シューティングラーヴェ(はてな)

シューティングラーヴェの移行先

遊戯王Oカード prologue-04

 落ち葉を踏み締める音が、辺りに響く。
 午前授業の為、現在周りに他の生徒の気配は無く、それがこの場所――体育館倉庫の裏を酷く静かに感じさせる。
 心臓が跳ねるように脈動する。
 足が細かく震える。
 それでも、彼女は――蒼菜はこの場所に来た。
 やけに拓けた倉庫の上に座っている、男の元へと。

「――なんの冗談だお前。この転武(てんぶ)様の縄張りに女身一人で来るたぁ、正気の沙汰とは思えねぇな」

 学ランを着崩した、如何にも不良めいた容貌。
 その男の眼が、ギロリと動く。
 それだけでも、体が震えて、何も考えられなくなりそうになる。
「……てよ」
「あん? よく聞こえねぇな」
 転武は低い声色を使い、蒼菜を威嚇する。
 相手を黙らせるのに一番手っ取り早いのは――恐怖だ。
 それを熟知しているからこその対応。
 だが、転武は1つ勘違いをしている。
 今も小刻みに震えている蒼菜が恐怖しているのは、転武ではない。
 それは、結果だ。
 自分の芯まで染み付いてしまった、望んだものが手に入らない事への恐怖。
 蒼菜はその1点だけを恐怖し、未だに声を出せずにいる。
 だが、そんな蒼菜には恐怖以外に、別の感情も宿っていた。

『つまりお前は――そのカードの事を、まるで大切に思っていないと』

 違う、と。
 蒼菜は心の中で反芻する。
 私はあのカードが大事だ。あのカードが大好きだ。
 
『――「辛くない自分」が何よりも大事なら、一生そうしてろ』
 
 違う。
 あのカードは、私自身よりも大切なものだ。
 白矢君になんと言われようと 全てを引き換えにしてでも守りたい、大切なもの。
 その事実だけは否定されたくない。
 否定されない自分でいたい。
 蒼菜はその思いを支えに――

「かえ……してよ……私のカード!」

 声を、出した。
 自分の底から、引き摺りだすような声。
 不恰好なものかもしれないけど、何かを求める為の声。
「へっ、度胸だけはあるみてぇだな。本来なら証拠はあるのかとか言うのが筋なんだろうが――それは敗者の台詞だ。俺は吐かねぇ。確かにてめぇのカードを盗んだのは俺様だ。しょぼいカードしか入ってなかったし、別に俺様にとっちゃ難しい事じゃない。だがな……」

 チャキリ、と。
 聞き覚えの無い音が聞こえ、蒼菜は顔を上げる。
 そこには、黒光りする拳銃があった。

「えっ……」
「女子供になめられたとあっちゃぁ沽券に関わるんでね。悪いが死んでくれ」

 転武の顔が狂気に歪み、蒼菜は言葉を失う。
 色々な覚悟をしてこの場に来た。でも、まさか問答無用で拳銃を向けてくるとは……。
 蒼菜は自分の認識が甘かったことを痛感する。
「逃げねぇのか? 言っとくが本物だぜ」
 勝負の世界はいつだって残酷なものだ。
 中にはこうやって銃を携帯する決闘者がいても何ら不思議ではない。
 だが、蒼菜は考える。
 ここで家に逃げ帰って、この時の事を振り返った自分のことを想像する。
 求めても、また届かなかった事を悔いる自分を想像する。
 そうなってしまう事に比べれば、目の前の銃なんて、怖くない。

「――逃げない。返してもらうまで」
「そうか。じゃあ死ねよ

 苛立ちと共に、躊躇無く転武は引き金を引いた。
 狙いは急所ではない。だが、当たればタダでは済まない必殺の一撃。
 スローモーションのように、ゆっくりと弾丸が蒼菜に迫る。
 それは走馬灯の為に用意される引き伸ばされた時間。
 だが蒼菜に、蘇る記憶は極僅かしか存在しない。
 だからこそ瞬きもせず、最後まで目を閉じないまま、その弾丸が――

 到達する寸前。
 上空から現れた四角い物体が、眼前に躍り出る。

「え?」

 それは一体、誰の声だったか。
 実際に口に出す事ができたか定かではない程の、一瞬の出来事。
 耳を塞ぎたくなる程の甲高い金属音と共に、弾丸はその四角い物体に弾き飛ばされた。
「な……誰だぁ!?」
 焦燥と苛立ちを隠そうともせず、転武は声を荒げると、上空に向かって発砲する。
 厳密で言えば空ではなく、校舎の屋上にいる人影にだ。
 邪魔した相手を瞬時に見分けた転武の戦闘センスは、やはりタダ者ではない。

 その人影は放たれた弾丸を掻い潜ると同時に、身を翻して柵を乗り越え、飛び降りた。
 この学校の校舎は、他校と比べても大きい方だ。
 極めて珍しい5F建ての校舎は、現在学び舎として利用している生徒を内包して余りある。
 その屋上から、その人影は 『飛び降りた』
 銃を避ける為とはいえ、それは自殺にも等しい行為。
 だが、人影は決闘盤を展開すると1枚のカードを扇状に伸びるフィールドゾーンで発動した。
 それを見た蒼菜は、1つの結論を導き出す。

(……そうか。サイコ決闘者なんだ!)

 サイコ決闘者。
 カードの力を実体化する事が可能な、特別な存在。
 確かにサイコ決闘者なら自らに羽を生やし飛翔することも、ゾンビのように瞬時に骨折を直す事も可能だろう――






<死霊の巣>
永続罠
自分の墓地に存在するモンスターを任意の枚数ゲームから除外する事で、
その枚数と同じレベルを持つフィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を破壊する。


「……え?」

 だが、発動されたカードは蒼菜の想像していたカードとは異なる物。
 死霊達のビジョンが空へと映し出され、それを見た人影は身震いする。
 そして、見事に着地に成功した。
 そ知らぬ顔で先程放った四角い物体と、それが弾いた弾丸を拾い、顔を上げる。
「て、てめぇ何を……」
「高所からの飛び降りを失敗するのは、そこに恐怖心があるからだ」
 夕陽に照らされ、その顔が露になる。
「さすがの俺も高所には若干の恐怖を覚える。だが――お化けはもっと怖い」
 指を刺した先に見えるのは、発動された死霊の巣。
 夕陽をバックに空中に具現している為、どことなく滑稽だ。
「だからお化けを敢えて具現し、そちらに意識を集中することで高所への恐怖を完全に打ち消した。恐怖さえ打ち消せば、あの程度の飛び降り――決闘者なら造作も無い」
 確かに、そうかもしれない。
 だが蒼菜はそれよりも、目の前の人物そのものに驚いていた。

 右手に四角いダイス。
 左手に弾丸。
 そして、先行き不安な白い髪。

「白矢君!?」
「勘違いするなよ。俺はお前を助けに来ただけだ」

 その言葉通り、白矢は蒼菜の盾になるように立ちはだかる。
 だが、蒼菜には理解できない。
 この人は――白矢君は、私に酷いことを言ったのに。
 奪われたカードを 「さして大切でもない」 と評したのに。
 そんな心中が顔に出ていたのか、白矢は溜息を吐き、言う。
「お前は自分の好きなカードが俺にコケにされた時、どう思った」
「え?」
「答えろ」
 突然の問いに呆気に取られるも、蒼菜は鮮明にその時の心中を思い出す。
 あの時の感情は、忘れたくても忘れられない。
 そんな想いを全部乗せるように、蒼菜は言う。

「なんにも知らない癖に! 私はあのカードが好きなのに! こんちくしょう! ――って思った!」

 それと同時に、情けなくもなった。
 自分は好きだと言っているものを奪われても、私は何も行動しなかった。できなかった。
 その想いは多分、こんちくしょうの中にも含まれている。
 だからこそ、蒼菜はこうして転武の目の前までやってきた。
「上等だ」
 白矢はそこで僅かに口元を吊り上げ、決闘盤を大きく振り回す。
 彼のデッキが扇上に宙を舞い、風の流れで踊るようにシャッフルされる。

「俺なら、そう思う」

 そう言った直後。
 地面から風が舞い上がり、木の葉がその場一体に吹き荒れた。

「てめぇ……やる気か? お前と俺はコレクターとして同類だと思ってたんだがな」
「心外だな。お前はカード屋の値段表記を見た事が無いのか?」
「あ?」
「傷有り200円引き。折れ有り半額――そういった表記の事だ」
「あぁ。コレクターにとって確かに傷や目立つ汚れは論外だぜ」
 ケタケタと笑う転武に、白矢はフッ、と鼻で笑う。
 嘲りを色濃く映した笑いだ。
「てめぇ、何がおかしい!」
「笑いもするさ。そう――汚れはどんな限定カードの価値も著しく低下させる」
 白矢は目を細くし、転武を見据え、カードを5枚引く。
 そして



「『窃盗』で薄汚れたカードをコレクトしている貴様は――凡俗にも劣るクズだよ」



 決闘モード、セットアップ。
 機械的な音声が鳴ると同時に、転武の激昂する声がそれをかき消す。
 息を呑む蒼菜が見守る中。
 白矢の決闘が、始まった。




【白矢】LP4000

手札 5枚
場 なし




【転武】LP4000

手札 5枚
場 なし