シューティングラーヴェ(はてな)

シューティングラーヴェの移行先

遊戯王オリジナル episode-69

「なおき……さん?」

 上空から竜が地上へと降り立ち、治輝は少しおぼつかない様子でその竜から降りてくる。
 七水に引導を渡そうとしていた最上級天使の姿は、もう無い。
 それを見た七水は安堵の息を吐き、極度の安心感からか、緊張の糸がプツリ切れてしまった。
「よか――った」
 フッ、と。
 そのまま倒れ込むように、意識を失ってしまった。
 慌てて七水に駆け寄った治輝はその体をギリギリで受け止める。
「……ごめんな。お陰で保留してた事は、なんとかなった」
 それは七水に言った言葉だったが、意識を失った七水には届かない。
 治輝は木陰に七水をそっと寝かせると、愛城の方に振り返り、グランドへと足を向ける。

「おまえに子供を虐める趣味があったとはな、意外だったよ」
「あら、私達も十分にまだ子供じゃない。無駄に大人振るのは男子の悪い癖よ」

 その言葉を引き金に、治輝は愛城をより一層強く睨み付ける。
 だが愛城は、その視線を愉快そうに眺め、嘲笑う。

「――おまえには聞きたい事が山ほどある。何故わざわざ俺を呼び寄せるような真似をした?部下に伝言を残さずに来れば、俺にこうやって邪魔される事はなかったはずだ」
「愚問ね。その方が手間が省けるからに決まってるじゃない」
 そう言い放つ愛城は、視線を治輝にではなく病院……学校へと向ける。
 それに釣られるように、治輝も同じ方向に体を向けた。

「……ここは、かつての私の居場所だった。結果的には貴方に追い出されたけれど、それでも私の居場所だった」
「俺のせい、とでも言いたげだな。あれはお前の自業自得だ」
 木咲に実験で使う危険な液体を飲ませようとした事。
 その事を治輝が公にした事で、愛城は学校を去る事になった。
 だがそれは、間違いなく愛城本人の責任のはずだ。
「違うわね。あの事件より前から、ここは私の居場所ではなくなった」
「な――に?」
 その言葉を聞いて、治輝は横目で愛城の表情を伺う。
 だが、その表情を見る事は適わず、言葉だけが届いてくる。
「知ってた?時枝君。私はね――」
「……」

「貴方に水筒をぶち撒けられたあの日には、もうとっくに『ペイン』だったのよ」

 ――沈黙。
 いや、呆然と言った方が正しいか。
 治輝はその告白に戸惑い、言葉を失ってしまう。

「貴方も覚えているでしょう?この学校の先生が躊躇なくここを売り払ったのを。あれは事実を隠蔽する為」
「……何を言ってるんだ。あのペイン大量発生は超常現象。言ってしまえば災害だろう?あの事件より前にペインが存在しているはずがない!」
「災害ではなく『人災』だったって事よ。一部の化学者が偶然可能性を見つけて、偶然それを実現してしまった。たったそれだけの話」

 馬鹿な、と治輝は渇いた声を出す。
 それならあの夜の悲劇は全部、そいつ等のせいだっていうのか?
 治輝はそこまで想像し、続きを考えようとした所で、かぶりを振った。
「なら、その首謀者達は何処にいるんだ?!そいつ等を――」
「できるなら私がそれを成さないとでも思う?ペインを間近で開発していたあいつ等が人間の姿を保っていられるはずがない――つまりはそういう事よ。私にも貴方にも、復讐する相手はもう居ないの」
 つまりは、こういう事だろうか。
 『ペイン』という馬鹿げた物は実は人間の手によって作り出されて
 それが何らかの理由で暴走した日に、世界中の一部のサイコ決闘者が『ペイン』へと変化。
 だが、それをした犯人達はとっくに『ペイン』へ変化し、恐らくこの世には居ない。

「馬鹿げてる――」
「そうね、私もそう思うわ。私は何かの『夢』を見つける前に、何かに憧れ、それを目指す前に、人外の化け物へと変化した。そしてそれを成した化学者達に復讐する機会も、永遠に訪れない」
 
 それを語る愛城の表情は見えない。
 学校を仰ぎ見て、ただ手を広げ、淡々と語っていく。
 その心中に、どれだけの物があるのか。

「理不尽だと思わない?サイコ決闘者というだけで迫害され、差別を受けていた私達が、更にそんな重い運命を背負わされているのに。なんの力も無い一般人共は、のうのうと自らの『夢』を目指している」 
「――だから、木咲の喉を潰そうとしたって言うのか?アイツに罪は無いはずだろ!?」
「罪よ。ただ痛みを知らずにのうのうと生きているというだけで、大罪人に決まってるじゃない」
「おまえ……!」

 治輝は愛城を睨み付け、決闘盤を展開させた。
 その起動音を聞いて治輝に体を向けると、愛城は少し驚いたような顔をする。

「あら、何を怒っているの?もっと事件の真実に嘆き悲しむかと思っていたのに、その目は何?」
「確かにどうにかなりそうな話だったよ。そんな馬鹿げた話が真実なら、俺は今すぐにでもソイツ等を殴り倒してやりたい。でも、それすらできないって言うんだからな……!」
「――私もかつてはそうだったわ。だけど私の考えは変わったの」
 愛城は目を瞑り、少し穏やかな表情を浮かべる。
 そして呟くように、風に流されるような儚い声で、言った。
 
「痛みとは、忘れるもの」

 その瞬間、愛城のすぐ真隣の地面に亀裂が走った。
 その中から盛り上がるように、砂の階段が姿を現す。

「そして痛みとは、乗り越えるもの」

 何処か神聖な雰囲気を纏った愛城は、ゆっくりとその砂の階段を登っていく。
 劇を彷彿とさせるような美しい仕草は、誰もが見惚れてしまう妖艶な物だった。

「だから私はここを壊し、あなたを倒し、木咲を殺し、過去を断ち切る!」

 砂の階段の天辺で、川の流れの様な滑らかな動きで、愛城は決闘盤を展開させる。
 それはまるで、一体の天使が現世に舞い降りたかのように。



「――」

 治輝は無言で目を瞑り、精神を集中させる。
 すると真隣に大きな亀裂が走り、その中から無数の枝が現れ、それは天へと向かっていく。

「夢が嫌いなのも、夢を見てる奴を見るのが辛いのも」

 だが、枝は天には届かない。
 その枝の成長が止まると、それは無数に絡まっていき、一つの階段へと変化する。
 その上には、朝礼の時に使うような台座――枝の台座へと変化した。

「生きていたって、夢を見てる奴の邪魔しかできないのも――確かに俺達は同じかもしれない」

 その階段を登りながら、治輝は展開した決闘盤を天へと掲げる。
 それに自分の分身とも言えるデッキを装着し、台座へと辿り着く。
 
「だからこそ俺はお前に勝ち……この決闘を成す!!」




 ――――決闘!!

 二人の叫びが、かつて学校であった場所の空気を奮わせる。
 かつて互いを否定しあった。数年前と同じように。