シューティングラーヴェ(はてな)

シューティングラーヴェの移行先

遊戯王オリジナル番外編 『異世界』 episode-03

 程なくして、女の子は目を覚ました。
 きゃー何してんのえっちーだのそういう有り触れたノリは一切なく、ただ 「おはよお」 と挨拶し、まるでそこが自分の部屋かのように身を起こした。 それを見た戎斗はいい笑顔で近付き喋りかける。
「よし起きたな。 歯ァ食いしばれ」
「起きたばかりの女の子にそれを言えるのは世界広しといえどお前ぐらいだよ……」
 治輝は呆れ声を出しながらも、起きるまで律儀に待っていた戎斗のなんともいえない表情を見ているので苦笑いも多分に交じっている。 あの様子を見る限り、本当に殴ったりはしないだろう。 
 ――戎斗は戎斗なので、油断はできないが。

「あれ、あなたたちも死んじゃったの?」
 目をぱちくりさせ、周りを見渡した同年代くらいの女の子は、そんなことを言った。
 この子も起きたての台詞としては随分な言い草である。
「お生憎様だったなァ。 あんな<暗黒恐竜> の一匹如きで俺は殺せねーよ」
「<暗黒恐竜>じゃなくて<暗黒恐獣>だからな。 いい加減覚えろよ」
「……こまけぇんだよてめェはよ!  んなの覚えてンのはてめェぐらいだ!」
 二人の生気溢れた口論をぼーっと見ていた女の子は、小さく口を開き、疑問をふわりとした声で投げかける。
「助けてくれてありがとう。 わたしの名前は粉子(ここ)  あなたたちの名前は?」

 それを聞いた時治輝は、その子――粉子の余りにも整然とした印象の喋り方に違和感を覚えた。
 名前を聞かれているのに、聞かれていないような。 聞いているはずなのに、興味がないような、そんな印象。
「ああ!? 勘違いするんじゃねェぞ俺はテメェを殴」
「俺は時枝治輝(ときえだなおき) こっちは永洞戎斗(えいどうかいと)だ。 よろしくな」
「おい遮んなてめぇ」
 容赦なく殴りかかってくる拳を手慣れた動作で受け止める。 そんな2人のやり取りのどこかがツボに入ったのか、粉子はくすりと笑った。 寂しそうに、くすりと笑った。
「時枝はんと永洞はんは強いんだねぇ」
 ……どっかの方便か? と訝しく思いつつ、その他の喋り方は標準語そのもなので、意識して気にしないことにする。
「まぁ事あるたびに殴ってくるからなコイツ。 慣れないと身が持たない」
「てめェがいちいち煽ってくんのがわりぃんだろうが!」
「あはは、2人は仲良しさんなんだねぇ」
 尚も口論しようとする2人を見て、ココはまたくすりと笑う。 
「わたしも強かったら、上手くできたのかなぁ」
「そういえばさっきも言ってたっけ。 何が上手く行かなかったんだ?」
「わたしの夢、守ること。 ここにはそれを叶えに来たの」
 決意の籠った視線で見つめられ、それとは正反対の危うい声調がギャップになり、その先の言葉を迷わせる。
「……何を守りに、ここまで? 戎斗と知り合いなのか?」
 戎斗は知らないと言っていたが、戎斗を二度守ったという事は、一方的に何処か知り合ったという事なのだろうか。
 ――違う。 治輝は問いを投げかけておきながら、自分でそれを否定する。
 何故断言に近い感情が湧き上がるのか、自分でもわからない。
 だが、それを肯定するかのように

「ううん。 守れれば、誰でもよかったの」
「……最後に?」
「うん。 時枝はんは凄いねぇ。 名探偵さんだ」

 「へへへ」 と、本当に楽しそうに笑った。


遊戯王オリジナル番外編 『異世界』 episode-03

 その言葉を皮切りに、ココは自分がこの世界に来た経緯を話始めた。
 うるせェ興味ねぇさっさと行こうぜと言いそうな戎斗も、意外にもその様子はない。

「わたしね。 もうとっかかりがないんだ」
「とっかかり?」
「うん、とっかかり。 引っかけるフック的なもの。 ……とっかかりってなんか早口言葉みたいだよねぇ」
 「とっかかりとっかかりとっかかかりー」 そう言ってくるくる回ってココは、自分の身体を確認する。
 人間の身体にフックのような、しっかりと引っかけられる物は存在しない。 それを確認する。
 角ばった部分は少なく、手で何かを掴んでいなければすぐに滑り落ちてしまう、人間の身体を確認する。

「でも人間ってさ。 自分にとっかかりがなくても、誰かをとっかかりにすることはできると思うんだよね。 ……うーん、するって言い方はちょっと現金かな。 『とっかかりにしたくなる』 が正しいのかな。 2人にはそういう人、いない?」 
 治輝はそう言われ、元の世界での一つの決闘を思い出し
 戎斗は数年前を振り返り、歯噛みする。
「わたしにはそういう人がいて、その人の為に命を使おう、なんだって頑張れるって思ってたし、なんだって頑張った。 色んな資格を勉強して、これからのビジョンにはいつもその人が隣にいて、 その人も私と一緒なら、頑張って生きていけるって言ってくれた」
「……けッ、ただの依存関係じゃねェか」
「うん。 そうだったかもね。――でも、依存ってそんなに悪いこと?」
「決まってンだろうが。 依存してる内は気持ちイイのかもしんねェけどな。 そんなのは――」
 朝、リモコンを血が滲むほど操作したあの日を思い出す。
 仁のニュースが報道された結果を覆そうと、何度も繰り返したあの日の事を。
 決定的にお互いの意識がずれてしまった。 世界がずれてしまったあの時の事を。
「そんなのは、片方が違っちまったり、いなくなっちまえばそれで終いだ。 んでもって人っつーもんは大概、いつかそうなる」
「そうだね、その通りだと思う。 そうなったから」
「……は?」
 またくるりと回り、ココは笑う。 くるくると自分の身体を確認しながら、くすりと笑う。
「私にとってのとっかかり 大好きなお母さん――大量の錠剤を飲んで、私を置いて行っちゃったんだ」

 絶句しそうになりながらも、治輝は乾いた口を開く。
「それは――眠るための?」
「うん。 最近は精神科にかかった人がネットオークションとかに横流ししてるから、案外簡単に手に入るんだよねぇ。 それが結構利益が出るらしくって」
 「困った困った」 と言う表情からは、1ミリも語ったことに対しての悲しみを感じさせない。
 それは感情を隠すのが上手いのか、それとも、既に感じることを諦めてしまったのか。
「つまりてめぇは見捨てられたわけか。 もう片方の依存対象から」
「ううん。 多分お母さんは最後まで悩んでいたんだと思う。 一緒に連れてってくれるかどうか」
「てめェになんでわかる」
「一般的な致死量の2.5人分飲み込んでたんだって。 確実に死ぬ為に量を考えずに飲んだんだろう――って警察の人は言ってたけど、私にはわかるよ。 ああ、それは用意してくれていた、私の分だなって」
「心中……か」
 大切な人を殺す行為
 大切な人の未来を奪う行為
 以前自らの暴走の末、それに近い結果を引き起こしてしまった治輝には、それを自ら望んで行う心境は理解し難かった。 それが顔に出たのだろうか、にっこりと笑いながら、ココは治輝に話しかける。
「確かに思い通りにならないからそれを強要するとか、悪い意味でする人も沢山いるけど、私にはわかるよ。そうでない人もいる」
「正しい心中とでも言いたいのか?」
「正しいとまでは言わないよ。 むしろ皆から見ればきっと、殆どの人が 『間違いだ』 って断言するんじゃないかな。 でも、私はそうは思わないってだけ」
「……」
「お母さんはね。 心の弱い人だったの。 きっと私よりもずっと、私を必要としてた。 だから、私は絶対に 『お母さんより先に死ぬわけにはいかなった』 の。 なんでかわかる?」
 治輝は頷くよりも前に、自分がかつて言われた言葉を思い返す。

 ――その世界には、あなたがいません! 私は嫌です! 耐えられません! 忘れられませんし、笑いません! ずっと引き篭もって病んで病んで病みきります! 絶対に笑ってなんかあげません!!

 貴方が世界にいないなら笑えないと言ってくれたアイツがとっかかりになって、今の自分はここにいる。
 自分の出した答えで、アイツとは違う世界で足掻いている。
 だけど
 同じ世界にいないという事実の中で、ただもう一度同じ世界に行けるかもしれないという希望だけで
 アイツは、今も笑えているのだろうか。

「少し――わかった気がする」

 つまり、そういう事なのだ。
 自分がこの現実から逃げ出したい。 そう強く願い、全てを投げ出す以外に無いと絶望した人間は、それでも冷静に考えるのだろう。 考えてしまうのだろう。
「自分がいなくなったら、あの人はどうなるのだろう。 悲しみで前に進めなくならないだろうか、心が痛んで壊れてしまわないだろうか。 そうやってシミュレートして、自分がいなくなっても、自分にとって大事な人が無事に生きていけるか否かを何度も何度も考える」
 それは、以前の治輝が避けていた事だ。 決心が鈍らないように、それを言い訳にして、何も行動できなくならないように、無意識に考えないようにしていた事だ。

「うん。 わたしのお母さんの場合は――間違いなく、死んじゃうだろうなって、確信があった」

 あっさりと、既に出した結論を口に出せてしまう彼女は、恐らくその道を何度も通ったのだろう。
 この場で振り返って気付いた言葉ではなく、何度も何度も考え、吟味し、結論付けた答え。
 そうさせるだけの道を、彼女は通ってきたのだろう。
「……でも、一人で行っちゃった。 そうなら、私も連れていって欲しかったなぁ」
 その言葉の意味を示すものに気付いても、かける言葉が見つからない。
 そんな治輝の脇をすり抜けて
 戎斗の手が、勢いよくココの襟首を捻り上げ、引き寄せる。

「な――戎斗?!」
「……」
 戎斗は怒気を孕み、苛立ちを隠しもしない表情でココを睨み付ける。
 だがココはそれを見ても何も感じていないかのように、瞬きもせずその視線を受け止める。
 戎斗は舌打ちし、容赦なくココを突き飛ばした。
「長い間不幸自慢お疲れサマ。 満足したかクソが」
「理由を言っただけだよ。 悲しいことは自慢になんかならない。 何かの役にも立たないし、悲しさそのものに意味なんかない」
「なら、テメェはどうして理由を話した?」
「……」
 ココは自力で立ち上がり、正面から戎斗と向き合い、言う。

「強くして欲しいの 命の使い方を選ぶ為に」