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オリジナル番外編 ~戒斗~ Ⅱ


 もう、見るのも嫌なはずだった。
 思い出したくない出来事を頭の隅に追いやるのであれば、もう触るべきではない。もう、関わるべきではない。
 だがその思考とは裏腹に、気付けば戒斗は吸い込まれるようにそのカードを手にしていた。
「<撤収命令>……デメリットカードじゃないか」


《撤収命令てっしゅうめいれい/Sound the Retreat!》 †
通常罠
自分フィールド上に存在するモンスターを全て持ち主の手札に戻す。



「有用なカードは全部、あいつ等に取られちゃったからね」
「……そうか。そうだよな」
「でもこういうカードなら他にもあるし、効果が弱い分は、コンボで補えばいい」
「コンボか」
「そう。一枚の力では強力なカードに勝てなくても、束になれば……その一枚だけではできないことができるかもしれない」
 実に響きのいい言葉だった。
 仮にそれが真実とは違ったとしても信じたくなるような、不思議な力を帯びた言葉だった。
 このデッキが完成した時、仁に告げよう。
 二人で一緒に、あいつ等に立ち向かってみよう。
 一人ではできないことができるかもしれないから――と。

 それから毎日、町中の落ちているカードを探し回った。
 最初に見つけたのが<悪魔族>のカードだったので、悪魔族デッキを目指すことに決めた。
「<悪魔>……か。なんか皮肉だよね」
「うん?」
「あいつ等は……いや他の人もだけど……僕たちサイコ決闘者を 『化け物』 だとか 『悪魔』 だとか呼ぶじゃないか。そんな僕たちが、わざわざ<悪魔>のデッキを作るなんて」
「ああ……その方が楽なんだろうな。敵を同じ人間だと思うより、違う何かに見立てた方が、ずっとわかりやすい」
「……戒斗」
「でもよ。そんな俺たちが 『天使』 やら 『戦士』 やらを使ったところで、あいつらは 『化け物の癖に』 ってどの道けなしてくるぞ。だったらわかりやすい方がいい……そう思わねーか?」
「そう、だね。そうかもしれない。じゃあ更にわかりやすくする為に、口調も悪魔っぽくしてみない? さっきの、少しそれっぽかったし」
「悪魔っぽい口調って、なんだよそれ」
 戒斗は呆れ気味に思わず、笑う。
 やたら自然に笑えた自分に一瞬戸惑うも、その思考そのものが無粋だと振り払う。
「悪魔っぽい口調は悪魔っぽい口調さ。 さっきの 「そうおもわねーか?」 ってのが、少し近かった!」
「お前の悪魔観、多分ちょっと歪んでんぞ……」
「それだよそれ! 今のいい!」
「いいからその卑猥なカメラマンみたいな台詞やめろ! えろ爺かてめェは!」
「えろ爺は酷いな。せめてさんを付けてよ!」
「そこかよ!?」
 馬鹿な言い合いをしながら、また次のポイントへと歩いていく。
 カードを探しながらこんな会話をするのが、いつしか戒斗の最大の楽しみになっていた。
 しかし同時にそれは、戒斗にとって慣れないことでもあった。
 『友達』 や 『楽しい』 は戒斗にとっての非日常であり、初めての経験のようなものだ。
 だからこそ、仁……<爺さん>の異常に、戒斗は気付く事ができなかった。


「よし、あと一枚見つければ完成だ!」
 登校前に自分のデッキを眺め、ニヤリとする。
 低レアリティのデッキではあるが、なんとか色んなシナジーを開拓し、デッキの形にする事ができた。
 切り札は不在だが、以前のデッキより手に馴染む……そんな気さえしてくる。
 今日のカード集めに思いを馳せながらテレビのリモコンスイッチをON。昨日の残り物のカレーにどんぶりを使って水をかけ、暖める。
 慣れた手つきで、かき混ぜていく。

「――では、本日の――」

 BGM代わりにつけているTVも随分古い。
 いずれ金銭的な余裕があれば液晶テレビに買い換えたいところだが、それはまだ随分先の事だろう。

「――市の、――発生――」

 そういえば今日は天気が悪い。
 雲が緑色がかっているし、一雨来るかもしれない。
 それは困る、と戒斗は思う。
 それでは爺さんと一緒に、カードを探せないじゃないか。

「――学――屋上……」

 でも予報では、確か夕方には止むと言っていたはずだ。
 なら希望はある。
 そうだ、念のためチャンネルを変えて天気予報を見てみよう。
 確かこの時間には他のチャンネルで、詳細な天気予報を……。
 そう思い、テレビの意識を向ける。
 リモコンを握り、ボタンを押して、そして。



「飛び降りた男性の名前は――長井仁さん――現在身元の確認を――」
 










「気が、狂いそうになるんだ」

 数日前。
 その底冷えしそうな声に、戒斗は言葉を失った。
 仁の笑顔は張り付いたままで、それが逆に恐怖を煽られる。
「……そうやって、なんでこういう事をするのか。なんでこんな事をされるのか、考えて、考えて考えて考えて考えて。考えて、それらしい答えを出し続ければ、いつかこんな日々は終わる。そう信じていないとやっていけない。もし、幾ら考えても無駄で、どんな言葉も考えも無意味なら……」
「……無意味なら……?」
「……ごめん、取り乱しちゃったね。だから僕は、彼等も僕らと同じ人間だって信じたいんだ」
「……」

 戒斗はその「信じたい」という言葉に、危うさを感じた。
 単純な「信じる」という言葉を、今の戒斗は信じない。
 だが「俺は何も信じない」と吐き捨てるよりも、仁の「信じたい」は、何も信じていないように感じられた。
 「そうであって欲しい」ですらない。
 「そうであってくれないのなら」という、絶望を込めているようで……。

「……僕は今が本当に楽しい。戒斗と友達になれて、本当によかったって思ってる」
「……なんだよ急に、わけわかんねーよ」
「だから僕は戒斗のために――」
 
 最後の言葉の端は小さく、戒斗に聞き取る事はできなかった。
 でも、それを言った仁の表情は、とても穏やかなものだった。