シューティングラーヴェ(はてな)

シューティングラーヴェの移行先

遊戯王Oカード episode-18



「わー、こんなところに公園があるなんて!」
「……この町の住人なら普通誰でも知ってるぞ」
「うん、普通は女の子の部屋に無断で……」
「わかった。今回は負けを認めよう」
 学校から徒歩10分の距離にある公園。
 まだ始業時間まで余裕がある為、そして蒼菜のたっての希望で、今ここに立っている。
 朝の一件で蒼菜の怒りを買った白矢に、それを断る術はもたなかった。
「よろしい。えへへ」
「……妙に機嫌がいいな」
 朝あんなことがあったのに、という言葉を何とか飲み込み、蒼菜を見やる。
 実際には先生から 『迎えに言って欲しい』 と申し付かっていたわけで、白矢に何もやましい部分はない。
 しかし全身汗だくの女性をガン見し、寝込みに無理やりヘルメットを装着させるのは、理屈を抜きにしてもどこかやましく思えてしまう。
「結構広い公園だねー」
「中央に丁度いい空間もあるしな。鬼ごっこする子供も、決闘をしている学生も結構いる」
「そうなんだ……ねぇ、白矢君」
「……?」
 突然少ししおらしくなった蒼菜に、白矢は不思議そうに視線を向ける。
 何かを言おうと息を吸い込み、それを飲み込み、やがて意を決して言葉を放つ。
「私、デッキ作ってみたいな」
「ん? デッキなら確か授業用のがあるだろう」
 一般生徒にはデフォルトデッキとして学校側から配られるデッキが存在する。それがなかなかに完成度が高い為、デフォルトのまま授業を受ける生徒も珍しくはない。
「違うの。ああいうのじゃなくて……」
 少し俯いて、蒼菜白矢に背中を向ける。
 だが意を決したのか、チェックのスカートと自慢のポニーテールを揺らしながらくるりと振り向くと、蒼菜は言った。

「白矢君みたいに……私だけのデッキを作ってみたい!」

 公園に風が吹いた。
 草葉が揺れ、木陰がざわめき、木漏れ日が震える。
 その光の明滅が、蒼菜の姿をどこか神秘的にさせた。
「先生は反対するかもしれないけど、今より弱くなっちゃうかもしれないけど、それでも」
 そしてそれに照らされる蒼菜も
「私は私だけのデッキを作って、いつか白矢君と戦いたい!」
 蒼菜の発する言葉も、不思議な程美しく見えて
 自分よりも、とても純粋なものを見せ付けられているようで……
「……なら、公園だな」
「こうえん?」
「そう、この公園だ。お前だけのデッキがもし本当に完成したら、ここで決闘しよう」
「この公園で……」
 蒼菜は少しぽっとして、周りの景色をぐるりと見渡す。
 今しかないものを自分にしっかり植え付けるように、その全てを満遍なく目に写して、蒼菜は回り……。
「うん、わかった。約束だよ白矢君」
 そして、満面の笑顔で微笑んだ。
 今まで誰の顔にも見たことのないような、最高の笑顔で。




「……そうだ。負けた方が勝った方の言う事を何でも聞くって言うのはどうだろ!」
 公園からの帰り道。
 完全に舞い上がってしまっている蒼菜は、無謀にも白矢にそんな提案をした。
 今日はやけに大人しかったはずの白矢の肩がピクりと動き、目を光らせる。
「ん? 今なんでも言う事聞くって言ったのか?」
「い、言ったけど」
「ならばその暁には貴様の一番大事なものを頂こう」
 だいじなもの? と、蒼菜のハテナマークが付く。
 だがその意味を瞬時に理解した蒼菜は、顔色がひあぶりの刑になった。
「ななななな、何言ってんの白矢君!」
 バンバンと照れ隠しで背中を叩くが、叩くたびに手の熱もファイアーボールしていく。
 だが当の白矢は芝居がかった口調を止め、怪訝そうな顔で蒼菜を見やる。
「お前のファイルにある一番大事なカード……というつもりだったんだが、何故照れる?」
 その反応を聞いて、蒼菜は無言で白矢の後頭部を叩いた。見事にクリーンヒットし、いい音が周りに鳴り響く。
 本当に鈍い。にぶすぎる。
 顔を真っ赤にしながら蒼菜はそう思いながらも、言葉を続ける。
「じゃあ、私が勝ったらどこかで一緒に住もう!」
「な……!?」
「大丈夫。狭いところでも、白矢君と一緒なら大丈夫だから」
 蒼菜自身も恥ずかしい台詞だと思いつつも、まるで慣れているかのように、スラリと伝えられた。
 さすがのにぶちんの白矢君でも今の台詞は応えたのか、呆然としている。
 その顔を見ていると何だか笑顔が込み上げてきて、同時に先程の白矢君の顔を思い出す。



「うん、わかった。約束だよ白矢君」
 自分だけのデッキを作りたい――そう言って、それを認めてもらって、嬉しさのまま微笑んだ。
 本当に嬉しかった。どうしてそんなに嬉しいのか自分でもわからないほど、心の底から嬉しかった。
 だた白矢君の反応は冷たいだろうなぁ、とも思った。
 『調子に乗るなよ凡俗。お前は俺の敵ではない』 とか言うんだろうなぁ……とか、苦笑い気味に。
 でも、違った。

「そうだな。約束だ――蒼菜」

 透き通った声だった。
 薄く微笑んだ、柔らかい声だった。
 何かに戸惑ったように震え、それでいて優しい瞳。
 本当に尊いものを見つけた子供のような、柔らかな笑顔。


「なんで、そんな笑顔を向けてくれるんだろう」
「何故、そんな笑顔ができるのだろう」

 その言葉はそれぞれの口から紡ぎだされる事は無く、二人はいつも通りの二人に戻る。
 約束の公園から、少しずつ遠ざかりながら。