シューティングラーヴェ(はてな)

シューティングラーヴェの移行先

遊戯王オリジナル epilogue-Last

(戒斗さんが、消えて行った)
 人間が粉のようになっていくような姿を、かづなは初めて見た。
 胸の中の不安が高まるのを覚えながら、私は自分の不安が高まって行くのを感じていた。

「――さて、俺もそろそろかな」

 なお君がそう言いながら、私の方に振り返る。
 緑色の光は、まだなお君の体に付着していない。
 だが、存在のようなものが薄くなっているような感覚は、かづなにも十分感じ取れた。
 そんななお君の姿を、私は直視できない。
 別れの時は、刻一刻と迫っているはずなのに。

「木咲には留学するって言ってあるし、愛城の事も――悪いけど、おまえがこっちにいれば、大丈夫だよな」

 ぽん、と。
 俯いた私の頭に、なお君は優しく手を置いた。
 その手の感触ですら、何処か気薄な物に感じられて
 私の胸の中の不安は、どんどん大きくなっていく。

 そんな私を気遣ってくれたのか、なお君は優しい声を出す。

「なんだよ信用ないな。ちゃんと帰ってこれるって。あっちの世界で負けたら終わり!っていうのも嘘かどうかもわからないんだし、さっきの決闘も見たろ?戒斗にも渡り合えるようになったんだ。そう簡単に――」
「……信じてますよ」
「うん?」

 らしくない程、饒舌になっているなお君の言葉を聞くだけで、胸が痛くなってくる。
 確かに、信じてる。

「信じてますよ?」

 多分この世界で一番、誰よりも信じてる。
 でも、だからって

「信じてたら――心配しちゃいけないんですか?」

 それとこれとは、話が別だ。
 ――駄目だよ!って、自分に何度も言い聞かせても、心が止まらない。

「信じてたら――不安に思っちゃいけないんですか?」

 なお君の見つけた、ハッピーエンド。
 やっと見つけた、みんなが笑えるハッピーエンド。

 ――――私が泣いたら、それは台無しになってしまうのに。
 やっと見付けた最高の終わり方を、踏み躙ってしまうのに。
 溢れだしてくる感情を、抑えることができない。

「私、待てって言われれば何年だって待ちます。なお君のこと、ずぅっと待ってられます」

 目が潤んできて、涙が溢れそうになる。
 涙が流れるのだけは、必死に感情を抑え付けても
 目の潤みは、止められそうにない。

「でも、帰ってこれる保証なんてどこにもないっ!決闘を100回やって、決闘に100回勝てる人なんて、どこにもいないんです!」
「……」
「これからなお君の行く場所は、そういう場所なんです!なのに……」

 ――不安に思うな。なんて

「できるわけ、ないよ……」

 ぺたんと座り込み、俯いてしまう。
 私は大馬鹿だ。
 今の今まで我慢してたのに、最後の最後でこうなってしまうなんて
 そう思ってたなら、最初から言ってしまえばよかったのに
 我慢するのなら、最後までやり通せばよかったのに。

 ……そんな風に思っていたら
 なお君が困ったような、それでいて初めて見る、今にも泣きそうな表情をしながら
 私の顔を覗き込んで、私の頭を手でポン、と叩いた。

 ぽん、ぽん、ぽん。

 そのまま、優しく私の頭を何度も触る。
 その手の感覚が、どんどんなくなっていくのを肌で感じて
 なお君を見上げたら、さっき戒斗さんを連れて行った光に、少しずつ包まれていた。
 それを見るだけで、目から涙が溢れてくる。

「いつもみたいに、泣きません――って言わないのか?」
 そう言ったなお君自身が、泣きそうな声を出していた。
 でも、その表情からそれを感じさせない
 多分、なお君も不安なんだ。
 帰ってこれるかどうかわからない、世界に行く事を。

「――泣きません」
 それに比べて、本当に情けなかった。
 なお君は不安だとか、無理かもだとか、そんな事は一切言わなかった。
 なのに、私は――

「泣きません――って、言えませんっ……」

 限界だった。
 今度こそ、涙が零れそうになって
 それを後押しするように、どんどんと頭の上の手の感覚がなくなっていく
 顔がくしゃくしゃになるのを感じながら、なお君の体が薄くなっていくのを間近で見て。
 そんな私を見たなお君の表情が




 急に、変わった。




「……え?」
 余りの豹変っぷりに、私はキョトンとしてしまう。
 何かを思いついたような顔。
 いたずらっ子のような顔をして、小さく笑うなお君を目の前に
 私は、ただ驚くばかりで――

 次の瞬間、なお君は私に手を差し出した。
 その消えそうな手が、少しずつ形を変えていく。



 小指と薬指をゆっくりと握ってグーにして

 親指と人差し指で、拳銃のような形でチョキを作って

 ボロボロの手のひらでパーを作って、私を指差した



 ――――俺は『負けない』
 なお君は、私に小さく、そう言ったのだ。




 私はそれを見て、今度こそ本当に笑いながら、涙を零す。
 そして私は、そのチョキの部分を
 私の両手を開いて、ゆっくりと包みこんだ

「反則だよ――なお君」

 その言葉に、なお君はまた小さく笑いながら
 その言葉を、私が泣き笑いのまま言った時

 手の感覚が、なくなった。

 なお君の姿が、完全に見えなくなった。

 緑の光に包まれて
 あの空の向こうへと――行ってしまった。