シューティングラーヴェ(はてな)

シューティングラーヴェの移行先

遊戯王オリジナルstage 【EP-01 サイドN】

「り……ソナ?」
 童話にでも出てきそうな容姿をした少女は、自分の事をそう名乗った。
 名前を呼ばれたリソナは、満足そうな表情を浮かべる。
「さすが男の子!物覚えが早いです!」
「いやどちらかとそういうのは女の子の方が――ってそうじゃなくて!」
 この子にペースを乱されちゃ駄目だ。とにかく、状況を把握しよう。
 今俺はリソナという少女に馬乗りにされていて、身動きが取れない。
 目の前には少女の金の長髪をなびいていて。水色の光をたたえる大きな瞳には不思議そうにこちらを見つめ――

「って違うだろ! 問題はそこじゃない!」
「いきなりどうしたですか? お腹痛いですか!」
 
 尚も的外れな事を喋り続ける少女を、俺は視界から外そうとして……
 体勢的に不可能な事に気付き、とりあえず目を閉じた。
 気持ちを落ち着かせ、先程の青年との決闘を思い出す。

 ――速攻魔法『次元誘爆』
 あのカードの発動で意識を失い、気付いたらこの場にいた。
 ここが先程とは違う空間の『異世界』なのか
 それとも別の何処かなのか、それすらもわからない。

(……いや、わからないってわけでもないか)
 異世界の空気はその名の通り『異質』で、元の世界とは明らかに違う雰囲気が一帯から溢れていた。
 その『雰囲気』が、今この場所には感じられない。
 
 ――だとすると、まずい事になる。
 俺は理由があって異世界に行った。その目的を果たすまで、帰る事は許されない身なのだ。
 ここが元の世界かどうかはわからないが、異世界と違う事はわかる。
 なら、さっさと状況を把握し直して、急いで異世界に帰る必要がある。
(……くそ、どうしてこんな事に)
 そう心中で呟くと、戒斗の言葉が頭の中で再生された。
 
 ――簡単に信用すんな、ここはそういう場所だ。
 
「…………」
 その言葉の意味を噛み締め、苦虫を噛み潰すような顔になる。
 あの青年を一瞬でも信じようと思ってしまった俺の甘さが、この状況を招いてしまった。
 それは、変わりようのない事実なのだ。
 自分が歪んだら、悲しむ奴がいる。
 だが、それを優先するが余り、容態を悪化させてしまっては――

 つねりっ
 突如、俺の頬に激痛が走った。

「てぇぇ!?」
 順調に進んでいた思考を中断され、目を見開きながら上半身をガバッと起こす。
 どうやら先程の少女――リソナが俺の頬を抓っていたようだった。

「――今のは痛かったぞ! いきなり何すんだ!」 
「やっぱりそうです! 何だか竜帝さんに少し似てるです!」
「……竜帝?」

 人の話を聞かない金髪少女から、何やら仰々しい単語が飛び出してきた。
 よくわからないが―― 『竜帝』などという二つ名を恥ずかしげもなく名乗っている人物は、きっとロクな人物では無い気がする。
 それに語呂も悪いし言い辛い
 どうせ名乗るのなら『氷帝』だとか『知将』だとか名乗った方がよっぽどイケテルと思う。

「竜帝さんに似てるなら、きっと悪い人じゃないです! リソナは――」
 俺が頭を巡らせている間に、少女ははしゃぐように立ち上がり、尚も言葉を続けようとした。
 ――その時。

「そいつから離れろ、リソナ」

 何者かの鋭い声が、辺りに響いた。
 その声のした方角――廃墟になっている建物の影から、一人の男が現れる。
 男は灰色の中折れ帽を深く被っていて、その表情は見えない。
 だが、その男の纏う雰囲気が、タダ者ではない事を確信させてくる。
 俺は男に警戒心を寄せながら、乾いた口を動かす。

「アンタ――誰だ?」
「ハッ……名乗ると思うか?悪いが、そこまで無用心でもないんだ」

 その物言いに、俺は冷や汗を一つ流した。
 目の前の男の正体は、全くわからない。
 ただ一つ確かなのは、明らかに『場慣れ』している事。
 こういった状況で戸惑う事なく、感情を揺らす事なく、ただこちらを見つめている。
 相手の情報を知りたいのは山々だが、男の様子を見るとそれも難しい――

「あ、テルですー!!」

 唐突に、緊迫した空気を金髪の少女がぶち壊した。
 少女は声を上げながら男に走っていき――盛大にドロップキックをかます

「ぐふぇあ!」

 渾身の蹴りは男の腹に突き刺さり、苦悶の声を上げる。
 表情を隠していた中折れ帽子はその衝撃で吹っ飛び、苦痛に歪む顔がはっきりと見えた。
 俺は緊張状態からいきなり笑点を見せられたような気分になり、ポカンとする。 

「遅いですテル! 私は迷子になったんですから、もっと早く探して欲しいです!!」
「どんな理屈だそりゃ……! あとやたら覚え立てのドロップ蹴りをしてくるのはやめろ!」
「……なんだこれ」

 そのやり取りを見て、俺は呆れながらも、何だか既視感のような物を感じる。
 何にせよ、この二人がお互いの知り合いなのは確かだ。
 なら、少なくともあの小柄な少女――リソナは安全なはずだ。
 この場所が情報が欲しいのは確かだが、これ以上は関わらない方が無難だろう。
 俺はそう結論付け、中折れ帽を拾うと、口論をしている男に軽く投げる。
 男は一早くそれに気付き、顔の目の前に迫っていた自らの帽子を片手でキャッチした。
「……っと」
「落し物だぜ、テルさん」
「ああ悪い――ってその呼び方はやめろ」
「仕方ないだろ名前知らないんだから。じゃあな」
 そう言って溜め息を吐くと、その場から退散するように踵を返し、歩き始める。
 悪い奴等ではなさそうだが信頼するにはまだ早い。もう二度と、失敗するわけにはいかないのだ。
 そして信じられないのなら、関わらないのが一番だ。
 そう思い、更に歩調を速くする。
 すると


「待て」
 平坦な声を、背中から投げつけられた。
 そして同時に、決闘盤の展開音が聞こえる。
 その音に体が無意識に反応し、俺もデッキに手を置いた。

「……何だ?」
 恐らく、決闘盤を展開したのは――先程の中折れ帽子男の物だろう。
 もし男がサイコ決闘者のような何らかの力を有している場合、この状況は銃を構えられているのと変わらない。
 それでも平静を崩さずにデッキに手を置き、続く言葉を待つ。

「俺達はここが何処だかわからない。情報が欲しいんだ、黙っていくのは無しにしてくれ」
「……俺が仮に情報持っていたとして、おまえはそれを信じられるか?」
「リソナは信じますよ! 竜帝さんに似てる人はみんないい人です!」
「おまえは黙ってろ」

 リソナは男に手で制され、不服そうな顔をする。
 男は中折れ帽子を再び被り直し、帽子の奥の目をギラつかせ、言った。

「確かに信じられねぇな――――だが、一番いい方法がある」

 男は決闘盤を起動させ、口元を軽く釣り上げる。
 その瞬間、その男の周りに力場のようなものが形成された。
 ――サイコ決闘者特有の、力の放出だ。
 それを見て、俺は少し笑みを浮かべた。

「なるほど」
 こちらも、楽しげに決闘番を展開させる。
 アイツが言いたかったのは、お約束の『実力行使で吐かせる』といったモノではない。
 決闘者同士が理解し合うのに、一番近道なのは……決闘以外には有り得ない。
 つまりは、そういう事なのだろう。
 俺はデッキのシャッフル機能を使いながら、口元を歪める。 

「いいね、そういうのは――わかりやすくていい」
「ハッ、俺好みの反応だな。坊主」
「坊主って言わないでくれよテルさん、どっかのハイテクを思い出す」
「ならおまえもテルって言うのはやめろ!俺は神楽屋輝彦って名前が――」
「結局名乗ってるです! テルかっこ悪いです!」
「だーお前は黙ってろ!」

 そのやり取りを見て、俺は再び既視感を感じ――
 なるほどと思い、小さく笑った。
 あれは多分……俺と、アイツに似てるんだ。
 懐かしい顔を思い出しながら、中折れ帽子の似合うテルさんに向き直る。

「――俺の名前は時枝治輝。さぁ始めようぜ、テルさん!」
「……俺が勝ったらその呼び方はやめろよ、時枝!」



 ――決闘!!
 二人の声が、薄気味の悪い廃墟に響き渡る。
 それは生気の無いこの世界に何かを吹き込むような、勇ましい声だった。