シューティングラーヴェ(はてな)

シューティングラーヴェの移行先

遊戯王オリジナル prologue-11

「あーあ、負けちゃいました」

 決闘が終わると彼女はそう言って残念がった後、仰向けで倒れる。
……何となく見下ろしている状態が気まずいので、俺は彼女の頭の方に回りつつ、床に座った。
 冷たい感触がやたらと気持ちいい。

「いや、正直侮ってた。まさかここまで強いとは…」

 ペインを1ターンで葬った<トライデント・ドラギオン>の攻撃を凌ぎ
 それを本来壁モンスターである<シールド・ウイング>で圧倒。
 <星見鳥ラリス>の使いこなしといい、一歩間違えれば負けかねない内容だった。
 そう本心のまま伝えたら、彼女はゴロンと体を回転させ嬉しそうに微笑む。

「そうですか。私……私のデッキ、強かったですか」

少し憂いを帯びた表情で、でも嬉しそうに呟いた。
――決闘中も彼女は、こんな表情をしていた気がする。
あれは確か<シールド・ウイング>で<トライデント・ドラギオン>で攻撃する前後

――こういうのが大好きなんです。どんなに小さなモンスターだって、大きい脅威を乗り越えられるって、信じさせてくれるから!

あれは、どういう意味だったのか。
小さいモンスターで強敵を倒す
まだ全貌を見てはいないが、彼女のデッキコンセプトはそういったモノに見えた。
だがそれは本当に単純な好みから来ているんだろうか?

――違う、と思う
根拠は無いが、それは彼女自身の『願い』なのかもしれない。

「もっと、強くなりたいのか?」
「はい、もっともっと強いデッキに……」
「デッキの事じゃない」
「……」

少しの沈黙の後、目を閉じながらゆっくりと、彼女が口を開く。

「私、お母さんに命を助けてもらったんです。――ペインの攻撃から、私を守ってくれました」
「……まさか、その時に」
「……はい。そして私は、一人で逃げ延びる事ができました」

このマンション、最初はお母さんと一緒に引っ越す予定だったんですよ。と彼女は微笑む。
なるほど、だから寝室が二つあるんだな…と場違いな事を考え、それを振り払った。

「でもこんなご時世です。ありがちな話ですよね」
「いや、そんな事は……」

それに対し否定の言葉を投げかけようとすると、それを遮られる。

「だから、私は自分が不幸とか、かわいそうだとか思った事はないんです。もっと辛い想いをしてる人は、もっと沢山いるはずですから」

かわいそう、って言ってくれる人は多いんですけどね――。
そう目を伏せたまま、小さな声で付け足した。
彼女にとってその言葉は、余り気持ちのいいものでは無かったのかもしれない。

「もう逃げるだけしか出来ない自分は嫌だから、強くなりたいんです。何もお返しできない自分は、凄く嫌なんです」

少し感情的になり過ぎたのに気付いたのか、改めてこちらを見た後、目を伏せて顔を赤くする。

「すいません、今日初めて会った人にこんな事」
「俺は自分の事を『不幸』だって思っちまう時、あるけどな」

 謝罪を遮られ、予想外の言葉に彼女はきょとんとした顔になる。
 自分の事を話すのは苦手だが、ここまで話してくれた相手に何も話さないってのは、フェアじゃない。

「俺は他人より頑張っている、他人より不幸な目に合っている。他人より可哀相な境遇に生まれた。……そんな事腹の中で考えてる奴は、世の中にゴマンと居るだろ」

 そして自分が一番可哀相だと信じてしまった人間は
 相手の目に見えない苦労や、悲しみに鈍感になっていく
 俺を含めて、そうなってしまった奴はロクな人間じゃない。

 少し昔の自分を思い出し、唇を噛み締める。
 あの時から比べて変われた……とは思いたいが、人はそう簡単には変われない

「でも、君はそうじゃない。そう思ってしまっても仕方がないような状態なのに、そうはなっていない」

こんなご時世だ。辛さに押し潰され、悲劇のヒロインを必要以上に演じてしまう子は多い。
そうならない上に『強くなりたい』と前を向いてる彼女は―――

「君は十分『強い』と思う。きっと、俺なんかよりずっと」

 もちろん、言葉面だけで綺麗事を言うのは簡単だと思う。
 だが、彼女の言葉からは、不思議と口だけの言葉や、演技には無い重みを感じた。
 だからこそ真正面から彼女を見据え、自分にとっての本心を話せたのかもしれない。
 
 彼女は何処か嬉しそうにはにかむような、今にも泣きそうで困ったような表情をしながら

「私たち、初対面ですよね」
「そうだな、何でいきなりこんな事言い合ってるんだか」
「そうですね、ちょっと変です」
「かもなぁ」

 軽口を叩きながらも、目を伏せた彼女の声はどんどん涙声になっていく。
 それを見て苦笑いしながら、頭の上に手を乗せ、ぽんぽんと叩いてやった。

「……」

 ――あれ、よかれと思ったのに更に泣きそうになってるんだが
 力加減を誤って痛がらせてしまったのかもしれない。力を弱めて、慎重にぽんぽんする。

「……泣きません」
「……ん?」
「強くなるって決めましたし、それに……」

 一呼吸置いて、若干涙目状態のまま口をむすっと結び、上目気味に睨んで来る。

「私、かづなです」

 いきなりよくわからない事を言われ、不覚にもしばらくぽかんとする。
 っていうか余りにも突然だったので、何を言われたかもわからない。

「……えーっと、手綱?」
「かづなです!」
「おお、もしかしてそれ、名前か……?」
「もしかしなくてもそうです……」

 はぁ、とため息を付いている彼女は、すっかり元の調子に戻っているようだ。
 凄く脈絡が無かったが、手綱発言で落ち着きを取り戻してくれてよかった。俺GJ

「……何か勘違いしてそうな顔です。むかつきます」
「ん、勘違い?」
「まぁいいです……今日はもう色々あったので寝ますね」

 おやすみなさい、なお君。
 素早く立ち上がった彼女はそう言い残し、決闘盤からデッキを抜きながら
 そそくさと部屋の中に戻っていった。

「……ふぅ」

 妙な緊張感から解放され、しばらくボーっとする。
 ―――ああいうのは俺のキャラじゃないよなぁ
 余りに今日の俺は、人の心に土足進入し過ぎた気がする。人付き合いってのは、もっと少しずつ……

 そんな事を考えていたら、ふと今日の彼女の発言が脳裏に蘇った。

 ――母はペインの攻撃から、私を守ってくれました。
 つまり、ペインは彼女の母親の『仇』ということだ。

「ペインの事、恨んでいるんだろうな……」
 そう考えるのが自然だろう。
 『強くなりたい』と言っていたのも、精神的なものだけではない。
 ペインを倒す為の『強さ』を手に入れたい、そして仇を討ちたい。
 そういう思いがあるのは間違いない。

 ため息をゆっくり吐き、肺の空気を外に出していく。
 俺は自分の手の平をそっと見つめ、そのまま強く握った。