シューティングラーヴェ(はてな)

シューティングラーヴェの移行先

遊戯王Oカード episode-30

 気付けば飛び出して、蒼菜を探していた。
 瞬時に判断したのは、遭遇する可能性があるのは外だという事……ならば、学校内は比較的安全だという事。
 つまり最悪の事態を想定するのであれば、蒼菜の帰り道――学校から寮の間を抑えるのが先決だ。
 景色が流れる。息が続かなくなる、無理やりにでも心臓を稼働させる。
 この曲がり角を曲がれば寮だ。そこには何もいないはずだ。いつも通りの情景が広がっているはずだ。そう自分にいい聞かせながら、砂利の音を滑らせながら曲がり角の先を視認する。
 そこには
 何処かで見た、違う学校の制服が。

「何を――やってる?」
「ああ先輩。突然ですけど――ボク学校辞める事にしました」

 その手には赤黒い液体。その指は白矢と同じ制服をした 『女生徒』 の首元を、深く抉っている。
 もう息は無い。彼女は何者かに殺されたのだろう。
 誰に?
 決まっている。
 自然に手が動く。自然にその声の主――黒鷹の首元へと勢いよく指を

「先輩大丈夫ですよ。コイツは 『蒼菜さん』 じゃありません」
 その一言で、白矢は我に帰った。
 よく見ればその女生徒の髪型や背格好は、確かに見知ったアイツのものとは違う。
 安堵しそうな自分に心中でかぶりを振る。アイツでないからといって、なんだというのか。
「……何が大丈夫だ。お前は一体何をやってる?」
「……」
 しょうがない人だなぁ、とでも言いそうな仕草で、息絶えた女生徒の手を離す。
 黒鷹は振り返り、言う。
「白矢先輩は、ボクを覚えてますか?」
「……先日会ったばかりで忘れてるはずがないだろ」
「いいや、違う」
 黒鷹は断定し、否定する。
「先輩とボクが会った事がある。もっとずっと、以前に」





 
 今まで仲が良かった友達。
 その態度が急変したのは、いつ頃だっただろうか。
 一緒にいても仲間から軽んじられるようになり、疎ましく扱われた。
 目立つ心当たりはなかったし、ただただ悲しかった。
 自分の居場所が消えてしまう気がして、それは想像以上に辛い事だった。

「皆は、僕の事が嫌いになったの?」
 勇気を振り絞って、最後の希望に縋るような思いで、友人達にそう問いかけた。
 困惑するような友人達の声が、反応が恐かった。
「そうだよ」
「前から気に食わないと思ってたんだよな」
 そう口々に言われるのではないかと、心底恐怖した。
 幼い自分はあの場所が全てで、生き甲斐だったから、本当に恐かった。
 そんな時

「それは、お前達が凡俗だからだ」

 天から、救いの声が舞い降りてきた。



「まさか、あの時の――」
「人は敵を、叩く相手がいる時が一番安心できる。敵がいなければ味方の些細な点を汚点と認識し、無理やり敵に仕立て上げ自己の居場所を確立させる。 『普通』 はそうしてしまうものなんだ――そう先輩は言った。事実その場ではその通りだった。ボクの問題は全て、あの言葉で解決した」
 それは聖書の一説を呼んでいるかのようで、白矢にとっては不気味だった。

「自分たちが凡俗であることを認識し、自覚しろ。自分のやっている事は全人類70億全てがやっている凡俗行為だ。貴様がやめても代わりはいるし、貴様が受けている境遇など世界には類似例が幾らでもあると理解しろ。そして凡俗からの脱却を強く願え。特別になりたいと切望しろ――ボクはこの言葉に感銘を受けて、その通りに生きようと誓った。だけど――また新たな問題が起きたんだ」
 一息間を置き、黒鷹はこの場にいる白矢に視線を向ける。

「普通からの脱却――それ自体は意識すれば実行できます。でも、それは 『模倣』 できる。ボクが先日、先輩に勝てたように」
「確かに……お前のデッキは俺に似ていたかもしれないな。だが、お前は俺に勝った」
「そうです。何故だと思いますか? 理由があるんですよ、これには」

 何故――そう聞かれても、白矢に確信めいた答えは存在しない。
 勝負は時の運だし、現実に常勝など有り得ない。敗北した試合全てに明確な理由などあるわけがない。
 だが、黒鷹はそれを否定するかのように思考に割り込む。

「気付いたんです。 『普通』 でなくなるにはどうすればいいのか。その手っ取り早い、もっともそれに近い道を」
「……それは興味深いな。お前はどんな答えを拾った?」
「呆れる程簡単な答えですよ」
「……?」

「――何かを、殺せばいい」

 次の瞬間。掴んでいた女生徒が黒く燃え上がった。
 声帯はもう潰されていたのだろうか、叫びの代わりに痛々しい呼吸音。それを聞いた黒鷹は心底不快そうに顔を歪めると、更に炎の勢いを強める。人肉が焼けこげる臭いが、生々しく辺りに充満する。

「……黒鷹、お前は」
「狂っている――とでも言いたげですね先輩。一部失望しました。狂っているなんて言葉は凡俗からの脱却ができない奴の妬みです。貴方にはそんな逃げの言葉を吐いて欲しくない」
「……」

 確かに、そう思ったのも事実だ。
 だが強く脳裏によぎったのは、以前廃病院に忍び込んだ時に―― 『本物』 の非凡俗から聞いた言葉。

 ――本物に、こう成るという事は
 貴様の言う凡俗全てと、殺し合うという事と同義だ――

 確かに、目の前の後輩は許されない事をした。到底容認できない存在だ。
 だが同時に白矢が、あの時のバルゥの言葉に、まだ答えを出せないでいるのも事実だった。