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遊戯王Oカード episode-幕間-


「百歩譲って先のことを考えるのはいいが……その内容の決定権が教師にあるのか?」

 夕方の教室内。白矢は不機嫌そうな顔で白い紙を睨み付ける。
 生徒は殆ど下校していて、白矢の知人である友人Aもとっくに下校済みだ。
 今教室にいるのは白矢と、もう一人。
「うーん、さすがに自分の将来くらいは真面目に書かないとまずいと思うよ……」
 さすがにね、と続ける柔らかな声の主は、同じクラスの蒼菜だ。
 本来の席は隣だが、今は目の前の友人Aの席を我が物顔で独占している。
「それでは、この俺が真面目でないと?」
「いや、凄く真面目に言ってるのはわかってるんだけど……」
「教師という人種はいつもそうだな。凡人の尺度で生徒の限界を決めつけ、小さくまとまった人生を送らせようと日々裏の世界で暗躍する。 『芸能人になりたい!』 等と少々大きな夢を言った生徒は即進路指導室で折檻。 『バスの運転手になりたい!』 等と嘯いた日には君は視力が悪いから無理だと宣言し無垢な生徒の心を傷付ける。このような奴らが公務員でシャバを謳歌しているとは世も末だな」
「うーん、そうかもしれないけど……」
「今の状況もそうだ。俺は本気で一つのものを目指している。その為の可能性を日々模索し、学業を疎かにしてまでその目標に向かって突き進んでいる。だというのに、教師はこう言ったんだ」

 別の目標にしなさい。
 あの言葉のなんと残酷な事か。
 凡人には柔らかな言葉に聞こえるかもしれないが、実際は鋭利な刃物の方がまだ可愛げがある。
 実際には 『貴様には無理だから諦めろ、この屑が』 と堂々と言っているようなものだ。世間体を意識してオブラートに包んでいる分、よりタチが悪い。
「何かを否定するのは簡単だ。奴らはその簡単な方に逃げ、純真無垢な生徒を傷付けている。如何に教員免許を持っていようと――そんな資格はないはずだ」
 拳を目の前でグッと握り、自分の目標に思いを馳せる。
 例えやつらが認めなくとも、万人に笑われようとも、俺だけはそれを貫き通さなければならない。
 そうだ。俺は必ず――
「誰になんと言われようとも、俺は将来人間を卒業し――カードになる!」
「だからそれが駄目なんだってば!」


 △△△



 蒼菜の必死の説得の末、しぶしぶ白矢は自身の目標を書くのを止め、白紙で提出した。
 ぶつぶつ言いながら尚も不満そうな白矢を見て、蒼菜は思う。
(若いっていいなぁ……)
 口に出したら 『同い年なのに何を言ってるんだお前は』 と言われるだろうが、そうとしか言えないのだから仕方がない。
 彼は無謀とも言える自分の目標を、恐らく世界で誰も目指していないであろう目標を、冗談ではなく本気で目指している。
 彼らしい人生を彼らしく生きている姿は、今まで正反対の人生を送ってきた蒼菜にとって憧れであり、ほんの少し眩しかった。
「全く、こんな放課後はカル○スソーダに限るな」
 そんな彼がカバンからカ○ピスソーダを取り出すのを見て、蒼菜はギョッとする。
 そのカバンは確か、文句を言った先生に向かってぶん投げたカバンだったはずじゃぁ……
 そう言おうとした、次の瞬間。

 目の前が、まっしろになった。

 といっても主な被害は彼の机であって私は顔にほんの少しかかっただけであったが、キンキンに冷えたジュース独特の温度が、ほんの少しゾクっとさせる。
「悪い、俺のミスだ……教師側の狙いはこれだったか……迂闊だった」
 なんでやねんと思い白矢君の方を見ると、その表情は暗く俯いていた。割と本気でヘコんでいるようで、なんだか少し可愛い。
「いいよ。私の注意も遅かったし」
 常用している<カクタス>の絵柄をしたポケットティッシュを取り出し、顔に付着しているカルピ○スソーダを取り除く。
 続いて、彼の机の上に零れた液体を拭き取るために二枚目を取り出そうとしたその時、ふと天啓が下った。

 このまま、普通に拭き取ってしまっていいんだろうか?

 白矢君は凡俗(要するに普通の事しかしない人)が大嫌いで、少し変わったことが大好きな男の子だ。
 つまり私がこのまま普通にティッシュで色々吹き取ってしまうと……
(嫌われる……かも)
 理性では有り得ないとも思うけれど、相手はあの白矢君だ。有り得ない事は有り得ない白矢君なのだ。
 きっと普通の行動を取った私は見下され、もう二度と口も聞いてくれないに違いない。
 それだけは嫌だ。何か、何か普通じゃない事を考えないと――
「し、白矢君!」
「……ん?」
 カクタス柄のティッシュの2枚目をまるでドローの様に抜き取り、蒼菜は勢いのまま声を上げる。
 そしてティッシュを軽く丸めて差し出して、言った。




「あーん」




 ■■■




「……………………………………………………………………は?」

 白矢は文字通り、耳を疑った。
 耳だけでなく、自分の頭が正常であるかを心配した。
 しかし、目の前にいる蒼菜は恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながら、先程の言葉を 「あーん」 と繰り返す。
 カクタス柄のティッシュを、白矢の口元に近付けながら。
 
 これはもしかして、アレか。
 恋人同士が稀にやるという都市伝説の一つ 『口開けてあーん』 なのか。
 だがしかし
 それは丸めたティッシュでやる事なのか……?

 そんな白矢の逡巡などお構いなしで、蒼菜はカクタス柄のティッシュをプルプル近付けてくる。
 「よせ」と言ってそれを払いのけるのは簡単だ。
 だが、先程ジュースをかけてしまった負い目が拭えない。
 何より、見えない恐怖に負けそうになっている自分を認めるようで嫌だ。
(くっ……どうにでもなれ!)
 木霊のように鳴り響く 『あーん』 をかき消すように、白矢は目を細め、目の前のティッシュに狙いをつける。
 意を決して、そのままその白い物体を口に――




「(ガラッ!)白矢ァ! てめぇ今日こそほえ面かかせてや――――」
 
 含んだ瞬間。最悪の瞬間に、違うクラスの転武が教室の扉を開け放ち、硬直した。
 白矢も蒼菜もそのままの体勢で、硬直した。

「……」
「……」

 気まずい沈黙が続く。
 何か言い訳を言わなくては、いや俺はやましい事はしていないはず、そもそもティッシュが口に染み込んで声が出せない。
 視線だけで 『貴様、これは誤解だ』 と訴えかけてみる。
 どうやらそれが通じたようで、転武は白矢を睨み付け、言った。
「白矢ァ……てめぇ……」
「……」
 だがその顔は青醒め、わなわなと慄いている。
 何やら様子が変なので、カクティッシュをやんわりと口から抜き取る。
「てめぇ、白矢ァ……!」
「なんだ――ここでやるか?」
 ドスの聞いた声とキリっとした表情で睨み付けるが、ティッシュが口元に付き捲っているのでまるで様にならない。
 次の瞬間転武が大きく息を吸い込み、学校中に轟きかねない声量で、叫んだ。




「俺は銜えるなら、マキャノン派だ――!!」



 後日。
 一名の男子生徒が、校庭でボロボロになって発見された。
 その日の蒼菜のヘアピンは、レベル5の水族に酷似していたらしい。









  



 おわり