シューティングラーヴェ(はてな)

シューティングラーヴェの移行先

遊戯王Oカード episode-26

 台所。
 台所で料理を作っている。
 料理を作っているのは多分私――蒼菜だ。多分などという曖昧な表現を使っているのは、包丁を持つ手の感覚とか、野菜を切っている時の感触が、現実のそれとは異なっているから。
 
 これは夢だなぁ――

 なんとなくわかってしまう。
 幸せを感じれば感じる程、これがさっきまでの 『現実』 とは異なっているから。

「お母さん。今度は手、切らないでね」

 ……なのに、なんで料理の腕はリアルに忠実なんだろう。
 少しいじけながらも、手を進めていく。

 ……ってお母さん!? 今、私お母さんって言われた!? 私お母さんになっちゃったの!?

 幾ら私が白矢君LOVEであっても、デートの夢とかそういうのを吹っ飛ばしていきなり子供の夢を見てしまうとは思わなかった。我ながら先走りにも程がある。
 でも、どんな顔をしているのかは興味がある。白矢君と私の子供が一体どんな顔をしているのか……夢とはいえ一目見るだけなら罰は当たらないだろう。
 そう思い、振り返った。

「偽物」

 え? と思った時、その子の顔には顔が無かった。
 いや、さっきまではあったのかもしれない。顔の中心部から黒く塗りつぶされていって、ぐちゃぐちゃと嫌な音を立てる。

「偽物」

 なんでそんな事言うの? そう訴えようとしても、言葉が上手く外に出せない。
 私はこの子の名前を知らない。夢の中なのだから当然といえば当然でも、知っていなくちゃいけないという強迫観念が、心を握りつぶすかのように圧迫していく。
 痛い、痛い痛い痛い。
 胸をおさえつけその痛みを意識する度に、その痛みがどんどん自分の底を抉ってくる。
 そして――


「……う……?」
 目を覚ますと、蒼菜の胸の痛みは頭の靄へと変わっていた。
 明滅するように覚醒しきらない意識の中、足の部分の重さに意識が向けられ、次いで眠気が吹っ飛んだ。
(……え?! 白矢君!? あえ、なんで白矢君!?)
 どうやらここは寮の自分の部屋で、布団でグッスリと寝ていたようだ。
 ただそれに至った経緯がどうにも思い出せない。なんで白矢君が私の足の上で寝てるのかわからない。
 みるみるうちに顔がオーバーヒートしてリミッター解除したかのような色になる。
 思わず足に力を込めようとして、すぐに思い直した。
「……私、久々にやっちゃったのかな」
 生まれた時から定期的に起こる、抉られるような胸の痛み。
 最近は再発していなかったせいで、存在すら忘れていた。
 ……ううん、そうじゃない――
 蒼菜は心中でかぶりを振る。忘れていたのではなく 『忘れさせてくれていた』 のだ。
 自分に無いところを沢山持っていて、クールなようで色々とハチャメチャで、自分らしさを追求し続ける。目の前の男の子に。
 白矢君に出会ってから、そんな痛みを心配する余裕なんてなかった。それ程、楽しい時間の連続だった。
 病気や痛みは、その存在を意識すればする程その実感が増していくという話がある。そしてその事を完全に忘れる程何かに集中していれば、痛みを最小限しか自覚せずに改善する場合もあるという。
 だがそれは狙って引き起こすのは非常に困難。できるのであれば皆意図的にやっている。
 白矢君は無意識に、そんな凄い事を私に与えてくれたのだ。
「……白矢君」
 今の時刻は深夜2時。きっと遅くまで看病してくれたのだろう。額に座っている濡れタオルが、まだ少し冷たい。
 大好きな人の顔を手でそっと触れようとして、止める。
 私にそんな資格があるんだろうか。好きな人に迷惑ばかりかけて、白矢君が求める 『自分らしさ』 なんて何も見つけることができていない。今の自分に。
「偽物……か」
 明らかに向けられた悪意の言葉。でもその言葉を胸を張って間違いだと言えない事も、また事実だった。
 先程の夢を思い出し、ぴしりと罅が入るようにどこかが痛む。
「見つけなきゃ、白矢君に認めてもらえるくらいの、私だけの本物を」
 目の前の男の子に相談すれば楽なのかもしれない。
 でも、それじゃダメだって事くらい、わかる。
「……寝顔、かわいいなぁ」
 月の光が寝顔を照らして、蒼菜は微笑みながらそれを見つめる。
 それは蒼菜に再び眠気が訪れるまで続いた。何度か手を伸ばしてみたが、触れる事はできなかった。