シューティングラーヴェ(はてな)

シューティングラーヴェの移行先

アーケード・アンチヘイター episode-65 (期間限


 肉体の結合には幾つかのデメリットがある。
 一つ、寿命や身体機能がどうなるか、前例が少ない為保障できないこと。
 二つ、顔の細部が変形してしまう可能性があること。
 三つ、結合の影響で記憶が一時的。あるいは恒久的に消えてしまう可能性があること。

 蛇内君はきっと、自分を責めているはずだ。
 仮に仕組んでいたのが運営側であったとしても、直接手にかけたのは自分なのだと。
 鞠ちゃんもそれを知ってしまったらきっと、元には戻れない。
 隠し事を嫌う彼女の事だ。無利君とも距離を置いてしまうだろう。
 そして、無利君。
 無利君がこの事を知ってしまったら、どう思うだろう。
(――絶対に、皆の関係は壊れてしまう。そんなのは、嫌だ)
 ならどうするべきか。答えは決まっている。
 戻らなくてはいけない。そして皆に、この特区の真実を伝えなくてはいけない。
 だから、私は男の提案――肉体の結合という提案に乗った。
「元の胴体は光刃による損傷が激しいから、赤の他人の肉体と混ざる事になるね」
 丁度同日にこの世を去った女の子の身体との結合手術をする事になり、そして――。


 目が覚めた時 『わたし』 は昔のことを、何も覚えていなかった。                 ガラクタ
「記憶の引継ぎは失敗か――飛翔幻機のことまで忘れてもらっちゃ困るんだけどな。せっかく下半身を挿げ替えたんだから、脳の方がリセットされてちゃ意味が無いのに」
 白衣を着た男の言っている事はわからなかったけど 『飛翔幻機』 という言葉には、何処か懐かしさを感じた。
「ひしょうげんき? それで強くなればいいの?」
「――そうだね。実際に街に出てやってくるといい。記憶も元に戻るかもしれない」
「きおくを、元に?」
「データは十分に取れたし、戻らなくても構わないよ。もし戻ったら――そうだな、君はどんな相手にだって『勝つ』ことができるだろう」
 ここでの記憶は正直定かではない。
 ただわたしはよくわからない施設で目が覚めて、よくわからない白衣の男の人に女子用の制服をもらって、言われた通りにゲームセンターに向かった。
 ――のはいいのだが、どれが言われた『飛翔幻機』なのかがわからない。視覚もぼやけていて、さっきまで居た施設での記憶も順々に霞んできていて、わたしは結論付けた。
「眠い。寝たらなおるかな」
 筐体を鏡代わりに使って、くるくると自分の髪型をいじりながら、わたしは次第にまどろんでいく。
(そういえば、こういう髪型がすきだって、いってたっけ……)
 誰が? という自分への問いかけをする間もなく、私は眠りに落ちていった。
 

 そして起きた時には、私は男の人に触られていた。
 主に髪を。
「え、えと……何してるの」
「筐体で仰向けで寝るな。 ゲーセンに迷惑だろう?」
「うつ伏せならいいの?」
「いいはずないだろ。いいか、ゲームセンターっていうものはな……」
 そして説教が始まった。ゲーセンで寝る事は悪い事なのかもしれないけど、寝ている女の子を髪を触りまくるのも、同じぐらい失礼な事では……? と思わなくもない。 本来なら、印象は最悪だったはずだ。
 でも何故だろう。
 この人とは初対面のはずなのに、凄く安心する。

 この人と声を交わしていることが――たまらなく嬉しい。

「聞いてるのか? なんかニヤニヤしてるけど……思い出し笑いか?」
「なんだろ。そうなのかな? よくわかんないけど」
「俺に聞かれてもなぁ……」
 何の変哲もないやり取り。他愛もない雑談。なのにこんなにも胸が高鳴るのは、一体どういうことなのか。
 たまらない安堵感や高揚感を覚えるのは、わたしのどこかがおかしいのか。
 会話を終わらせたくなくて、わたしは本来の目的を思い出す。
「そうだ。飛翔幻機って、知ってる?」

 
「おお、強そうなのに弱いね!」
「ぐっ……」
 飛翔幻機の必殺技の一つ《猪突猛進斬》を見せてもらい、素直にそう言った。
 機体の動き、剣捌き共に凄く格好いい技なのに威力が致命的に無いのだ。
「た、確かに倒せなかったが……」
 ちょっと恥ずかしそうに説明するその人がちょっとおかしくて、自然と笑みが浮き出てしまう。
 何やら《猪突猛進斬》は当てても敵が高く打ち上がるだけでダメージが殆ど無く、技の硬直時間が解けるより技を当てられた相手が動けるようになる方が圧倒的に早いので反撃されてしまうことも多いらしい。
 私はその説明を受けてまた笑い、声を出して笑うってしあわせだなぁ、なんて事を思ったりした。
 自分でも変な話だと思う。声を出して笑うなんて、当たり前の事のはずなのに。


 それから色々な事があった。
 不良の人達に襲われて、人権が無くなるルールを聞かせられて、恐怖で動けなくなった私を、その人は助けてくれた。名前は無利君というらしい。私は記憶の片隅にある何かに誘われるように、ウィナと名乗った。
 
「憎染機構が実装してからは尚の事――勝っても負けても禍根の残る試合ばかりだった。 それでも、勝ち続けなければいけなかったから、今回みたいに人間関係の解れを突いて戦った事もあった――後味は、最高に悪かったよ。 生活に直結する以上、此処でのゲームでの失敗は遊びでは済まされない。 ただ普通に勝つだけでも、相手の関係が壊れる事なんてザラだった。 だから全部嫌になって、対機戦闘に引き籠ってたんだ」
 それを聞いた時、私は心がザワつくのを感じた。
 彼はやっぱり、あんなに好きだった対人戦闘を嫌うようになってしまったままで――。
 いや違う、わたしは何を言っているのだろう。頭が割れるように痛い。よくわからない。
 よくわからないのだけれど……。
「……悪く、なかった?」
「ああ、今回の戦闘は、悪くなかった」
 彼がそう言ってくれた瞬間。溢れてくる感情が抑えられなくなって。
「そっ、か」
「……ウィナ?」
「そっ……か……」
 自然に涙が零れた。
 表情は何も変わっていないのに、ただ涙だけが流れ続けた。
 私は多分。
 無利君が、対人戦を「悪くない」と言ってくれたことが。

『――言っちゃいけない言葉なんて、ないよ』

 たまらなく、嬉しかったのだ。