遊戯王オリジナル番外編 『異世界』 episode-02
「ん、なあに?」
「わたしねー。 おかーさんのおよめさんになる!」
「あらあら、女の子同士ではお嫁さんになれないのよ」
「えー」
「うふふ、でもね。 世界で一番大好きな人を 『お嫁さん』 って言うなら、私もココちゃんのお嫁さんになりたいな」
「えへへー! わたしもおかーさんも、およめさん!」
「うん、私たち、お嫁さんだねー!」
二人の親子の元気な声は
いつまでも、いつまでも、残り続けていた。
「戎斗、後ろ!」
「ちッ……!」
先程と似たような形での不意打ちに、戎斗は舌打ちする。
だが、先程とは状況が違う。 油断のあった先程と違い、同じ攻撃であれば如何様にも対応できる……!
と、思っていたのだが
「あぶなーい!」
「うぼぅ!?」
またしても謎の女の子に、同じように突き飛ばされ、戎斗は地面に叩き付けられた。
「……ッゥ……あにすんだテメぇ!」
またしても驚いたのか、不意打ちを仕掛けに来た不定形モンスターはまたしても逃げるように姿を消す。
治輝は再度の出現にデッキに手を添えて警戒するが、どうやら戦闘は無事終了したようだ。
「うーん、なんで逃げちゃうかな」
「なんではこっちの台詞だクソが! 何度も何度も突き飛ばしやがッて!」
「まぁ初めてだしね、みんな最初はこんなもんかー」
「……っておいスルーかよおィッ!」
戎斗の言葉をまるで意に介さず、先程と同じように素早く女の子は走り去っていく。
それを戎斗は呆然と見送……るかに見えたが、わなわなと手を震わせると、決闘盤を再び展開して手にかけた。
「泣かす! あの女泣かすッ!」
「おい何ラビエル召喚しようとしてんだ戎斗!?」
「止めるな治輝ィ! ここまで一方的にやられちゃ沽券に関わるんだよォ!」
「沽券の為に一般人に 『幻魔』 を向ける奴があるか!」
『幻魔』 とは最上位の力を持つモンスターであり、普通のそれとは能力も威力もケタ外れに高い。
しかし使役できる決闘者は限られているし、使役できたとしても強過ぎるその力はリスクを伴う。
ここに来てから――もっとも一時期例外はあったが――数か月の間幻魔の力を酷使している戎斗は、時折身体の不調に陥ることが多くなった。 元の世界では切り札としか運用していなかったから影響が少なかったのかもしれないし、他に別の要因があるかもしれない。
まぁとにもかくにも、こんなところでぶっ放す必要性は皆無なのだ。
「……そもそも、普通に追いかければ済む話じゃないか。 文句が言いたいなら」
「――ぇだろ」
「……?」
「足速ぇだろがよアイツ! 普通にやって追いつけるわけねェだろ!」
「……あ~……」
基本上から目線で偉そうで強そうなので治輝も忘れがちになるが、実は戎斗は短距離走が苦手である。
体力が無いというわけではないのだが、速さにおいては人並み未満、中の下、柔らかく言えばちょっと遅め。
なんとなく普段との態度とのギャップでどうしようもなく笑いがこみ上げてくるが、以前容赦なく笑った時マジでラビエルで殺されそうになったので何とか堪える。
「……てめェ口元ニヤけてねぇか?」
「なってない。なってない」
どうやら顔に出かかっていたようだ。治輝は華麗に誤魔化し、命の危険を回避する。
――しかしまぁ、余り戎斗を笑えたもんでもないんだよな……
確かにあの女の子の走り去る速度は速い。恐らく治輝が全力疾走しても追いつけないだろう。
「そうだな。じゃあ、乗って追っかけてみるか?」
「……乗る?」
訝しげに戎斗が問いかけてくる。 それに対し治輝はいたずらっ子のように 「6分しか飛べないけどな」 と笑う。
それを聞いた戎斗は、苦虫を噛み潰したような表情を作った。
女の子が一度目に現れた時は完全に虚を突かれ見失ってしまったが、今回は比較的に平野なのも相まって、<テンペスト>で飛んでからすぐに発見できた……のはいいのだが、発見できたのはそれだけではなかった。
とびきり大型の恐竜モンスター。 それが女の子に襲い掛かっている。
《暗黒恐獣/Black Tyranno》 †
効果モンスター
星7/地属性/恐竜族/攻2600/守1800
相手フィールド上に守備表示モンスターしか存在しない場合、
このカードは相手プレイヤーに直接攻撃できる。
「――いや、前に戦った時あんなでかくなかった気がするんだが」
「突然変異か、そこらのモンスター食ってレベルUPしたか――まぁなんにせよ助ける義理はねェな。 ラビエルは
しばらく使えねぇし、テンペストじゃアイツには敵わねぇ」
「へぇ 『強きを求める永洞戎斗さん』 は、殴りたいと言った相手が他人に殴られてたら、それだけで殴るの諦めるのか?」
「……ッ、わぁったよ突っ込め治輝ィ!」
「そうこなくっちゃな!」
一緒に生活すると、意識せずとも扱い方が染みついてしまった治輝であった。
テンペストは全速で<暗黒恐獣>に向かっていき、ぐんぐんと距離が近付いてくる――が、間に合わない。
既に鋭利な爪を、その子に向かって突き刺そうと――。
その、次の瞬間。
ギィン! という金属的な音が鳴って、恐竜の爪が何もないはずの空間で弾かれた。
「弾きやがった――!? あの女サイコ決闘者か!」
「いや、あの子思いっきり怯えてるみたいだし、自分でやったようには――そもそも普通の<サイコ決闘者>じゃここの世界のモンスターの攻撃弾くのは難しいはずだろ」
だが、これで次の攻撃までに<テンペスト>の速度なら現地に間に合う。
「それはいいとしてどゥすんだ!? このままの速度で通り過ぎてあの女だけ華麗に連れ去るか!?」
「んな空の城みたいに上手く行くか! この速度でそれやったら高速でエルボーかますようなもんだ!!」
「そりゃいいなァ。 あの女をぶん殴るって目的は果たせるし一石二鳥だ!」
「馬鹿言ってないで直接突っ込むぞ! テンペストじゃ攻撃力が足りないだろうから、破壊された直後になんとか着地して決闘盤を展開、戦闘する!」
「ヘッ、そりゃてめェの話だろ?」
「ああ、ただ俺がやることを説明しただけだ。 おまえはおまえで勝手に動け!」
以前この世界に来た直後に緻密な連携を話し合っていた時期もあったが、結果上手く噛み合わない事が殆どだったので、決闘以外での戦闘はこのスタイルで落ち着いている。
片方が何をするかの意思表示をする。 それに合わせた方が都合がよければ合わせ、穴があると判断すれば勝手に補完する。 動く必要が無いと判断すれば完全に一任し、次の状況変化を警戒し待機する。
本人達曰く 「もう勝手にしやがれ!」 的な意見の相違からの妥協案であったが、結果的に高度な連携として機能しているので、元々性に合っていたのかもしれない。
そうこうしてる間に、みるみる内に<暗黒恐獣>が目の前へと迫ってくる。 景色が高速で流れ、凄まじい風の音に負けぬよう、治輝は声を張り上げた。
「1、2、3――今だ!」
決闘盤を展開し、テンペストから飛び降りる。
最近蘇ってきた高所への恐怖心を無視し、全ての意識を高空からの着地に集中させる。
「<超再生能力> 発動!」
《超再生能力/Super Rejuvenation》 †
速攻魔法(制限カード)
このカードを発動したターンのエンドフェイズ時、
このターン自分が手札から捨てたドラゴン族モンスター、
及びこのターン自分が手札・フィールド上からリリースした
ドラゴン族モンスターの枚数分だけ、
自分のデッキからカードをドローする。
といっても治輝の着地はスマートでもなんでもなく 『そのまま普通に飛び降りて足を折る』 という非常に頭の悪い方法だ。 その骨折を瞬時に<超再生能力>のカード効果を具現化し治す事で、高空からの着地を可能にしている。 だが、初めて使用した時は緊急時で無我夢中だったから気付かなかったが……
「痛みを消せるわけではないわけで……誰だって痛いのは嫌なわけで……」
つい迫りくる地面を見つめながら、そう愚痴ってしまう。 この着地に慣れるにはマゾになる必要がありそうだ。
しかし、女の子の安否を考えると他の時間のかかる着地を選択している余裕はない。 意を決して地面を受け入れ、バキリと足に何処かの骨が折れる音を受け入れる。
「――ッ、よし、ここから<タイラント・ドラゴン>を……」
<暗黒恐獣>を超える攻撃力を持つモンスターを高速召喚し、打倒するしかない。
そう判断した治輝に水を差すように、いつの間に着地したのか。 戎斗がため息を吐きながら近寄ってくる。
「やめとけ、もう終わった」
「……へ?」
痛みに涙ぐみながら、戎斗の心底つまらなそうな声を聞いた治輝は、目をパチパチさせる。
「お前がもうやったのか? 空中から?」
「そんな器用な真似できるかボケ。 上見てみろよ」
「上?」
言われるがまま頭上を見ると、そこには破壊されるはずだった<テンペスト>が<暗黒恐獣>の首元に 『突き刺さって』 いた。 恐竜は悲痛な叫び声を上げている。
本来この世界でのこういった 『決闘以外での戦闘』 は使役するモンスターの攻撃力は絶対的な値になっていて、低攻撃力が何の理由もなしに高攻撃力に勝つ事は有り得ない。 つまりこの状況は有り得ない。
「……えーと、なんで勝てたんだこれ?」
「仮説はあるが、馬鹿馬鹿しくて言いたくねェ……」
「はい? なんだよ教えてくれよ」
「うるせェ、さっさとあそこで気絶してる女殴りに行くぞコラ!」
「とりあえずお前その台詞最低な」
呆れる治輝を無視し、戎斗はのしのしと不機嫌そうに歩きながら不機嫌な仮説を思い返す。
《突進/Rush Recklessly》 †
速攻魔法
フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体の攻撃力は
エンドフェイズ時まで700ポイントアップする。
「そりゃまーかなり速度は出てたけどよ……納得いかねェ……」
「ん、何か言ったか戎斗?」
「なんも言ってねぇよクソが!」
<暗黒恐獣>が破壊され、光の粒となって四散する。
その雪のような光片に彩られながら、2人は気絶している謎の女の子の近くに近付いて行った。