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カシコマリ!【遊戯王ZEXAL短編】

「飛ぶぞ、俺の翼になれ」
「カシコマリ!」

 そう言うと、傍らにいるロボは即座に鉄製のハングライダーへと変形した。

「追うぞ、俺の足になれ」
「カシコマリ!」

 そう言うと、傍らにいるロボはバイクへとその姿を変形させた。

 ロボットの名前はオービタルセブン。
 この俺、天城カイトをサポートする為に作られた、最新鋭の機械人形だ。




カシコマリ!【遊戯王ZEXAL



 このロボ――オービタルセブンは、異常な程多機能だった。
 空を飛翔する事も、地を駆け抜ける事も、海を滑り抜ける事も可能なロボット。
 俺がナンバーズハンターを始め、博士からコイツを派遣されて以来――驚きの連続だった。

 だから、だろうか。
 色々と試してやろう、と興味が沸いたのは。

「喉が渇いた。飲み物を持って来い」
「カシコマリ!」

「研究材料に必要だ。甲子園の土を10分以内に取って来い」
「カシコマリ!」

「月面に行って映像を撮って来い」
「カシコマリ!」

 他にも色々な無理難題を命じたが、驚く事にそれらの無茶振りを全てコイツはこなしきった。
 時にはボロボロになり、自らのボディを削りながらも、俺の命じた事をを達成して来たのだ。
 多機能と言っても程がある。これほどまでに高性能の機械人形を俺につけるほど『ナンバーズ』の収集というのは、博士に取って重要な事なのだろうか。

「――いや、俺にとってもそれは同じか」

 『ナンバーズ』の収集は俺にとって重要な事ではなく、だがこれ以上ない程に重要だった。
 俺は弟……ハルトが先日言っていた事を思い出す。

「悲鳴、悲鳴をもっと聞かせてよ! ボクはそれ以外いらないんだ!」

 ハルトは、精神の病を患ってしまった。
 生き物の悲鳴を誰よりも嫌う、優しい弟が――
 今はその嫌いな悲鳴を、誰よりも望むようになってしまった。

「……ッ」
 俺は唇を噛み締め、壁を勢い良く殴りつけた。
 大きな音が辺りに響き渡り、握った拳に血が滲む。
 現代医学ではどうにもならない。ハルト治す為には、ナンバーズが必要だ――
 そう、博士は俺は言った。俺はそれに従っている。
 だが、ハルトがああなったのは、元を正せば博士のせいなのだ。
 ハルトに研究の手伝いをさせ、ハルトを家から連れ出した張本人。
 そんな奴に従わなければいけないこの現状が、心底嫌になる。
 
「カシコマリ!」

 ――そんな俺の思考を中断させたのは、例の機械人形の言葉だった。
 鬱陶しそうに視線を向け、不機嫌そうな顔で睨み付ける。

「貴様はそれしか言えないのか? 幾ら多機能といっても、所詮は人形だな!」
「……カシコマリ」

 吐き出すような声でそう言うと、機械人形は恐縮したような仕草を見せ俯いた。
 音声のトーンが下がるのも、この仕草も、全てプログラムされた動作に過ぎない。
 その作り物めいた反応を見ると、妙に腹が立った。
 それは、恐らく

「今回の狩りは俺一人で行く! 貴様はついてくるな!」

 ――悲鳴を聞かせてよ。
 ひたすらそれを繰り返す、ハルトの姿を重ねてしまったから









「――ぐあああああああああ!!」

 モンスターの攻撃を受け、俺は地面に叩きつけられた。
 相手が使役するモンスターの名は

 <No.10 白輝士イルミネーター

《No(ナンバーズ).10 白輝士(しろきし)イルミネーター》 †

エクシーズ・効果モンスター
ランク4/光属性/戦士族/攻2400/守2400
レベル4モンスター×3
1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除いて発動する事ができる。
自分の手札を1枚墓地へ送り、自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 ナンバーズの攻撃の直撃を受け、身体に激痛が走る。
 普段の決闘ならば、このような痛みを感じる事など有り得ない。
 だが、フォトン・チェンジ――自身の防御力を上昇させる為の服装変更が、今の俺にはできないのだ。
 あの機械人形が、この場に居ないせいだ。

「くっ……」
「『狩る』などと大仰な事を言っていた割には未熟。貴方では――この私には勝てない」

 西洋の騎士の様な容姿をした相手決闘者が剣を構え、こちらに近付いてくる。
 最初からまともに決闘する気など無かったのだろう。ナンバーズの攻撃でこちらの動きを止め、自らの剣でトドメを刺す――それが相手の描いたシナリオだ。
 しかしそれがわかった所で、今の俺にはどうする事もできない。
 その剣が、俺の首を刈り取る為に横に振られた。
 
 すると

 ガキィィィン!と。
 金属と金属がぶつかり合う、甲高い音が聞こえた。

「な……?」

 俺を助けたのは、研究所に置いてきたはずの、あの機械人形だった。
 その強靭なボディで剣を受け止め、庇いに入って来たのだ。
 驚きと同時に苛立ちを覚え、俺は声を荒げる。

「何故ここに来た!? 貴様は待機していろと言ったはずだ――!」
「……」

 返事はない。
 当然だ、コイツは会話する機能等与えられていない。ただの人形だ。
 ……そのはずだった。

「ゴブジデスカ、カイトサマ」

 だが、その機械人形は意思を持って、言葉を喋った。
 表情を変化させ、微笑むように。
 その反応に俺は驚き、言葉が詰まる。

「な……」
「タイキ中ハカセにイッテ、カイワ機能を追加シテモライマシタ」
「なんだと、何故そんな事を――」

 あの時の俺の言葉を、覚えていたとでも言うのか?
 意思を持って、俺の言い分を認識し、それを博士に伝えたと。
 そんなのは、もう機械の……人形の成せる芸当ではない。
 俺は薄く笑うと、目の前の剣を決闘盤を使い後ろへ弾き飛ばした。
 それを見た相手決闘者は驚き、元の位置へと距離を取り直す。
 
「命拾いしましたね。だがアナタのライフは風前の灯火――敗北は変わりません」
「……」
「そのロボットごと、スクラップにしてあげましょう!」

 その言葉を聞き、俺は考える。
 例えここで俺が死ぬ事になったとしたら、次のナンバーズハンターが選定されるはずだ。
 その時、この異常なまでに多機能なこのロボットがいないと、狩りに支障が出る。
 ――この場でコイツを失うのは、ハルトを救う為には得策ではない。

「言語機能があるのなら聞こえただろう。ここは退却しろ」
「……」
「聞こえているのか? 一度研究所へ――」

 そう言うと、機械人形は無言のままその身を動かした。
 これで万が一の事態になっても大丈夫だろう――そう思った時。
 俺の横に、ピッタリと並んだ。
 それはどう見ても、逃走する意思の見えない行為だ。

「何をしている――!?」
「……」
「退却しろと言ったんだ。意思があるのなら命令を聞け!」

 そう、怒鳴るように叫ぶと。

「カシコマリマセン」

 小さく、呟くような声が聞こえた。
 それは、堂々とした声でなく――。
 叱られるのを怖がる子供のような、人間味に溢れた声。

 その声を通して、俺はハルトの声を思い出した。
 捕まえた昆虫をすぐに逃がした、優しいハルトの声。

「小さい檻の中にずっといるんじゃ、かわいそうだよ」

 そう言った時の、ハルトの声を思い出した。
 何故急に思い出したのか、そんな事はわからない。
 このロボとハルトの容姿は似ても似つかないし、機械は機械だ。
 だが、コイツは変わる事ができた。
 誰かの力を借りたとしても、自分の意思で。
 人形から、人間のように。

「――ふん、どうやら回路が故障したらしいな」
「……」

 俺の声を聞き、機械人形はしょんぼりと俯く。
 それを横目で見て、俺は薄く笑った。

「なら、そんなポンコツを気遣ってやる道理はないな」

 そう言って決闘盤を構え、改めて対戦相手を睨み付ける。
 それを見た機械人形は、表情を輝かせた。
 怒られずに済んだ時の子供のような表情を浮かべ、俺の方に向き直る。
 俺はニヤリと口元を釣り上げると、この危機を楽しむような声調で、言った。
 一人と一体の決闘ではない。
 二人の決闘を、始める為に。





フォトン・チェンジだ! ――勝つぞ、この決闘!」

「――カシコマリッ!!」