シューティングラーヴェ(はてな)

シューティングラーヴェの移行先

遊戯王オリジナル episode-13

 何故か部屋の前で聞き耳を立てていたスドちゃんを回収し、私達は病院の屋上に来ていた。
 木枯しの様な冷たい風が頬を吹きつけ、顔の温度をほんの少し下げていく。
 なお君が言った時間が無い、というのはただの口実だったのかもしれない。

「アイツが喋れなくなったのは、原因があるんだ」

 屋上の柵に手を置きながらなお君は語り始める。
 多分、あの子の前で……木咲さんの前で、語りたくなかった話を。

「あの夜、世界中に『ペイン』が蔓延していったあの時。学校にいた木咲の目の前でペインに目覚めた奴がいた」

 サイコ決闘者が進化し暴走した姿、それが『ペイン』
 それが目覚めた時、付近にいる人間になんらかの悪影響を及ぼす、と私も聞いた事があった。

「その目覚めの影響を諸に受けた木咲は、『声』を失った」
「喉に、ダメージを受けたんですか?」
「そのはずなんだが、専門家でも詳しい事はわからないらしい。医学的な物でも治療は不可能だと」
「そんな……」
「アイツは、歌が大好きだったんだ」

 なお君が、静かにそう呟いた。
 気付けば、屋上の柵を力強く掴んでいる。

「声も大きかった。でけー声で何度も俺を呼んで、授業中に寝てた俺の鼓膜が潰れるくらい大きかった」
「なお君……」
「でも、今のアイツは歌も歌えない。大きな声を出す事もできない!」

 叫んではいない。
 だけどなお君は、静かに声を荒げていく。

「……そんな時、アイツを治す方法を見つけた。簡単な話だった」
「えっ」
「影響を与えたペインを地上から消す、それでアイツは治る」

 柵を掴む手に力がこもる。
 みるみる内に柵がひしゃげていき、その手からは赤い液体が零れ落ちた。
 なお君の表情は、ここからでは見えない。

「そういう例があったってだけだが、今のところ希望はこれしかない」
「なお君……」
「だから俺は完全にペインになった奴を倒して回った。そうすれば……」
「なお君ッ!!」

 声を大きくした私に、ハッとした様子で気付くなお君。
 なお君の手は柵に力を込め過ぎた結果流血していて、爪も一つ剥がれる寸前の所まで来ていた。
 私が馬鹿だった。私は何もわかっていなかったんだ。
 誰だって、詮索されたくない過去がある。
 それなのに私は、スドちゃんに言われるがままにここに来て、彼の過去に立ち会ってしまった。
 それがなお君の傷を抉る事になるだなんて、全然思わなかった。

「ごめんなさい、私――来るべきじゃなかったですよね」
「いや、俺の方こそ取り乱して悪かった……。色々と不詳のまま世話になるわけにもいかないし、いつかは話さないとな、とは思ってたんだけど」

 なお君は無理やり笑顔を作りながら、そう言ってくれた。
 その顔が少し歪んだのを見た私は、ハッとしてなお君の手を取る。

「っていうか、手です!怪我大丈夫ですか?!」
「ああ、こんなのツバ付けとけば……」
「ツバですね!わかりました!」
「!?」

 なお君の指で怪我が酷い所を素早く咥え、ゆっくりと舌で傷口を舐める。
 後でちゃんと消毒もしないと、後包帯を……

「ちょ、あ、え?」
「……むぇ?」

 妙な声が聞こえたので、その声を発したなお君を上目遣いで見る。
 何やら顔の色がいつもと違うような……。

「……」
「……」

 『それ』に気付いた瞬間。ゴォッ!っと擬音を立てながら私の顔色も変色した。
 ゆっくりと指から口を放し、その後全力で後ずさる。

「わわわわわ私包帯とナギナタ取って来ます!」
「あ、あぁ、一番いいのを頼む!」

 なお君と何やらよくわからないやり取りをした後。私は全力でその場から走り去る。
 何やってるんだ私、何処かおかしいぞ私。

「若さか。ワシにも覚えがある……」
「やっと発した第一声がそれかぁ!」

 屋上のドアを閉める前にスドちゃんの声が一瞬聞こえたような気がするが
 今の私はそれどころじゃなかった。








遊戯王オリジナル episode-13


「……処置終わりました。さっきはごめんなさい」
「あぁうん、いやありがとう」

 何だか妙な事になってしまったが、なお君の治療はできたし、これで良しとしよう。
 なお君の頭上にいるスドちゃんが何やらニヤニヤしているが、それも無視するとしよう。

「なお君は、これからも木咲さんに影響を与えた『ペイン』を探すんですか?」
「いや、実を言うと――もう、目星は付いてるんだ」

 えっ、と声を出して私は戸惑う。
 少し下を向きながら話しているせいか、なお君の表情は見えない。
 何か考え事をしているような、何かに心を奪われているような、そんな声だった。
 その様子を元気がないように捕らえた私は

「ならもう少しじゃないですか!その『ペイン』を倒せば、みんな笑ってハッピーエンドです!」

 元気を出して欲しいから、そう言った。
 月並みな慰めだけど、何も言わないよりはいいと思った。
 なお君はそれを聞きながら少し遠くを見ながら、流れる雲が散り散りになるのを見た後に

「――そうだな。みんな、笑ってくれるよな」

 少しを憂いの残したような、でも何かを決意したような
 今までに見た事の無い表情のまま、なお君は笑った。
 同時に私も、ゆっくりと笑顔を作った。