アーケード・アンチヘイター episode-66 (期間限
無利君に火事の夢の事を聞いた。
頭が割れるように痛い。汗が滲み、脳にミシリと罅が入る音がする。
その先を知ってはいけない。誰かがそう語り掛けてくるような錯覚。
そんな激痛と戦いながら、私は夢の話の最後を聞き――意識的に、その思考を閉じる。
「無利君はさ――強いよ」
「……強い?」
「わたしが無理君の立場なら夢の内容なんて、言えなかったと思う。 それで、多分追い詰められて、言わなくちゃどうしようもない状態になって、格好悪く喋るんだ」
例え話のつもりだったけれど、それがいつか本当に来てしまう予感がして、怖かった。
記憶が蘇る事で、無利君に嫌われることが、拒まれることが――何よりも怖かった。
だから、わたしは『結果』になると決めたのだ。
無利君に関わった人が皆酷い目に合うというのなら、私は絶対にそうならない、一つの結果であり続けようと。
――そして、今。
遊肢船内部。体育館のような対戦スペースの中に、上手く動かない身体を引き摺って、私は辿り着いた。
無利君と蛇内君の戦闘は既に始まっている。 外から話しかけても中断することは叶わない。まずは自分もゲームに介入するべきだ――そう判断し、空いている台座でセッティングをしながらフィールド内の状況を確認する。その空間で対峙しているのは見慣れた古ぼけた装甲の騎士と、蛇内君の――。
「シュライ、バ――」
ドクンと、心臓が鼓動する。
あれは私の知っている機体とは違ったが、間違いなく蛇内君の『シュライバ』だ。
脈打つ心臓が、そして頭の中に刷り込まれた恐怖が、再びアレと対峙することを拒否している。
手が震え 《操作球》 を上手く握れない。
――無利君に早く会いたい。
今までも、ちゃんとわたしは会えていた。
でも『私』は会えていない。大切な事を、伝えきれていない。
「そっか、そうだよね。だってあの機体に私は」
そこまで呟いたところで、我に帰ってかぶりを振る。
「違う。そうじゃない――そうじゃないよ」
首を刎ねられ、殺された。
確かにそれは事実としては正しいのかもしれない。
でも、違う。
「私が――ああなったのは私の不注意と、あの試合を仕組んだ特区の人達のせいだ。シュライバのせいでも、邪内君のせいでも無い!」
言葉で言うのは簡単だ。そう私の中の誰かが囁いてくる。
でも構わない。蛇内君を、シュライバを恐怖した先にあるのは、きっと私の目指した結果じゃない。
――なら、私が死んだのは私のせいだ。他の何かのせいにする余計な恐怖なんて、いらない。
視線を前に向け、操作球に力を込める。携帯端末のデータを読み取らせ、筐体へ機体情報をインプット。
あの時と全く同じカプセル筐体だ。心臓は通常よりも早い鼓動を刻み、まだ恐怖が拭えてない事を自分自身に突き付ける。
すると、自動装着されたクォーターヘルメットから 『声』 が聞こえてきた。
「俺の無茶に付き合わせた結果――鞠は俺の目の前で撃ち殺された」
それはいつか話してくれた夢の話。
記憶に戻った今ならわかる。現実に起こってしまった話。
「俺が決勝で負け、外へ行く権利を獲得したと思った植実は殺され、遺体も今この船で燃やされ骨になった。そして、俺の成長の為に――今度はウィナが殺される?」
私の遺体が燃やされた?
わたしが殺される?
次々に出てくる言葉は聞くだけで恐ろしい響きを持っている。
しかし、その恐怖は。
「『何の為に』 を全て潰されて、それでも――生きろって言うのか?」
その言葉に、全て吹き飛ばされる。
今まで聞いた言も。
無理やり押し込めていた恐怖も。この筐体で起こった惨劇も。
欠片も残さず吹き消える。
自分を削ってなんとか勝ち進めた大会。
命を賭けて命を救うことが出来た火災。
――無利君はきっと、成し遂げたことに裏切られ続けたのだ。
普通の人なら、そんな事実には耐えられない。
記憶障害――頭に硬い蓋をして、誤魔化したり、受け入れない事もできたはずだ。
でも、彼は違った。
それをする自分が当然だとは思いたくないと、かつての無利君は言っていた。
そして、ついに認めてしまったのだ。
世界や大切な誰かにとって、自分はどうしようもなく。
――いらない人間――だということを。
私の考えを証明するかのように。
《プロトナイト》は通常のダメージ設定でも後遺症が残りかねない攻撃を誘い、そこに自ら突撃していく。
機体を立ち上げながら、私は大会開催前、無利君に言われたことを思い出す。
「緊張するか? そういう時は自分の緊張よりも、相手の緊張のことだけ考えればいい。相手は緊張してるからこういう動きになるとか、相手の事ばかり考えればいい。そうすれば、緊張してる暇なんて無いからな」
思い出した声を懐かしく思うと同時に、決意を硬くする。
――そうだ。今の私に恐怖を感じている暇は無い。
操作球を勢いよく押し込み機体を疾駆させ、二人が縺れ合う戦場へと突撃しする。
視線の先は《プロトナイト》
主人の命を受け傷を忠実に増やして行く無利君の愛機。
そのメイン武装である盾が、視線の先で転がっている。
私はそれを、そのままの速度で拾い上げた。
そして――。
思いきり飛来してきた何かに『プロトナイト』は弾き飛ばされた。
地面に勢いよく叩き付けられかぶりを振る。
状況を理解できない。俺は確かに空間削りに飛び込み、全てを終わりにするつもりだった。
シュライバの新武装の可能性を考えたが、僅かに覚えのある衝撃音がそれを否定する。
確かあの音はもっと身近な……そう思考を進めようとしたところで。
寒気のする、声が聞こえた。
それは蛇内でも、俺でもない第三者の声。
「なん、で」
声が掠れて上手く出せない。
だってその声はおかしい。
あんなに高熱があったのに。今も家で寝ているはずなのに。
――蛇内に、一番引き合わせてはいけないのに。
誘爆する空間削りの向こうから、機体のシルエットが徐々に明らかになる。
細部は違うが確信した。あれに乗っているのはウィナだ。
「……逃げろ、ウィナ。今のお前じゃ、ウィザンダじゃコイツには歯が立たない!」
ウィナを過小評価しているわけではない。初心者でタクトと渡り合っている時点で規格外だと、可能性の塊だと認めている。だが今回は相手との機体性能差が大き過ぎる。
「はは、まさか本当に自分から来てくれるなんてありがたいな。電話した甲斐があった。無利、これで今までのアレはやめざる負えないぜ? リアルで始末するとなると特区は何かと手間だが、ゲームに自分から参加した以上お前が戦闘不能になれば始末するのは簡単だしな!」
「黙れ蛇内……!」
今までは蛇内が俺を殺せないという縛りがあったから、それを盾にしての戦術が取れていた。その条件下での戦闘ですら《シュライバ》にダメージをニ割程度しか奪えていない。アレ以外でウィナを救う手段はなかったのに、ゲームに参加してしまっては……!
そう考え、突破口が全て塞がった状況に歯噛みしていると、今度こそハッキリした声が聞こえてくる。
「――無利君は、さっきまで何をしようとしてたの?」
思わず耳を疑う。
間違いなくウィナの声なのに、まるで別の人間が喋っているような違和感に、振り返る。
「『後の事なんか知ったことじゃない。だったら俺のことなんか気にするな』 ……自殺しようとしたタクト君に無利君が言ったことだよね? でも、無利君はさっきまで、死のうとしてた」
「それは……」
「私にも 『いなくなるけど気にするな』 って言うつもり? やだよそんなの。馬鹿じゃないの?」
「……あのな。さっき聞いてたならわかるだろ? そうでもしないと此処の連中は――」
「……わかるよ」
無利君よりも、ずっと。
呟くようにそう言い放つと、ウィナは言葉を続ける。
「わたしは、無利君がいなくなるぐらいなら、特区にいい用に利用されてボロボロにされた方がマシだよ。その為に私は、もう一度ここに来たんだよ」
「……ウィナ?」
「無利君、後ろ」
「? ……っと!」
振り返ると、不意打ち気味に回転する飛来物が襲い掛かってきた。
頭部に直撃し、衝撃が現実にも伝わってくる。痛みを我慢して、落ちてくる飛来物を受け止めると――その正体は愛機《プロトナイト》の武器 《カスタムシールド》 だった。
「タクト君に言った言葉は完全にブーメランだったよね」
画面左に小さくウィナの顔が表示される。その顔は小さく笑っていて、目は少し赤く染まっている。
「――誰かに言葉を言う度に、自分の自由は少なくなっていく。お前は昔こう言ったじゃないかっ! って、私みたいに難癖を付けてくる。じゃあ、無利君は投げるのを辞める?」
「それは……」
「……私は辞めて欲しくないな。どんな不格好でも、戻ってくるブーメランが後頭部に当たっても、投げ続けて欲しい。それをずっと、傍で見守っていたい」
「……後頭部は、痛そうだな」
「たまにはわたしがキャッチするかも」
「たまに、か」
「そう、たまに。しかも、かも」
ウィナが笑い、俺も釣られて笑ってしまう。
たったそれだけのことで、心が少し軽くなる。
羽は生えずとも、ほんの少し。でも確かに軽くなる。
「ウィナ――俺は、生きていていいのかな」
それは、日頃から感じていた疑問だった。
世間から必要とされず、肉親からも要らないと此処に送られ、拠り所にしていた居場所を壊してしまった。
大切な人を、自分の決断が招いた結果失ってしまった。
そんな人間に――果たして生きている意味は在るのかと。
「無利君が生きていたら世界がなくなっちゃう! って言う話ならさすがに即決だよね」
「……手厳しいな」
「何勘違いしてるの?」
――即決で無利君を選ぶから、安心して一緒に生きてね。
そう満面の笑みで言われてしまったら、もう参るしかない。
色んな嬉しさが爆発して、ほんの少しだけ――いやかなり致命的に目が潤む。
「私、自分が泣くのは嫌いだけど。無利君が泣くのは見てみたいかも」
「そう言われると、意地でも泣きたくなくなる」
「男の子だなぁ――ねぇ無利君」
「なんだ」
「私、実は無利君の苗字覚えてなかったんだ」
「――結構 『長い付き合い』 だと思うんだが、それはちょっと酷いな」
「無利君無利君言ってたせいかもね。 『最初の方』 はちゃんと苗字で呼んでたのに、忘れちゃった」
記憶障害のことには敢えて触れずに、俺は苦笑いを浮かべる。
今はそういう話をしているのではないと、そう感じた。
「でもわたし、いい方法思い付いたの。この間の火事の時に」
「いい方法?」
「『道乃瀬無利』を縮めて音読みしたら、無利君って面白い名前してるなーって」
「縮めて音読み……?」
「道乃瀬無利。座右の銘は、どうせ無理」
「……は?」
さすがにそんな座右の銘にした覚えはない。
「今の状況とちょっと似てるよね。どうせ無理って言いたくなる。あの機体、すっごく強いみたいだし」
それよりも俺の名前を略して面白ネームにするのはやめて欲しいのだが、言っても無駄そうなので仕方なく先を促す。すると少し照れた顔ではにかみながら、彼女はこう言った。
「でも、わたしの苗字をくっつけたら、たぶん無理になるよね」
「……」
「同じ無理でも 『どうせ無理』 よりも 『たぶん無理』 の方が何倍も勝てそうだと思わない?」
ウィナは少し恥ずかしそうに、でもはっきりと手を差し出してくる。
手と言っても機体のマニピュレーターであって、本物の手ではない。
それでも俺はその手を強く握り締める。
「行くか。ウィナ」
「……うん!」
傍から見ればなんてことのない。声の掛け合い。
でもその言葉の掛け合いは、ずっと待ち望んでいたもの。
「行くか。ウィナ」
『うん!』
出会った時からずっと、お互いが夢見ていた言葉を声にして。
泣きそうになる程の嬉しさを噛み締めながら、二人は再び前へと踏み出した。