遊戯王Oカード episode-33
途中まで、完全に意識はなかった。
のそりのそりのそりと、なめくじのように意識が回復してくる。
いや 『回復』 というのが 『元に戻る』 という意味なら、それは違う。
自分は変異した。そしてやるべきことは自覚している。
「グ――ガガ――」
そぅ、目の前の人間を殺せばいい。
その為に、必要な事をする。
弱い攻撃。強い攻撃。弱い攻撃。弱い攻撃。弱い攻撃。強い攻撃。
まるで旗上げゲームのようだ。黒い方からの攻撃にのみ集中し、光の膜で弾き返す。
黒い方を操っている人間はもう限界のようだ。
そろそろ、待ちにまった瞬間がやって来る――――!
遊戯王Oカード episode-33
「ソイツを使って、ソイツを使わなければ――勝てる」
一見矛盾する、何の意味も無い言葉の羅列。
だが黒鷹は、その言葉の真意を正しく理解した。
ソイツというのは、つまり――
「行くぞ――! フリージングランサー!」
白矢が叫ぶと <氷結界の龍 グングニール> は鋭い咆哮を上げ、再びペインに氷柱を矢のように射出する。
同時に<ヴェルズ・バハムート>が凄まじい勢いで蒼炎を放つ。先程の氷柱を瞬時に蒸発させる死の一撃。
「グ――ガガ――」
とうとう言葉を――唸り声を覚えたのか。それの攻撃に対しペインは驚愕を僅かに表す。
一時的に膜を弱めている瞬間を狙っての同時攻撃。
今まで交互に撃っていた二人が、初めて見せた攻撃パターン。
だが
「グ――グゥゥゥゥゥ――――!」
怒号と共に。余りにも呆気なく、その攻撃は光の膜に阻まれる。
攻撃パターンの変更というものは、そのパターン二つがそれぞれ強力な威力を持っていてこそ意味を成す。
片方のパターンがガラクタならば、どんなパターンがあろうと関係ない 『強い方を警戒し防ぐ』 ただそれだけであらゆる状況を打破できる。されてしまう。
「……ッ」
それが最後の攻撃だったのだろうか。二人は寮の方向へと逃げ込んでいく。
だが、生憎そこは行き止まりだ。
ペインは顔を歪めながら、先の一撃で巻き上がった噴煙のせいで視界の悪い中、寮の方向へと進んでいく。
中へ逃げようと、それは時間稼ぎにすらならない。
「グ――グガガ――」
笑おうとして、思った以上に上手く笑えたことに気付く。口元が裂ける程吊り上げられるというのは、何と心地いい事なのか。
そう思考を巡らせた、一瞬の隙に。
「う――おおおおおおおおおおおおおおおおお!」
気合と共に声が透明に響き渡った。
夕陽を背に背負いながら、寮の屋根から飛び降りてくる人間を視認して、ペインは笑う。
白矢と――氷結界の龍グングニール。
口が裂ける。これ以上なく上向きに裂ける。これ程痛快な気分になったのは生まれて初めてだった。
コイツは捨石――囮だ。 否、囮にしか成り得ないのだ。 トドメの一撃は、威力がある黒い方でなくてはならない。
夕陽で目をある程度眩ませる効果を期待したのかもしれないが、ペインの目は通常の人間の数倍は強固なのだ。その程度では何も変わらない。
先程の旗上げと同じだ。黒い奴の攻撃方向を、潜んでいる方向に集中し、対処する。
それで、全てが終わる。ペインは更に自分の口元を裂いた。
「フリージング――ランサァァァァァァ!」
叫びに僅かのタイムラグを残しつつ、氷龍が氷柱を創り出し、矢のように射出する。
白矢の空からの特攻は――しかし、ペインはまるで警戒をしようとしない。
意表を突いた動き、タイミングだったはずなのに、来るであろう黒鷹の攻撃へ備え、目を向けもしない。
「――そりゃそうだろうな。俺の攻撃に、威力なんて無い。子供の頃から、ずっとそうだった」
「グ――?」
ペインが僅かに反応を示したが、すぐに黒鷹への警戒を再開する。
こうなってしまっては何を言った所で、ペインは反応してはくれないだろう。そもそも言葉を理解できるかもわからないのだ。
だが、それでも白矢は言葉を続ける。
「弟に悪意を向けられた時も――俺は 『威力』 で立ち向かえる術を持たなかった。だから――」
次の瞬間。
黒鷹が勢いよく階段の脇から飛び出した。 ペインは当然反応し、視認する。
迫る白矢の傍らにいるグングニールの氷柱。 直撃コース。 見向きもされない。
ペインは黒鷹いる方を視認し、確認する。
<ヴェルズ・バハムート>がいない。
代わりに、黒鷹の決闘盤に置いてあるカードを、よく見える目で視認する。
《 氷結界 ひょうけっかい の 龍 りゅう グングニール/Gungnir, Dragon of the Ice Barrier》 †
シンクロ・効果モンスター星7/水属性/ドラゴン族/攻2500/守1700チューナー+チューナー以外の水属性モンスター1体以上1ターンに1度、手札を2枚まで墓地へ捨て、捨てた数だけ相手フィールド上のカードを選択して発動できる。選択したカードを破壊する。
刺さる。刺さっていく。
薄く展開した光膜を易々と貫き、地面に縫い付けられるように<フリージング・ランサー>がペインの体を串刺しにして行く。有り得ないはずの、グングニールによる光膜の突破。
ペインは悟った。
白矢は叫んでいた。技名を叫んでいた。
だが、傍らの<氷結界の龍グングニール>のコントロールは――既に他者の手に渡っていたのだ。
相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動できる。手札から「ヴェルズ」と名のついたモンスター1体を捨て、選択した相手モンスターのコントロールを得る。
自身の効果を使い、自身は警戒を避ける為攻撃せず。
最大のサイコ能力を持つ黒き人間の手に――一番侮っていたはずのグングニールが渡っていた。
「ナ……ナゼ……ナゼェ……!」
「――俺が今まで、どれだけの凡俗を学んできたと思う?」
独り言のように、しかし顔を崩れゆく化け物から背けず、白矢は言う。
「それが答えだ。凡俗に――俺は、殺せない」
光の膜が、ペインの肉体が四散する。
それは霧のように背景をぼかし、夕闇へと溶けていく。
白矢が最初に出会ったペインから聞いた最初の言葉は、問いの言葉だった。