シューティングラーヴェ(はてな)

シューティングラーヴェの移行先

遊戯王Oカード prologue-01

 出発が少し遅れただけの、いつも通りの朝だった。
 それでも遅刻だけはしないように、いつもより少し歩調を速める。
 それがいけなかったのだろうか。
 足元に違和感を覚えた次の瞬間、大きく体のバランスを崩してしまった。
 手に持っていたファイルが零れ落ちそうになる。視界が揺らぎ、転びそうになる。
 
 その時、目の前に手が差し伸べられた。

 傾いた視界の中で、私は安堵する。
 この手に支えてもらえれば、だいじょうぶ
 誰の手かはわからないけれど――それはとても、暖かい何かだと思えた。

 だが、しかし
 
 その手は迷いもせず目の前を通り過ぎ
 私でなく、ファイルを見事に救出し
 当の私は、歩道の床とキスを交わす事になった。




 ◆◆◆



「よし、間に合ったな」

 疾風の如くカードファイルをキャッチした白髪の男子生徒――白矢(しろや)は手にしたファイルを手に取り、満足気にそれを見つめる。
 間髪入れずにそれを開くと、中を物色し始めた。
 ページをめくるにつれ、白矢の表情が段々と落胆に染まっていく。
「……特に目を惹くカードは無いな。急いで損をした」
「痛い……」
「なんだもう起きたのか。気にせずもっと砂利を味わうといい」
 起き上がった女子生徒に目もくれず、白矢はため息混じりに正直な感想を呟く。
「この歩道の砂利は逸品だぞ。下校中の女子高生がこぞって奪い合う程質の高い砂利だ。名物と言っても過言じゃない」
「ここの女子高生ってそんな凶暴な生物だっけ……?」
「ふむ、このカードはまだ未収集だ。ファイル救出の礼にトレードしてくれ」
「話聞いてせめて」
「譲ってくれるのか? ならば聞いてやろう」
「ええー……」
 真面目な顔でそう問いかける白矢に対し、女生徒は脱力する。
 トレードというものはある程度相手が好印象で無ければ成立し辛い。
 先程までのやり取りの何処に、そんな要素があるというのだろうか。
 そんな女生徒の視線に察したのか、白矢は思案顔になる。
「確かに、トレードを促す相手に対し俺の態度は失礼だったな……トレードの為に謝罪してやろう、仕方なく」
「何故上から目線……」
「すまん。実は砂利が名所というのは嘘でした」
「それは知ってるよ!」
 徹底的に噛み合わない会話に、女生徒は眩暈を覚える。
「うう、今日は厄日だぁ」
「転んだ事を言っているのならお門違いだぞ。冷静にカードファイルと自分の身を天秤に掛けてみろ!」
「天秤……」
「殆どの奴の天秤は、カード側の重量に耐え切れず故障するはずだ……!」
「……それは天秤そのものが壊れているのでは!?」
「ばか、至極一般的な天秤だぞ。人間なんて都会に行けば腐る程歩いているが、カードは歩いていない」
「カードが歩く……」
 女生徒はその様子を想像しようとしたが、上手く行かないようだ。
 どうやら一般的な常識だけでなく、想像力も欠如しているらしい。
「たかが人間、されどカードだ。限定カードと比べれば怪我は些事にすらならない。違うか?」
「えー……」
 ジトっとした訝しげな目を向けてくる女生徒に、白矢は溜め息をつく。どうやら理解力も足りないようだ。
 ファイルのページを進めていくと、最後のページで目を留まらせた。
 怪訝そうな顔で、一枚のカードに指を指す。
「なんでこのカードにだけ何重もスリーブを使っている? レアというわけでもないだろう」
 スリーブとはレーディングカード、トレーディングカードゲームなどでカード個々を保護するためのビニール製の外装だ。
 それを単なるノーマルカードに使い、特別に重ねて保管するというのは、少なくとも一般的ではない。
「ああ、それは……」
 それを問われた瞬間、女生徒の表情が一瞬緩む。
 だがその時、遠くから耳を塞ぎたくなる程巨大な鐘の音が響き渡った。
「って、このままじゃ遅刻しちゃう。悪いけど急ぐから!」
 慌てた様子でファイルを強引に白矢から奪い返すと、学校の方向に走っていった。
 白矢は目を細め、その後ろ姿を見つめる。

「……変な女」 



 ◆◆◆




「――と、いう事でこのクラスの担任の平山です。以後よろしく!」
 新しいクラスの担任の女先生は、私――蒼菜(あおな)のよく見知った顔だった。
 平山先生は昔から、生徒からの人気は高い。私も先生を尊敬している一人だ。
 多分持ち前の人柄のせいだろう。
 恩師と言っても差し支えない程に尊敬している先生――そんな人が担任で嬉しかった。
 私以外の人も、それはきっと同じだろう。
 だけど、それを隅に置いてターンエンドしたくなる程の衝撃が、私に走る。
「……」
「……」
 新しいクラスの、新しい隣人の顔と、その白い髪を確認して
 私はため息と共に、心の中でそっと呟く。

 ――神様。
 スタンバイフェイズからこれは、ないんじゃないですか――と。