シューティングラーヴェ(はてな)

シューティングラーヴェの移行先

遊戯王オリジナル episode-65

 手を確かに、はっきりと握った。
 かづながそれを、思い切り引っ張り上げる。
 治輝も負けずに、勢いよく立ち上がる。
 その結果――
「わわ!」
「な……」
 力を入れすぎる形になったかづなは動揺し、バランスを失った二人は重なるように倒れこんだ。
「……」
 無言で治輝は、倒れこんだままかづなの額にデコピンをお見舞いする

「いたっ!何するんですか!」
「引っ張る側が倒れてどうするんだよ。全く……」

 締まらないなぁ、とぼやきつつ。
 治輝は顔色を隠しながら、そのままかづなの横にゴロンと転がるように天井を見上げる。
 決闘が終わった事で、一帯を覆っていた『竜の渓谷』は姿を消し、完全にビルの一室に戻っていた。
「いいじゃないですか、まだ慣れてないんです」
「……慣れられても困るけどな。俺の立場が無い」
「なんですそれ?」
 かづなが半身を治輝の方に向け、不思議そうに聞く。
 治輝は難しい顔をしながら、若干悔しそうに答えた。
「男が女に引っ張られる。ドラゴン族使いが鳥獣使いに引っ張られる。……なんか図としては情けないだろ」
「うーん、いいと思いますけどね。いつかは鳥獣がドラゴンを引っ張る時代が来るのかも」
「俺はそんなカードが出ない事を祈るよ……」

 治輝はかづなから視線を外し、割れた窓の方を向いた。
 外の景色を見ると、若干の身震いを感じる。
 今日の風はやけに、冷たかった。

「俺は確かに負けたけど――やるべき事が変わるわけじゃない」

 決意の篭った目を外に向け、治輝はそう呟く。
 それを聞いたかづなは、笑っていた顔を少し引き締め、黙っている。
 そんなかづなにくるりと視線を戻した治輝は、それでも視線をほんの少し上にずらしながら、言った。
「でもおまえと決闘して……」
「……」
「まだ何かを変えられるかもしれない――そう思った」
 それは、治輝の本心だった。
 先程の言葉の通り、治輝自身がやるべき事が揺らぐ事はない。
 だが、確かに自分の中の何かが、確かに変わったのを感じた。
「悪いけど、それが今俺の出せる精一杯だ……駄目か?」
 そんな治輝の瞳を真っ直ぐに見つめながら、かづなは小さく首を振りながら、小さく笑った。
「何か手伝える事があったら、いつでも言ってくださいね」
「……また『恩返し』か」
「ですよ。まだまだ返し切れてないんですから!」
「それはこっちの台詞な気がするんだけどなぁ」
 苦笑いを浮かべながら、治輝は「よっ」という掛け声と共に足を力を入れ、立ち上がる。
 そして未だ寝そべっているかづなに向かって、手を差し伸べる。
 その手をかづなは、悪戯っぽく笑いながら握り返し、そのまま立ち上がった。
「これでまた貸し一つですね。返すのが大変です」
「……おまえわざとやってないか?」
「なんのことかさっぱり」
 そんなかづなの様子に困ったような、苦笑いのような表情を浮かべた治輝は、改めて外を見る。
 割れた窓から、遥か下の方で行き交う人々や、慌しく移動していく車を見下ろし、懐かしい寒気が走った。
「やっぱり、高い所は苦手だな」
「え?」
「――いや、とにかく『学校』に急がないと。愛城に先を越されるわけにはいかない」
 治輝は会話をはぐらかすように、しかし決意の篭った顔でそう言い放つ。
 頭の上にハテナマークが浮かんでいる状態のかづなは、そのまま疑問を口に出す。
「学校って言ってましたけど、愛城さんは今も学校に通ってるんですか?」
「『学校』ってのは言葉通りの意味じゃないんだ。スドは気付いてたみたいだけどな」
「……?」
 ますます意味がわからない、といった風にかづなは頭を悩ませる。
 そんなかづなに向かって、治輝は目を閉じたまま息を小さく吐き、言った。

「俺と愛城の母校で、今木咲が寝ている病院――それが『学校』だよ」







「ここが――学校?」

 純也を氷虎に運んでもらいながら、七水は愛城の後ろを付いて歩いていた。
 そしてどうやら、目的の場所へと到着したらしい。
「そうよ」
「だって、これはどう見たって……」
 その場所は七水も知っている場所だった。それも当然、先程までここに居たからだ。
(純也君に案内してもらって、治輝さんと会って、かづなおねえちゃんの事を話した場所)
 この場所は間違いなく――
「病院、だよね」
「そう、病院であって、学校よ」
 愛城は目の前の建物から目を離さずに、そう言い放つ。
 七水にはその言葉の意味が、今一つ理解できなかった。
「かつて私の居場所だった、始まりの場所」
「……?」
「七水ちゃん、あなたはあれから自分の居場所に戻れたのかしら」
「――うん、みんなわかってくれた。とまではいかなかったけれど」
「そう――それはよかったわね」
 消え入るような声で呟きながら、愛城は深く息を吐く。
 そして、ゆっくりと七水に振り返ると
 
「私達を裏切って――自分だけ幸せになれて」

 ゾクリ、と。
 その声を聞いた七水に、悪寒が走った。