シューティングラーヴェ(はてな)

シューティングラーヴェの移行先

遊戯王オリジナル epilogue-02

「結局アレ以外の<デブリドラゴン>は無かったですし……酷すぎます」
「シングル買いは早いモン勝ちだろ常識的に考えて」
「……人がキープしてるカード奪う人に常識を語られました!?」

 二人は言い争いながら、2Fにあるカードショップのドアを開け、外に出た。
 新鮮な空気と心地いい風が、二人を包み込む。
 余りの心地の良さにかづなは、深呼吸をする時のように体を思い切り伸ばした。

「うーん、長い間カード探してましたし、さすがに疲れました」
「その割には何も買えてないみたいだが……」
「……誰のせいですか誰の」
 ジト目で突っ込みを入れていると、かづなはふと眩しさを感じ、空へと視線を移す。

 ――階段の頂上から見る狭い空に、これ以上無い程の青空が広がっていた。
 来る時は雲っていたのに、それを微塵も感じさせない、澄んだ青空だ。
 ぶわっと広がるようなその青空を見て、治輝は思わず声を上げる。

「こんなに綺麗なもんだったんだな。青空って」

 青空。
 言ってしまうのは簡単で、何の工夫もないような言葉。
 だが実際にそれを目にした時は、それ以上無いほどの感動がある。
 その澄み渡った空は、自分の心を映しそうな程、澄んでいる様に思えた。

「そう、ですね」

 かづなはそんな青空を見て、少し歯切れの悪い声を出した。
 視界の隅に僅かに残っている白い雲に視線をやり、そこから目が離せない。
 それを見ながら、かづなはポツリと口を開いた。

異世界――でしたっけ。戒斗さんが言ってた」
「……あぁ、そうだな。馬鹿みたいな話だったけど」

 ――異世界
 愛城さんを見送った後、なお君の前に現れた戒斗さんが残した言葉。
 お伽話によくあるような、こことは全く違った世界。
 馬鹿みたいな話ではあったが、戒斗さんの話を聞くと、あながち馬鹿にもできない内容だった。

「幻魔と戦った時、幻魔を呼び出された時の、意識を持っていかれそうになるあの感覚。そしてペインの力を操れる決闘者が『何処から』ラビエルや、ライトルーラーといったカードを作り出しているのか、それに疑問を持った事はなかったが……」
「こことは全く違う世界から、その情報を引き出している――でしたっけ」

 戒斗さんは幻魔の力を得てから『ペイン』という存在そのものについて調べて回っていたらしい。
 余り関わりたくない人ではあったが。『知識も力だ。求めるのは当然じゃねェか』等と言っていた事をなお君から伝えられると、私は「戒斗さんらしいかもなぁ」と思った。
 戒斗さんはその場所に、更なる力を求めに行くと言っていた。
 その為には、使える駒が必要なのだと、なお君を誘いにやってきた。

「ああ、確かに得体の知れない、病気じみた情報ではあるが……もしその場所が本当にあれば」
「……」
「木咲を、助ける事ができるかもしれない」

 木咲さんは、あの戦いの後も症状が悪化する事はなかった。
 ――同時に、症状が良くなる事も無かった。
 なお君がこの地球上にいる限り、木咲さんは治らない。
 愛城さんと戦いに勝てても、その事実は何も変わらない。
 
 だけど――その『異世界』が本当に存在するなら
 そこに行く事が――本当にできるのなら。
 なお君が死ななくても、木咲さんを治す事ができる。
 それは、逆転の事実だった。
 誰もが笑う事のできる、最高のハッピーエンド。

「そう、ですね」

 私はぎこちなく笑いながら、それに受け答えした。
 それは確かに、突然新しく沸いて出てきた、最上の選択伎。
 だけど、それはいい事ばかりではない。

 理由の一つは、わかっていない事が多すぎる事。
 『異世界』に行った事がある、と記されている文献によれば、そこは非常に危ない世界だという事。
 決闘に負ければ命を落とす事もあり、以前は『覇王』という支配者が世界を荒らし回っていたとも記されてあった。
 そもそも、五体満足な状態で異世界に行けるのかどうかすら、明確にはわからない。
 そして行きがわからないのなら、その逆もそうだ。
 例え木咲さんが完治し、なお君がこの世界にいても平気な状態になったとしても

 ――――この世界に戻って来れるかどうか、わからない。

 その事実は、私の胸を強く締め付けた。
 『おまえとは、もう会えないかもしれない』
 あの時なお君の言っていた事は、つまりはそういう事だったのだ。
 何の保証も、確証も無い世界への旅。
 無事に帰ってこれる可能性が高いと思えるほど、私は楽観的にはなれなかった。

「……さて、そろそろ時間だな」
 そういってなお君は視線を空から外し、階段を下っていく。
 カン。カン。カン。
 一段降りる度に、甲高い金属音が聞こえてくる。
 私は何故か、それに付いて行く事ができず、それを見守る事しかできなかった。
 耳障りな金属音が、ドンドン私から遠ざかっていく。
 その事実に、私は酷く焦って、何をしたらいいかわからなくなってしまう。

「――お主は行かないのか?」

 その時、何も見えない空間から、声が聞こえてきた。
 一瞬びっくりしたが、もう慣れっこだ。
 私は息を整えながら、その声の正体に語りかける。

「……また姿を消してるの?スドちゃん」

 私がそう言うと、何もない空間に小さい機械状のような何かが『出現』した。
 それはなお君を主人と定めた機械竜――<スクラップドラゴン>のスドちゃんだ。
 愛城さんとの戦いと、なお君との戦いでの傷は完全に癒えたらしく、すっかり元の調子に戻っている。

「質問を質問で返すのは感心せんな」
「返したくもなります。いつも姿を現していればいいのに」
「常に実体化するのも野暮じゃろう?特に今日はな」
「……」
「見送りたいなら行けばよい、嫌なら家に戻ればよい。どんなに考えたところで、その二拓は変わらんぞ」

 確かに、その通りだ。
 でも、私には自信がないんだ。
 幾らなお君に「強くなった」と褒めてもらったって、自信が持てない。

「……そうだよね」

 でも私はその一歩を踏み出した。
 階段を踏む音が、前の音を追い駆ける。
 二つの音は似ているけれど、それぞれ違った音を響かせる。
 その音の違いを、足を踏みしめる度に思い知らされる。

「それでも、行かないと」

 なお君がようやく見つけ出した。
 ――ハッピーエンドを、見届ける為に。