シューティングラーヴェ(はてな)

シューティングラーヴェの移行先

遊戯王オリジナル prologue-15

 ターンが戒斗に移り、左から右へ勢い良くカードをドローする。
 そのカードを軽く確認して、戒斗は目を閉じながら口元を大きく歪めた。

「なぁナオキ君よォ……『ペイン』ってのは何だと思う?」
「それは、サイコ決闘者が数年前に突然変……」
「そういう一般的な情報を聞きたいんじゃねェよ」

 戒斗は目を大きく開き、ドローしたカードを裏のまま、治輝に向かって突きつけた。

「ズバリ、ペインとは権利なんだよ」
「……権利?」
「……アカデミア時代の俺は周りから常に虐げられてきた。理由は簡単『俺が人と少し違うから』だそうだァ。俺はサイコ決闘者なんだから、そのとーりだよなァ」
「だけど、その力は微弱だったはずだ」
「その通りィ!<火炎地獄>を発動しても木の葉すら燃やせない。決闘で能力が最大限に発動されても、少し相手の手が痺れる程度の力しか無かった。ソリッドヴィジョンの痛覚体感システムの方がスリリングなぐらい――それが、学生時代の俺の力だ」

 気のせいか、戒斗の顔に一瞬影が差したような……治輝はそんな印象を受けた。
 それは酷く見覚えのある、かつての戒斗を思い出させる。

「だが、周りの奴等はそんな事お構い無しだァ。『サイコ決闘者』という枠でしか俺を見ず、ひたすら苦痛を与え続け、バカみたいに笑っていやがった。俺に付けた痣の数を競い合い、次は負けないぜ!とかほざきながらなァ!!」
「そんな、酷い……」
「そう、ヒドイんだよオジョーちゃん。こっちまで笑えてくる程になァ」

 戒斗の声は段々といつもの調子に戻っていくが、治輝にはさっきまでとは印象がガラリと変わって聞こえた。
 大人しかった戒斗がここまで変わったのは、てっきり『ペイン』になった影響からだと思っていたが、違う。
 コイツは変わらざる負えないような状況下に、ずっと立たされていた。―――そういう事なのだ。

「ところがそんな糞みてェな時間を数年過ごした後、俺に力が舞い降りてきたァ!!」
「……ペインとしての力か」
「そゥだ、だから俺は思ったんだよ……」

 戒斗はカッと瞳孔を見開き、遥か上空の空に向かって吼える

「――『痛み』を受けた者に与えられた復讐する力……<権利>それが『ペイン』なんだってなァ!!」

 その時、大気が震えた。
 出会った者全てを、聞いている者全てを呪うような絶叫に、治輝はしばらく呆然とする。
 ……俺は多くのペインと戦ってきた。
 その全てが理性を無くし、人間としての心も無くし、ただ本能のまま人間を襲っていた。
 だが、戒斗はそれとは異なるように見える。俺は、コイツを倒しても……殺しても、いいのか?

「……理解したよ。つまり、おまえの狙いは―――」
「ご名答、あの時のクソッタレどもの連絡先だ。もっとも、半数は既にぐちゃぐちゃにしてやったがなァ」
「……」

戒斗の言葉を聞き、先程までの逡巡をかぶりを振って追い払う。
どんな理由があっても、俺は戒斗を――!

「……だんまりかよ。まァいいゼ、これからオマエを再起不能にしてやる」
「――<青氷の白夜龍>の攻撃力は3000だ。それを超えられるのか?」
「まぁ見てろッて……俺は<ダークバースト>を発動ォ!」

《ダーク・バースト/Dark Eruption》 †

通常魔法
自分の墓地に存在する攻撃力1500以下の闇属性モンスター1体を手札に加える。

「<終末の騎士>か<バイサーショック>でも回収するのか?」
「ちげェな……俺が回収するのは、コレだ!!」

《幻銃士(げんじゅうし)/Phantom Skyblaster》 †

効果モンスター
星4/闇属性/悪魔族/攻1100/守800
このカードが召喚・反転召喚に成功した時、
自分フィールド上に存在するモンスターの数まで
「銃士トークン」(悪魔族・闇・星4・攻/守500)を特殊召喚する事ができる。
自分のスタンバイフェイズ毎に自分フィールド上に表側表示で存在する
「銃士」と名のついたモンスター1体につき300ポイントダメージを
相手ライフに与える事ができる。
この効果を発動する場合、このターン自分フィールド上に存在する
「銃士」と名のついたモンスターは攻撃宣言する事ができない。

「いつの間に墓地に―――!」
「序盤の終末の騎士の効果で落としたのさ。<ダークバースト>を回収したのも、全てはコイツを手にする為ェ!そして<幻銃士>を召喚し、その効果で<銃士トークン>を2体特殊召喚だァ!」

戒斗のフィールドには、これで終焉の焔トークンを含む5体のモンスターが並んだ。
異形の化け物達が治輝の<青氷の白夜龍>を睨み付けるが、青き氷の龍は微動だにしない。

「<血の代償>は場に無い……つまり通常召喚はもう出来ないはずだ。チューナーも居ないのに
モンスターを並べて何のつもりだ?」
「……何のつもり、だァ?」

気付けば、ポツポツと小雨が降り始めた。
治輝の足元にある水たまりに、小さい波紋が無数に広がっていく。
戒斗はそれを見て、口が裂ける程に大きく顔を歪ませた。
決闘盤を身につけていない方の手を、拳を開きながら勢いよく天に掲げる。

……何をする気なんだろう?
かづなはゴクリと喉を鳴らす。

……何が来ても叩き潰すだけだ!
治輝は伏せカードに手を置き、ある種の覚悟を決める。







 ――その時、時空が歪んだ。
 何を惚けた事を……と言われるかもしれないが、そうとしか思えなかった。
 天に掲げた戒斗の右手から黒い光のような物が発生し、上空へ柱のように伸びていく。
 その光の柱はやがて太さを増していき、戒斗の周囲一体を包み込んでいく。

 視界が歪んでいる。何が起きているのか理解するだとか理解できないだとか、そういった次元の話では無い。
 物理法則を無視したかのような目の前の光景を見るだけで、視力を奪われるような、眼球を丸ごと持っていかれるかのような……そんな感覚がする。
 余りの気持ち悪さと黒い光の眩しさに、目を閉じようかとも思ったが

 ――閉じられない。あの異様な光景から、目が離せない。

 黒い光はやがて路地裏の殆どを包み込み、天空に届いた光は雲を裂く。
 上空の雨雲が四散した事により、先程降り始めた小雨は止んだ。
 雨が止んだ事で我に帰った治輝は視線を下に逸らし、自分の足が浸かっている水たまりに目をやる。
 小雨で波紋を幾重にも作っていた水たまり。
 雨が止んだ今、その波紋は無くなっているはずだ。

「俺は、終焉の焔トークン2体と、幻銃士トークン1体を生贄にィ……」

 治輝は自分の目を疑った。
 先程の凄まじい黒い光を見たせいで、自分の視覚がいかれてしまったんだろうか?

 ――水たまりの波紋は、何故か激しくなっていた。
 雨は降っていないはずなのに、冷たさや水の感触なんて一切感じていないのに。
 その波紋は、今やマグマのように泡立ち始めている。

 空をもう一度見上げてみる。雨はやはり振っていない。
 黒い光は相変わらず雲を裂き、上空へと柱を作っていた。
 雲の上には、地球を超えた先には宇宙がある。
 天動説が信じられていた時代はともかく、現在は小学生でも知っているくらい常識だ。
 だけど、あの雲を裂いた『黒い光』の先にあるのは……

 本当に、俺が知っている『世界』なのか?

「痛みを知らない幸福者<おろか者>共に、粛清の鉄槌を……」

 その言葉を聞き、何故か寒気を感じた治輝は戒斗の方に視線を戻し……
 そこから更に視線をずらし、足元にある水たまりを、反射的に見た。

 波紋がなくなっていた。あれ程激しく泡立っていたモノが、元に戻っている。
 だが、重要なのはそんな事ではない。

 ――水たまりに、とてつもない巨大な『影』が映っている……!?

「――ッ!!」

 水たまりから足を出し、後ろを振り返った。
 そこにはさっきまでの俺のように、目を見開いて戒斗を見つめるかづなの姿があり……

 全速力で走り寄り、そのままの勢いで倒れ込むように突き飛ばした。

 ズシャァァァン!!
 先程まで治輝が立っていた水たまりに、何かが『落ちた』

 ――それは『落ちた』のではなく、踏み出しただけ。

 黒い光から、青黒い『柱』のようなものが現れた。

 ――それは『柱』などではなく、巨大な腕。

 戒斗の上空を見上げても空は見えない。黒い影の中に、辛うじて『月』が二つ見えた。

 ――それは『月』などではなく、何者かの眼。

「これが俺の痛みの象徴……<幻魔皇ラビエル>だァ!!!」

 黒い光の柱から出て来た化け物は
 未だに天まで届かない。人間達の作った柱<ビル>よりも、遥かに巨大だった。

【治輝LP3200】 手札3枚
場:青氷の白夜竜 伏せカード1枚
【戒斗LP2200】 手札2枚
場:幻魔皇ラビエル 幻銃士 銃士トーク