シューティングラーヴェ(はてな)

シューティングラーヴェの移行先

遊戯王オリジナル episode-66

「木咲さんと会った病院が、学校――!?」
 かづなはその事実を聞くや否や、大きな声で驚愕を表した。
 治輝は窓の淵に手をかけ、遠くにあるであろう『学校』の方向を見つめる。
「俺と木咲、そして戒斗と愛城が通っていた『学校』だよ」
「じゃあ、今はなんで病院に……」
「ペインの騒動の中心部だって言われてたからな。その手の原因を探るには打ってつけだったんだろう」
 治輝は学校が廃校になった時の事を思い出し、苦虫を噛み潰すような表情を浮かべる。
 生徒達に蔑むような視線を向け、化け物と罵った先生達の顔。
 こんな不浄な事件の起きた学校などいらない、と。権利を譲渡した時の嬉しそうな顔。
 どれも、鮮明に思い出せる。
「……元が学校だったから、あんなに玄関の靴箱が大きかったんですね」
「駐車場もグラウンドの使い回しで砂のままだしな。でも中身は立派な病院だ」
 かづなは、治輝がどんな思いでそれを語っているのか想像ができず、暗い顔をした。
 治輝は目を閉じ、拳を握り締める。

「でも、あそこは俺達にとって学校なんだ。俺達が通い、笑いあった、たった一つの学校なんだ」

 治輝は決心の篭ったような声でそう言い放つと、手錠の外れた決闘盤を起動させる。
 かづなはそれを見て、寄り添うように治輝に近付いた。
「なら、尚更急がないと!木咲さんが危ないです!」
「……おまえにそれを言われるとヒジョーに腹が立つんだけど」
 そう言いながら、治輝は決闘盤に一枚のカードをセットする。
 しばらくすると一振りの剣を元に、金色の鎧を纏う龍――ミスティルが具現化した。
「コイツに乗って行けばすぐ着けるはずだ。おまえは――」
「勿論乗って行きますよ。初の二人乗りは何事もドラゴン!って言いますし」
「いわねぇよ!……よし、そうと決まれば長居は禁物だな」
 若干の呆れを混じった声でそう言いつつ、治輝はミスティルに跨ろうとした。
 その時

「行かせるとでも思いましたか?全く警戒心のない事だ」

 聞き覚えのない声が、ビルの一室に響いた。
 治輝とかづなが近付いた窓とは逆方向の窓が、粉々に砕け散る。
 そのガラスの煌きの中心で、突進してくる影があった。
「光神機轟龍――!?」
 治輝はかづなを庇うように前に出ると、手に力を集中し、突っ込んでくる轟龍の攻撃を弾き飛ばした。
 轟龍はその突進の勢いを殺さぬまま、再び後方へと高速移動した。
 そしてその轟龍の後ろから、人影が現れる。
 その姿を認めると、治輝は舌打ちをした。
「佐光、か。面倒な時に――!」
「その通り!前回は苦渋を呑まされましたが、貴方にあのお方の邪魔はさせません!」
 佐光英介。タッグ決闘で戦った、愛城の部下だ。
 まさかこんな最悪のタイミングで出くわすなんて――!
 コイツと戦っていたら、愛城が先に学校に着いてしまうかもしれない。それだけは絶対に避けなければならないのに。
 治輝がそう心の中で思案していると
 その思考を遮るように、かづなが治輝の前に出た。そのまま決闘盤を展開する。

「先にばびゅんと行って来てください。ここは、私が預かります!」
「な……!?」

 突然のかづなの行動に、治輝は困惑する。
 相手は敵で、純正のサイコデュエリストだ。何の力もないかづなに勤まる相手じゃない。
 それなら、二人がかりで速効で倒した方が現実的なはずだ。
「馬鹿言うな、二人で速効で潰すぞ!――って、あれ?」
 治輝が決闘盤を展開しようとすると、何故かエラー音が鳴った。
 原因はすぐにわかった。デッキが入っていなかったのだ。
 こんな時にやらかしたか、と内心で焦りながらポケットを探っていると
 治輝の目の前に、デッキがふよふよと浮いて現れた。
 一瞬怪奇現象かとも思ったが、すぐに犯人が思い当たり、無言でデッキを取り返し、デッキが浮かんでいた辺りの『空間』を思い切りぶん殴る。
 ガコォン!と、小気味のいい音が聞こえた。
「何をする。せっかくデッキを渡してやったというのに!」
 文句を言いながら、何とか迷彩で透明になっていたスクラップドラゴン――スドの姿が現れた。
 治輝はキレそうな声を出しつつ、それを罵倒する。
「渡すも何もどうせおまえが取ってったんだろうが!」
「主人と認めた以上、デッキの内容くらいは知らないとなるまい!」
「今はそんな状況じゃねーだろ!」
 スドをもう一度叩こうとしたがひらりと避けられ、また迷彩を使い透明になってしまう。
 これ以上は時間の無駄だと悟り、治輝は決闘盤を再び展開しようとして……それをかづなが手で制した。
「な……!」
「行ってください。木咲さんが危ないし、時間もないんでしょう?」
「相手はサイコ決闘者なんだ。前回はタッグだから庇えたが、シングルではそうはいかない!」
 叫ぶ治輝を見て、かづなは「はぁ」とため息を吐いた。そして、真っ直ぐに治輝の目を見つめる。

「私のせいで登校が遅れたんです。その償いくらいさせてください」

 かづなは決意の篭った表情を浮かべながら、そう言った。
 治輝はそんな言葉で納得できるはずもなく、尚も声を荒げていく。
 かづなはそんな治輝を見て、少し思案する表情をすると、何かを思いついたような顔をした。
「いいからここは二人で戦うぞ。その方が」
「じゃーんけーん」
「!?」
 突然かづなが言ったじゃんけんの言葉に、治輝の体は自然に反応し、思考は高速で回転する。
 よくわからないが、これで勝ったらかづなは言う事を聞いてくれる気なのだろう。
 なら、俺の出す手は一つだ。
 チョキの型にさらに親指を伸ばした、全く新しい型。
 握られた小指と薬指がグーを表し。
 親指と人差し指でチョキを模し。
 伸ばした三本の指でパーを司る。
 奥の手である『グチョパ』を出そうと手を握り、振り上げると

 ガッ、と。

 振り上げた拳をかづなに右手で掴まれ、治輝は拳を開く事ができなかった。
 その一瞬の隙の間にかづなは左手でパーを出し、勝ち誇ったような笑みを浮かべた
「はい、私の勝ちです!」
「勝ちです。じゃないだろ!?両手使うのは反s……」
「今更どの口が言いますか。……とにかく、私はなお君に勝ちました」
 ゆっくりと、しかしハッキリとした口調で、かづなは言葉を続けていく。
 そんなかづなの様子に圧倒されて、治輝は口を開けられない。

「勝ったんですから、信用してください。あなたに勝った私を、少しは認めてくれたっていいじゃないですか」

 治輝はその言葉に、その様子に、しばらく圧倒されてしまった。
 だが、だからといってサイコ決闘者と戦って無事に済むとは限らない。
「おまえは強くなった。でも相手はサイコ決闘者だ!無傷で済むわけが――」
「わかりました。なら――」
「……?」
 かづなは急に小さく笑ったかと思うと、佐光の方に体を向けて

「――――無傷で倒せば、いいんですね?」

 そう、断言した。
 さすがの言動に治輝は戸惑い、そして当然の事ながら
「……私も随分侮られたものですね。その驕りと一緒に、八つ裂きにしてあげましょう!」
 佐光もそれを聞き、不快を言葉で表した。
 幾ら腕の差が存在したとしても、決闘は無傷で済む程甘い物じゃない。
 だというのに、その言葉は自信に溢れていた。
「信じたくなる、か――」
 治輝は本当に、目の前の少女は強くなったと思っていた。
 だがそれは、自分が思っていたよりも、遥かに。
 そう思ったからこそ、治輝は

「わかった……絶対だぞ?」

 気付けば、そんな台詞を吐き出していた。にっこりと笑った後、かづなは自信に溢れた顔で頷く。
 治輝が金色の鎧を纏った飛竜、ミスティルに乗り込むと、かづなは大声を出して言った。
「そうだ。なお君、あの――!」
「うん?」
「あの、ですね」
 顔色を隠しながら、かづなは言葉を濁す。何か言い辛いような事でもあるのだろうか。
 その言葉はどんどん小さくなっていき、ミスティルの羽ばたきも相まり、聞き取り辛くなってくる。
「私、なお君が……」
「なんだ!よく聞こえない!」
「……」
 何やら口をミミズのように歪ませたかづなは、意を決したように、言った。

「なお君――がよく使ってる『ぐちょぱ』!あれ実は絶対に勝てませんよね!」

 ずこぉ!と。
 重要な用件かと耳を澄ましていた治輝は、ミスティルの上で器用にスッ転んだ。
「だってグーとチョキとパーの複合なんですよね!だったら、私が例えパーを出しても、グー部分には勝ち、チョキ部分には負け、パー部分にはあいこなわけで、総合的にあいこじゃないですか!だからアレを出してる限り一生勝てません!」
「そんな事をわざわざ言いに引き止めたのか!?」
「はい!」
 治輝は崩れた体勢を立て直しながら、頭を数度掻き毟る。
 変わったかとも思ったが、所詮かづなはかづなだった。
 出会った時と、本質的な部分は全然、変わってない。

「――死ぬなよ。行って来る!」
「はい、なお君も!」

 治輝を乗せたミスティルが、壊れた窓の間から急速度で外に飛び出していった。
 かづなはそれを見送り、また小さく微笑んだ。






 次会ったら、色々謝らないとなぁ――
 かづなはミスティルが行った方角を見つめながら、そんな事を考える。
 無神経に傷に触れてしまった事。なお君が死ぬ事を、ハッピーエンドだと口にしてしまった事。
 謝る事よりも、自分が嫌われずに済むよりも、なお君に伝えたかった想いは、果たして伝わっただろうか。
 伝わったよね、とかづなは思う。
 何かが変わった、と言ってくれたなお君の表情がきっとその証拠だと、私は信じたい。

 かづなはキッとした表情で、佐光に向き直る。
 佐光は飛んで行ったなお君を追う事も、その素振りすら見せていなかった。
「……いいんですか?なお君の事、妨害するのが目的だと思ってましたけど」
「それ以上に貴方には借りがありますからね。あの時あの場所に貴方さえいなければ、時枝治輝はあの廃工場で負けていたはずだった!」
「そうですか。そうだと少し、嬉しいですね」
「はぁ……?」
 かづなは思う。
 佐光さんの言っている事は、あの廃工場でのタッグ決闘の事だ。
 二対一での決闘が失敗したので、その事に対して怒っているのだろう。
 それは言い返すと、あの時あの場所で、私も少しはなお君の役に立っていた、という事になる。
「ありがとう、お陰で自信が付きました!」
「何を言っているのかわかりませんが、全力で潰して差し上げましょう。その後、あのお方に会いに行く為に!」
 佐光は決闘盤を展開し、デッキを構える。
 それを見たかづなは、自前の決闘盤を手に取り、その収納スペースから雪平鍋を取り出した。
 鍋の取っ手をしっかりと持ち、佐光に対してホームラン宣言のように突きつける。

「でも!今日の私は、かーなり強いですよ!」

 決闘!!
 怒りと喜びを含ませた二人の声が重なり、ビルの一室に響いていく。
 カードをドローする少女の手の動きには、一欠けらの迷いも感じる事ができなかった。