シューティングラーヴェ(はてな)

シューティングラーヴェの移行先

遊戯王オリジナル episode-14

「――ありがとうございました。また来ます」

 治輝は病院の先生に一礼をして、その場を立ち去る。
 先生に聞いたのは、木咲の容態についてだ。
 悪化もしていないが、良くなる兆しも全く無い――そういう内容だった。
  
「悪化もしていない、か」

 なら、まだ焦る必要は無い。
 そんな考えが、頭の中を通り抜けては逆走し、再び頭の奥に引っ掛かる。

「でも、それじゃ駄目なんだよな」

 思い出すのは、先程屋上で見せたかづなの言葉。思い出すと、自然に笑いが漏れてしまう。
 相変わらず音のしない廊下だ。自分の足跡だけが、木霊するように辺りに響き渡る。
 ……かづなとスドには、先に外の駐車場で待ってもらっている。早いところ合流しないと。



遊戯王オリジナル episode-14


「そういえば、なお君の本名って『時枝治輝』って言うんですよね。ときえだ、なおき」
「ん、そうだけど」

 旧商店街に戻る為の街道跡を歩いてる最中に、かづなにそんな事を聞かれた。
 木咲がそう呼んでいたのを聞いていたのだろう。

「『時枝治輝』……無駄に気取った名前ですよね」
「……ほっといてくれ、それに俺に言われても困るぞ」

 自分の名前と苗字は自分の意思で決められないのだから、それを言うのはお門違いだと思う。
 半ばジト目になってかづなの方向に視線をやると、かづなは何だかぎこちない表情をしていた。

「どうした?」
「いえ、あの……」
「?」
「木咲さんは知ってるんですか?その――なお君が、木咲さんの為にやってる事」
「……いや、伝えてない」

 治輝はそれを聞き、ゆっくりと瞼を閉じる。
 ――木咲は『ペイン』の力の影響で声を失った。それを取り戻すには、その影響を与えた『ペイン』を地上から消し去る必要がある。その為に、俺は動いている。
 そんな説明をすれば、木咲はきっと俺を止めるだろう。私の為に危険を冒すなと、叱責するだろう。
 他にも理由はあるが、それも含めて……伝える事は躊躇われた。

「でも、治る方法が見つかるかもしれない!って、漠然とした形では伝えてあるんだ」
「そうですか……」
「心配も掛けたくないけど、木咲にとっては希望になるかもしれないからな。それに――――?」

 治輝が言葉を続けようと目を開いたその時、その先の廃工場の近くに人影が見えた。
 廃工場には何故か明かりが付いていて、その人影の顔の輪郭がうっすらと映る。

「――――!?」

 その人影から、視線が外せなくなった。
 あらゆる血管が沸騰しそうになる程に体が熱くなり、全身に力が篭っていく。
 急に様子が変になった俺に違和感を覚えたのだろうか、かづなはキョトンとしてこちらを見つめていた。だが、それを気にしている時間が今は惜しい。
 次の瞬間、治輝は無意識の内に走り出していた。

「ちょ、なお君!?」
「悪い、スドと一緒に先に帰っててくれ!」
「小僧?一体何を……うおおおおおおおおお!?」

 治輝は振り返りながら頭の上のスドを掴むと、フリスビーの要領でかづなに向かって投げ飛ばした。
 スドは予想以上に凄まじいスピードで斜め上に飛んで行き、お空の星になってしまう、

「ス、スドちゃあああああああああああん!?」
 かづなとスドの悲鳴が聞こえたが……この際気にしない事にする。許せ。
 心の中でスドの運命を祈りながら、そのまま廃工場の入り口まで走り込んだ。
  
 廃工場には何故か明かりが付いていて、一部の機械もまだ動いているようだった。
 廃墟特有の埃も少なく、電球や蛍光灯も新しい物が使われている。
 そして、目の前に人がいた――それも二人。
 一人は身なりの整った青年だ。スーツのような物を着込んでいる。
 もう一人は小動物のような少女。俯きがちで、どこか元気のない様子だ。

(俺の探していた奴とは違うな……)

 二人とも先程見掛けた人影とは似つかない。
 つまり、最低でも後一人、ここに誰かがいるという事になるが……。

「――貴方は、誰ですか」
 物腰の柔らかい、だが警戒を含んだような声で、青年がこちらに問いかけてきた。

「人に名前を尋ねる時は、まず自分から……って教わってないのか?」
 本来いきなり飛び込んできたこちらにそんな事を言う資格は無いのだが、今は情報が欲しい。
 案の定青年は少し眉を顰め、治輝に不機嫌そうな顔を向けてくる。

「自分の名前はサコウエイスケ……佐光英介です。以後お見知り置きを」
「俺の名前は治輝だ。そっちの女の子は?」
「……!」

 女の子は自分に話が振られた事に驚いたのか、ササッと柱の影に隠れてしまう。
 それを見た佐光は、目を細くして女の子を一瞬睨んだ後、こちらに向き直ってくる。

「貴方は、あのお方の賛同者の方ですか?」
「あのお方?賛同者?」
「……成る程、よくわかりましたよ」

 佐光はその言葉を聞くと、無言で決闘盤を展開した。
 先程とは違い、完全な敵意をこちらに向けて来ているのがわかる。

「賛同者が何かもわからない、あのお方が誰かもわからない」
「……」
「つまり貴方は部外者、ここには必要の無い人間だ!」

 その言葉を聞いた小さい女の子も、柱の影から出て来て決闘盤を展開する。
 ――――って2体1かよ!?
 それは非常にまずい、特別なルールを設けない限り、二体一で一人側が勝つ事は本当に稀だ。
 一度退却するか?それとも……

「準備はいいですか?では決闘を――」
 だが佐光は、こちらの逡巡すら許さぬまま決闘開始の宣言を始める。
 もう、腹括っとくしかないか……!
 決闘盤を展開、デッキをセット、シャッフル。デュエルモードをONにして……



「――――なんにもよくありませんっ!!」

 その時、廃工場内に聞き慣れた声が響いた。間違えるはずも無い、この声は――!

「……かづな!?先に帰ってろって言ったろ!」
「あんな言い方されて素直に帰る人なんていないですよ……」

 かづなは目を閉じ、ため息を付きながら隣まで歩いてくる。
 決闘盤を展開し、デッキを滑らかな手付きでセット。どうやらやる気満々のようだ。
 佐光はそれを見て訝しげにかづなを見下し、口を開く。

「誰だか知りませんが、貴方はただの一般の女性の様だ。死にたくなければ辞めた方が無難ですよ?」
「そうだ。もしコイツに『ペイン』の力があったら……!」

 『ペイン』
 ある時を境に、サイコ決闘者が突然変異した姿。
 サイコ決闘者の数倍の力を持ち、普通の人間ではその攻撃に耐えられない。
 その怖さは、コイツはよく知ってるはずなのに……!

「大丈夫です。多分この人達……『ペイン』じゃありません」
「え?」
「なんとなくですけど、戒斗さんの時に感じたような、ざわつきを感じないんです」
「……」

 戒斗の幻魔の力を受けて、ペインに関して敏感になったって事だろうか。
 その言葉に、若干の戦慄を覚える。
 黙り込んでしまった治輝に向かって、かづなは慌てて手を振った。

「あ、でも本当に何となく感じる程度の話なんで、確証があるというわけでは!」
「……いや、今はおまえを信じるよ」

 かづなを極力巻き込みたくはない。
 だけど、このままではあの人影に辿り着く事もできない。
 それにタッグのLPは共通だ。
 代わりにダメージを受ければ、かづなのダメージを幾らか減らせるはず――
 意を決して、目の前の敵――――佐光と女の子に向かって顔をあげた。

「……でも、無茶はするなよ!」
「――――はい!」

 場に似つかわしくない、弾んだ声が隣から聞こえる。
 決闘モードをシングルからタッグモードに移行、二人の決闘盤から特有の共鳴音が辺りに響き渡った。
 それを見た佐光は、誰にも聞こえないような小さい舌打ちをする。

「どうやら辞める気はないようですね。いいでしょう!」
「……」

 少し後ろにいた女の子が佐光の隣に並び、その二人の決闘盤もタッグモードへと移行していく。
 だがその時、相手の女の子は何かに驚いたような仕草を見せた。

「あの時の、おねえちゃん?」

 その言葉に反応し、かづなも同じように驚愕する。
 居るはずのない人間に出会ったような、意外と驚きが入り混じったような表情をしていた。
 
「――――ななみ、ちゃん?」