シューティングラーヴェ(はてな)

シューティングラーヴェの移行先

遊戯王オリジナル episode-36

 かづなはベランダから身を乗り出すように、そこから地面を見下ろした。
 ゾワリ、と身体全体に悪寒が走る。
 これは多分、命の危険を知らせる怖さだ。
 ここから落ちたら死んでしまうぞ、危ないぞ。そんな当たり前の事を知らせる為の悪寒だ。
(そんな、当たり前の怖さすら……)
 なお君から、私は消してしまったんだろうか。
 私の安易な言葉が、奪ってしまったんだろうか。

「……お主は知らなかった。そこまで気に病む事は、ないのではないか?」

 声が聞こえた。スドちゃんの声だ。
 いつの間にそこに居たのだろうか。隣を見ると、ぼやけた視界の先にちんまりと、小さい機械竜の姿をしたスドちゃんが佇んでいた。
 その姿を確認すると、私はまた視線を元に戻す。
 知らなかった?確かにそうかもしれない。
 でもそれは、本当に知る事ができなかった事なんだろうか。

「私は、その気になれば気付けたと思うんです。なお君と、ずっと一緒に行動してたんだから」

 木咲さんの病室に行った時……いや、その前。
 スドちゃんとなお君が戦ってる時だって、それに繋がる断片は確かにあった。

「ワシとの戦いで小僧はこんな事を言っていたな」

 ――どんなに苦しくて痛い思いをする羽目になっても、最終的に墓地に行く事になっても!
 そうしたことで残った奴等の背中を押せるなら、悪くないんじゃないか?

 スドちゃんの口から、機械的になお君の台詞が再生される。
 その一字一句を噛み締めるように、私はそれを聞いた。

「あれを聞いた時、ワシは激昂した。何を知ったような口を聞く小僧だ、と奴を心底見下した。だがアレは今思えば……」
「きっとあの時から――ううん、あれよりもずっと前から、なお君はそう思っていたのかもしれません」

 最終的に自分が死ぬ事になっても、誰かの背中を押せるなら構わない。
 そう本気で信じたなお君だからこそ、言える台詞だったんだろう。
 私は、あの時そこまで考える事ができなかった。
 私が普段からそこまで気を回せる人間じゃないのは、百も承知だ。
 それでも

「知らなかったから、私は悪くない。何も言ってしまっても、許される」
「……」
「そんなはず、ないじゃないですか――」

 そう言った直後。
 何かに耐え切れなくなって、目を閉じた。
 瞼に力を入れていた方が、気持ちが楽になる気がしたからだ。
 目の前が暗くなれば、何も考えずに済むと思ったからだ。
 
 でも、私のそんな希望に反して
 暗ければ暗いほど、私の頭は思考を加速させていく。
 襲い掛かってくる自己嫌悪の嵐に、頭がどうにかなってしまいそうで。
 その内色々な物が虚ろになって、よくわからない浮遊感に包まれていく。

 無理だ、と思う。
 こんな大きな悲しみに
 ちっぽけな私なんかが、耐えられるはずがない。

 ……でも、何故だろうか。
 こんな気持ちになるのは、初めてのはずなのに。
 なのに、なぜか――デジャブのようなものを感じる。
 つい最近、似たような何かがあったような……

「……夜は冷える、長居はよくないぞ」

 スドちゃんはそう私に言い残し、移動音を響かせ、窓を閉じずに部屋の方に戻っていった。
 私も、戻ろう。既視感を感じるのは多分気のせいか、私の頭がおかしくなっているだけだ。
 そんな私のせいで、スドちゃんに寒い思いをさせるわけにはいかない。

 リビングに戻り、窓を閉める。
 中には月明かりが差し込んでいて、電気を点けなくても視界に困る事は無さそうだった。

「……?」
 机の上を見ると、カードが何枚か裏のまま散らばっていた。
 ――風で飛んだのかな?
 私は裏のカードを手に取り、何のカードが確認する為に、くるっと反転させた。
 
 それだけで
 既視感の正体が、わかった。

「……そっか」

 私は誰に言うでもなく、月明かりの差し込む部屋でそう呟いた。
 つい最近の出来事だったのに、なんで私は忘れてしまっていたんだろう。
 厳密に言えば、デジャブでも、既視感でもなかった。実際に起きていた事だったのだ。
 私は宝石にでも触るように、そのカードを優しく指で撫でる。

 ちっぽけな私なんかが耐えられるはずのない、感情の奔流に飲み込まれて
 それでもそこから引き戻してくれた言葉を、私は思い出す。
 何度も何度も、噛み締めるように、思い出す。

 部屋に差し込んだ月明かりが、そのカードを照らし出す。
 攻撃力が300しか無いそのカードを、私はいつまでも眺めていた。