シューティングラーヴェ(はてな)

シューティングラーヴェの移行先

遊戯王オリジナル episode-23

 かづなは呆然と眺めていた。
 今まで治輝の体を守っていた、粉々に砕け散ったリストバンドの破片を。
 衝撃で吹き飛ばされる、治輝の姿を。
 そして、それらを引き起こした、モンスターの全貌を

「ライト……ルーラー?」

 天使を思わせる神々しさと、機械的な鋭利なフォルムを持つあの容姿。
 そして腕に生えている龍のような顔。その全ての要素が、あのモンスターが<アルカナフォースEX-THE LIGHT RULER>だと示している。
 だが、あのモンスターは先程の虎王の攻撃で、倒れたのではなかったのか。

「――ッ!」

 いや、とかづなはかぶりを振った。
 今はなお君の体の方が優先だ――そう思い直し、吹き飛ばされた治輝の元へと走り寄ろうとして

 ゾワリ、と。
 呼吸が詰まりそうな程の圧迫感を感じた。

「――チッ、てめーらこんなトコで何してやがんだ?」

 心がざわつくようなこの感覚は、忘れもしないあの時の感覚。
 そして忘れもしない、何かを吐き捨てるような、迫力のある声。
 この人は間違いなく、幻魔皇を操る決闘者――戒斗さんだ。
 その事実と一緒にあの時の事が頭の中に蘇って来た。体中に無意識に鳥肌が立つ。
 
 でも、おかしい。
 この胸のざわつきは、確かにペインである戒斗さんの存在に反応してるのに。
 なんだか、今日は戒斗さんが二人以上いるような――

「無様ね、時枝君」

 その時、戒斗さんと向かい合うような位置から、女の人の声が聞こえた。
 崩れた瓦礫の上で、悠然とその場に立っている。

「持続的な集中力が無いから、そういう醜態を晒すのよ。少しは成長したらどう?」

 心底見下すような口調で、その女の人はクスリと笑う。
 その時、上空の雲が取り払われ、暗闇に覆われていた私達の姿を月明かりが照らしていく。
 女の人の顔は色白で、月明かりに照らされる事でより端正な顔立ちに見えた。
 一見すると清楚な顔立ちをしているのに、その表情がその印象を一変させている。

「……やっぱり、お前だったんだな」

 ユラリと。
 その姿を確認して、立ち上がる人影があった。
 ――なお君だ。シャツの裾の部分がところどころ破れていて、立っているのやっとだという様子だ。
 なのに、なお君は拳にギュッと力を入れ、一歩ずつその女の人の元へと近付いていく。
 ただでさえ暗いのに、なお君の伸びてきた前髪は影を作り、その表情は見えない。
 ただ、ギシギシと歯軋りのような音が聞こえた。
 その音を聞く度、なんだか心がざわついてくる。

 そして、次の瞬間。



「――――愛城ォおおおおおおおおおおお!!!!!」

 血が混じったような治輝のかすれた叫びが、辺りに木霊した。
 一瞬かづなは、それが誰の絶叫なのか、誰の発した声なのかがわからなかった。
 そう思う程、別人のような叫びを上げて、別人のような顔をしていた。
 治輝は声を発しながら『愛城』と呼ばれた女の人に向かって疾走していき、その手を振り上げた。

「Dark.Ruler」

 愛城がそう舌を巻きながら呟くと、治輝の拳が届く寸前、二人に間に熱線のような物が通り抜ける。
 どうやら先程治輝のリストバンドを砕いたモンスターの腕……龍の頭の口から吐き出されたようだ。
 治輝は舌打ちをしながら、それに反応して手を引っ込め、後ろに大きく飛び退く。
 その様子を見た愛城は、薄く笑いながら治輝に話しかける。
 
「いきなり女性に手を上げるなんて最低だと思わない?」
「――相変わらずの物言いだな、愛城!」
「あんまり名前連呼しないでよ。そんなに私が恋しいの?」
「……ッ!」

 余りの物言いに掴みかかりそうな様子の治輝のシャツの裾を、かづなは軽くつまんで妨げた。
 そうしてる間にも、二人のペインの出現のせいか、胸のざわつきが収まらない。

「お知り合い、ですか?」
「あぁ、コイツのせいで木咲は、一度喉を潰されそうになった事がある」
「え……」

 それを聞いて、かづなは「信じられない」と呟いて、愛城の方に向き直る。
 そんな事をする人間が居るのは空想上の話だけで、現実の世界には居ないと思っていた。

「な、なんでそんな事をしたんですか?木咲さんが何か……」
「別に何もしてないわよ。耳障りな事ばかり喋るから、潰してやろうと思っただけ」

 アイツが常用してる水筒の中に刺激的な化学用品をちょいっと入れただけよ?と愛城は楽しそうに笑いながら言った。その事を今でも明確に覚えているような、そんな口振りだ。
 ピンポンダッシュを自慢するような気軽さでそれを説明する愛城を見て、かづなは怖気を感じた。

「っていうか、アナタ誰?木咲の事を知っていて、時枝ともつるんでるみたいだし」
「……なお君には『ペイン』に襲われてる所を、助けてもらいました」
「――へぇ『ペイン』に、ね」

 かづなの言葉を聞いて、愛城はニヤリと微笑を浮かべる。
 そのままの表情で、手を腰に置きつつ治輝に向かって語りかけた。

「じゃあ時枝君はこの子にとっての『HERO』って事じゃない!いわば彼女にとっての英雄!格好いいわねぇ」
「……おい、コイツは関係ないだろ。俺はお前に話があるんだ!」
「やーよ面倒くさい、たまには同年代の女の子ともお話させなさいよ」

 治輝が話に割って入り、予備の決闘盤を出そうとする。
 すると先程の大きなモンスターの腕が、治輝の頭に銃口のように押し付けられた。
 妙な動きをすれば打つ――そう無言で宣言されているような行為だった。

「なお君っ!?」
「大丈夫大丈夫、今は貴方と話したいだけだから」
「……ッ」
「ところで貴方は『ペイン』について、どう思う?」

 ピクリと。その問いかけに対して各々が反応した。
 かづなは過去を振り返りながら目を瞑り
 治輝はピクリと、その言葉に震え
 戒斗は一番距離を置いた位置に居ながらも、言葉の裏にある何かを探るような目を愛城に向ける。

「――私のお母さんは、ペインに殺されました」
「……へーぇ、ならそのペインから救ってくれた時枝君は、やっぱり英雄なわけだ」
「え?」
「だってそうでしょう?同じペインではないかもしれないけど、お母さんの仇を取ってくれたも同然じゃない」

 仇――そうなんだろうか?
 かづなは愛城の言葉に、何かしっくり来ない物を感じる。
 だが、せっかくのチャンスだ。
 なお君が動けない今、私も情報を聞き出さないと……!

「私からも質問、いいですか?」
「ええ、何かしら?」
「『木咲さんが貴方に喉を潰されそうになった』ってなお君は言ってましたけど……」
「あぁ、あの事。いい質問ね」
「え?」

 愛城はかづなの問いかけに大して、快く笑みを浮かべている。
 でも『いい質問』とはどういう意味だろうか?

「失敗したのよ、貴方の英雄さん……時枝君に邪魔されてね」
「そうだったんですか……」
「せっかく作った液体ごと水筒ぶちまけられたのよ、酷いと思わない?」

 そう言った愛城の言葉には返事をせずに、さすがはなお君だ!とかづなは心の中で思う。
 私の知らないところでも、なお君はなお君だった。
 その事実が単純に嬉しかった。
 でも、一つ疑問は残る。

「でも、その後木咲さんは貴方の望み通り、ペインによって喉に致命的なダメージを受けてしまいました」
「……」
「その『ペイン』は、愛城さん――貴方じゃないんですか?」

 先程から感じているざわつきは、愛城さんがペインである事を示している。
 それでいて、過去に木咲さんに恨みがある人物。
 そして、なお君が言っていた「目星は付いている」という言葉。
 
 的外れではないと、かづなは考えていた。
 だが、そこで治輝が再び声を荒げた。

「馬鹿、深入りするな!おまえが突っ込んでいい世界じゃ……」
「なお君、でも私――」
「時枝君、ちょっと黙ってなさい」
 愛城の言葉に呼応するように、治輝を捕縛していた巨大なモンスターの尻尾に該当する部位がしなり、治輝の腹の部分を叩き付けた。

「がッ……!?」
「なお君!?」
「……そうね、まずはこの子から紹介しましょうか」

 かづなが治輝に駆け寄ろうとした所に、ライトルーラーに酷似しているモンスターが目の前に立ちはだかる。黒くて二つの龍をその手に持と、体には鋭利な棘のような刃が何枚か付いているのが印象的だった。

《アルカナフォースEX(エクストラ)-THE DARK RULER(ザ・ダーク・ルーラー)/Arcana Force EX - The Dark Ruler》 †

効果モンスター
星10/光属性/天使族/攻4000/守4000
このカードは通常召喚できない。
自分フィールド上に存在するモンスター3体を
墓地へ送った場合のみ特殊召喚する事ができる。
このカードが特殊召喚に成功した時、コイントスを1回行い以下の効果を得る。
●表:このカードはバトルフェイズ中2回攻撃する事ができる。
この効果が適用された2回目の戦闘を行った場合、
このカードはバトルフェイズ終了時に守備表示になる。
次の自分のターン終了時までこのカードは表示形式を変更できない。
●裏:このカードが破壊される場合、フィールド上のカードを全て破壊する。

「佐光に『託してある』ライトルーラーとは対のモンスターであり、そこにいる永……戒斗の持ってる<幻魔皇ラビエル>に並ぶ力を持つ、私の最凶の僕よ」
「――ラビエルと同格だとォ?一度も戦ったこと無い癖にフカシこきやがって」

 傍観に徹していた戒斗が、おもむろに愛城の言葉にケチを付けた。
 愛城はその言葉を受け、若干不機嫌そうに戒斗を睨み付ける。

「貴方の召喚スピードが遅すぎるのが悪いんじゃない。切り札を誇るのは構わないけれど、実際に決闘で召喚する事ができないのなら、それは滑稽なだけだわ」
「良い度胸だてめェ、今すぐさっきの決闘を仕切りなおして――!?」

 ズガアアアアアアアアン、と。
 <Arcana Force EX - The Dark Ruler>の姿がかづなの目の前から立ち消えたと思ったら、戒斗の前に現れ、すぐさまその体を吹き飛ばした。余りに遠くに吹き飛ばされたのか、悲鳴さえ聞こえてこない。

「速い……!?移動と攻撃、二つの動作を一瞬でこなすなんて」

 もし攻撃の動作をニ連続で行ったら、そしてそれが決闘中だったら
 恐らくその攻撃を受けて、まともに立っていられる決闘者はいないだろう。
 それが例えリストバンドを持っているなお君でも、ペインである戒斗さんでも。
 まして、私なんかが食らったら――

「ねぇ貴方、名前は?」
「わ、私ですか?かづな……ですけど」
 愛城はかづなに問いかけをした。
 名前を聞くという、有り触れた普通の問いかけだ。

「いい名前ね、だから特別にさっきの質問に答えてあげるわ」

 だが、その言葉に反して
 少し遠方にいたDark Rulerはその二つの龍の腕を正面に構え、かづなに狙いを定める。

「……え?」

 かづなはその様子を見て、呆然とした。
 ペインの攻撃は、一般人が受ければ500でも致命傷だ。
 Dark Rulerは龍の頭部にエネルギーをチャージし、それは眩い光を放ち始める。
 もしあんな攻撃が直撃したら、私は――

「――これが答えよ!レイニング・オリジン!」

  光は、かづなのそんな逡巡すら許さない。