シューティングラーヴェ(はてな)

シューティングラーヴェの移行先

遊戯王オリジナル episode-last

 <極神聖帝オーディン>を破壊した衝撃の余波が、愛城に襲い掛かってくる。
 余りの衝撃に愛城の居た砂の台は粉々に砕かれ、足場のなくなった愛城は宙へ投げ出された。

 「ああ、私は負けたのね」
 
 力の入らない声で、そう呟く。
 そこまで高い位置から投げ出されただけではない。
 だが脱力した体は衝撃に耐えられず、そのまま頭から地面へと落下していく。
 そのまま命を終えるのも悪くはないかもしれない。そう愛城はぼんやりと思った。
 そして地面に激突する寸前。

 ――ズサー!!
 何者かが、地面と愛城の間に滑り込んで来た。
 柔らかい手が、愛城の身体をキャッチし、そして

 ゴツン!!
 その衝撃を殺し切れずに、何故か頭と頭がぶつかった。
 頭突きを食らった形になった何者かは、声にならない叫びを上げ、気絶した。
「……余計な事を」
 愛城はそうぼやきながら起き上がり、助けに入った馬鹿が誰かを確認した。
 それは、かづなと呼ばれていた少女だった。
 目にぐるぐる巻きを浮かばせ、かわいく気絶している。
「キュゥ……」 
「……なんで、この子が?」

 この子は一度、私に殺されかけた。
 私に精神的に追い詰められ、苦しむ羽目になった。
 それの原因であり、張本人である私を、何故助ける必要がある?

「それが、かづなって奴なんだよ」
 思案していると、不愉快な声が聞こえた。
 私を負かせた張本人、時枝治輝。
 敗者の無様な姿をわざわざ見に来るなんて、いい趣味をしている。 

「――トドメでも刺しに来たの?それとも私を笑いに来たの?」
「もうおまえを殺す気はないけどな。木咲をまだ諦めないって言うんなら、殺す必要は出て来る」
「……そう」

 これでは殆ど脅迫じゃないか、と。愛城は笑った。
 自由意志に任せると言っておきながら、断るなら殺すと暗に言っている。とんだ偽善者だ。
 だが

「必要はあるが……俺はおまえを殺さない」
 目の前の不愉快な男は、そんなことを言い放った。
「な……」
「よく考えたんだがな、おまえを俺が殺したら、ベインの連中はリーダーを殺した俺を許さないだろ。そうすれば俺は勿論、俺の関係者にまで危害を加えるかもしれない。かづなや木咲は勿論、純也や七水にもだ」
「……」
「なら、おまえを殺すのは得策じゃない。……多分、木咲も悲しむだろうしな」
「そんな詭弁で、私を見逃すっていうの?かも、とか。でも、なんて言葉で、貴方は大事な人を失うかもしれないのに」
「もしそうなったら、俺はおまえを許さない。一生追い続けて、復讐鬼にでもなってやるさ」
 生きていられたらの話だけどな、と目の前の男は付け加えた。
 それを聞いた瞬間、なんだか私はおかしくなって、笑ってしまう。

「そんな事を言われたら、困ってしまうじゃない?」
「……困る?」
「貴方に一生憎まれ、追われ続ける。……随分魅力的に聞こえるわ、その提案は」

 笑みを崩さぬまま、私は目の前の男に対し踵を返す。
 その足取りは思ったより重く、身体を自由に動かす事は困難だった。
 オーディンを使った反動か、忌々しい蘇生龍の攻撃が原因か。――なんにせよ、それを目の前の男に悟られるのは面白くない。

「待てよ、まだ話は……!」
 その場を去ろうとした私に気付いたのか、目の前の男は私を呼び止める。
 私はそれをうるさそうに思いながらも、身体を横向きにして睨み付け、言った。

「さっきの言葉、嘘じゃないでしょうね」
 ただ嘆き悲しむだけではなく、辛く痛い思いをするだけではなく。
 自らの痛みを、他人の為に使うのだと、目の前の男は言った。
 私はそれを信じない。そんな絵空事を受け入れるわけにはいかない。
 だが……

「……あぁ、嘘じゃない」
 私が何を言わんとしたのかを察したのか。目の前の男は黙って頷いた。
 それを確かに頭に刻んだ私は、再び踵を返す。
「なら、しばらくは様子を見てあげるわ。貴方のくだらない理想論が、嘘だとわかるまで」
「……」
「貴方だけがそれを成しても意味はない。大部分の人間がそれを実行できるようになり、私達の迫害が減少すれば、様子見は長く続くでしょうね」
「……愛城、おまえ」
「勘違いしないで、私は貴方の理想が嘘だとわかっている。だからこれはただの余興よ。今までと人間が何も変わらないようなら、私はまた行動を起こす。余計な期待を持たせた貴方と、目障りな木咲も、再びこの世から抹消してあげる」

 その事を、よく胸に刻んでおくことね――と。
 そう言った瞬間、私は手を掲げ、ダークルーラーを再び地面の底から特殊召喚する。
 そしてそれに乗り、時枝君の顔を上から見下ろした。

 眼下の男の表情は、よく見ることはできなかった。
 だが、もう彼は私を引き止めることはない。
 その事に複数の想いが交差したが、その思いをかぶりを振って振り払う。

 今度こそ踵を返した私は今度こそ、ダークルーラーに乗り、その場から天上へと昇っていった。
 再び誰にも見ることのできない、雲の上の世界へと。






「行った、か……」

 愛城が頭上へと飛翔していき、その姿が見えなくなると、治輝は安堵の息を吐く。
 これで、俺のやるべき事はひとまず終わった。愛城はしばらく、木咲を狙う事はしないだろう。
 後は、やり残した事を、どうするか。
 例え愛城の脅威がなくなっても、木咲の喉が治るわけではないのだ。
 世界中の何処かに俺が居るわけで、アイツは苦しみ続ける。その事実は、何も変わらない。
「ま、あれだけ大見得切ったんだ。あがけるところまであがいてやるか」
 陰鬱な考えを隅にやり、そう気持ちを切り替えると。

「……なんだァ?もう祭りは終わっちまった後かよ。交通費返せよてめェ」
 これ以上無いほど聞き覚えのある、非常に不愉快な声が、辺りに響いた。




「う……ん?」

 眠りから覚めると、かづなはゆらゆらと揺れていた。
 目の前には人の頭があり、ゆらりゆらりと揺れている。
 (きっと疲れてるのに重い物を運ばせてもらってるんだね。おつかれさま)
 寝惚けた意識で、私はそんな事を心中で呟き、目の前の頭に同情する。

 頭、頭……?
 なんだろう、『頭』という言葉に、なんだか私のDNAが拒絶反応を示している。
 なんだかごくごく最近に、凄く痛い思いをしたような……

 ゴッチーン、と。
 そこまで思考を進めたかづなは、ようやく、その擬音を思い出した。

「……石頭のガチガチ愛城さん!?」
 急にさっきあった事を思い出すと、かづなはバッと急に顔を上げ、そんなことを口走った。
 目の前にあった頭は、うんざりとしていそうな声を出す。
「……どんな第一声だよ」
「あ……なお君?」
 なんと、目の前の頭はなお君の頭だった。
 つまり私は、背負われて、おんぶされているという事で……
 そう思った瞬間、私の頭が火のように熱くなった。
 今ならブレイズキャノンのコストにもなれる気がする。
「……まだくらくらするのか、無理すんなよ。家まではおぶってやるから」
「……うん」
 まぁいいや、と私はまだボンヤリとする頭で考える。
 人生は何事も経験だ。滅多にできる経験じゃないのなら、率先的に挑戦するべきなのである。

 それに、こんな感覚は久し振りだ。
 久し振りに、なお君に会えた。
 久し振りに、なお君と話せた。
 なんでもないような事を話せるようになったってことは、きっと幸せって事なんだろう。
 そんな恥ずかしい事を思いながら、かづなは目の前の背中に頭を預ける。
 こんな風に、ずっと続けばいいと、そんなことを思いながら。

「……かづな、あのさ」
「うーん……?」

 だから、私は神妙な声を出すなお君の問いに、寝惚けたような、能天気な声で聞きなおす。
 だから、なお君が続けて言った言葉に

「お前とは、もう会えなくなるかもしれないんだ」

 ぼんやりとした意識は、残らず全て、消し飛ばされていった。