シューティングラーヴェ(はてな)

シューティングラーヴェの移行先

遊戯王オリジナル×stage=06

「は……ははっ……」
 砂神緑雨は、この世界の全てを見聞きする事ができる。
 それは自らの意識が無くとも例外ではない。
「俺を、殺すだと……!? 馬鹿がッ!」
 逆に殺してやった――と。
 自らの体の痛みを抑え付けながらも、砂神は歓喜する。
 砂煙が巻き上がるのを見て、興奮を抑えられない。
 この俺に敗北という名の屈辱を与え、更に侮辱をする愚か者。
 そんな奴は、この俺に殺されて当然なのだと。
「砂神!? てめぇ、治輝に何しやがった!」
「愚問だな。余りにも隙だらけの頭を吹き飛ばして、殺し返してやっただけだ」
「てめぇ……!」
「文句があるならお前も俺を殺すか? 前菜!」
 砂神が、煙の奥にいる創志に狙いを定める。
 次の瞬間。

「――反吐が出るな。そういう勘違いは」

 煙の中から矢のような速度で、拳が飛び出してきた。
 砂神の視界は回転し、再び地面に叩き付けられる。
 煙が晴れる。
 視界に入ったのは、ガラスのような氷壁
 砂神を殴った拳の持ち主と、それの従えた龍の姿が現れる。
 
<青氷の白夜龍>
効果モンスター
星8/水属性/ドラゴン族/攻3000/守2500
このカードを対象にする魔法・罠カードの発動を無効にし破壊する。
自分フィールド上に表側表示で存在するモンスターが攻撃対象に選択された時、
自分フィールド上に存在する魔法または罠カード1枚を墓地に送る事で、
このカードに攻撃対象を変更する事ができる。


 まるで銀に見間違う程美しく。
 しかしその色はあくまで蒼と評するのに相応しく、舞い散る氷片は神々しさすら感じさせる。
 その美しい白夜の竜に凛然と立つのはその主、時枝治輝。
「悪いな、一発は一発だ」
 殴り飛ばした砂神が悶絶しているのを冷たい目で見下ろした後、2人に振り返る。
「そういえば、さっきの質問に答えてなかった」
「さっき……?」
 治輝の無事を確認でき、ひとまず安堵する創志。だが、治輝の言葉の意図はわからない。
 輝王は創志の疑問を代弁するかのように、口を開く。
「復讐は、悲劇の連鎖を生まないと、おまえは言った」
「生まないとは言ってない。それは輝王の言う通りだと思う」
「だったら――!」
 肯定する治輝を見て、創志は叫ぶ。
 叫ぶ創志を見て、治輝は少し目を伏せる。

「――世の中には、死ぬ事を悲しまれない奴もいるんだ」

 その声調は、果たして抑揚の無い物であっただろうか。
 芯まで凍りつくような怖気を感じさせるその言葉は、果たして邪神の影響によるものなのか。
「死ぬ事を悲しまれない奴が死んでも、生きていてもマイナスにしかならないと判断されている奴が死んでも、そこに悲劇は連鎖しない。新たな復讐は生まれない」
 
 誰かを殺して起こる復讐とは、その人間に何かしらの感情を抱いているからこそ発生する現象だ。
 ならば誰からも必要とされない人間が殺された場合、復讐は生まれない。
 それが砂神緑雨という男なのだと。
 時枝治輝は迷い無く、断言した。
「今の砂神を殺して、その死を悲しむ奴は存在しない。逆に生きていれば、また誰かを傷つけて、取り返しのつかない事を引き起こす。ならコイツは、砂神はここで殺すべきなんだよ」
「……ッ」
 治輝の言葉に、創志は返答に詰まる。
 創志は、治輝が間違った事を言っていると思う。
 だけど、それを否定する為の言葉が口から出てこない。
 砂神は苦悶の表情を浮かべながら、治輝を呪い殺すような目付きで睨み付ける。
「貴様……言わせておけば……!」
「……なぁ砂神。おまえは何を怒ってるんだ? 教えてくれ」
 本当に疑問を浮かべているかのような声に、創志と輝王は呆気に取られ、砂神は更に怒りの表情を硬くする。
「おまえはペインになりたいんだろう? 自我を失くす程暴走して、完全になりたいんだろう?」
「そうだ。だから貴様等を――!」
 食いかかる砂神の襟首を掴み、治輝はあらん限りの力を込め無理やり立たせる。
 砂神に僅かに怯えの色が見える。
 一方治輝の表情は、やっている行動とは裏腹に柔らかなものだ。
 ただ単に自分のわからないことを尋ねている、そんな表情で――砂神に向かい、呟く。

「それは――死ぬ事と何も変わらない」

 治輝は冷めた目でそう呟いた後。襟首から力を抜く。
 立つ体力も残っていない状態の砂神は、そのままその場に膝を付き、息を整える。

「おまえがおまえである事を捨てたら、それは死ぬ事と変わらない」
「……勝手に決めるなよ前菜風情が! 俺様は純然たる力の為に――」
「暴走すれば、その力を振るうのはおまえじゃない。"おまえでない誰か" だ。それは、死んでいるのと何の違いがある? 誰かに殺されるのと何の違いがある?」
「……ッ」
「お前はお前を"殺す"と言った俺に怒りを覚えた。そう言った俺に近寄られ、怯えを感じた。 お前はお前を捨てる事を、お前でなくなる事を怖がったんだよ」
「違う! 俺様は――僕は怯え等していない!」
 砂神は全身全霊を以って、時枝治輝の言葉を否定する。
 そんな事実は、あってはならない。
 それを認めてしまったら、砂神緑雨という存在そのものを否定する事になる。
「――なら黙って見てろよ後輩。俺はおまえの目指しているモノの成り損ないだ。せいぜい参考にしてくれ」
「……ッ」
 歯噛みする砂神から視線を外し、治輝は輝王と創志に振り返る。
 同時に鋭い雄叫びを上げるのは鏡のように美しく、誰にも冒しがたい姿をした<青氷の白夜龍>
 ――伝説の龍の模造品、そう称した人間もいた。
 だが成り損ないとは思えない程の存在感を、周囲の人間に誇示している。
 原典を超え得る何かを、確かに持っているのだと。

<青氷の白夜龍>
効果モンスター
星8/水属性/ドラゴン族/攻3000/守2500
このカードを対象にする魔法・罠カードの発動を無効にし破壊する。
自分フィールド上に表側表示で存在するモンスターが攻撃対象に選択された時、
自分フィールド上に存在する魔法または罠カード1枚を墓地に送る事で、
このカードに攻撃対象を変更する事ができる。

「<青氷の白夜龍>で、ジェネクスサーチャーに攻撃――ホワイトナイツ、ストリーム!」
 主の指示に呼応し、白夜の龍は<ジェネクス・サーチャー>に流動的な氷のブレスを吐き出す。
 鏡のような鱗に映る機械仕掛けのモンスター。
 だがそれは、鏡の持ち主によって粉々に砕かれる。
 自らの鱗の中で四散する様は、自らの身体を汚す行為のようにも思えた。


【輝王&創志】LP5500→4100

 
 攻撃は、創志に直撃はしなかった。
 だがその強靭なブレスは創志の横を、そして比良牙を掠めるように飛んで行き――
 遥か遠くにある廃塔を、粉々に破壊した。

「な……!?」
「おっかないな……自らのモンスターに当たるかもしれないっていうのに」

 比良牙は未だ剣を突きつけるのを止めない<ドラグニティアームズ・レヴァテイン>を見やり、ため息を吐く。
 創志と輝王はその威力を見せ付けられ、戦慄する。
 そして砂神はそれを見て、空笑いを浮かべる。
「……はっ、はは……これだ。これこそが僕の求めていた力です!」
「……」
「成り損ないでこの威力なら――暴走して完全になれば、僕はこれを超える力を手にできる!」
 治輝は興奮した砂神を冷たく見下ろし、すぐに視線を前に向ける。
 創志はその言葉の意味を察し、戦慄した。
「……さっきから成り損ない――って、何の事を言ってるんだ?」
 治輝はその言葉に一瞬硬直し、しかし何でも無い事のようにサラリと返答する。
「……俺は、サイコ決闘者じゃない。そういう事さ」
「なんだって……?じゃあその力は――」
 驚愕する創志に対し、輝王はその返答で合点がいった。
 <フォトンワイバーン>の攻撃で感じた異質な力の正体――それは。

「――ペイン、か」

 輝王が呟き、創志は言葉を詰まらせる。
 純也とかづなに、その名が何を指しているのか、教えてもらったからだ。

 ――ペインとは、そのサイコデュエリストが変異したカタチ。
 ――力が増幅される代わりに自我を失ってしまい、無差別に人を襲うようになる。そして、二度と元には戻れないと。

「無差別に人を……? お前が?」
「……知ってるのか。ペインが何なのか」
「聞いた話だけどな――でもお前、自我思いっきりあるじゃねぇか。だったら――」
「……不完全なだけだよ。まだそうなっていないだけで、俺はペインだ。人間じゃない」
「……」

 まだ、と。治輝は言った。
 なら、その時はいつか、訪れてしまう物なのか。
 だがその自虐的な物言いに、創志は察する。
 決して彼は、望んでそうなったのではないのだと。
 だからこそ、砂神にあれ程怒りをぶつけているのだと。
 
「そうだ、貴様は生意気にも俺様の事を死ぬべきだと言った!」
 一連の流れ見ていた砂神は、心底愉快そうに治輝を嘲笑う。
「だが、それを言うなら貴様はどうなる? 俺は知っているぞ、貴様が生きている事で、貴様の知り合いが被っている不幸を! 違う世界に行く事で、それを解決した事も! そして貴様が、いづれ図々しくも元の世界に帰ろうとしている事も!」
「……」
「確かにペインの力の影響は世界を跨ぐ事で消失し、治癒に向かっているようだが――この力は未知の部分が多過ぎる」
「……何が言いたい?」
 治輝は目を細め、小さく呟く。
 砂神は恐らく、全てを知っているのだろう。
 その時に起きた事、言った事。
 当事者達の心中以外の全てを把握する、底の知れない能力。

「――再発する可能性、ゼロだと本気で思っているのなら愉快だぞ? 時枝治輝!」

 そう。
 それは目を逸らしたい事実だった。
 ペインの力とは未知の塊。
 だからこそ治輝は未知の部分に突破口を見出す事ができた。
 だがその突破口に、保証など何処にもない。

「俺に死すべきとほざく貴様は、何故のうのうと今も生きている? 元の世界に戻る等と何ゆえ傲慢な約束ができる!? 死ぬべきは貴様の方だろうが!」

 輝王には、彼等が何を言っているのか――それを理解する事はできない。
 当事者である治輝、この世界の住民の殆どの情報を得ている砂神。
 2人に比べて輝王が持っている情報は――殆ど無いに等しい。
 だが

「――<ジェネクス・サーチャー>の効果を発動! <ジェネクス・コントローラー>を特殊召喚!」
 創志は破壊されたモンスターが有する効果で、自らの相棒を呼び出す。
 それは先の会話を打ち消す意図の物なのか。それとも
 
 
《ジェネクス・コントローラー/Genex Controller》 †
チューナー(通常モンスター)
星3/闇属性/機械族/攻1400/守1200
仲間達と心を通わせる事ができる、数少ないジェネクスのひとり。
様々なエレメントの力をコントロールできるぞ。

 
 頭でっかちな機械の小人――創志の<ジェネクス>デッキにとって、核になるモンスター。
 霧のようなフィールドに浮かび上がるのは、そのシルエット。
 プラスの形の影を映した小人は、様々なモンスターと心を通わせる事で力を発揮する。
 治輝はそのモンスターを黙って見つめ、静かにターンをエンドした。