シューティングラーヴェ(はてな)

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遊戯王Oカード prologue-03

「……白矢君、これはなんですか?」
「俺のカードファイルですが、何か問題が?」
「……それは科学の授業において、何の役に立つとお考えですか?」
「それは難しい質問ですね。放課後までに提出します」
「しなくていいですから持ってこないでください!」

 科学の先生でもある平山先生に注意されているのは、またしても白矢君だった。
 一応先生に対しては敬語を使っているようだけど、先生の言う事を聞く気はないらしい。
 でも白矢君の言う事も少し、わかる。
 大切なカードが一時的とはいえ手元から離れるのは、どうにも落ち着かない。
 ……かといってお世話になっている平山先生を困らせるわけにもいかないので、あんな暴挙には走れない。
 途中で先生も諦めたのか、気を取り直して授業を進めて行った。
 平山先生の授業はわかりやすく、引き込まれる内容が多いので、私は科学の授業が大好きになった。
 そのせいで時間が経つのも早く、気付けばチャイムが授業の終了を告げている。
 名残惜しいけど、仕方ない。
 私は号令と共に先生に一礼をして、いち早く大好きなカードがしまってある自分の教室へと向かった。







   ○○○





「あ、あれ……?」

 無い。
 机の奥にしまったはずのカードファイルが、なくなってる。
 蒼菜はそれを確認した時、血の気が失せた。
 自分の大切にしていたものに、触れられない喪失感。
 それを意識するだけで、気が遠くなる。
「と、とにかく探さないと……」
 誰かが机を間違えてしまったのかもしれない。
 不慮の事故で、机をひっくり返してしまったのかもしれない。
 そう、事故だ。
 これが本当に事故なら、きっと探せば見つかる。
 でも、そうではなかったら
 事故ではなく――故意によるものだとしたら

「……探そう」

 自分の中の悪い予感を振り払い、蒼菜は教室から走り去る。
 夢中だったせいだろうか。
 その様子を見ていた二つの視線には、気付かないままに。
 



   ○○○




 蒼菜は校舎を散々探し回った結果、情報を得る事ができた。
 それは、ファイルの行方。
 証拠こそ掴めていないが、最近校舎で盗みを働く生徒がいるらしい。
 それも金銭等ではなく、カード専門の窃盗だ。
 その人の名前は転武(てんぶ) 
 ここ最近、学校全体を騒がしている困り者。
 一度奪った者はテコでも返さず、教師陣の追及もなんなく避けて続る事が可能な程の決闘の腕を有している。
 勿論証拠はないし、もしかしたら違う人が犯人かもしれない。
 そうなればそれはただの言いがかりだ。
 その後の事を考えると、気が遠くなる。
 そして証拠が無ければ、しらを切ってくる可能性だってある。
「どうしようもない、よね……」
 蒼菜は屋上の柵に手を乗せ、そう呟く。
 元はと言えば、私が悪いんだ。
 私が、肌身離さずファイルを持っていれば
 白矢君のように、キチント管理していれば――

「屋上で何をしている? 砂利女」

 ふと、後ろから呆れたような声が響いた。
 すぐ振り返ろうとして、やめる。
 悔しさでくしゃくしゃになっているであろうこの顔は、誰かに見せたくなかった。
 それに振り返らずともわかる。
 自分の事を砂利女と呼称する人は、この学校に何人もいない。
 努めて朗らかな声を出そうと努力して、上手くいかない。
 それでも何とか頑張って、蒼菜は口を開く。
「凄く大事にしてるカードがあったんだけど、盗まれちゃったみたいで……」
「大事なカード――成る程、今朝見掛けたあの過保護にされていたカードか」
 蒼菜はその言葉にコクリと頷く。
 頷きつつ、蒼菜は白矢がどういう人間かを思い出す。

 『限定カード収集家』

 その異名で知られた彼は、恐らく私の亡くしたカードなど見向きもしれないだろう。
 そんな彼が次に吐くであろう言葉が、蒼菜はとてつもなく怖い。

「何故あんなカードを大事にしている? 探せば似たようなカードは幾らでも見つかるはずだ」

 ザクリ、と。
 予想した通りに、白矢が吐いた言葉は蒼菜の胸を突き刺した。
 それでもその痛みに負けないよう、蒼菜は平静を装い口を開く。
「大事な人からもらった、大切なカードなの。だから――」
 わかってもらえるとは思えなかった。
 別に白矢君だけではない。
 自分の大切なものと、他の人が大切にしているものは違う。
 それは蒼菜の少ない経験の中で、身に染みて覚えた事だ。
 だからこれは理解を求めての言葉ではなく
 ただ、事実を伝えるだけの言葉。
「成る程な、よくわかった」
 白矢は意外にも、無表情で静かに頷く。
 嘲るわけでもなく、煽ることもなく。
 意表を突かれた蒼菜は、ただ唖然とする。
 だが、それも一瞬。

「――で、大切なカードが盗まれて、お前はここで何をしている?」

 妙に凄味のある声で、白矢はそう言い放った。
 まるで罪を糾弾するような声調に、蒼菜はたじろぎつつも、答える。
「ここにいれば、少しは気持ちが楽になると思って……ここの景色が好きだから」
「犯人の目星は?」
「転武君って人だと思う。他の人に聞いても、まず間違いないって。でも、私が行ったって……」
 そう呟いた所で、蒼菜は気付く。
 白矢の表情がみるみる険しくなっている事に。
「成る程な。つまりお前は――」
「……?」


「そのカードの事は、まるで大切に思っていないと」



 時間が、止まったような気がした。
 目の前の人が何を言ったのか、それを理解した時。私の頭がカッと熱くなる。
「今の話聞いててどうしてそうなるの!? 私はあのカードが――」
 本当に大切なんだ。
 本当に失いたくないものなんだ。
 それを、どうして
「嘘を吐くのも大概にしろよ砂利女。本当に大切なカードなら、何故奪い返そうとしない? 何故こんな所で佇んでいる?」
 この人は、わかっていない。
 私があのカードの事を、どんなに大切に思っているか。
「なんで昨日今日会った貴方にそんな事言われなきゃいけないの……? 私の事、何も知らない癖に!」
「口では何とでも言える。本当に大切なものなら、望みがあるのなら、何故行動に移さない?」
 蒼菜は容赦のない言葉に涙声になりながら、それでも口を開く。

「亡くしたものをまた求めて、それでも手に入らなかったら――それは凄く、辛いんだよ」
 
 それは蒼菜にとっての真実であり、今の蒼菜を構成している殆どだった。
 カードに限った話ではない。
 人間関係。夢。
 求めれば求めた分だけ、手に入らなかった時の辛さは倍増する。
 ならば、最初から求めなければいいのだと。
 だが、そんな蒼菜の心情を知ってか知らずか。
「そうか。よくわかった」
 白矢は冷たい声で言い放つ。

「――『辛くない自分』 が何よりも大事なら、一生そうしてろ」

 それならば、これ以上言葉を交わす価値は無いと言うかのように、白矢はその場を立ち去る。
 その後姿を見送ることもなく、蒼菜はしばらくその場から動かなかった。