シューティングラーヴェ(はてな)

シューティングラーヴェの移行先

遊戯王オリジナル×stage=

 徹底された静寂が、青年達の歩く音を際立たせる。
 青年の名は時枝治輝。そして永洞戒斗。
 視界を遮ることの無い不気味な暗さ
 気配は無くとも、周囲に生気を感じる異様な世界。
 彼等はそれを "異世界" と呼ぶ。
「ったく、とンだ余興だったよなァ」
 戒斗が言う余興とは、砂神が起こした一連の騒ぎの事だろう。
 だがその声は何処か充足感に溢れていて、不気味だ。
「……そう言う割には、結構満足気じゃないか。輝王との決闘は愛城に止められて、不完全燃焼じゃなかったのか?」
「ありゃァ確かに最悪だったが、他に少しなァ」
 戒斗が自らのデッキに手をかけ、口を吊り上げ笑う。
 こうやってぼかした表現を使う時、戒斗は決してその情報を明かさない。
 聞いても無駄と判断した治輝は、小さく溜め息を吐いた。
 そんな治輝を愉快そうに眺め、戒斗は妖しく笑う。
「しかしてめェ、面白ェ事言ってたじゃねェか」
「なんだよ。演技の事なら……」
 また悪ぶる際に愛城の真似をした件を言及されるのか、と治輝はウンザリする。
 だが、違う。

「マイナス×マイナスはプラスになるとか言う、馬鹿げた台詞の事さァ」

 治輝は無言で戒斗を睨み返す。
 その視線を心地よく思ったのか、戒斗は上機嫌で言葉を続ける。
「てめェは一生不変のマイナス。だが掛け算に成れば、成る程確かに相手もマイナスなら、結果はプラスになるかもしれねェ。だけどなァ」
「……」

「相手がプラスに変わった後、てめェはどうする気だよ?」

 結果が+に成ったとしても、時枝治輝は不変の値。
 掛け合わさる相手が+に変化しても尚、その場に留まろうとするのなら
 式はマイナス×プラスへと変動する。
 その結果は、膨大なマイナスに他ならない。
「てめェの考え方には自分がねェんだよ。だから――」
 その話は破綻している……と。
 そう続けようとした所で、時枝治輝は笑う。
 自嘲的な笑みでも、自己犠牲に殉じようとする聖者の笑みでも無い。
 ただの1人の青年の、普通の笑い。
「そうだな。俺は――」













  □□□


「……なんです? これ」
 カードショップの店内にて唐突に出された文字に、かづなは戸惑う。
 例の『主様事件』から数日。無事に元の世界に戻って来る事がかづなが向かったのは、カードショップだった。
 勿論カードを買いに来たわけではなく、以前話の途中で飛び出してしまった非礼を詫びる為である。
 だが当のサクローは余りその事を気にしていたわけではないらしい。
「いや実はな。ブルーアイズホワイトドリルの問題で1つ解答がわからない問題があってな」
「ちょっと創作者貴方ですよね!? 答えわからない人が問題作ってどーすんですか!」
「仕方ないやん。俺だけのモンじゃないんやし」
「あ……そうですね」
 色々あってすっかり忘れていたが、この如何わしい問題集にはなお君が多分に関わっているのだ。
 それならサクローさんが解答を知らなくても無理は無い。
「……いやでも、お金取ってる以上問題大有りだと思うんですけど」
「安いからいいやん」
「3000円のどこが安値ですか。PTA呼びますよPTA!」
「ええやんええやん。そんな事よりこれ解いてみぃ」
 かづなはサクローをジト目で睨むが、サクローは何食わぬ顔で解答を促してくる。
「解いてみぃと言われてもですね……」
 解いた所でサクローさんに解答がわからないのなら意味ないじゃないか、とかづなは心中で愚痴る。
 しかし先日非礼をしたのはこちらであって、余り強気に出るのも憚られる。
「そういえば嬢ちゃん、あれからしばらく何してたん?」
「ああ、それは話すと長くなるんですけど……」
 妙な問題を解かされるよりはいいだろう――と、かづなは色々なことを話した。
 変な所に飛ばされたり、色々な人に助けてもらったり。
(創志君達、無事に戻れたかなぁ……)
 純也君やスドちゃん、そして七水ちゃんは無事戻ることができたが、彼等が戻る事ができたかは確認できない。
「でも、大丈夫だと思うんです! 強い人達でしたし!」
「そ、そか……そらよかったな」
「あ、すいません。つい盛り上がっちゃって」
 ぺたんとかづなは再び椅子に座り込み、再び如何わしい問題と対峙する。
 どこか違う世界に行っただの、そういうトンでもない話をいきなり信じろという方が無理な話だ。
 だがサクローはそれを聞いて躊躇った後、目つきが変わった。
「なぁ嬢ちゃん。そういうンに巻き込まれるんなら例の決闘盤――やっぱ持ってる方がいいンちゃうか?」
「え……」
 かづなは視線を上げ、棚の上に置かれた決闘盤を見る。
 今以上の力を得られる代わりに、周りの者を傷付ける恐れのある力。
 かづなは今回の事件の際、表立って何かが出来たわけではない。
 スドと一時的に別れた事で、自分の力の無さを痛いほど思い知ってしまった。
 でも、これがあれば、それが変わる。

「……うん。やっぱりいりません」

 だが、かづなは首を振った。
 信じられないといった顔をするサクローに向かって、かづなは困ったように笑う。
 本来なら、手に取るべきなのだろう。
 広い考え方をすれば、これは運転免許と同じだ。
 車は使い方を謝れば何かを傷付ける。でも、救う事もできる。
 その比重が、ほんの少し重いだけの話。
「なんでや! これさえあれば今回みたく怖い目ぇにあっても……」
「確かに怖いです。これを持たない事で、後悔する日が来るかもしれないって」
 またスドちゃんの力に頼れない日にペインに襲われて
 目の前で七水ちゃんや純也君が、酷い目に合わされて
 それを黙って見ている事しかできない自分を幻視すると、気が遠くなる。
 でも、これを望んで手に取ってしまうのは――
「なお君は凄く悲しむんじゃないか、って……」
「……」
「なお君を馬鹿にする事になるんじゃないかって、そう思うんです」
「そか。そこまで言うンなら無理強いはせぇへんけど……」
「ごめんなさい。せめて問題だけでも解きますね」
 何だか凄く居た堪れない気持ちになったかづなは、俯いて問題に取り掛かろうとペンを持つ。




-709 × 27=  式を変えずに答えを+にしてください



「……」
 かづなは一瞬硬直し、問題を凝視した。
 成る程、式を変えずに答えをプラスに――

「……って式変えないで答え変えろって無理じゃないですか!? 問題として成立してないじゃないですか!?」 
「そこが困りモンやわぁ」
「解答押し付けられた私が困りモンですよ! どうしろってんですか!」

 憤慨極まりない様相でかづなはぷんすか怒る。 
 問題の理不尽さもそうだが、気に食わない。
 まるで解答者に「お前がする事は無いよ」と言われてるようで、尚の事腹立たしい。
「何だか激昂にムカついてきました……もう適当に解いてやります」
「嬢ちゃん、適当は困るで!」
「どの口が言いますかどの口が! こんなのはですね……」
 問題をよく見ると、マイナスの部分が僅かに濃く印刷してある。これを消さないとなると……。
「……そうですね。マイナス気取ってる様な709さんには、ちょっと斜に構えてもらいましょう」
「思い切り式変えてるやんそれ!」
「×をちょっと回転させただけです! この×も何かの事故で動いただけで、元は+だったかもしれないじゃないですか!」
「んなアホな……」
「なのでちょっと斜めに構えるぐらいは我慢してもらいましょう」
 しかしそれだけでは答えはプラスにならない。
 そう考えると、何だか27という数字が非常にムカついてきた。
「この27も大概ですね。709ばかりに頼っちゃダメです。努力が足りません!」
「数字が努力……?」
「ということで左に8を書き加えます」
「何が『ということ』なのかわからへんよそれ!? しかもまた式変えてるやないか!」
「変えてません書き加えただけです! 完成です!」

 もはや色々な物が適当だったが、完成は完成だ。
 机をバンと叩き、かづなはその答えをサクローに差し出した。



■■■




「……頼ってみる」
 時枝治輝は誰に言うでもなく、静かに呟く。
 それは、この世界とは違った舞台で出会った青年の、生き様だった。
 自身の力が足りないのなら、解決できないのなら。
 本当に駄目だと思った時、どう乗り越えていくべきなのかを、彼等は示した。
 その上で、困難を乗り越えた。
 だから、時枝治輝は言う。
 普通の青年として、何の変哲も無い気軽さで。

「わからない問題は、赤ペン先生に頼ってみる」

 そう、小さく微笑んだ。






















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