シューティングラーヴェ(はてな)

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遊戯王Oカード episode-17




「はいお疲れ様ー! 今日は二人ともありがとう」
 声と共に、白矢と転武は横で見守っていた平山先生から特製の栄養ドリンクを手渡される。
 転武は普段の素行の悪さから、白矢は先日利き手を封印してテストを受けた事による罰則――という名目で、早朝から先生の研究の手伝いをさせられているのだ。
 といっても、ただ決闘していただけである。
「おう先生。これのどこらへんが研究の手伝いなんだ? 白矢ァ! と戦えるのは願ってもねぇ機会だったが、ただ決闘してただけじゃねーか」
「今回も俺の勝ちだがな」
「うるせぇぞ白矢ァ!」
「まぁ科学の研究と言っても、結局の所は決闘専攻の学校って事です。決闘には不可解な事が多いですけど、それら全てを超常現象で片付けず、科学的に解明しようという一部の……」
「あー長ぇ……そういうの小難しくて長ったらしいのは嫌いだからもう俺は行かせてもらうぜ」
 転武はそう踵を返し、考え込んでいた白矢の襟を後ろから掴み、ズリズリと引きずられ始めた。
「ん、俺は今の話に若干の興味が」
「うるせぇぞ白矢ァ! てめぇは勝者だ、黙って引き摺られてろ」
「どういう理屈だ……」
 溜め息を吐いたところで、平山先生が何かを思い出したようにポンッと手を合わせる。
「あ、白矢君。後で蒼菜さんの所に寄ってもらってもいいかしら? あの子今日は登校できるらしいから」
「了解しました。 ………そういうわけだ。そろそろ手を離せ」
「ちっ……あの女の所か」
 蒼菜の名前が出ると転武は手を離し、バツが悪そうな表情を浮かべる。
 蒼菜の大切にしていたカードの窃盗。主に威嚇とはいえ銃撃までしているのだ。
 むしろこのような手伝いを続けるだけで退学を免れただけ、奇跡的と言えるだろう。
「……後でいいとも言われたが、まだ授業開始までには時間があるからな。先に寮に行く」
 そう言って白矢は寮の方向に歩き始める。
 転武は校舎なので、逆方向に……。

 ――歩き、始めない。足音が聞こえない。

「……?」
「……」
 振り返ると、転武は無言で俯いていた。
 何かを言いたいようでいて、言い出せないでいる。そんな様相。
 白矢はその理由を考え、先程の蒼菜に関しての話題に思い当たる。
「おい白矢あの女に……」
「……やはりか。なんだ?」
「……」
 沈黙が続いた。
 言うべき言葉はわかっているのに、どうしても口に出せないのだろう。
 白矢はゆっくりを息を吐き、眼光を強め言い放つ。
「やめておけ」
「……」
「謝罪と誠意は大事だが。それでも、貴様は許されない事をした。どうしても伝えたいなら、直接言う事だ。だが……」
「……だが?」
「貴様が何やらバツの悪そうな顔をしていたと、事細かに伝えておこう」
 転武はそれを聞いて一瞬呆気に取られ 「ケッ」と唾を吐く。
 しかし若干口元を緩ませた後、踵を返していった。



 今まで行ったことはなかったが、校舎から3分の距離にある寮を見つけることは、そう難しくはなかった。
 それぞれ個人に部屋を与えられ、隣のアパートと比べると遥かに小奇麗だが、どこか整然とし過ぎていて、妙な気持ち悪さを感じる。
「007号室……ここか」
 蒼菜の部屋に訪れるのはこれが最初だ。
 蒼菜はあの廃病院での事件で体調を崩してしまい、数日学校を休んでいる。
 だが担任権寮の管理者である平山先生が、そろそろ学校に行けるはずだと判断したので、こうして迎えに来たのだが……
「おかしい。ノックしても一向に返事がない……」
 既に学校に出た? いやそんなはずはない。今はまだ7時を回ったところで、今から学校に行くのは幾らなんでも早過ぎる。
 思考を巡らせながらなんとなくドアノブに手をかけると、ガチャリとドアが空いてしまった。
「無用心だな……」
 一瞬逡巡するが、先生の指令という大義名分の元、白矢は一応女の子である蒼菜の部屋に、正面から突入した。

 そこで目にしたのは予想通り――いや、予想以上に熟睡している、蒼菜の姿だった。
 両手を同じ方向に揃え、安らかに寝息を立てる姿は年相応にも、どこか生まれのいい奥様のようにも思える。
 ふとそのまま見ていたいような気が湧いてきたが、かぶりを振る。
「……凡俗的思考だな。いいから起こそう」
 とりあえず外部的な刺激を与えるのが一番だ、と思い。まずは以前にもたっぷり揉みくちゃにした、柔さかそうな二つの双頬を両手で摘み上げる。
「んー……」
「やっぱりこれでは起きないか。しかし……」
 白矢は起きない事を確信しつつも、手を尚もぐにぐにと動かす。
 この弾力と柔らかさ、そしてほのかな熱がどうにも癖になってしまう。
 昔餅つきを極めようと苦戦奮闘していた時の記憶が蘇ったのかもしれない。
 その頃の充足感を懐かしむように、少し力を入れて引っ張ってしまう。
「んっ……」
「……ん、もう少し強く引っ張ったら起きるんじゃないか?」
 しかし男が本気で力を入れて女性の頬を摘み上げるのはさすがに倫理的にまずい。
「そもそも外部的刺激で起こすのは定番中の定番――凡俗過ぎるな。俺とした事が」
 普通に起こしてはつまらない。何か少し捻った起こし方を考えなくてはならない。
 廃病院の一件以来、どうにもたるんでいる気がする。よくない兆候だ。
「仕方ない。次の作戦だ」

「羊が1匹、羊が2匹」
 すやすやと擬音が聞こえていきそうなほど、青菜は安らかな寝顔になっていく。
「羊が3匹、羊が4匹……」
 蒼菜の寝顔がどんどん深いものになっていくにつれ、白矢の目元がどんどんジトっとなってくる。
「数を数えるだけで不眠が解消され安眠できる……等と、正直有り得ないと思っていたが……」
 少なくとも目の前の蒼菜には効果が抜群らしく、益々睡眠が捗っていくように見える。
 そもそもあの都市伝説は寝る前に聞く事で眠気を誘発するという類の代物であって、寝てる最中に効果があるわけではないはずだが……
「……余程羊が好きなのかもしれない。ならば……!」
 バッとポケットの中からからカードケースを取り出し、その中から素早くカードの束を取り出す。
 そのケースとは所謂 『カード無限回収』用ケースだ。このケースの中に入ってるのはノーマルカードばかりだが、その殆どが絶版品……所謂ちょっとしたレアモノである。
 収納されているカードを束ねている輪ゴムを素早く抜き取り、深呼吸。目つきを細め、ついにそのカードを表にした。
「ダイ・グレファーが1枚。ダイ・グレファーが2枚……」
 ピクリと、蒼菜の眉が反応する。
 勿論羊より好意的な反応……ではなく、むしろその逆である。うーうーとうなされ始め、気のせいか顔色も悪くなっていく。
「う……うぅ……!」
「ダイグレファーが4人、ダイグレファーが……効果覿面だな」
「うぅぅぅ……!」
「……というより、効果あり過ぎだな」
 蒼菜の額に脂汗が浮かび、本気でうなされている様子を見た白矢は冷や汗を浮かべる。
 恐るべきダイグレファー。就寝中の女子を、よもやここまで恐慌させるとは……。
 100まで行ったらどうなるのだろうと思いを馳せつつも、これ以上続けると蒼菜の精神に異常をきたすかもしれない。渋々白矢は断念した。
 次は<ダーク・グレファー>でやってみよう。




「これでも起きない……」
 もはや全身汗だくの蒼菜を見て、白矢は頭を悩ませる。
 精神攻撃が駄目なら、やはりダイレクトアタックしかないのだろうか。
「いや、それは幾らなんでも安直過ぎる……」
 直接攻撃で起こしてしまうのは芸がない。俺は先程、そう心に決めたはずではなかったのか。
 そう白矢は自らの思考を反省し、更なる起こし方を模索する。
 直接攻撃と精神攻撃を封じられた状態で、どう相手のライフポイントを減らすか、それだけを考える。
 そんな時……。
 ヴヴヴヴヴヴヴ
 突如小刻みに聞こえる振動音。
 びくりとし、白矢は自分のポケットの中から携帯電話を取り出す。
「っと、マナーモードで助かったな。そうでなければ起こして……いや、そうか」
 白矢は閃く。精神も直接攻撃も無しならば、音で攻めればいいのだ。
 早速着信音をデータフォルダから見繕い、最大音量で流す。
 選んだ曲はシューベルトの 『魔王』 だ。
 昔弟に聞かせてやっていたのだが 『子供が魔王の存在を訴えても父に信じてもらえず、最後に命を奪われる』 といった非常に恐ろしい歌詞だったので、その内容を知って泣いてしまった事があったのだ。
 困った白矢は試行錯誤の上、少し歌詞を変えて弟に聞かせた。

 息子よ、何を恐れて顔を隠す?
 お父さんには魔王が見えないの?
 特殊召喚もできない。召喚条件も厳しい魔王が
 息子よ、あれはただの魔王ディアボロスだよ

 「なんだ、ディアボロスだったんだー」と安心して微笑む弟の顔が、今でも脳裏に焼きついている。
 これが幾つもある弟との 「ちょっといい話」 の一つだ。
 そんな感慨深い曲であるが故に、未だに着信音として登録している。それを流しているのだが……。
「起きん……」
 当然の如く蒼菜は起きない。どうやら耳まで相当鈍いようだ。
 かくなる上は……。




 デーデーデー デーデデー デーデデー
 どこかで聞いたような、力強い音楽が聞こえる。
「う……うーん……?」
 背伸びして目を空ける。
 そこは自分の部屋でなく……暗黒だった。
「えっ……」
 デーデーデー デーデデー デーデデー
 息をしようとすると宇宙服の呼吸音の様な音が響く。
 どうやらヘルメットを被らされているらしい。
「ようやく起きたか、ベイダーきょ……蒼菜卿」
「えっ」
 ヘルメットを外した蒼菜は自分の置かれてる状況。
 つまりは勝手に部屋に侵入した挙句、寝顔をばっちり見まくった白矢に向かって、思いっきり黒いヘルメットを投げつけた。