明することをしなかった神楽屋は、冷めたコーヒーを口に含む。
「いいんだよ。俺たちがしっかりと覚えてれば。自慢話として聞かせるほど大層なことをしてきたわけじゃないしな」
「そうか? 治輝は、帰る前にお前に会いたがってたけどな。もうちょっと話したかったとか何とか」
「……ハッ。そりゃ光栄だ」
 カップをソーサーに置いて手を離した神楽屋は、口元をわずかにほころばせる。クールぶってはいるが、内心はかなり喜んでいるのだろう。
「それに、証拠ならあるぜ」
 そう言って、創志はテーブルの上に置いてあった自分のデッキを手に取る。
 <ジェネクス>や<A・ジェネクス>のシンクロモンスターの中に、1枚だけ<ジェネクス>の名を冠していないカードがあった。
 <アームズ・エイド>。
「おいおい、借りパクじゃねえか」
「し、仕方ないだろ! 返す暇なかったんだから」
 このカードは、異世界で出会った少年、遠郷純也から借り受けたものだ。砂神、そして治輝とのデュエルが終わった後に返すつもりだったのだが、気付いた時にはすでに世界が崩壊していたのだ。
「今度会ったときに返すよ」
「……そうだな」
 もう一度会える可能性は限りなく低いだろう。
 創志も神楽屋もそれを承知の上で、あえて口にしなかった。
「神楽屋」
「何だ?」
「もっと強くなるためには、どうしたらいいんだろうな」
 創志の視線の先には、呆けた様子で席に座っているティトの姿がある。異世界から帰ってきてから、ずっとあんな調子だ。
「デュエルの腕も……それ以外も。もっと強くならなきゃいけないって思ったんだ」
 輝王の姿がよぎる。
 純也の姿がよぎる。
 治輝の姿がよぎる。
 そして――かづなの姿がよぎった。
 大切なものを守るために。自分が本当にやりたいことをやり通すために。
 異世界での経験を通じ、創志は己の力不足を感じていた。
 満身創痍になって、あるいは誰かの力を借りて、ようやく勝利に手が届く。「勝ったからいい」なんて慢心できるほど、この世界は甘くない。
 それを自覚したのなら、何かを失う前に行動を起こすべきだ。創志はそう思った。
「……<術式>について詳しく知ってるジイさんがいる。本当かどうかは知らんが、<術式>を習得するための修行法を編み出したらしい」
 創志の言葉に含まれた感情に気付いたのか、神楽屋が真面目な声を出す。
「マジかよ!? じゃあ――」
「ただし、一朝一夕で身に着くもんじゃないぞ。サイコパワーの増幅にしたって、長い期間での修業が必要だ。いいのか?」
 神楽屋の言わんとしていることは分かる。長期間の修行になれば、住み込みで行うことになるだろう。そのあいだ、ティトや信二を置き去りにしていいのか、と訊いているのだ。
 創志は逡巡する。強くなりたいという願いのために、一時的とはいえ大切なものを手放していいのか。

「わたしなら、だいじょうぶだよ」

 どこから会話を聞いていたのか、いつの間にか創志の傍に立っていたティトが、柔らかな口調で告げる。
「あいしろに言われたから。強くなれって」
「ティト……」
「それに、しんじもきっと大丈夫。わたしも守るから」
「……分かった。サンキューな」
 どうやら、異世界での経験を通じて得るものがあったのは、創志だけではないらしい。ティトの微笑を見て、創志はそう感じた。
「……決まりみたいだな。それなら後で連絡とって――」
「あ、そうだ。おい神楽屋。ちょっといいかい?」
「――っと。今度は萌子さんかよ。何だ?」
 萌子に呼ばれた神楽屋は、渋々といった感じで腰を上げる。
「昨日業者の人が来てたの忘れてたよ。事務所に看板取りつけるんだろ?」
「ああ。その方が見栄えがいいからな」
 喫茶店の隣にある、神楽屋が経営する探偵事務所(のような何でも屋)。シティに移転したことだし、新たに看板を取り付けようという話になっていたのだ。
「もう出来上がったのか。早いな」
「いや、そうじゃない。書類に不備があったから、訂正して再提出してほしいってさ」
「……何?」
 萌子から2枚の用紙を受け取った神楽屋は、急いで書面に目を通す。
 1枚は再提出用の書類。もう1枚は神楽屋が業者に提出した書類だ。
「必要事項は全て埋めたはずだぜ? 一体どこに不備が――」
 言いかけた神楽屋の言葉が止まる。理由は、業者の指摘した「不備」が一目瞭然だったからだ。
 看板に記す、事務所の名前。「神楽屋探偵事務所」と書いたはずの欄が、ジュースらしき液体をこぼした染みで読めなくなっていた。
「……創志。これはお前の仕業か?」
「俺はジュースより麦茶派」
「じゃあティト」
「しらない」
「ってことはだ」
「…………ぎくり」
 神楽屋から、ゆらゆらと黒いオーラのようなものが沸き上がる。
 それに気付いた金髪の少女は、そろりそろりと喫茶店から出ようとしていた。
「リソナ! てめえ! あれほど事務所の机で飲み食いするなって言っただろうが!」
「だ、だって! 事務所のソファに座って優雅におやつを食べたかったんです! 大体、大事なものをいつまでも出しっぱなしにしておくテルが悪いんです!」
「責任転換とはいい度胸だ! そこになおりやがれ!」
「リソナ、なおりやがらないですー!」
 逃げるリソナと、追う神楽屋。途端に喫茶店の中が騒がしくなる。
「……たまには違う賑やかさも拝みたいもんだがね」
 いつもなら騒いでいるやつを怒鳴りつけて静かにさせる萌子だが、今日は気分が乗らないようだ。
 萌子が止めないなら、と創志とティトは事態を静観する構えに入る。仲裁に入ったとしても、疲れるだけだ。
「あ! あ! リソナ、とってもいいこと閃いたです!」
 リソナを捕まえようと振りまわされていた神楽屋の両手を器用に避けていた金髪の少女が、わざとらしい大声を上げる。
「どうせまたロクでもないことだろ! 騙されねえぞ!」
「そう言うと思ってたです! それなら、実力行使ですー!」
 小さな体を生かし、神楽屋の脇をするりと抜けたリソナは、彼の手から2枚の書類を掠め取る。
「あっ、オイ!」
「ティト! でぃす、いず、あ、ペン!」
「はい」
 リソナがわけのわからない英語を口走るが、ティトには意味が伝わったようで、制服の胸ポケットに入れていたペンを放り投げる。
 それを受け取ったリソナは、素早く何かを書きこんだ。
「返せコラ!」
 神楽屋が書類を奪い返したときには、すでにリソナは行動を終えていた。
「いたずらも大概にしとかねえと、オヤツ抜きにするぞ。お前が部屋に大量のチョコ溜め込んでんの知ってんだからな。あれを全部処分してやる。どうせ暑くなったら溶けちまうしな」
「ど、どうしてバレたです!? テル、リソナのストーカーだったですか!?」
「そんなわけねえだろ! ったく……」
 付き合いきれないといった感じで、神楽屋はリソナが何かを書きこんでしまった書類に視線を向ける。
 空欄だらけの、再提出用の書類。その中で、ひとつだけ埋まっている欄があった。
 それは、看板に記す事務所の名前。

 「ときえだたんていじむしょ」

 時枝探偵事務所――ひらがなで、そう書かれていた
 
旧サテライト地区からシティへと向かう定期バスの車内。
 時刻は深夜0時を回ろうかというところ。窓の外に映る景色は闇に包まれており、等間隔で設置された街頭だけが、舗装された道路を照らし出している。
 乗客は少なく、時間が時間なだけに大声で喋るものもおらず、車内は静かだった。
 最後部の座席の右端に座った輝王は、デッキケースから取り出したカードを眺めていた。
 1枚1枚慎重な手つきでめくり、効果を確認していく。
 <ドラグニティ-ドゥクス>。
 <ドラグニティナイト-ゲイボルグ>。
 <ドラグニティナイト-バルーチャ>。
 それは、異世界で高良の幻影から受け取った<AOJ>ではなく、彼から受け継いだ<ドラグニティ>デッキだった。
 自らの可能性を高めるため、自らの限界を突破するため、あえて慣れ親しんだデッキを手放し、このデッキを回してきた。
 数々の道筋を模索し、それゆえ迷うこともあったが――
「……フッ」
 輝王は1枚のカードを見て、微笑を浮かべる。
 <ドラグニティアームズ-レヴァテイン>。
 ある時は共に肩を並べて戦い、ある時は相対したデュエリスト――彼のデッキのキーモンスターともいうべきカードだ。
(あいつの戦い方は、真似しようと思ってもできるものではないな)
 その独創的なプレイングは、きっと彼以外に行えるものではないのだろう。
 時枝治輝。
 砂神とのデュエルで彼の戦い方を見ていたからこそ、治輝とのデュエルではある程度の読みを行うことができた。もし、あの変則デュエルが治輝との初対決だったとしたら、いいようにやられたまま負けてしまったかもしれない。
(……同じ負けだとしても、ここまで清々しい気持ちにはなれなかったかもしれないな)
「何じゃ、随分うれしそうじゃの。輝王」
 隣に座っていた着物姿のポニーテール少女、切がこちらを覗きこんでくる。
「そう見えるか?」
「うむ。異世界でよっぽどいいことがあったと見える」
「いいこと、か。確かにそうかもしれないな」
 砂神があの異世界を作りださなければ、彼らには会えなかった。そう考えると、砂神には感謝するべきなのかもしれない。
 おかげで、自分が進むべき道が見えたのだから。
「そう言うお前はどうなんだ? 俺とは違う場所に飛ばされていたようだが」
「うむ。すぐに創志と合流できたから、それほど大変ではなかったがな。今どき珍しい真っ直ぐな若者とも会えたし、いい経験になった」
「若者……」
 お前も若者にカテゴライズされるだろう、というツッコミを飲みこみ、輝王は異世界での思い出に浸っている切を見る。
 友永切――高良姫花だった少女は、兄である高良火乃と、本物の友永切、そして、かつて切が所属していた組織のリーダーの意志を継ぎ、弱者に手を差し伸べるための旅を続けているはずだ。きっとその旅の中で精神的に大きく成長したのだろう。
「あ、そういえば初めてカードの精霊というものを見たぞ! わしと同じような喋り方でな、思わず笑ってしまったのじゃ。あと、途中で食べたパンが絶品だったのう。あれだったら、毎日3食パンでも構わないくらいじゃ!」
 ……精神的に、大きく成長したのだろう。
 切の話に耳を傾けながら、輝王は窓の外へと視線を流す。
 治輝に敗北し、輝王は彼に感嘆を抱いた。
 しかし、悔しさを全く感じなかったといえば、それは嘘になる。

 ――絶対にまた、闘ろう!

 時枝治輝が口にした再戦の誓いを反芻し、輝王は己の道を進んでいく。
 自分だけの強さを手にするために。
 
 
徹底された静寂が、青年達の歩く音を際立たせる。
 青年の名は時枝治輝。そして永洞戒斗。
 視界を遮ることの無い不気味な暗さ
 気配は無くとも、周囲に生気を感じる異様な世界。
 彼等はそれを "異世界" と呼ぶ。
「ったく、とンだ余興だったよなァ」
 戒斗が言う余興とは、砂神が起こした一連の騒ぎの事だろう。
 だがその声は何処か充足感に溢れていて、不気味だ。
「……そう言う割には、結構満足気じゃないか。輝王との決闘は愛城に止められて、不完全燃焼じゃなかったのか?」
「ありゃァ確かに最悪だったが、他に少しなァ」
 戒斗が自らのデッキに手をかけ、口を吊り上げ笑う。
 こうやってぼかした表現を使う時、戒斗は決してその情報を明かさない。
 聞いても無駄と判断した治輝は、小さく溜め息を吐いた。
 そんな治輝を愉快そうに眺め、戒斗は妖しく笑う。
「しかしてめェ、面白ェ事言ってたじゃねェか」
「なんだよ。演技の事なら……」
 また悪ぶる際に愛城の真似をした件を言及されるのか、と治輝はウンザリする。
 だが、違う。

「マイナス×マイナスはプラスになるとか言う、馬鹿げた台詞の事さァ」

 治輝は無言で戒斗を睨み返す。
 その視線を心地よく思ったのか、戒斗は上機嫌で言葉を続ける。
「てめェは一生不変のマイナス。だが掛け算に成れば、成る程確かに相手もマイナスなら、結果はプラスになるかもしれねェ。だけどなァ」
「……」

「相手がプラスに変わった後、てめェはどうする気だよ?」

 結果が+に成ったとしても、時枝治輝は不変の値。
 掛け合わさる相手が+に変化しても尚、その場に留まろうとするのなら
 式はマイナス×プラスへと変動する。
 その結果は、膨大なマイナスに他ならない。
「てめェの考え方には自分がねェんだよ。だから――」
 その話は破綻している……と。
 そう続けようとした所で、時枝治輝は笑う。
 自嘲的な笑みでも、自己犠牲に殉じようとする聖者の笑みでも無い。
 ただの1人の青年の、普通の笑い。
「そうだな。俺は――」













  □□□


「……なんです? これ」
 カードショップの店内にて唐突に出された文字に、かづなは戸惑う。
 例の『主様事件』から数日。無事に元の世界に戻って来る事がかづなが向かったのは、カードショップだった。
 勿論カードを買いに来たわけではなく、以前話の途中で飛び出してしまった非礼を詫びる為である。
 だが当のサクローは余りその事を気にしていたわけではないらしい。
「いや実はな。ブルーアイズホワイトドリルの問題で1つ解答がわからない問題があってな」
「ちょっと創作者貴方ですよね!? 答えわからない人が問題作ってどーすんですか!」
「仕方ないやん。俺だけのモンじゃないんやし」
「あ……そうですね」
 色々あってすっかり忘れていたが、この如何わしい問題集にはなお君が多分に関わっているのだ。
 それならサクローさんが解答を知らなくても無理は無い。
「……いやでも、お金取ってる以上問題大有りだと思うんですけど」
「安いからいいやん」
「3000円のどこが安値ですか。PTA呼びますよPTA!」
「ええやんええやん。そんな事よりこれ解いてみぃ」
 かづなはサクローをジト目で睨むが、サクローは何食わぬ顔で解答を促してくる。
「解いてみぃと言われてもですね……」
 解いた所でサクローさんに解答がわからないのなら意味ないじゃないか、とかづなは心中で愚痴る。
 しかし先日非礼をしたのはこちらであって、余り強気に出るのも憚られる。
「そういえば嬢ちゃん、あれからしばらく何してたん?」
「ああ、それは話すと長くなるんですけど……」
 妙な問題を解かされるよりはいいだろう――と、かづなは色々なことを話した。
 変な所に飛ばされたり、色々な人に助けてもらったり。
(創志君達、無事に戻れたかなぁ……)
 純也君やスドちゃん、そして七水ちゃんは無事戻ることができたが、彼等が戻る事ができたかは確認できない。
「でも、大丈夫だと思うんです! 強い人達でしたし!」
「そ、そか……そらよかったな」
「あ、すいません。つい盛り上がっちゃって」
 ぺたんとかづなは再び椅子に座り込み、再び如何わしい問題と対峙する。
 どこか違う世界に行っただの、そういうトンでもない話をいきなり信じろという方が無理な話だ。
 だがサクローはそれを聞いて躊躇った後、目つきが変わった。
「なぁ嬢ちゃん。そういうンに巻き込まれるんなら例の決闘盤――やっぱ持ってる方がいいンちゃうか?」
「え……」
 かづなは視線を上げ、棚の上に置かれた決闘盤を見る。
 今以上の力を得られる代わりに、周りの者を傷付ける恐れのある力。
 かづなは今回の事件の際、表立って何かが出来たわけではない。
 スドと一時的に別れた事で、自分の力の無さを痛いほど思い知ってしまった。
 でも、これがあれば、それが変わる。

「……うん。やっぱりいりません」

 だが、かづなは首を振った。
 信じられないといった顔をするサクローに向かって、かづなは困ったように笑う。
 本来なら、手に取るべきなのだろう。
 広い考え方をすれば、これは運転免許と同じだ。
 車は使い方を謝れば何かを傷付ける。でも、救う事もできる。
 その比重が、ほんの少し重いだけの話。
「なんでや! これさえあれば今回みたく怖い目ぇにあっても……」
「確かに怖いです。これを持たない事で、後悔する日が来るかもしれないって」
 またスドちゃんの力に頼れない日にペインに襲われて
 目の前で七水ちゃんや純也君が、酷い目に合わされて
 それを黙って見ている事しかできない自分を幻視すると、気が遠くなる。
 でも、これを望んで手に取ってしまうのは――
「なお君は凄く悲しむんじゃないか、って……」
「……」
「なお君を馬鹿にする事になるんじゃないかって、そう思うんです」
「そか。そこまで言うンなら無理強いはせぇへんけど……」
「ごめんなさい。せめて問題だけでも解きますね」
 何だか凄く居た堪れない気持ちになったかづなは、俯いて問題に取り掛かろうとペンを持つ。




-709 × 27=  式を変えずに答えを+にしてください



「……」
 かづなは一瞬硬直し、問題を凝視した。
 成る程、式を変えずに答えをプラスに――

「……って式変えないで答え変えろって無理じゃないですか!? 問題として成立してないじゃないですか!?」 
「そこが困りモンやわぁ」
「解答押し付けられた私が困りモンですよ! どうしろってんですか!」

 憤慨極まりない様相でかづなはぷんすか怒る。 
 問題の理不尽さもそうだが、気に食わない。
 まるで解答者に「お前がする事は無いよ」と言われてるようで、尚の事腹立たしい。
「何だか激昂にムカついてきました……もう適当に解いてやります」
「嬢ちゃん、適当は困るで!」
「どの口が言いますかどの口が! こんなのはですね……」
 問題をよく見ると、マイナスの部分が僅かに濃く印刷してある。これを消さないとなると……。
「……そうですね。マイナス気取ってる様な709さんには、ちょっと斜に構えてもらいましょう」
「思い切り式変えてるやんそれ!」
「×をちょっと回転させただけです! この×も何かの事故で動いただけで、元は+だったかもしれないじゃないですか!」
「んなアホな……」
「なのでちょっと斜めに構えるぐらいは我慢してもらいましょう」
 しかしそれだけでは答えはプラスにならない。
 そう考えると、何だか27という数字が非常にムカついてきた。
「この27も大概ですね。709ばかりに頼っちゃダメです。努力が足りません!」
「数字が努力……?」
「ということで左に8を書き加えます」
「何が『ということ』なのかわからへんよそれ!? しかもまた式変えてるやないか!」
「変えてません書き加えただけです! 完成です!」

 もはや色々な物が適当だったが、完成は完成だ。
 机をバンと叩き、かづなはその答えをサクローに差し出した。



■■■




「……頼ってみる」
 時枝治輝は誰に言うでもなく、静かに呟く。
 それは、この世界とは違った舞台で出会った青年の、生き様だった。
 自身の力が足りないのなら、解決できないのなら。
 本当に駄目だと思った時、どう乗り越えていくべきなのかを、彼等は示した。
 その上で、困難を乗り越えた。
 だから、時枝治輝は言う。
 普通の青年として、何の変哲も無い気軽さで。

「わからない問題は、赤ペン先生に頼ってみる」

 そう、小さく微笑んだ。






















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