シューティングラーヴェ(はてな)

シューティングラーヴェの移行先

遊戯王オリジナル episode-06

「遅いです……」

 カードの散策に疲れたかづなは、ショップの外で治輝を待っていた。
 膨大な量のカードから目的の物を探し出すという作業は、好きな事といえどやたらと疲れる。
 ――等と少し前になお君に主張してみたのだが

「は?好きな物探してるんだから疲れるわけないだろ?」

 と「理解できない」といった感じに否定された。なんだかイラっとした。
 ……絶対なお君が異常なだけだ。私はおかしくない。
 ぶつぶつ呟きながらフェンスに手と頭を乗っけてぼーっとしていると



 「かえしてっ」

 下の方から、何だか切羽詰った声が聞こえてきた。意識がほんの少し覚醒する。
 気になって階段を降りてみると、階段の裏の暗がりで少し幼く見える女の子と、少し目つきの悪い男の子が言い争っているようだった。

「かえしてよ、わたしのカードっ」
「は?これがおまえのカードって証拠あんのかよ!」

 その台詞を聞いて、何だか私の機嫌がすこぶる悪くなる。
 「は?」の言い方が何処かの誰かと非常に似ている。ぴきぴきしてくる。
 別にそれが理由だからという事は多分無いのだが、男の子に向かって声をかけた。

「ちょっとキミ!女の子をムカムカ……じゃなくて、泣かせるのは良くないと思いますよ?」
「……アンタ誰?関係ない奴は黙っててくれよ」

 男の子が、不機嫌そうな顔でこっちを見た。
 女の子の方も私の登場に驚いていたが、カードを取り返す事が最優先なのか、すぐに仕草が戻る。

「わたしのカード、かえしてよっ!」
「だからこれは俺のカードだって言ってんだろ?なんなら証拠見せてみろよ!」
「うぅ……」

 その様子を見ていたかづなは「これだから、カードの盗難って厄介なんですよね……」と呟く。
 一度相手の目を盗んでカードを懐に入れてしまえば、それはもう誰のカードかわからない。
 盗んだカードを使って、楽しめる人の精神は私にはわからないけれど
 盗む側の方が明らかに有利なのは、確かだと思う。

「……あれ?」
 男の子が持っている問題のカードの絵柄が、チラっと見えた。あれってもしかして……

「ねぇ、そのカードちょっと見せてもらえません?」
「は?いきなり何を」
「いいから」

 有無を言わさずカードをさっと取り上げると、じっくり絵柄の部分を見る。
「だから俺のだって!変な言い掛かりを付けるなら……」
「言い掛かりってわけじゃないんですけど……ちゃんとカード見てみました?」
「え?」





「――絵柄に名前、書いてありますよ?」



 ……沈黙。
 男の子は勿論の事。
 指摘したかづな本人でさえ、頭の裏に汗マークが出てしまいそうな感じに苦笑いしている。

 少し値が張りそうな白いカードの絵柄には
 しっかりと『七水』という丸々とした青い文字が書かれていたのだ。

「……」
「……」
「かえしてー」

 恐らく『七水』ちゃんという名前の女の子の間延びした声が、空しく辺りに響き渡る。
 何とも言えない空気の中、気を取り直したかづなはジトっとした目で男の子を睨み付けると

「……で、返してあげないんですか?」
「だ、だからこれは俺の」

 ……まだ言い逃れするかこの子は
な らこっちにも考えがある。

「なるほど、つまりこの名前を書いたのもキミなんですね」
「……」
「かわいい丸っこい文字ですねー。凄く子供っぽいかわいい字です!」
「……」
「しかもななみ君って言うんですか。文字だけじゃなく名前もかわいいですね!とってもキュートです!」
「……覚えてろちくしょう!」

 黙ったまま顔を真っ赤にしていた男の子は、何かに耐えられなくなってその場を逃げ出してしまった。
 とっちめられなかったのは残念だけど、カードは取り返せたし結果オーライだ。
 おずおずとその場を見守っていた女の子に、かづなは取り戻したカードを差し出す。

「はい、ななみちゃん
「あ、ありがとう……」

 人見知りしている仕草が妙にかわいい。
 カードを渡すと、その子は上目遣いでこちらを見つめてくる。

 ……もしかして、何か言いたいんだろうか?

「あ、あ、あ……」
 余程緊張しているのか、その先の言葉が続かない。
 でも、何となく想像は付く。きっとこの子は、さっきのお礼を言いたいのかもしれない。

「大丈夫ですよ。ありがとうって言われる程の事でも」
「あ、あ……あげる!おねえちゃんに!」

 えっ、くれる?何を?
 予想外の反応に目をぱちくりしていると、手に一枚のカードを裏のまま半ば無理やり渡される。
 表にしてみると、そのカードは先程取られそうになっていた枠の白いカードだった。

「ってえぇ!?もらえませんよこんなの!」
「ありがとうって思ったから、そのお返し!ばいばい!」

 引き止める間もなく、物凄いスピードでその場から去ろうとする女の子。
 とても追いつけそうにない。あんな大人しそうな顔をしているのに、小動物のように俊敏だ。

「な、ななみちゃん!待ってください!」

 大声で呼び止めると、その後ろ姿がピタっと止まる。
 ……わかってくれたのかな?
 そう思いながら近付こうとすると、そのまま近くの電柱に隠れて半分だけ顔をこちらに向けてきた。

「おねぇちゃん。わたし、ななみじゃない」
 ガクーっとひっくり返りそうになった。どうやら名前の訂正の為に止まってくれたらしい。

「でも、カ-ドには『七水』って……」









「ななみじゃなくて、しちみ。七と水って書いて、しちみ」



 ……沈黙。
 し、しちみ?
 ななみじゃなくて、しちみ?

「……唐辛子ですか!?」
「とうがらし?」

 ななみちゃんは小首を傾げて頭の上に?マークを沢山出す。
 どうやらそういう小粋なジョークというわけではなさそうだ。

「……ばいばい、おねぇちゃん」

 私が呆気に取られていると、ななみちゃんは電柱から半分出していた顔を引っ込めた。
 そのままさっきまでのような物凄く俊敏な動きをして、視界から消えてしまう。

「えーと……」
 もう追っても無駄な気がしたので。とりあえず手元のカードをじっくりと眺める。
 高価そうなシークレット仕様のカードで、絵柄には『七水』の文字。
 どうやって呼び出すカードなのかを調べる為、召喚条件の部分を見る。

「――この子、私のデッキじゃ呼べません!?」

 やっぱり、今度会ったらちゃんと返そう。
 せっかく託してくれたカードを使えないとあっては、ななみちゃんが可哀想だ。




「は?何が呼べないって?」

 そんな事を考えていると、階段から不愉快な声が聞こえてきた。
 目を向けずに無言で雪平鍋を取り出し、そのまま後ろへ振り回す

 ガシッ
 だけどなお君は、間一髪の所でそれを防御してきた。

「って、いきなり何すんだ!」
「『は?』って言葉遣いを治して下さい!将来あの子みたいになっちゃいますよ!」
「いきなり何言ってんだ!?」

 冷静に考えてみたら、なお君がさっきの子供達の事を知ってるはずがない。
 余りに間の悪い偶然が続いたせいで、少しイライラしてしまってたのかもしれない。反省しよう。

「修理は終わったみたいですけど、何か収穫はありました?」
「……ああ、カード自体は<タイラントドラゴン>を手に入れただけだ。心強いカードだけど、幻魔に対抗するとなると厳しいかもしれない」
「そうですか……残念です」

 戒斗さんレベルの相手を想定すると、市販のカードでは荷が重いのかもしれない。
 わかっていた事とはいえ、これからの事を思うと少し不安だ。



「――でも、気になる情報があった」

 気になる情報?
 かづなは目をぱちぱちして、治輝の方を真っ直ぐに見て先を促す。

「旧商店街の先にある廃品置場で、見た事の無いドラゴンが暴れているらしい」
「ドラゴン、ですか」
「あぁ、だから明日にでも会いに行く。危ないから俺一人でも」
「……」

 それを聞いて、真顔でなお君をじーっと見る。
 確かに私は、そういう場では邪魔かもしれない。
 でも、なんであれ私は、なお君の力になりたい。
 幻魔との戦いの時や、ペインとの戦いの時の、恩を返す為に。

「……わかったわかった。一緒に行こうぜ」
それを聞いて私はにっこりと笑顔を浮かべる。

「でも、いい加減何泊も宿を取らせてもらってたわけだし、もう十分……」
「私、基本恩知らずですから」

 それは、なお君に会ったばかりの時にも言った台詞。
 あの時は、ただ昔を悔いる為に使っていた言葉だけど……。

「だから、気にしすぎるくらいで、丁度いいと思うんです」
 これからは、少しでも前に進む為に。
 少しでも自分のことを好きになれるように、この言葉を使っていきたい。
 それが、幻魔の力から助けてくれたなお君に対しての、せめてもの恩返しだと思うから。