シューティングラーヴェ(はてな)

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Re:減点式な私へ

「ど、どうかな?」
 
 私の顔を覗き込みながら、友達が心配そうな声を出した。
 今喫茶店で私が見ているのは、その友達が書いてきた『詞』だ。
 将来作詞家になりたい、と夢を語る彼女は、度々書いた作詞を見せてくれる。
 対する私は、専門の養成所で作詞の授業を専攻しているので、そういったものを見せるにはうってつけ、というわけだ。
「うーん、絵が浮かばないなぁ」
「絵?」
「見て情景が浮かぶような部分が無いと、見ている人が――」
 先日授業で先生に言われた事を、得意気に友達に語りかける。
 こういった批評が的確にできるようになれば、私にとってもプラスになるだろうし、成功する為の力になるはずだ。
 そんな思いを隠しつつ、色々と直した方がいい部分を何個か友達に伝えると、友達は「ありがとう」と言ってしばらく自分の作品とにらめっこした後、また作ってくると苦笑いしながら先に帰宅していった。

 それからしばらくお茶を楽しんだ私は、喫茶店を出て、大げさに体を伸ばして深呼吸をする。
 もうすぐ成人式を迎える私は、まだまだ若輩者ながらも色々な事がわかるようになってきた。
 年上の人とはどう接して行けばいいのか?
 あらゆる状況の中で、どう空気を読んでいけばいいのか?
 世間としての、コミュニティに身を置く上のルールとやらを肌に感じる度に、私は大人になっているんだなぁと実感できる。
 多分同年代のどの友達よりも、私はずっと大人なのだ。


 次の日大学に行くと、違う友達に相談を持ちかけられた。
 何やら彼氏が気が利かないだの、このまま付き合うべきなんだろうかだの、そういった類の話のようだ。
 そういった相談をされるのは珍しい事ではなく、そしてその影響で私は一つの長所を得る事ができた。

 相手の短所が、話を聞くだけでわかるようになる。

 直接会っていなくともすぐに駄目な部分が察せるようになり、時には相談した人が私に伝えていないような事まで言い当てる事ができるようになった。
 それによって相談してくれる人とも共感を得やすくなったし、心なしか友達も増えていった。
 不思議な事もあるもんだ、と私は思いながらも、その能力に対して深く考える事もないかな、と思う。
 きっと成人を迎える、神様からのご褒美みたいなものだろう、と。
 そう思っていた。

 ある日の夜。
 私は趣味であるパソコンを立ち上げ、お茶を飲みながらネットサーフィンに勤しんでいたのだが、その時面白い物を見つけた。

 ○○大学・裏サイト

 そこには、私の通っている大学の名前が記されていた。
 小学生じゃあるまいしと私は笑い、それでも興味本位でそのサイトの掲示板のリンクをクリックする。
 裏サイトとは、基本的には直接言えない悪口等の掃き溜めだ。
 確かに余りよろしくない場ではあるけれど、何か相談を解決する為の役に立てるかもしれない。
 そんな下心もあってか、私は掲示板を覗いた。
「……あれ?」
 私は掲示板を見て、目を素早く瞬きする。
 どうやら、一人の女生徒の悪口が書いてあるようだった。
 だけど、これは……

84 :名無しさん:2010/12/26(日) 05:02:51 
    あの女、相談屋気取っててマジうざい。

85 :名無しさん:2010/12/26(日) 05:24:48 
     >>84
     私あの子のせいで彼氏と別れた。
   あの子と話すと彼氏の欠点しか見えなくなってくるんだよね……

 眩暈がした。
 あの女、とは誰の事を言ってるのか。
 あの子、とは誰の事を指しているのか。
 それを考えるだけで、吐き気に近い感覚に襲われる。
「どうして……?」
 私は、ただ相談を受けていただけなのに。
 誰かの足りない部分を、教えてあげただけなのに。
 何で、こんな目に合わなきゃいけないのか。
 足りない所を知らないと、何も成長できない、何も解決できない。
 そんな簡単な事、大学生にもなって理解できないはずがないのに。

 コンコン

 その時、ドアから小気味のいい音が聞こえてきた。
 今は家族だろうと、誰とも会いたくないのに。
 そんな思いを殺しつつ、私はディスプレイのボタンを強く押し、無言でドアに近付き、ノブを回す。

 そこには、知らない女性が立っていた。

「……え?」
 知らない人が、私の部屋の前に立っている。
 それはとてつもなく異常な事態なのに、私はまずその人が放つ雰囲気に圧倒された。
 その人はにっこりと笑い、無言で部屋へと入って来る。たったそれだけの動作なのに、その動きには自信が漲っていて、それでいて失礼を感じさせない品のような物を備えていた。
「懐かしいなー」
 部屋をぐるりと見渡した後、その人が言った第一声はそれだった。
 懐かしい?何が?
 そう私が問いかける前に、その人は私の顔を覗き込み、口を開く。
「ねぇねぇ、パソコン使わせてもらっていい?」
 そう言いながら、しかし返事を待たずにその人は私のパソコンに近付いて行く。
「駄目、勝手に触らないで」
 大声を張り上げたつもりだったが、その声は私の予想に反して、擦れた小さい声だった。
 だからだろうか、その人はそのまま、ディスプレイの電源を押してしまった。
「……」
 その人は無言で画面を見つめて、少し哀しそうに、何かを思い出すように笑った。
 その笑顔すら何処か儚さと品を伴っていて、私は何故か怒る事ができない。
 その人はディスプレイの電源をもう一回押すと、先程浮かべた笑顔を私に向けながら、こう言った。

「人の欠点を指摘できるからって、大人にはなれないよ」

 ザクリ、と。
 その言葉が、私の何処かに刺さる音がした。
 何故、今さっきまで私が抱えていた事を見透かしていたような言葉が出てくるのか。
 その疑問と痛みを振り払うように、私は目の前の女性に向かって、今度こそ声を放つ。
「足りない所を指摘するのっていい事でしょ!それの何が悪いの!?」
「そうだね。悪い事じゃない、でも」
 一息ついて、その人は笑顔を浮かべるのをやめる。
 ただ笑顔がなくなっただけなのに、真顔になっただけなのに
 私はその人に気圧されてしまう。
「貴方は同時に、こうも感じていなかった?」
「……?」

「貴方より私は色々な事を『わかって』いる。……そうやって、優越感に浸ってはいなかった?」

 そんなの、と反論しようとして、口が止まる。
 だけど、これだけは言い返さないと気が済まない。私は止まった口を無理やり動かす。
「そんなの、貴方にわかるわけないじゃない!」
「わかるよ」
「……え?」
「アナタもわかるんでしょう?人の短所や、欠点が、手に取るように」
 今度こそ、私は絶句した。
 なんでこの人は、誰にも話していないような私の秘密を知っているんだろう。
 そんな私の逡巡を知ってか知らずか、その人は話を続けていく。
「自分が手に入れたと思っているものって、案外みんな持ってるものだから」  
「じゃあ、貴方は何かが見えるの?私が『短所』が見えるのと同じように」
「うん、私はね。『長所』が見えるの」
 そう言いながらその人は、満面の笑みを浮かべた。
「長所?」
「昔は逆だったんだけど、『短所』を見るのに飽き飽きしちゃってさ」
 大人っぽい雰囲気を持つその人が、その時初めていらずらっ子のような無邪気な顔を浮かべた。
 しかし不思議とそんな表情も似合っていて、魅力的に見える。
「そんなに都合よく能力の種類を変えられるの?」
「そうだね。私くらいになると、できるのかも」
 そう言いながら、その人はまたディスプレイの電源を押す。
 私が目を背けていた問題が、黒い壁紙と共に画面に映し出される。
 『飽き飽きした』と言った彼女に、私の今までが全て否定された気がして、私は呟いた。

「……短所なんて、見えない方がよかったのかな」

 短所を指摘すれば、影で他人に疎まれ、他人に粗探しのような事をされて。
 そして、この人の言う事を信じるなら、自分は優越感を無意識に感じるような人間になってしまっている事になる。もしそうなら、それは嫌な事実だ。
 それを聞いたその人は、暗く沈んだ顔でそう呟いた私の頭に、そっと手を乗せる。
「最近わかったんだけど、長所しか見えないっていうのも考え物なんだよ?」
「……」
「他人が間違っていても、その事に気付けない。自分の見えている長所ばかり磨こうとして、短所を改善する努力もできない」
「……でも、おねえさんは楽しそうに見える。充実してるように見える」
「うん、楽しい事はきっと、私の方が多いよ」
 そう自信満々に言い切る姿を見て、私もこの人のようになりたい、と思った。
 羨望の眼差しを向ける私に気付いて、その人は困ったような笑顔を浮かべた。
「でもね、だから私は貴方に会いに来たの」
「え?」
「多分貴方と私は、一つになるべきだと思うから」
 頭の上に?マークが大量に浮かぶ。この人は、一体何を言っているんだろう。
「貴方が失敗したように、私も失敗しちゃったんだ。しかも失敗した理由がわからないから、結果も全然出せなくて」
「……」
「私は昔、貴方を間違いだと思ってた。でもきっと」
 そこまで言った後、その人は私の手に触れた。
 壊れ物を触るような、ゆっくりとした手付きで撫でた後
 私の手に何かを握らせながら、その人はこう言った。

「貴方も私も、間違いなんかじゃなかったんだよ」


 気付けば、目覚まし時計が鳴っていた。
 けたたましい音を発し続ける時計に手をやり、音を止める。
「……夢?」
 おそるおそるパソコンを起動してみたが、先日見たはずの学校の裏サイトは影も形もなく消えていた。単純に誰かに通報されて消された可能性もあるが、夜中にそれが実行されたというのは考え辛い。
 でも、あれが夢だという保証もなかった。
「……?」
 ふと、ベットの上で何かが光った。
 窓の日差しの反射光だろうか、尚も輝き続ける金属製の何かを手に取り、そのまま目の前に持ってくる。

 それは±の形をした、金属製のキーホルダーだった。

「はぁ……」
 それを見た私は、ゆっくりと溜息をつく。
 これを見てから
 今日の事を考えると、自然と憂鬱になる。
 そしてこれを見てから
 昨日のあの人の事を思い出すと、自然とぎこちない笑いが浮かんできた。

 今はまだ、こんな苦笑いしかできないけれど
 いつかはまた、あんな素敵な笑顔で笑える日が来ますように。
 そんな風に思いながら、私は部屋のドアを開け放った。