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謙遜さんと夢見さん【短短編】


 謙遜という言葉がある。
 意味は自分の能力、価値などを低く評価すること。 控えめに振る舞うこと。
 決して悪い意味ではないし、私自身嫌いな言葉じゃない。
 だけど。

「まだまだ目玉の書き方が上手く行かないな~」

 私には、絵描きの親友がいる。
 学校時代からずぅっと仲良しで、いつも一緒だった。
 描いてる絵を見ているだけで幸せになる。 というか、別世界にトリップできる。
 具体的にどのくらいか表現しろと問われれば、絵を見れば一週間は何も食べずに生きて行けるような、そんな絵を書ける人だった。 私と彼女は、一番の仲良しだ。

「何ニヤニヤしながら見てるの? 叩くよ?」

 ……一番の仲良し、のはずだ。
 私は心の中でるーるーるーと涙を流した。  彼女の書く素晴らしい絵を眺めていただけなのに、この返しはあんまりである。 普通の人なら褒めたら喜んでくれるはずなのに、彼女は褒めたら褒めた分だけ辛辣な言葉が返って来る。
 何が不満なんだろう、と思う。
 彼女の絵はとても上手くて、私は見ているだけで幸せになれる。 同じように感じる人も――殺したい程腹立たしいけれど――きっと沢山いるだろう。 それなのに、彼女の絵を上手いと褒めても、それをちっとも認めようとしない。
 それは謙遜とは、少し違う気がする。
 控えめに振る舞う――という意味合いだけ見れば、それは確かに謙遜なのかもしれないけれど、私の中の謙遜という言葉とは少しズレがあるような気がして、私は少し考え込む。
「何か考え事? 叩くよ?」
「助かります」
「助かるんだ……」
 考え事に没頭した私の生返事に、絵描きの彼女は呆れたように声を返す。
 私は考えがようやくまとまると、本人に聞いてみる事にした。

「なんでこんな凄い絵なのに、自分で凄いって思わないの?」
 数秒後、私の頭に大きなたんこぶができた。 彼女は有言実行である。

 私が凄いと思ってる絵を、彼女がちっとも凄い絵だと思っていないのは少し寂しかった。
 それはなんだか、勿体無いような事に感じたのだ。 そう彼女に伝えると 「叩くよ」 とそっぽを向きつつ、誰に言うでもなく呟く。
「私、自分に優しい自分が許せないんだ」
 それはやっぱり、寂しい言葉だと思った。 一体そう考えるに至った経緯がなんなのか、私にはわからない。
 それがまた寂しさを加速させて、しょんぼりとうなだれる。
 しかし 「でも」 と、彼女は言葉を続けた。

「でも、自分に優しい自分なんかより、心の底から――言ってくれる奴の方が、私はすき」

 え、それって誰のこと? 
 生返事をした私の事を、彼女は容赦なくバンバン叩く。
「叩くよ!」
「もう叩いてるよね!?」
 彼女は有言実行である。 バンバン叩く力は、いつもよりほんの少し強くて。
 絵描きの彼女の顔はいつもの白い肌に、ほんの少し赤が彩っていた。