シューティングラーヴェ(はてな)

シューティングラーヴェの移行先

遊戯王オリジナル episode-38

「かづなおねえちゃんの所に、帰ってあげて!」
 かづなに懐いていた。廃工場で敵になっていた女の子……七水は出会って早々、そんな事を言ってきた。
 俺はそれを聞き、頭を掻きながら口を開く。
「純也、どういうことだ?」
「いやぁ、実は成り行きで……」
「意外と口軽いんだな……それと先輩って言うな」
 よく見れば七水の手は純也の上着の裾をしっかりと握っている。大方無自覚の色仕掛けにでも引っ掛かったのだろう。
 まぁ、純也は多感な年頃だろうし、そういった耐性もないのかもしれない。
 とはいえ怪我をした時に介抱してもらった手前、余り邪険に扱うわけにもいかない。
 バツの悪そうな顔で目線を逸らす純也の姿を認めながら、俺は大きい溜息を一つ吐く。
 だが

「治輝さんがいないと、凄く元気がないの。だから、帰ってあげて!」

 それを聞いて、しばらく呆然としてしまった。
 何故だろうか
 その七水の言葉を聞いて、俺は心配とは違った感情を抱いてしまった。
 アイツはペインである俺を嫌いもせず、それを騙してきた俺を憎みもしていない。
 そんな事実を目の前に、俺は『安心』してしまった。
 今のアイツを案ずる気持ちより遥かに大きい、俺自身の安心感。
 つくづく、自分は救えない人間だな、と自嘲気味に笑う。
 そして同時に、自分の中の決意が、更に硬くなるのを感じた。
 それを、そのまま言葉にする。
「まだ帰るわけにはいかないんだ」
「なんで?なんで帰ってあげないの?」
 あくまで無邪気な、七水の声が響いてくる。
 何故帰らないのかと聞かれれば、それは俺にその資格が無いからだ。
 だから、俺は都市街の高層ビルを見据えて、ゆっくりと口を開く。
「悪いけど、これからちょっと行く所があるんだ。だから」

「それが終わるまで、保留しといてくれ」

 そう言った直後、旋風が巻き起こった。
 病院の駐車場の地面は砂の為、凄まじい量の砂埃が辺りを包み込む。
 たまらず純也と七水は目を覆い、それと同時に砂埃の中心に小さな木が出現した。
 黄色みを帯びた緑色の葉は1組ずつ対をなし、鮮やかに輝いてその存在を主張している。
 だが次の瞬間、その鮮やかな葉は四散し、木は鋭利な刃物へと姿を変えていき……。
 一本の、剣となった。
 四散した葉は一つに集まっていき、巨大なモンスターへと変貌していく。
 強固な鱗は黄色みを帯び、剣を手にしたそのモンスターは、その剣と同じように鋭い咆哮を上げた。

「来い!<ドラグニティアームズ-ミスティル>!!」

《ドラグニティアームズ-ミスティル》 †

効果モンスター
星6/風属性/ドラゴン族/攻2100/守1500
このカードは自分フィールド上に表側表示で存在する
「ドラグニティ」と名のついたモンスター1体を墓地へ送り、
手札から特殊召喚する事ができる。
このカードが手札から召喚・特殊召喚に成功した時、
自分の墓地に存在する「ドラグニティ」と名のついた
ドラゴン族モンスター1体を選択し、
装備カード扱いとしてこのカードに装備する事ができる。

 ミスティルが翼をはためかすと、辺りの砂埃を扇ぐように吹き飛ばした。
 純也と七水はようやく目を開き、目の前の巨大なドラゴンに驚愕する。
「いくぞ、ミスティル!」
 掛け声と共にその上に乗り、ミスティルは瞬時にその翼で上空へと飛翔していく。
 そのまま回転しつつ急激に上昇し、遂には雲を突き破った。
 当然、二人の姿はもう見えない。
 目指すは愛城が組織する『ベイン』の本拠地である高層ビル。
 あの廃工場の時に挑んだ時は空中で迎撃されたが、今度はそうはいかない。

「全部、終わらせてやる――――」

 拳を握りながら、そう呟く。
 寒さのせいか、その言葉はすぐに白くなっていった。




「治輝先輩、何処いったんだろう……何だか今日は様子が違ったけど」

 取り残された純也は、首を傾げて「うーん」と頭を悩ませる。
 対する七水は、ハッと何かに気付いたような顔をした。
「あの方向、もしかして!」
「え、心当たりがあるの?」
「多分『ベイン』が拠点にしてるビル!間違いないよ!」
 そう言われた純也は「おや」と七水の言葉に疑問を覚えた。
 この子は『あの方向、もしかして』と言った。
 それはつまり、あのスピードで上昇していった治輝先輩を、目で追えていたという事になる。
「君、一体……」
「急いでおねえちゃんに連絡して、追わなくちゃ!」
「ってもう走ってる――!?」
 純也が気付いた時には、七水はもう走り出していた。
 何やら大変な事に巻き込まれたぞ、と純也は思いつつ、思考を巡らせる。
 ベインの本拠地には、多くのサイコ決闘者が集まっているらしい。
 つまりサイコ決闘者である兄が、そこにいる可能性はあるかもしれない。
 そして何より――

「女の子一人を危険な目に合わせるわけには、いかないよね!」

 それは、兄さんの口癖の一つでもあった。
 兄さんを探すのなら、兄さんを目指さなきゃ嘘だと、純也は思う。

 いつの間にか、七水は遥か前方まで進んでいた。
 走る速度がおかしい、果たして追いつけるんだろうか。
 純也は先行きを不安に思いつつも、全速力で七水を追いかけていった。