シューティングラーヴェ(はてな)

シューティングラーヴェの移行先

オリジナル番外編 ~戒斗~ Ⅲ


 その日の学校は休んだ。
 香ばしい匂いをさせていたはずのカレーは炭になり、安全装置が作動して火は自動的に消えた。
 ただチャンネルを変える。
 そのことを伝えてるニュースを探し、チャンネルを変える。
 何度も変える。
 何度も、何度も。
 何度も何度も何度も何度も。

 その全てが、同じ言葉を喋る。
 長井仁さんは校舎の屋上から飛び降り、死亡しました。
 長井仁さんは校舎の屋上から飛び降り、死亡しました。
 長井仁さんは校舎の屋上から飛び降り、死亡しました。
 それを聞く度に、またチャンネルを変える。
 違う結果が見れるまで、何度もチャンネルを変える。
 力を入れ過ぎたのだろう。気付けば爪がへし折れ、リモコンが赤く染まっていた。
 それを見て、戒斗は思う。
 リモコンが、血に濡れて壊れてしまったら困るなぁ。
 また、チャンネルを変える。
 ちゃんと動く。まだ――違う結果を探せる。
 
 
 校舎が写った。仁の通っていた学校だ。
 生徒が写され、一人一人インタビューに答えている模様を放送している。
 その中に爺さんがいないかと注視したが、どうやらいないようだった。

 ――大人しい子でした。
 ――気の優しい奴でした。

 どこかから貼り付けられたかのような文章が、空虚に流される。
 それが更に戒斗の現実感を薄れさせ、同時に違う感情が入ってくる。

 ……大人しい子? 少しでも目立つような真似をしたら、潰す奴等がいたからだろう?
 ……優しい奴? どんな理不尽な頼みでも、断った瞬間に暴力の対象になっていたからだろう?

 確かに仁は大人しく、優しい奴なのかもしれない。
 だがお前らはそうなった仮定を知らない。ただ表面の印象だけを知った顔で、涙さえ流しながら語っている。
 ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな!
 そこに映っている生徒全てに、戒斗は怒りをぶつけざる負えなかった。
 それが正しい事ではないとわかっていても、そうしなくてはいられなかった。

 そんな時
 見覚えのある顔が

「被害妄想の強い部分のある奴でしたからね。それが重なって飛び降りたのかもしれませんよ」

 そう俯きながら喋っている顔を見て、戒斗は目を見開いた。
 忘れもしない。あの顔は、あの声は……!
 リモコンを握る力が抑えきれず、ミシミシと音を立てる。
 そう、そこに立っていたのは他でもない。
 戒斗のデッキを一枚ずつ破り、泥に浸し、暴行を加え。
 仁のデッキも同じように奪い、虐待の対象にし続けたグループのリーダー、その人だった。


 
 戒斗はその時、初めて認識した。
 これは全て現実だ。
 こんなに無慈悲な世界が、こんな歪んだ世界の在り方が、現実でないわけがない。
 仁の自殺によってマスコミはハイエナのように学校に群がり、その事を取り上げた。
 そして同時期に他校でもいじめによる自殺があった事が発覚し、ニュースは大々的に取り上げる。
 そんな様子を見て、戒斗は仁の言葉を思い出した。
「だから僕は、戒斗のために――」
 そう、この状況そのものが、仁の望んだ結果ではないだろうか。
 大々的にマスコミという名のメスを入れれば、学校側も対応せざる負えない。
 世間にサイコ決闘者であるが故に虐待されている人間が沢山いることを、知らしめるために。
「でも、そんなこと……!」
 望んではいなかった。絶対に。
 ただ一緒にいてくれれば戒斗は十分救われていた。
 それだけで、救われていたのに。



「て……めぇ!」
 気付けば、戒斗はリーダー格の少年の胸倉を掴んでいた。
 周りにはニヤニヤと笑う、その少年の取り巻きたち。
 まともに戦ったら、戒斗は再び返り討ちに合うだろう。
 だが戒斗の中の激情が、それを止める事を許さない。
 頭の中に、先程のインタビューの言葉を繰り返される。
 ……被害妄想の強い奴でしたからね。
「何が……何が被害妄想だ! お前等が――お前等が!」
「おー怖い怖い。サイコ決闘者様がお怒りだ」
「ふざけてんじゃねぇ! お前等が……お前が殺したようなもんじゃねぇか!」
「はぁ? なんでそうなるわけ? アイツ勝手に自殺しただけじゃん」
「……勝手に……?」
「ただ少しふざけあったりはしたけどさぁ、それで自殺とか……被害妄想以外の何者でもねぇじゃんか」
「本気で……本気で言ってるのか?」
 信じられないといった様相で、戒斗は力なく見開く。
「こんなどうでもいい事で内申下がるとか、マジありえねーよ。いい迷惑だよ」
「どうでも、いい?」
「いやホントどうでもいいわ。でも問題にはならないけどな、見ろよ」 
 戒斗が言われるがまま視線を向けると、そこには
「カメラ……?」
「そう、非暴力的な一般生徒を襲うサイコ決闘者! 確かにこのままじゃ俺たちの立場は怪しくなるかもしんねーけどさ、これが世間に流れたらどうなると思う? 昨日までのこんなちっこい事件にすりかわって、サイコ決闘者に対する問題に話題が切り替わるとおもわねぇか?」
「……そんなこと有り得るか! 殺人と傷害だぞ!? 問題の大きさがまるで違う!」
「 『自殺』 と 『傷害』 間違えんなよクソサイコ決闘者が! あ、ちなみに音はミュートで配信すっからな、化け物さんよぉ!」
「て……めぇ!」
「おーいいのか? てめぇが殴ったらお友達が命を賭けて(笑) 作ってくれたこの風潮、確実に消え失せるぜぇ? まさしく台無しって奴だ。ウヒャヒャヒャ!」  
「……ッ」
 戒斗の手が震える。
 確かに目の前の少年が言った事は事実だ。
 ここで下手を撃ったら、仁の行動は無駄になってしまう。
 あの行動が正しかったとは戒斗は思えない。
 だが、彼は行動を起こしてしまった。それにより意味を作ってしまった。
 だから、戒斗はそれを守る義務がある。それがせめてもの――。

「そもそもさ。てめーがもっとマシだったら、こうはならなかったんじゃねーの?」

 突如。
 逡巡に刃物で割り込むように、少年の言葉が戒斗に切り込みを入れた。
 何を、と反論しようとするが、言葉にならない。
「てめーが頼りになる存在だったら、普通自殺なんてしねーだろ。お前、何も聞いてねーみたいだし」
「……」
「だったらてめーが殺したようなもんじゃねーか。そのヒステリーを俺達にぶつけるとか、マジありえねーよ」
 下らない責任転嫁だ。論理も根拠もまるでない、一方的な言い分だ。
 そう判断することはできても、戒斗の体は動かなかった。
 どんな理由をつけても、完全には否定できなかったからだ。
 仁が一緒に戦うという選択を取らなかったのは、俺自身が弱かったからだ――と。

 楽しさに溺れ、彼自身から発するサインを逃したのは、精神的に俺が未熟で、弱かったからだ。
 隠していただけで、見えない部分には無数の傷跡が増えていたのだろう。
 一番近くにいてもそれに気付けなかったのは、俺がどうしようもなく……弱かったからだ。

 しかしあの時の楽しさは、仁も一緒だったはずだ。
 できるなら続けていたいと、そう思ってくれていたはずだ。
 それでもああ選択を取らざる負えなかったのは、自分が弱かったからだ。
 もしこいつらに対抗できるだけの力があれば、命を絶つ事などせずとも、二人で前に進む事ができたかもしれない。
 不意に、仁が言っていた事を思い出す。
「サイコ能力が低い事……僕はちょっと嬉しかったりするんだ」
 なんでだよ、と戒斗は聞く。
 力があるのに、実際の力は殆どない。そんな状況が、自分たちの状況を作り出しているのに、と。
 それを聞いた仁は、こう答えた。
「だって、思いっきり普通の人とも決闘が楽しめるじゃないか。それはきっと、いい事だろう?」
 

 闇を裂くように、雷が空間を削り取った。
 ……いや、正確にはそれは雷ではなかったのかもしれない。
 淀んだ色をした閃光が空に橋を架け、そこから細かい光が降り注ぐ。

「お? てめーまたデッキ作ったのかよ? 好きだねぇ同じ事されんの!」
 カメラを止めてご満悦のリーダー格の少年が、今までの鬱憤を込め戒斗の腹に拳を叩き込む。
「がっ……げはっ……」
 激痛が走り、その場に蹲る。
 先程の怒りが嘘のようにその勢いを止め、再び恐怖が支配する。
 周りの手が、デッキケースに伸びてくる。
「おいおい、さっきまでの勢いはどーしたんだよ!?」
「粋がるのやめんのはえーんだよこの化け物が!」
 何も反論できないのが悔しかった。
 どんなに怒っても、どんなに悲しくても、どんなに悔しくても。
 その感情は激痛によって、恐怖によって、違う物に塗り変わっていく。
 嫌だった。
 自分の感情が、強く思っているものが、他人に変えられていくのは。
 デッキが奪われ、一枚のカードが少年たちの手に渡る。
 
《撤収命令てっしゅうめいれい/Sound the Retreat!》 †
通常罠
自分フィールド上に存在するモンスターを全て持ち主の手札に戻す。


 それは、仁がくれたカードだった。
「弱いカードでも組み合わせれば、強力なカード一枚だけではできないことができるかもしれない」
 それを伝えてくれたカードが、奴等の手にかかる。
 やめてくれ、やめてください――。
 言おうとしたが、それは今までの自分の言葉だ。
 頼みや懇願。それだけでは、大切なものは守れない。
 そんな現実を、俺はこの人生で、痛いほど学んだはずではなかったのか。

「……めろ……」

 ピシリと、何かが割れる音がした。
 同時にカメラのレンズが割れたようだが、違う。
 自分の中の大切な何かに、罅が入ったような音

「……やめろ……」
「あん? お前今なんて……」

 自分の中の感情を固定していく。
 先程恐怖や痛みに上書きされかけた二つの感情。
 怒りともう一つに、全ての感情を集中させる。
 そして

「やめろォォォォォォ!!」

 戒斗が咆哮を上げた、次の瞬間。
 空間そのものが、確かに歪んだ。 
 右手を天に掲げると、黒い光のような物が発生し、上空へ柱のように伸びていく。
 その光の柱はやがて太さを増していき、戒斗の周囲一体を包み込んでいく。
「な、なんだよこれ……なんだよこれ!」
 焦る少年たちは戒斗から距離を離そうと体を動かそうとする。
 だが、動けない。
 地面に張り付いたかのように、恐怖で足が全く動かない。
「ば、化け物……!」
「化け物……そうか、俺は化け物かぁ」
 今まで表に出す事のできずに燻っていた力が全て流れ、全身を満ちていく。
 確かにそうかもしれない。
 この力を目の前の物体に注ぎ込めば、それはさぞかし……。
「ふっ……はははは!」
 そもそも、化け物とは何だろうか。
 自分とは異質なもの。自分に敵意を向けるもの、害を成すもの。
「そうだな。てめぇらは間違いなく、俺にとっての 『化け物』 だった」
「ひっ……」
「目には目を、化け物退治には化け物を……何か文句があんのかよ? てめぇら普通の人間が望んだんだろぉ? この展開をよォ!」
 戒斗から発する黒い光はやがて周囲の全てを包み込み、天空に届いた光は雲を裂く。
 今の自分は人間ではない。
 ――同じなのかもしれない。僕らと、あいつらは。
 仁は、そこで間違えてしまったんだ。
 あいつらがやっていた事、これから続けていくであろう事。
 それは同じ生物に、同族に対してのそれでは決してない。情け容赦など欠片もない。
 仲間との共有感? 一体感?
 そんな一時の快楽のために、お前等がしてきた事はなんだ?
「愚か者共に……」
 仁。やっぱりあいつらと俺たちは――。
「魂の、鉄槌をォ!」
 同じ生物なんかじゃない。絶対に。
 戒斗がそう念じると共に、上空から巨大な腕が出現する。
 それは隕石のように、戒斗以外の全てを叩き潰した。