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アーケード・アンチヘイター episode-67 (期間限


「ねぇ、キミはアレを見てどう思う?」
 ヘルメット内でのディスプレイ越しに蛇内に話しかけたのは、警備員の制服を着た中年の男だった。
 ゲーム内で個人に話しかけることが可能ということは、この試合を見守りに来た運営サイドの人間――要するに新人である俺の監視なのだろう。蛇内はそう判断すると、口元を釣り上げる。
「アイツは死ぬことを辞めてくれた。それだけでも嬉しいさ、笑えてくる」
「嬉しい? 嬉しいって言ったのかい? 君は」
「ん、何か可笑しいか?」
「そりゃ可笑しいさ! だって君は思ってるはずだ 『薄情な奴だ』 と!」
「……」
「道乃瀬無利は新しい女を受け入れ、小川植実と君の妹の事なんかキレイサッパリ乗り越えて迷いを吹っ切ったんだ! こんなに薄情なことはないだろう?」
「俺は植実ちゃんの遺体を無利の目の前で焼いた。それは無利の成長に、覚醒に繋がると思ったからやった事だ。その為には何もしてもいいと思ったからこそやった事だ。薄情とか言う資格なんざねぇよ」
「成程。資格が無いから『言えない』 と」
「――アンタ、何が言いたい?」
「だってそうだろう? それは資格があるなら薄情と問い詰めてやりたいと言っているのと変わらない」
「……あのな……」
 やれやれと苦笑いを浮かべながら、蛇内は言う。
「ならアイツはこの先永遠に過去を乗り越えちゃいけないのか? 縛られ続けなきゃならないのか? 人生ってそういうんじゃねーだろ。いつかは自分の中で区切りを付けて乗り越えるべきなんだよ。笑いながらな」
「成程、これは重傷だね」
「……何だよ?」
 心底呆れた風に、男は告げる。

「――だから君は 『幻覚』 なんてものに開花したわけだ」

 その言葉を言われただけで。
 蛇内は植実を殺した時の感触をフラッシュバックする。
「≪生存機構≫の一つである幻覚は、強い現実からの逃避欲求が無ければ起こらない。君は笑いながら全てを乗り越えるべきだと言ったけど……君自身はどうだい? 本当に君は笑いながら、全てを乗り越えてきたのかい? 乗り越えてきたとすれば、なんで逃避欲求の塊である『幻覚』をあそこまで発現することができるんだろうね。おかしいなあ」
「……」
「結局君は笑って乗り越えていたわけじゃなくて "笑って誤魔化していた" だけなんだよ。しかもタチが悪い事にあの試合の君は誤魔化すことすらままならなかった。だから《造志機構》で幻覚を色濃く発現させ、自らの攻撃を無意識に実体化させてしまい植実君を殺してしまったんだろう?」
 言われたこと一つ一つが鋭利な棘になって、蛇内の心に刺さる。
 しかし彼はそれでも心の底から、笑みを浮かべる。
「――返す言葉もねぇよ。全部その通りだ」
 それを聞き、男は興が削がれたのかキョトンとする。
「おや、もっと発狂するかと思ったのに」
「自覚してなけりゃそうもなるかもしれないけどなぁ……とっくに自覚してるんだよ、そんなもん」
 運営の事情に触れてから、造志機構の概要を知ってから、何度も自分に語り掛けた。
 あれは避けられない事故だったのか。
 責任の所在は、原因の全ては――誰にあったのかと。
 その問いから導き出される答えはいつも同じ。
 小川植実を殺したのは、間違いなく蛇内翔矢だという事実に辿り着く。
「んな事よりも――本当に教えてくれるんだろーな?」
「勿論。キミは教職として、彼の成長の糧として十分に活躍してくれている。この戦闘が終わったら教えてあげるよ。ただ……」
「ただ?」
「前払いに一つだけ情報を教えてあげるよ。とびきりの情報だ」
 言いながら笑顔を浮かべる男に警戒心を抱き、蛇内は眉を顰める。
「……情報?」
「いやなに、目の前のあの子――ウィナとか言ったかな」
「あの子がどうしたんだよ」
 無利を強くする為とはいえ、自分が殺そうとしている子だ。余計なことを聞いて、あまり情を移したくはない。
 蛇内は少し顔を険しくする。
「どこかで見覚えないかい?」
「見覚え……?」
 蛇内は改めてヘルメットに投影された容姿データを見るが、その顔に思い当たる節は無い。
「記憶に無いと思うぜ? あんまり人の顔覚えるの得意じゃねーってのもあると思うが」
「そこじゃないよ。もっと下」
「下……って、おいアンタ」
 顔より下といえば首――というわけでもないだろう。
 じゃあ首より下に何があるかと言えば――ムネとかアシとか、ともあれ女性の肉体が存在している。
「いきなりあんな幼児体型の子の身体をジロジロ見ろとか……アンタロリコン?」
「しっかり見てるじゃないか! だったらもう気付けると思うけどなぁ」
「気付ける? 何を……」
 男の意味ありげな言葉に促され、蛇内はその身体を余す事なく観察する事にした。
 何やら悪い事をしてる気分になるが、肢体の隅々までの特長を恵まれた視力で見物し、ふと思考を声に出そうとした寸前。それを遮るように、男は耳元で囁く。

「あの子は君のよく知っていた誰かに似ている――そう思わないかい?」