シューティングラーヴェ(はてな)

シューティングラーヴェの移行先

遊戯王オリジナルS prologue-01

 視界を遮る事のない、不思議な暗さだった。
 上空には星のような小さな光が明滅しているが、月のような強い光を放つモノはない。
 どれも等しく、同じような輝きを放っている。
 ここ最近似たような情景を何度も見てきたが、一生慣れる事はないだろう……と思う。

「……お前は、ここの人間じゃないな?」

 思考をとりあえず隅に寄せ、警戒を解かぬまま目の前の青年に問いかける。
 強制的に決闘を仕掛けてきた反面。青年は気が弱そうな風貌だ。
 俺の問いかけに、青年はコクリと頷く。
 
「ならここで――『異世界』で決闘をするって事の意味をよく知らないんだな。そうだろ?」

 溜息を吐きながら、同時に安堵する。
 異世界でのデュエルとは、正しく『決闘』なのだ。
 負けた後に待っているのは、自身の消失。
 どちらかが生き残るだけの戦闘手段。ただそれだけの行為。
 そこには楽しさ等の感情が入り込む余裕なんて、ありはしない。

「またてめェは甘い事やって勝手にピンチになる気か?付き合わされる気にもなれっつの」
「……うっさいな。今度は大丈夫かもしれないだろ」

 ジャケットのポケットに手を入れながら決闘を見ていた同伴者――戒斗から辛辣な野次が飛んでくる。
 以前こうやって相手の戦闘の意思を確かめながら決闘をした時、危うく負けそうになった事が一度ある。
 要は、相手に完全に騙されたのだ。
 『俺は戦う気なんてないんだ』と白旗を上げる言動をしておきながら、こちらの息の根を止めるように動いてきた。

異世界でわざわざ相手を知ろうとするなんざ、馬鹿な奴のやる事だ。隙もできる」
「この場では誰も信用するな!ってか?」
「そういうこった。それができねェなら……」
「できないな」

 戒斗の言葉を遮るように、俺はキッパリと即答した。
 余りの反応の早さに戒斗は「ハァ?」と声に出しながら呆気に取られる。

「何かを信用しない事に慣れたら、それが俺の中で当たり前になっちまう。そんな俺を見たら、アイツはきっと悲しむ」
「ハッ、愛しの愛しのかづなちゃんってか?」
「……アイツとはそういうんじゃないって。前も話したろ」

 俺が呆れたように首を振ると、戒斗は俺以上に大袈裟なモーションでため息を吐いた。
 心なしか「駄目だコイツ……」と呟いた声が聞こえた気もする。
 だが、そんな事は今は問題じゃない。
 俺は何やら言いたげな戒斗をスルーしつつ、気弱そうな青年に向き直って、口を開いた。

異世界で決闘するって事は、命のやり取りをするって事なんだ。危険だから、この決闘はこれ以上続けない方がいい」
 なるべく敵意を声に含ませないよう、言った。
 それを聞いた青年は、ほんの少し頬を緩ませた。
 わかってくれたのか……?
 そう、口に出そうとした瞬間。

「知ってます」

 小さくハッキリとした声で、青年はそう言った。
 戒斗はそれを聞き、大きく舌打ちをする。

「負けた人が犠牲になる世界だって事も、貴方達が強い決闘者だって事も」

 青年は俯いたまま、言葉を続けていく。
 その様子にタダならぬ物を感じ、決闘盤を改めて構え直した。
「言わんこっちゃねェ……良いか、次からは簡単に信用すんな。ここはそういう場所だ!」
 戒斗の耳障りな怒号が、辺りに響いていく。
 が、今回ばかりは確かに俺が迂闊だった。
 この雰囲気はタダ者ではない。
 この青年は弱気の裏に、何かとてつもない物を隠している――そんな確信めいたものが脳裏をよぎった、次の瞬間。

「速攻魔法、発動――!!」

 青年が一枚のカードを発動し……
 暗がりだったはずの俺の目の前は、真っ白に染まっていった。
 

 



遊戯王オリジナルS prologue


「むむむむむむむ」

 とあるマンションの一室から、おおよそ乙女には似つかわしくない声が響き渡った。
 その声の主の正体は私、かづな。
 参考書らしきものを見て、むーむーと唸っていた。
 唸って頭を揺らす度に、お下げがぴょこぴょこと動いていく。
 その様子を見かねてソファーに転がっていた謎の物体が
 謎の技術で浮き上がり、こちらへと寄って来る。

「なんじゃ、何か読めない文字でもあるのか?ムームー星人のような声を出しおって」
「そうそう、この『鮫』って文字が――ってそのくらい読めますっ!」

 如何にも年寄り臭い喋り方をしている鉄の塊……もとい、ふよふよと浮いている機械のような竜は通称スドちゃん 
 ひょんな事で一緒にいる、スクラップドラゴンの精霊である。
 スドちゃんは私の買った参考書を一瞥すると、怪訝そうな顔をした。

「ブルーアイズホワイトドリル!?定価3000円の参考書じゃと……」
「これからはちゃんと勉強しようと思って、ちょっと奮発しちゃいました」
「そもそも参考書なのかドリルなのかわからんのじゃが」
「細かい事を気にするくらいならこの問題を手伝ってください!」
「何か納得がいかんが、どれどれ……」

 スドちゃんは言われるがまま、参考書を上から覗き込んだ。

今週の問題!

神の宣告で召喚を無効にできるのは、次の内どーれだ?

①キラートマトの効果で特殊召喚した<ダブルガイ>
②ヴァルハラの効果で特殊召喚した<大天使クリスティア>
③手札から特殊召喚した<ダーク・シムルグ>

正解は350ページの右下!

覗き込んだスドちゃんは、オイル的な汗を流しながら「むぅ」と唸った。
「これはまたコアな問題をやっておるな……ここまでやらんでもいいのではないか?」
「私は何の力も無いですから、せめて知識だけはと思って」

 力。
 私の周りには、力のある人が沢山いる。
 七水ちゃんはサイコ決闘者の中でもトップクラスの力が。
 純也君は、サイコパワーは低くても決闘の腕前が。
 愛城さんは……あの二人がいない今、最強と言っても差し支えないだろう。

 私だけが、何の力もない。

「……ワシがサポートをすればペインとも戦えておるし、そこまで気にする事では」
「思いつめてるわけではないですから大丈夫です!力が無いなら無いなりに、頑張ろうって思ってるだけですから」

 にっこりとスドちゃんに笑うと、私は参考書に向き直った。
 スドちゃんはしばらくそんな私を眺めていたが、やがて
「しかしワシにも答えがわからんな。解答を見てはどうじゃ?」
「うーん、すぐに解答に頼るのは良くない気がしますけど……」
 それでも、これ以上問題と睨めっこしても意味はない気はしてきた。
 なので、私はページをパラパラとめくり、解答を探していく。

「ありました。どれどれ……」
「どれどれ……」

1ページ目の問題の答え!

神の宣告で召喚を無効にできるのは――

①そもそもダブルガイは特殊召喚できないんだぜ!間違える馬鹿なんて居ないんだぜ!
②ヴァルハラ等のチェーンに乗る特殊召喚は、神の宣告は無効にできないぞ!
③光と闇を除外して召喚する事のできる<カオス・ソーサラー>は神の宣告で召喚を無効にできるけど、風属性と闇属性を除外して召喚する事ができる<ダーク・シムルグ>の召喚は何故か無効にできないんだぜ!

ということで正解は――
④の『無効にできるものなんてなかった』でした!
やっつけビングだぜ俺ー!

(大丈夫、Vジャンプの参考書だよ!)

「……」
「……」

 沈黙。
 自分の中に久々にドス黒い感情が、やり切れない思いが溢れていくのを感じた。
 今の私なら、キラートマトを素手で握り潰せる気がする。リクルートする暇など与えるものか。
 ぷるぷると拳を奮わせる私を見て、スドちゃんは無言でゆっくりと旋回し、部屋の外へと出ようとする
 その後頭部に向かって、全力で参考書をぶん投げた。

「私の3000円、返してくださあああああああああああい!!」
「ワシ関係なあああああああああああああい!!」

 ゴスッ、と。
 非常に気持ちの悪く痛そうな音が聞こえ、参考書と一緒にスドちゃんが落下する。
 今日もかづな家は、いつも通り平和であった。