シューティングラーヴェ(はてな)

シューティングラーヴェの移行先

遊戯王オリジナル episode-35

 キィ……と。
 かづなは自分の部屋の扉を開けた。
 リビングは暗く、床は冷たい、凍えるほどの寒さがその場を包み込んでいる。

 辺りを見渡す、誰もいない。
 当然だ。

 ドアノブを回し、もう一つの部屋を覗く、誰もいない。
 当然だ。

 もう、なお君はここには帰ってこない。
 当然だ。

 何故?なんで帰ってこないの?
 ――おまえのせいだ。

「なんで、私のせいなんだろう」

 かづなは微睡を残したまま、ドアノブを掴んだまま、そう一人で呟く。
 廃工場で、色々な事があったあの日。私は色々な事で驚く事になった。
 一つは、なお君が『ペイン』だったという事。
 私からお母さんを奪った、ペインという存在。
 でもペインに対して憎いとか、殺し尽くしてやりたいだとか……不思議とそういう感情を抱いた事はなかった。
 ある意味、親不孝者なのかもしれない。

 だからなお君がペインだと言われた時も、そう言った想いに至る事はなかった。
 愛城さんには否定されたけど……なお君は、なお君だ。
 
「……でも」

 そう――『でも』だ。
 私はペインに対して、憎いと思った事はなかったけれど。
 『怖い』と思う事なら山ほどあった。

 『ペイン』
 サイコ決闘者が突如進化して成ってしまった、人類にとって未知の存在。
 私は何度かその脅威に晒され、恐怖を感じていた。
 一度は命を奪われそうになった事もある。
 だから私は、ペインという存在が本当に怖かった。

 ――だから私は、赤く光るなお君の右手を掴む事ができなかった。

 なお君がペインとしての力を発現し、右手から、右手首から光を発したあの時。
 なお君が、愛城さんを追おうとした時に
 私は引き止める為に、彼の右手を掴もうとして

 左手に、掴み直したんだ。

 なお君は、なお君?
 ペインである前に、なお君はなお君だから関係ない?

 馬鹿じゃないだろうか?あの時、私は確かに怖かった。
 未知の力を発現するなお君の事を、ペインと同じように怖がった。
 そんな私が、そんな絵空事を言ったところで、誰も信じてくれるわけがない。
 臆病なのはいい事だ、と昔の偉い人が言っていた気がするけれど
 今の私は、そうは思えなかった。

 ドアノブから手を離し、窓の方に歩く。
 ガラッと、音が鳴り、今まで以上の冷気がリビングを包み込む。
 少し鳥肌が立ったけど、今はこの寒さが心地よかった。
 私は裸足のままベランダに出て、外を眺める。

「……病院」 

 そう、病院だ。
 私はあの時、彼に何と言ったんだったか。
 余り思い出したくないけれど、また思い出さなくちゃいけない。

 あそこで話したのは、木咲さんを救う方法。
 木咲さんに影響を与えたペインを地上から消せば、木咲さんは治るかもしれない。
 ……違う、これじゃないよ私。
 ギッ、と頭の奥に亀裂が入るような痛みを感じる。
 そう、でもあながち、違ってもいない。
 それを聞いた私は、なお君に何て言ったのか。
 それを、思い出さなくちゃいけないんだ。

「……ハッピーエンド」

 ズキリ。
 また、頭の奥が歪むような痛みを感じる。

「みんな笑って終われる、ハッピーエンド」

 目の淵に、決して出さないと誓ったモノが溢れ始める。

「私、死ねって言ったんだ」
「貴方が死ねば、みんな幸せになれるって―――そう言ったんだ」

 それを聞いたなお君の、その力のない笑顔を。
 はっきりと、思い出した。