シューティングラーヴェ(はてな)

シューティングラーヴェの移行先

遊戯王オリジナル episode-12

 さっきまで居た廃品広場を抜け、旧商店街に出た。ここまで来れば町は目と鼻の先だ。
 淀んだ空気から解放された事を感じた私は、一度歩みを止め、背伸びをしながら息を大きく吸い込む。
 少し前方には、なお君とスドちゃんが仲良さそうに歩いていた。
 スドちゃん曰く――

「付いて行くと決めた以上、マスターの事を色々と知らねばなるまい」

 との事らしい。
 なお君はだるそうな様子でそれを断固辞退しようとしていたが、結果的に根負けしたようだ。
 今頃私となお君が会った時の事や、戒斗さんとの戦いの事を話している頃だろう。
 そんな二人を後ろから眺めながら、私はこの二人の決闘――さっきの決闘の事を思い出す。
 あの時のなお君はこう言っていた。

「最終的に墓地に行く事になっても、残った奴等の背中を押せるなら――悪くないんじゃないか?」

 その言葉が、妙に心の中に残っている。
 確かに、なお君の言ってる事は正しいのかもしれない。
 少なくとも間違いではないと、私は思う。

「……でも」

 何だか、心に引っかかるなぁとも感じていた。
 その正体がなんなのか言葉にはできないけれど、確かにある引っかかり
 喉のすぐ傍までは来ているのに、それを上手く吐き出せないような……

「おーい、どうかしたかー!」
「あれっ」

 気付くと、なお君が凄く遠くからこっちに向かって叫んでいた。
 どうやら慣れない考え事をしていたせいで、足を止めてしまっていたようだ。
 立ち止まっているスドちゃんとなお君に、私は急いで駆け寄る。

「ごめんなさい。ちょっとボっとしちゃいました」
「いや、俺も歩くのが速かったかもしれない。どうも話しながらだと意識が」
「そうだぞ小僧、男子たるもの女性を気遣えなくてどうする」

 スドちゃんが精一杯体を仰け反らせて「ふふん小童が」とでも言いたげに鼻を鳴らす。
 要塞サイズの時は威圧感溢れるような仕草だったが、このサイズだとかわいく見えてしまう。

「そういうテメーは俺の頭に乗ってるだけじゃねぇか!自力で浮いて進めよ!」
「ワシが浮くと地球温暖化が早まる。よって貴様の頭を仕方なく利用している」
「そ、そのサイズで……?」

 なわけねーだろと、なお君が頭の上のスドちゃんを睨む。
 その様子を眺めていた私は「あはは」と苦笑いするしかなかった。
 そのまま歩みを進めていると、私は帰宅のルートとは違う方向に二人が進んでいる事に気付く。
 慌ててかづなは声を上げた。

「あれ、そっちは帰る道じゃありませんよ?」
「そのようだな。だが今日は寄る場所が一つあるのだ」
「……寄る所?」

 私は首を小さく傾げる。
 スドちゃんをデッキに組み込む為に、カードショップにでも寄るのだろうか?

「別に、俺は今日行きたいわけじゃないんだけどな……」
「観念せい小僧。連れて行くと約束しただろう?」
「あの、一体何処に……」
「お主は小僧の過去を何処まで知っている?」

 スドちゃんが低い声で、唐突に私に疑問を投げかけてきた。その言葉にドキリとする。
 過去?過去というのは、私と出会う前の事だろうか。
 改めて思い返してみると、私は昔のなお君の事を何も知らない……
 私の表情から何かを読み取ったのか、スドちゃんは横目でこちらを見ながら

「ならば知りたくはないか?……小僧の戦う、その理由とやらを」
「……え?」
「今から向かう場所は、それに関係する場所らしい」

 サッと、思わず私はなお君に向かって振り返る。
 なお君は少し目を逸らしながら、観念したような声で言った。

「――大した所じゃないさ。少し特殊な、病院だよ」










遊戯王オリジナル episode-12


 なお君が『病院』に足を踏み入れた瞬間、私は軽い眩暈を感じた。
 受付の人いるらしいカウンターには誰の姿も見えず、人の気配も感じない。
 病院には不釣合いの大きい靴箱に
 アスファルトが使われている事の多い昨今では珍しい、砂利と砂の駐車場
 それら全てが違和感を作り出して、私自身に襲い掛かってくる……そんな錯覚を覚えた。

 音が聞こえる――ゆっくりと進んでいるように思える、時計の針の音だ。
 音が聞こえる――先頭を歩いているなお君と、私自身の足音だ。

 繁華街のお店の中、駅のホーム。
 自然の中でさえかき消されてしまうような二つの音が、はっきりと耳の奥に響いてくる。
 その雰囲気に呑まれたのか、私もスドちゃんも、そしてここを唯一知っているはずのなお君でさえ、ここに入ってから一言も言葉を発していなかった。
 映画を見ている間は静かにしましょう。
 寝ている子供がいるので、静かにしてください。
 そういった言葉の何倍も強制力のある雰囲気だと、私は感じていた。

 突如、なお君の足音が止んだ。
 どうやら目的の部屋に着いたようだ。……誰かの病室だろうか?
 木という文字がドアの窓にうっすらと書いてあったが、その先の文字はかすれて読む事ができない。
 なお君がドアに、ゆっくりと手をかけた。
 緊張が走る。――でも、気のせいだろうか。
 ここを開け慣れているはずの彼の顔にも、恐れとも取れる程の強張りがあった。
 この先に、モンスターでも眠っているのだろうか……?
 ガラッ!と、勢いよくドアがスライドしていく。
 ここに来てからの静けさに慣れてしまった私は、爆竹の音よりも巨大な音に聞こえた。
 その音と共に、中の光景が私に飛び込んできた。
 日の光がカーテンの隙間から差し込んでいる、そんな部屋の中心にいたのは

「――おう、久し振り」
「!」

 そこにはいたのはモンスターなどではなく、一人の女の子だった。
 その子が現れた瞬間、先程とは雰囲気が一変する。
 女の子はなお君を見つけるなり、向日葵のような満面の笑顔を輝かせ、小首を傾げながら笑いかけた。
 私は先程とは違った理由で、口を開く事ができなくなっていた。
 あんなに真っ直ぐな、邪気の欠片も無いような笑顔を、私は知らなかったからだ。
 口を開く事のできない私に変わって、その女の子が何かを喋ろうと、口を開く。
 あんなにカワイイ笑顔が似合う子なんだ。きっと凄く大きくて、それに似合う元気な声に違いない!
 私は同姓である事すら忘れて、彼女の口が開くのを待つのに夢中になった。そして

「――!」

 彼女の声は、この世に生まれては来れなかった。
 少し哀しそうな顔をした女の子は照れながら、先程のような満面の笑みを浮かべる。
 なお君がその様子を見て、ゆっくりと手を乗せる。
 ベットから降りたその女の子の身長は、私よりも小さいようだった。

「今日は友達を紹介する。コイツはかづな、今色々お世話になってるんだ」
「えっ……」

 唐突に沈黙が破られ、話を振られた事態にわたふたする私。
 でも初対面のイメージは大切だと聞いた事があるので、ゆっくりと呼吸を整える。

「なお君の友達のかづなって言います。よろしくお願いしますね」
「……」

 私がそう言うと、女の子の顔が少し思案顔になる。
 な、何か変な事言っちゃいましたか私!とまたもやわたわたする私。
 でも女の子の顔はすぐにニッコリと笑い、私に一礼した後
 なお君に向かってビシッと親指を上に立てた。
 う、うーん……どういう意味だろう?

「多分『可愛い彼女見つけてきたね!このスケコマシ!』と言ってる」
「えぇッ!?」

 なんでわかるの?!っていうかなお君はスケコマシなの!?そもそも彼女って何!?
 等の突込みを同時に入れようとして、思考がフリーズしてしまう。
 横を見るとなお君が若干顔の色を変えながら、目尻を押さえて頭を痛そうにしていた。
 突っ込みを入れるのも嫌なのか、そもそも本題に入りたいのか。
 ゆっくりとなお君の顔つきが変わり、口を開いた。

「……この通り、コイツは今上手く喋れないんだ」

 何処か遠い表情をしながら、なお君は言葉を続ける。
 女の子はさっきと同じような哀しそうな表情をしながら、眉を下げながらやんわりと笑った。

「囁き声ならたまに言える時もあるんだが、それですら無理をしないと出せないらしい」
「……そうなんですか」

 女の子はその話や説明は慣れっこなのか、気にした様子もなくニッコリと笑っていた。
 それを見て私は、強い人なんだな……と思った。

「――っと悪い、もうこんな時間か。そろそろ行かないと」
「うん」
「えっ」

 うん、と頷いたのは私ではなく、その女の子だった。
 小さな小さな声だけど、街中ではかき消されてしまいそうな、か細い声だけど。
 元々静かなこの病院なら、その声は確かに存在していた。
 もっとその声を聞いていたかったけれど、それでも女の子は無理をしているのだろう。
 だからその望みを口に出すのは、ためらわれた。
 
「じゃぁ、またな」
「またね。えっと……」

 別れの言葉を言おうとして、そういえば名前を聞いていなかった事に気付く
 なんて言おうと迷っている私に気付いたのか、彼女は日の光を背中に受けながら、精一杯息を吸い込んで

「私、きのさきっ」

 針のようにか細い声で、そう言った。
 小さいけど、風のような綺麗な声だった。
 それを聞いたなお君の表情は見えなかったが
 ゆっくりと背を向けながら、その声を聞いているように思えた。

「きのさきさん、またね!です」
「またね、かづなちゃんっ。それに……」

 今にも折れそうな、それでも何処か芯の通った不思議な声を聞きながら

「――またきてね。ときえだくんっ」

 私達はその病室を、後にした。