遊戯王Oカード episode-09
そこはかつて、町外れの病院だった。
そこでは幾多もの命が生まれ、それ以上の命が消えていった。
だからだろうか。
廃病院となった今現在、奇妙な噂が流布している。
曰く、奇妙なカードがその病院の何処かに存在する。
曰く、それに近付けば魂を奪われる。
それを立証するかの様に、廃病院は何故か取り壊される事がなく。
立ち入り禁止エリアとして、現在も厳重に封鎖されている――。
「――ってことらしいぞ白矢。興味沸かないか?」
「……」
どちらかというとけだる系男子に分類されるであろう目の前の人物は、白矢が友人Aと呼称する男子だ。
らしくもなく嬉しそうに話しかけてくる友人Aの意図がわかるだけに、不自然に沈黙を貫き通す。
「おい白矢、聞いてるのか? 別に俺は怖い話が好きなわけじゃないぞ。こういう与太話は幾らでもあるからな、信頼できるかは怪しいもんだ」
「わかってるなら口を閉じろ凡俗。俺はこれからバイクの整備をするという大儀がある」
「……お前、いい加減原付の事バイクって呼ぶのやめろよ。こっちまで悲しくなってくる」
「広義的にはバイクで合ってるんだよこの凡俗!」
「いやバイクに分類される事は俺も知ってるんだが、お前の場合 『バイク』 って言いたいだけじゃん。原付って頑なに呼ばないのが逆に涙を誘うんだよ……」
「見た目的にもしっかり俺の愛車はバイクしてるだろう。あれを初見で原付等と称する奴はいない」
「見かけは確かにかっけぇし俺も好きだけどさ……アレで60キロしか出ないって逆に寒いだろ」
「……」
確かに愛機である原……バイクは見かけこそ大型バイクも顔負けの様相だが、道路交通法に倣って最高60キロしかいない代物だ。だが銀色に輝く複数の気筒、力強い(ように聞こえる)エンジン音。発進前の唸りを上げる愛機34号は、ハーレーにも負けない威圧感を放っている。
その弊害で何度もセキュリティに捕まっているが、それこそが一つの証明であると言えよう。
「……まぁバイクの事はいいんだよ。さっきの話に戻るけど」
「戻るなやめろ」
「いいから聞けって。確かに陳腐などこにでもありそうなホラー話だが、一つだけ異彩を放ってる単語があるだろ」
「……カード、か」
「そう、お化けや幽霊の類の話はよく聞くが――カードゲームが関わるお化け話なんて滅多に聞かないだろ」
「いやまぁ、そうかもしれないが」
「カードだぞ? 何を躊躇う必要があるんだ白矢! お前が求める 『珍しい』 カード――いや唯一無二のカードがあるかもしれないってのに!」
「……」
――コイツ、わかってて言ってるだろ。
内心そう毒づくが、勿論友人Aは気にした素振りもしない。
その会話に楽しそうな気配を感じたのか、隣の席に戻ってきた女子――蒼菜がはしゃぎながら首を突っ込んでくる。
「ねぇねぇ何の話してるの!」
「実はだな。町外れの――」
この流れを放置していくと、なし崩しに行く事になってしまう。
だが確かに先程言ったとおり、特別なカードとやらには興味がある。
ならば何故ここまで頑なにこの話題を遠ざけているのかというと――
俺は、お化けがだいっきらいなのだ。
2
集合時間。それは社会の守らなければいけない重要なルールの一つである。
勉学や勤労の際は勿論、友人同士の約束事においてもそれらの厳守は、互いの信頼関係の構築の第一歩と言えるだろう。
「……で、アイツは呼び出しておいて何故来ない?」
「なんか風邪みたいだよ。急に体調が悪くなったって」
「……」
ため息を尽き辺りを見回す。ここは廃病院の目の前。目の前には立ち入り禁止の看板が立ち、横には苦笑いを浮かべる蒼菜の姿。
確かにここの所、友人Aはいつも以上に気だるそうに授業を受けていたし、睡眠時間も今まで以上に教室で取っていた気はする。
「だがそれ以上に、ロクでもない凡俗が思いつきそうないらん気遣いが発動しているような気がしてならない……」
「……?」
白矢が何を言っているのかわからないのか、心底不思議そうに首を傾げる蒼菜。
ほんの少し関与を疑っていたが、どうやら完全に友人Aの独断らしい。女性は演技が得意な生き物だという逸話を聞いたことがあるが、それは隣のポニーテール娘――ヒトデヘアーは散々注意した結果渋々やめた――には該当しないように思える。
「友人Aめ。今度会ったら旧レリ二枚要求してやる」
「きゅ、旧レリ?」
「……いいから帰るぞ。発案者が来ない以上、ここに長居は無用だ」
「え、帰るの? せっかく来たのに」
蒼菜はそう言い、立ち入り禁止看板の奥に目を向ける。つられて視線をやると、そこには深淵の闇があった。今にも吸い込まれそうな暗部は、まるで人ならざるものが手招きをしているかのような圧迫感がある。
「……お前はあれに入りたいと思うのか」
「うん。ああいう所探検した事って今までなかったと思うし」
「普通の女子は廃病院を探検なんかしない。いいから帰るぞ」
そう言うと蒼菜はしばし静止し、何かを呟いた後目つきを変えた。
「帰らない。やっぱり行く!」
「なっ……」
その言葉には妙な事に決心のようなものが篭っていた。いつもは他人の事をどちらかと言えば聞き過ぎる体のある蒼菜だが、時折このように頑固になる事がある。
ただの女性の気紛れかもしれないが、時に女性の心理とは、カードゲームのルールより難解だ。
蒼菜は、戸惑う白矢を意に介す事もなくズンズン奥へと進んでいく。何が待っているかもわからない、深遠の闇の中へと。
「本当に何か出ても知らないぞ……」
幾ら苦手分野とはいえ、さすがに放っておくわけにもいかない。
白矢はおっかなびっくりの様相で、蒼菜に続いて廃病院の中へと入っていった。
「そういえば、どうしてお化けが苦手なの? 白矢君、そういうのが苦手には見えないけど」
「……どうしてそう思う?」
「だってお化けって実生活に有り得ない特別なモノじゃない? だったら白矢君は興味があるんじゃないかなって」
「確かにそうかもしれないな。理由を言ったら引き返すか?」
「う、うーん……」
蒼菜は思案顔で首を僅かに傾ける。ポニーテールがぴょこりと跳ね、ハテナマークを作る。
その動作から緊張を削がれた白矢は、ため息を吐いた後
「親の事を、考えたくないからだ」
そう、短く呟いた。
お化けが嫌いになったのは、いつからだったろう。
それは子供の頃TVで恐い番組を見たわけでも、墓場でボゥっと淡い光を見たからでもない。
一言で言えば、関連付けてしまうからだ。
幽霊が存在するのなら、それは死後の世界があるという事。
そして死んだ者が幽霊として存在するのなら、自分の父親と母親も、今の自分を何処かで見ているのかもしれないという事になる。
いつも何かを評価しているような目で見ている親だった事もあり、それが死後も続き、今の自分を見ているとなると――頼もしさより、どうしても恐ろしさを感じてしまう。
「俺の親は小さい頃事故で死んだ。実際に見たわけではないが、そう大人に聞かされている。残されたのは俺と弟の二人だけだ」
「……ごめん、私無神経な事……」
「何神妙になってる。最近ではこんな出生珍しくも何ともない。友人Aも似たような境遇だったと聞いているし、特別に考える必要はない」
「それでも、悲しいものは悲しいよ……」
「幸か不幸か、そんな暇は無かったから安心しろ。悲しむよりも俺は、弟を守りたかった」
白矢が言っても、蒼菜は申し訳なさそうに俯いていた。白矢息を吐きながら頭を掻き、バツの悪そうな表情を浮かべる。
「……言っておくが、俺はアイツを重荷に感じたりした事は一度たりとも無い。アイツ自身も努力家だった事もあり、あらゆる事を仕込んだ。身を守る手段から逃走のコツ。人に名前をおいそれと教えないように言い聞かせたりな」
「……えっと、名前を他人に教えないって、普通の事なんじゃ」
「少し訂正すると 『苗字を人に教えない』 だな。名前は名乗ってもいいが、例え友人にも苗字は可能な限り隠させた」
「どうして?」
顔を上げ、不思議そうに問いかける蒼菜に、白矢は若干得意気に語る。
「名前と苗字。二つのピースが揃えば、個人の特定が容易になるからだ。なら、片方を隠蔽すればいい」
恨まれた時の為にもな――と続けようとしたが、白矢はそれを心中に留める。
「片方を隠すなら、名前でもいいんじゃ」
「何を言っている。苗字は誰の物でもない凡俗極まりない低価値なものだが、名前は自分だけの物だろう。それを隠すとか恥を知れ」
「ご、ごめんなさい……ってなんで私謝ってるの?」
「幸いあの学校は理由を押し通しさえすれば苗字表記無しで入学できたしな。一部の教師側や生徒会には裏で伝わってるかもしれないが、クラスメートには 『白矢』 としか伝わってないはずだ」
「そういえば、私も白矢君の苗字知らないかも」
「教えてないからな」
「じゃあ、私の苗字教えるから白矢君のも教えて!」
「どんな理屈だ!?」
蒼菜がやたらキラキラ目で迫ってくるので、どうにもやり難い。さっきの表情よりかは幾分マシだが、それでも言い知れぬ圧迫感を感じる。
「友人君には教えたんでしょ。教えてよ」
「……アイツには諸事情で仕方なく教えただけだ」
「待ってね。私の苗字は――」
「おい人の話を」
「……なんだっけ? 今思い出すね」
白矢はズコーと前時代的に地面を滑りそうになるが、余りにも凡庸な行為なので自省する。
自らの苗字を名乗らなくなって久しいが、さすがに苗字を忘れたりはしない。
「……おい、さすがに苗字くらいいつでも言えないとこの先……」
「――この先に行かすわけにはいかないぞ。少年」
瞬間。体全体に寒気が奔る。
蒼菜に呆れ弛緩した意識を無理やり叩き起こし、蒼菜を思いっきり側面へ突き飛ばす。それと同時に逆方向へ短く跳躍。
風と呼称するには生易しい、緑色の衝撃の塊が今まで二人いた空間を丸ごと食い破った。
「な――今のは」
「今のを避けるか。相当修羅場を潜って来たと見受ける」
「答えろ。お前は――!」
「だが、だからこそ単なる興味本位でないことは明らか――悪いが殺させてもらうぞ。少年」
暗闇から決闘盤の展開音が聞こえ、白矢は音のする方に目を凝らす。
そこにはスラリとした痩身の人の姿があった。決闘盤を構え、正体不明の力を放った事から察するに、強力なサイコ決闘者と判断するのが妥当だ。
しかし、夜目が慣れてくるにつれ、視界が晴れていくにつれ、白矢は困惑する。
――人は、あんな緑の皮膚をしていたか?
――人は、あんな現実感の無い紫色の羽を持っていたか?
答えは否。
今目の前にいるのは、紛れもない人外。
――人間以上の、存在。
「我が名はバルゥ。悪いが、足掻く暇など与えない」
「……」
白矢の返事を待たずに、決闘盤が有無を言わさず自動で展開する。
――決闘モード、スタンバイ。
機械的な音声が流れると共に、悪魔のような紫羽が狭い空間で最大限に開かれる。
戦いの火蓋が、切られようとしていた。