シューティングラーヴェ(はてな)

シューティングラーヴェの移行先

アーケード・アンチヘイター episode-34 (期間限

無意識下。深層領域での願望。
 それが夢だというのであれば、俺はロクでなしの類なのだろう。 
 事件に巻き込み、死なせてしまった子と過ごした楽しかった思い出だけを抽出し、再生したのだから。
 俺は上半身を起こし、寝惚けた頭を無理やり覚醒させる。
「ウィナは……まだ寝てるか……」
 無理も無い、と思う。 なんせ昨日は色々な事があり過ぎた。 伊勢島さんが経営する施設の放火、そして。 
 その犯人が他でもない――タクトだったこと。
 口にこそしなかったが、タクトが犯人だった事実は、ウィナに取って間違いなくショックだったはずだ。
 見知った人間が、他の見知った人間を大勢、殺そうとしたのだから。
 時計の針の音がやけに大きく聞こえる。 俺はこの音が好きではなかったが、それでも何も音がしないよりは、今はマシだと思える。
 俺はタクトが自分の祖母を殺そうとした事がわかっても尚「おまえは間違っている」と糾弾することができなかった。 他にも大勢の人を殺そうとした。 俺やウィナも死にそうな思いをした。 それでも言えなかったのは――文字通り、間違っていると断言できなかったからだ。
 特区に送られた人間に。 いらないと烙印が押された人間に。
 ――俺のような人間に生き続ける価値があるかどうかを、断言できなかったからだ。
 勿論、あの施設の中にいる人達が死んでも良かった等と言う気はないし、そんな事は欠片も思っていない。
 だからそういう話ではなく、当の本人達の本意だ。 
 彼等は本当に――今を生きたいと思っているのか?
 少なくともあの時佐藤さんからは、生きようという意思を感じなかった。 記憶障害を患った今、自分であり続ける事が難しくなった今――佐藤さんには恐らく、この現実に強い執着が無い。
 そしてそれは、俺も他人事ではない。 
 火災を目の前にして自分の過去と改めて向き合った時、俺は背を向けて逃げ出そうとした。 あの時俺は、確かに近い事を思っていたはずなのだ。
 周りの誰かを最悪にしてしまうだけの人間がこの世界で生きている意味は――無いのではないかと。
「わたしが結果になる――か」
 ウィナが言ったあの言葉は、今も胸に留まり続けている。
『無利君と出会って私は不幸になんてならない。 これからもならない! その結果になり続ける!』
 どんな気持ちで言った言葉なのか、俺にはわからない。  
 だが、アイツが思ってる以上に。
 絶対に、アイツが思ってる以上に――俺はあの言葉で救われたんだ。
 これからもならない保証なんてない。
 そんな後ろ向きな思いを、何の根拠もなく吹き飛ばしてしまう程に。
「アイツと一緒にいれば――あの時のタクトを、正面から間違ってると言えるような人間に、なれるのかな」
 そう口に出した瞬間 『現金な思考だ』 とかぶりを振る。
 自分を変えてくれるかもしれないから一緒にいる――そんな損得勘定を、俺はウィナとの関係に持ち込みたくない。何故だかわからないが、そう強く思うのだ。
「……駄目だ。やめよう」
 何だか思考が堂々巡りになってきたので、再び床に寝っ転がる。
 朝になればウィナも起きる。 なら、今のうちに寝てしまおう。
 そう思った俺は無理やりに目を閉じて、羊を数え始めた。


 そして千匹目になったところで朝になり、俺は起きてきたウィナにおはようと努めて冷静に声をかけた。
 すると――。
「お、おはよ」
 ウィナは割と素っ気なく返事すると、顔を背けるように台所の方にとてとて歩いて行ってしまった。
 ……俺、なんかしたか?
 頭のライブラリにアクセスしても覚えはない。 そもそも就寝するまで普通に会話していたのだから、心当たりがなくて当然なのだが。
「入らないでね。台所」
 またも絞り出すような声が響いてきて、俺はとりあえず頷くしかない。
 台所も一応俺の家なのだが、そんな反論すら出てこなかった。
「――昨日のリプレイでも、見てみるか」
 リモコンを操作し、昨日の戦歴画面を呼び出す。タクトとの試合を見つけ、再生。
 正直寝不足気味だったが、その試合を見直してる内に眠気が覚めてくる。
「チーム戦だったらと思うと、ゾゾッとするな……」
 高水準狙撃銃《出現する光》が発射される瞬間を見る度に、強くそう思う。
 特区外での環境がどういったものなのかは特区に情報が回ってこない以上想像するしかないが、狙撃タイプの機体が一対一に適してないのは常識だ。
 もし優秀な前衛がいた上であれを避けろと言われたら――俺は無理だと断言する。 
 距離を詰めたとしてもこの戦闘のように《強制姿勢制御》と至近距離グレネード、自機武器破壊等の合わせ技でまた仕切り直しにされてしまう。 チーム戦での脅威度は間違いなくタクトの方が格上だった。
「……さいご、どうやって攻撃当てれたの?」
 細かく停止してまた再生。 一回見終わっても再び最初から再生――等とすり切れるようにリプレイを繰り返していたら、ウィナに突然声をかけられビクッとする。
 怒ってるわけじゃなかったんだろうか。 俺はゴホンと咳払いをし、解説モードに入る。
「タクトは《予測の過去の空白》とか言ってたな」
「予測の、過去?」
「例えば相手がこうした後にこうしてこうする――って予想を付けたりする」
「こう……?」
「射撃した後に回避して殴りに来る、のがわかりやすいか。 もしそうすると予想した場合、ウィナならどうする?」
 ほんの少し間が空いた後、ウィナはハッとしたような表情になる。
「私だ!」
「……寝惚けてるのか?」
 寝惚けた所を見られて恥ずかしいのか。ほんのりウィナの顔が紅潮する。
「えっと、射撃した後に回避して殴りにくる――だよね」
 どうやら怒ってるわけではなかったようだ。単に寝起きの機嫌が悪いタイプなのかもしれない。
「射撃を回避して、攻撃――と見せかけて単なる接近。それに焦った相手が挌闘をしてくると踏んで格闘を潰すような行動を出す、とか?」
「正解。その予想が全て正しければ攻撃は通る」
 模範解答に辿り着いたウィナに、俺は頷く。
「ただ……二手三手先を読むのは実際には簡単じゃない。ぼんやりと一手先が『こうなるかもしれない』と想像するのは簡単だが、二手三手となると半身半疑じゃ駄目なんだ。仮に一手目を読み違えていれば当然全ての予測は無意味なものになるし、無意味な予測を行動に移せば――その時は手痛い反撃を受ける」
「うん、だから私にはとても――」
「ただ、状況だけを切り取れば話は違ってくる」
「?」
 小首を傾げるウィナに、俺は更に続ける。
「例えば攻撃を回避した後の行動――は色々あるように見えるだろ?」
「そうだね。それが単調なら誰でも攻撃を読めるようになっちゃう」
「違う。誰でも単調なんだ」
「え?」
「複雑なのは状況であって避けパターンじゃない。例えば武器だけでも《飛翔幻機》は凄い種類があるだろ?」
「うん。ミサイルとかタクト君が使っていた狙撃レーザーとか、色々あるよね」
「俺の《プロトナイト》の盾とかな」
「剣じゃなくて盾って言っちゃうことに疑問を持って!?」
 確かに普通は盾を武器とは言わないか。言われて始めて、自分の認識がほんの少しズレてる事を自覚する。
「まぁうん。それはともかく、武器の種類が多ければ避け方もそれに応じた避け方をする必要がある」
「……うーん、それって『誰でも単調』とは真逆なような……」
 小首を僅かに傾げ思案するウィナ。確かに言ってる事は尤もだ。
「そうだな。場所やステージも同様に正しい避け方をより複雑にしてる。建物があればそれを利用して回避した方がいいし、低空なら低空。高空なら高空の避け方がある――でもな、操作するのは人間なんだ」
「……?」
「無数の状況に必死に対応した回避を選び取ることは、確かにできるかもしれない。ただその《複雑な状況を回避するパターン》は単調にならざる負えないんだ。仮にそういった状況が数万パターンあるとして、その数万の一つの状況に何種類も対応を用意できるか?」
「数万って時点で自信ないけれど、更に倍以上になるって考えると、とてもできる気がしないよ……」
「俺も同感だ。だからこそ《効率のいい正解の対応》を無意識に引き出して戦わざる負えない。ミサイルと格闘が同時に迫って来たらこう避けるのが正解だと覚えたら、その状況になる度にそのパターンを引き出して回避すればいい」
「なるほど、だから――」
 ウィナの相槌に、俺も小さく頷く。
「そう、誰でも単調にならざる負えない。限定した状況下に追い込まれた相手はそれを無意識に引き出す。それを色々な状況でもできるようになっていく事が《上級者》になるってことだからだ。そしてだからこそ、状況さえ作ってしまえば相手の避け方はそう複雑じゃない」
「ミサイルと格闘を同時に避ける相手はこう動くって覚えおておけば、確かに次の動きは読みやすいね……うう、なんか頭こんがらがってきたよ」
 知恵熱でも出ているのか、ウィナの顔はほんのりと紅い。
「相手の動きの読み方は少し理解できた気がしなくもないけど、それとトドメの話と何か関係あるの?」
「大いにある。そうやって実はパターンが複雑じゃない事に気付いてる層同士の戦いは二手三手先を読み合う対決になりがちだが……そうしてる内に、忘れるんだよ」
「忘れる?」
「ニ手三手を読めていることが――どれだけ危うい事かを忘れる。それが当然のようにできている自分を基盤にして更に先、更に先を読もうとするから、一番大事な部分を忘れてしまう。 そのご大層な読みとやらは、一つ目の読みが成功することが大前提なのに」
「あ――」
 ウィナは気付いたようだ。今日のウィナは察しがいい。

「その一つ目の読みを成功すると確信している人間。もしくはプレイ中にそう確信させるように仕向け、一つ目の読みの逆択を取り、最大の攻撃を叩き込む――それがタクトの言う《予測の過去の空白》だ」
「予測の過去の――空白」

 長々と話してしまったが、内容そのものはそう複雑な事ではない。俺は軽く息を吐く。
「要は《相手の予測に対しての最大のカウンター技》って考えればいい。ところで……」
「?」
 ウィナは話を聞きながらエプロンを外し、いつもの制服姿になりながら小首を傾げる。
「このやたら豪華な料理は……なんだ?」
 俺が話してる間に用意したのだろうか。
 いつの間にかテーブルには豪華な料理が盛り付けられていて、それに気付いた俺は唖然とするしかなかった。