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遊戯王オリジナル なれなかった人【前編】

 夜の歩道を歩いていた。
 殆ど人気の無い、暗い夜道。
 風が木々を揺らし、明度の低い街灯がそれをうっすらと照らしていく。
 
 ふと立ち止まり、自分の手を眺める。
 何の変哲もない手だった。
 異質でもなんでもない、普通の人間の手。
 その事が、逆に不快だった。

 ――――この手は、人の夢を奪った手なのに。
 
 数時間前の事を思い返そうとして、やめた。
 そして無意識にそうした事に驚き、自嘲気味に笑う。
 何故『やめた』のか……それは、辛いからだ。
 自分がやってしまった事と向き合うのが、怖いからだ。
 他人の事より、自分の心を守ろうと必死だからだ。

「最っ低じゃねぇか……」

 手を強く握る。
 肉に爪が食い込み神経が痛みを訴えるが、力は緩めない。
 痛みでも、快楽でも、疲労でも、なんだっていい。
 何かを考える事が、今は何よりも怖かった。
 それなのに

 私ね、自分らしく歌いながら生きて行きたいんだ――

 そう照れながら笑う木咲の姿が、目の前に浮かんだ。







遊戯王オリジナル『なれなかった人』



 ……幻覚だ。
 その証拠に、あそこまで鮮明に浮かんでいた木咲の姿は、跡形もなく消えていた。
 無意識に出た空笑いが、止められない。

 俺には、夢がなかった。
 だからこそ、夢を目指す奴の後押しをできるようになりたい、とそう思った。
 木咲の夢にもそれができるように、毎日のように屋上へ木咲に楽器を教えてもらいに行った。
 凄く充実していた日々だったように思う。
 何かに本気になったのは久し振りで、練習にも自然と熱が入るようになっていった。
 その様子を見た木咲は「私も負けてられないなー」等と、嬉しそうに笑っていて――

 そんな、何でもないようなやり取りをしている時――
 屋上に流星のような光が降りてきたかと思うと、異変は起きた。
 全身の血液が沸騰するように熱くなり、持っていた楽器を思わず握り潰す。
 その時頭の中で考えられたのは、激流のような痛覚だけ

 痛い、痛い、痛い

 ひたすら心の中で、そう繰り返す。
 木咲はその様子にしばらく呆然としていたが、すぐに心配そうにこちらに駆け寄ってきた。

 心配ないから、大丈夫。
 そう声に出そうとしたけれど、上手くいかなかった。
 そうしてる間にも、異常な程の痛覚と、身体に這いずり回る異物感がどんどん大きくなっていく。
 俺は声の代わりに、手で「大丈夫」だ、と伝えようとして――

 意識を、失った。
 気付いた時には、木咲は喉を抑えながら倒れていて。
 俺の中にあった異常な程の痛覚は、収まっていた。

 そして

「……声帯に深刻なダメージを受けてます」
 急いで病院に連れて行き、専門の医者に見てもらい――
 検査の結果。

「もう……二度と喋る事はできないでしょう」

 俺たちに
 木咲に突きつけられた事実は、絶望だった。