シューティングラーヴェ(はてな)

シューティングラーヴェの移行先

遊戯王Oカード episode-32

「サイコ決闘者の――なれの果て? そんな馬鹿な話が……」

 白矢は自分の耳を、同時に黒鷹を疑った。
 サイコ決闘者は確かに異端視されている節はあるが、その本質は人間だ。
 普通の人間と寿命は変わらないし、体質に変化があるわけでもない。
 ――ましてや、こんな化け物に等成り得ない。

「そう、馬鹿な話。そんな馬鹿を作っている。研究してる奴がいるんですよ――残念ながら」
 正直ついていけない。到底信用できない話ではあった。
 だが、現実に目の前にいる女生徒の遺体――いや、化け物をどう説明するというのか。
 バルゥのような精霊ではない。誰かが実体化させたモンスターですらない。あの化け物に。

「白矢先輩は殺せますか? アレを」
「……情けない話だが、俺のサイコ決闘者としての能力は微々たる――」
「そういう話はしていません。 ――わかるでしょう?」
「……」

 図星だった。黒鷹はつまりこう言っているのだ。目の前の 『何か』 を殺せるか覚悟があるのかと。
 人としては、ここは逡巡する場面なのだろう。迷うべきなのだろう。しかし、白矢はそうはならなかった。
 白矢が感じていたのは迷いや逡巡ではなく、開放。先程まで頭に入っていた罅が、蓋を割ったような感覚。
 自分が黒鷹のように――人の道を外さないで非凡俗を目指していた理由を、強く認識した。してしまった。

「わかった、殺そう」

 決して。それは凍てつくような重みのある言い方ではない。
 極自然な、朝飯は目玉焼きにしようとかそういった類の、極めて気軽な声調。
 それ故に、黒鷹はそれを聞いて、底冷えを確かに感じる。

「……どうした。やらないのか? 言っておくが俺のサイコ決闘者しての能力は微々たるものだ。余りアテにされても困るぞ」
「……わかりました。そろそろあちらも準備万端なようですしね」

 そこまで長いやり取りをしていたわけではないが、既に 『化け物』 は吹き飛ばされたコンクリートの壁面から立ち上がり、よろり、よろりとこちらは向かっている。黒鷹は白矢に一種の不気味さを感じつつも、それを振り払い自らが使役する氷龍に視線を向けた。


遊戯王Oカード episode-32



「<ヴェルズ・バハムート>!」
                 ブレス 
 蒼炎を集約させた強烈な竜の息吹が、黒氷龍から放たれる。
 黒鷹はサイコ決闘者としての能力も一流なのだろう。攻撃やモンスターの具現化、その威力に置いても白矢を遥かに上回っている。先日決闘をした時も相当な威力を伴っていたが、大分手心を加えられていたらしい。
 通常の炎は焚き火のように、周りにいても 『温度』 を確実に感じる事ができる。だが黒鷹の氷龍が放った炎はそれを感じさせない。矛盾しているようだが、鳥肌が立つような 『寒さ』 を伴う 『炎』 なのだ。その威力は凄まじく、草木や花に掠っても燃え上がらず、一瞬で灰になって死んでいく。
 ――にも関わらず、ペインと呼ばれた化け物はそれを受けても倒れない。 その事実に、黒鷹は驚愕する。  
 
「何かを展開して防いでいるのか……厄介な」
「ならこっちも仕掛けてみるか。 <ファイヤー・ボール>!」

《ファイヤー・ボール/Hinotama》 

通常魔法相手ライフに500ポイントダメージを与える。

 ぽふっっと火の弾が数個飛んで行くが、それは当然呆気なく弾かれる。
「……」
「……そんな目で見るな。破壊力があるカードの具現化は苦手なんだ」
「いえ……ですが、薄い膜のような物を展開してるみたいですね」
 確かに冷静にペインの表面を見ると、バリアのような光膜が攻撃に反応して展開しているようだ。
「なら――波状攻撃だな」
「……え?」
 先程の威力で波状も何も、と言わんばかりの視線を向けている黒鷹の前に出る。
 問い質す時間は無いと判断したのか、黒鷹も観念して構え直した。
「全てを貫く絶氷の槍――シンクロ召喚! 輝け、氷結界の龍グングニールッ!」





《 氷結界 ひょうけっかい の 龍 りゅう  グングニール/Gungnir, Dragon of the Ice Barrier》 

シンクロ・効果モンスター星7/水属性/ドラゴン族/攻2500/守1700チューナー+チューナー以外の水属性モンスター1体以上1ターンに1度、手札を2枚まで墓地へ捨て、捨てた数だけ相手フィールド上のカードを選択して発動できる。選択したカードを破壊する。


 白矢は高々と宣言し、白き氷龍――グングニールを召喚する。
 黒い氷龍である<ヴェルズ・バハムート>と並ぶ様は圧巻で流美だが、ガラス細工を見ているかのような危うさも同時に感じさせる。だが勿論、その光景に見惚れている場合ではない。
 蒼炎は通らないと踏んだのか。黒鷹の指示で黒の氷龍は凍てつく吐息を光線上に放射する。
 蒼炎とは逆の、しかし同等の威力を持った攻撃。光線は波を割るように草木を双方に散らし、通った付近にあるもの全てを氷結させていく。

 ……だが、それでもペインには届かない。光膜に阻まれ、弾き返される。
 威力は後方に散らされ、それに当たった植物たちは一瞬で氷結し、氷中で生命活動を停止する。
「氷でも駄目か……!」
「……グングニール!」
 続いて白矢が操る<氷結界の龍 グングニール>が氷柱を創り出し、矢のように射出する。
 一見鋭そうに見えるその氷柱だが、実は先端が丸い上に当たっても大した威力は無い。申し訳程度に張られた光膜に、呆気なく弾かれる。
 その間にもペインは一歩、また一歩と接近してきていた。

「――白矢先輩。一度引きましょう、このままでは勝てない!」
 黒鷹はそう叫び提案した。
 今は鈍重な動きだが、いつまた鋭く機敏に首元を狙ってくるかわからない。攻撃が通らなくなってしまった今、同じ状況に持ち込まれたらもう救う手段がないのだ。
 だが、それでも尚。
「グングニール!」
 白矢は止まらない。効果の無い攻撃をひたすら続け、光膜の展開を持続させている。
(エネルギーを削れる――そう考えているのか? あれ程強固なものが際限なく展開できるはずが無いと判断して)
 黒鷹は察し、声を上げる。
「無茶です白矢先輩。それには不確定要素が多過ぎる! 奴に残エネルギーという概念があるかわからない。 次の攻撃を凌ぎ切れるかもわからない! やはり撤退を!」
「確かにわからない事だらけだが……1つだけ確かな事もある」
 白矢目つきを険しくして、目の前の化け物を見据える。いつ飛びかかってくるかわからない恐怖など微塵も感じさせず、攻撃を続ける。

「コイツを倒さないと――登下校の邪魔だって事だ」 

 誰の、とは言わない。
 それは自身や学校の生徒全般を指すことかもしれないし、あるいは。
「……バハムートッ!」
 黒鷹は説得を諦め、再び氷の息吹での攻撃に切り替える。
 すると白矢は距離を取り、違う場所に位置取り攻撃を停止した。黒鷹は訝しむ。
(同時攻撃はもうしないのか――?)
 光膜の残量――とやらが本当に存在するのであれば――を破りに行くのであれば、同時に一点突破というのが一番効果的な判断だろう。だが、白矢のサイコ決闘者としての能力は破壊力という観点でほぼ無いに等しい。かといって黒鷹一人で突破できないのは先程実証済み。だからこそ一点突破は諦め、展開時間より多くする為に 『光膜を常に張らせる事』 を第一に考えているのだろう――そう気付いた黒鷹は、しばらく攻撃を続けた後一旦攻撃を止める。
 
 予想通り、入れ替わるように白矢が別方向からグングニールによる攻撃を開始した。
 威力は絶望的だが、氷柱の生成速度は落ちておらず、白矢は汗一つ流していない。恐らくサイコ能力としての出力が弱い代わりに長い持続力があるのだろう。対してこちらの<バハムート>による攻撃は――このまま続けていたらいつかガス欠になる。だからこそ黒鷹は撤退を進言した。

 ――持続して白矢先輩が光膜を張らせている間に、死角から奇襲をしかけるのはどうだろうか。
 そう黒鷹は閃く。前提条件として、ペインにトドメを刺すのは白矢先輩の能力では不可能だ。ならば長期的に削ってもらい、自分が死角から膜の展開も間に合わない速度で――。
 そこまで思考した時、黒鷹は違和感に気付いた。
 交互に攻撃し、グングニールからバハムートに攻撃がシフトした時、明らかに膜の光沢が強くなったのだ。

「バリアが弱まるどころか強くなった――?」
 攻撃を吸収して強くなる……そんな絶望的な状況を幻視したが、光の膜は相手の攻撃を弾いているだけで、そういった素振りは全く無い。つまり吸収ではなく――
「錯覚……光の膜は強くなったわけではない? むしろ――」
 攻撃を止め、落ち着いて観察した結果……気付く。

 ――一定のタイミングで、光膜が極度に弱まっている。だから 『強くなった』 と見間違えた。 
 それは一見、希望に見えたかもしれない。削りが成功し、勝利は目前だと思えたかもしれない。
 だが、違う。
「意図的に手加減している―― 『学習』 してきているんだ。このペインは!」
 そうすると、どうなるのか。
 強烈な光膜をバハムートの攻撃に当て、破壊力の低いグングニールには微弱な光膜を展開する。
 それには一切の無駄が無い。削り役に最適だったはずの白矢の役割を、完全に殺しに来た。
「――ッ!」
 その証拠に、余力を残し始めたペインは白矢に攻撃に転じてくる。
 全身のバネを使い、攻撃の合間に強烈な跳躍。瞬時に距離を詰め、喉元を再び掴みかかる。
 ……白矢は何とか回避に成功するも、体制を崩される。
「バハムートッ!」
 その間をフォローする為に<ヴェルズ・バハムート>の放つ蒼炎が再びペインに炸裂し、同じように光膜に弾かれる。
「もうそう何度も撃てません。撤退を!」
 それを聞いても尚、白矢は言い放った。

「いや、勝てる」

 清々しい程の断言。
 根拠などないはずなのに。方法などないはずなのに。白矢はそう宣言した。
「……何か、奥の手でも?」
「そんな都合のいいものはない。だが――寮の建物に二人同時に一瞬逃げ込む」
「逃げ込む?」
「そう、それで勝てる」
 会話の時間を引き延ばすようにグングニールの氷柱を再びペインの光膜に送り付け 「一度だけ言うぞ」 と念を押し

「ソイツを使って、ソイツを使わなければ――勝てる」

 その一言で、黒鷹は全てを理解した。